歌舞伎

團菊祭「義経腰越状」口上「弁天娘女男白浪」

團菊祭五月大歌舞伎 2025年5月

八代目尾上菊五郎、六代目菊之助襲名披露のめでたい芝居を楽しむ。江戸情緒の定番・弁天小僧はもちろん、平均年齢11歳の可愛い勢揃いやら、松緑ゆかりの珍しい演目やらが楽しい。歌舞伎座1階、前の方のいい席で2万3000円。休憩3回でたっぷり4時間強。

幕開けの「義経腰越状 五斗三番叟」は義太夫狂言で、二世松緑が得意としたとか。義経(=豊臣秀頼)が頼朝(=徳川家康)に拒絶され、こともあろうに遊興三昧、という設定。なんとかしようと忠臣・泉三郎(=真田幸村)から軍師に推挙された五斗兵衛(=後藤又兵衛)が主役なんだけど、時代物らしからぬ飄々としたキャラでユニークだ。
冒頭、雀踊り(「べらぼう」で吉原のダンスバトルに出てきました)の群衆にまぎれて現われた家臣・亀井六郎(尾上左近)が、義経に諫言するけど追い返される。そこで五斗(尾上松緑)が登場。周りは大時代な武将なのに、ひとり顔も装束もいたって普通。しかも、おどおどして頼りない。裏切り者の錦戸太郎(坂東亀蔵)、伊達次郎(赤面の種之助)兄弟から好きな酒を勧められ、「かかに止められている」とか言って固辞するものの、結局ぐいぐい呑んじゃう。「滝呑み」なんかも披露してぐでんぐでん、もちろん義経との対面は台無しだ。なんともコミカル。
ところが、へのへのもへじ顔の竹田奴たちが、奇声をあげピョンピョン跳ねながら追い払いにくると、とたんに大暴れ。悠々と三番叟を舞い、凧揚げ、紙相撲などで奴をあしらっちゃう。最後は奴たちを馬にして悠々と引き上げる。大らかでした!

お楽しみ口上は七代目菊五郎が披露し、梅玉さんを筆頭に、ひとり柿渋色の裃の團十郎が楽屋話で笑わせ、松緑、噛んで含めるような玉三郎、大御所楽善さんという顔ぶれ。やっぱり團十郎は華があるなあ。

メーンは待ってました「弁天娘女男白浪」。言わずと知れた五世菊五郎初演の、音羽屋代々の当たり役。序幕の浜松屋見世先、八代目の弁天がちょっと真面目でテンポが速めなのは、この人らしい。南郷力丸の松也が格好よく、日本駄右衛門の團十郎も堂々。鳶頭の松緑、主人・幸兵衛の歌六と初役が多い。
続く稲瀬川勢揃いが傑作で、子供世代の御曹司たち五人がうち揃い、微笑ましいやら頼もしいやら。弁天にきりっと菊之助、忠信利平に亀三郎、赤星十三郎にちっちゃな梅枝、南郷力丸にぐんぐん背が伸びる眞秀、日本駄右衛門に端正な新之助。
二幕目は大人世代に戻ってアクションに次ぐアクションだ。極楽寺屋根立腹の場で弁天が大立廻りの末に最期をとげ、ダイナミックな「がんどう返し」。極楽寺山門の場で日本駄右衛門が追手を蹴散らし、滑川土橋の場でついに七代目が青砥左衛門藤綱として悠々と登場。八代目と並んで、川に落とした十銭を拾うエピソードののち、最後はセット上方の日本駄右衛門に情けを示して華やかに幕。

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歌舞伎「壇浦兜軍記」「江島生島」「人情噺文七元結」

猿若祭二月大歌舞伎 夜の部 2025年2月

お馴染み、かつ変化に富んだ演目が並んだ歌舞伎見物。華やぐ歌舞伎座、花道近くで1万8000円。休憩2回で、たっぷり4時間。

まず端正な京都堀川御所のセットで、「壇浦兜軍記」から極付・坂東玉三郎の阿古屋。観るのは2015年、18年に続き3回目だけれど、琴、三味線、胡弓の三曲、特に胡弓がレベルアップしている印象だ。恐るべし人間国宝。昨年末に桐竹勘十郎、鶴澤勘太郎で堪能した文楽版が、磨き抜かれたソロなのに対し、歌舞伎版は下手に竹本、さらに三味線「班女」のくだりでは上段に長唄が加わるいわば協奏曲で、スケールがある。もちろん阿古屋の衣装もド派手。花道からの出で、捕手の中村橋吾さんと並んで決まったり、岩永の脅しを高らかに笑い飛ばしたり、も格好良い。
生締めの捌き役・重忠の菊之助は、さすがノーブル。赤っ面の岩永は中村種之助で、人形振りもきびきびと、赤く飛び上がったりチャレンジしていた。

休憩は席で「ひらい」の穴子などお弁当をつつき、大正期の長谷川時雨による長唄舞踊「江島生島」をしっとりと。大奥の中﨟・江島とのスキャンダルで、三宅島に流された実在の人気役者・生島新五郎(二世團十郎を育てたことで知られる)を描く。まず照明を落として生島(菊之助)の夢のシーン。桜舞う春の夜に船を浮かべ、江島(中村七之助がたおやかに)と小鼓をうったり盃をかわしたり睦まじい。しかし物悲しい舟唄で江島は忽然と、すっぽんから姿を消す。
ぱあっと明るくなって後半は現実の岸辺。夢から覚めても心ここにあらずの生島を、海女(一転おきゃんな七之助と中村芝のぶら)がからかって少しコミカル。やがて雨が落ちてくるなか、小間物売の旅商人(きびきびと中村萬太郎)が持っていた小袖を江島に見立てたり。哀れで美しかった。

鯛焼きの休憩を挟んで、ラストは眼目の中村屋ゆかり、榎戸賢治脚色「人情噺文七元結」。2010年に亡き勘三郎で観た左官の長兵衛を、中村勘九郎が温かく。力強さと、ちょっと影のある感じが印象的だなあ。幕開き「長兵衛内」は七之助の、思い切りのいいコメディエンヌぶりが際立ち、極貧も息苦しくない。角海老手代・藤助は中村山左衛門。回り舞台で一転、豪奢な「吉原角海老内証」になると、女房お駒の中村萬壽がどっしりと、さすがの存在感を示す。小じょく・お豆の中村秀之介(歌昇の次男)が相変らず可愛く、女郎で70代の尾上梅之助も元気。お久・勘太郎の娘役は、ちと厳しいけれど。
そしていよいよ「本所大川端」で勘九郎が、行きつ戻りつ、決して格好いい善人ではない長兵衛の、心根の優しさを存分に。手代・文七の中村鶴松もリズミカルに、息の合ったところを見せる。落語にある和泉屋の面白いくだりは端折って、ラストは「元の長兵衛内」。派手な夫婦喧嘩のなか、文七を伴って礼に訪れる和泉屋清兵衛を、中村芝翫がますます貫禄で。振り袖姿のお久を連れ帰る鳶頭・伊兵衛に、ご馳走の尾上松緑。江戸っ子が似合う人です。家主は手堅く片岡市蔵。ハッピーエンドで幕となりました~

お稲荷さんの「初午」にちなんで、売店の軒先などに面白い地口行灯。こういう季節感も歌舞伎の醍醐味。

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引窓

市川高麗蔵・中村松江引窓に挑む  2025年2月

中村芝翫監修で、「新たな歌舞伎への挑戦」と銘打った試みの第2回に参加。長唄・囃子方の大木竹美(杵屋栄津美)・大木梨恵(望月初寿恵)母娘が2023年、飯田橋に開設した古典芸能専用の鶴めいホール、2階含め40席という至近距離でのリーディング公演だ。休憩を挟んで2時間。ちょっと高めの8000円。

役者がこしらえ無し、座ったままで、名場面の複数人物を演じ分ける、いわば素歌舞伎の企画で、今回は中村松江が堅実に濡髪と与兵衛、市川高麗蔵(初代白鸚の部屋子)が端正に母とお早。近さもあり、息遣いやそれぞれの個性が感じられて面白い。こういう稽古が華やかな歌舞伎舞台につながるんだなあ。
素といっても、主催で合同会社京枡屋舞台の三枡清次郎が義太夫を務め、イヤホンガイドのおくだ健太郎が割と頻繁にナレーション(解説)を入れるので飽きません。背景スクリーンにはセットの写真。

休憩を挟んで短いフリートークでは、松江が芝翫に濡髪をみてもらった、演じる機会が少ないので緊張した、高麗蔵が中村東蔵に母を教わり、これは生活劇ときいた、等々。石井康幸撮影の格好良いポートレートや稽古風景の写真販売も。
せっかくなのでもっと役者、観客同士の交流の仕掛けがあったら良かったかな。

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歌舞伎「彦山権現誓助剣」

国立劇場新春歌舞伎公演 通し狂言「彦山権現誓助剣」  2025年1月

浅草と並んで初春気分が横溢する音羽屋一座の歌舞伎へ。初台の新国立劇場での開催となって2年目。初日は開演前に獅子舞付き! 舞台から降りてお客さんの頭を噛み、ご祝儀をもらう厄払いも。振る舞い酒など劇場全体が正月仕様だった国立劇場に比べると、だいぶ大人しいけれど、やっぱりウキウキする。
本編は明るい義太夫狂言で、こどもたちまで俳優各世代が集い、客席も巻き込んで大家族新年会の趣きだ。いよいよ菊五郎襲名を控える尾上菊之助はもちろん、敵役の坂東彦三郎らが安定。襲名間もない中村時蔵は美しく、コミカルな味もいける。終盤ではずらり並んだ次々代を担う御曹司たちがとにかく可愛くて、菊五郎じいじは目尻を下げっぱなし。めでたいなあ。花道が短くL字になっているのはびっくりの中劇場、前の方の上手寄りで1万4000円。休憩2回で4時間半。

演目は恒例の通しで 「彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」。2009年に吉右衛門、2020年に仁左衛門で「毛谷村」を観た朗らかな作品を、発端から大詰めまでたっぷりと。秀吉の九州攻めを背景にした、痛快な仇討ちもので、なんといっても腕っ節が強く気が優しい六助のキャラが魅力的だ。天明6(1786)年に文楽で初演、妹背山以来のヒットとなったとか。
発端で新たに彦山権現山中の場が加わった。舞台は豊前・豊後・筑前にまたがる、のどかな霊山。八重垣流指南の吉岡一味斎(中村又五郎)が、親孝行で、侍が仕留めた鳥を逃がしちゃう六助(菊之助)の人柄を認め、剣術の奥義を授ける。
序幕の郡家場外の場は原作に無く、江戸時代中村座の台帳をもとに復活したそうです。周防の国、時は端午の節句。御前試合の負けを恨んだ京極内匠(彦三郎)が、一味斎を銃で闇討ちするシーンを見せる。続く一味斎屋敷の場で、娘・お園(時蔵)が一味斎の妻・お幸(上村吉弥)に、酔態を装う「シの字尽くし」で父の死を知らせる悲嘆。覚悟を試す上使・衣川弥三左衛門(河原崎権十郎)の槍を見事に留め、仇討ちのお墨付きを得る。女武道も、懐の深い上使も格好良いぞ。

短い休憩を挟んで二幕目は、舞台が暗くなり、光秀最期の地にちなむ小栗栖(おぐるす)瓢箪棚の場。変化に富んで面白い。まず惣嫁(そうか、上方の夜鷹)たちの軽妙さから一転して、忠臣・友平(中村萬太郎)が妹・お菊の最期を語って、無念の切腹。そして蛙が鳴くなか、内匠が怪しい父・光秀の亡霊(又五郎)から小田春永の名剣・蛙丸を授かるスペクタクル。さらには仇と知ったお園がなんと鎖鎌で打ちかかり、派手な立ち回りに。瓢箪がばらばら落ちたり、不安定な棚の上で渡り合ったり、ついには装置が崩れて時蔵がごろごろ!

長めの休憩のあとは、お馴染みの三幕目。杉坂墓所の場で六助が、微塵弾正と変名した内匠に八百長を約束。また偶然、内匠一味に追われる幼いお菊の子・弥三松(八の字眉が可愛く、8歳だけど達者な秀之介・歌昇の次男)を預かる。続く六助住家の場は上手に椿、下手に梅で清々しい。弾正に眉間を割られてもへいこらしてやり、懸命に玩具で弥三松をあやす六助、人が良すぎます。虚無僧姿で現れたお園が切々と苦難を語るクドキ、女武道としおらしさのミックスを生き生きと。後半、弾正の悪事を知った六助が怒りのあまり、庭石を踏んでめり込ませちゃって拍手~
大詰・久吉本陣の場は、ぱあっと視界が開けてお楽しみ。知勇兼備の大将・久吉(菊五郎)が、坂東楽善、萬太郎、市村竹松らを従えて堂々サポート。一行が本懐を遂げる。若武者(坂東亀三郎・彦三郎の長男、菊五郎襲名を控える尾上丑之助、背が伸びた尾上眞秀、中村梅枝、中村種太郎・歌昇の長男)が居並んで、お正月の手ぬぐいをまき、渡り台詞できまり、背景には朝日が輝く。これぞ大団円でした~

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浅草歌舞伎「春調娘七種」「絵本太功記」「棒しばり」

新春浅草歌舞伎 第2部 2025年1月

初芝居は若手の初々しさが嬉しい浅草公会堂へ。今年は10年ぶり、顔ぶれを20代に一新して、中村橋之助が座頭のチームに。昨年の熱気は隼人人気だったんだなあ、と振り返りつつ、愛嬌で突出する鷹之資、なかなかの曲者・左近をはじめ成長が楽しみになって満足。1F中ほど上手寄りで9500円。休憩2回で3時間半。

年始ご挨拶はきびきび中村鷹之資で、当日券で花道脇狙いの女性に手ぬぐいをプレゼント。橋之助が演目の見どころを短く解説してから、お正月らしく長唄舞踊「春調娘七種(はるのしらべむすめななくさ)」。曽我物の舞踊で最古だそうです。富士と紅白の梅がぱあっと華やか。
頼朝の家臣・工藤祐経を狙う五郎(尾上左近)、十郎(中村玉太郎)と、愛する義経が頼朝に追われている静御前(中村鶴松)という設定だ。仇討ちにはやる兄弟が「丹前振り」「相撲振り」から鼓の「打囃し」。七草を織り込んだ詞章にのって、静御前が「七草の合方」で千穐楽々万歳と祈り、七草をたたく。最近、個人的に注目している左近が、小柄ながらもまずまずの武者ぶり。鶴松はもはや余裕ですね。

休憩を挟んで、1部と役柄を入れ替えての連続上演が話題の時代物「絵本太功記」から、追い詰められる武智光秀一家がひたすら悲しい尼ヶ崎閑居の場、通称「太十」。2016年に文楽で観たけど、意外に歌舞伎では初でした。
本能寺の変から八日目。前半は初陣に向かう息子・十次郎(鶴松)を巡り、女3世代がそれぞれ愁嘆をたっぷりと。許嫁の初菊(左近)は泣く泣く鎧櫃を準備して三々九度。母・皐月(中村歌女之丞)、妻・操(中村莟玉)は討ち死に覚悟だけど、謀反の死に恥を避けたくて、と打ち明ける。悲痛。左近が舞踊から打って変わって、絵に描いたようなお姫様。ちょっと声が低いかな。ちらっと登場する長身の旅僧・実は真柴久吉の市川染五郎が、さすがノーブル。莟玉は派手な顔立ちが目立つなあ。
竹本が交代して後半は、蛙が鳴くなか、光秀(橋之助)が竹藪から登場、久吉と間違えてこともあろうに皐月を刺しちゃう。えーっ。皐月が苦しい息の下から謀反を責め、瀕死で戻った十次郎は敗北を報告。2人の死に、さすがの光秀も大泣きだ。と思ったら、陣太鼓の音でセットが転換。光秀は松の木に登って追手を見極め、最後のひと暴れを期すけれど、そこはお約束、颯爽と武将姿に転じた久吉、駆けつけた佐藤正清(鷹之資)と後日の決戦を約束して派手やかに幕となる。橋之助はスケールが大きくて頼もしいけど、さすがに光秀らしい凄みはまだまだ。ガンバレ!

休憩後にお目当ての松羽目物「棒しばり」。勘三郎・三津五郎コンビの名演を映像で観たけれど、こちらも舞台では初。岡村柿紅作、五世杵屋巳太郎作曲で大正5(1916)年市村座初演の長唄舞踊で、狂言のわかりやすい笑い、高度な技量で文句なく浮き立つ。
お話はシンプル。酒好きの使用人に手を焼く大名(橋之助)が一計を案じ、次郎冠者(鷹之資)が「夜の棒」を披露する隙に手を縛り、笑っている太郎冠者(染五郎)も後ろ手にいましめて外出。2人は不自由なのに凝りもせず酒蔵に忍び込み、協力してまんまと呑んじゃう。酔っ払って上機嫌で踊っているところへ、大名が戻って大騒ぎ。
なんといっても鷹之資が、ユーモラスできびきびしていて抜群。大名相手に棒を振り回したり、器用に汐汲みを踊ったり、扇子を左手から右手に投げ渡したり、喝采です。頭大きめのバランスも、古風な演目にぴったりだ。対する染五郎はすらっとしているけど、よく稽古している感じだし、橋之助も堂々としていて歌舞伎らしい。面白かったです!

ここからまた十年かけて、スターが育っていくんだなあ。空いてきた浅草寺にお参りして、穏やかなお正月を満喫。

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狐花

八月納涼歌舞伎 第三部 2024年8月

真夏の一夜を怖い歌舞伎で、としゃれ込んで話題の新作「狐花(きつねばな)葉不見冥府路行(はもみずにあのゆおのみちゆき)」。京極夏彦初の書き下ろし脚本、今井豊茂演出・補綴。凄惨な事件の連鎖、怪異を生むのは観る者の心理で、怖いのは生きている人間のほう、という主題はわかる一方、全体に説明が多くて、まったりとした運び。舞台一面、毒々しい曼珠沙華は印象的だけど、ケレンなど歌舞伎らしさはなし。ここは演劇的な感興が欲しい。こうしてみると南北、黙阿弥の凄さがわかるような。歌舞伎座中ほどの花道手前で1万6000円。休憩を挟んで3時間強。

時代は江戸末期、百鬼夜行シリーズの憑き物落とし(陰陽師)中禅寺秋彦の曾祖父、中禪寺洲齋(じゅうさい、松本幸四郎)が探偵役だ。一幕目は発端で、25年前の神職・信田家への押し込み・放火と美人の奥方・美冬(市川笑三郎)の拉致シーン。そして曼珠沙華が闇に浮かぶ荼枳尼天(だきにてん、貴狐天皇)の荒れ社前で、清明紋の洲齋と狐面の男(中村七之助)が問答をかわす。んー、抽象的。
そして公共事業で財をなした、いかにも悪者の作事奉行・上月監物(中村勘九郎)の屋敷。曼珠沙華柄の小袖の男の出現に、家臣・的場佐平次(市川染五郎)と辰巳屋(片岡亀蔵)、近江屋(市川猿弥)が、かつての悪事の露見を恐れている。並行して、奥女中・お葉(七之助が2役)と近江屋の娘(坂東新悟)、辰巳屋の娘(扇雀の息子、中村虎之介)は、結託して殺したはずの浮気男・萩之介の亡霊におびえている。すると案の定、辰巳屋と近江屋に萩之介が現れ、錯乱した娘たちがそれぞれ父を殺めちゃう。いやはや。

お弁当休憩を挟んで、二幕目はさらに悲惨です。冒頭と同じ社前で、中禪寺がなんとか狐面の男を止めようとするシーンがあり、上月家へ。的場の依頼で一連の事件を探っていた中禪寺は、萩之介がお葉に化けて娘たちを操り、何らかの復讐をした、次の狙いは上月家だと指摘。監物は慌てず、警護のため娘・雪乃(米吉)を屋敷内の牢に入れる。
そこへ萩乃介登場。この牢は25年前、監物が辰巳屋らと美冬を閉じ込めた因縁の場所、自分は失意の美冬が産んだ雪乃の双子の兄で、放下師や陰間茶屋に売られてきて…と語り、共に監物への復讐を決意。とんでもないと的場が2人を討ったところへ、監物が到着して、いきなり不忠者!と的場を斬り捨てちゃう。あれれ。駆けつけた中禪寺は瀕死の萩之介に、実は兄だと明かして悲しみに暮れる…
後日、監物を訪ねた中禪寺は25年前の押し込みについて、美冬だけでなく信田家の隠し財産を手に入れて成り上がった、しかし生き残ったあなたはなんと孤独なことか、と告げて…

ロングヘアの幸四郎はちょっと斜に構えた感じが、すべてを心得ている憑き物落としらしく、最近めっきり線が太くなった染五郎も安定。年増っぽい新悟と、趣里を思わせる風貌の虎之介のびっくりの身勝手さ、対照的に辰巳屋番頭・中村橋之助の切なさがいい。勘九郎は悪の権化に徹していたけど、スケール感はもうひとつか。
私は観ていないんだけど、納涼でよくかかったコメディ弥次喜多シリーズは杉原邦生、戸部和久、猿之助と脚本・演出が充実してたんですねえ。舞台って難しい。幸四郎さんは名だたる芝居好きで、よくわかっているはず。足を運びやすい遅い時間の上演、空席があったのは天候のせいでしょう。ガンバレ。

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裏表太閤記

七月大歌舞伎 夜の部「千成瓢薫風聚光(せんなりびょうたんはためくいさおし)裏表太閤記」  2024年7月

三世市川猿之助が1981年、奈河彰輔脚本、六世藤間勘十郎演出で初演した演目。秀吉の出世談を表、その影の敗者たちを裏として描く、歌舞伎王道の構成だ。ほぼ全面的に改訂を加え、八世勘十郎演出で43年ぶりに上演、と聞き足を運んでみた。お馴染みのエピソード「馬盥」や本水、宙乗りなどのケレン、華やかな舞踊と、伝統の要素をギュッと詰め込み、それでいて松本幸四郎のキャラのせいか、全体に若々しく、軽み、洒脱さがあって楽しめた。演出補の市川青虎や後見の市川段四郎も大活躍ですね。よく入った歌舞伎座の前のほう、上手寄りで1万8000円。休憩2回を挟んで4時間強。

ビールとシャンパンを味わいつつ序幕、信貴山弾正館の場から。信長に反旗を翻した松永弾正(市川中車)が生駒の居城で追い詰められ、駆けつけた光秀臣下の四王天但馬守(市川青虎)に、実は光秀は息子(仰天!)と明かして、三日でいいから天下をとれと、足利家の白旗を託す。自らは名器・古天明平蜘蛛に爆薬を仕掛け、赤い照明とスモークのペクタクルに包まれて自害。松永といえば東大寺大仏殿焼き討ちなどのヒールで、大河ドラマでは吉田鋼太郎がねっちり演じた人物。あくの強さが中車に合っていた。

続く本能寺の場は、とにかく信長(坂東彦三郎)が光秀(尾上松也)をいじめ抜く。鉄扇で額に傷を負わせたり、明智の家紋・桔梗をいけていた馬盥で酒を飲ませたり(歌舞伎名場面)。所領を召し上げると言われてついに光秀がキレ、辞世の句「時は今、天が下知る皐かな」を詠んで(変の5日前に謀反を明かしたという句ですね)、信長を襲っちゃう。彦三郎さん、声が通って押し出しがいい。

そのころ愛宕山登り口・山中の場では、信長の嫡男・信忠(坂東巳之助)とその嫡子・三法師、母の小野お通(創作上の人物、尾上右近)が黒御簾の演奏をバックにのんびり酒宴の最中。光秀臣下の十河軍平(市川猿弥)と天狗に化けた家来たちが、土器(かわらけ)投げを合図に襲いかかり、お通と三法師だけが、なんとか逃げ延びる。巳之助は高貴な役柄も上手。右近が立ち回りしながら、槍の光で三法師をあやすのが可笑しい。

休憩でお弁当をつついて二幕目、備中高松塞の場で、竹本の義太夫節となり重厚な時代物へ。ところは秀吉の水攻めで落城寸前の高松城内。導入部分で家中の市川寿猿が「今年で94歳」とやんや。セリフも足取りもしっかりしていて、何よりです。
軍師・鈴木重成(松本幸四郎)が思案げに登場すると、一気に熊谷陣屋の雰囲気に突入。重成は家臣が生き延びるため、こともあろうに主君を討つと言い出して、息子・孫市(松本染五郎)に討たれる。ここからお約束、瀕死の長セリフとなり、わざと討たれた、本能寺の変を知ったので自分の首を差し出せば秀吉も和睦するだろう、と真意を明かし、孫市に手柄を託す。深謀と自己犠牲の悲劇。幕切れでは一転、秀吉に早替りした幸四郎が颯爽と再登場して、重成の忠義を讃える。
染五郎は溌剌としているけれど、大仰な仕草、かすれ声がちょっと心配。精進してほしいものです。幸四郎は孫市のことを「あんな当世風の」とけなしたり、秀吉として孫市に「いい父を持ったな」と誉めたりして笑いを誘い、余裕でした~

短い山崎街道の場で、舞台に勢いよく敷物を広げる大道具さんに拍手。続く姫路秀吉陣所の場で孫市、三法師とお通が合流し、広々した姫路海上の場へ。秀吉の大返しは陸路だと思うけど、そこは歌舞伎、自由です。嵐を鎮めようと、お通がヤマトタケル(澤瀉屋名場面!)の弟橘姫になぞらえて海に身を投じる。と、まさかの大綿津見神(松本白鷗)が現れてお通の自己犠牲を讃え、なんと一同は空を飛んで琵琶湖に至る。白鷗さんは座ったままセットで移動していたけど、凄いスケールです。

道中の場で、なんと通路、2階席まで使って秀吉家臣が光秀の残党を追い詰め、芝居小屋気分が盛り上がる。そして本舞台の幕が落ちると、派手な大滝の場。舞台中央奥にバシャバシャ本水が落ちる滝が出現し、セリフが聞こえないほど。秀吉、孫市と光秀が大立ち回りで、水にダイブしたり、霧のように吹いたり、やりたい放題。ついに光秀を討ち果たすのでした~

休憩後の大詰は一転、パステルカラーのファンタジーとなり、天界紫微垣(しびえん、天帝の在所)の場。常磐津をバックに、孫悟空(幸四郎が生き生きと)が見えない荒馬を操って暴れ回る舞踊だ。持て余した天帝(猿弥)、大后(市川門之助)から太閤の官位と金の瓢箪を授かり、黄金の国・日本へつかわされる。猿と呼ばれた秀吉と、その本陣を示す馬印「千成瓢箪」にちなんでいるんですねえ。専門のアクロバットが鮮やかだ。
テンポ良く幕が引かれ、お待ちかねの宙乗り。悟空は喜び勇んで3階へと飛び去っていく。猪八戒(青虎)もびっくりの宙乗り、沙悟浄(市川九團次)は飛び六方でド派手に後を追う。

…と、それが天下人となった秀吉の夢だった、というオチで、ラストは栄華を極める大阪城大広間の場。ここへきて大物の北政所(中村雀右衛門)、淀殿(市川高麗蔵)と家康(中車)が登場。舞台後方に長唄連中がずらりと並び、前田利家(松也)、毛利輝元(右近)、宇喜多秀家(染五郎)、加藤清正(巳之助)が勢揃いして、めでたく三番叟を舞い納めました~

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「於染久松色読売」「神田祭」「四季」

四月大歌舞伎 夜の部 2024年4月

花道外側のいい席で、当代随一、半世紀をへても衰えないニザタマの熟練の色気を堪能する。よく入った歌舞伎座、絶好の花道すぐ外の席で1万8000円。休憩を挟んで3時間。

演目2本は21年2月に観た組み合わせの再演で、まず「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」から「土手のお六・鬼門の喜兵衛」。南北ならではの陰惨な設定、悪党の所業だけど、華のある愛嬌に衰えはなく、素晴らしい。
導入の柳島妙見の場の舞台は北斎も信仰したという深川の法性寺、通称妙見堂。手代がフグを食べに行くチャリ場をテンポ良く。舞台が回って暗~い小梅莨屋(たばこや)の段で、ご両人登場。伝法な玉三郎の「悪婆」お六は台詞の緩急が絶妙、仁左衛門の喜兵衛にけだるい凄みがある。悪事の支度で緊張が高まり、カミソリをくわえたニザ様の見得に拍手。髪結の亀吉は成駒屋次男の中村福之助が手堅く。
続く瓦町油屋の場は浅草の質屋の店先。2人は行き倒れをネタに主人の太郎七(坂東家の長男、彦三郎)を脅すけど、居合わせた山家屋清兵衛(端正な錦之助)にやり込められちゃう。前段から一転、お六の愛らしさ。籠をかついで花道をすごすご引き上げる幕切れの、照れ隠しのおかしみで沸かせる。

休憩後の舞踊「神田祭」は一転して華やか。浅葱幕が落とされると、いなせな鳶頭の仁左衛門、揚げ幕からは艶やかな芸者の玉三郎が登場。帯を直しあったり、ほおを寄せたり、ご両人がいちゃいちゃするだけなんだけど、若々しく粋な風情に客席がぐっと浮き立つ。投げ節から木遣りへ、下手に陣取る清元連中も布陣が若返った感じ。筆頭の清美太夫は1980年生まれ、声に張りがあっていい。観ておいてよかった!

短い休憩を挟み、舞踊「四季」で締め。歌人で大正三美人と言われた九條武子のオムニバスだ。ぱあっと明るい長唄「春 紙雛」は豪華に菊之助、愛之助コンビ。五人囃子で萬太郎、種之助らが加わり、人形ぶりをまじえて可愛く。「夏 魂まつり」は大文字焼と竹本を背景に、茶屋の亭主の芝翫、舞妓の児太郎、若衆の橋之助、太鼓持の歌之助らが京都の夏をみせる。玉三郎の直後に観ると児太郎はまだまだかなあ。
「秋 砧」は照明を落とし、孝太郎が帰らぬ夫への情念をじっくりと。李白「子夜呉歌」を元にしたそうで、紗幕越しの月光と箏の演奏が深い。ラストはぱっと派手なアクションになって「冬 木枯」。松緑と坂東亀蔵がコミカルなみみずくに扮し、木の葉が人に変じた廣松、福之助、鷹之資、男寅、莟玉、玉太郎が躍動、彦三郎の長男の亀三郎と音羽屋の眞秀があどけなく。松緑の長男、尾上左近が中央でお人形のように可憐で、目を引いた。伝統を踏まえたファンタジーが面白かった~

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「松竹梅湯島掛額」「教草吉原雀」

第三十七回四国こんぴら歌舞伎大芝居  2024年4月

昨年の内子座に続く遠征で、日本最古の芝居小屋に足を運ぶ。令和の大改修(耐震補強)、コロナ禍をへた5年ぶりの開催だ。折しも桜が満開で、祝祭感あふれる素晴らしいシチュエーションを満喫。幸四郎、壱太郎ものっていたのでは。2階前のほうで1万6000円。休憩を挟んで2時間強。

ツアーのお土産で地元のお菓子等を受け取り、まず「松竹梅湯島掛額」。2009年に吉右衛門、福助!で観た演目。前半の吉祥院お土砂の場は馬鹿馬鹿しいコメディで、駒込が舞台。源平の時代設定だけど当然、江戸にしか見えない。「天神お七」からグニャグニャへ、お七(壱太郎)を助ける紅屋長兵衛=紅長の幸四郎が柔らかくチャリを演じて、なかなかの安定感だ。お七が片思いする吉三郎に染五郎、その若党の十内に亀鶴と、若々しく。母おたけの雀右衛門、お七を探しに来る釜屋武兵衛の鴈治郎が舞台を締める。上方特有の花道付け根の「空井戸」も活躍。
後半の四ツ木戸火の見櫓の場は一転、竹本となり、壱太郎オンステージで人形振り。客席上が平成の大修復で復活した格子状の「ブドウ棚」になっていて、一面に雪が降り注ぐのが美しい。小屋全体が夢世界だ。

休憩後は華やかに、長唄舞踊「教草吉原雀」。柔らかい半太夫節、哀しげな大津投げ節、流行の小唄を取り入れている。吉原雀は遊郭の事情通のこと。鳥売りの雀右衛門と鴈治郎が放生会の謂れに始まり、「その手で深みへ浜千鳥、通い慣れたる土手八丁」と「鳥尽くし」にのせて客の様子、花魁道中、「そうした黄菊と白菊の、同じ勤めのその中に」と「花尽くし」にのせて間夫との痴話喧嘩などを生き生きと見せる。鳥刺しの幸四郎が加わって賑やかな手踊りの後、ぶっ返りとなり、雀の精と鷹狩りの武士の正体をあらわし、派手に立廻りで幕。楽しかったです!

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ヤマトタケル

スーパー歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内 ヤマトタケル 2024年3月

立師・市川猿四郎さんのワークショップに触発されて、澤瀉屋渾身の舞台へ。戯曲の含蓄、ダイナミックなエンタメ性、そしてあっぱれ市川團子自身のドラマも重なって、有名なラストの宙乗り飛翔シーンにぐっときた。休憩2回を挟み4時間強の大作だけど、たるみは無い。新橋演舞場、前のほう正面のいい席で1万6500円。

1995年の祖父・猿翁と、2012年の伯父・猿之助襲名・團子初舞台の映像を、ざっと予習してからの観劇。映像でも十分面白かったけど、リアルだから伝わってくるものが、さらに大きい。
演目はいわずとしれた記紀の日本武尊伝説をベースに、哲学者・梅原猛が書き下ろして1986年に初演、本公演で上演1000回を迎えた。主役のタケルは第12代景行天皇の皇子というから、実在したとすれば4世紀ごろか。誤って双子の兄を殺して父に疎まれ、過酷な熊襲、さらには蝦夷の平定を命じられる。超人的な戦果をあげるも、切望した大和への帰還を目前にして、滋賀・伊吹山で倒れてしまう。
単なる英雄譚ではない。私たちが生きる現在は古代からの地続きであり、鉄とコメ=先進性に対する反発や、進んでいるがゆえの傲慢が身を滅ぼすというメッセージは、普遍的だ。それでも革新へと突き進まずにはいられない、亡き猿翁の強烈な自負も横溢。ちょうど読んでいる古代史小説にも連想がつながって、深い。

演出は隈取りや附け、早替り、ぶっかえりなど歌舞伎の妙味がたっぷりだ。加えて1幕熊襲の国での、二階建てセットで樽をぶんぶん投げちゃうアクロバットや、2幕焼津の、京劇にヒントを得たという旗を使った火の表現がスペクタクル。宝塚もびっくりのキンキラ衣装にはうっとり。装置は朝倉摂、耳に残る曲は長沢勝俊、浄瑠璃は鶴澤清治だったんですねえ。

キャストはなんといっても、タイトロールの市川團子に引き込まれた。いま二十才、未熟だからこそのエネルギーと、まっすぐに父を求めて報われない切なさが義経を思わせる。ボロボロになっていく最期に至っては、アメリカンニューシネマのよう。相棒タケヒコの中村福之助と手下ヘタルベの歌之助兄弟、そしてヒロイン兄橘姫・弟橘姫の中村米吉も、若さが伸びやかだ。もちろん叔母・倭姫の市川笑三郎、熊襲兄タケルの市川猿弥ら脇は盤石。市川中車の帝は、宿縁を乗り越えて息子を支える経緯を思わずにはいらない、凄い役です。老大臣・市川寿猿はなんと93歳、初演以来38年全公演に出演してきたとか。そして猿四郎さんは蝦夷・相模の国造ヤイレポでした。

團子の猿之助襲名が楽しみになりました~

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