演劇

スリーゴースト

PARCO PRODUSE 2026 スリーゴースト  2026年10月

2020年「FORTUNE」世界初演や昨年の「スリーキングダムス」が印象深かったサイモン・スティーヴンスが、東京でのリサーチをへて新作を書き下ろした。SFタッチで、自らの過ちから目をそらすことの罪深さをじわじわと描く。2024年「リア王」などを観たショーン・ホームズが、スタイリッシュに演出する意欲作だ。翻訳を広田敦郎、演出通訳を時田曜子(ゴーチ・ブラザーズ)、演出補を桐山知也が固める。よく入ったPARCO劇場の中段やや下手で1万2000円。休憩を挟んで2時間半。

敏腕広告マンのジョー(堺雅人)は、夢を再生する画期的な装置「リープマインド」の契約を勝ち取って成功に導き、富を得る。その影でかつての姉の死、そして義理の姉ミカ(伊勢佳世)の死に自責の念を抱いている。社会にリープマインド中毒が広がるなか、ジョーは妻ハナ(倉科カナ)や母マリ(高畑淳子)から責められ、次第に追い詰められていき…

無機的で暗い舞台にカメラが数台。後方にスクリーン、左右はひずみのある鏡、床周辺にリープマインドらしき黒い小石のようなものが散らばる(美術・衣装はジョン・ボウサー)。映像を多用し、空疎な虚構をリアルに感じさせてしまうテクノロジーの力を強調。そんなテクノロジーに耽溺して、罪や後悔を直視しないことの空恐ろしさが浮かぶ。視界を邪魔する小鳥の群れが象徴的。
夢で会えるかもしれないけれど、現実には亡くなった人は帰らず、過ちをなかったことにもできない。ジョーは視力を失っていくことで、ようやく妻ハナ(倉科カナ)に向き合っていく。終盤、誰かにスープを差し出すというエピソードに、一筋の光が差す。

ヒットドラマ連発の堺雅人は17年ぶりの舞台出演が話題だが、淡々として危なげない。もっとも映像の印象が強過ぎて、舞台ならではの熱量、余韻はいまひとつか。伊勢が壊れていくミカを鮮烈に見せる。重苦しい空気のなか、いかにも実業家の高畑と、飄々とした義父ケンの段田安則が時折、茶目っ気を見せるのが救いだ。
ジョーの助手に採用されるサラのsara(文学座)が、溌剌としていい。3月に観た「コーカサスの白墨の輪」の太守夫人なんですねえ。ちょっと謎めいた眼科医の友人ユーゴに達者な迫田孝也、ジョーとミカの関係をばらしちゃうダンに小日向星一。ダンサー3人がシャープに黒衣を務める(ステージングはお馴染み小野寺修二)。

謎めいたタイトルはちょっと消化不良だったな。劇中、ケンが発する警句(人は人生で3人のゴーストに会う、ひとりめは警告、ふたりめは試練、3人めは…)に由来するんだけど… プロデューサーはPARCOの佐藤玄、制作協力にゴーチ・ブラザーズの伊藤達哉。

Pxl_20261009_033533793

 

 

追熟しない果実

名取事務所「追熟しない果実」  2026年10月

8月の「フタマツヅキ」も良かった横山拓也が、名取事務所に初の書き下ろし。大活躍ですね。演出は西本由香(文学座)。いつもながらごく日常の風景で、笑いもたっぷり。休憩無しの2時間弱をテンポ良く見せてベタベタせず、面白い。個人的には、異質なものを受け入れることの難しさを切実に感じるまでには至らなかったかな… 不思議なタイトルは、先入観を乗り越えるという意味か。よく入った吉祥寺シアターの中央あたりで5500円。

さびれた登山道付近にある食堂のワンセット。店主だった夫が亡くなり、律子(竹下景子)ひとりになってしまって休業中だ。幼いころから店に入り浸ってきた町議の奈央(松本紀保)と、近くで果樹園を営む陽子、弟の則夫(いずれも名取事務所の森尾舞、西山聖了)が、NPOの打ち合わせに使うくらい。そこへ突然、大阪から亡夫の甥・渉(チョコレートケーキの西尾友樹)と妻の美幸(フタマツヅキでも達者だった枝元萌)が訪れ、カフェに衣替えして店を再開すると言い出して、奈央が激しく反発し…

終始穏やかな律子に対し、渉一家は関西弁の厚かましさ、騒々しさでその場を牛耳っちゃって、ヨソ者の違和感が際立つ。なかでも金髪の息子・扶羅武(八頭司悠友)が強烈。なにしろ、のっけから会話が成立しない。しかし奈央はNPOで、交雑種のサルを殺処分から救う運動をしており、ヨソ者を拒否する姿勢は矛盾をはらむ。実はもともと律子夫婦も、地元や親戚の因習に馴染めなかった、いわばはみ出し者で、渉の苦しさもわかる。相変わらず設定が緻密です。

とはいえ渉はヨソ者というより、単に地に足が着かず、生活に行き詰まって律子に甘えてきた印象が否めない。対する奈央もヨソ者への拒否感というより、律子をとられたくない一心が先に立って、駄々をこねているように見えてきちゃう。演出上の誇張は当然としても、アンコンシャスバイアスとかマイクロアグレッションを持ち出す話なのかな〜

俳優陣は竹下、松本はじめ安定感抜群だ。長身細身の森尾が格好いい。元俳優座でベルリン在住、「コーカサスの白墨の輪」に出ていた役者さん。伸び伸び暴れた八頭司も俳優座出身で、「レオポルトシュタット」「スリー・キングダムス」に出ていたんですね。楽しみかも。

アフタートークは西本、竹下、松本、枝元、森尾。西本さんが横山さんから、ひと呼吸の入れどころをアドバイスされた、みたいなことを言っていて、なるほどと。客席から名取敏行代表も一言。

 

Pxl_20261007_084252109

リア王

リア王 KING LEAR  2026年10月

このところ上演が相次ぐ、救いのないシェイクスピア悲劇。個人的には2019年英ナショナル・シアター・ライブのジョナサン・マンピィ版を皮切りに、2024年ショーン・ホームズ&段田安則版、昨年のフィリップ・ブリーン&大竹しのぶ版と、いずれも鮮烈だった戯曲を、今回は森新太郎(円)演出、松岡和子翻訳、内野聖陽のタイトロールで。争いが続く世界の現実と、人間の愚かさを突きつけて知的な舞台だ。東京芸術劇場プレイハウス、前のほう中央のいい席で1万円。休憩を挟んで3時間15分。

リア王といえば老いた権力者の横暴と転落。現代に通じるテーマだけれど、演出の企みはそれにとどまらない。ポイントは2つ。まず壁、床とも真白にし、セットも椅子くらいに絞って、残酷なシーンで黒衣がまく血を際立たせたこと(美術はお馴染み松井るみ)。戦闘シーンで降ってくる遺体の人形とともに、思わず目をそらしちゃうほど。けれど、これは決して絵空事ではない。
もうひとつが三女コーディリアと道化をひとり2役としたこと。身勝手過ぎる登場人物たちのなかで、リアに真実を教える無私のふたりを、清水くるみが伸び伸びチャーミングに演じて印象的だ。耳ざわりのよくない言葉がいかに貴重か。
以前から嵐のくだりの後、道化が登場しないのが不思議だったし、どうやら大詰めでリアがふたりを同一視するセリフがあると聞いて納得。稽古前に森と内野で戯曲の勉強会をやったとかで、掘り下げている感じ。

俳優陣は盤石だ。なんといっても58歳の内野が、明晰なセリフ回し、くっきりした表情で堂々。錯乱してからグロスターやケントにつぶやく「おまえを知っている」というセリフの切なさたるや。取り返しのつかない愚行。舞台も映像も、コメディタッチも超シリアスも水準高いなあ。森とは2014年「ビッグ・フェラー」などで組んでいるんですね。
井之脇海が初シェイクスピアで、放浪する長男エドガーを立派に見せて、これからがますます楽しみ。滑稽で難しい役だと思うけれど、御曹司らしい清潔感があっていい。ドラマ「シナントロープ」が強烈だった川上友里(はえぎわ)はヒステリックな長女ゴネリルで存在感を発揮。
ほかに悪党エドマンドに前田公輝、気の毒過ぎるグロスター伯爵に山路和弘、格好いいケント伯爵に杉本哲太、色っぽい次女リーガンに内田慈。ラストで救いとなるオールバーニー公爵は和田正人、残酷なコーンウォール公爵は大山真志、ゴネリルに仕えるオズワルドに永島敬三(柿喰う客)。
王族の金、臣下の黒など端正な衣装(西原梨恵)に、人物の影などが効果的でした(照明は佐藤啓)。ホワイエで演劇好きの知人にばったり。
842869807_10244527278898449_175462284445

管理人ご夫妻

ナイロン100% 50th SESSION 管理人ご夫妻  2026年9月

作・演出ケラリーノ・サンドロヴィッチの急病で、初日から3分の1を休演した2年ぶり劇団公演。新作はナンセンス劇だ。前半は古臭い1970年代アパートの人間模様、後半は何故かはちゃめちゃヒーロー物に転じ、歌も多くてレビュー風。野間口徹ら俳優はみな達者だけど、観ていて脱力しちゃう。よく入った本多劇場、中段の下手寄りで8800円。休憩を挟んで3時間。

2階建て平和荘、週刊少年マガジンが転がっている共用スペースのワンセット(美術は伊藤雅子)。風呂無し、トイレや流しは共同と、昭和の風情だ。管理人の福間慎一(みのすけ)と訳ありの妻・善子(峯村リエ)が裏手の母屋に住む。入居しているのは70年代らしい活動家カップル(長髪の土田英生、根本宗子)、アングラ劇団の女優(ソバージュで派手な村岡希美)らと個性的。実は管理人はマスクヒーローで、町を荒らす怪人に立ち向かうことを期待されていて…

ナイロンといえば、の村岡に加えて、慎一弟の野間口や、行きずりでアパートに居座っちゃう三宅弘城、悪だくみする地元政治家の廣川三憲が奇行を繰り広げ、怪演に次ぐ怪演。政治家の右腕で悪党の長谷川朝晴も、トンデモ設定を思い切りよく。この面々のなかだと管理人夫妻は普通の人。峯村が自分の噂話を耳にしながらテーブルクロスの下を動けず、床を鳴らすシーンが妙に切ない。

いつもながら150ページ超のプログラムには、岸田国士戯曲賞受賞、ダウ90000主宰の蓮見翔を迎えた座談会も。今更ながら演劇とコントの融合が気になっているんだけど、1990年代に長谷川はコントユニットのジョビジョバ、野間口も親族代表から出発しているんだなあ。ケラさんが自分や松尾スズキは70年代でも90年代でもなく、80年代に劇団を始めたから生き残れたと語り、 蓮見はどうやったら売れるかを考えるのが昔からめっちゃ好きと。いろいろ面白いな。
Pxl_20260925_033235099mp

ハード・プロブレム

劇団青年座第266回公演 ハード・プロブレム  2026年9月

2016年「アルカディア」以来、2年に1回は観ているトム・ストッパードの2015年初演作を、意外に初めての青年座公演で。ゲーム理論、神経生物学、行動心理学等々の専門用語を散りばめ、意識とは何かとか利他・利己とかをめぐる議論が続いて、相変わらず難解。でも主題はそんな「理屈」じゃない。頭がすっかりバーストした頃にじんわりと、生きていくことの希望が胸にわき上がる秀作だ。
主演の那須凜が、ともすればベタになりがちな「善人」なのに、間違いを犯す人間くささ、それを引き受けていく潔さと切なさを繊細に表現して、存在感抜群だ。こちらも主演で観たのは初めて。これから40代だそうで、楽しみ。
ほかの俳優陣も座員で固め、知的なセリフをスピーディーに繰り出して、休憩無しの2時間、緩みがない。演出は「りんごが落ちる」の金澤菜乃英、翻訳は堂々三代目の小田島創志。いっぱいの吉祥寺シアター、前のほう中央の良い席でお得な6000円。

ロンドンで心理学を専攻するヒラリー(那須)は、精鋭が集まる脳科学研究所の面接にパスして、レオ(白髪が格好良い横堀悦夫)の研究室に所属。若い中国系のポー(角田萌果)と手がけた実験が素晴らしい成果を上げるが…
のっけから学術論争全開。ヒラリーの部屋に上がり込んだ、ちゃらい指導教員スパイク(長身の久留飛雄己)は面接を控えたヒラリーに、母性愛とか非論理的な「意識の問題」は持ち出すな、と釘を刺す。面接ではインド出身、ケンブリッジ出の秀才アマル(前田聖太)が、人間の思考行動はすべてモデル化できると豪語する。反発するヒラリー。
ハード・プロブレムとは1990年代に哲学者デイヴィド・チャーマーズが名付けた難問のこと。すなわち熱いとか痛いとか、脳の情報処理過程は物理的に解明されてきたけれど、悲しいといった主観的な意識=クオリアはいったい何で、どこからくるのか?どう論証するのか? 戯曲の初演から10年たっても、未解決の命題なんですねえ。

面白いのは「外れ値」というキーワード。仮説に沿わない実験データがドラマを大きく動かしていくと同時に、そういう人間存在の不合理さ、だからこその愛おしさが浮かび上がる。2021年に読んだゲーム理論の「最後通牒ゲームの謎」を思い出した。スパイクは「善」は人類の生き残り戦略だと割り切っちゃうけれど、果たしてそれだけなのか。
ヒラリーが抱える、娘キャサリンをめぐる激しい悔恨の行方と、すぱっと思い切りのいいラストシーンが鮮やかだ。報われないと分かっていても、人はときに強く他者の幸福を願わずにはいられない。そしてモデル化不能の偶然は、確かにある。利己的な動機を超えたところに芽生える、歩んでいくための勇気。

久留飛が嫌な奴なのにチャーミング。もじゃもじゃ頭の研究者から、こぎれいなヘッジファンドマンに転じる前田も達者だ。頼もしい研究者アーシュラの遠藤好、溌剌としたピラティストレーナー・ジュリアの市橋恵を交えて、ホームパーティーでわちゃわちゃするシーンが微笑ましい。ファンド経営者で、手厚く研究所をサポートするジェリー役(妻は日本人!)、佐藤祐四の切れ者の造形に説得力がある。口調が岩松さんっぽいかな。娘キャシーは劇団ひまわりの小田島優月。

終演後のアフタートークもフラットな雰囲気で、満足度が高かった。小田島、金澤、那須、久留飛と、意識を研究する草野恭子・国際電気通信基礎技術研究所(ATR)研究員が登壇。草野が明晰で魅力的。久留飛がなんと6月末のモンゴル旅行で知り合い、カンパニーにレクチャーしてもらったそうです。
Pxl_20260909_042851069

 

 

ピカソぶっと飛ばせなくて、ごめん

東京にこにこちゃん本公演「ピカソぶっと飛ばせなくて、ごめん」  2026年8月

狭い劇場ロビーで身長192cmと、目立つ萩田頌豊与(はぎた・つぐとよ)が観客を迎える。萩田作・演出の新作は、嘘の多かった父の半生を笑いでたどる。コントをたたみかけて客席もよく反応し、全編お笑いライブのような盛り上がり。ナンセンスは嫌いではないけれど、後半の哀愁とラストの重みは消化不良ぎみか。萩田は中学2年で父の孤独死に遭遇したそうで、その衝撃は想像を絶し、消化できるわけがない。それでも描かずにはいられないということかな。劇団初進出のスズナリ、中央あたりで4500円。休憩無しの1時間半。

無頼だった父をテーマにするのは3作目とか。佐渡から画家の夢を抱いて上京し、パリに渡ったものの成功せず、離婚結婚を繰り返し、どうやら逮捕歴もあり…。両親や兄、妻たちがどんな人物で、どんな関係だったのか、どんな仕事をしていたのか、すべては不確かなまま。なにしろ小学生のとき初めて見せられた「バトル・ロワイヤル」を、自分が監督したと言っていたとか。父の虚構に、劇作の虚構が重なっていく。

劇団といっても主宰の萩田ひとりで、全員客演の俳優が入れ替わり立ち替わり、切れ目なくギャグを繰り出してパワーがある。主人公のお笑いコンビ・エレキコミックの今立進、その兄の立川志らく門下で劇団「地蔵中毒」に参加している立川がじら、萩田にあたる息子の同じく劇団「地蔵中毒」の東野良平が安定。妻たちを演じるのは佐渡の猛女に高畑遊(劇団ナカゴー)、変な訛りの西出結、話を聞かない木乃江祐希(ナイロン100℃)、パリコレモデル!にお馴染み猫背椿。腐れ縁の友人は素朴なてっぺい右利き(ユニット・パ萬)。母などの加藤美佐江が、意味不明の飛び道具ぶりで突出していた。
額縁を並べたような美術は濱崎賢二。手持ちの白いキャンバスを次々破っていく小道具が、父の破綻を象徴するようで印象的。アフタートークのゲストは、かもめんたるの岩崎う大でした~
Pxl_20260828_044258645


フタマツヅキ

フタマツヅキ 2026年8月

横山拓也の2021年初演作を、演劇集団円の内藤裕子が演出。コロナ下に春風亭一之輔の配信で観て爆笑した落語「初天神」をモチーフに、ひとりの芸人と家族の情愛を丁寧に描く秀作だ。中途半端なまま老いを迎えた自分に対する苦過ぎる嫌悪、それでも切り捨てられないものを、お馴染み近藤芳正がしみじみと演じて、じんとする。IMM THEATER、前のほう下手寄りで1万円。休憩無しの1時間45分。

狭い団地のふすまの向こうから、ボソボソと噺をさらう声が聞こえる。芸人の鹿野克(近藤)はピンの漫談でそこそこ人気だったが、何を思ったか40代で落語家に転じ、マクラばかりでものにならず、今はほぼ無職の捨て鉢な暮らし。妻・雅子(元宝塚の白羽ゆり)は健気に支え続けているが、息子・花楽(溝口琢矢)はそんな父母を嫌悪していて…

ダメダメなのにプライドはあって、何かというと格好つけちゃう克の屈折を、近藤が見事に造形。腐れ縁の沢渡(枝元萌)の厚意に甘えているくせに、せっかく弟弟子の茶ノ木(加藤虎ノ介)が落語の仕事に誘っても煮え切らない。雅子はなぜ見捨てないのか、そもそもなぜ克は落語を始めたのか。ふたりの出会いからの過去を、長身の辰巳雄大、佐久間麻由がカットバックで見せていく構成が秀逸だ。
心揺さぶる初天神のシーンをへて、両親を否定していた花楽がバイト仲間の由貴(元AKBの中野郁海)と新しい家族へ踏み出そうとする姿が染みる。
近藤の巧さはもちろん、溝口、辰巳、佐久間の若手が真摯で頼もしい。美術は乗峯雅寛。
Pxl_20260826_042850583mp

 

 

アメリカン・ドリーム

PARCO PRODUCE 2026 アメリカン・ドリーム  2026年8月

楽しみにしていた三谷幸喜作・演出の新作。「赤狩り」に直面した映画人たちの選択という重いテーマを、笑いたっぷり、あくまで軽妙に描く。思想・信条の自由と仕事仲間を守ること、天分たる創作を貫くこと、そのどちらにも誇りはある。名作「笑の大学」にも通じるギリギリの設定、そして優れたクリエーターを葬っちゃう集団的愚行への怒りが、なんだかきな臭い現在とあいまって胸に響く。
小日向文世はじめ練達の俳優陣が、緻密な会話の応酬を余裕たっぷりに。ひとり20代のりりしい中川大志も、なかなかのコメディセンスを発揮し、可愛げがあっていい。それにしても三谷さん、つくづく映画ファンだよなあ。よく入ったPARCO劇場、3列目のほぼ中央という良い席で1万2000円。休憩無しの約2時間。

非米活動委員会の委員2人(中川、安定の浅野雅博)が陣取るホテルの1室。売れない女優(関谷春子)、「マイスター」と呼ばれる亡命ドイツ人作家(山崎一)、売れっ子監督(浅野和之)、高名な脚本家(小日向)を順に呼び入れ、業界の誰がコミュニストなのかを明かすよう、あの手この手で迫っていく。
山崎が意味不明の弁舌で暴走し、委員を煙に巻いちゃうさまが痛快。小日向の知性、したたかさに品があり、立場を異にするものの才能ある浅野に言葉をかけるシーンが深い。中川が追及する側なのにどんどん、いち映画ファンになっちゃって、「アボットとコステロのコメディに救われた」とか言い出し、愛らしくて得な役。関谷の苦闘に、華やかな業界の裏側もにじむ。
セットで控え室の映像を示す仕掛けが面白く、終盤、窓に広がるキラキラしたハリウッドの夜景が染みる。アメリカの夢はどこへいったのか。美術は松井るみ。

登場人物にはモデルがあるとのこと。ワシントンの公聴会で証言を拒否して(いわゆるハリウッド・テン)投獄されたものの、別名義であの「ローマの休日」を書いた脚本家ダルトン・トランポ、公聴会翌日に米国を捨てた巨匠ブレヒト、「エデンの東」などの功績で1998年にアカデミー名誉賞を受賞したときまで、転向した過去にブーイングが出たという監督エリア・カザン… 映画人それぞれの歩んだ道のりを、もっと知りたくなります。

Pxl_20260819_033156509

 

心中天の網島

まつもと市民芸術館プロデュース 木ノ下歌舞伎「心中天の網島」アクセシビリティ版  2026年8月

旗揚げ20周年を迎えた大好きな木ノ下歌舞伎。文楽で3回ほど観た近松の名作を、木ノ下裕一監修・補綴、元FUKAIPRODUCE羽衣の糸井幸之介が演出・作詞・音楽を手がけるミュージカル仕立てで。笑いと軽快な音楽とともに、紙屋治兵衛(日髙啓介)・紀伊國屋小春(2001年生まれの湯川ひな)の未熟さ、決してロマンチックではない死の無様さ、だからこそ普遍的、いつでも誰にでもありそうな人の愚かさをクリアに描く佳作だ。
糸井は1977年生まれ、2019年の「摂州合邦辻」も秀逸だった。「天の網島」は9年ぶりの再々演だそうで、今回は字幕や音声ガイドなど鑑賞サポートがあり、その点でもいろいろ興味深かった。木ノ下さん、チャレンジしているなあ。いっぱいの吉祥寺シアター、中段やや下手寄りで5000円。休憩無しの2時間。

開幕前に木ノ下が舞台上を歩きながら、セットの構造などを丁寧に説明。劇中では左右のモニターに台詞だけでなく、「ソフトロック、柔らかく歪んだエレキギターの音色」など糸井による曲調の解説まで投影される。キャストのひとりとして手話通訳の田中結夏が、立ち位置を変えながら違和感なく演技。古典なのであえて古い手話を使ったりしたとか。ミュージカル「SIX」などを担当した舞台手話通訳の専門家なんですねえ。こういう工夫がどう受け止めれるのか興味があったけど、始まったらすっかり劇に引き込まれちゃった。

物語はお馴染みの心中もの。これまでは賢い妻おさん(2022年「だからビリーは東京で」で観た伊東沙保)と不倫相手・小春の、憎いはずなのに互いを思いやる行動、なけなしの女の意地が見どころと思っていた。本作はそれもあるけれど、おさんが出ていって出口を失った治兵衛と小春の道行が、歌とダンスのパワーもあって、破滅しかないのに子供っぽくふざけていて、なんだか切なかった。だからこそ心中シーンの激しい川音が、容赦なくて恐ろしい。
いつもながら江戸と現代の混在が効果的。網の目模様のシンプルなセットで、衣装などは現代的なんだけど、ここぞという見せ場ではセリフが古風な浄瑠璃に転じ、バイオリンを使って太夫と三味線が語って、ドラマチックだ。俳優陣は赤い衣装を羽織ってコロスを兼ねる。水の都・大坂を歩く橋づくしのくだりでは視界が飛躍し、ベニス、サンフランシスコ、現代のレインボーブリッジとか出てきちゃって、今に通じる物語性が際立つ。しっかり者のおさんが封建時代とはいえ、父の命令で別れさせられちゃうのがモヤモヤしてたけど、ラストシーンでちょっと納得。

出演陣はみな達者。伊東が毅然とし、湯川は可憐でイメージ通り。おさんの母と河庄女将の西田夏奈子が、歌もバイオリンもこなして存在感たっぷり。思えば「合邦辻」の母おとくもよかったな。ベテラン大鷹明良がおさんの父・五左衛門と恋敵・太兵衛でさすがの巧さ。ほかに治兵衛の兄・粉屋孫右衛門で安定の武居卓、丁稚で緒方壮哉。
Pxl_20260808_083652834 Pxl_20260808_083633071

わたしの書、頁を図る

紀伊國屋書店創業100周年記念公演「わたしの書、頁を図る」  2026年7月

4月「The Closet Revue」に続いて、気鋭の小沢道成作・演出・美術による音楽劇に足を運ぶ。見えている一面で人物像を決めつけちゃうことの愚かさ、誰の人生も未完の小説、というラストはエモーショナルに響く。オレノグラフィティの曲もいいんだけど、中盤の勝ち組、負け組をめぐる激しいやりとりなどがどうにも平板で、休憩無しの2時間弱がちょっと長く感じたかな。紀伊國屋ホールの中ほどで1万2500円。

床や低い棚に、雑然と本が平積みされたワンセット。図書館の設定だけど古本屋のようだ。点在する椅子に腰掛けて、売れない役者風の佐藤(木ノ下歌舞伎でお馴染み坂口涼太郎)、失業中らしき財前(元劇団四季の中井智彦)、家事から逃避する主婦風の飯島(大人計画の猫背椿)、不登校中学生の奏那(光蔦なづな)が、黙々と本を開いている。地味な職員の柳沢町子(55歳にして舞台初主演の木村多江)はそれぞれの選ぶ本から勝手に、自分と同じような孤独で冴えない人たちと思い込んでいたが、訪れた岸口慶太(味方良介)が思いがけず、町子の日常を自主映画に撮りたいと言い出し、周囲を巻き込んだことで、意外な素顔が明らかになっていき…

本のタイトルを並べ立て、いかにもな人物像に結びつけてニヤリとさせるあたりが巧い。全員が歌はもちろん、楽器を演奏する(坂口はサックス、中井がフルート、猫背は大太鼓)演出も意外性がある。岸口の言動にもう少し説得力が欲しかったかな。本がテーマだけに、プログラムは文庫本で、オリジナルカバーもつく凝りよう。
俳優陣では24歳の光蔦が瑞々しく、坂口はいつもの身体能力を発揮し、仕事ができる嫌な奴を存分に。誠実な中井がさすがの声量だ。ミュージカルの野獣役で知られた人なんですねえ。熱演の木村は大詰め、自らのトラウマをぶちまけるくだりが見せ場だけど、爆発力はいまひとつか。ロビーに木村宛の花がずらりと並んで、活躍のほどはよくわかる。

開演時、俳優陣が舞台上で黙読し始めたのに、なかなか客電が落ちないな~と思っていたら、客席通路に小沢が現れ、早口で「遅れていますがもうすぐ始まります、今のうちにスマホを切って」と喋るハプニング。お年寄りの観客の着席を待っていたのかも。優しいね。
Pxl_20260710_055334137mp Pxl_20260710_033434951

 

 

より以前の記事一覧