演劇

二度目の夏

M&Oplaysプロデュース 二度目の夏  2,019年7月

岩松了作・演出。別荘の庭のワンセットで、新婚2年めの夏を過ごす若社長夫妻と周囲の人々、それぞれの叶わない思いが交錯する。抑えきれない嫉妬、暗い情熱、歪んでいく関係。すっかり駅が様変わりした下北沢、本多劇場の中ほどで7000円。休憩無しの2時間強。
いつもながら物語は繊細な会話劇だ。家業を継いでいる慎一郎(東出昌大)は出張の間、別荘に残る妻いずみ(水上京香)の相手を、後輩の学生・北島(仲野太賀)に任せる。ベテラン使用人の道子(片桐はいり)はいずみと北島の親密ぶりに気をもみ、秘書・上野(「セールスマンの死」がよかった菅原永二)と家政婦・早紀子(イキウメでお馴染み清水葉月)の秘めた仲も怪しくなっていく…
新たに名前に「仲野」がついた太賀が、期待通り出色だ。慎一郎への憧れと不安定さ、状況からの逃避。受け止める東出は、体温の低い感じと謎めいた苛立ちが、役に合っている。亡くなった父母の関係に深く傷ついていて、最も親しい人を試してしまうのが哀しい。そして片桐さん。複雑な状況を相対化して、実に巧い。大事にしてきたものが、指からこぼれ落ちていく切なさ。
太賀が庭先でつまびくギターや、庭を巡る小川がオシャレで上品。緊張感が高まるなかで、水に飛び込んじゃう菅原や、電機屋の男で登場する岩松さんが、タイミングよく笑いを差し挟む。水上の可憐さ、清水のいたたまれなさもいいバランス。美術は田中敏恵。
戯曲も読みたいな~ 客席には栗原類くんの姿も。

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美しく青く

Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019「美しく青く」 2019年7月

赤堀雅秋作・演出。高齢化と野生の猿に侵食されつつある被災地の群像劇だ。冴えない日常を淡々と描くようでいて、それぞれのチリチリする思いを感じさせる。相変わらず巧いなあ。シアターコクーン中段で1万円。休憩なしの2時間強。
保(向井理)は自警団の猿退治にのめり込んでいるが、仲間の勝(大東駿介)らとぎくしゃくし始めている。地域の老人・片岡(平田満)には協力を拒絶され、気のいい役場の箕輪(大倉孝二)に対策を求めるものの、埒が明かない。妻・直子(田中麗奈)はかつて娘を失った傷が癒えず、また認知症の実母(銀粉蝶)の世話に疲れ果てている…
お馴染みのトイレネタと、スナックでのうだうだ、トホホな笑い。目覚ましい突破口など開けるわけもないけれど、それでも暮らしていく。高い防潮堤に立つラスト、夫婦の後ろ姿に青空と海を感じて、ちょっと温かい気持ちになる。美術は土岐研一。
町の人々を見守るスナックのママ秋山菜津子が、抜群の安定感で舞台回しを務め、大東と大倉が切なさを体現。向井はやや求心力が弱いけれど、役の個性と合っていたかも。赤堀は訳あり風の無口なスナック店主で出演。ほかに勝の妹に横山由依(元AKB総監督)、自警団に駒木根隆介、森優作、福田転球。
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オレステイア

オレステイア  2019年6月

アイスキュロスのギリシャ悲劇をベースにした、オリヴィエ賞の最年少(29歳!)最優秀演出家賞受賞者ロバート・アイクの戯曲を、「炎アンサンディ」の俊英・上村聡史が演出。知的で非常に凝った舞台だけど、もともと250席ほどの劇場で初演されたせいか、空間的・時間的にまのびした感は否めないかな。知人のエコノミストら演劇好きが集まった感じの新国立劇場中劇場、前の方で7776円。休憩を挟んで4時間半。
物語はトラウマのあまり記憶を失った殺人犯オレステス(生田斗真)への裁判で、精神科医(ナイロン100℃の松永玲子)がインタビューする、というかたちで進む。オレステスの回想による検証で、父アガメムノン(横田栄司)が国家のために娘イビゲネイア(趣里)を生贄にし、母クリュタイメストラ(神野三鈴)と不倫相手のアイギストス(横田の2役)に復讐される。その母を討ったのは、と問われ、オレステスは「姉さん=エレクトラだ」と主張する。
コロスを排し、大胆に映像を使ったのが面白い。後方スクリーンに象徴的な「証拠品」を映し出したり、人物と重ねたり。母殺しに導く運命の女エレクトラ(宝塚出身の音月桂)が実在せず、強いストレスを受けたオレステスの分裂した人格だ、というユニークな謎解き。オレステスを糾弾する復讐の女神(文学座の倉野章子)も妄想の趣だ。
15年ロンドン・アルメイダ劇場初演とあって、現代的な解釈が刺激的。サフランなどドレスの鮮やかな色分けや、血染めのカーテン、啓示につながる「くしゃみ」など仕掛けもたっぷりだ。とはいえ観客を巻き込んだ法廷劇の末に、男性尊重で無罪となる結末は、割り切れなさが残るかなあ。古典は愛憎劇の基本なんだろうけど、やっぱりギリシャ悲劇は難しい… 翻訳は平川大作、美術は「キネマと恋人」などなどの二村周作、映像は栗山聡之。
タイトロールの生田は、少年時代を含めて不安定さ、苦悩を熱演。神野の説得力、趣里ちゃんのリズムが際立つ。

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キネマと恋人

世田谷パブリックシアター+KERA・MAP#009 キネマと恋人   2019年6月

台本・演出ケラリーノ・サンドロヴィッチ。評判通り、お洒落でキュンと切なくて、緻密な舞台に引き込まれた。ウディ・アレン「カイロの紫のバラ」を1936年の日本に移した大人のファンタジックコメディで、2016年初演時のキャスト、スタッフが集結。当時は200席のシアタートラムで、全くチケットがとれず悔しかった。今回はキャパ3倍の世田谷パブリックシアターとなり、やや下手寄り前の方のいい席で7800円。休憩を挟んで3時間半弱とさすがに長尺だけど、疲れません。

設定は不況の余波と軍国主義が影を落とす、片田舎の「梟島」。「ごめんちゃい」とか「夢みたいだり」とか、架空の訛りがまずチャーミングで、笑いもたっぷり。
一方で、随所に挟まるダンスや、アンサンブルが装置を出し入れするときの、体を斜めにするような動きは実にクール。可動パネルで映像とリアルを見事にコラージュしたり、木枠だけで部屋を表現したりするのも格好いい。なにしろ映像・上田大樹、振付・小野寺修二、美術・二村周作と手練揃いだもんなあ。

物語の骨格は映画のままで、エンタメ好きが夢の世界に浸る喜びにあふれてる。辛い日常を映画で紛らわす人妻ハルコ(緒川たまき)が、スクリーンから抜け出たお気に入りの登場人物・寅造(妻夫木聡)から熱烈に口説かれ、さらに寅造を演じる俳優・高木(妻夫木が2役)とも恋に落ちちゃう。まさに映画のような展開に、高木との駆け落ちを決意するものの、結局置いてけぼりにあう。
独自に膨らました要素もかなりあって、ドライに突き放すウディ・アレン節より、ずっと温かみを感じる。
例えば寅造はヒーローでなく、おちゃらけた脇役。娯楽性や喜劇への賛歌が微笑ましい。緒川のウクレレで妻夫木が熱唱する「私の青空」の、なんと愛らしいこと! またハルコの妹ミチル(ともさかりえ)は、ロケにきたスター嵐山進(橋本淳)に遊ばれちゃう。無残な現実を突きつけられつつも、姉妹は河原で並んで語り合い、なんとか乗り越えていく。なけなしの強さが胸にしみる名場面だ。

妻夫木はピュアでちょっと頼りなく、緒川は古風なビジュアルと大胆さという、それぞれの個性が役にぴったり。同時に2人とも、丁寧な作り込みも忘れてません。妻夫木の大衆的な時代劇の空気とか、緒川の、猫背でくねった姿勢とか。大好きなともさかが、新しい魅力を見せる。ちょっとタガが外れた子持ち女で、はすっぱなんだけど持ち前の可憐さも。
ワキもみな数役をこなして充実。特に脚本家や映画館の売り子の村岡希美が、いい抑え役だ。ハルコのDV夫に三上市朗、高慢な嵐山に橋本淳、マネージャーに佐藤誓ら。カーテンコールで妻夫木が、高木から早変わりで寅造になる大サービス。よかったです!

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獣の柱

イキウメ「獣の柱」  2019年6月

前川知大作・演出で、2013年に観た戯曲を大幅改定し再演。一段と俳優陣の演技力が上がった感じで、超常現象のイメージが濃密だ。「時間が飛ぶ」あたりの感覚がリアルで、引き込まれる。シアタートラムの下手寄りで5000円。休憩無しの2時間強なのに、若年層中心に立ち見が多く、人気を感じさせる。

四国で暮らす二階堂望(浜田信也)が、人を多幸感で包み、生きる力を奪ってしまう謎の隕石を拾う。渋谷のスクランブル交差点での事故に、同じ作用を読み取り、部長こと山田(安井順平)、妹・桜(村川絵梨)ととともに行動を起こすが、望は突如姿を消す。やがて街に隕石と同じ力をもつ巨大な柱が降り注ぎ始め、社会は一変していく。果たして人類は生き延びられるのか…

日常と非日常をつなぐ、地方在住天文ファンの望、山田の造形が魅力的だ。望の冷静な判断力やモラル、山田の現実主義。桜の元夫(盛隆二)やお馴染み研究者・時枝(森下創)を巻き込み、個人的体験が大風呂敷に至る展開に説得力がある。
柱はいったい誰が、何のために降らせているのか? 天罰とか、文明否定めくくだりもあるけど、むしろ気象現象という仮説が面白い。善悪を超えた、地球という生き物の単純な生理。そう考えれば時をへて、柱を克服した世代、山田の孫(大窪一衛)と恵(東野絢香)が出現するのも自然に思え、何か希望を感じる。

達者な劇団メンバーを向こうに回して、村川の透明感が突出。いい女優さんだなあ。柱側の存在らしい長身の薬丸翔(薬丸くんの長男)、のっけから挙動不審な東野も目をひいた。曲者コンビに市川しんぺー、松岡依都美(文学座)。シンプルな美術は土岐研一。意味をもたせ過ぎない音響も巧い。
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恐るべき子供たち

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 恐るべき子供たち  2019年6月

ジャン・コクトーの1929年の代表的小説を、上演台本・ノゾエ征爾、白井晃のシンプルで洗練された演出で。若手4人は健闘だけど、耽美的というには色気が今ひとつだったかな。若い演劇好きが集まった感じの、KAATの大スタジオで6500円。休憩なしの1時間40分。
幼友達ジェラール(松岡広大)を語り手に、親の愛を知らない美形の姉弟の、閉鎖的で歪んだ愛憎を描く。勝ち気な姉エリザベート(南沢奈央)は、病弱な弟ポール(柾木玲弥)を庇護することに執着し、ポールとモデル仲間アガート(馬場ふみか)との恋を許せずに、破滅へと突き進む。

四角い舞台に白い布を積み重ね、俳優が広げたりはためかせたりして、子供時代の雪合戦や旅行先の砂浜、妖しいベッドのシーツなどを見せていくのが巧い。美術は2014年「背信」などの松岡泉。
原作の発表当時、センセーショナルだったという同性愛や近親相姦のイメージは、今やそれほどショッキングではない。本作でも、入浴シーンや繭にこもるような描写は十分刺激的なはずだけど、いかんせん若い俳優陣4人の存在感が溌剌としていて、健康的過ぎたかも。まあ、これから変化していくんだろうけど。なかでも馬場の透明感に注目。複数の役で真那胡敬二らがアシストしていた。

個人的にフランス戯曲は昨年末、ジャン・ジュネ「女中たち」を観たぐらいで馴染みが薄い。コクトーは交友だけでも晩年のプルーストからモジリアーニ、ピカソ、フジタ、サティ、ニジンスキー、ピアフ、シャネル…と超華麗。芸術家たちへの影響も大きいんだろうなあ。

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ハムレット

Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019 ハムレット  2019年6月

蜷川版やジョン・ケアード版で観たシェイクスピア劇を、ロイヤル・ナショナル・シアターのアソシエイトディレクター、サイモン・ゴドウィン演出で。日本初登場の気鋭は乾いた笑いの中に、なんとかして「罪」を避けようとする貴公子の覚悟の無さを突き放す。オフィーリア、黒木華の透明感が際立っていた。河合祥一郎訳。シアターコクーン、後方中央で1万500円。休憩を挟んでたっぷり3時間。
スートラ・ギルモアの美術・衣装は後方に塔を配し、3層構造の上下動と前方の回り舞台がスピーディー。人物はスーツにピストルの風体で、切れ味鋭いダークファンタジーの造形。時折雪が舞うところは唯一北欧らしいかな。
2015年蜷川版の藤原竜也&平幹二朗、2017年ケアード版の内野聖陽に比べちゃうと、タイトロールの岡田将生、敵役クローディアスの福井貴一(四季出身)の存在感が軽めなのは否めない。その分、普通人の「小ささ」が前面に出た印象で、面白い。なんだか貫禄が出てきた岡田くん、狂乱を装ってからはピエロ風メークとパンクないでたちで、膨大なセリフと格闘してました。
ほんのちょっとしか出番がないノルウェー王子・フォーティンブラスの村上虹郎が、小柄なのに凛として目立つ。そして舞台の雰囲気を決めてたのは、徹底してコミカルな顧問官ボローニアスの山崎一だ。あっさり殺されちゃうけど、小ネタ満載、どこかしたたかさもある。引っ張られて、一番わからない王妃ガートルードの松雪泰子もコメディ比率が高かったかな。ハムレットとの決闘になだれこむレアーティーズは劇団EXILEの青柳翔、親友ホレイシオはさいたまネクスト・シアターの竪山隼太とフレッシュ。

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リア王

NTL2019 リア王  2019年4月

英ナショナル・シアター・ライブ2019初体験で、シェイクスピア4大悲劇のひとつ、「リア王」を鑑賞。初めてみたけど予想以上に救いがない。特に次女の身勝手さにうんざりなんだけど、休憩を挟んで3時間40分の長尺を目が離せないのは、やはりタイトロールのサー・イアン・マッケランの力か。滑稽味が強く、リアと重なる80才目前とは思えない激しい演技で、独裁者の孤独、人間のどうしようもない卑小さをひしひしと。「美女と野獣」で燭台の声をしてた人なんですねえ。300席ほどというロンドンのデューク・オブ・ヨークス劇場の濃密な雰囲気で、観客がよく笑うのが印象的。シネ・リーブル池袋で3000円。
演出は「民衆の敵」が洒落ていたジョナサン・マンピィ。シンプルな丸ステージに花道をつけ、衣装は現代的。冒頭はお馴染み、古代ブリテン王リア(マッケラン)が巨大肖像画の前で3人の娘に自分への愛情を問う。お追従を言った長女ゴネリル(中年クレア・プライス)、次女リーガン(カースティ・ブッシェル)に国を譲るが、正直な末娘コーデリア(アフリカ系のアニータ・ジョイ・ウワジェ)と忠臣ケント伯(何故かオバサンのシニード・キューザック)を追放しちゃう。すでにリアは愚かで傲慢、老耄の色が濃い。地図のスコットランド、アイルランドを破って与えるという、きっついブラックジョークも。Brexitの混乱さなかだから、よけいブラック。
引退しても高圧的な父を、権力を握った長女、次女は邪魔者扱いし、激怒したリアは唯一耳の痛いことをいってくれる道化(ロイド・ハッチソンがかいがいしく)を連れ、嵐の荒野を彷徨う。マッケランはずぶ濡れ、服もはだけて気の毒過ぎ。錯乱しながらも時々、まともな後悔を口走ったりして、哀切が募る。
一方、重臣グロスター伯(ダニー・ウェッブ)は、差別に激しく反発する庶子エドモンド(色っぽいジェームズ・コリガン)にまんまと騙されて、実直な嫡子エドガー(ルーク・トンプソン)は乞食に身を落とす。エドガーは裸に白塗りで道化の賢者っぽい造形だ。
グロスターはリアを尊重しようとして、リーガン夫妻の怒りをかい、なんと目をえぐられちゃう。このあたり、牛や豚の頭に囲まれてグロいし、リーガンのキレっぷりが猟奇的過ぎて、目を背けたくなる。
後半、リアは正体を隠してまで従っていたケント伯らに助けられ、なんとかドーバーにたどり着く。父を救おうと、軍を率いて上陸したフランス王妃コーデリアと再会、許しを乞う。ズタボロのグロスター伯もエドガーに自殺を止められる。コーデリアはなんと迷彩服姿で凛々しいんだけど、割とあっさりイングランド軍に敗北、父娘は囚われる。
終盤は怒涛の展開だ。実はまともな長女の夫アルバニー公(アンソニー・ハウエル)がリアに王権を返そうとし、エドガーも凛々しく名乗り出る。ゴネリルとリーガン姉妹は、あろうことか悪党エドモンドを取り合った末に命を落とす。しかしエドモンドの最後の悪だくみで、コーデリアは謀殺され、遺体を抱きしめるリアの絶望で幕切れとなる。愚かさは止まらない…
開幕前にマッケランのインタビューがあり、「ボタンをはずしてくれないか」という時に観客にボタンが見えている劇場で、と解説。ヘロヘロだったのに、カーテンコールでいきなり颯爽と現れるのが凄かった~

良い子はみんなご褒美がもらえる

良い子はみんなご褒美がもらえる  2019年4月

「ローゼンクランツ…」のトム・ストッパード作、というのにひかれて、異色作に足を運んだ。「俳優とオーケストラのための戯曲」と銘打っており、舞台後方でオケ35人が現代音楽を奏で、頻繁にダンスが挟まる。ロンドン交響楽団首席指揮者だったアンドレ・プレヴィンとの共作で、今回の演出はロイヤルオペラのウィル・タケット。群舞は面白かったけど難解だったかな… 休憩なしの1時間15分。ジャニーズファンが多そうなTBS赤坂ACTシアター、中段で1万円。
舞台は旧ソ連らしき独裁国家の精神科病棟。同姓同名の2人の男、アレクサンドル(堤真一)は抑圧を告発する思想犯で、若いイワノフ(ABCーZの橋本良亮)はオケを引き連れていると妄想している。2人とコンサートを控えたバイオリン奏者でもある医師(小手伸也)との、またアレクサンドルの息子サーシャ(ソウル出身のシム・ウンギョン)と教師(斉藤由貴)との、噛み合わない会話が続く。やがて大佐(文学座の外山誠二)は著名人アレクサンドルのハンストに手を焼き、2人を取り違えたふりをして釈放する。
1977年初演とはいえ古臭い感じはしない。照明を落とし、上下2段のパイプセット、手前の階段でアンサンブルが役者の動きを増幅する抽象的な舞台だ。上演の難易度も高そう。もっともSNS時代の同調圧力とかフェイクニュースとか、いろいろ連想するには拡散ぎみか… 五線譜の語呂合わせだというタイトルはじめ、哲学的ウィットが豊富だったんだろうけど。翻訳は常田景子。
ドラマ「コンフィデンスマンJP」の小手が、いい声で、可笑しみがあってよかった。音楽監督・指揮はフランス出身で京都を拠点に活動する音楽監督・指揮のヤニック・パジェ。ちなみに作曲のプレヴィンは1929年ベルリン生まれのユダヤ人で、「マイ・フェア・レディ」の編曲・指揮を担当するなど幅広く活躍、今年2月に死去したそうです。

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BLUE/ORANGE

BLUE/ORANGE   2019年4月

イギリスのジョー・ペンホールの2000年初演作を再演。白い精神科病棟の一室ワンセットで、ひとりの患者をめぐる医師2人の対立から、支配と差別、正義の空回りを描く。小川絵梨子の新訳、演出千葉哲也という充実の顔合わせ。DDD青山クロスシアターで7800円。
街で暴れた黒人で労働者階級のクリストファー(章平)が収容最終日となったが、新米研修医ブルース(成河)はさらなる入院治療が必要と判断。クリストファーをないがしろにする上司ロバート(千葉)と激しく衝突する。
2010年の初演は亡き中嶋しゅうが企画してロバート、演出の千葉がブルースで出演し、クリスだった成河の演技が評判をとったという。今回も俳優3人は実に魅力的。小さい劇場、しかも細長い舞台を客席が挟む配置で、逃げ場がないなか(美術は中村公一)、存分に力技を発揮していた。
特に2幕。真っ直ぐで良心的な成河が、どんどん独善に傾き、一方の権威に安住していた千葉が苛立ちを募らせて、どこか情けなくなっていく。ロビーまで使って声だけ響かせる怒鳴り合い、終盤の暴れっぷりに緊張感がみなぎる。肝心の章平といえば終始飄々として、全く闘いがいが無いのが皮肉だ。野性味があって、なかなかいい俳優さんです。もっとも当方、体調がイマイチだったせいか、休憩を挟んで3時間弱はちょっと長かったかな… 
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