歌舞伎「菅原伝授手習鑑」
秀山祭九月大歌舞伎 昼の部Aプロ 2025年9月
凄い舞台に出くわしてしまった。言わずと知れた丸本の三大名作、通し狂言「菅原伝授手習鑑」。吉右衛門ゆかりだと夜の「寺子屋」なんだろうけど、ここは御年81歳、15代目片岡仁左衛門の極め付け菅丞相を、と歌舞伎座へ。
まあ2010年、2015年にも観たしな、と思っていたら、ひときわ神々しく、そして幕切れの花道の引っ込みで頬にまさかの涙。歌舞伎役者が泣くのはあくまで演技、といった聞きかじりを超越した名優の存在感。花道すぐ脇、下手側のいい席だったこともあって圧倒されました~ ほかのキャストもオールスターで、舞台ならでは一期一会の感動を味わう。1万8000円、休憩2回で4時間半。
明るく長閑な「加茂堤」で中村歌昇の桜丸、妻・八重の坂東新悟が笑わせたあと、休憩を挟んで「筆法伝授」。学問所の場で御簾があがり、しずしずと仁左衛門が登場。Bプロでは菅丞相を演じている松本幸四郎が、「伝授は伝授、勘当は勘当」で畏れ、嘆く。悲運を悟って源蔵を巻き込むまいとする菅丞相。まさに伝授を目撃する思い。
門外の場で中村橋之助の梅王丸がきびきびと一子・菅秀才(中村秀之介)を救いだす。御台所・園生の前に心優しい中村雀右衛門、源蔵妻・戸浪に中村時蔵、敵側の三善清行にきびきび坂東亀蔵。源蔵を邪魔する下世話な希世の市村橘太郎が、コミカルでいいアクセントだ。
長めの休憩のあと、いよいよ「道明寺」。丞相暗殺を企む偽の迎えに、人形が身代わりとなるシーンで、仁左衛門は瞬きしないどころか、全く足下を見ずに段を降りていく。どれだけ鍛錬し続けているのか。生身の俳優が見せる奇跡。そして本物の迎えがきて養女・苅屋姫(尾上左近)との別れでは、目を合わさずに肚(はら)で哀切を表現、としつつ静かに涙。知人によると初日から涙だったそうです。
苅屋姫は浅はかにも斎世親王と駆け落ちし、菅丞相左遷を招いたことで自らを責めている。すでに姉・立田の前(安定の片岡孝太郎)はこともあろうに敵側となった夫・宿禰太郎(尾上松緑)の手にかかり、この先も菅丞相ひとりのためにいくつもの死が待つ運命を思わずにいられない。
弱冠19歳の左近がなかなかの姫さまぶりをみせ、父の松緑は憎々しいけど、出てくると歌舞伎らしさが増す感じ。三婆に数えられる気丈な伯母・覚寿の中村魁春は意外にも初役だそうで、歌右衛門も演じていないとか。化粧は年配のほうが合っているかな。奴宅内の中村芝翫がコミカルにひと息つかせ、判官代輝国の尾上菊五郎はあくまでりりしく。さらに敵側・土師兵衛に中村歌六と贅沢でした。





































