演劇

オーランドー

KAAT×パルコプロデュース「オーランドー」  2017年10月

英バージニア・ウルフによる1928年発表のファンタジーを、シカゴ出身のサラ・ルールが翻案、1998年に初演した戯曲。おもちゃ箱をひっくり返したよう。演出の白井晃が、2016年の名作「ディスグレイスト」直後の小日向文世に新幹線で乗り合わせ、その場で構想をプレゼンして実現した公演だとか。小田島恒志・則子の翻訳で、KAAT神奈川芸術劇場大ホールの、中段やや下手寄りで8500円。休憩を挟み2時間半。

16世紀から18世紀に至る、イングランド貴族オーランドー(多部未華子)の荒唐無稽な冒険談。前半は美青年、後半はなんと女性に転じつつ、エリザベス1世(小日向文世)をはじめ、時代も性別も超えて恋愛遍歴を繰り広げる。原作はジェンダー論として研究されてるらしいけど、理屈っぽくない人生賛歌という感じかな~

ウルフの同性愛の相手がモデルだというタイトロールを、多部がほぼ出ずっぱりで、しなやかに。派手派手の小日向も楽しそう。メーン2人に加えて、達者な野間口徹、池田鉄洋、戸次重幸、そしてバレエ経験のある小芝風花が、目まぐるしい衣装替えで20以上の役とコーラス(ナレーション風)をこなし、笑いもたっぷりと。キャスティング贅沢過ぎです。
広い空間を、巨大な樫の木など限られたセットで、華麗に見せる(美術は松井るみ)。音楽の林正樹が下手でピアノを弾き、上手でマルチリード(複数の管楽器)とパーカッション。俳優はマイク使用。
客席の渡辺えりさんが目立ってました~

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関数ドミノ

関数ドミノ  2017年10月

2014年の再々演がよかった前川知大の不穏かつ緻密なSFを、「お勢登場」の寺十吾(じつなし・さとる)が演出。駄々っ子のような瀬戸康史に焦点を絞った印象で、イキウメ独特の浮遊感は少なく、瀬戸の発散する歪みがリアルだ。ちょっとイライラするほどだけど、その分、大詰めで勝村政信が噛んで含めるメッセージが、希望の余韻を残す。今回は2009年版がベースだそうだ。
ワタナベエンターテインメント主催。女性ファンが集まった本多劇場の、中段上手寄りで7500円。休憩無しの約2時間。

ある町で、不可解な交通事故が起きる。車が大破したのに、ぶつかったはずの田宮(池岡亮介)は無傷。保険調査員の横道(勝村)が田宮の連れの作家・森魚(柄本時生)、目撃者の真壁(瀬戸)、秋山(小島藤子)に事情を聞くと、真壁は森魚について奇妙な「ドミノ仮説」を唱えだし、さらにはカウンセリングで知り合った土呂(長身の山田悠介)を巻き込んで「証明」に乗り出す。

後半、無意識に体をかきむしる瀬戸の演技が、不公平感、ひがみに凝り固まった苦しい内面を映し出して、鬼気迫る。「マーキュリー・ファー」の俳優さんだもんなあ。対峙する柄本の普通さが強靭で、いかにもなセリフの間合いも絶妙だ。また柄本にジェラシーを抱く池岡に、なかなか陰影があり、何故か瀬戸を支え続けるショートボブの小島は、透明感が印象的。
楽しみな若手それぞれの奮闘が、勝村の登場で見事に連携しだすのに、また目を見張る。常に一歩ひいて舞台を俯瞰しており、セットの不自然さを逆手にとって、しつこく笑いをとるあたりも、さすが! いつもレジ袋をぶら下げているし。大人だなあ。瀬戸を気にかけるカウンセラー、大野の千葉雅子も安定。

陰影の濃いステージ。後方左右に段差のあるボックスを置き、暗転と最小限の家具の出し入れでシーンをつなぐ。ラスト、上方で回る小さい風車は、時の流れの象徴なのか。美術は「薄い桃色のかたまり」に続いて原田愛。

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薄い桃色のかたまり

さいたまゴールド・シアター第7回公演「薄い桃色のかたまり」  2017年9月

故蜷川幸雄が育てた平均年齢78歳のシニア劇団を、2007年第1回公演以来、久々に。その第1回を書き下ろした、大好きな岩松了の作・演出で。演出助手には井上尊晶の名も。休憩を挟んで3時間強。
会場は演劇好きが集まった感じの、彩の国さいたま芸術劇場の「インサイド・シアター」。整理番号をもらい、大ホールの裏階段を降りていくスタイルで、非日常感が強い。黒幕をめぐらせた、だだっ広い空間にコの字の客席を据え、客席の間の急な階段も使って展開する。

物語は6月に観た「少女ミウ」に続き、未曽有の震災から6年たった被災者と、復興の欺瞞を描いていて、メッセージ性が強い。添田(宇畑稔)の自宅は避難中にすっかり荒れ、野生の猪が徘徊している。帰還を目指し、隣人たちと流された線路の復旧に汗をかくが、親切な「復興本社」のハタヤマ(堅山隼太)、妻(上村正子)、世話焼きの道子(田内一子)らの間に不穏な空気が流れる。そこへ小高い丘に立つ若い男(内田健司)、都会から行方不明の恋人を探しにきたミドリ(佐藤蛍)の物語が重なって…

「視界から色を失う」ほどの不条理、獣が象徴する人間の無力さ、そして加害者・被害者が抱えるねじれ。「うらむことはやめようと決めた」という老人のセリフが重い。それでもこの土地には若い恋人同士の、春になったら会うという断ち切られた約束が、確かにあったのだ。蜷川演出へのオマージュのような桜と未来につながる線路の、鮮烈なラストシーンが胸を締め付ける。美術は「少女ミウ」に続き原田愛。

ゴールド、ネクストの俳優の組み合わせによって、現在と過去が交錯する、幻想的で企みに満ちた構成。いつもながら緻密な戯曲が、高齢の俳優によって時々乱されちゃうのが新鮮だ。同時に、お年寄りが発散する色気が不思議な愛嬌となって、舞台に軽みを醸し出す。傘をもった群舞も素敵。いつものようにサイン入り戯曲本を買いました!

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謎の変奏曲

謎の変奏曲  2017年9月

セクシーでシニカルで、ニヤリとさせる大人っぽい愛の物語。フランスの劇作家エリック=エマニュエル・シュミットによる1996年初演の2人芝居を、岩切正一郎が翻訳、円の森新太郎演出、橋爪功と井上芳雄で。井上ファンが中心ながら、けっこう年配客も目立つ世田谷パブリックシアター、中ほど下手端で8800円。休憩を挟んで2時間半。

ノルウエーの島で孤独に暮らすノーベル賞作家アベル・ズノルコ(橋爪)の元へ、地方紙記者エリック・ラルセン(井上)がインタビューに訪れる。人間嫌いで知られるのに、独占取材を受けたのは何故? 男女の往復書簡のかたちをとったズノルコの最新恋愛小説に、実在のモデルはいるのか? そもそもこの小説を今、出版した動機は? ラルセンの狙いは?
心理ミステリーとも呼びたい多くの謎と、舞台には登場しない魅惑的な女エレーヌをめぐって、男2人の関係性が2転3転していく。愛のかたちは、なんて多様なのか。愛しあっていても、人の心はいかにわからないものか。解釈を観る者にゆだねる、寸止めの演出が心憎い。

76歳になったばかりの橋爪が、とにかく秀逸。膨大なセリフから、知的で傲慢で、色っぽくチャーミングな人物が立ち上がる。なにしろ乱暴な銃声が、コミュニケーションの手段なんだもんなあ。設定はもっと若いのだろうけど、2013年の三谷版「ドレッサー」(大泉洋とのやはり2人芝居)より溌剌とした印象だ。
対する井上は、純情にみえて実はなかなか曲者。ちょっと中性的なイメージが効いている。パリ初演ではズノルコをアラン・ドロンが演じて話題となり、日本では1998年に仲代達矢・風間杜夫、2004年に杉浦直樹・沢田研二で上演したそうです。スターのための戯曲ですねえ。

上手寄りに天井までの本棚とピアノがある、作家の居間のワンセット(美術はまたまた伊藤雅子)。下手寄り奥の広い掃き出し窓が、一面の澄んだ白夜から、ほのかな茜色、そして夕闇へと移り変わるのが鮮やかだ。室内の照明も微妙に変化。北極圏独特の、長い昼から長い夜への移行は、ゆったりと、しかし確実に移り行く時を感じさせる。「威風堂々」の英作曲家、エドワード・エルガーによる「エニグマ変奏曲」がタイトルのモチーフ。洒落てました~

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ワーニャ伯父さん

シス・カンパニー公演 KERA meets CHEKHOV Vol.3/4 ワーニャ伯父さん  2017年9月

ケラリーノ・サンドロヴィッチが上演台本・演出でチェーホフ4大戯曲に挑むシリーズの第3弾を、2013年「かもめ」、2015年「三人姉妹」同様に豪華キャストで。前2作以上に、笑いやキレのいい動きなどが緻密な印象だ。みすぼらしい造形のワーニャ伯父さん(段田安則)に焦点が絞られ、人生の虚しさがくっきり。1899年初演で、農民の立場とかは100年以上前のロシアでも、切なさは全然古びていない。国立劇場小劇場、俳優の熱が伝わる前のほう、中央のいい席で、8500円。休憩を挟み2時間半。

大学教授を引退したセレブリャーコフ(お馴染み山崎一)は美しい後妻エレーナ(宮沢りえ)と、先妻の実家である田舎屋敷に身を寄せる。勤勉な先妻の兄ワーニャは母(立石涼子)、先妻の娘ソーニャ(黒木華)と共に、都会の知識人たるセレブリャーコフを尊敬して、長年その生活を支えてきた。しかし実は尊大であることに苛立ちを募らせ、その身勝手な提案を聞いてついに怒りを爆発させる。

特に1幕、登場人物の果てしない愚痴から、それぞれのすれ違いが立ち上る。ワーニャと理想主義の医師アーストロフ(横田栄司)は、魅力的なエレーナに臆面なく言い寄り、ソーニャはアーストロフに純な恋心を抱くが、もちろん報われない。なだめ役の没落貴族テレーギン(小野武彦)、乳母(文学座、自由劇場などの水野あや)を含め、誰もがどん詰まり。

俳優はみな高水準で、どこか愛らしいが、とにかく段田が出色。どうしてここまで、みすぼらしくできるのか。発砲するけど殺人には至らず、口で「バン」と叫んでへたり込んじゃう。対する宮沢は、出てきただけで目を奪われる華やかさ。にじむ年齢や軽海みを含めて、いい味だ。
黒木が対照的に可憐で、物語全体を引き受けるラストのセリフの説得力が素晴らしい。人生に何の実りもなくても、働いて、つましく生きていく。スピード感が一気に収束し、静けさが効果的で、諦めもいっそ爽やか。揺れ動く影や、卓上にポツンと残る蝋燭の火の余韻が深い。
山崎の世間知らずぶりと、知識を偏愛する立石が、さすがの安定感だ。横田はいつものスケールをなんとか抑制。下男に夢民社出身の遠山俊也。

低い段のあるステージに、家具、カーテン、動く窓など写実的なセットを抽象的に配置してシーンを構築、暗転で動かすかたちだ(美術は伊藤雅子)。生演奏のギターは伏見蛍。

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プレイヤー

シアターコクーン・オンレパートリー2017「プレイヤー」  2017年8月

前川知大の2006年上演作をベースにした新作を、長塚圭史が演出。出演は藤原竜也、仲村トオルという超楽しみな顔合わせ。戯曲、俳優とも高水準だけど、ちょっと凝り過ぎだったかなあ。シアターコクーン中央あたりで1万500円。休憩を挟み約3時間。

ある地方劇場のリハーサル室で、新作の演劇「PLAYER」の稽古が進む。生きている者が、死者の言葉を「再生」するという怖い設定。この劇中劇の虚構がいつしか、作家の言葉を「再生」する俳優たちの現実世界を侵食していく。

前半は劇中劇が中心。個性的な女性・天野真の通夜に、知人の警官(藤原)、瞑想の指導者(仲村)と助手(成海璃子)、友人の主婦(シルビア・グラブ)や会社経営者(木場勝己)、同級生(村川絵梨)、弟(大鶴佐助)が集まってくる。思い出を語り合ううちに、故人の言葉が生きている者をのっとり、その存在がリアルに立ちのぼってくる。まるで夢幻能。このあたりの集団心理が秀逸で、ぐっと引き込まれた。
上演メンバーに比重が移る後半は、劇中劇の設定を踏み越え、カンパニーのプロデューサー(峯村リエ)と演出家(真飛聖)の背後に、亡くなった劇作家の「言葉」がちらつき始める。もし死者の言葉が生き続けるなら、生の重みは変質してしまうのか? 

入れ子構造は知的な実験だけど、やや消化不良かな。個人的には、藤原の位置づけの変化がつかみにくかった。どうしても、カルトに抵抗する後輩役・高橋努の役回りを想定しちゃうせいか。凛々しい真飛のキャラも、目立つ割には曖昧な印象。ほかに演出助手に安井順平、制作に長身の百瀬ゆかりら。
広い稽古場に、シンプルな椅子を並べたり、箱型の部屋を出し入れするスタイル(美術は乗峯雅寛)。

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鎌塚氏、腹におさめる

M&Oplaysプロデュース 鎌塚氏、腹におさめる   2017年8月

作・演出倉持裕、「完璧なる執事」鎌塚アカシ(ナイロンの三宅弘城)が活躍するスクリューボールコメディの4作目。さすがの楽しさ、安定感で、3作を超えればもう寅さんへの道かも。今回のマドンナはチャーミングな二階堂ふみだ。本多劇場、最前列で7000円。休憩無しの約2時間。

錦小路サネチカ公爵(大堀こういち)が屋敷の離れで亡くなる。探偵気取りのお嬢さまチタル(二階堂)は、毒舌の叔父・ヤサブロウ(眞島秀和)を探り始め、当然ながらアカシも手助けするが…
密室や時間トリックの本格風味に、死んだはずの公爵がうろうろしちゃう「ゴースト」テイストをふりかけつつ、ラストは亡き母を含めた家族の情でほろりとさせる。まさに寅さんの巧さです。

二階堂はフリフリドレスがよく似合い、歌も披露。三宅と、お馴染みライバルのスミキチ(ペンギンの玉置孝匡)が、ワイン盗難とスイカなど、息の合ったギャグで笑わせる。2人とも執事の衣装で、のっけから汗だくなのが気の毒だけど。さらに草木を枯らしちゃう園丁の矢田部俊(我が家)と、同時にふたつのことができない料理人の猫背椿(大人計画)がからんで、いいリズムだ。大堀が鷹揚な風格で、ギターも巧い。ナイロンの旗揚げメンバーなんですねえ。白スーツの眞島もはまり役。

リカちゃんハウス風の屋敷と離れのセットを、暗転でつなぐ方式(美術は中根聡子)。プログラムに載っていた当代の人気者たち、赤堀雅秋、長塚圭史に大矢亜由美プロデューサーを加えた鼎談も、それぞれの個性が感じられて面白かった。

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鳥の名前

コムレイドプロデュース 鳥の名前  2017年7月

人気の赤堀雅秋作・演出。「屈指のダメ人間」揃いの日常を襲う、トホホな事件を温かく描く。名前なんかわからなくても、鳥はただ生きて、空を行くだけ。演劇好きが集まった感じの下北沢ザ・スズナリ、ほぼ中央で5500円。休憩無しの2時間。

ボロアパートの大家・金子(最後の舞台、と強調する新井浩文)が、よせばいいのに住人の金森明菜(名前が謎。ナイロンの村岡希美)を、寂しい自転車屋の中村さん(赤堀)に紹介する。金森がつきまとわれていると聞き、何故か友人の池田(今回の公演の言い出しっぺらしいハンチョー・山本浩司)を連れて、元カレの東(お馴染み荒川良々)、舎弟・平田(松浦祐也)に会いに行くが、よりによって東に因縁をつけにきたチョー危ないヤクザ柳(水澤紳吾)に、まとめて拉致されちゃう。

戯曲のいい味わいを、俳優陣が個性全開で肉付けする。まず新井の飄々加減が絶妙だ。痴漢冤罪の過去を持つ赤堀、そろそろ身をかためるつもりの山本という、冴えない凡人に寄せるシンパシーが切ない。
飛び道具系もさすがだ。いきなりサウナでスローモーションの荒川は、持ち前の子供っぽさで、粗暴なキャラをチャーミングに見せちゃう。村岡はわざとらしさが真に迫る。何より水澤の、意味不明な切れっぷりが凄まじい。「クヒオ大佐の妻」では驚きの親子2役だったしなあ。
対して振り回されてばかりの山本と、スナックで働く彼女・井端珠里の透明感が爽やかだ。事件の発端となる地下アイドルに根本宗子、そのファンで、ファミレス店員に飯田あさと。シンプルな2段セットは袴田長武。マニアックかなあと思ってたけど、チケットがとりにくいのもちょっと納得。

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NINAGAWA・マクベス

蜷川幸雄一周忌追悼公演 NINAGAWA・マクベス  2017年7月

蜷川幸雄演出の「仏壇マクベス」として、あまりに有名なシェイクスピア劇。1985年英国公演などで世界のニナガワを確立した代表作を観る。圧倒的な様式美、小田島雄志の一部七五調の翻訳で、死と隣り合わせの運命、変わらない人の愚かさを描きだす。
個人的に度肝を抜かれるほどではなかったけれど、海外で評判だったのがうなづける鮮やかさだ。今回は香港からの凱旋公演で、このあと英国、シンガポールに展開。年配客が目立つ、彩の国さいたま芸術劇場大ホール、中ほど上手寄りで1万2000円。休憩を挟み約3時間。

安土桃山風セットは、ニナガワのひらめきを妹尾河童が形にしたという。おびただしい死者と向き合う仏壇、端正な紗幕の障子と板塀、不吉きわまりない赤い月、復讐の連鎖を見守る十二神将像。3人の魔女は花かんざしの女形で、幣を振り、登場シーンは一面に桜吹雪。バーナムの森も満開の桜で、無常感をかきたてる。
辻村寿三郎の衣装もきらびやか。マクベス夫妻の大きなかんざしを刺した髪形が不思議だ。国崩しの「王子」か、高貴なおすべらかしか。

登場人物で一番目立つのは、実は二人の老婆(羽子田洋子、加藤弓美子)かもしれない。客席から登場して仏壇の扉を開け、左右端に座り込む。気ままにお弁当を食べたり、千羽鶴を折ったり編み物をしたり。敵味方なく、残酷な死には声をあげて嘆きつつ、どろどろ権力闘争を傍観し続ける。無力でしたたかな庶民。
マクベスの市村正親は気合十分。滑舌が気になるものの、大詰め、老いを強調したメークでの絶唱「思えば長いこと生きてきたものだ…ついには歴史の最後の瞬間にたどりつく」が深い。マクベス夫人の田中裕子は悪女というより、ひたすら夫を思う造形で、錯乱シーンがさすがに巧い。
布陣は盤石。裏切られる盟友バンクォーに辻萬長、マクベスを倒すマクダフに大石継太、ダンカン王に瑳川哲朗、門番に石井愃一、魔女は4代目雀右衛門門下の中村京蔵ら。立ち上がる王の息子マルカムでは、ネクストシアターの堅山隼太が健闘。

巨大な鏡の「十二夜」、薔薇が降りしきる「ヘンリー六世」、被災地に涙した「たいこどんどん」、雨の非日常感が圧巻だった「血の婚礼」…。改めて蜷川さんの稀有な才能を思う一日でした。

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あっこのはなし

マームとジプシー10th Anniversary Tour あっこのはなし  2017年7月

猛スピードで上演を畳みかける作・演出の藤田貴大も32歳。同世代OL3人組の脱力系の日常や不安を、笑いたっぷりに描き、新しい一面を見る思いだ。リフレインはいつも通りながら、死への拘泥は影をひそめている。演劇関係者が多そうな、彩の国さいたま芸術劇場小ホール、自由席で3000円。休憩なし2時間弱。

とある地方都市。学校事務で働く、しっかり者のあっこと、同級生で陽気なアパレル勤めイノちゃん、後輩でマイペースのフミちゃんがシェアハウスに住み始める。街コンで、あっこに初彼氏らしき人ができるけど、相手はオタクっぽい。一方、イノちゃんはバー経営者と付き合い始めるものの、既婚者で…

2016年、新宿の新劇場LUMINE0のオープニングだったという作品。ハイキングや岩盤浴など3人のささやかなオフタイムや、他愛無いおしゃべりのなかに、婦人科系やら脱毛やら、かなり生々しい「おんなトーク」がまじる。自分の生に向き合うさまは真剣だ。
一方、笑いは案外ベタ。スクリーンに「あっ、このはなし」など駄洒落を映し出したり、北海道出身者あるあるを繰り広げたり。余裕とみるべきか。
出演は石井亮介、伊野香織、小椋史子、斎藤章子、中島広隆、船津健太。音楽UNAGICICA、映像・召田実子、衣装・荻原綾。劇団設立10周年記念公演で、ほかに過去の作品の再編集も。

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