能・狂言

2020喝采づくし

2020年はコロナ禍でエンタメが激減したけれど、振り返ると例年の半分くらいは鑑賞できていて、関係者の努力に感謝。

なんといっても今となっては夢のようだった、1月のQUEEN+ADAM LAMBERT THE RHAPSODY TOUR! お馴染みのキャッチーな楽曲、演出もキンキラで文句なしに樂しかった~

世界が一転したコロナ後は、伝統芸能の災厄を鎮めるという要素が、胸に響いた。特に歌舞伎の、再開後初だった8月猿之助「吉野山」や、年末の玉三郎&菊之助「日本振袖始 」のケレン。ベテランの健在もことのほか嬉しく、仁左衛門「石切梶原」の茶目っ気、吉右衛門「俊寛」の虚無を堪能した。ベテランといえば11月の狂言「法師ケ母」で、90歳近い万作さんの鍛錬に脱帽。「茸」も面白かったし。
文楽は2月の勧進帳で玉助さん初役の富樫、9月にはハッピーエンドの「壺坂観音霊験記」が楽しかったな。
落語は三三の説得力ある「柳田格之進」、正蔵さんのダークサイド「藁人形」、志の輔の爆笑「茶の湯」など。

演劇では、再開間もない7月の「殺意 ストリップショウ」の鈴木杏が、人間の滑稽さをえぐり出す一人芝居をピュアに演じきって圧巻だった。10月には鵜山仁演出のシェイクスピア史劇最終作「リチャード二世」で、岡本健一が描く人間の愚かさに引き込まれた。
対照的に、三谷幸喜「23階の笑い」は笑いと哀愁に徹して、喜劇人の心意気がひしひし。ケラリーノ・サンドロヴィッチ&緒川たまき「ベイジルタウンの女神」も、変わらないお洒落なケラ節が染みた。
大好きな岩松了さんの2人朗読劇「そして春になった」、安定の前川知大「迷子の時間」なども秀作。なんだか劇作家・長田育恵に縁があり、「ゲルニカ」「幸福論~隅田川」が印象的だった。

一方、海外からの歌手・オケが壊滅したオペラは、すっかりお預けに。滑り込みで2月の来日ミュージカル「CHESS」は、大人っぽくて良かった。 
番外編として、コロナ禍ならではの配信へのチャレンジもいろいろと。4月の一之輔10日連続生配信では、「団子屋政談」「笠碁」など、巧さと同時に、持ち前の愛らしさや寄席を維持したい思いが伝わっていた。5月のStayHomeWeek最終日には、三谷幸喜の名作「12人の優しい日本人」の読み合わせで、会議の戯曲を会議ツールで見せるという、この時期ならではのセンスが光ってた。
2021年の復活を祈って…

三人の国宝「葛城」「祈り」

三人の国宝~祈り~ 2020年12月

創作能を中心にした、ちょっと不思議なイベントに行ってみた。国立能楽堂の脇正面で1万円。休憩2回で1時間40分。

まず長唄鳴物の藤舎名生(とうしゃ・めいしょう)が横笛(篠笛)を独奏。嵯峨野の風景「竹林の詩」、義経と天狗の激しい剣の修業から静かな風に至る「蔵馬」。80近いけど背筋が伸びてます。
休憩後に一調一管「葛城」。観世流・梅若実玄祥の謡、大蔵流・大倉源次郎の小鼓に、若手から藤田流・竹市学の能管が加わる。この季節に合わせ、雪の葛城山に女神が舞う能「葛城」を題材にした、藤田六郎兵衛による作調曲とのこと。さすがに音が力強い。
続いて西尾智子プロデューサーの司会による国宝三人のトーク。70歳超えた実さんは、声も内容もしっかり。一方、京都住まいの名生さんが山歩き話などして、終始マイペースなのが微笑ましい。

休憩を挟んで眼目の創作能「祈り」。国宝三人に、無名塾出身のテノール・佐賀龍彦がバロック初期にあたるカッチーニ「アヴェ・マリア」を歌う。実さんが2002年、ニューヨークで同時テロ追悼薪能として舞ったそうで、作り物で登場して、邪気を払うような動き。でもここ数年、重病を経験したせいか、足がお辛そうでした…

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萬斎「清水座頭」「止動方角」

うちで笑おう 野村萬斎「狂言でござる乃座in KYOTO 15th」  2020年11月

野村萬斎主催の狂言会・京都公演(金剛能楽堂)を配信で。2500円。約1時間半。
「清水座頭(きよみずざとう)」はほのぼの。清水の観世音に参籠(おこもり)している瞽女(萬斎)が、座頭(万作)とぶつかって言い争いになるが、お互いに盲目とわかって仲直り。楽しく酒を酌み交わし、夢のお告げで夫婦になる。
ほろ酔い気分の謡に風情がある。座頭が謡うのは、狂言謡特有だという「平家」。合戦のドサクサで「踵を取って頭につけ、顎を取って踵に附けたれば」というシュールな詞章だ。瞽女の謡う「地主(じしゅ)」は、縁結びの地主神社の名物・桜のことかな。告白に使った「錦木」も登場。こういうロマンチックな狂言もあるんですね。

休憩20分で萬斎の解説を挟んで、「止動方角(しどうほうがく)」。こちらは狂言の定番、庶民が権威をやり込めて痛快だ。
太郎冠者(萬斎)は、茶も持っていないのに流行りの茶比べ(聞茶で産地などをあてる遊び)に参加したい、見栄っ張りの主人(野村太一郎)の命で、裕福な叔父(深田博治)に茶や太刀、馬まで借りに行く。ところがこの馬(飯田豪)は後ろで咳をすると暴れる癖があり、叱られた太郎冠者のいたずらで主人は落馬。代わりに太郎冠者が馬に乗ることになり、悪ノリして主人の物まねをしたから大騒ぎ…
「武悪」「鬮罪人(くじざいにん)」と並び、怖い主人を描く「三主物」だそうです。目がギョロッとした「賢徳」面の馬も面白い。「止動方角」とは馬をしずめる呪文のこと。

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万作「法師ケ母」「棒縛」「茸」

万作を観る会  2020年11月

年1回の人間国宝・野村万作主催の会に足を運んだ。初見の演目が珍しくて堪能。全席使った国立能楽堂の正面、やや後ろ寄りで1万円。休憩2回で2時間弱。

幕開けに素囃子「盤渉楽(ばんしきがく)」を10分。笛、小鼓、大鼓3人だけで笛の調子が高い。
狂言はまず「法師ケ母(ほうしがはは)」30分。酔って帰った夫(野村万作)が妻(中村修一)に悪態をつき、「暇をやる」と段熨斗目(だんのしめ、ボーダーの小袖)を与えて追い出したうえ、また呑みに行く。妻は子供が可愛そうと嘆く。後半は「ものに狂うも五臓ゆえ…」と謡になり、酔いが冷めて後悔した夫が、必死に妻を探す「カケリ」へ。巡り合った妻に「見目の悪きとは只酔狂のあまりなり 誠は見目もよいものを」。しょうもない夫! ご機嫌でヨタヨタ歩く万作さん、巧いです。地謡は野村裕基、高野和憲、野村萬斎、内藤連、飯田豪。

20分の休憩後は、酔っぱらいつながりで「棒縛」30分。棒に縛られた太郎冠者(声が通り、お茶目な野村遼太)と縄で縛られた次郎冠者(石田淡朗)が、主(飯田豪)の留守に盗み酒。あの手この手で酔っぱらい、いい気分で踊りだす。帰った主の姿が盃に映っても、ご陽気で…。ライブではかなり前に中村屋兄弟の歌舞伎舞踊で観た演目だ。狂言はシンプルにキレがよくて、楽しい。後見は高野和憲。
ラストは珍しい「茸(くさびら)」20分。この辺りの者(石田幸雄)が山伏(衣装も美しい萬斎)に、屋敷内に生えたキノコを退治してほしいと頼む。山伏はもったいぶって「ボロン」などと唱えるが、色とりどりの茸(裕基、中村修一、内藤連、飯田豪、石田淡朗ら)が「ホイホイ」と増殖、橋掛かりから傘を持った鬼茸(野村太一郎)まで現れて、山伏は逃げ出しちゃう。偉そうな山伏がどんどん自信をなくす様が、権威を笑いのめす狂言の真骨頂だ。面と傘をつけ、腰を落とし、つま先で器用に舞台いっぱい走り回るキノコたちが爆笑もの。さすが体幹が強いなあ。後見は野村遼太。いろんな狂言があって面白かった。
売店で能装束の縮緬マスクを購入。終わって外へ出たら虹。

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能「安達原 白頭」

新宿御苑森の薪能  2019年10月

野外の薪能が好きなんだけど、あいにくの雨。昼過ぎに会場が新宿文化センター大ホールに会場が変更になった。おまけに前半の狂言は間に合わず、能「安達原」だけ鑑賞。それでも緩急ある演目を楽しんだ。中段上手寄りで8500円。
歌舞伎では、猿之助による昭和の傑作舞踊劇「黒塚」を2回観たことがある。今回は同じ鬼婆伝説に基づく謡曲で、観世流では「安達原」、さらに「白頭」の小書がつくと、前シテが老女の面で霊性を帯び、鬼女も白髪になって全体に位が重くなるのだそうです。
お話は熊野の山伏・東光坊祐慶一行(森常好、舘田善博)が陸奥国安達原(福島県の安達太良山麓)で行き暮れ、人里離れた老婆(いい声の観世銕之丞)の庵(作り物)で宿を借りる。婆は問われるまま、枠桛輪(わくかせわ、糸車)を繰り、糸尽くしの唄にのせて浮世の業を嘆く。月の光が目に浮かぶような、しみじみとした詩情。やがて夜が更け、婆は留守中に閨を覗くなと言いおいて、山へ薪を取りに行く。
間狂言となり、後方に控えていた能力(のうりき、寺男、深田博治)が登場。これが面白くて、見るなと言われれば見たくなると、止める祐慶と駆け引き。ついに閨を覗いて、夥しい死骸を目にする。
さては鬼女であったかと、一行が慌てて逃げ出そうとするところへ、婆が般若の面で正体を表し、襲いかかる。山伏の数珠が激しくリズミカルに鳴って、迫力満点。鬼女は怖ろしいというよりも、鬼と生まれた悔しさ、正体を知られた深い哀しみが横溢し、ついに姿を消す。見応えたっぷりでした。

能「羽衣」「藤戸」狂言「附子」

梅若会定式能  2019年4月

JR東中野駅からぶらぶら歩いて10分、梅若能楽学院会館にお邪魔してみた。1961年建設の能舞台で古びているけど、ロビー吹き抜けから階段を上がっていくスタイルが格好いい。本日は2カ月に1回ぐらいの定式能で3時間半弱。300席くらいで、お弟子さんなのか年配男女が緩く出入りして親密な空間だ。

プログラムは春らしく充実していて、まず世阿弥の能「羽衣 和合の舞」を1時間。三保の松原の漁師・白龍(ワキ、下掛宝生流の大日方寛)が美しい衣を見つける。現れた天女(シテ、松山隆雄)に返す代わりに舞を所望し、天女は舞いながら天に帰っていく。謡・囃子が華やか。「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」というやりとり、と舞が大らかだ。
続いて大蔵流の山本泰太郎、則孝兄弟と、泰太郎の息子・凛太郎が演じる狂言「附子(ぶす)」30分弱。主人が壺に附子という猛毒(トリカブト)が入っているから近づくな、空気に触れても危険、と言いおいて外出。太郎冠者、次郎冠者が扇であおぎながら覗きこむと、中身は貴重な砂糖とわかり、あまりの甘さに舐め尽くしちゃう。あげく大事な掛け軸、茶碗をめちゃめちゃにし、死んで詫びようと毒を食べた、と言い訳する。壺が気になって仕方なく、恐る恐る近づくさまが滑稽だ。でもきっと主人の嘘に感づいてたんだろうなあ。
前半最後は仕舞3題を続けて20分。まず鷹尾章弘が「箙(えびら)」。逆櫓で知られる梶原景季の霊が一の谷の合戦で、風雅にも箙(矢入れ)に梅を挿して戦った様子を見せる。続いてシテ山崎正道が「蘆刈(あしかり)」から音楽的な「笠ノ段」。落ちぶれた夫が妻と再会、和歌をまじえた謡にのって難波の春を舞う。最後はシテ小田切康陽が「国栖(くず)」。壬申の乱で天武天皇が吉野山に逃れ、食べかけの国栖魚(鮎)が生き返る奇跡などがあり、大詰めでは守護神・蔵王権現が現れて颯爽と御代を祝福する。天皇の代替わりにもふさわしい演目ですね。

休憩を挟んでトリは、お目当ての能「藤戸(ふじと)」1時間半。佐々木盛綱(ワキ、宝生欣哉)が藤戸の合戦での、馬で海を渡る先陣の功で得た領地に入る。老婆(前シテ、梅若紀彰)に子の仇と激しく詰め寄られ、若い漁師から浅瀬を聞き出し、他言を恐れて殺してしまったと告白。間の山本則秀を挟んで後半。盛綱が海辺で管弦講を催し、般若経を唱えていると、水中から漁師の亡霊(後シテ、紀彰)が現れて、凄惨な凶行のさまを見せつけるものの、ラストは回向に感謝して成仏する。
理不尽にも戦争の犠牲になる庶民の哀れというテーマは現代的だけど、ベースは普遍的な親子の情愛だ。大詰めで漁師の霊が杖を離し、ふっと顔をあげて成仏するところに救いがある。たっぷり楽しみました~

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夜桜能「野守」「咲嘩」「恋重荷」

第27回奉納靖国神社 夜桜能 第三夜 2019年4月

2年ぶり、平成最後の夜桜能。昨夜から一転して暖かくなり、満開の桜と炎の抜群のシチュエーションで、人間国宝・野村萬、梅若実の至芸を堪能する。意外に若い人が多い靖国神社能楽堂。脇正面にあたるAブロック前の方のいい席で1万2000円。

いつものようにおごそかな火入れ式からスタート。松田公太さん、宮台 真司さんらがつとめる。火が目の前で迫力満点。
まず世阿弥の鬼神物「野守(のもり)」を、角当直隆(梅若会)の面・装束をつけない舞囃子で。山伏が大和・春日の里で番人・野守(角当)と出会い、水鏡(泉)をめぐって言葉をかわす。今回はその後、野守が鬼神の正体を現し、鏡(扇で表す)に天上から地獄までを映してみせたあと、大地を踏み破って去っていくくだりでした。おおらかだなあ。

続いてお楽しみ狂言「咲嘩(さっか)」。田舎者で連歌好きの主人(アド、野村万之丞)が京に住む伯父に宗匠(指導者)を頼もうと、太郎冠者(シテ、野村萬)を迎えに出す。名前も住居も聞き忘れ、呼ばわって歩くのをみて、いいカモだと「見乞の咲嘩」(見たものすべて奪う盗人、野村万蔵)がついてきちゃう。主人は体よく追い返せと言いつけるが、太郎冠者は頓珍漢を繰り返すばかり。それがかえって咲嘩をやり込める。
主人を真似る太郎冠者が、まるきり落語の与太郎で可笑しい。萬さんの口調は抑揚が豊かでいいなあ。お元気で何よりです。

休憩に温まる甘酒と、おにぎりで腹ごしらえ。最後は能で世阿弥の妄執物「恋重荷」だ。白河院の庭で菊を育てる荘司(シテ、梅若実)は、かいま見た女御(ツレ、松山隆之、75年生まれの実さんのお弟子)に恋をする。女御が荷を持って庭を巡ったら再び姿を見せる、というので張り切るが、荷が重すぎてかなわず(謡いどころのロンギ)、絶望して死んでしまう。女御がその躯に涙していると、動けなくなり、荘司の亡霊が登場してさんざん恨みごとを言う(立回り)。だが最後には、弔ってくれるなら守護神になろうと言って成仏する。
身分違い、かつ年齢の離れた無茶な恋心を弄ばれる、あんまりなお話だ。後シテの亡霊の面は、見るも恐ろしい。立回りがおとなしめなのは、体調ゆえか。しかし橋掛かりで杖を打ち捨てるシーンに、きっぱりと希望が宿る。けなげだなあ。昨秋、実襲名披露の間に十二指腸潰瘍に倒れ、かなり深刻だったそうですが、見事復活し、パリ公演をこなして萬さんとともに芸術文化勲章を受章。拝見できて良かったです!

 

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舞囃子「三番叟」能「鷹姫」

狂言劇場特別版  2018年7月

劇場の特設能舞台で古典を新しく見せるシリーズ。芸術監督・野村萬斎が知的に演出する。萬斎ファンらしき女性グループが目立つ世田谷パブリックシアター、なんと前から2列め中央で8000円。休憩を挟み2時間弱。
暗い舞台に短い四本の柱を据え、左右に橋、後方に松の絵と注連縄。上手から笛と太鼓、下手からシテ野村裕基が紋付袴、直面で登場して、舞囃子「三番叟」揉の段、鈴の段。いつもながらリズミカルで、繰り返しが多い囃子方がクワイヤの陶酔につながる。裕基は萬斎さんの息子さんで、もう18歳。急速に大人っぽくなってきたけど、声の力や姿勢の美しさはまだまだかなあ。
休憩後に眼目の新作能「鷹姫」。アイルランドのノーベル賞作家・詩人イェイツがフェノロサの能に関する遺稿に触発されて書いたという、戯曲「鷹の井戸」(1916年ロンドン初演)を、いわば逆輸入した演目だ。能楽研究家・横道萬里雄作で1967年初演、チャレンジャー梅若実さんらが手がけてきた。今回は萬斎さん演出版です。
舞台は絶海の孤島で、中央手前に涸れ井戸。顔の形の岩がごろごろしているのが演劇的で、まず驚く。地謡・囃子の面々も鼻まで覆う仮面で岩に扮して、後方左右に広がってコロスを繰り広げる。精神の荒涼。音楽的だなあ。
不老長寿の泉を鷹姫(片山九郎右衛門)が守っていて、傍らで杖にすがる老人(大槻文蔵)が水が湧く瞬間を待ち続けている。そこへ綺羅びやかな衣装で、王子・空賦麟(くうふりん=ケルト神話の英雄クー・フーリン、萬斎)が登場。面はつけず、人間らしい。さすがブレがなくて格好いい!
老人は何十年も水が湧くのを待ってる、鷹に魅入られるな、と語る。なんと転がる岩は同じように、水を得られなかった者たちが変じた姿なのです…
なんといっても、座ったままじっと動かない鷹の緊張感が凄い。一転、鷹が羽ばたくと、岩の輪唱のなか、ついに井戸に照明があたってスモークが立ち上る。ところが王子は気を失っちゃって、鷹は水を飲み干し、舞台奥の傾斜した橋掛かりを駆け上がって飛び去る。鮮やかだなあ。暗転後、年老いた王子が座り込んでいる。
人を突き動かす命への希求と、決して手が届かない絶対的な空虚。古今東西共通のモチーフなんですねえ。

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薪能「二人袴」「大般若」

第十五回飛鳥山薪能  2017年10月

天候に恵まれ、中秋の名月を愛でつつ、野外の薪能に足を運んだ。4月の夜桜能に続き、季節感+伝統芸能で心が豊かになる。しかも予想外にド派手な演目で、なんだか得した気分。
JR王子駅にほど近い飛鳥山公園内野外舞台、前方中央のSS席で8500円。恒例行事とあって団体客も。寒かったけど、落語「王子の狐」を思わせる幸寿司のお稲荷さんを売っていたり、携帯カイロを配ってくれたり、地元あげての手作り感が嬉しい。休憩を挟み約2時間。

まず中村雅之・横浜能楽堂館長の解説、八木光重・王子神社神主のお祓い、花川與惣太・北区長らの火入れ式があって、狂言「二人袴」。若い聟(万作の弟子・内藤連がきびきびと)が挨拶のため、舅(人間国宝の野村万作)を訪ねるが、気恥ずかしいと言って兄(野村萬斎)に付き添ってもらう。兄は門前で待つが、太郎冠者に見つかってしまい、舅に会うことに。祝儀の長袴が1枚しかないので、聟と交互につけて誤魔化すものの、ついに2人同時に招き入れられ、なんと袴を半分ずつ着用。酒を飲むうち、ひとさし舞えと言われて…
現代的な、めちゃ頼りない聟、招かれて大らかに「迷惑だあ」と叫ぶ兄に爆笑。思い余って、袴を前後に裂いちゃうアクションも派手だ。4月にも観た86歳の万作さん、礼儀とか言いながら、自分が呑みたいだけでは、と思わせる、飄々とした雰囲気がいい。

休憩後は再び中村館長の解説後、能「大般若」。意外にも一大スペクタクルで、びっくりするやら、面白いやら。
タイトルは三蔵法師が求めたお経のこと。若い三蔵法師(ワキ、御厨誠吾)が天竺へ向かう道中の流沙河(りゅうさが)で、怪男(前シテ、松木千俊)に出会う。男は「実はお前は前世で大願かなわず、ここで7度命を落としている。自分は川に住む深沙大王だ。今度は経を与えよう」と教える。
大王ノ眷属(うそぶきの面が面白い)の間狂言を挟み、いよいよ後半。まず、しずしずと一畳台が置かれ、華やかな朱の衣装をまとった飛天2人が舞い、長い袖を翻し、三蔵法師を支えて難所を越える。続いて、なんと頭に龍の絵(龍戴)を載せた龍神2人が礼拝すると、ひときわ巨大な龍(大龍戴)を載せ、7つの髑髏を首にかけた大王(後シテ)が登場! 恐ろしい真蛇の面で威圧感が凄い。笈(おい)から経を取り出して三蔵法師に授け、共に高々と読み上げる。大詰めでは1列になった神たちが、順に回るダイナミックなシーンも。台に乗った大王の神通力で、「十戒」のように河が割れるさまを表現してるんですねえ。ついに大願がかない、意気揚々と行く三蔵法師が一度振り返ると、大王が羽団扇を掲げて見送る。
お馴染み「西遊記」に先立つ物語で、1983年に梅若玄祥さんが復曲したとのこと。大王を祀っているのが深大寺で、西遊記ではカッパの沙悟浄に転じたとか。あの首飾りはそういう意味だったのか… 知らなかったなあ。

今回の能舞台は屋根は無く、後方にリアルな松。虫の音に加え、時折都電の音も聞こえてくる大らかなシチュエーションだ。拍手のタイミングがだいぶ早いのもご愛敬。また飛鳥山は江戸時代の桜の名所、人気行楽地であり、明治になってからは王子製紙を興した渋沢栄一が住んだんですね。いろいろと勉強になりました~

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能「定家」

銀座余情 大槻文蔵人間国宝認定祝賀 能「定家」  2017年9月

GINZA SIX地下3Fに今春オープンした観世能楽堂の会に行ってみた。コンパクトで縦長のスペース、正面中ほどで1万1000円と高め。休憩を挟んで3時間弱。
まず歌人の馬場あき子が客席前で、「定家の魅力」と題して解説。物語は俊成の息子で若きホープ・定家と、俊成の弟子で後白河院の第三皇女・式子(しょくし)内親王という、歌人同士の忍ぶ恋だ。「玉の緒よ」など、詞章に散りばめられた百人一首や古今集などを説明してくれる。なんだかヒットソングで構成したミュージカルみたいだなあ。
舞台はまず仕舞。「花筐(はながたみ)」を観世銕之丞(てつのじょう)で短く。世阿弥の狂女ものだそうです。

休憩を挟んで眼目の能「定家」。金春座の棟梁で世阿弥の娘聟、金春禅竹の作とされている。2時間の大曲だけど、ロビーで対訳(500円)を仕入れて読むと、意味がよくわかって飽きません。
前半は旅の僧(ワキ、福王茂十郎)が都で時雨にあい、雨宿りしたところで、里女(前シテ、大槻文蔵)と出会う。ここは定家が建てた「時雨の亭(ちん)」だと教え、石塔に案内する。内親王の墓で、定家の執心が葛となって巻き付いていた。
初冬の冷たい時雨と涙のつながりが美しい。文蔵が葉と引廻し(幕)で覆った作り物の墓の後ろに姿を消して中入。茂山あきら(大蔵流)の間狂言の時間を使って、緋色の衣装から、やつれた「痩女」の面、薄い黄と水色の衣装に替える。
後半はまず作り物の中から声がして、後見が幕を払うと、
式子内親王の霊(後シテ)が座っている。腕を重ねて囚われの風情。僧が読誦する「薬草喩品(ゆほん)」で葛から解放され、作り物から出て、序の舞へ。緩やかで上品だ。しかしラストは再び、墓を回って葛にからまれたことを表現、俯いてはかなく消えてしまう。

大槻文蔵は大阪を本拠にしており、2016年に人間国宝。小鼓も人間国宝の大倉源次郎でした。

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