演劇

2025年喝采づくし

2025年も素晴らしいライブパフォーマンスにたくさん出会えました。
なかでも頭抜けて凄いものを観た!聴いた!と圧倒されたのは、ふたつ。クラシックの20代ふたり、クラウス・マケラ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団+アレクサンドル・カントロフ。そして御年81歳、「菅原伝授手習鑑」の15代目片岡仁左衛門による菅丞相。圧巻。

ジャンル別の演劇では、重厚なワジディ・ムワワド作・上村聡史演出「みんな鳥になって」、岩松了のスタイリッシュな「私を探さないで」での河合優実、蓬莱竜太「おどる夫婦」でのダンス。節目では本公演に区切りをつけたイキウメ「ずれる」、大がかりな仕掛けは集大成としたケラリーノ・サンドロヴィッチ「最後のドン・キホーテ」、郷愁に終わらない東京サンシャインボーイズ復活公演「蒙古が襲来」がそれぞれ持ち味を発揮。ミュージカルで閉場となる帝国劇場「レ・ミゼラブル」のファイナルウイークも。
これから楽しみなのは横山拓也「はぐらかしたり、もてなしたり」、加藤拓也「ここが海」。翻訳ものでは熊林弘高演出の古典的喜劇「陽気な幽霊」、サイモン・スティーブンス作・上村聡史演出の不穏過ぎる「スリー・キングダムズ」。

古典では歌舞伎が映画「国宝」で盛り上がった幸福な年でした。ニザ様以外にも大イベント八代目尾上菊五郎・六代目菊之助襲名披露の「弁天娘」、南座に遠征した中村壱太郎「お染の五役」、次世代で鷹之資・染五郎の「棒しばり」や尾上右近の「春興鏡獅子」。中村莟玉、2026年に辰之助襲名を控える尾上左近も目立っていて期待大。
文楽は人間国宝に加えて日本芸術院会員となった桐竹勘十郎が碇知盛、玉助が源九郎狐を遣った「義経千本桜」が大拍手で、歌舞伎、テレビでもフル回転の三谷幸喜「人形ぎらい」も。引き続き1年を通して、浄瑠璃の一中節が勉強になった。
落語はさん喬「雪の瀬川」の粋さ鮮やかさ、喬太郎「お若伊之助」の語り力。白談春はさすがに還暦目前で肩の力が抜けてきたかな。講談の春陽は落語から移した「御神酒徳利」にチャレンジ。どんどん格好良くなるなあ。

クラシックに目を転じると、オペラのほろ酔いイベント立ち上げを手伝った記念すべき年となりました。関係者の素顔、いろんな裏話と合わせて舞台では「セビリアの理髪師」で世界のメゾ・脇園彩、「ラ・ボエーム」でルチアーノ・ガンチを堪能。コンサートではマケラのほかにも、83歳リッカルド・ムーティ指揮・東京春祭オーケストラの圧倒的なイタリア魂に引き込まれ、リサイタルでリセット・オロペサ、”キング・オブ・ハイC” ハビエル・カマレナも聴けて満足。

ポップスではずっと聴きたかったファンクのCory Wongが文句なしに楽しく、星野源の6年ぶりツアー追加公演最終日に感動。貴重なサザンオールスターズ 、Official髭男ismのスタジアム、のりのりEARTH WIND&FIRE+NILE RODGERS&CHICも充実。
とても書き切れないよー。さあ2026年も元気に定番、新機軸を楽しむぞ~

今は昔、栄養映画館

朗読劇「今は昔、栄養映画館」  2025年12月

新宿三丁目で映画・演劇関係者が通った老舗バー「かくれが」が、残念なことに年内で閉店ということで、お名残イベントに入れてもらう。30席のところ、どう見ても定員オーバー、テーブルを外へ出してぎっしりと大変な熱気。そうなるよね~ 4500円、休憩無しの70分。

演目は贅沢に、竹内銃一郎の1983年初演作「今は昔、栄養映画館」で、東京乾電池が全国のミニシアターを巡演した不条理劇だ。映画完成セレモニーを控え、映画館の控え室でゲストを待つ二人が珍妙な会話を繰り広げる。劇団自称映画監督が大御所・柄本明77歳、自称助監督は西本竜樹49歳。とにかくピリピリして無理難題をいい募る監督と、なんとかいなそうとする助監督。じわじわ可笑しく、ラストはびっくりの身体を張った演技を間近に。全然朗読劇じゃないよ。大爆笑しつつ、ものを作る人の終わらない不安が胸をつく。始まりと終わりのアステアが洒落てました~

開演前からカウンター内で盟友・ベンガルさんが働いているわ、終演後の打ち上げには錚々たる俳優、監督らが集まるわ。ハードル高過ぎで、長居は迷惑と頃合いを見計らって辞去しました。歴史を感じる凄いシーンでした。

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スリー・キングダムズ

スリー・キングダムズ  2025年12月

2020年「FORTUNE」、2022年「ハイゼンベルク」がよかった英サイモン・スティーブンスの2011年初演作を、2026年9月に演劇芸術監督就任を控える上村聡史のドライな演出で。難解ながらハードボイルド映画のように、貧困と薬物と暴力、不穏な空気が舞台を覆い、自己という存在の危うさが観る者に迫る。欧州が抱える東西格差の陰もさしてずっしり。翻訳はお馴染み小田島創志。推し活ぽくない観客が集まった感じの、新国立劇場中劇場の前の方いい席で7920円。休憩を挟んで3時間。

スコットランド・ヤードのストーン巡査部長(伊礼彼方)とリー警部(浅野雅博)は、ポルノ女優ヴェラの惨殺事件を捜査。人身売買組織の元締レバン(佐藤祐基)を密告したせいで見せしめにされたと読み、実行犯クラウス(坂本慶介)を追ってドイツの港町ハンブルクへ。さらに怪しい現地の刑事ドレスナー(伊達暁)に引きずられるように、ヴェラの出身地でレバンの根城だというエストニアの首都タリンへ。果たしてストーンは黒幕「ホワイト・バード」にたどり着くのか…

ミステリーなんだけど、何がわかって誰を追うのか、ずっと謎めいたまま。2月にダブルビルで観た「ポルノグラフィ」ほどではないものの、いつもながら説明が少ない戯曲で混乱する。とはいえ東に移動していくたび、社会の屈折と英語が通じないイライラはくっきり。移民女性の辛酸、外国刑事の野卑な振る舞いに対する豊かな側の差別意識と、そこに無自覚でいる者の罪深さ。初演は英語、ドイツ語、エストニア語、ロシア語が飛び交う舞台だったとか。なんてチャレンジング。

そして殺害動画に見入っちゃってから、ストーンは悪夢と現実の境が溶け、内面が崩壊していく。これが犯罪組織のむきだしの暴力よりも、じわじわと怖い。パートナーのキャロライン(夏子)、ハンブルクのホテルで部屋を訪ねてくる謎の女性シュテファニー(元宝塚の音月桂)とやりとりするうち、封印した罪の記憶に蝕まれていく。割り切れない後味で、全く違う話だけど、ちょっと映画「エンゼル・ハート」を思い出す虚しさ。

重苦しいなか、通訳シーンなどおちゃらけた浅野が達者な存在感を示し、対照的に伊達は不気味さが際立つ。伊礼は健闘だけど、この作品ではちょっと格好良すぎるかも。冒頭からタリンのトリックスター役まで歌を披露する音月が、透明感があってさすがだ。
無機質で傾いた壁が不安定な美術は杉浦充、人物のシルエットなどの鮮やかな照明は佐藤啓、印象的な音楽は「みんな鳥になって」「おどる夫婦」などの国広和毅。たまたま上演中に震度3の揺れ。

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雨の傍聴席、おんなは裸足…

大パルコ人⑤オカタイロックオペラ 「雨の傍聴席、おんなは裸足…」  2025年11月

作・演出の宮藤官九郎がPARCO劇場と組み、2009年から続けるロックオペラ「大パルコ人」シリーズに初参戦。4年ぶり新作はドラマ「しあわせな結婚」も秀逸だった阿部サダヲ、松たか子による法廷劇、といっても歌とギャグ満載。短い休憩を挟んで2時間半、ひたすらバカバカしい大騒ぎで盛り上がりっぱなし。芸達者たちが本気出すと、こんなに面白いのか! ファン集結の感があるPARCO劇場、割と前のほう上手寄りで1万2000円。

2042年の渋谷、国内初のホール型民営裁判所。生中継されるのはミュージカル俳優・獅子頭吠(阿部)の15年も続いている離婚裁判だ。裁判長(藤井隆)はキラキラ衣装でまさかのフライング。阿部が欠かせないものを歌いあげながら、加湿器を抱えて登場すると、対する妻の演歌歌手・観音院かすみ(松)は真っ赤な着物に番傘で客席を練り歩く。コテコテに振り切っていて、何をやっても見事。
開演20分で休憩!となり、あれよあれよで物販へ。藤井が客席に降りてきて、裁判で使う木槌(ガベル)を模したペンライトを売り歩く。後半、これで夫婦どちらかを応援して、という趣向。休憩後に2時間ぶっ通し、手練れの荒川良々らが伸び伸び暴れる。宮藤、よーかいくん、三宅弘城はバンド演奏もあって実に楽しそう。ストーリーははちゃめちゃだけど、天才の息子・立憲(ラストの歌がさすが説得力ある峯田和伸)の親権争いがホームドラマに着地するところはクドカンらしいな。

あー、楽しかった、と終わって外へ出ると、渋谷は師走の気配。

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チェーホフを待ちながら 

まつもと市民芸術館プロデュース チェーホフを待ちながら  2025年11月 

MONO代表の土田英生がアントン・チェーホフの「ヴォードビル」と呼ばれる一幕劇4作を潤色し演出。随所に代表作の「かもめ」「三人姉妹」「桜の園」のモチーフを散りばめていて楽しい。KAAT神奈川芸術劇場大スタジオの中央いい席で6000円。休憩無しの1時間半。

がらくたが雑然と並ぶ一角で、男女が待っているところに現われたゴドー。でも待っていたのはチェーホフなんだけど…。オムニバスの「熊」「煙草の害について」「結婚申込」「余儀なく悲劇役者」は、いずれもすれ違う会話が何とも言えないおかしみを生む。死んでいる人は自分が死んでいることを知らない、人ってそうだよね。ナンセンスで微笑ましく、どこか希望がある。
出演陣がみな達者。けが休演のみのすけに代わって土田が登板し、猫のホテル・千葉雅子とのコンビは4月に岩松了さんら演出家の演劇ユニット「チーム徒花」で観て以来。演技もこなす劇作家の芝居って面白いなあ。中でも延々演説をぶつ、飛び道具・山内圭哉が爆笑。ほかにMONOの金替康博、ナイロン100℃の新谷真弓、シアターランポン主宰の武居卓。

客席にはケラリーノ・サンドロヴィッチ、緒川たまき夫妻も。 

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ヴォイツェック

パルコ・プロデュース2025「ヴォイツェック」  2025年11月

ドイツのゲオルク・ビューヒナーによる1830年代の未完戯曲で、ベルクの現代オペラ版で知られる物語。英国のジャック・ソーンが翻案した2017年初演作を、小川絵梨子が上演台本・演出で丁寧に。設定を冷戦下1981年のベルリンに移し、不穏な社会情勢と、ひとりの平凡な男の自己崩壊を描く。人間性を破壊するのは貧困か抑圧か。翻訳は高田曜子。東京芸術劇場プレイハウスの中ほどの席で1万1500円。休憩を挟んで2時間半。

ヴォイツェック(森田剛)は英国から西ベルリンに派遣されている兵士。愛妻マリー(伊原六花)、赤ん坊との暮らしをなんとか楽にしようと、トンプソン大尉(冨家ノリマサ)の髭剃りを引き受けたり、マーティン医師(栗原英雄)の薬物試験に参加したり、いじらしい。しかし薬物の副作用や戦闘体験のPTSD、幼少期に母(伊勢佳世)と離れた心の傷から、やがて精神の均衡を失っていく。
なんとなく目を背けたくなるような陰惨さを覚悟していた。確かに暗いものの、印象は意外にすんなり。生活苦など多かれ少なかれ、現代人が抱える葛藤とシンクロする普遍性があるし、宙づりの分断都市に生き、国家の対立に翻弄される個人の息苦しさも現代的だ。じわじわとヴォイツェックの脳内世界に引き込む演出も巧み。

タイトロールの森田は持ち前の不安定さが、予想通りのはまり役。伊原に貧困を生き抜くひたむきさが滲み、人間味があっていい。オペラでは浮気しちゃうらしいけれど、ソーン版は夫の狂気から逃れようとするだけで、繊細な造形。脇も達者で、中でも同僚兵士アンドリュースの浜田信也が、妙に飄々としてさすがの存在感だ。
抽象的な美術は横原由祐。ちなみにオペラ版が「ヴォツェック」なのは、筆者の手稿でyがzと読み違えられたまま定着したそうです。
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リア王

Bunkamura Production 2025 DISCOVER WORLD THEATRE vol.15 『リア王』 NINAGAWA MEMORIAL

知人夫妻をお誘いして、なんと大竹しのぶがシェイクスピア4大悲劇でタイトロールの老王!を演じる意欲的な舞台へ。2019年「罪と罰」、2021年「夜への長い旅路」、23年「アンナ・カレーニナ」と観てきたフィリップ・ブリーンが上演台本・演出で、シンプルかつダイナミック。大竹はじめ俳優陣も明晰で、人を知ること、愛を理解することの困難が胸に迫る。翻訳は木内宏昌。3階席だったけれど、休憩を挟んで3時間半が決して長くないのは驚き。Theater MILANO-Za。3階B列中央で1万3000円。

大竹はわざとらしくなく、権力者の横暴と老醜を見せつけ、とても小柄なおばさんにはみえません。中盤の嵐の放浪シーンで舞台いっぱい、大量の本水が降り、ちょっと久々に度肝を抜かれる。この荒技が、ずぶ濡れとなるリア、そしてその後のグロスター伯爵(気の毒すぎる山崎一)が噛みしめる苦い後悔を印象づけて鮮烈だ。
ふたりの老人を痛めつける悪役ふたりがまたよくて、悲劇を深める。姉ゴネリルの宮沢りえは、すらりとした立ち姿、持ち前の気品が際立ち、またグロスターの庶子エドマンドの成田凌は、膨大な台詞で色気を発散して大健闘。そして道化の勝村政信がニナガワ精神を発揮、ラップやダンスを繰り出して下世話にチャーミングに、人の愚かさを暴く。戯曲ではいつの間にかいなくなっちゃう役だけど、ラストでも印象的に登場してました。
ほかにコーディリアの生田絵梨花、嫡子エドガーで初舞台の鈴鹿央士が若々しく、ケントの横田栄司が安定。

登場人物はみな現代衣装で、なかでも軍人たちの迷彩服が、時代を映すメッセージを放つ。特にゴネリルの屋敷では、外人部隊風の粗暴な王の従者たちが、巨大な進軍する騎馬隊の絵画にスプレーで落書きし、大量の豪華な晩餐を食べ散らかして大混乱。ずっと舞台上にミュージシャン(ヴァイオリンの会田桃子、チェロの平井麻奈美、パーカッションの熊谷太輔)がいて、無調のような演奏と演技で不穏を醸し出すのも効果的だ。美術はマックス・ジョーンズ、音楽はパディ・カニーン。

シアターコクーン芸術監督だった蜷川幸雄、生誕90年を記念した上演。WOWOWの有料配信で復習しました~
 
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私を探さないで

M&Oplaysプロデュース 私を探さないで   2025年10月

大好きな岩松了作・演出の新作はぐっとスタイリッシュ。幻想的なセットに、いつまでも忘れられない記憶の断片が息づく。あの言葉は果たしてどんな意味だったのか、自分は何を言えばよかったのか、少女を見つけることができるのか… 失踪した少女を演じる河合優実が、すらっとした立ち姿、つかみ所のない軽やかさで魅力的だ。いっぱいの本多劇場、中央のいい席で8500円。休憩無しの2時間。

婚約を機に海辺の町に帰ってきたアキオ(勝地涼)が、高校時代の教師で今は作家となった大城(小泉今日子)と十年ぶりに再会。大城の朗読会の準備が進むなか、彼らの前にずっと行方不明のままの三沢晶(河合)が姿を現わして、互いに言わずにきた言葉があふれ出す…
町から船でほど近いところに無人島があって、町そっくりのもう一つの町が、廃墟となって取り残されている。そんなパラレルワールドめいた謎の設定が、想像をかきたてる。時空がゆがみ、10年前のワンシーンが今そこで再現されても不思議はない。抽象的な壁やカーテンを動かして、本土の町と島、現在と過去とをシームレスにつなげていく。意味深なテーブルに残された二つのグラスとか、ラストの堤防でぱあっと視界が開けるのもお洒落。美術は愛甲悦子。

近くにいる人より離れている人の方が「存在」している、出会いできちんと名乗ってくれたから特別な人になった… いつもながら独特のセリフのそこここに引き込まれる。スマホのアラームや呼び出し音が、言いかけた言葉をたびたび遮るじれったさも効果的。こんな緻密な戯曲を2カ月で書いちゃうなんて。
岩松作品ではお馴染み、勝地が堂々の主演ぶり。17歳の時から大人びていた一方で、それゆえ大城と晶に翻弄される戸惑い、繊細さがいい。お馴染み小泉は、とても教師にはおさまらないだろう個性、そんな自分を持て余して後悔だらけ、という切なさが盤石。2024年「メディスン」などの達者な富山えり子が、大城の助手役で関係をかき回し、狂言回しの岩松さんは、まさかのそっくり兄弟2役で笑いをとる。アキオのクラスメートに篠原悠伸と、24年「峠の我が家」などの新名基浩。

客席には宮沢氷魚さん、23年「カモメよ、そこから銀座は見えるか?」の黒島結菜さんの姿も。

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ここが海

ここが海 2025年10月

楽しみにしている加藤拓也作・演出。いつもながら繊細に、人が人をわかりたい、受け入れたいとするのに、思うに任せない焦燥を描く佳作だ。難しい芝居だと思うけれど、橋本淳、黒木華がとんでもなく高水準にナチュラルで、じんわり涙する。アミューズクリエイティブスタジオ企画・製作。秋祭りで賑わう三茶、シアタートラムの前のほう下手寄りで1万1500円。休憩無しの1時間40分。

ライターの岳人(橋本)、友理(黒木)夫妻は、ノマドスタイルで日本各地のホテルを転々としながら、取材・執筆している。ネット高校で学ぶ娘・真琴(中田青渚、せいな)をまじえ、友理の誕生日祝いに出かけようとしたある日、岳人は友理から「性別を変更する」と告白される…
夫婦は同業で社会意識が高く、会話の密度も濃い。繰り返し「え、なんでそうなるの」と指摘し合いながら、なんとか互いを尊重し、つながりを維持しようともがく。トランスジェンダーを中心にすえつつ、表現される感情はそれだけではない。1人ひとり、そして夫婦、父娘、母娘それぞれの関係も変化して多面的だ。

橋本、黒木の巧さはもちろん、中田がはつらつとしていい。海辺のリゾート、雪振りしきるロッジという設定のお洒落さや、中田が菓子の包みをソファの隙間に押し込んじゃったりするギャグで、ひりつくテーマが重くなり過ぎない。
それにしても2023年「いつぞやは」でも観た加藤・橋本コンビは盤石だなあ。タイトルは序盤で橋本が、水槽の魚に囲まれるからアクアショップは苦手、と言ったことに通じるのか。想定外の「海」に放り込まれてからも、人生は続いていくのだ。

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最後のドン・キホーテ

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「最後のドン・キホーテ  THE LAST REMAKE of Don Quixote」  2025年9月

商業演劇40年周年というケラリーノ・サンドロヴィッチの作・演出は、期待を裏切らない新作だ。小劇団の芝居で急きょドン・キホーテ役を頼まれたクリンクル73歳が、キホーテになりきって放浪の旅に出ちゃう。その世界はなにやら不穏で、時空が歪んでいて…
現実と妄想が交錯するメタ構造、そして権威をひっくり返す奔放なカーニバル性。17世紀初頭の出版から累計5億部、意外にも聖書に次いで読まれているという小説のリメークだ。ケラさんといえばチェーホフやカフカ、別役実などのアレンジを観てきたけれど、ドン・キホーテって最もぴったりの題材かも。
遠く爆撃音が響く同時代性に加え、テンポ良くシュールな笑いが連続して、休憩を挟んで4時間近くをさして長く感じない。なによりクリンクル役の大倉孝二が、持ち前のチャーミングさを発揮して舞台を牽引する。なんて素敵な俳優なんだろう。ちなみに、くちゃくちゃっと台詞が怪しくなったり、歌の歌詞が飛んだりが繰り返されるんだけど、これ、大倉のイメージだなあ。
そんなナンセンスとファンタジーの果てに、どんなに専横をきわめても、最後は誰しもただ死んでいくだけ、というリアルに不意を突かれる。切ない余韻。いっぱいのKAAT大ホール、前のほうで1万円。

いつもながらキャストは豪華で、群像劇の趣だ。クリンクルを追う演出家に安井順平、相棒の俳優に菅原永二、女優に「無駄な抵抗」などの清水葉月、常連客の少年に木ノ下歌舞伎で観た須賀健太、探偵に武谷公雄。一方、放浪先でかいがいしくクリンクルを世話する看護師(ドルシネア姫)に咲妃みゆ、怪しい医師に音尾琢真、共謀する牧師に山西惇、ピュアな果物屋に「ジャジー・ボーイズ」などの矢崎広。そして犬山イヌコが演劇プロデューサーやクリンクル家の乳母、緒川たまきがあっけらかんとした劇場の売り子、高橋惠子が自伝まで書いている恐ろしげなテロ犯やクリンクルのクールな妻を演じて、いずれも盤石です。とんでもファンタジーをねじ伏せる実力。
元宝塚娘役の咲妃は初めて観たけど、まっすぐな声、立ち姿が凜としていい。いきなり歌いだしても説得力があるし。また安井が公演中止の窮地に追い込まれているのに、クリンクルの幸せな妄想に感化される常識人を存分に演じて魅力的。何かとデニーロを持ち出すマイペースな菅原とのコンビが、いいバランスだ。須賀健太に不思議な存在感があり、70歳の高橋は思い切りがよくて、さすがの貫禄。

巨大シーリングファンから下がる幕が回転して、手前の紗幕とともに大規模に映像を展開(美術は松井るみ、映像は上田大樹)。緻密なステージング(小野寺修二)と生バンド(音楽とトランペットの鈴木光介ら)の高揚感もお馴染みだけど、こうした大がかりな仕掛けは今回が集大成で、しばらくは封印するとか。ちょっと残念な一方で、新機軸も楽しみだな。
いつも凝っているプログラムは今回、小さい判型でなんと500ページ近い。ケラはインタビューで「演劇だと、大事なこと/大事じゃないこと、意味のあるもの/意味の無いものを等価に混在させることができる」と語る。確信あるごちゃ混ぜ感、いい言葉だ。
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