歌舞伎

歌舞伎「色彩間苅豆 かさね」「双蝶々曲輪日記 引窓」

九月大歌舞伎  2020年9月

感染対策で一幕もの4部制となった歌舞伎座の2カ月目。演目の面白さに配役がぴたりはまり、いよいよ幹部俳優も登場して、楽しかった。2階下手の最前列で各部8000円。

まず第二部で清元の舞踊「かさね」を1時間。木下川(鬼怒川)のほとり、怪しい雨の夜。ダメ人間与右衛門(幸四郎)が、追ってきた不義の相手である腰元かさね(猿之助)から、心中を迫られる。そこに何故か髑髏と卒塔婆、鎌が流れてきて、かさねの顔が恐ろしく変貌。
実はかさねは、与右衛門がかつて手にかけた男の娘とわかる。背景の暗幕が払われて月が出ると、因果の恐ろしさに我を失った与右衛門がかさねを襲い、激しい立ち回りに。ついに倒れたかさねの上に、月が隠れて人魂が現れ、その呪いから与右衛門は逃れることができない。
おどろおどろしい設定ながらアクションが派手。猿之助が海老反りなど、得意のケレンを存分に披露してノリノリだ。幸四郎は身勝手な色男がはまっている。菰などを使って決まる姿が、最近たくさん観た浮世絵そっくりの雰囲気で、2人のコンビネーションもいい。伝承ですねえ。振付は宗家・藤間勘十郎。

いったん劇場を出て、銀座を散歩しお茶してから第三部、秀山ゆかりの狂言を銘打った「引窓」を1時間強。文楽で観ているけど、歌舞伎では意外に初めての演目だ。
9月15日の放生会の前夜、京都石清水八幡近くにある民家。贔屓客のため心ならずも人を殺めた相撲取り・長五郎(吉右衛門)が、実母お幸(東蔵)に暇乞いにやってくる。念願かなって亡父と同じ代官に出世した、なさぬ仲の息子・南与兵衛(菊之助)が、皮肉にも初仕事として夜の間、長五郎の詮議を任されちゃう。遊女だった嫁のお早(雀右衛門)もからみ、互いを思いやる義理と人情が哀しい。 
義父から役を継承した菊之助が、色気があって格好いい。吉右衛門さんは足が辛そうだったけど、立派な体格で力士らしく、また無邪気な感じ
が実に上手。ベテラン東蔵もさすがの説得力で、控えめな雀右衛門さんといいバランスだ。
手水鉢や引き窓の小道具を使って、冴え冴えとした秋の月を思わせて風情がある。路銀を投げつけてホクロがとれちゃう可笑しみ、幕切れの爽やかさに相まって、丸本らしい、いい舞台でした。

20200913-006 20200913-022 20200913-023

 

歌舞伎「連獅子」「吉野山」

八月花形歌舞伎 第一部・第三部 2020年8月

5カ月ぶり再開の歌舞伎座公演は、それぞれ1幕1時間程度の4部制。休憩ごとに観客を入れ替えて換気や消毒、売店も大向こうも無し、と寂しい限り。それでも幕があがれば、派手で非現実的な世界に、ぐっと気分が高揚します。なにせ個人的には歌舞伎は1月以来、歌舞伎座に至ってはなんと昨年10月以来だもの。感激。それぞれ2Fの端の方で8000円。

幕開けの1部「連獅子」は上方次世代コンビで、愛之助が狂言師右近→親獅子で舞台を牽引。左近→子獅子の壱太郎は眼力がいいけど、毛振りはちょっと大変そうだったかな。間狂言は成駒屋兄弟が初々しく。浄土の僧の橋之助は立ち姿が役者らしく、法華の僧の三男、歌之助は愛嬌がある。

いったん劇場を出て散歩してから、3部「義経千本桜 吉野山」。役者3人の抜群の安定感で、見応えがあった。なんといっても忠信=源九郎狐の猿之助が、すっぽんから登場した時点でもう「やらかしてやろう感」が満載で目が離せない。相変わらず動きにいちいちキレがあり、硬軟自在。大人気ドラマ半沢直樹に出ている場合じゃないよ、よかった舞台があって、と思わせる。対する静御前の七之助もキリッと美しい。ころんとした猿弥が逸見藤太。この「万歳」のくだりはカットされやすいそうだけど、主役2人の名前をダジャレにしたりして、達者に笑わせてくれました。

1部は能舞台風で長唄囃子、3部は清元、上手に竹本。三味線っていいなあ、としみじみ。
20200822-010 20200822-017 20200822-029

歌舞伎「菊一座令和仇討」

令和2年初春歌舞伎公演 通し狂言 菊一座令和仇討  2020年1月

穏やかな初春は、昨年に続き底抜けに楽しい菊五郎さん一座の初日へ。江戸の爛熟を体現する南北の「幻」の「御国入蘇我中村」(文政8・1825年)をアレンジし、蘇我物に人気キャラが入り乱れる「ないまぜ」、実は実はの奇想天外、おふざけも満載で、休憩3回を挟み3時間半があっという間だ。御大・菊五郎の出番は少なめ、菊之助、松緑がメーンで、2人の振り切れっぷりと色気が素敵。知人のおかげで国立劇場大劇場「とちり」、中央のいい席で1万2800円。

10時着で20分ほど並び、枡を受け取ってロビー2階から菊五郎さんらの鏡開きを観る。菊之助さんがいったん壇を降りて、昨年末の怪我休演を詫びてました。会津末廣の振る舞い酒を頂き、開幕前からすっかりご機嫌で、大神楽や吉徳の羽子板をゆっくり見物。いいなあ。

本編では1階も掛け声が多くてうきうき。ストーリーはいちおう源頼朝の時代の執権・大江広元家の跡目争いと、お家の重宝「陰陽の判」の詮議だ。まず紅白梅が咲く瀬戸明神、頼家(松緑の息子・左近、もう中学生)と大江家嫡男(明朗な萬太郎)の御前。国立劇場では8年ぶりの両花道から家臣の笹野権三(松緑、近松世話物の槍の権三、めっぽう腕が立つ荒事キャラ)、白井権八(菊之助、南北の浮世柄比翼稲妻ですね、白塗りの美少年)が颯爽と登場し、大切な鶴を救う。2人が薄気味悪い飛石山古寺へ化け物退治に赴くと、かぶりものが登場して笑わせる。実は本当の化け物は恋する女、という趣向で、あれよあれよと互いの妹、おさい(梅枝)、八重梅(右近)と微笑ましい祝言。シチュエーションのミスマッチが南北らしいなあ。続く六浦川堤で御家横領を企む互いの養父を成敗、はからずも仇同士と斬りあうのを、男伊達の幡随院長兵衛(菊五郎)が悠然と止めに入り、重宝詮議を促す。

休憩で獅子舞を見物し、簡単にお弁当をつまんで、コミカルな福寿湯の場へ。江戸らしく芝居や寄席を宣伝する貼り紙が楽しく、のれんで五輪マークをかたどるやら、悪者・志摩五郎(安定の彦三郎)が女湯に侵入しちゃうやら、板の間稼ぎ(湯屋泥棒)やらと大騒ぎ。三日月おせん(貫禄の時蔵、南北発明の悪婆ですね)が痛快な伝法を披露し、手下・出羽長(威勢いい坂東亀蔵)と重宝を盗みだす。続く鈴ヶ森で、権八があわや処刑というところで逃走、だんまりとなり、重宝はおせんの亭主で謎の医者・寺西閑心(菊五郎)の手に渡る。

短い休憩でコーヒーを飲み、世話にくだけた下谷閑心宅の場。傷を治そうと訪れた権八を、女衒(片岡亀蔵)がこともあろうに美女と見間違え、鮮やかに遊女へと早変わりして大拍手。「三人吉三」に通じる歌舞伎ならではの倒錯ですねえ。舞台が回って三浦屋寮では、花魁小紫(権八の恋人の名)となった権八が客から重宝を取り返すものの、これが罠。閑心宅に戻って権三と再会し、同じ金毘羅権現のお守りを見せ合うところで、怒涛のご都合主義に突入する。武将に変じた閑心は、実は天下を狙う範頼(頼朝の異母弟)。2人は暗殺された重臣の遺児兄弟で、姉と判明したおせんの犠牲に辛くも救われる。
休憩後の大詰め三島宿は、時代に立ち戻り、満開の桜、赤い橋がすかっと鮮やか。2人のきびきびした立ち廻りの後、スケール大きい国崩しの範頼、幕府の大物たちが両花道から華やかに勢揃いし、お約束、戦場での再会を約して大団円となりました。ベテラン河原崎権十郎、市川團蔵らも加わって高らかに「ワンチーム」を宣言、手ぬぐい投げに桜吹雪、富士山、巨大な日の出と、大満足でした~

ロビーには菊五郎一家や三味線家元さんの姿も。

20200103-006 20200103-051 20200103-097 20200103-100 20200103-113 20200103-123

風の谷のナウシカ

新作歌舞伎 風の谷のナウシカ 夜の部 2019 年12月

2019年歌舞伎納めは宮崎駿原作の新作。菊之助が一昨年手掛けた「マハーバーラタ」が、友人の間で好評だったので、人気チケットにチャレンジした。SFの設定に、古典芸能の荒唐無稽さと、舞踊など独特の手法が意外にはまって、見ごたえ十分。存在自体が地球にとっては迷惑な、人間のいわば原罪を自覚し、受け入れ、不完全なまま生命を全うしようとするメッセージが、ストレートに伝わってくる。菊之助の慧眼と本気ぶりが頼もしい!
特に今回は、3日目になんと菊之助骨折というアクシデントがあり、翌日から復帰したものの、観劇した回ではジブリを象徴するはずの飛翔(宙乗り)を省くなど、急きょ演出を変更。でもナウシカの悲壮感がいやまして、物足りなさは感じなかった。新橋演舞場、正面前の方のいい席で1万7000円。休憩3回でたっぷり4時間。

原作7巻を、新作では江戸期以来かも、という昼夜通しで上演というのが、まず話題。もう35年前になる映画で、鮮烈に描いた2巻目までは、昼の部の序幕で終わってしまい、夜の部は4幕から7幕大詰まで。
設定が複雑だけど、隈取などでキャラをたたせる技法が効果的。トルメキア皇女クシャナ(凛とした七之助)、ドゥルク僧官チャルカ(錦之助)と、それぞれの屈託とモドリを描いていく忠臣蔵的構成もわかりやすかった。核戦争、温暖化、やまない紛争、人智を超えたAIと、壮大なファンタジーを吸収しちゃう歌舞伎という演劇の融通無礙に驚く。脚本コンビはジブリ映画の丹羽圭子と、新作歌舞伎を手掛ける戸部和久(戸部銀作の息子さん)、演出はG2。

ナウシカの世界観を描いた壁画の幕が開くと、おぞましい巨大な虫や毒の森が支配するディストピア。大国は互いに覇を競い、小国を巻き込んで不毛な戦闘を続けている。実は森は、人類が汚した大地を浄化する仕掛け。原発事故を経た今、この読み解きは重い。森を守っている虫と心を通わせ、人々を融和へ導こうとする少女ナウシカは、浄化後の地球と人類の運命を見極めるべく、運命の中核「墓所」へと旅する。菊之助のタイトロールは、アニメらしい健気さは乏しいものの、悩むヒロインであり、落ち着いて理知的だ。

4幕は白浪五人男風の名乗りとあらすじ解説に始まり、屋台崩しのスペクタクルへ。悠然と世界の崩壊を眺めるドゥルク皇兄ナムリス(巳之助)の虚無が、石川五右衛門ばりで実に格好いい。ナウシカが粘菌合流地点に身を投じる5幕目は、所作事となり長唄連中が登場。引き抜きや、道成寺の三連笠をメーヴェに見立てる仕掛けが面白い。相棒テトはまるっきり源九郎狐だし。
6幕目ではヴ王(貫禄の歌六)が国崩しの野心を語り、蛇踊り風の巨神兵の立ち回り。大詰の墓所では一転、マトリックスみたいな文字でいっぱいの洒落たセットで、ナウシカと墓の主の哲学的問答となり、ラストは巨神兵(尾上右近)と墓の主の精(歌昇)の闘いを、なんと勇壮な毛振りでみせて、痛快でした。
狂言回しの道化(種之助)がハキハキと語り、自己犠牲の兵士ユパ(松也)、やんちゃな王子アスベル(右近)の殺陣が格好いい。トルメキア参謀クロトワ(片岡亀蔵)は曲者ぶりがはまり役。庭の主の芝のぶは男声で新境地。子役のチククがずっと、小さい拳を握りしめているのが可愛かった。

短いだろう稽古期間で、ここまでまとまるのは菊五郎劇団の底力なのかな。難解な用語ではプロジェクションマッピングを駆使。映画でお馴染みの久石譲節は哀しげで、胡弓などの和楽器に合っていた。グッズは残念ながら売り切れが多かったです。ディレイ上演も注目されそうですね。

20191222-00620191222-01420191222-01720191222-033

 

 

 

「三人吉三巴白浪」「二人静」

芸術祭十月大歌舞伎  2019年10月

即位礼の祭日に夜の部へ。歌舞伎座では15年ぶりという通し狂言の「三人吉三」を、松緑、愛之助、松也のハツラツとした配役で。黙阿弥節の、しょうもない人間の浅はかさが、歌舞伎らしくていい。玉三郎の能舞踊も見応え十分です。中央前の方のいい席で1万8000円。休憩2回を挟んで4時間。

序幕は名場面・大川端庚申塚の場で、2010年に菊五郎、吉右衛門、亡き團十郎の大顔合わせ、また2016年には菊之助、海老蔵、松緑で観ている。今回はお嬢が梅枝と交互出演の松也で、男っぽいながら色気があり、笑いもいい呼吸だ。お坊の愛之助もボンボンらしくて格好いい。二枚目ぶりが仁左衛門さんに似てきたかな。兄貴分の和尚は松緑。
二幕目以降はシネマ歌舞伎で、コクーンの串田版を観たことがある。ワルだけど単純な若者3人が、百両と脇差「庚申丸」、そして犬のたたりをめぐって、どんどん運命にからめとられていく。まず割下水伝吉内の場で、伝吉(歌六)と娘おとせ(夜鷹だけど可憐な尾上右近)、恋仲になった十三郎(コミカル封印で上品な巳之助)の因縁が語られる。歌六は元悪党の雰囲気をのぞかせて凄み十分。続く本所お竹蔵の場では、お坊がそんな伝吉を手に掛けちゃう。
お弁当休憩後の三幕、巣鴨吉祥院本堂の場は、荒れ寺がいよいよ殺伐。堂守(達者な坂東亀蔵)のひょうきんさに、しばし息をつく。もう逃げ切れないと、共に死を決意するお坊とお嬢の怪しさ、無頼なりに和尚を慕うピュアな感じにゾクゾク。盆が回ると裏手墓地の場。なんと和尚が、まさにおとせ、十三郎を手に掛けようとする浮世絵のようなシーン。水を飲ませたりして、無茶苦茶だし凄惨なんだけど、松緑の持ち前の暗さが効果的で、なんだか切なくなる。これはこれで名場面。
大詰・本郷火の見櫓の場は雪の立ち回りと、八百屋お七の見立てで、お嬢が禁断の太鼓を打ち鳴らす。いやー、面白かった…

休憩を挟んでラストはお約束、玉三郎オンステージ。一転して、世阿弥の能をベースにした伝統美あふれる「二人静」だ。シンプルだけど目が離せない緊張感。
まず晴れ晴れとした松の幕を背景に、上手に長唄囃子連中、後方に笛、小鼓、大鼓。春の吉野の菜摘川に、勝手明神に仕える若菜摘(児太郎)がやってくると、すっぽんから静御前の霊(玉三郎)が登場、回向してほしいという。共に能らしく、ふっくらした着付けで、春の花が咲き乱れる「色入り」で若々しい児太郎、銀に秋の草花をあしらった玉三郎と、対照的な衣装が、きらびやかで目を奪われる。
霊が若菜摘の肩に触れて乗り移ると、名白拍子だった静御前なら、と神職(彦三郎が朗々と)が舞を所望。いったん厳かなすり足で引っ込んだ後、いよいよ2人が白い長絹に烏帽子、緑の扇で再登場。幕が上がって舞台奥には竹本連中、箏曲連中まで加わる。豪華です。「しづやしづ」の舞になり、2人がぴたりとシンクロ。扇で波を表したりして、実に見事。そっくりの動きなんだけど、目線なんかが微妙に違うのも興味深い。
正直、児太郎さんは色気が今ひとつかな、と思うんだけど、絶賛強化中ですねえ。12月にはなんと阿古屋第2弾もあるとのことで、頑張りどころなのかな。楽しかったです!

20191022-010 20191022-007

 

月光露針路日本 風雲児たち

六月大歌舞伎 夜の部  2019年6月

雨まじりの歌舞伎座。あえて昼の重厚な古典ではなく、幸四郎が座頭を務める夜の新作を鑑賞した。三谷かぶき「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)風雲児たち」。みなもと太郎の漫画を原作に、三谷幸喜が作・演出。天明2(1782)年、嵐でロシアに漂着し、十年かけて帰国を果たした船頭・大黒屋光太夫の苦難を描く。
笑いたっぷりなんだけど、運命に抗う普通人の気概、それでも叶わないこともあるという過酷が、終盤で思いがけず胸に迫ってきて、「俊寛」さえ思わせる。三谷作品の経験がある座頭・幸四郎、猿之助、愛之助がイキイキと舞台を牽引。特に愛之助は昼が封印切の八右衛門で、大活躍だ。染五郎、種之助(歌昇の弟)ら若手も見せ場があり、そのチャレンジする姿勢と熱気が気持ちいい。花道手前の良席で1万8000円。休憩2回を挟んで3時間半強と展開もスピーディー。

プロローグで、眼鏡にスーツ、やたら格好つけた「教授風の男」(松也)が花道から現れ、家康の一本帆柱などを解説。歌も客席いじりも堂に入ったコメディアンぶり。贅沢な配役だ。続いて1幕は嵐の後、あてどなく漂流する神昌丸の甲板。不平ばかり言う庄蔵(猿之助)、2枚目だけど沢庵を独り占めしちゃう新蔵(愛之助)がさすがに目立つけど、徐々に17人のキャラが明らかに。三谷群像劇らしい。そのなかでリーダー光太夫(幸四郎)は、皆を励まそうと御籤を始めるが、逆効果になっちゃって頼りない。
やがて先住民が幅を利かすアリューシャン列島のアムチトカ島に漂着。帰国のすべを求め、2幕にかけて厳寒のカムチャッカ半島、オホーツク、ヤクーツクと西へ西へ移動していく。数年に及ぶ過酷な流浪生活で、仲間は次々に命を落とす。なかでも懸命に炊事役を務めてきた与惣松(種之助)の最期が切ない。
それでも光太夫は「生き残るのは、必ず生きて帰ると強い意志を持つ者だ」と喝破し、役人とも交渉。どんどんリーダーらしく、頼もしくなっていくのが、しっかりと長大な物語の軸になっている。要領の悪かった若者・磯吉(染五郎)は通訳を務めて成長し、年増の恋人アグリッピーナ(白鸚の部屋子・高麗蔵)を振り切って光太夫につき従う。りりしい! 
盛り上がるのはイルクーツクを目指し、犬ぞりで雪原をひた駆けるシーン。犬たちはまるでMAN WITH A MISSIONで、けっこうリアル。庄蔵が振り落とされたりしてスペクタクルだ。

3幕のイルクーツクに至ってようやく、ロシア政府から宿舎を与えられ、光太夫は有力者と懇意にして小金を受けとるようになる。暮らしは安定したものの、長老・久右衛門(彌十郎)は反発し、洋装がすっかり板についた新蔵といえば、長身のマリアンナ(彌十郎の長男・新悟)と付き合い始めちゃう。もう帰国はあきらめるのか?
…と思わせたところでキーマン、博物学者のキリル・ラックスマン(八嶋智人)登場。舞台を所狭しと動き回ってハキハキしゃべり、さすがの存在感だ。ロシア政府は日本の情報が欲しい、逆にロシア情報は流出させたくないから、ロシアにとどまって日本語教師になれと勧めるが、光太夫の決意が揺るぎないことを知り、首都サンクトペテルブルクへ連れて行く。
豪華絢爛の宮殿シーンへの転換が鮮やか。まるっきり宝塚です。秘書官で猿翁一門の最古参、90歳近い寿猿と、女官で上方の大ベテラン、やはり80代の竹三郎、さらにはポチョムキン公爵の白鸚が堂々と。そして待ってました、猿之助の女帝エカテリーナのお出まし! 蜷川仕込みのキンキラキンドレス、そして衣装に負けない貫禄だ。この人、ずっと何かしら小技を見せるけど、やっぱり女傑がいちばんお似合い。謁見した光太夫に共感して、帰国を許す。
とはいえ単純なハッピーエンドでは終わりません。庄蔵(素早い衣装替え!)と新蔵は洗礼を受けてしまい、帰国を断念。しかし望郷の思いに変わりはない。想像を絶する苦難をともにしてきた光太夫と2人との、苛烈な別れに涙。竹本が入り、3人がディスカッションして作り上げたという歌舞伎らしいシーンでした~

エピローグはエカテリーナ号の船上。ずっと素っ頓狂な言動で場をなごませてきた小市(左團次の長男・男女蔵)までが、日本を目前にして力尽き、ついに一行は光太夫と磯吉2人きりになっちゃう。幕切れに忽然と姿を現す富士山。その晴れ晴れした姿の、なんと切ないことか。野田秀樹、いのうえひでのりなどでお馴染み、堀尾幸男の美術が冴えてました。歌舞伎俳優がマイクをつけてたのが不思議だったけど、あまり使っていなかったような… とにかく面白かったです!
受付には紀香さまの姿も。綺麗です。
20190615-019 20190615-014 20190615-001 20190615-023

團菊祭「寿曽我対面」「勧進帳」「め組の喧嘩」

團菊祭五月大歌舞伎  2019年5月

令和がスタートした10連休、少し風が冷たい最終日に歌舞伎座へ。あえて話題の菊之助長男・丑之助くん初舞台ではなく、昼の部をチョイス。次を担う世代の勢いが感じられ、初夏らしい爽やかな気分になった。演目もわかりやすかったし。中央前の方のいい席で1万8000円。休憩2回を挟んで4時間半も長く感じない。

幕開け「寿曽我対面」はオーソドックスな館のセット、松緑の初役・工藤でちょっと物足りないかな、と思ったけど、なんのなんの、若手に発見が多かった。まず五郎の萬太郎が意外な奮闘。小柄なのがかえって未熟、やんちゃなキャラにぴったりだ。そして歌昇(又五郎の長男)の初役・朝比奈が、イケメンのイメージを覆してユーモラスでおおらかで、すっかり見直しました~ 十郎のお兄さん・梅枝が安定し、大磯の虎の尾上右近、化粧坂少将の米吉は文句なく美形でうっとり。家臣の鷹之資が急速に大人になっていて驚く。平成11年生まれだもんな… 松江さんが見守るなか、玉太郎も頑張ってた。ラストは坂東亀蔵が友切丸を持って駆けつけ、相変わらずよく通る声で舞台を引き締めてました。

そしてお馴染み「勧進帳」。花道に義経・菊之助と弁慶・海老蔵が並んだ瞬間の、ぶっちぎりの華に拍手! 團十郎襲名が決まった海老蔵が、圧倒的に視線を集める。周到な計略とやり遂げる覚悟、そして安堵に至る落差。お化粧も巧いし。はしばしに感謝の思いを感じるのは、見る側の思い込みもあるんだろうけど。対する菊之助は、気品と存在感があって、歌舞伎らしい。富樫は「2月追善の恩返し」で、立て続けに出演する松緑。こちらは独特の屈折が、役に合っていた。幕をひかれる瞬間の苦衷の表情が、強い印象を残す。「紀尾井町」の大向うも多かった。確実にこの3人が中核を担っていくのだなあ、としみじみ。ほかに右團次、九團次、きりっとした廣松(大谷友右衛門の次男)、市蔵。

最後はぐっと世話にくだけて「神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)」、通称め組の喧嘩。御大・菊五郎の江戸弁の粋と、大詰めで勢揃いする鳶のいなせが痛快! 1805年に芝神明の境内で起きた乱闘を題材にした竹柴其水作で、1890年初演。講談で聴いて観たかった演目だ。
序幕・島崎楼広間の場は品川の遊郭。力士の四ツ車・左團次、贔屓の家橘、松江らと、火消しの藤松・菊之助、長次郎・坂東亀蔵らが揉める。火消しは血の気が多くて、あっという間に啖呵です。落語みたい。春相撲を開く芝神明は持ち場だからと、頭の辰五郎・菊五郎が詫びて、なんとかその場を収めるけど、実は力士より下に見られたことで悔しさ満載。続く八ツ山下の場で、四ツ車を待ち伏せちゃう。ちょい役の雀右衛門、炊き出しの喜三郎・歌六らとの世話だんまり。
二幕目・神明社内芝居前の場は「義経千本桜」で大賑わいという設定。酔客の始末をめぐってまたしても、鳶と又五郎の力士・九竜山が、七五調でにらみ合うものの、今度は楽善の座元がなだめる。
三幕目は浜松町辰五郎内の場。女房お仲・時蔵がなんと「力士に仕返ししないなら出ていく」と勝ち気っぷりを披露。独特の声で、ますますの貫禄だ。実は辰五郎は三行半だの水盃だの、とっくに覚悟を決めており、相撲が終わるのを待っていた。せがれ又八の亀三郎(彦三郎の長男)が、健気な演技で家族愛を表現。ついに打ち出しの太鼓が聞こえ、辰五郎は半纏に短刀で別れを告げる。
大詰は神明町鳶勢揃いの場で、松也、歌昇らイケメンの火事場装束、菊之助が勢いよく回す纏(まとい)、木遣の掛け声が文句なく格好いい。見事なチームワーク。権十郎の亀右衛門、菊五郎が駆けつけ、順に柄杓の水盃を足に吹き付ける。角力小屋の場でいよいよ大喧嘩が始まり、片岡亀蔵と左近(松緑の長男)の大らかな立回り。喧嘩の場では鳶が次々に屋根に駆け上がる「飛びつき」を披露し、みんな楽しそう! 神明社境内の場に至り、喜三郎がなんと高い梯子にぶら下がって、割って入る。町奉行、寺社奉行の法被を見せて水入りとなりました。面白かった!

ロビー、売店は思ったほど「令和」一色でない印象。宮崎駿さんの丑之助くん祝幕が飾られてました。

20190506-017 20190506-016 20190506-018 20190506-028

 

 

 

シネマ歌舞伎「桜の森の満開の下」

シネマ歌舞伎「野田版 桜の森の満開の下」 2019年4月

2018年11月に再々々演を観た野田秀樹の代表作を、自ら歌舞伎化。2017年夏に評判をとった舞台をスクリーンに移した。こうして観るとキッチュさや夜長姫の2面性など、非常に歌舞伎向きの演目で、面白い。荒唐無稽なストーリーも、現代版よりわかりやすいかも。新宿ピカデリーの最後列で2100円。約3時間。

とにかくステージいっぱいの桜と、鬼の面が歌舞伎そのもので違和感がない。セリフは戯曲の遊び心を生かしつつ、七五調にのせていた。夜長姫の七之助が、ピュアと残酷を自在に行き来し、女形の特質をおおいに発揮。耳男の勘九郎は振り回されキャラがぴったりで、健闘。ほかにオオアマの染五郎(現幸四郎)、早寝姫の梅枝が伸び伸び。マナッコの猿弥、エンマの彌十郎、ヒダの王の扇雀らが盤石だ。
どうしても見え隠れする勘三郎の存在、そしてアリア「私のお父さん」が染みます。

20190407-002_1

積恋雪関扉

平成31年3月歌舞伎公演 2019年3月
桜がふくらんできた国立劇場、小劇場の歌舞伎公演へ。前半「元禄忠臣蔵」後の休憩で到着し、お目当ての後半「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」のみ鑑賞。約90分と、時代物舞踊の大曲だけど、洒脱でコミカル、かつ歌舞伎らしい不思議演出が満載で、変化に富む。次代を担う初役3人、特に菊之助が意外に野太い荒事立役で、愛嬌もあって頼もしい! 花道外、割と前の方で9800円。
浅葱幕が落ちると、雪景色の逢坂山に、季節外れの「小町桜」が咲き乱れていて、のっけから超ファンタジー。下手に浄瑠璃・兼太夫、三味線・文字兵衛ら常磐津連中が陣取る。
物語は平安初期の六歌仙にちなみつつ、江戸の風情を古風に見せていて楽しい。上の巻ではまず、居眠りから目覚めた関守・関兵衛(菊之助)が、木こりの扮装で貫禄をみせる。三味線で表現する琴の音にのり、花道からありえない赤姫姿、可憐な小野小町(期待の梅枝)が登場し、通す通さないの呑気な問答、さらに「生野暮薄鈍(きゃぼうすどん)=野暮」の当て振りをゆったりと。江戸の宴会のヒット曲なんですねえ。初代中村仲蔵の型をかなり残しているそうです。
小町と、侘び住まいしている宗貞(後の僧正遍昭、萬太郎は30にしては幼い印象)が再会し、二人の仲を冷やかす関兵衛をまじえて、おおらかに「そっこでせい」の手踊り(長唄風の踊り地)となる。3人ずれつつポイントでは合うのが醍醐味とか。関兵衛、お茶目です。
しかし一人になった宗貞に鷹が運んできた片袖は、なんと兄の身替りとなった弟・安貞の遺品で、さらに歌舞伎らしい小道具の謎解きが重なって、関兵衛の正体が天下を狙う大伴黒主と判明。知らせに小町が都へ急ぐところから下の巻へ。
宗貞は袖を琴に隠し、弟を弔う。関兵衛はそんな宗貞を追い払い、ひとり酒盛り。セリフを常磐津が語り(付けぜりふと仕形舞)、作り物の星が降りてきて大盃に映る星占いから、国崩しの素顔を現す。いよいよ謀反の好機と、大マサカリを振り回すと、後方の桜のウロに、傾城墨染実は小町桜の精の姿が怪しく浮かび上がる。2役の梅枝はもちろん、映像で観た歌右衛門とは別物で、色気は今ひとつながら、前半とは一転、この世のものではないスリスリ歩きで健闘。これが古怪というものか。
すががきの音で、花魁道中など郭の風俗をひとしきり華やかに踊った後、ついに墨染が夫・安貞の仇である黒主に詰め寄り、2人して怒涛のぶっ返り! 空気ががらりと変わって、大詰は激しい立ち回り(所作だて)だ。黒装束の黒主が真っ赤な舌を見せて大マサカリを振りかざせば、乱れ髪に鴇色の小袖に転じた桜の精は見事にエビ反り。盛んに掛け声がかかり、2段にきまって幕となりました。充実!
ロビーには加山又造「おぼろ」の陶板(大塚オーミ陶業製)が飾られてました。

歌舞伎「姫路城音菊礎石」

初春歌舞伎公演 通し狂言 姫路城音菊礎石(おとにきくそのいしづえ) 2019年1月

2019年観劇初めは、国立劇場の初日初体験と、初づくしだ。吉例音羽屋まつりで、お孫ちゃん2人も出演するとあって、劇場全体が親戚の新年会のように温かい雰囲気。大向うも盛大です。
開場前の行列に驚いていたら、鏡開きの場所取りなんですね。振る舞い酒に、曲芸や獅子舞、ロビーには歌舞伎キャラの羽子板も。国立劇場大劇場、花外の2等A席でお得な4900円。小刻みな休憩3回で約4時間。
演目は国宝姫路城の鬼女伝説、狐の報恩譚、播磨のお家騒動をからめた並木五瓶「袖簿播州廻」(初演1779年)がベースで、登場人物が多くけっこう複雑。「闇梅百物語」(初演1900年)の鬼女は、尾上家の新古典演劇十種に数えられているそうだ。大きな舞台を目一杯使い、晴れ晴れした姫路城、菊之助、梅枝の姿の良さ、そして孫たちの役者ぶりが見ものです。
導入はお家騒動の発端。曽根天満宮境内の場で、忠臣・源吾(小柄な萬太郎が活躍、時蔵の次男)が、桃井家の嫡男・陸次郎(美しい梅枝)の郭遊びを諌めるよう、双子の弟・八重菊丸(梅枝2役)に頼む。
続く姫路城内奥殿の場は、善悪の2転3転をテンポよく。将軍上使の兵庫之助(立派な時蔵)と播磨大学(片岡亀蔵が安定の憎々しさ)が陸次郎の遊興を責め、家老・内膳(立派な菊五郎)がとりなし、弟・大蔵(彦三郎)の罪にすると見せて、実はスケールの大きいワル。手水鉢に仕込んだ毒で陸次郎はあえなく落命、傾城尾上(美しい尾上右近)に2人の愛息・国松を託す。
姫路城外堀端の場は不穏な夜。重臣・主水(松緑、近くで見ると顔の小ささが際立つ)が内膳と間違って、駕籠に乗った城主・桃井修理大夫(楽善)を槍で討ち、罠にはめた内膳にあっけなく成敗されちゃう。
ランチ休憩を挟んで姫路城天守の場は、月が出て幻想的に。桃井家断絶で封鎖された城に、妖怪出没の噂がたつ。若武者・弓矢太郎、実は桃井家家臣の純太郎(菊之助)が退治に乗り込むと、妖怪ではなく、十二単・緋袴の後室・砧の前(時蔵)、腰元に扮した八重菊丸らが立てこもっていてびっくり。純太郎はお約束、重宝・東雲の香炉を盗んだ敵の大学を討ち、八重菊丸を預かる。
休憩後は気分を変えて、明るい舞子の浜から。百姓・平作、実は死んだはずの主水、その妻お辰(菊之助)が、妹の尾上と若君・国松(可愛い寺嶋和史)を匿っている。
続く大蔵谷平作住居の場は、やけに登場人物が多く、対話が続いてダレ気味。訪ねてきた旧臣・新平(凛々しい坂東亀蔵)が主水の過誤を責め、ワルの内膳家来・判蔵(橘太郎)も国松の首を要求。主水は迷子の福寿(ちょっと大人の寺嶋眞秀)を身代わりにと考えるが、主水の正体は桃井家に恩ある与九郎狐で、福寿はその息子と判明。妻の小女郎狐(菊之助)がポンッと飛び出し、尾上神社(謡曲「高砂」に登場)の鐘(重文だそうです)を守る使命を伝えるので、やむなく狐親子は去る。
尾上神社鐘楼の場は一転、いっぱいの紅葉が美しいスペクタクルへ。お辰・国松が逃げ込み、与九郎が大活躍で大蔵、伴蔵を撃退。通力ですべては内膳の企みと知れる。
短い休憩の後、怒涛のクライマックス。印南邸奥座敷の場で行方不明だった跡取り・八重菊丸と忠臣・源吾が現れ、ワルの内膳が香炉を渡すが、真っ赤な偽物。パンッと桃の花びらが飛び散り、萬太郎さんが驚くのが可笑しい。内膳がついに国崩しに転じて拍手! 正体は前の城主の息子で、復讐と城奪還が目的と明かす。
大詰・播磨潟浜辺の場は舞台を埋め尽くすフワフワの桜、見上げる真っ白な姫路城が輝かしい。桃井家一同に旧臣・三平(松緑)、灘平(彦三郎)が加わって、ずらりと並び、渡りセリフでお家再興を宣言。なんと幼い国松が健気にも、「後日の戦場での再会」を約し、内膳が三段に上って格好良く幕となりました。

20190103_002

20190103_051

20190103_078

20190103_099

20190103_126

より以前の記事一覧