演劇

星の降る時

パルコ・プロデュース2025 星の降る時  2025年5月

英国ベス・スティールの2023年初演作を栗山民也演出で。さびれた炭鉱町マンスフィールドに住む、労働階級一家の1日。下世話であけすけな会話で、三人姉妹それぞれの確執、隠していた不実が無残に暴露されていく。家族というカオス。江口のりこはじめ充実の俳優陣は達者にしゃべりまくるけど、口調がずっとけんか腰で、休憩込み2時間半はくたびれた。小田島則子訳。PARCO劇場、すごく前のほう上手寄りで1万500円。

今日は甘えん坊の三女シルヴィア(三浦透子)とポーランド移民マレク(山崎大輝)の結婚式。長女ヘーゼル(江口)はわびしい倉庫勤務で一家を支えているものの、優しい夫ジョン(近藤公園)は失業中、父トニー(段田安則)は炭鉱夫気質が抜けず、成功した移民に拒否感を隠せない。叔母キャロル(秋山菜津子)が傍若無人にかき回しまくり、反抗期ぎみのヘーゼルの娘リアン(西田ひらり)が姿を消して大騒ぎするなか、実はジョンがよりによって、久々に帰った次女マギー(那須凜)をずっと口説いていたとわかり…

がんがん呑んだ宴会の後半、皆で踊り出すシーンがやけっぱちで印象的。終盤の舞台上の円とあいまって、逃れられない閉塞を思わせる。愚かで身も蓋もない日常に対し、照明が美しい。美術は松井るみ。
丸顔・色白の那須は、ヤンキーっぽさが役にはまって、色気もあっていい。秋山がまさかの飛び道具ぶりを発揮。いちいち口をだして、うざいんだけど、可愛げも漂う。今回ばかりは引き気味の段田は、宇宙の話でじんとさせる。ミュージカルが多いらしい山崎がはじけ、23歳のアイドル西田もけっこう達者。ほか叔父ピートに八十田勇一。

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陽気な幽霊

陽気な幽霊 2025年5月

英国の才人ノエル・カワードが戦時下の1941年に初演してヒット、1945年に「アラビアのロレンス」のデヴィッド・リーンが映画化し、2020年にも再映画化された大人のコメディを、寡作の熊林弘高がお洒落に演出。しょうもない作家チャールズ(田中圭)が若い妻ルース(門脇麦)と、病死した前妻エルヴィラの幽霊(若村麻由美)に挟まれて、散々に翻弄される。早船歌江子訳、ドラマターグは田丸一宏。
どうしても実生活の不倫騒動が重なっちゃうけど、田中はじめ俳優陣がみなチャーミングで、セリフの応酬も確か。笑いたっぷり、ドタバタのなかに、二度と会えない切なさ、それでも消えることのない大切な人への思いというものが、ジンと心に残る秀作だ。田中ファンが目立つシアタークリエの通路前、中央のいい席で1万2000円。休憩を挟んで3時間。

2階建てチャールズ邸のワンセットは、田舎の上流階級風(美術は二村周作)。ホームパーティーでもぴしっと盛装してます。紗幕の多用が非常に効果的で、特に滑り出し、エルヴィラの「気配」を顔写真の大写しで示していて意表をつかれる。思い出のレコードなど、小道具も切ない。

俳優陣はなんといっても、霊媒師マダム・アーカティの高畑淳子が脇ながら大暴れ。インチキ感満載だけどマイペースで妙に含蓄があって、大詰め、送っていくというチャールズを断って、いつも通り自転車で帰る、自分の道はわかっている、というセリフが格好良い。映画版では「恋におちたシェイクスピア」などの名優ジュディ・デンチが演じたんですねえ。
我が儘で浮気っぽい若村が、ひらひら衣装と七色の髪で色気を振りまき、対する生真面目な門脇は、ちょっと声が通りにくかったけど、ブロンドのボブと背伸びした感じ、拗ねモードが可愛い。2人を受け止めざるをえない田中は、シリアスだった「メディスン」とはうってかわって、すらっと細身、持ち前の愛嬌全開ではまり役。スキャンダルがもったいないなあ。ほかに友人の常識的な医師夫妻に、実生活でも夫婦の佐藤B作、あめくみちこ、ラストでキーパースンとなるドジなメイドに天野はな。

東宝のプロデューサー仁平知世が、10年ごしのラブコールで熊林演出を実現したとか。あえて喜劇にチャレンジしたというのも興味深かった。

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やなぎにツバメは

シス・カンパニー公演「やなぎにツバメは」  2025年3月

2024年「う蝕」が強烈だった横山拓也の新作を、2022年「ピローマン」などの寺十(じつなし)吾演出で。大竹しのぶはじめシスカンならではの豪華キャストが、ごく普通の人生の閉じ方、ありふれた老いと孤独の心のひだをカラッと描く。笑いたっぷり、軽妙で緻密な会話劇、しかも手練れ揃いの6人でテンポが抜群だ。完成度が高いなあ。いっぱいの紀伊國屋ホール、上手寄り前の方で8000円。休憩無しの1時間半強。

美栄子(大竹)が母つばめの自宅葬を終えたところ。苦労した介護も一区切りだ。つばめが営んだスナックの常連で、葬儀屋の洋輝(段田安則)、内装デザインの祐美(木野花)を20年来の親友と呼び、グループリビングを夢見る。そこへ看護師の娘・花恋(松岡茉優)と料理人で洋輝の息子・修斗(林遣都)の婚約、独立話に、別れた夫で設計士・賢吾(浅野和之)がからみ、それぞれの切実な思いが交錯して右往左往…

大竹がさすがの存在感。パートのおばさんのくたびれ感も、愛人として生きたつばめへの愛憎も、切なく可愛いらしい恋心も自由自在だ。大事なことに気づかないふりの優しくも無責任な段田、悪気はないけど終始マイペースの木野はもちろん、愛情も寛容さもあるのに追い出されちゃってトホホの浅野が実にいい味。林の一生懸命なだけに間が悪い可笑しさが絶妙で、そんな恋人を叱咤し続ける松岡は、大竹を応援するまっすぐなキャラが気持ちいい。けっこういい脇かも。

ワンセットの美栄子宅リビングは、一角につばめのスナックを再現したという設定で、回想の昭和シーンが挟まる。終盤、ツバメの巣で雛がかえる明るさ、大竹の歌に拍手! 繰り返される古い歌謡曲「胸の振り子」はなんとサトウハチロー詞・服部良一曲で1947年発表、石原裕次郎らがカバーしているとか。確かにいい曲だし、よく見つけてきたものです。美術の平山正太郎は松井るみのアシスタントだったんですねえ。
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ポルノグラフィ/レイジ

ポルノグラフィPORNOGRAPHY/レイジRAGE   2025年2月

イギリス系アイルランド人で、オリヴィエ賞、トニー賞をとっているサイモン・スティーヴンスの戯曲をダブルビルで。演出は気鋭の桐山知也。これが世界の演劇の最前線というものか。脈絡のわかりにくいモノローグが続き、休憩を挟んで3時間強が正直辛かった。途中で帰る観客も。世田谷パブリックシアター・シアタートラムの上手寄り、後ろのほうで8000円。

2007年初演の「ポルノグラフィ」(小田島創志訳)は2005年7月のロンドン。五輪決定直直後の同時多発テロを描く群像劇だ。難解。7つのオムニバスで(上演順は自由とか)、子育てに奮闘するキャリアウーマンや女性教師につきまとう生徒、爆破実行犯ら、都市生活者それぞれの疎外、焦燥を畳みかける。地下鉄ホームの黄テープを張り巡らし、俳優がコの字舞台と前面の通路を歩き回って観客近くで訴えかけるのだけど… 「レイジ」(高田曜子訳)では後方に天井近くまでの鉄骨階段が出現、黄テープは規制線に。2015年大晦日のマンチェスターで、若者らや警官が動き回り、鬱憤やスマホ撮影の他人事感、差別、暴力が高まっていく。

膨大な台詞をこなす俳優11人は、みな大健闘。特に亀田佳明の知性が圧倒的だ。舞台中央に立ち、テロの犠牲者を番号であげていく長大なモノローグが染みる。ほかに土井ケイト、岡本玲、吉見一豊、竹下景子ら。

ロビーには芸術監督の白井晃さん、犬丸治さんの姿も。

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消失

KERA CROSS 第六弾「消失」  2025年1月

ケラリーノ・サンドロヴィッチの2004年初演作を、2022年にケラ作「室温」も観た河原雅彦が演出。代名詞であるシリアス・コメディ=重喜劇の決定版とのことで、緻密な笑いとSF的スケール感のあとで、「ずっと後悔して生きる」ことの残酷さが、ずしんと心に残る。藤井隆のリズム感と繊細さが突出して、さらに上手くなったような… 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAの前のほう中央で9800円。休憩を挟んで3時間強はちょっと長かったけど。

兄弟が暮らす家のワンセット。チャズ(藤井)は無邪気で病弱な弟スタン(入野自由)を何くれと世話していて、微笑ましい。一途なスタンに戸惑いながら惹かれていくスワンレイク(ぽっちゃり佐藤仁美)、口は悪いけどスタンを気にかける偽医者ドーネン(「我が家」の坪倉由幸)、2階の部屋を借りに来るネハムキン(「大人計画」の猫背椿)をまじえ、どこか奇妙なやりとりに笑ううち、後半、ガス点検にきた曰くありげなジャック(岡本圭人)が、兄弟のグロテスクな秘密に迫り…

セットにクリスマスツリーと月があって海外の絵本のようだけど、すべての壁が歪み、ダクトがにょきにょき突き出て不穏が漂う(美術はBOKETA)。大きな戦争があったとかで、そういえば水道水はひどく不味いし、ドーネンはやたら転ぶし、まともじゃない。強烈なのはネハムキンの夫が置き去りにされた衛星が、今も空に輝いているというイメージの救いの無さ。やがて大晦日の祝祭の花火は、過酷な爆撃音に転じていく。人はトラウマに蓋をして生きても、そこから逃れられはしないのか。

「ガラパコスパコス」とか「おとこたち」とか、達者な脇でときに過剰なイメージもある藤井が、矛盾と動揺だらけの難役を繊細に。なにしろ初演は大倉孝二だものなあ。一方、「管理人」など突き抜けきれない感じもあった入野は、ピュアな造形で健闘。ラストシーンまで、ダークな舞台に一点の明かりを灯すようだ。ジャック役は初演の八嶋智人を観たかったかも。
ドーネンの息子の名前がひとり日本人の安二郎だとか、ケラさんリスペクトの小ネタがいろいろ。

ロビーには赤堀雅秋さん、駒木根隆介さんの姿も。
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ドードーが落下する

た組「ドードーが落下する」  2025年1月

観劇初めで加藤拓也の作・演出作品。2022年初演で岸田国士戯曲賞を受賞した戯曲の再演だが、大幅に書き直したという。精神を病んでいく主人公という、社会において弱い側から見たあれこれがリアルでヒリヒリするものの、どこか空気が澄んで、温かささえ漂うのが、この作家の希有なところ。
果たして弱い者に価値はないのだろうか。シーンに登場しない俳優がずっとセット周辺で見守っていて、時に後方の壁の上部からストンと向こうへ姿を消すのが印象的だ。社会的立場は様々でも、誰もが抱える弱さを思わせる。緊張感が漂うKAAT神奈川芸術劇場、中段で5300円。休憩無しの約2時間。

冒頭、お笑い芸人・夏目(平原テツ)が精神を病んで入院しており、いかにしてここに至ったかを振り返る構成。一向に売れないけれど、相方(金子岳憲)や芸人仲間は独特のセンスを面白がっていた。だからこそ、奇矯さと病状が渾然としてしまう。観る側には行き着く先の辛さがわかっているから、ボケにも笑えなくて息苦しい。
芸人同士のジェラシーや焦燥、不器用な恋、ひたすら不快なバイト先、妻との軋轢、閉塞感、そして着実に追い込まれていく夏目。もっと早く、誰かがどうにかできたのだろうか。

元ハイバイの平原が、ぬうぼうと、こだわりの強い造形で強烈な存在感を示す。アイドル的存在の大江ちゃんを演じる秋乃ゆにが、終盤、夏目の部屋を訪ねるシーンで見せる透明感がいい。 プロデューサー・信也の秋元龍太朗、先輩・鯖江の今井隆文が安定。

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2024年喝采尽くし

いろいろあった2024年。特筆したいのは幸運にも蒸せかえる新宿で、勘三郎やニナガワさんが求め続けたテント芝居「おちょこの傘もつメリー・ポピンズ」(中村勘九郎ら)、そして桜満開の季節に、日本最古の芝居小屋「こんぴら歌舞伎」(市川幸四郎ら)を体験できたこと。「場」全体の魅力という、舞台の原点に触れた気がした。
一方で世界の不穏を背景に、ウクライナとロシア出身の音楽家が力を合わせた新国立劇場オペラ「エフゲニ・オネーギン」のチャレンジに拍手。それぞれの手法で戦争や核の罪をえぐる野田秀樹「正三角形」、岩松了「峠の我が家」、ケラリーノ・サンドラヴィッチ「骨と軽蔑」、上村聡史「白衛軍」が胸に迫った。

歌舞伎は現役黄金コンビ・ニザタマによる歌舞伎座「於染久松」は別格として、急きょ駆けつけた市川團子の「ヤマトタケル」に、團子自身の人間ドラマが重なって圧倒された。その延長線で格好良かったのは、演劇で藤原竜也の「中村仲蔵」。團子同様、仲蔵と藤原の存在が見事にシンクロし、舞台に魅せられた者の宿命をひしひしと。

そのほか演劇では「う蝕」の横山拓也、木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」の杉原邦生という気鋭のセンスに、次代への期待が膨らんだ。リアルならではの演出としては、白井晃「メディスン」のドラムや、倉持裕「帰れない男」の層になったセットに、心がざわついた。
俳優だと「正三角形」の長澤まさみ、「峠の我が家」の仲野太賀、二階堂ふみ、「う蝕」の坂東龍汰が楽しみかな。

文楽は引き続き、東京での劇場が定まらずに気の毒。でも「阿古屋」で、桐竹勘十郎、吉田玉助、鶴澤寛太郎の顔合わせの三曲がパワーを見せつけたし、ジブリアニメの背景を使った「曾根崎心中」をひっさげて米国公演を成功させて、頼もしいぞ!

音楽では、加藤和彦の足跡を描いた秀逸なドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、「黒船来航50周年」と銘打った高中正義のコンサートに足を運べて、感慨深かった。もちろん肩の力が抜けた感じで上質だった久保田利伸や、エルトン・ジョン作曲のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(日本人キャスト)、クラシックでいつもニマニマしちゃう反田恭平&JNO、脇園彩のオールロッシーニのリサイタルも楽しかった~ 

このほか落語の柳家喬太郎、立川談春、講談の神田春陽は安定感。
2025年、社会も個人としても、舞台に浸れる有り難い環境が続くことを切に祈りつつ…

天保十二年のシェイクスピア

絢爛豪華 祝祭音楽劇 天保十二年のシェイクスピア 2024年12月

2024年のエンタメ納めは思いがけず機会があり、井上ひさし作のシェイクスピアパロディを4年ぶりに再見。2020年に観たあとコロナで中断しており、ほぼ同じプロダクションでのリベンジ公演だ。いまや中核の藤田俊太郎がダイナミックに演出。シェイクスピア全37作を織り込んだ(はずの)アクロバティックな戯曲をそう追わない分、生演奏もする宮川彬良の音楽の軽妙さを楽しめたかな。「賭場のボサノバ」など言葉遊びを生かしていて、洒落てるなあと改めて。日生劇場の、全体が見えるものの手すりが視界に入る2Fの上手寄り。休憩を挟んで3時間半。

設定は天保年間、下総の宿場での姉妹、その連れ合いや無宿者、代官ら入り乱れての抗争劇。教養としての劇聖を笑いのめしつつ、時代も洋の東西も問わない愚かで悲しい人間存在への愛着が感じられる。
俳優陣では舞台回しを務める百姓の隊長、木場雅己が相変わらず強力な存在感。三世次(リチャード三世)が前回の髙橋一生から浦井健治に、王子(ハムレット)が浦井から大貫勇輔(ねじまき鳥クロニクルの兄・綿谷ノボル)に替わって禍々しさはダウン。バレエ風ターンは上手だけど。亡くなった辻萬長の十兵衛(リア王)は中村梅雀が受け継ぎ、安定感がありました~

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モンスター

モンスター  2024年12月

年も押し詰まって、うっかり、凄まじい舞台を観てしまった。英ダンカン・マクミランが2005年に書いた「モンスター」を日本初演。歪んだ存在、歪み行く存在のどん詰まり感を、演出・美術の杉原邦生が音と光で容赦なく畳みかけてショッキング。高田曜子訳。演劇好きが集まった感じの新国立劇場小劇場、前のほうで9800円。休憩を挟んで2時間半。意欲的な企画製作は、阿佐ヶ谷スパイダースが母体のゴーチ・ブラザーズだ。

補助教員に転職したてのトム(風間俊介)は、反社会的でクラスから隔離されたダリル(松岡広大)を担当。1対1で向き合うがコミュニケーションは成り立たず、責任転嫁ばかりの少年の祖母リタ(那須佐代子)とも噛み合わなくて、ひとり追い詰められていく。恋人ジョディ(笠松はる)の妊娠を機に結婚するものの…
荒廃した家族の孤立、残虐な情報を溢れさすメディア、あこぎなビジネスへの悔恨、専門家と呼ばれる人々の頼りなさ、連鎖する育児放棄の予感… これでもかという社会の病理。冒頭で赤いパーカのダリルが客席通路を歩いてきて舞台に上がり、ラストの墓地からはトムが客席に降りて捌けていく。これは誰の隣りにもあって、決して異常なことではない。

上演中ずっと何か音が鳴っていて、観る者をじわじわ苛立たせる演出が凄い。ときに激しい照明、そして場面転換で机の上のものを乱暴に払い落とすのも、いちいちドキリとする。流行のイマーシブとかプロジェクションマッピングとかが無くても、気持ちを引きずり回され、それだけに、物語の救いのなさがずっしり重くて、後を引く。演劇って凄い。

松岡広大が緊張感ある膨大なセリフを繰り出し、少年の粗暴、焦燥を繊細に表現して圧巻。2020年「迷子の時間」のガルシア、2023年「ねじまき鳥クロニクル」のシナモンと、たまたまかもしれないけど謎めいた役に挑んでいる印象で、ますます楽しみだ。
ロビーには松尾スズキさんの姿も。

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白衛軍

白衛軍 The White Guard  2024年12月

キーウ生まれ、旧ソ連の反体制作家、ミハイル・ブルガーコフによる1926年の自伝的戯曲「トゥルビン家の日々」を、2010年に英ナショナルシアター(アンドリュー・アプトン台本)が英訳・上演した「白衛軍」。今回は次期芸術監督の上村聡史演出、小田島創志翻訳の日本初演だ。いまに至るまで回り続ける争いの虚しさ、翻弄される個人の悲劇が胸に迫り、設定は違うけれど2022年「レオポルトシュタット」を思わせる。新国立劇場中劇場のやや後ろ下手寄りで7480円。休憩を挟んで3時間強。

1918年から19年の凍てつくキーウ。崩れゆく旧ロシア帝国軍(白衛軍)一家の運命を描く。ウクライナ独立を掲げるウクライナ人民軍(ペトリューラ軍)、ロシア革命を主導した赤軍(ボリシェビキ)との三つ巴の闘いを強いられ、頼みのドイツ軍には見捨てられ、ドイツの支援を受けたウクライナ傀儡政権のコサック首長(ゲトマン軍)はドイツに逃亡してしまう。圧倒的な疎外。
戦争の描写は容赦ない。前線で露わになる人間の粗暴、迫りくる砲火や凍傷の恐怖がリアル。トゥルビン家の兄で、武装解除を決断する砲兵大佐アレクセイ(元文学座の大場泰正)の、「いったい誰と闘ってきたのか」という吐露が重く、だからこそ「家に帰れ」の一言が切実だ。
危機にあって、ささやかな日常から離れられない人間存在のおかしみがまた、チェーホフを思わせて効果的。心優しいエレーナ(前田亜季)と兄弟、親戚、親しい軍人らはトゥルビン家の居間に集まり、酒を飲んだり歌ったり。恋模様やコミカルなやりとりもある。戦闘に巻き込まれた律儀な学監(大鷹明良)は、ひとり弔いの蝋燭を置く。

端正な大場、前田を核に、俳優19人が分厚い。若手ではトゥルビン家の末っ子で士官候補生ニコライの村井良大、いとこで学生ラリオンの池岡亮介がみずみずしく、斜に構えた砲兵二等大尉ヴィクトルの石橋徹郎(文学座)、本業はオペラ歌手の槍騎兵隊中尉レオニードを演じた上山竜治が、いい曲者ぶり。
お馴染み乗峯雅寛の美術がダイナミックだ。劇場の深い奥行きを生かし、暗闇からセットが前方に迫ってくるさまは、抗いようのない歴史のうねりを感じさせた。

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