落語「元犬」「黄金の大黒」「代書屋」「抜け雀」「蝦蟇の油」「雪の瀬川」
第八十九回大手町落語会 2025年2月
知人夫妻と産経新聞社主催の落語会。柳亭市馬、柳家権太楼のベテラン2人が休演となったものの、蓋を開ければ、売れっ子の春風亭一之輔が代打ち、柳家さん喬が2席と、変化のある贅沢なラインナップになった。日経ホール前のほう中央の良い席で4500円。仲入を挟みたっぷり3時間強。
前座は柳亭市助でお馴染み「元犬」をきっちりと。市馬一門の33歳、ちょっと暗めかな。続いて兄弟子の柳亭市童が、3月の真打昇進で松柳亭鶴枝を襲名する、披露興行のチケットを宜しく、と売り込んで「黄金の大黒」を歯切れ良く。
それを受けて桃月庵白酒が、二つ目の名は熟考するけれど、真打の襲名は適当、自分のときは志ん生が空いているよ、なんて言われて消去法で選んだ、入試シーズンは弟子入り希望が増える、きっちりしていると思った希望者がバイト優先でびっくりした、東大卒、イエール大卒もいる、履歴書はきちんとしていない方がいい、と振って「代書屋」(市童さんから2021年と同じ流れ)。前のほうで表情がよく見えたせいか、履歴書を頼みに来るトンチキ45歳と、呆れてブツブツ言う代書屋のキャラがひときわ、くっきりした印象だ。「その流れで雇ってくれるの?いい会社だね」「二度寝の恒夫」とか、リズムがよくて爆笑。巧いなあ。
続いて粋にさん喬さん登場。白酒がトンチキの名を若林恒夫(師匠・五街道雲助の本名)としていたのを、喬太郎がやったら許さん、かつて小さんの鞄持ちで2昼夜かけて釧路に行って、車での移動で…といった旅のマクラから鳥カゴ=駕籠が出てくる「抜け雀」。一之輔などで聴いたことがある、好きな演目だ。絵師が衝立を検分して「いい仕事をしておる」、朝日がさしてちゅんちゅん、とか、細部の軽みが味わい深い。本所育ちの76歳だもんなあ。
仲入を挟んで代打ちの一之輔。いつも以上にヨレヨレと出てきて、子供の受験が大高同時になるとは、結果的に夜の日本橋と同じ顔ぶれだ、市馬の休演の理由がわからない、市馬さんには前座のとき靴下をもらった恩がある、要らないやつだったのかな、などと語って「蝦蟇の油」。2015年にも聴いたけど、この日は途中で紙切りになっちゃって三味線が止らず、お囃子の岡田まい師匠、許して~とか、またまた爆笑。大道芸人の酔いっぷりもさすがです。
前半の最後あたりから音響が不調で、いったん幕を下ろして調整してから、トリは盟友で療養中の権太楼さんに代わり、さん喬2席目。マクラ無し、お辞儀さえそこそこに、いきなり吾妻橋のシーンで一気に空気が変わって人情噺「雪の瀬川」。大作「松葉屋瀬川」の後半で(落とし噺に改変したのが「橋場の雪」)、現在はさん喬さんの独壇場とか。季節もあるし、貴重な口演なんですねえ。
古河(こが)の大店の若旦那が、本の虫で少しは遊べと江戸の店に出されたが、絶世の美女の傾城・瀬川に夢中になって勘当されちゃう。あわや身投げというところへ、店にいた忠蔵が通りかかって長屋に連れ帰る。忠蔵は奉公人同士で駆け落ちして、麻布谷町でクズ屋をしていたのだ。花魁といえばすべてカネ次第のはずだが、「瀬川はそんな女じゃない」と言う若旦那を信じて幇間・吾朝に会うと、雨の日にきっと会いに行くと、まさかの瀬川からの返信。待ちに待ってようやく雨、それが雪にかわり、朝からそわそわ何度も時間を尋ねる若旦那。やがて…
それぞれのキャラを、丁寧に描く語り口が温かい。世間知らずだけど一途な若旦那。奉公人なのに「兄ちゃん」と呼んでくれたと、貧しいなかで面倒をみる忠蔵夫婦と、即座に応援する大家。瀬川が示す真心と、2人の恋路を思って廓抜けのリスクをおかす吾朝夫妻。そして終盤のシーンの美しさ。しんしんと積もる雪、サクッサクッと音がして、現われた瀬川は黒縮緬の頭巾、それをとると洗い髪に珠のかんざし。ハッピーエンドでさらっと終演となりました。
ちなみに元ネタは大岡政談だそうで、瀬川といえば大看板。五代目瀬川は鳥山検校(とりやまけんぎょう)のお妾になって洒落本に描かれ、六代目は北尾政演の浮世絵になって弓弦(ゆづる)御用達商人のお妾になったとか。