ミュージカル

ディア・エヴァン・ハンセン

ディア・エヴァン・ハンセン   2026年8月

2017年トニー賞6部門を受賞し、21年に映画化されたブロードウェイミュージカル。注目の日本版に足を運んだ。孤独と、「除け者の人生」への不安を抱えた高校生たち、うまく向き合えない親たちの痛みを、丁寧に描いていて切ない。ありのままの自分という存在の残酷さ、愛おしさ。スティーヴン・レヴェンソンの脚本を小山ゆうなが翻訳・演出。3月に開業したEXシアター有明の観やすい1F、やや後ろの方で1万4000円。休憩を挟んで3時間。主催はホリプロ・テレビ朝日。

人付き合いが苦手なエヴァンは、セラピストの指示で自分宛の手紙を書き、心の内を吐露する。ところが問題児の同級生コナーが手紙を取り上げ、そのまま命を絶ってしまう。コナーの父母は遺された手紙を読んで、ふたりが親友だったと誤解。エヴァンがとっさに話を合わせたことで、嘘が嘘を招いていき…

「ラ・ラ・ランド」「グレーテスト・ショーマン」のコンビ、ベンジ・パセックとジャステイン・ポールによる音楽が美しく、かつ複雑。難曲続きだけど、俳優陣は健闘だ。ダブルキャストで、この日のタイトロール柿澤勇人、コナーの妹の松岡茉優が、「窓越しに手を振る」「誰かが見つけてくれる」などで、青春の屈託を繊細に表現する。特に印象的なのは、生活に追われエディが見えていなかった母・堀内敬子の「大きな家 小さな私」、裕福だけどコナーを持て余したまま失ってしまった父・石井一孝の「グローブの慣らし方」。それぞれの激しい後悔を歌う。ほか同級生に須賀健太と元音楽座の高野奈々、コナーに長身の立石俊樹、コナーの母にマルシア。

地味な会話劇だけど、回り舞台と温室みたいな磨りガラスの壁というシンプルなセットを、たくさんのモニターで取り囲んで、大劇場をうまく使う。狭い親子・友人関係の閉塞と、モニター上で瞬く間に広がる無責任なSNS投稿との対比が効果的だ。抑制的に振る舞う登場人物の内面を、影のようなダンサーたちが増幅、可視化してお洒落。磨りガラスの向こうに見え隠れする人影も、とりまく人々を印象づけて巧い。辛い物語だけに、終盤のリンゴ園の明るさが染みます。美術は文学座の乗峯雅寛、振付・ステージングは松田尚子。

EXシアターは初めて。ロビーに開放感がある一方、テーブルは少ないかな。高額転売の席を特定・公表して本人確認するものものしさは、ダブルキャストの吉沢亮人気もあるかも。

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新宿発8時15分

シス・カンパニー公演「新宿発8時15分」  2026年4月

三谷幸喜作・演出、荻野清子音楽と鉄板コンビの傑作ミュージカル。朝のカマタマ線が事故で止まり、再開するまでの1時間40分をリアルタイム、ノンストップで描く。対策に奔走するプロフェッショナルたち、車内や駅で足止めをくう乗客、沿線の人々、それぞれの事情。誰しも覚えがあるアタフタで存分に笑わせ、ハッピーエンドと思いきや、ラストでぐっとくる。誰しも誰かを助けている、だから今を大切に。憎いなあ。

天海祐希はじめ豪華キャスト15人が、なんと100役以上をスピーディーに、無理なく演じ分け、しかも各々きっちり見せ場がある。当て書き群像劇の名手と、それに応える芸達者たちに拍手。奇跡的にチケットの抽選にあたって知人たちとご一緒できたのはよかったものの、席は2階下手端。前席の女性が乗りだし気味で視界をふさがれたのは残念… 日本青年館ホールで1万2000円。


袖に控えてどんどん衣装を替えていく役者のなかでも、天海は惜しげもなく9役の八面六臂、なんとトラック運転手まで! これぞスター。そんな天海の輸送指令センター長と、いいコンビの警察交通課主任はシルビア・グラブ。ラストの「こんな話をしてあげる」がさすがの説得力だ。オーディションに向かう役者の尾上松也も、「ゴドーを待ちながら」を歌い上げて頼もしいエンタテイナーぶり。亀!にも変身。

三谷組常連たちも存分に個性を発揮。生放送に急ぐニュースキャスター香取慎吾の身勝手さ、終始飄々とした浅野和之、ヒトクセある地質学者の新納慎也、横文字連発の気取ったビジネスマン今井朋彦、右往左往する車掌ウエンツ瑛士…と、期待通りだ。

「京王線の区間準急は快速より速いのか?」といった笑いはたっぷり。亀を助ける乗客の連携プレーも傑作で、見どころ満載でした。よく思いつくなあ。

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2025年喝采づくし

2025年も素晴らしいライブパフォーマンスにたくさん出会えました。
なかでも頭抜けて凄いものを観た!聴いた!と圧倒されたのは、期せずして対照的なふたつ。クラシックの20代ふたり、クラウス・マケラ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団+アレクサンドル・カントロフ。そして御年81歳、「菅原伝授手習鑑」の15代目片岡仁左衛門による菅丞相。いや~、圧巻でした。

ジャンル別の演劇では、重厚なワジディ・ムワワド作・上村聡史演出「みんな鳥になって」の現代性、岩松了のスタイリッシュな「私を探さないで」での河合優実、蓬莱竜太「おどる夫婦」でのダンスが印象的だった。節目にもいろいろ立ち会えて、本公演に区切りをつけたイキウメ「ずれる」、大がかりな仕掛けは集大成としたケラリーノ・サンドロヴィッチ「最後のドン・キホーテ」、郷愁に終わらなかった東京サンシャインボーイズ復活公演「蒙古が襲来」がそれぞれ持ち味を発揮。ミュージカルでは閉場となる帝国劇場の「レ・ミゼラブル」ファイナルウイークも。
これからが楽しみなのは横山拓也「はぐらかしたり、もてなしたり」、加藤拓也「ここが海」。翻訳ものでは熊林弘高演出の古典的喜劇「陽気な幽霊」、サイモン・スティーブンス作・上村聡史演出の不穏過ぎる「スリー・キングダムズ」もよかった。

古典ではなんと言っても歌舞伎が、映画「国宝」で盛り上がって幸福な1年でしたね。ニザ様以外にも大イベント八代目尾上菊五郎・六代目菊之助襲名披露の極付「弁天娘」、南座に遠征した中村壱太郎「お染の五役」、次世代で鷹之資・染五郎の「棒しばり」や尾上右近の「春興鏡獅子」に拍手。中村莟玉、2026年に辰之助襲名を控える尾上左近も目立っていて期待大です。
文楽は人間国宝に加えてめでたく日本芸術院会員となった桐竹勘十郎が碇知盛、玉助が源九郎狐を遣った「義経千本桜」が素晴らしく、歌舞伎、テレビドラマでもフル回転した三谷幸喜の「人形ぎらい」も楽しかった。引き続き1年を通して、浄瑠璃の都一中さんにいろいろ教えて頂きました。
そして落語はさん喬「雪の瀬川」の粋と鮮やかさ、喬太郎「お若伊之助」の語り力。白談春はさすがに還暦目前で肩の力が抜けてきたかな。講談の春陽は落語から移した「御神酒徳利」にチャレンジ。どんどん格好良くなるなあ。

クラシックに目を転じると、オペラで加藤浩子さんのほろ酔いトークイベント立ち上げを手伝った、記念すべき年となりました。関係者の素顔、いろんな裏話を聴くのと並行して、舞台では「セビリアの理髪師」で世界のメゾ脇園彩、「ラ・ボエーム」でルチアーノ・ガンチを堪能。コンサートではマケラのほかにも、83歳リッカルド・ムーティ指揮・東京春祭オーケストラの圧倒的なイタリア魂に引き込まれ、リサイタルでリセット・オロペサ、”キング・オブ・ハイC” ハビエル・カマレナも聴けて満足。

ポップスではずっと聴きたかったファンクのCory Wongが文句なしに楽しく、星野源は奇跡的に6年ぶりツアー、追加公演最終日に行けて感動。貴重なサービス精神満載のサザンオールスターズ、Official髭男ismの爽快なスタジアム、相変わらずノリノリのEARTH WIND&FIRE+NILE RODGERS&CHICも充実していた。
ほかにもいろいろ、とても書き切れません。さあ、2026年も元気に定番、新機軸を楽しむぞ~

サムシング・ロッテン!

サムシング・ロッテン!  2025年12月

2018年に観たブローウェイミュージカルの日本キャスト版を再見する。シェイクスピア劇と名作ミュージカルの小ネタを散りばめた、芝居好きをくすぐる2015年初演作で、福田雄一が演出を担当し、「働いて働いて」とか「帝劇がない!」とか時事ネタもトッピング。コメディをあっけらかんと楽しむ。東京国際フォーラム・ホールCの前の方で1万5000円。休憩を挟んで3時間強。

ルネッサンス時代のイギリスで、人気者シェイクスピアを出し抜こうとする冴えない劇団主宰ニックが、何故かミュージカルを発明しちゃう。「チャンジ・ザ・ワールド」のウェインとケイリーのカークパトリック兄弟が作詞・作曲。さあ、希望の国アメリカへ!という脳天気なラストはトランプの今、ちょっと皮肉。
再登板組ではニックの中川晃教が安定し、妻ビーの瀬奈じゅんのベルばらネタなど堂々たるコメディエンヌぶりを再確認。今回、病弱だけど才能ある弟ナイジェルの大東立樹が繊細な存在感で、これから楽しみだ。シェイクスピアの長身・加藤和樹は初演の西川貴教に比べるとあっさりめかな。ノストラダムスは石川禅。

客席には初演でノスタルダムス役だった橋本さとしさんの姿も。
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レ・ミゼラブル

レ・ミゼラブル ファナルウイーク 2025年2月

この上ないお誘いで、建て替え閉場となる帝国劇場の大定番「レ・ミゼラブル」ファイナルウイークという歴史を画す公演へ。安定の演出はもちろん、歌手が高水準で素晴らしい。東宝ミュージカルの殿堂に別れを惜しむファンが集まった感じの、前の方やや上手寄りで1万9500円。休憩を挟んで3時間強。
カーテンコールでは主人公ジャン・バルジャン役の吉原光夫が「ファイナルでは特別なことをやります!」と呼びかけ、観客が立ち上がり、入口で配られた歌詞カードを手に「 民衆の歌(A la volonté du peuple)」を大合唱。キャノン砲で飛んできたテープには「Another Story Must Begin!」の文字が入っていました~ 指揮は若林裕治。

「レミゼ」は2015年にNYブロードウェイで観て以来、10年ぶり2回目。いわずとしれた美しい旋律を畳みかけて、心揺さぶられっぱなしだ。そして改めて思ったのは、隙間なくテンションが高い演目だということ。
19世紀前半のフランスの群像劇で、登場人物が次から次に、理不尽な差別や貧困を声の限りに訴える。生オケのオペラ形式で、セリフも歌だから、音に切れ目がない。主人公ジャンバルジャンは大詰め、最期を悟りすべてを告白してからは平穏を取り戻すものの、誰ひとり決して思い通りには生きられない。唯一のチャリ場、テナルディエ夫妻(森公美子、六角精児)のシーンも醜い強慾ぶり、そうせざるをえない社会の不条理が前面にでる。
照明は終始暗めで、バリケードなど大がかりな装置も古典的な印象。そこも含めて、40年超のロンドンはじめ、世界中のロングランに耐える骨太さというべきか。日本版は1987年の世界3カ国目・2言語目の上演以来、演出を手直ししつつ、リバイバルを繰り返してきたんですねえ。

この日のキャストでは、お馴染み吉原や森が安定感抜群。ジャベールの長身、石井一彰(東宝ミュージカルアカデミー1期生)、エポニーヌで声にアピール力があるルミーナら、若手も光っていた。ファンテーヌは木下晴香、コゼットは加藤梨里香、マリウスは中桐聖弥、アンジョルラスは小林唯。ガブローシュの小学3年、中井理人も達者です。

入口で観客全員に、帝劇ロゴ入りのミニバックを配布と、大盤振る舞いでした~

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SIX

SIX 来日版 2025年1月

2017年にケンブリッジ大の学生が初演したというミュージカルの、来日キャスト版に足を運んだ。全編、地下アイドルのライブ風で、シンプルなセットにキャッチーな楽曲とキラキラ衣装。しかも初体験のシングアロング回で、会場全体わーわー、ヒューヒュー盛り上がって、休憩無しの80分があっという間だった。オーディエンスは女性が圧倒的、リピーターが多いのか皆さん英語詞をよく覚えていた! トビー・マーロウ&ルーシー・モス脚本。EX THATER ROPPONGIの中段いい席で1万4000円。主催は梅田芸術劇場・フジテレビジョン。

シェイクスピア劇やオペラ、映画でお馴染み、暴君ヘンリー8世の6人の妻たちが、何故か現代のガールズグループを結成。センターを争って悲惨な身の上をアピールするうち、王=パートナーに定義されない、自身の価値に目覚めていく。正調ディズニー節とも言うべきポジティブさ、歴史知識を土台に、そのステレオタイプな理解をちゃかすメッセージ性がある。2022年トニー賞でオリジナル楽曲賞などを受賞。

キャスト6人とバンドだけだけど、テンポよくノンストップで歌って踊り、笑いもたっぷり。歴史的な離婚に怒る「No Way」のキャサリン・オブ・アラゴン役・太っちょミリー・ウィロウズや、マッチングアプリの肖像と違うと拒絶されちゃった「Get Down」のアナ・オブ・クレーヴス役・アフリカ系ハンナ・ヴィクトリア、恋愛遍歴に傷ついてきた「All You Wanna Do」のキャサリン・ハワード役・長身のリジー・エメリーがそれぞれ個性的。
王が贈ったという「グリーン・スリーブス」を織り込んだ「Don't Lose Ur Head」のアン・ブーリン役・エリン・サマーヘイズがキュートで、地味でも変らない愛を歌いあげる「Heart of Stone」のジェーン・シーモア役・リバティ・ストッター、ラストを知的に締める「I Don't Need Your Love」のキャサリン・パー役・イジー・フォームバイ=ジャクソンが、達者なバラードを披露。

「サビを3回も歌ったし」と自慢したり、最後は「あと5分」「あと3分」と持ち時間を気にしながら、それぞれのソロのマッシュアップ「Megasix」を畳みかけたり。ビヨンセらポップアイコンの知識があったら、もっとパロディを楽しめたかな。多様性を意識しているとかで、バンドは女官の設定でした~

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2024年喝采尽くし

いろいろあった2024年。特筆したいのは幸運にも蒸せかえる新宿で、勘三郎やニナガワさんが求め続けたテント芝居「おちょこの傘もつメリー・ポピンズ」(中村勘九郎ら)、そして桜満開の季節に、日本最古の芝居小屋「こんぴら歌舞伎」(市川幸四郎ら)を体験できたこと。「場」全体の魅力という、舞台の原点に触れた気がした。
一方で世界の不穏を背景に、ウクライナとロシア出身の音楽家が力を合わせた新国立劇場オペラ「エフゲニ・オネーギン」のチャレンジに拍手。それぞれの手法で戦争や核の罪をえぐる野田秀樹「正三角形」、岩松了「峠の我が家」、ケラリーノ・サンドラヴィッチ「骨と軽蔑」、上村聡史「白衛軍」が胸に迫った。

歌舞伎は現役黄金コンビ・ニザタマによる歌舞伎座「於染久松」は別格として、急きょ駆けつけた市川團子の「ヤマトタケル」に、團子自身の人間ドラマが重なって圧倒された。その延長線で格好良かったのは、演劇で藤原竜也の「中村仲蔵」。團子同様、仲蔵と藤原の存在が見事にシンクロし、舞台に魅せられた者の宿命をひしひしと。

そのほか演劇では「う蝕」の横山拓也、木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」の杉原邦生という気鋭のセンスに、次代への期待が膨らんだ。リアルならではの演出としては、白井晃「メディスン」のドラムや、倉持裕「帰れない男」の層になったセットに、心がざわついた。
俳優だと「正三角形」の長澤まさみ、「峠の我が家」の仲野太賀、二階堂ふみ、「う蝕」の坂東龍汰が楽しみかな。

文楽は引き続き、東京での劇場が定まらずに気の毒。でも「阿古屋」で、桐竹勘十郎、吉田玉助、鶴澤寛太郎の顔合わせの三曲がパワーを見せつけたし、ジブリアニメの背景を使った「曾根崎心中」をひっさげて米国公演を成功させて、頼もしいぞ!

音楽では、加藤和彦の足跡を描いた秀逸なドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、「黒船来航50周年」と銘打った高中正義のコンサートに足を運べて、感慨深かった。もちろん肩の力が抜けた感じで上質だった久保田利伸や、エルトン・ジョン作曲のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(日本人キャスト)、クラシックでいつもニマニマしちゃう反田恭平&JNO、脇園彩のオールロッシーニのリサイタルも楽しかった~ 

このほか落語の柳家喬太郎、立川談春、講談の神田春陽は安定感。
2025年、社会も個人としても、舞台に浸れる有り難い環境が続くことを切に祈りつつ…

ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~


ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~  2024年8月

2000年のスティーブン・ダルドリー初監督映画を、2005年にエルトン・ジョン作曲でミュージカル化し、ローレンス・オリヴィエ賞、トニー賞を受賞。評判だった2017年初演日本版の、再々演に足を運んだ。期待通りの秀作。
まず子役ビリー、マイケルの堂々たる歌と踊りに大拍手。子供が未来の希望を体現するだけに、大人たちが味わう1984-85年炭鉱ストの挫折、取り残される者の寂しさがくっきりして、胸に迫る。舞台ならではの感興もあり、休憩を挟んで3時間10分がちっとも長くない。子供連れが賑やかな東京建物ブリリアホール(豊島区立芸術劇場)の前のほう、やや上手寄りの良い席で1万5500円。

ボクシングを習うビリー(クワトロキャストでこの日は春山嘉夢一)は、偶然クラシックバレエ教室のウィルキンソン先生(ダブルで安蘭けい)に才能を見いだされ、名門ロイヤルバレエのオーディションを目指す。でもお父さんジャッキー(ダブルで益岡徹)らは大反対で…

まず炭鉱町のマッチョな気風(なにせセリフは博多弁!)と、バレエのミスマッチが素朴に面白い。劇時間は1年にも及んだスト期間と一致していて、1幕の力強いSolidarityでは衝突する労働者、警官たちと、みるみる上達していくビリーのバレエ熱が交錯。石炭業の衰退は米ラストベルトにも似て抗い難いけど、階級社会だけに労働者の誇りは強烈だ。だから2幕でビリーを思い、なけなしの誇りを捨てようとするジャッキーと、カンパする仲間の姿が染みる。争議に敗れたのち、労働者たちが高らかに合唱するOnce We Were Kingsは、レミゼばりの感動です。

そんな1年の間のビリーの成長が、また素晴らしい。オーディション行きを禁じられたときのAngry Danceでは、タップで激情を表現。照明の影の演出も効果をあげる。2幕に至ると、オールダービリー(トリプルで元四季の永野亮比己)とSwan Lake Pas de Deux(マシュー・ボーンオマージュ!)で、夢のようなフライングを見せ、ちぐはぐだったオーディションの最後には、Electricityでなぜ踊るのか、内面の衝動を吐露。やがて亡くなった母への執着も乗り越えていく。健気だなあ。

脇も達者。特にビリーに恋する親友マイケル(クワトロで西山遙都)がコミカルで、いいアクセントだ。自分を解き放つExpressing Yourselfや、ラストでビリーを見送る姿の切ないこと。
ジャッキーの無骨なDeep into The Ground、ウィルキンソン先生のしみじみThe Letterも泣かせる。益岡はさすがの安定感。2021年「蜘蛛女のキス」以来の安蘭も、煙草スパスパで声が野太く、ダメ夫と寂れた町に縛られている哀愁を漂わせて格好良い。ちょっと認知症のおばあちゃんエトナ(ダブルで阿知波悟美)が笑いを誘いつつ、Grandma's Songがたくましくて拍手。スタイルもいいし。兄トニーはダブルの吉田広大。
フィナーレではみなチュチュ姿で登場して、ケッサクでした~

ダルドリーは「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」「めぐりあう時間たち」の監督で、2012年ロンドン五輪開閉会式のプロデューサー。しっかりしているはずです。脚本リー・ホール、振付ピーター・ダール、翻訳は常田景子。帰宅してから、2014年ミュージカル化10周年記念公演(歴代27人のビリーが一挙登場)をビデオでチェックしたら、かなり忠実でした。

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おとこたち

PARCO劇場開場50周年記念シリーズ ミュージカル「おとこたち」  2023年3月

2014年に観た岩井秀人の佳作を、なんと自らミュージカルに仕立てて演出。歌謡曲やラップなど、耳馴染みのいい音楽は前野健太。失敗だらけの半生、横暴な父の存在など、お馴染み岩井節の身も蓋もない喜悲劇が果たしてミュージカルとして成立するのか、正直疑問だったんだけど、10年近くをへて、リフレイン「いつかは一人ぼっちになるらしい」に実感があり、一層シニカルだ。だからこそ、今回加わった歌とリズム、ふんだんな笑いがいいバランスを醸して、ダメがダメなりに生きていく愛おしさが胸に染みる。
大原櫻子、吉原光夫ら出演陣が粒ぞろいだ。プログラムで岩井がこの2人の2018年の秀作「ファン・ホーム」を観て、半径5メートルのミュージカルを発想したと語っていて、納得しちゃう。布やテープを使った演出も緻密。反応がいいPARCO劇場、前のほう上手寄りで1万1000円。休憩20分を挟んで2時間半。

老人が混濁する意識の中で、学生時代からの友人同士4人の、思い通りにならなかった60年をたどる。エピソードはほぼ初演通りの感じ。ユースケ・サンタマリアが自然体の前説から続けて、ぬるっと芝居に入り、心優しいクレーム対応の山田を切なく演じる。やり手営業マン・鈴木の吉原と、生活力もないのに不倫を続ける森田の橋本さとしが、しょうもない人生を圧巻の歌唱力で歌い上げちゃう。なにしろジャン・バルジャンだもんなあ。そして転落していくアイドル・津川の藤井隆が、鈴木を追い詰めていく息子役も兼ねて、飛び道具的な力量を見せつける。
森田の不倫相手・純子の大原が、期待通りの可憐さで際立つ。ソロ「自転車」の透明感は出色! 思えば初演は安藤聖だったんですねえ。森田の妻・良子の川上友里(はえぎわ)も存在感がある。

円盤が立体的に重なりスロープをなすセットに、雑然と椅子などを散らし、時の流れ、入れ替わり立ち替わりのシーンをうまく見せる(美術は秋山光洋)。ポールにかかる布や斜めのテーブル、また謎のテロップ状のテープが規制線に転じたりして、日常の歪みを表現。後方でミュージシャンの種石幸也、佐山こうたが演奏。 

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夜の女たち

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース ミュージカル「夜の女たち」  2022年9月

芸術監督・長塚圭史が「忘」と銘打ったメインシーズン幕開けに、1948年の溝口健二監督映画をミュージカル化(上演台本・演出)。なぜ溝口?なぜミュージカル?だし、何か結論めいたものがあるわけじゃないんだけど、しぶとい女たちが妙に痛快だ。2019年「桜姫」などでもコンビを組んでた荻野清子の、ジャズ調の音楽のせいか。ホール前の方のいい席で1万円。休憩を挟んで2時間半強。

終戦直後の大阪・釜ヶ崎。夫は戦地から戻らず、困窮のなかで幼子も死なせてしまった房子(江口のりこ)は、闇ブローカー栗山(大東駿介)の秘書兼愛人となるも裏切られ、自ら街娼へと身を落としていく。朝鮮半島からボロボロになって引き揚げてきた妹・夏子(前田敦子)は無軌道なダンサー暮らしで薬物に溺れ、義理の妹・久美子(井原六花)まで、たちの悪い少年・清(前田旺志郎)に欺されて…

千里山の婦人保護寮とか街娼のリンチとか、占領下の貧しさ、踏みつけられっぱなしの女たちは悲惨だし、なんとも古臭い。長塚にとっては南北や三好十郎を取り上げるのと同じ感覚かも(原作はなにしろ田中絹代主演)。
もっとも、あえてミュージカルにしたことでリアルさが薄れ、足を踏み出すしかないという、なけなしのパワーが印象的になった感じ。曲調は力強く、時にコミカルで、「反逆の夜」の5連符やリフレインが耳に残る。

江口は巧いものの、ミュージカルの主役、すべての男に復讐してやるという強烈なキャラにしては、飄々としてたかな。「パンドラの鐘」がよかった前田が期待通り、特徴ある声とすらりとした立ち姿で、はすっぱな存在感を発揮。「海王星(オンライン)」で目立ってた井原も可愛く、動きに切れがある。対する男性陣は引き立て役だけど、大東、前田がともに、なんとも暗くて切ない。北村有起哉は怪しい栗山の右腕と、善良な保護寮院長という対照的な役で舞台を推進する。やはり対照的な娼婦を斡旋しちゃう古着屋と、偽善的な教育婦人をこなす北村岳子が説得力抜群!と思ったら、四季出身なんですね~
セットは抽象的で、傾斜した床の市松模様が美しく、左右の袖にバンドが陣取る。美術は二村周作、バンマスは岸徹至。

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