オペラ

Nightly Opera Streams: Lucia di Lammermoor

Lucia di Lammermoor  2020年5月

番外編のNETオペラのストリーミングで、ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」を鑑賞。2017年に新国立劇場で聴いたほか、METのライブビューイングでデセイ版、ネトレプコ版でそれぞれ聴いたことがある、超絶技巧の演目だ。

今回の配信はオペラファンチョイスの1982年版。タイトルロールのジョーン・サザーランドはベルカントに光をあて、パヴァロッティを見い出したオペラ界の功労者で、なかでもルチアは1959年コベントガーデン公演で注目された代表作とのこと。知らなかったなあ。指揮はもちろんリチャード・ボニング。パートナーとしてサザーランドにコロラトゥーラを勧めた人とのことです。

サザーランドはオーストリア出身のソプラノ。身長170センチ台でごついし、たぶん最盛期の美声ではないんだろうけど、貫禄の強靭さが素晴らしい。恋人エドガルドは、やはりルチアを得意としたというアルフレード・クラウス・トルヒージョ(スペインのテノール)で年齢を感じさせない華麗さ。ふたりとももう故人です。そして兄エンリーコはパブロ・エルバイラ(プエルトリコのバリトン)。演出は手堅いブルース・ドンネル。

英国ロイヤル・オペラ・ハウス 椿姫

Royal Opera House's #OurHouseToYourHouse series  La traviata   2020年5月

番外編のストリーミングで、英国ロイヤル・オペラの「椿姫」を鑑賞。情感豊かなヴィオレッタのルネ・フレミングはじめ、スター揃いのキャストにアントニオ・パッパーノのドラマティックな指揮の組み合わせで、名場面の連続、捨てるところのない舞台だ。

アルフレードのジョセフ・カレヤ(ジョゼフ・カリージャ)が伸び伸び。陰影ある父ジェロモンのトーマス・ハンプソンは、先日のフィレンツェ歌劇場のガラ・コンサートに登場してましたね。演出がこれまたリチャード・エア、1994年初演の人気プロダクションだそうで、奇をてらわず、しかしヴィオレッタ宅の絵画や書物といった細部の作り込みや、ダイナミックなカジノのバレエシーンなど隙なく美しい。

エウゲニ・オネーギン

巣ごもりシアター エウゲニ・オネーギン   2020年4月

誠に残念ながら、コロナ対応でライブ公演はすべてキャンセルなので、備忘録として映像鑑賞を記録します。
まずは2019年オープニングで、台風のため公演が中止になったチャイコフスキー「エウゲニ・オネーギン」を、新国立劇場のオンライン配信「巣ごもりシアター」で。アンドリー・ユルケヴィチ指揮、東京フィル。

2013年のMETライブビューイング、2016年のマリインスキー・オペラの来日公演で聴いた演目だ。METのネトレプコ、グヴィエチェン、ベチャワのゴールデントリオが、記憶に強く残っている。

今回、キャストはロシア出身で固めていて、タチヤーナのエフゲニア・ムラーヴェワ(サンクトペテルブルク生まれのソプラノ)が気品もあって良かった。タイトルロールのワシリー・ラデューク(バリトン)は徐々に調子を上げ、レンスキーのパーヴェル・コルガーティン(テノール)はやや軽いけど、のびのび。グレーミン公爵のアレクセイ・ティホミーロフ(バス)が堂々として情緒もあって、拍手が多かった。

モスクワのヘリコンオペラの芸術監督ドミトリー・ベルトマン演出の新制作。妹オリガ(ロシアや東欧で活躍するメゾ、鳥本弥生)は冒頭、フリフリのピンクドレスでコミカルだけど、幼く未熟な設定を象徴的に表現。大詰めでは一転、大人になったタチヤーナが、美しい真っ赤なドレスを脱ぎ捨て、哀しい心情を吐露するのがドラマチックだ。合唱がストップモーションなどで達者に、心ない世間を表す。演劇だなあ。

ラ・ボエーム

ラ・ボエーム  2020年2月

2020年初オペラは新国立劇場。高水準の歌手陣で、王道プッチーニ節の青春ドラマにひたる。指揮はミラノ生まれ、きびきび艷やかでテンポ自在なパオロ・カリニャーニ。東京交響楽団。新国立劇場オペラハウスの通路前最上級の席で2万1384円。休憩2回で3時間弱。

ミミは新国立初登場のニーノ・マチャイゼ(ジョージア出身のソプラノ)。お針子にしては貫禄だけど、そのぶん牽引力があって、都会のひとり暮らしという現代的なキャラが納得できる造形。2008年ザルツブルクで、ネトレプコの代役でジュリエットを歌って注目された人なんですね。声量豊かで特に後半、調子を上げたかな。期待のムゼッタ、辻井亜季穂は大学からドイツに渡り、現在はヴュルツブルク歌劇場専属ソプラノ。小柄だけど華があり、大好きな2幕のワルツ「私が独りで街を行くと」は青いドレスで堂々たるもの。終盤にみせる優しさの演技もよかった。海外で活躍する日本人歌手を聴くのは楽しいな。
男声陣も安定していてバランスがいい。不器用な詩人ロドルフォのマッテオ・リッピ(ジェノバ生まれ、まだ30代の新進テノール)はさすが若くて伸びがあり、同居する画家マルチェッロのマリオ・カッシ(イタリア出身のバリトン)と共に新国初登場。しっかり者の音楽家ショナール、森口賢二(バリトン)にコメディ味があり、哲学者コッリーネのお馴染み松位浩(バス)は、4幕「古い外套よ、聞いてくれ」が染みた。

粟國淳のプロダクションは2003年から再演を重ねた定番だけど、意外にも初見。雑然とした屋根裏部屋、雪のアンフェール関門はオーソドックスに、また2幕クリスマスイブのカルチェラタンは、これでもかという賑わいと、人力で建物のセットを動かすダイナミックさが素晴らしかった。

終演後は友人と、年明け早々に発表された2020-21シーズンのパンフを検討しました。ワーグナーやヴェルディ、プッチーニの定番に新制作、ダブルビルやオリエ演出もあってバラエティ豊か。歌手も充実しているらしい。楽しみ~

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スペードの女王

野村グループpresents マリインスキー・オペラ「スペードの女王」  2019年12月

3年ぶりのマリインスキー歌劇場、指揮はもちろん芸術総監督ワレリー・ゲルギエフだ。プーシキン原作の幻想的で屈折した悲劇を、美しいチャイコフスキー節(1890年初演)と確かな歌唱、スタイリッシュな演出で堂々と。東京文化会館大ホールの上手ウィングA席で3万6000円。休憩2回で4時間弱。

物語は18世紀末、エカテリーナ2世時代のサンクトペテルブルクを舞台に、士官ゲルマン(ウラディミール・ガルージン)の暗い情熱と破滅を描く。ゲルマンは可憐なリーザ(イリーナ・チュリロワ)が、かねて焦がれていた娘と知って、友人の婚約者なのに激しく言い寄っちゃう。一方で、カード賭博の必勝法「3枚の札」に取り憑かれ、その秘密を聞き出そうとリーザの祖母である伯爵夫人(アンナ・キクナーゼ)を脅し、なんと夫人はショック死! リーザはゲルマンの所業に絶望して運河に身を投げ、ゲルマンも賭けに負けて、夫人の亡霊とリーザに詫びながら息絶える。仮面舞踏会や幕間劇など、爛熟した宮廷文化と、人間の罪深さ、狂気が交錯して複雑だ。

歌手陣はチュリロワ(ソプラノ)が伸びやかで、第2場の女声デュエット「今はもう、夕べの刻」が美しく染みる。長椅子に横たわる姿も色っぽい。キクナーゼ(メゾ)はちょっと異様な存在感だ。老いてとぼとぼ歩きながら、華やかだった若い日々にとらわれていて哀切。期待したガルージン(テノール)は小柄だし、ベテランのせいか滑り出しは省力だったものの、徐々にエンジンをかけ、終幕「俺たちの人生とはなんだ?」などで熟達の表現を聴かせました。
初めて聴く演目で、カード賭博に馴染みがないせいもあり、ちょっと入り込みにくかったけど、アレクセイ・ステパニュク演出は重厚、かつ凝っていて目が離せない。冒頭と幕切れに、カードをもてあそぶ少年が登場して、運命を象徴。暗いステージに、荘厳な柱を自在に動かしてシーンを構築したり、白い彫刻たちが動き出しちゃう一方で、生きている人物が凍りついていたりして、現実感のなさが印象付けられる。
ロビーには財界人の姿も多く、オペラ公演らしかったです。

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ドン・パスクワーレ

ドン・パスクワーレ  2019年11月

新国立劇場のオペラは、残念ながら幕開け「エウゲニ・オネーギン」が台風で休演となり、今シーズン初の鑑賞。新国立初登場の演目で、大人っぽいコメディだ。ドニゼッティの甘く気品ある旋律と、一流歌手たちの古風で華麗なベルカントの競演で、明るい気分になりました! 新国初登場、ベルガモ生まれのコッラード・ロヴァーリス指揮、東京フィル。中央あたりのいい席で24300円。休憩を挟んで約2時間半。
ドン・パスクワーレといえば2010年にMETライブビューイングで、ネトレプコのはじけっぷりに大笑いした演目。最近でもダイジェスト映像に名場面として登場してますね。今回のノリーナ、当初予定のダニエル・ドゥ・ニースが降板しちゃったんだけど、代わった「ライジングスター」(大野和士芸術監督)ハスミック・トロシャン(アルメニア生まれのソプラノ)はとてもよかった~ 1幕「騎士はその眼差しに」など、超絶ハイトーンやアジリタなど技巧十分、しかも美形。賢さと快活さが備わってました。
対する男声陣2人は、ベテランで芸達者。タイトロールのロベルト・スカンディウッツィ(イタリアのバス)はお髭など貫禄十分で、滑稽になり過ぎず、医師マラテスタのビアジョ・ピッツーティ(イタリア・サレルモ出身のバリトン)も余裕たっぷり、格好良く仕掛け人を楽しんでいる感じ。大騒ぎの3幕「お嬢さん、そんなに急いでどこへお出かけ」や、早口が軽やかな「静かに、今すぐに」で実力を発揮してました。甥エルネストのマキシム・ミロノフ(ロシアのテノール)はちょっと弱かったけど、あなた任せなこの役には合ってたかな。
お話は伝統的な、身も蓋もないオペラ・ブッファだ。金持ち老人は自分が勧める縁談に見向きもしない甥に意地悪して、主治医(甥の親友)の妹(実は甥の恋人)との年の差婚に浮かれちゃう。これがとんだ罠で、散々に懲らしめられる。
イタリアの気鋭ステファノ・ヴィツィオーリの演出は、1994年スカラ座初演の名プロダクションとのことで、フランス第一帝政スタイルの衣装など伝統的ながら、シンプルで非常に洗練された印象だ。ドン・パスクワーレ邸は美術品や書物が並ぶ。演目の初演1843年はウィーン体制の崩壊寸前。ローマで台頭したブルジョワジーの、経済力を重んじる生真面目さがにじむ。だからこそタイトロールがただの笑いものにならず、余韻が膨らむんですね。ノリーナが乗り込んでからの混乱シーンでは、宝石、ドレスや台所のご馳走など惜しげなく小道具を散りばめ、使用人たちの動きもふんだんで楽しい。面白かったです!
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オテロ

英国ロイヤル・オペラ 2019日本公演「オテロ」   2019年9月

パッパーノ指揮の引っ越し公演、最終日は巨匠ヴェルディの「オテロ」。繊細と迫力のメリハリ効いたオケ、高水準の歌手陣に、陰影の濃いスタイリッシュな演出があいまって、人間のどうしようもない弱さ、苦悩のドラマをくっきり描く。これぞシェイクスピア本場の演劇性というべきか。なんだか息を詰めて鑑賞する感じの東京文化会館、上手ウィングの最後列でA席3万3800円。休憩を挟み3時間強。
物語は言わずとしれた15世紀キプロス島における、ヴェネツィアの英雄オテロの転落劇。騎手ヤーゴの奸計にはまり、妻デズデモアの不貞を疑って、ついには手にかけちゃう。嫉妬が暴走する心理劇にとどまらず、世界の現状を考えると、差別意識の罪深さ、差別する側、される側双方に引き起こす心の歪みが迫ってきて、痛々しい。

歌手陣はベテラン揃いで、安定感抜群だ。タイトロールのグレゴリー・クンデ(米国出身のテノール)はなんと65歳!ながら、高音に張りがあってリリカル。1幕の甘い愛の2重唱「夜の深い闇に」、怒りを爆発させるヤーゴとの2重唱「神かけて誓う」、大詰めの絶唱「オテロの死」などで舞台を牽引。昨年のローマ歌劇場「マノン」のデ・グリューで聴いた人ですね。対する、気の毒すぎるデスデモナは初来日のフラチュヒ・バセンツ(アルメニアのソプラノ)。美形だし、4幕「アヴェ・マリア」の見事な弱音など、若々しい透明感に引き込まれた。
重要な悪役ヤーゴのジェラルド・フィンリー(モントリオール生まれのバス・バリトン)は、ただ者でない堂々の性格俳優ぶり。2幕「俺は生まれながらの悪魔だ=通称ヤーゴのクレド(信条)」を、不気味にスモークを吐き出す床にころがりつつ熱唱するなど、存在感が半端ない。利用されるカッシオのフレデリック・アンタウン(ケベック生まれのテノール)も、伸びやかな声と長身で目立ってました。
2009年新国立で「トーキョーリング」を観たキース・ウォーナーの演出(17年初演)は、クラシックな衣装ながら、シンプルな幾何学模様のセットに、照明の鮮やかな転換など、細部まで凝りまくり。なにしろ冒頭、あえてパッパーノを拍手で迎えず、いきなりヤーゴが白い仮面(善)を投げ捨て、黒(悪)を選ぶシーンで幕を開けるのだもの。その後も、鏡に異形のオテロを映し出したり、舞台後方にヤーゴをシルエットで不気味に登場させたり、深かった~

カーテンコールは最終日のお約束、オケも全員ステージに登場。キラキラ紙吹雪が舞って、上品な幕切れでした。客席には財界人も大勢。

ファウスト

英国ロイヤル・オペラ2019日本公演「ファウスト」   2019年9月

2015年以来のロイヤル来日は、グノーによる流麗な旋律ながら、人の醜さを突きつけるビターな演目だ。期待のグリゴーロら歌手の存在感を満喫すると同時に、やっぱり就任17年というアントニオ・パッパーノ指揮、オケの安定感が抜群だったかな。財界人が目立つ東京文化会館大ホール、上手寄りウイングの観やすい席で5万2000円。休憩1回を挟み3時間半強。

タイトロールは昨年のリサイタルが楽しかったヴィットリオ・グリゴーロ(イタリアのテノール)。「この清らかな住まい」など、高音が期待通りに軽々と張りがある。加えてよぼよぼから若返るシーン、情熱的な告白など、きびきびと大げさな演技が目を引く。
メフィストフェレスは2008年のウィーン、前回2015年のロイヤルでドン・ジョバンニを聴いたイルデブランド・ダルカンジェロ(イタリアのバリトン)。対照的に、太い声と長身の威圧感、野性的でちょっとコミカルなのがいい。石像のふりしてて動き出しちゃうし。
一瞬でファウストと恋に落ちるものの捨てられ、兄に責められて狂気に至る散々なマルグリートは、初来日のレイチェル・ウィリス=ソレンセン(米国出身のソプラノ)。当初予定のヨンチェヴァが「レパートリーから外した」と降板しちゃったのは残念だったけど、技巧を駆使した「宝石の歌」などで可憐さ、生真面目さを表現。METでフィガロの伯爵夫人を演じてるし、30代だけどデンマーク人と結婚して子供もいるとか。ファウストとの決闘に倒れる兄ヴァランタン、ステファン・デグー(バリトン)も伸びやか。「武器を捨てよう」など合唱も活躍。

演出がクセモノ。手掛けたのはMETの女王3部作などでお馴染み、デイヴィッド・マクヴィカーだ。特に後半、エグいバレエで人間の暗部を見せつける。初演時の1870年代パリという設定で、第2帝政末期の退廃が色濃い。マルグリートはなんと実在したキャバレー「地獄」のウェイトレスで、寂しい裏通りに暮らす。メフィストフェレスの手下たちは妖しい蜘蛛ダンスで、民衆にお札をばらまく「金の子牛の歌」ではキリスト像が倒れちゃうし、カンカンガールと学生が淫らにたわむれる。
ファウストは後悔に苛まれて、こともあろうに薬物に走っちゃうし、ついに錯乱するワルプルギスの夜のバレエは、メフィストフェレスがティアラで女装し、妊婦や傷だらけのヴァランタンも登場して、目をそむけたくなるほどグロテスク。だからこそ、舞台下手にそびえるパイプオルガンの壮麗(スーツ姿の天使がマルグリートを見下ろす)や、幕切れ迫力の3重唱とマルグリートの救済が印象的でした。

カーテンコールは暗い物語から一転、グリゴーロがおおはしゃぎ。もっと幕を上げたそうで、微笑ましかった~

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トゥーランドット

トゥーランドット  2019年7月

新国立劇場オペラのシーズン締めくくりは、2年がかりで初めて東京文化会館と共同制作する「オペラ夏の祭典」。スケール大きく、聴き応え、見応え十分の舞台です。芸術監督の大野和士が指揮し、オケはなんと音楽監督を務めるバルセロナ交響楽団を招聘。2階席前の方で、大掛かりなセットもつぶさに。2万9160円。休憩2回を挟んで約3時間。
歌手は高水準で、タイトロールはワーグナーでお馴染みイレーネ・テオリン(スウェーデン出身のソプラノ)。期待通りの迫力だ。カラフのテオドール・イリンカイ(ルーマニアの若手テノール)も伸び伸びとして、負けてない。そして何といっても、英国を本拠とするリューの中村恵理が、可憐なだけでない芯の強さを好演。アルトゥム皇帝の持木弘ら、日本人キャストもいいバランスだ。
言わずと知れたプッチーニの美しい旋律に対し、演出は刺激的。バルセロナ五輪開幕式を手掛けたアレックス・オリエは、まずステージいっぱいに、モノトーンの巨大なインド階段井戸を組み立てた。民衆が底辺で蠢くなか、姫と皇帝が巨大宇宙船で上空から降りてくるスペクタクル。支配と抑圧、階層の分断がくっきりする。タタールを追われた王子カラフの、王位への執着も強烈だ。
冒頭ではなぜ姫が残酷になったのか、その根っこのトラウマを見せる。そのうえでラストを通常のおとぎ話から、大胆に読み替え。確かにプッチーニの絶筆を書き足したとあって、リューが犠牲になり、姫が改心しちゃうハッピーエンドだと、ご都合主義は否めない。今回はリューが倒れた後も舞台上に残り、決して改心しない誇り高い姫の、究極のプロテストで幕を閉じる。悲劇なんだけど、納得感はあったかな。
分厚い合唱は、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブル。児童合唱はTOKYO FM少年合唱団。贅沢~

終演後、6倍の確率をかいくぐってバックステージツアーに参加できました。巨大セットの迫力を堪能。テオリン様が各幕の冒頭から、狭い宇宙船で待機しているというのは驚きでした。

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運命の力

英国ロイヤル・オペラ・ハウスシネマシーズン2018/2019 運命の力 2019年5月

初めてロイヤルオペラのライブビューイングを鑑賞。今シーズン随一の話題作、ヴェルディ✕ネトレプコ✕カウフマンという豪華ステージを堪能する。3月初日で、指揮は来日を控える音楽監督アントニオ・パッパーノ。METのようにバックステージインタビューとか臨場感たっぷりの演出はないけれど、幕間にパッパーノがピアノを弾く解説ビデオが挟まったりして、勉強になる。「ヴェルディは信心深かった」とのこと。
いろんな素晴らしい公演が楽しめて、ライブビューイングも進化しているなあ。公園沿いで絶好のロケーションのTOHOシネマズ日比谷、スクリーン1のゆったり革張りのPボックスシートで6000円。休憩2回で4時間20分は、さすがに長いけど。
演目は2015年に新国立劇場で鑑賞。震災で一度中止になったという感慨もあり、華麗という言葉がぴったりの旋律に酔った記憶がある。今回もお馴染みの序曲から、運命を暗示する3連音、切なくうねるバラードなど、キャッチーでスケール大きい旋律が盛りだくさんだ。パッパーノが人物の移り変わる心理を、くっきりと聴かせる。
歌手は役にぴったり。まず圧巻は、初役というレオノーラのネトレプコ! 駆け落ちに失敗、恋人アルヴァーロが誤って父を撃ち殺す悲劇から修道院に隠棲。運命の再会を果たすも、ラストは兄ドン・カルロに討たれちゃう散々なヒロインだ。終盤は白髪交じりになりつつ、柔らかく貫禄ある声で魂の救済を求めるアリアを存分に聴かせます。
アルヴァーロのカウフマンがまた、持ち前の暗さ、悲しさが合って、一段とスケールアップした印象。戦場で、また修道院で、一度は友となったドン・カルロとの決闘に追い込まれ、またしても殺してしまう。レオノーラを抱いてのラストは、まさにドラマチック。一方、復讐にとりつかれたドン・カルロのルドヴィク・テジエも、カウフマンとの声の応酬で白熱。フランス出身、最高峰のヴェルディ・バリトンだそうで、悲劇のキーマンらしいクセのある存在感だ。
脇は2人のイタリア人バスで、修道院長はお馴染みフルラネットで安定。修道士のコルベットは唯一コミカルな演技で変化をつけていた。そして冒頭に殺されちゃう父・侯爵の1940年生まれの大ベテラン、ロバート・ロイドで、大きな拍手を浴びてました。
クリストフ・ロイの演出(オランダ国立劇場と共同制作)は、舞台を18世紀から20世紀前半に置き換えてお洒落、かつわかりやすい。特に序曲で、兄妹の子供時代を加えたのが独創的だ。厳格な父、遊んでばかりの兄、そして可愛い弟の不慮の死が、兄に強い劣等感を植え付けたという解釈で、後の執念深さの伏線になる仕掛け。父の死の映像を繰り返し投影して、レオノーラを追い詰めていく工夫もあった。3幕の戦場以外は、侯爵家や教会を一セットのアレンジで描き、シンプルながら閉塞感が強い。ドイツ出身でローレンス・オリヴィエ賞受賞者、新国立の「イエヌーファ」もシャープだったなあ。

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