演劇

私を探さないで

M&Oplaysプロデュース 私を探さないで   2025年10月

大好きな岩松了作・演出の新作はぐっとスタイリッシュ。幻想的なセットに、いつまでも忘れられない記憶の断片が息づく。あの言葉は果たしてどんな意味だったのか、自分は何を言えばよかったのか、少女を見つけることができるのか… 失踪した少女を演じる河合優実が、すらっとした立ち姿、つかみ所のない軽やかさで魅力的だ。いっぱいの本多劇場、中央のいい席で8500円。休憩無しの2時間。

婚約を機に海辺の町に帰ってきたアキオ(活地了)が、高校時代の教師で今は作家となった大城(小泉今日子)と十年ぶりに再会。大城の朗読会の準備が進むなか、彼らの前にずっと行方不明のままの三沢晶(河合)が姿を現わして、互いに言わずにきた言葉があふれ出す…
町から船でほど近いところに無人島があって、町そっくりのもう一つの町が、廃墟となって取り残されている。そんなパラレルワールドめいた設定が想像をかきたてる。時空がゆがみ、10年前のワンシーンが今そこで再現されても不思議はない。抽象的な壁やカーテンを動かして、本土の町と島、現在と過去とをシームレスにつなげていく。意味深な二つのグラスや、ラストの堤防でぱあっと視界が開けるのもお洒落。美術は愛甲悦子。

近くにいる人より離れている人の方が「存在」している、出会いできちんと名乗ってくれたから特別な人になった… いつもながら独特のセリフのそこここに引き込まれる。スマホのアラームや呼び出し音が、言いかけた言葉をたびたび遮るじれったさも効果的。こんな緻密な戯曲を2カ月で書いちゃうなんて。
岩松作品ではお馴染み、勝地が堂々の主演ぶり。17歳の時から大人びていた一方で、それゆえ大城と晶に翻弄される戸惑い、繊細さがいい。お馴染み小泉は、とても教師にはおさまらないだろう個性、そんな自分を持て余して後悔だらけ、という切なさが盤石。2024年「メディスン」などの達者な富山えり子が、大城の助手役で関係をかき回し、狂言回しの岩松さんは、まさかのそっくり兄弟2役で笑いをとる。アキオのクラスメートに篠原悠伸と、24年「峠の我が家」などの新名基浩。

客席には宮沢氷魚さん、23年「カモメよ、そこから銀座は見えるか?」の黒島結菜さんの姿も。

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ここが海

ここが海 2025年10月

楽しみにしている加藤拓也作・演出。いつもながら繊細に、人が人をわかりたい、受け入れたいとするのに、思うに任せない焦燥を描く佳作だ。難しい芝居だと思うけれど、橋本淳、黒木華がとんでもなく高水準にナチュラルで、じんわり涙する。アミューズクリエイティブスタジオ企画・製作。秋祭りで賑わう三茶、シアタートラムの前のほう下手寄りで1万1500円。休憩無しの1時間40分。

ライターの岳人(橋本)、友理(黒木)夫妻は、ノマドスタイルで日本各地のホテルを転々としながら、取材・執筆している。ネット高校で学ぶ娘・真琴(中田青渚、せいな)をまじえ、友理の誕生日祝いに出かけようとしたある日、岳人は友理から「性別を変更する」と告白される…
夫婦は同業で社会意識が高く、会話の密度も濃い。繰り返し「え、なんでそうなるの」と指摘し合いながら、なんとか互いを尊重し、つながりを維持しようともがく。トランスジェンダーを中心にすえつつ、表現される感情はそれだけではない。1人ひとり、そして夫婦、父娘、母娘それぞれの関係も変化して多面的だ。

橋本、黒木の巧さはもちろん、中田がはつらつとしていい。海辺のリゾート、雪振りしきるロッジという設定のお洒落さや、中田が菓子の包みをソファの隙間に押し込んじゃったりするギャグで、ひりつくテーマが重くなり過ぎない。
それにしても2023年「いつぞやは」でも観た加藤・橋本コンビは盤石だなあ。タイトルは序盤で橋本が、水槽の魚に囲まれるからアクアショップは苦手、と言ったことに通じるのか。想定外の「海」に放り込まれてからも、人生は続いていくのだ。

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最後のドン・キホーテ

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「最後のドン・キホーテ  THE LAST REMAKE of Don Quixote」  2025年9月

商業演劇40年周年というケラリーノ・サンドロヴィッチの作・演出は、期待を裏切らない新作だ。小劇団の芝居で急きょドン・キホーテ役を頼まれたクリンクル73歳が、キホーテになりきって放浪の旅に出ちゃう。その世界はなにやら不穏で、時空が歪んでいて…
現実と妄想が交錯するメタ構造、そして権威をひっくり返す奔放なカーニバル性。17世紀初頭の出版から累計5億部、意外にも聖書に次いで読まれているという小説のリメークだ。ケラさんといえばチェーホフやカフカ、別役実などのアレンジを観てきたけれど、ドン・キホーテって最もぴったりの題材かも。
遠く爆撃音が響く同時代性に加え、テンポ良くシュールな笑いが連続して、休憩を挟んで4時間近くをさして長く感じない。なによりクリンクル役の大倉孝二が、持ち前のチャーミングさを発揮して舞台を牽引する。なんて素敵な俳優なんだろう。ちなみに、くちゃくちゃっと台詞が怪しくなったり、歌の歌詞が飛んだりが繰り返されるんだけど、これ、大倉のイメージだなあ。
そんなナンセンスとファンタジーの果てに、どんなに専横をきわめても、最後は誰しもただ死んでいくだけ、というリアルに不意を突かれる。切ない余韻。いっぱいのKAAT大ホール、前のほうで1万円。

いつもながらキャストは豪華で、群像劇の趣だ。クリンクルを追う演出家に安井順平、相棒の俳優に菅原永二、女優に「無駄な抵抗」などの清水葉月、常連客の少年に木ノ下歌舞伎で観た須賀健太、探偵に武谷公雄。一方、放浪先でかいがいしくクリンクルを世話する看護師(ドルシネア姫)に咲妃みゆ、怪しい医師に音尾琢真、共謀する牧師に山西惇、ピュアな果物屋に「ジャジー・ボーイズ」などの矢崎広。そして犬山イヌコが演劇プロデューサーやクリンクル家の乳母、緒川たまきがあっけらかんとした劇場の売り子、高橋惠子が自伝まで書いている恐ろしげなテロ犯やクリンクルのクールな妻を演じて、いずれも盤石です。とんでもファンタジーをねじ伏せる実力。
元宝塚娘役の咲妃は初めて観たけど、まっすぐな声、立ち姿が凜としていい。いきなり歌いだしても説得力があるし。また安井が公演中止の窮地に追い込まれているのに、クリンクルの幸せな妄想に感化される常識人を存分に演じて魅力的。何かとデニーロを持ち出すマイペースな菅原とのコンビが、いいバランスだ。須賀健太に不思議な存在感があり、70歳の高橋は思い切りがよくて、さすがの貫禄。

巨大シーリングファンから下がる幕が回転して、手前の紗幕とともに大規模に映像を展開(美術は松井るみ、映像は上田大樹)。緻密なステージング(小野寺修二)と生バンド(音楽とトランペットの鈴木光介ら)の高揚感もお馴染みだけど、こうした大がかりな仕掛けは今回が集大成で、しばらくは封印するとか。ちょっと残念な一方で、新機軸も楽しみだな。
いつも凝っているプログラムは今回、小さい判型でなんと500ページ近い。ケラはインタビューで「演劇だと、大事なこと/大事じゃないこと、意味のあるもの/意味の無いものを等価に混在させることができる」と語る。確信あるごちゃ混ぜ感、いい言葉だ。
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みんな鳥になって

みんな鳥になって 2025年7月

1968年レバノン生まれのワジディ・ムワワド作、上村聡史演出という「約束の血」シリーズコンビの最新作に駆けつける。2017年初演で、これまでの寓話風と違い、イスラエルとパレスチナ、ユダヤとアラブを正面から描いている。2022年の企画スタート時には想定していなかった2023年のガザ侵攻をへた今、正直、受け止めきれない重量級の舞台だ。演劇がはらむ鋭い同時代性。世田谷パブリックシアターの中ほど、やや上手寄りで1万円。

ニューヨークの図書館で、ユダヤ系ドイツ人の学生エイタン(Hey!Say!JUMPの中島裕翔)が、アラブ系アメリカ人ワヒダ(岡本玲)と恋に落ちる。家族に紹介しようとするが、敬虔なユダヤ教徒の父ダヴィッド(岡本健一)が激しく拒絶。混乱したエイタンは、祖母レア(麻実れい)に自らのルーツを確認しようと、ワヒダを伴ってイスラエルに向かい、爆弾テロに巻き込まれて意識不明に…
若いふたりのロマンティックな出会いもつかの間、舞台がイスラエルに移ると、テロと地域封鎖で事態がどんどん緊迫していく。父、母ノラ(那須佐代子)とともに駆けつけた祖父エトガール(相島一之)がついに明かす、封印してきた家族の秘密。その衝撃を、この東京にぬくぬくと暮らしていて理解できるかといえば、とうてい理解はできない。
エトガールが繰り返す「丸く収まる」の重み、生死の境での「母国語」の意味。置き去りにされた赤ん坊を救うのではなく、なぜ盗むと表現するのか。アイデンテイティが崩壊したダヴィッドが、果たして最期に何を思うのか。

すべての発端だった1964年の第三次中東戦争、祖父母が引き裂かれることになる1982年、レバノンでイスラエル国防軍がパレスチナ難民を虐殺したサブラー・シャティーラ事件、聖書に登場する伝説の村ベール・ホッバ… 知らなすぎるよね。
大詰め、ペルシアの「両棲の鳥」伝説は詩的で美しいのだけれど、ストレートには希望を実感しにくい。カーテンコールで立ちあがるかわりに、モヤモヤしたまま、ゆっくり帰途につく。それでも、休憩を挟んで3時間半の長尺が無駄ではないと思える。

舞台は後方の四角い枠や机、椅子、ベッドなどでシンプルに構成。時に現在と過去が無理なく同時進行する。美術は長田佳代子。
俳優陣は強靱だ。乱暴な口調の麻実、振り幅激しい岡本健一、ホロコーストを生き抜き、いま切々と後悔を語る相島が期待通り盤石。旧東独で信じてきた共産主義の決壊を経験し、よりによって精神科医になった那須の、なんとか家族を守ろうとする絶叫が、ひときわ痛切に響く。
ワヒダを助けるイスラエルの女性兵士と、若き日のレア2役を演じるのは大柄の松岡依都美。文学座で、イキウメや井上ひさし、「森フォレ」を観ているけれど、今回存在感があった。「地面師たち」の尼僧だったんですねえ。岡本玲は冒頭がチャーミングなだけに、イスラエルに行ってからの変貌が印象的。長身の中島も大健闘。ほか看護師やラビ、若いエトガールなどの複数役で達者な伊達暁。

ちなみにパリではドイツ語、英語、アラビア語、ヘブライ語で上演したとか、2022年にはミュンヘン公演が中止に追い込まれたとか、世界の演劇は闘っています…

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はぐらかしたり、もてなしたり

iaku「はぐらかしたり、もてなしたり」 2025年7月

お気に入り横山拓也作・演出のユニット公演に足を運んだ。凡人たちの間の抜けた、だからこそ切実な恋愛模様。くすくす笑いに哀しさ、ちかしい人との埋めようのない隙間がにじんで秀逸だ。人はなぜ人を求めるんだろう。演劇好きでいっぱいのシアタートラム、中ほどで5500円。休憩無しの2時間弱。

エッシャーの絵のような階段のワンセットが効果的。俳優がぐるぐる上ったり降りたり、場面の外で座っていたりしながら、複数のカップルの物語をテンポよく紡いでいく。美術は柴田隆弘。
2年ぶりに家に帰ろうとする妻(竹田モモコ)と元教師の夫・勇(瓜生和成)がメーン。2年ぶりなのに、オムライスにウインナーが入っていたか、の言い合いを蒸し返しちゃう。不倫の末に一緒になったけど、そもそも見ているものが違っていたのか。元妻ともぐずぐずで、なすすべない勇。成り行きで二人を気遣う旧友・真美(異儀田夏葉)も、人を心配している場合じゃなくて、亡くなった同級生を思い続ける浩輔(富川一人)との関係が、なんとももどかしい。

俳優陣がみな達者に、緻密な会話をこなす。なかでも勇の元妻(小林さやか)が手を焼く部下、近藤フクが飛び道具だ。上司に対しても、コンビニ前で遭遇した交通事故でも、ずうっとコミュニケーションがズレていて、挙げ句、浩輔に衝撃の告白をしにいく。期間限定のアイスに執着し、終始淡々と、とんでもないことを言い出して、でも憎めない。
いろいろ面倒なカップルばかりのなか、勇たちの娘・愛(高橋紗良)と読書好きな恋人(井上拓哉)は初々しい。いずれ面倒になるのかな、まあ、恋って面倒なものだよね。

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ザ・ヒューマンズ

シリーズ光景vol.2「ザ・ヒューマンズーー人間たち」  2025年6月

米国のスティーヴン・キャラムによる2014年初演作を、2022年に「ロビー・ヒーロー」を観た桑原裕子の演出で。トニー賞受賞、2021年にキャラム自身が映画化もした戯曲で、経済的困窮や病、認知症など庶民の不安がなんとも痛々しい。意外性には乏しく、ちょっと平板だったかな。新国立劇場小劇場の前のほうで6930円。休憩無しの2時間。

ニューヨーク・チャイナタウンにある老朽化したアパート。フィラデルフィア郊外からエリック(平田満)、ディアドラ(増子倭文江)夫妻と老いた母モモ(稲川実代子)が、アーティストの次女ブリジット(青山美郷)と恋人リチャード(細川岳)の新居を訪ね、法律事務所に勤める長女エイミー(山崎静代)も合流して感謝祭の夕食をとる。久々の団欒だけど、うまくいかない仕事や恋の悩み、それぞれの自己嫌悪が露呈していく…

内階段があるメゾネットタイプのワンセット(美術は田中敏恵)。上階と下階で芝居が同時進行したり、セリフが重なったりして苛立ちが募る。時折ランドリールームのものすごい音が響きわたり、果ては停電まで起きちゃう。伝統的なカトリック家族と、陰鬱な都会のミスマッチ。
奨学金の返済苦や突然の解雇、報われない人生など、ありふれた、けれど笑えない状況が延々と。滑稽なやりとりもあるものの、平田や南海キャンディーズのしずちゃんのとぼけた味は今ひとつ生きていなかったかな。

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ずれる

イキウメ「ずれる」  2025年5月

年2回ペースの本公演に区切りをつけると公表したイキウメ。作・演出の前川知大は、今回も目に見えない不思議を現出させつつ、現代人の病に迫り、この先の進化を予感させる。客演無しで、看板劇団員5人の個性とクオリティが際立ち、この座組がしばらくみられないとすると、とても残念だ。シアタートラムの前の方で7500円。休憩無しの2時間強。

多聞市にある豪邸リビングのワンセット。小山田輝(安井順平)は地元企業の2代目で、何不自由ない暮らしだが、精神が不安定で社会性に乏しい15才下の弟・春(大窪人衛)が心配の種。春は過激な環境活動家、佐久間(盛隆二)を家に引き入れて、何を企んでいるのやら。てきぱきした秘書兼家政夫の山鳥(浜田信也)、気で治すという伝説の整体師・時枝(森下創)もなにやら不審。隣接する金輪町の豪雨以来、熊や猪が出没するとか、近所のシベリアンハスキーが凶暴化するとかの状況があいまって、不穏が高まっていく…

特殊能力の幽体離脱を使って、動物を操るテロリズム。ペットを愛玩するとか真面目に働くとか、疑問の余地無いことに思えるけれど、少し考えれば何が正解なのか、わからなくなる。テーマは深刻。ただ、イヤな感じはしない。脱力する笑いも多く、信じることに一抹の希望が宿る。

相変わらず怪しさ色っぽさが突出する浜田、年齢不詳で底知れない大窪、仙人みたいな森下を、どんどん追い詰められちゃう安井が束ねる。実は盛が一番振り幅が大きくて、今回は暴走と知性が表裏一体でした。
天井に水紋が揺らめく土岐研一の美術、美しい佐藤啓の照明、遠吠えなどが不気味な青木タクヘイの音響も見事。旗揚げから22年、前川は読売演劇大賞の最優秀演出家にもなった。また観たいなあ。

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星の降る時

パルコ・プロデュース2025 星の降る時  2025年5月

英国ベス・スティールの2023年初演作を栗山民也演出で。さびれた炭鉱町マンスフィールドに住む、労働階級一家の1日。下世話であけすけな会話で、三人姉妹それぞれの確執、隠していた不実が無残に暴露されていく。家族というカオス。江口のりこはじめ充実の俳優陣は達者にしゃべりまくるけど、口調がずっとけんか腰で、休憩込み2時間半はくたびれた。小田島則子訳。PARCO劇場、すごく前のほう上手寄りで1万500円。

今日は甘えん坊の三女シルヴィア(三浦透子)とポーランド移民マレク(山崎大輝)の結婚式。長女ヘーゼル(江口)はわびしい倉庫勤務で一家を支えているものの、優しい夫ジョン(近藤公園)は失業中、父トニー(段田安則)は炭鉱夫気質が抜けず、成功した移民に拒否感を隠せない。叔母キャロル(秋山菜津子)が傍若無人にかき回しまくり、反抗期ぎみのヘーゼルの娘リアン(西田ひらり)が姿を消して大騒ぎするなか、実はジョンがよりによって、久々に帰った次女マギー(那須凜)をずっと口説いていたとわかり…

がんがん呑んだ宴会の後半、皆で踊り出すシーンがやけっぱちで印象的。終盤の舞台上の円とあいまって、逃れられない閉塞を思わせる。愚かで身も蓋もない日常に対し、照明が美しい。美術は松井るみ。
丸顔・色白の那須は、ヤンキーっぽさが役にはまって、色気もあっていい。秋山がまさかの飛び道具ぶりを発揮。いちいち口をだして、うざいんだけど、可愛げも漂う。今回ばかりは引き気味の段田は、宇宙の話でじんとさせる。ミュージカルが多いらしい山崎がはじけ、23歳のアイドル西田もけっこう達者。ほか叔父ピートに八十田勇一。

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陽気な幽霊

陽気な幽霊 2025年5月

英国の才人ノエル・カワードが戦時下の1941年に初演してヒット、1945年に「アラビアのロレンス」のデヴィッド・リーンが映画化し、2020年にも再映画化された大人のコメディを、寡作の熊林弘高がお洒落に演出。しょうもない作家チャールズ(田中圭)が若い妻ルース(門脇麦)と、病死した前妻エルヴィラの幽霊(若村麻由美)に挟まれて、散々に翻弄される。早船歌江子訳、ドラマターグは田丸一宏。
どうしても実生活の不倫騒動が重なっちゃうけど、田中はじめ俳優陣がみなチャーミングで、セリフの応酬も確か。笑いたっぷり、ドタバタのなかに、二度と会えない切なさ、それでも消えることのない大切な人への思いというものが、ジンと心に残る秀作だ。田中ファンが目立つシアタークリエの通路前、中央のいい席で1万2000円。休憩を挟んで3時間。

2階建てチャールズ邸のワンセットは、田舎の上流階級風(美術は二村周作)。ホームパーティーでもぴしっと盛装してます。紗幕の多用が非常に効果的で、特に滑り出し、エルヴィラの「気配」を顔写真の大写しで示していて意表をつかれる。思い出のレコードなど、小道具も切ない。

俳優陣はなんといっても、霊媒師マダム・アーカティの高畑淳子が脇ながら大暴れ。インチキ感満載だけどマイペースで妙に含蓄があって、大詰め、送っていくというチャールズを断って、いつも通り自転車で帰る、自分の道はわかっている、というセリフが格好良い。映画版では「恋におちたシェイクスピア」などの名優ジュディ・デンチが演じたんですねえ。
我が儘で浮気っぽい若村が、ひらひら衣装と七色の髪で色気を振りまき、対する生真面目な門脇は、ちょっと声が通りにくかったけど、ブロンドのボブと背伸びした感じ、拗ねモードが可愛い。2人を受け止めざるをえない田中は、シリアスだった「メディスン」とはうってかわって、すらっと細身、持ち前の愛嬌全開ではまり役。スキャンダルがもったいないなあ。ほかに友人の常識的な医師夫妻に、実生活でも夫婦の佐藤B作、あめくみちこ、ラストでキーパースンとなるドジなメイドに天野はな。

東宝のプロデューサー仁平知世が、10年ごしのラブコールで熊林演出を実現したとか。あえて喜劇にチャレンジしたというのも興味深かった。

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見上げんな!

万能グローブガラパゴスダイナモス×ゴジゲン×小山田壮平 見上げんな!  2025年4月

福岡で人気の劇団、万能グローブガラパゴスダイナモスを率いる川口大樹の戯曲を、福岡出身のゴジゲン主宰・松居大悟が演出。おじさんバンドの果てない夢を描いて、なんだか甘酸っぱい群像コメディ。音楽は福岡在住の小山田壮平。福岡市民ホールのリニューアル杮落としだったんですねえ。新国立劇場小劇場の前の方で7000円。休憩無しの2時間。

アイドルを辞めて映像作家を目指す三月(田島芽瑠)が、バンドのMVの依頼を受け、数年ぶりで福岡へ帰郷する。待っていたのはボーカルの失踪で解散状態の曲者おじさんバンドの面々(退職代行サービスの椎木樹人、明るいラーメン店主の東迎昂史郎、暗め区役所職員の酒井善史)と元マネジャー(多田香織)で、立て直しに奔走するはめに。そのうち三月自身、妹の四月(大学生の富永真由)、物忘れが増えた父・未知人(タクシー運転手の向野章太郎)らがそれぞれの過去と向き合い始めて…

退職代行のやりとりなど、今どきのさえないけどクスっと笑える日常と、高校時代から腐れ縁のおじさんノスタルジーが交錯するまったりストーリー。…と思いきや、大詰めでSFファンタジーに飛翔し、キービジュアルの宇宙服と光るギターの意味が明らかになっていく。才能ある誰かとか華やかな芸能界とか、ずっと見上げていた未練な人たちの、なけなしの希望。

三月の奮闘を呆れつつ支えちゃうマネージャーの善雄善雄、とんでもない退職代行の利用者、古賀駿作がいい味。セットがなかなか凝っていて、博多の街を背景に半透明の柱、櫓、回転する階段で構成。俳優が移動し、緻密に公園やラーメン店など場面を転換する。装置は中島信和。
プログラムには松居が師と仰ぐヨーロッパ企画の上田誠との対談も。川口がヨーロッパ企画の福岡公演を観て手伝うようになり、松居と縁ができたとか。上田の「主流から外れたオルタナティブだけど、前衛ではなくポップ」という言葉が印象的だ。

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