能・狂言

能「安達原 白頭」

新宿御苑森の薪能  2019年10月

野外の薪能が好きなんだけど、あいにくの雨。昼過ぎに会場が新宿文化センター大ホールに会場が変更になった。おまけに前半の狂言は間に合わず、能「安達原」だけ鑑賞。それでも緩急ある演目を楽しんだ。中段上手寄りで8500円。
歌舞伎では、猿之助による昭和の傑作舞踊劇「黒塚」を2回観たことがある。今回は同じ鬼婆伝説に基づく謡曲で、観世流では「安達原」、さらに「白頭」の小書がつくと、前シテが老女の面で霊性を帯び、鬼女も白髪になって全体に位が重くなるのだそうです。
お話は熊野の山伏・東光坊祐慶一行(森常好、舘田善博)が陸奥国安達原(福島県の安達太良山麓)で行き暮れ、人里離れた老婆(いい声の観世銕之丞)の庵(作り物)で宿を借りる。婆は問われるまま、枠桛輪(わくかせわ、糸車)を繰り、糸尽くしの唄にのせて浮世の業を嘆く。月の光が目に浮かぶような、しみじみとした詩情。やがて夜が更け、婆は留守中に閨を覗くなと言いおいて、山へ薪を取りに行く。
間狂言となり、後方に控えていた能力(のうりき、寺男、深田博治)が登場。これが面白くて、見るなと言われれば見たくなると、止める祐慶と駆け引き。ついに閨を覗いて、夥しい死骸を目にする。
さては鬼女であったかと、一行が慌てて逃げ出そうとするところへ、婆が般若の面で正体を表し、襲いかかる。山伏の数珠が激しくリズミカルに鳴って、迫力満点。鬼女は怖ろしいというよりも、鬼と生まれた悔しさ、正体を知られた深い哀しみが横溢し、ついに姿を消す。見応えたっぷりでした。

能「羽衣」「藤戸」狂言「附子」

梅若会定式能  2019年4月

JR東中野駅からぶらぶら歩いて10分、梅若能楽学院会館にお邪魔してみた。1961年建設の能舞台で古びているけど、ロビー吹き抜けから階段を上がっていくスタイルが格好いい。本日は2カ月に1回ぐらいの定式能で3時間半弱。300席くらいで、お弟子さんなのか年配男女が緩く出入りして親密な空間だ。

プログラムは春らしく充実していて、まず世阿弥の能「羽衣 和合の舞」を1時間。三保の松原の漁師・白龍(ワキ、下掛宝生流の大日方寛)が美しい衣を見つける。現れた天女(シテ、松山隆雄)に返す代わりに舞を所望し、天女は舞いながら天に帰っていく。謡・囃子が華やか。「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」というやりとり、と舞が大らかだ。
続いて大蔵流の山本泰太郎、則孝兄弟と、泰太郎の息子・凛太郎が演じる狂言「附子(ぶす)」30分弱。主人が壺に附子という猛毒(トリカブト)が入っているから近づくな、空気に触れても危険、と言いおいて外出。太郎冠者、次郎冠者が扇であおぎながら覗きこむと、中身は貴重な砂糖とわかり、あまりの甘さに舐め尽くしちゃう。あげく大事な掛け軸、茶碗をめちゃめちゃにし、死んで詫びようと毒を食べた、と言い訳する。壺が気になって仕方なく、恐る恐る近づくさまが滑稽だ。でもきっと主人の嘘に感づいてたんだろうなあ。
前半最後は仕舞3題を続けて20分。まず鷹尾章弘が「箙(えびら)」。逆櫓で知られる梶原景季の霊が一の谷の合戦で、風雅にも箙(矢入れ)に梅を挿して戦った様子を見せる。続いてシテ山崎正道が「蘆刈(あしかり)」から音楽的な「笠ノ段」。落ちぶれた夫が妻と再会、和歌をまじえた謡にのって難波の春を舞う。最後はシテ小田切康陽が「国栖(くず)」。壬申の乱で天武天皇が吉野山に逃れ、食べかけの国栖魚(鮎)が生き返る奇跡などがあり、大詰めでは守護神・蔵王権現が現れて颯爽と御代を祝福する。天皇の代替わりにもふさわしい演目ですね。

休憩を挟んでトリは、お目当ての能「藤戸(ふじと)」1時間半。佐々木盛綱(ワキ、宝生欣哉)が藤戸の合戦での、馬で海を渡る先陣の功で得た領地に入る。老婆(前シテ、梅若紀彰)に子の仇と激しく詰め寄られ、若い漁師から浅瀬を聞き出し、他言を恐れて殺してしまったと告白。間の山本則秀を挟んで後半。盛綱が海辺で管弦講を催し、般若経を唱えていると、水中から漁師の亡霊(後シテ、紀彰)が現れて、凄惨な凶行のさまを見せつけるものの、ラストは回向に感謝して成仏する。
理不尽にも戦争の犠牲になる庶民の哀れというテーマは現代的だけど、ベースは普遍的な親子の情愛だ。大詰めで漁師の霊が杖を離し、ふっと顔をあげて成仏するところに救いがある。たっぷり楽しみました~

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夜桜能「野守」「咲嘩」「恋重荷」

第27回奉納靖国神社 夜桜能 第三夜 2019年4月

2年ぶり、平成最後の夜桜能。昨夜から一転して暖かくなり、満開の桜と炎の抜群のシチュエーションで、人間国宝・野村萬、梅若実の至芸を堪能する。意外に若い人が多い靖国神社能楽堂。脇正面にあたるAブロック前の方のいい席で1万2000円。

いつものようにおごそかな火入れ式からスタート。松田公太さん、宮台 真司さんらがつとめる。火が目の前で迫力満点。
まず世阿弥の鬼神物「野守(のもり)」を、角当直隆(梅若会)の面・装束をつけない舞囃子で。山伏が大和・春日の里で番人・野守(角当)と出会い、水鏡(泉)をめぐって言葉をかわす。今回はその後、野守が鬼神の正体を現し、鏡(扇で表す)に天上から地獄までを映してみせたあと、大地を踏み破って去っていくくだりでした。おおらかだなあ。

続いてお楽しみ狂言「咲嘩(さっか)」。田舎者で連歌好きの主人(アド、野村万之丞)が京に住む伯父に宗匠(指導者)を頼もうと、太郎冠者(シテ、野村萬)を迎えに出す。名前も住居も聞き忘れ、呼ばわって歩くのをみて、いいカモだと「見乞の咲嘩」(見たものすべて奪う盗人、野村万蔵)がついてきちゃう。主人は体よく追い返せと言いつけるが、太郎冠者は頓珍漢を繰り返すばかり。それがかえって咲嘩をやり込める。
主人を真似る太郎冠者が、まるきり落語の与太郎で可笑しい。萬さんの口調は抑揚が豊かでいいなあ。お元気で何よりです。

休憩に温まる甘酒と、おにぎりで腹ごしらえ。最後は能で世阿弥の妄執物「恋重荷」だ。白河院の庭で菊を育てる荘司(シテ、梅若実)は、かいま見た女御(ツレ、松山隆之、75年生まれの実さんのお弟子)に恋をする。女御が荷を持って庭を巡ったら再び姿を見せる、というので張り切るが、荷が重すぎてかなわず(謡いどころのロンギ)、絶望して死んでしまう。女御がその躯に涙していると、動けなくなり、荘司の亡霊が登場してさんざん恨みごとを言う(立回り)。だが最後には、弔ってくれるなら守護神になろうと言って成仏する。
身分違い、かつ年齢の離れた無茶な恋心を弄ばれる、あんまりなお話だ。後シテの亡霊の面は、見るも恐ろしい。立回りがおとなしめなのは、体調ゆえか。しかし橋掛かりで杖を打ち捨てるシーンに、きっぱりと希望が宿る。けなげだなあ。昨秋、実襲名披露の間に十二指腸潰瘍に倒れ、かなり深刻だったそうですが、見事復活し、パリ公演をこなして萬さんとともに芸術文化勲章を受章。拝見できて良かったです!

 

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舞囃子「三番叟」能「鷹姫」

狂言劇場特別版  2018年7月

劇場の特設能舞台で古典を新しく見せるシリーズ。芸術監督・野村萬斎が知的に演出する。萬斎ファンらしき女性グループが目立つ世田谷パブリックシアター、なんと前から2列め中央で8000円。休憩を挟み2時間弱。
暗い舞台に短い四本の柱を据え、左右に橋、後方に松の絵と注連縄。上手から笛と太鼓、下手からシテ野村裕基が紋付袴、直面で登場して、舞囃子「三番叟」揉の段、鈴の段。いつもながらリズミカルで、繰り返しが多い囃子方がクワイヤの陶酔につながる。裕基は萬斎さんの息子さんで、もう18歳。急速に大人っぽくなってきたけど、声の力や姿勢の美しさはまだまだかなあ。
休憩後に眼目の新作能「鷹姫」。アイルランドのノーベル賞作家・詩人イェイツがフェノロサの能に関する遺稿に触発されて書いたという、戯曲「鷹の井戸」(1916年ロンドン初演)を、いわば逆輸入した演目だ。能楽研究家・横道萬里雄作で1967年初演、チャレンジャー梅若実さんらが手がけてきた。今回は萬斎さん演出版です。
舞台は絶海の孤島で、中央手前に涸れ井戸。顔の形の岩がごろごろしているのが演劇的で、まず驚く。地謡・囃子の面々も鼻まで覆う仮面で岩に扮して、後方左右に広がってコロスを繰り広げる。精神の荒涼。音楽的だなあ。
不老長寿の泉を鷹姫(片山九郎右衛門)が守っていて、傍らで杖にすがる老人(大槻文蔵)が水が湧く瞬間を待ち続けている。そこへ綺羅びやかな衣装で、王子・空賦麟(くうふりん=ケルト神話の英雄クー・フーリン、萬斎)が登場。面はつけず、人間らしい。さすがブレがなくて格好いい!
老人は何十年も水が湧くのを待ってる、鷹に魅入られるな、と語る。なんと転がる岩は同じように、水を得られなかった者たちが変じた姿なのです…
なんといっても、座ったままじっと動かない鷹の緊張感が凄い。一転、鷹が羽ばたくと、岩の輪唱のなか、ついに井戸に照明があたってスモークが立ち上る。ところが王子は気を失っちゃって、鷹は水を飲み干し、舞台奥の傾斜した橋掛かりを駆け上がって飛び去る。鮮やかだなあ。暗転後、年老いた王子が座り込んでいる。
人を突き動かす命への希求と、決して手が届かない絶対的な空虚。古今東西共通のモチーフなんですねえ。

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薪能「二人袴」「大般若」

第十五回飛鳥山薪能  2017年10月

天候に恵まれ、中秋の名月を愛でつつ、野外の薪能に足を運んだ。4月の夜桜能に続き、季節感+伝統芸能で心が豊かになる。しかも予想外にド派手な演目で、なんだか得した気分。
JR王子駅にほど近い飛鳥山公園内野外舞台、前方中央のSS席で8500円。恒例行事とあって団体客も。寒かったけど、落語「王子の狐」を思わせる幸寿司のお稲荷さんを売っていたり、携帯カイロを配ってくれたり、地元あげての手作り感が嬉しい。休憩を挟み約2時間。

まず中村雅之・横浜能楽堂館長の解説、八木光重・王子神社神主のお祓い、花川與惣太・北区長らの火入れ式があって、狂言「二人袴」。若い聟(万作の弟子・内藤連がきびきびと)が挨拶のため、舅(人間国宝の野村万作)を訪ねるが、気恥ずかしいと言って兄(野村萬斎)に付き添ってもらう。兄は門前で待つが、太郎冠者に見つかってしまい、舅に会うことに。祝儀の長袴が1枚しかないので、聟と交互につけて誤魔化すものの、ついに2人同時に招き入れられ、なんと袴を半分ずつ着用。酒を飲むうち、ひとさし舞えと言われて…
現代的な、めちゃ頼りない聟、招かれて大らかに「迷惑だあ」と叫ぶ兄に爆笑。思い余って、袴を前後に裂いちゃうアクションも派手だ。4月にも観た86歳の万作さん、礼儀とか言いながら、自分が呑みたいだけでは、と思わせる、飄々とした雰囲気がいい。

休憩後は再び中村館長の解説後、能「大般若」。意外にも一大スペクタクルで、びっくりするやら、面白いやら。
タイトルは三蔵法師が求めたお経のこと。若い三蔵法師(ワキ、御厨誠吾)が天竺へ向かう道中の流沙河(りゅうさが)で、怪男(前シテ、松木千俊)に出会う。男は「実はお前は前世で大願かなわず、ここで7度命を落としている。自分は川に住む深沙大王だ。今度は経を与えよう」と教える。
大王ノ眷属(うそぶきの面が面白い)の間狂言を挟み、いよいよ後半。まず、しずしずと一畳台が置かれ、華やかな朱の衣装をまとった飛天2人が舞い、長い袖を翻し、三蔵法師を支えて難所を越える。続いて、なんと頭に龍の絵(龍戴)を載せた龍神2人が礼拝すると、ひときわ巨大な龍(大龍戴)を載せ、7つの髑髏を首にかけた大王(後シテ)が登場! 恐ろしい真蛇の面で威圧感が凄い。笈(おい)から経を取り出して三蔵法師に授け、共に高々と読み上げる。大詰めでは1列になった神たちが、順に回るダイナミックなシーンも。台に乗った大王の神通力で、「十戒」のように河が割れるさまを表現してるんですねえ。ついに大願がかない、意気揚々と行く三蔵法師が一度振り返ると、大王が羽団扇を掲げて見送る。
お馴染み「西遊記」に先立つ物語で、1983年に梅若玄祥さんが復曲したとのこと。大王を祀っているのが深大寺で、西遊記ではカッパの沙悟浄に転じたとか。あの首飾りはそういう意味だったのか… 知らなかったなあ。

今回の能舞台は屋根は無く、後方にリアルな松。虫の音に加え、時折都電の音も聞こえてくる大らかなシチュエーションだ。拍手のタイミングがだいぶ早いのもご愛敬。また飛鳥山は江戸時代の桜の名所、人気行楽地であり、明治になってからは王子製紙を興した渋沢栄一が住んだんですね。いろいろと勉強になりました~

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能「定家」

銀座余情 大槻文蔵人間国宝認定祝賀 能「定家」  2017年9月

GINZA SIX地下3Fに今春オープンした観世能楽堂の会に行ってみた。コンパクトで縦長のスペース、正面中ほどで1万1000円と高め。休憩を挟んで3時間弱。
まず歌人の馬場あき子が客席前で、「定家の魅力」と題して解説。物語は俊成の息子で若きホープ・定家と、俊成の弟子で後白河院の第三皇女・式子(しょくし)内親王という、歌人同士の忍ぶ恋だ。「玉の緒よ」など、詞章に散りばめられた百人一首や古今集などを説明してくれる。なんだかヒットソングで構成したミュージカルみたいだなあ。
舞台はまず仕舞。「花筐(はながたみ)」を観世銕之丞(てつのじょう)で短く。世阿弥の狂女ものだそうです。

休憩を挟んで眼目の能「定家」。金春座の棟梁で世阿弥の娘聟、金春禅竹の作とされている。2時間の大曲だけど、ロビーで対訳(500円)を仕入れて読むと、意味がよくわかって飽きません。
前半は旅の僧(ワキ、福王茂十郎)が都で時雨にあい、雨宿りしたところで、里女(前シテ、大槻文蔵)と出会う。ここは定家が建てた「時雨の亭(ちん)」だと教え、石塔に案内する。内親王の墓で、定家の執心が葛となって巻き付いていた。
初冬の冷たい時雨と涙のつながりが美しい。文蔵が葉と引廻し(幕)で覆った作り物の墓の後ろに姿を消して中入。茂山あきら(大蔵流)の間狂言の時間を使って、緋色の衣装から、やつれた「痩女」の面、薄い黄と水色の衣装に替える。
後半はまず作り物の中から声がして、後見が幕を払うと、
式子内親王の霊(後シテ)が座っている。腕を重ねて囚われの風情。僧が読誦する「薬草喩品(ゆほん)」で葛から解放され、作り物から出て、序の舞へ。緩やかで上品だ。しかしラストは再び、墓を回って葛にからまれたことを表現、俯いてはかなく消えてしまう。

大槻文蔵は大阪を本拠にしており、2016年に人間国宝。小鼓も人間国宝の大倉源次郎でした。

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「八句連歌」「雲林院」

第十一回日経能楽鑑賞会  2017年6月

老夫婦ら大人が集まった感じの、国立能楽堂・正面で9000円。休憩を挟み2時間半。
まず狂言「八句(はちく)連歌」。シテ(借り手)は和泉流の最高峰、人間国宝の野村萬が生き生きと。アド(貸し手)で次男・九世野村万蔵と、互いに「萬」「万蔵」と呼び合うのが面白い。シテはアドの連歌仲間から金を借りっぱなしなので、言い訳をしておこうと家を訪ねる。大蔵流だと、アドがシテを訪ねる設定とか。今回の方が誠実で、気持ちがいいかも。
アドは当初「また借りに来たか」と、扇で顔を隠して居留守を使うけど、シテが言付けた、庭の花にちなむ発句が面白いので、急いで姿を現す。
そこから風雅な歌の応酬となって、誉めたり意見したり。歌の文句にひっかけて、借金をめぐる駆け引きもあり、最後はアドが借状を渡してチャラにしちゃう。シテはいったん固辞するものの、アドが借状をひっこめかけると、慌てて受け取って笑わせる。
いつの世も、カネの貸し借りは世知辛いものだけど、「笠碁」ばりの同好の士の関係が微笑ましい。

休憩を挟んで能観世流「雲林院」(世阿弥作)。桜の花の下、伊勢物語の2枚目・在原業平が夢に現れて、二条の后(きさき)との禁断の逃避行を物語る。実に優美で、色っぽいなあ。前シテ老人と後シテ業平の霊は、お待ちかね人間国宝の名手、梅若玄祥。あらかじめロビーで参考揺本を買ってみたら、詞章から衣装、仕舞まで、よくわかって面白かった!
前半は伊勢物語ファンのワキ芦屋公光(平安後期の歌人がモデルらしく、芦屋には公光町という地名や祠があるそうです)が、夢のお告げで京紫野の雲林院(後の大徳寺塔頭。1707年に再建、こちらも地名になっている)を訪ねる。満開の桜を手折ろうとして、現れたシテと古歌をひきつつ、やりとりした後、「花を惜しむも乞うも情あり」と合意しちゃう。優雅です。
シテが「昔男となど」と、自ら業平だと強く示唆して去り、アイ狂言へ。これは謡本とは別なんですね。
後半はワキの夢に現れた若々しい美男姿のシテが、情熱的に恋を回想する。「緋の袴」「藤袴」の鮮やかな色彩感、裾をちょっと持ち上げたり、「降るは春雨か落つるは涙か」と扇をかざしたりする仕草に、繊細な色気が漂う。大詰めは太鼓入りの序の舞で盛り上がりました~

玄祥さんは満70歳の来春、祖父らの隠居名「梅若実」を四代として襲名するとか。でもまだまだチャレンジ精神旺盛とのことで、嬉しいです。地謡で梅若紀彰も登場。

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夜桜能「絃上」「仏師」「西行桜」

第25回奉納夜桜能 第二夜  2017年4月

まさに満開の桜と月のもと、薪能を鑑賞。風が吹くとすごく寒かったけど、風情は満点だ。靖国神社、由緒ある木造の能楽堂前にパイプ椅子を並べた席の、下手寄り前の方で1万1500円。休憩を挟み2時間弱。フジテレビと社団法人夜桜能(松元崇会長)主催。

18:40から経営者らが務める火入れ式があり、まず舞囃子「絃上(けんじょう)」。中国伝来の琵琶にまつわる伝説を描いたそうで、梅若長左衛門が直面(ひためん)で、平安文化を開花させた村上天皇の霊となり、爽やかに早舞をみせる。
続いて狂言の「仏師」。仏師を探し、都で呼ばわりながら歩く田舎の者(野村萬斎)に、お馴染みスッパ(野村万作)が、なんと自ら仏像になりすまして、お代をせしめようとする。田舎者の修正要求に、スッパがあたふた応えて大騒ぎ。正統ドタバタコメディだなあ。

休憩で参集殿に避難して風をよけ、甘酒を買って少し暖まる。 後半はシチュエーションにぴったり、世阿弥が和歌を元につくった能「西行桜」だ。西山にある西行庵では老木の桜が満開。西行法師(森常好)は煩わしいと、能力(のうりき=寺男、声がいい深田博治)に花見禁制を言いつけるものの、はるばる訪ねてきた花見の人々を受け入れ、桜のために暮らしを乱されたと詠む。すると夢に桜の精(梅若玄祥)が現れ、桜に咎はない、と諭し、花の名所をたたえて静かに「太鼓序の舞」を舞う。
昼の賑やかさから一転、夜が更けて、古木に見立てた作り物から、翁の面をつけたシテが登場する。白と金の衣装が美しく、悠々とした雰囲気。杖を持つ演出でした。

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「三番叟」「乱」「若菜」

大手町座第20回記念公演 亀井広忠義プロデュース能楽舞台「三番叟」  2016年12月

ステージに柱4本を立てただけのシンプルな舞台で、能狂言を楽しむ。観る者のイマジネーションを引き出し、おおらかな空気を醸していて気分がいい。能楽師・葛野流太鼓方の亀井広忠プロデュースによる、2日連続公演の2日目だ。年配中心ながら若い女性もけっこう目立つ日経ホール、下手寄りで9000円。休憩を挟んで約2時間。

まずおめでたい「翁」の後半で、狂言師がつとめる「三番叟」を野村萬斎で。杉信太朗の笛がぴりりと響き、広忠の太鼓や3人の小鼓にのって、揉ノ段ではきびきびと回り、烏飛び。鈴ノ段では黒式尉の面をかけて。文楽のようなコメディタッチは無し。
休憩を挟んで舞囃子「乱(みだれ)」。能「猩々(しょうじょう)」の舞だそうで、紋付姿のシテ梅若紀彰と観世喜正が、秋の一夜、酔って波と戯れる猩々を相舞で。爪先立ちの流れ足やら、首を細かく振るやら、能とは思えない動きの連続でびっくり。特に紀彰さんが本当にチャーミング! 大鼓は人間国宝の亀井忠雄、地謡が4人。
最後は狂言「若菜」で、こちらは長閑な春。果報者の大名(石田幸雄)と茶坊主・かい阿弥(人間国宝の野村万作)が野遊びに出掛け、早咲きの梅を眺めたり、鶯を餌差竿で突いたり。そこへ大原女たちが長寿祈念の若菜摘みに現れ、ともに酒宴で謡い舞う。大原女はなんと狂言師5人が派手な着物、花を挿した大原木=薪を頂いて。恥ずかしがって帰りかけたりするのが面白い。おおらかだなあ。万作さんは謡ったり跳ねたり、とても85歳とは信じられません。鍛え方が違います。後見には孫の裕基の姿も。

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桂文珍「定年の夜」「旅立ち」「寝床」狂言「舟船」

桂文珍大東京独演会vol9~大好評リクエスト寄席!ネタのオートクチュール~ 2016年4月

風の強い連休の初日に文珍さんへ。駄洒落のなかに、幅広い時事ネタへの関心と皮肉を織り交ぜ、うまく力が抜けた大人の高座だ。文楽でお馴染み国立劇場小劇場の、上手寄り前の方で5000円。中入りを挟み2時間強。

入口で61席のリストを配り、聴きたい3席をアンケートし、師匠と82年入門の一番弟子・桂楽珍が登場して、「1位は老婆の休日でした」などと紹介。寄せ文字でリストを書いた垂れ幕を吊るして、客席からもリクエストを聞く。壺算と言われて粗筋を解説し、「あ、だいたいしゃべっちゃった」などと笑わせ、結局、別の6席「本日のおすすめ」を示して演目を決定。
なーんだ、と苦笑したところで、いったん引っ込み、楽珍の「島んちゅの唄」。故郷・徳之島の方言や投票率などをふってから、帰省して妻に島唄を聴かせるが、「煙草(みち節)」など大人っぽい歌詞ばかり、という話。

続いて師匠が、まず出来立てほやほやという「定年の夜」で、情報に振り回される世相を活写する。定年祝いの席なのに、妻や娘はスマホをいじってばかり。ふてて居酒屋へ行き、やはりスマホを観ていたら画面に吸い込まれ、謎の「情報の海」へ。ビッグデータやIT企業の盛衰から、どうでもいい情報について、都知事公用車問題をとりあげるワイドショーを皮肉ったり、羂索と検索をひっかけて、例えの「蜘蛛の糸」でピース又吉の芥川賞にちょっと疑問を呈したり。GPSで奥さんに居場所を突き止められるというオチ。知的だなあ。
続いてネット通販で僧侶を呼べる状況を語ってから、多死社会を描く「旅立ち」。セレモニーホールを舞台に、葬儀を一般商品のように営業する可笑しさから、採用面接へ。元文学部教授が低い声で古典の1節を暗唱して、妙に説得力があるのが笑えます。

中入り後、意外に狂言となり、大蔵流若手の茂山宗彦、逸平兄弟の「舟船」。主人と太郎冠者が、西宮に出掛ける途中、神崎の渡しで「ふな」か「ふね」かで言い争う、と、これだけの話。ゆったりとしたテンポと声の良さが素敵。
トリは再び師匠で、パワハラの話と前置きして、喬太郎で聴いたことがある古典「寝床」。さらさらと軽妙でした。

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