オペラ

トゥーランドット

トゥーランドット  2019年7月

新国立劇場オペラのシーズン締めくくりは、2年がかりで初めて東京文化会館と共同制作する「オペラ夏の祭典」。スケール大きく、聴き応え、見応え十分の舞台です。芸術監督の大野和士が指揮し、オケはなんと音楽監督を務めるバルセロナ交響楽団を招聘。2階席前の方で、大掛かりなセットもつぶさに。2万9160円。休憩2回を挟んで約3時間。
歌手は高水準で、タイトロールのイレーネ・テオリン(スウェーデン出身のソプラノ)が期待通りの迫力。カラフのテオドール・イリンカイ(ルーマニアの若手テノール)も伸び伸びとして、負けてない。また英国を本拠とするリューの中村恵理が、可憐なだけでない芯の強さを好演。アルトゥム皇帝の持木弘ら、日本人キャストもいいバランス。
言わずと知れたプッチーニの美しい旋律に対し、演出は刺激的。バルセロナ五輪開幕式を手掛けたアレックス・オリエは、まずステージいっぱいに、巨大なインドの階段井戸を組み立てた。民衆が底辺で蠢くなか、天上から姫と皇帝が、巨大宇宙船で降りてくるスペクタクル。支配と抑圧、階層の分断がくっきりする。タタールを追われた王子カラフの、王位への執着も印象的だ。
そしてラストを大胆に読み替え。確かにプッチーニの絶筆とあって、リューの犠牲のもと残酷な姫が改心しちゃうハッピーエンドは強引だ。今回はリューは倒れた後も舞台上に残り、決して改心しない姫の、究極のプロテストで幕を閉じる。悲劇なんだけど、納得感はあったかな。
分厚い合唱は、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブル。児童合唱はTOKYO FM少年合唱団。充実~

終演後、6倍の確率をかいくぐってバックステージツアーに参加できました。巨大セットの迫力を堪能。テオリン様が各幕の冒頭から、狭い宇宙船で待機しているというのは驚きでした。

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運命の力

英国ロイヤル・オペラ・ハウスシネマシーズン2018/2019 運命の力 2019年5月

初めてロイヤルオペラのライブビューイングを鑑賞。今シーズン随一の話題作、ヴェルディ✕ネトレプコ✕カウフマンという豪華ステージを堪能する。3月初日で、指揮は来日を控える音楽監督アントニオ・パッパーノ。METのようにバックステージインタビューとか臨場感たっぷりの演出はないけれど、幕間にパッパーノがピアノを弾く解説ビデオが挟まったりして、勉強になる。「ヴェルディは信心深かった」とのこと。
いろんな素晴らしい公演が楽しめて、ライブビューイングも進化しているなあ。公園沿いで絶好のロケーションのTOHOシネマズ日比谷、スクリーン1のゆったり革張りのPボックスシートで6000円。休憩2回で4時間20分は、さすがに長いけど。
演目は2015年に新国立劇場で鑑賞。震災で一度中止になったという感慨もあり、華麗という言葉がぴったりの旋律に酔った記憶がある。今回もお馴染みの序曲から、運命を暗示する3連音、切なくうねるバラードなど、キャッチーでスケール大きい旋律が盛りだくさんだ。パッパーノが人物の移り変わる心理を、くっきりと聴かせる。
歌手は役にぴったり。まず圧巻は、初役というレオノーラのネトレプコ! 駆け落ちに失敗、恋人アルヴァーロが誤って父を撃ち殺す悲劇から修道院に隠棲。運命の再会を果たすも、ラストは兄ドン・カルロに討たれちゃう散々なヒロインだ。終盤は白髪交じりになりつつ、柔らかく貫禄ある声で魂の救済を求めるアリアを存分に聴かせます。
アルヴァーロのカウフマンがまた、持ち前の暗さ、悲しさが合って、一段とスケールアップした印象。戦場で、また修道院で、一度は友となったドン・カルロとの決闘に追い込まれ、またしても殺してしまう。レオノーラを抱いてのラストは、まさにドラマチック。一方、復讐にとりつかれたドン・カルロのルドヴィク・テジエも、カウフマンとの声の応酬で白熱。フランス出身、最高峰のヴェルディ・バリトンだそうで、悲劇のキーマンらしいクセのある存在感だ。
脇は2人のイタリア人バスで、修道院長はお馴染みフルラネットで安定。修道士のコルベットは唯一コミカルな演技で変化をつけていた。そして冒頭に殺されちゃう父・侯爵の1940年生まれの大ベテラン、ロバート・ロイドで、大きな拍手を浴びてました。
クリストフ・ロイの演出(オランダ国立劇場と共同制作)は、舞台を18世紀から20世紀前半に置き換えてお洒落、かつわかりやすい。特に序曲で、兄妹の子供時代を加えたのが独創的だ。厳格な父、遊んでばかりの兄、そして可愛い弟の不慮の死が、兄に強い劣等感を植え付けたという解釈で、後の執念深さの伏線になる仕掛け。父の死の映像を繰り返し投影して、レオノーラを追い詰めていく工夫もあった。3幕の戦場以外は、侯爵家や教会を一セットのアレンジで描き、シンプルながら閉塞感が強い。ドイツ出身でローレンス・オリヴィエ賞受賞者、新国立の「イエヌーファ」もシャープだったなあ。

フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ

フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ 2019年4月

新国立劇場は今シーズンから1年おきに上演するというダブルビルの新制作。今回はフィレンツェつながりで、ほぼ同時期の作品ながら対照的な曲調の組み合わせで、変化に富む。珍しい演目だし、日本人キャストも充実していて満足~ 沼尻竜典指揮、東京フィル。休憩を挟んで2時間半とコンパクトです。
古都の町並みを描いた紗幕から、まず1917年初演の「フィレンツェの悲劇」。キャストは3人、一夜の心理劇だ。オスカー・ワイルド原作、世紀末ウィーンで活躍した作曲家とあって、緊迫と退廃が漂う。
なにしろ老商人シモーネ(ロシアのベテラン・バリトン、セルゲイ・レイフェルクス)が旅から戻り、若い妻ビアンカ(齊藤純子、仏ボルドーを拠点とする長身ソプラノ)が浮気相手グイード(ロシアのテノール、ヴゼウォロド・グリヴノフ)といるのに出くわす。激しい猜疑と嫉妬にかられつつ、大公の息子であるグイードにへつらい、高価な衣装を売り込んだり宴に誘ったり。糸紡ぎ部屋に追いやられたビアンカは、隙をみてグイードと甘く愛を語らい、夫殺害をけしかける。ついに男同士が決闘に至り、シモーネが意外にもグイードを絞め殺すと、なんとビアンカは一転、夫にしなだれかかっちゃう。2人で愛を歌うトンデモで幕切れ。
なんといってもオケの聴きごたえが抜群。事前のオペラトークによると「薔薇の騎士」などリヒャルト・シュトラウスの影響を強く受けているそうで、ワーグナーっぽさもあって、分厚くゴージャス。初ツェムリンスキーだったけど、シェーンベルクの師匠、マーラーの奥さんの元カレという重要人物なんですねえ。
歌手は不気味かつパワフルに歌いまくるレイフェルクスに、齊藤さんが負けてなかった。粟國淳演出はルネッサンス期の設定ながら、館が崩れかかった不穏なセットでシャープ。

休憩後はがらりと雰囲気が変わって、プッチーニの1918年メト初演のドタバタ喜劇「ジャンニ・スキッキ」。叙情たっぷりの名アリア「私のお父さん」はお馴染みだけど、オペラとしての上演は貴重な機会です。
フィレンツェの町並みは舞台後方に移動し、巨大で雑然とした書き物机の上で右往左往するキッチュな演出に。登場人物たちの卑小さを際立たせて効果的だ。遺言状が巨大だし。衣装などは1950年代の設定。さすが粟國さん、イタリア育ちのセンスが光る。
お話は大富豪ドナーティの死の直後。集まった親戚たちは追悼そっちのけで遺言状を探し、遺産が全額修道院行きと知って愕然とする。若いリヌッチョ(村上敏明、藤原のテノール)は伯母ツィータ(ドイツ中心に活動するメゾ、寺谷千枝子)にラウレッタ(「ホフマン物語」で聴いたソプラノ、砂川涼子)との結婚を認めさせようと一計を案じ、ラウレッタの父ジャンニ(カルロス・アルバレス、スペイン出身、2012年ウィーンオペラで聴いた世界的バリトン)を頼る。ジャンニは田舎者と馬鹿にされてヘソを曲げるものの、ラウレッタに「結婚できないならベッキオ橋から身を投げる!」と懇願されて悪だくみを承諾(あの美しい旋律がこんな内容だったとは…) 大胆にもドナーティがまだ生きていると装って公証人を騙し、強欲な親戚たちも出し抜いて、まんまと多額の遺産をせしめる。
上演わずか1時間だけど、日本人歌手演じる親戚たちの騒々しい掛け合い、重唱がテンポよく、愉快。そのなかでアルバレスがさすがに渋く、存在感を発揮していい対比だ。「さらばフィレンツェ」など短いアリアも聴かせます。曲調は後年のミュージカルへの影響を見受けられるらしい。
ジャンニは身勝手な悪党だけど、これも若い二人の愛のためと語り、幕切れはあっけらかんと爽やかでした~
前日の演劇と続けて、知人のエコノミストに遭遇。幕間では通路にいた粟國さんに、思わず称賛を送っちゃいました。全席になんとエアウィーヴのクションを導入。工夫してます。
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小澤征爾音楽塾「カルメン」

小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩⅦビゼー:歌劇「カルメン」  2019年3月
春めいた休日、若手による懸命なオケと合唱団を応援しに、小澤塾の千秋楽に足を運んだ。今回は残念ながら、83才となる塾長/音楽監督の小澤さんが、直前に急性気管支炎に倒れて降板しちゃったけれど、リエージュ王立フィル音楽監督のクリスティアン・アルミンクが、全編の指揮を溌剌と。お馴染みオペラ界屈指のヒットパレードと、水準の高い歌手陣、メト首席演出家デイヴィッド・ニースの演出という本格的舞台を楽しむ。東京文化会館大ホール、前の方やや上手寄りで2万5000円。休憩2回で3時間半。
タイトロールの美形サンドラ・ピクス・エディ(メゾ)は演技力が高く、4幕の純白のドレス姿が圧巻。許嫁ミカエラのケイトリン・リンチ(ソプラノ)が抒情豊かで目立っていた。頼りないドン・ホセがはまり役のチャド・シェルトン(テノール)も、尻上がりに高音の輝きを増す。日本人キャストも密輸商人レメンダードの太っちょ大槻孝志(テノール)が存在感を示してた。ほかに闘牛士エスカミーリョはエドワード・パークス(バリトン)、上官ズニガはジェフリー・ベルアン(バス)。
アジア各地から集まったという総勢60人からのオケは、堂々たる演奏ぶり。京都市少年合唱団が可愛いかった。
そして2回めのカーテンコールに小澤さんが登場! ちょっと足元がトボトボしていたけど、満場のスタンディングオベーションで感謝を伝えました~ 来年は「こうもり」だそうです。小澤さん、どうぞお元気で!
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タンホイザー

タンホイザー      2019年2月

ワーグナーの中期作は、序曲「巡礼の合唱」のテーマからいきなりドラマチック。少しくらい眠くたって、音に浸れば幸せになれるのが、この巨匠の凄いところ。歌手、合唱が高水準で、2013年にも観たハンス・ペーター=レーマンの演出も端正。イスラエル出身のベテラン、アッシャー・フィッシュの指揮はちょっとまったりした印象で、ピットいっぱいの東京交響楽団も出だしの管あたりが不安定な気がしたけど、徐々に調子を上げていた。要所要所のクラリネットが印象的。新国立劇場オペラハウス、オケがみえる2階中央の最前列で2万4300円。休憩2回で4時間強。

なんといってもエリーザベトのリエネ・キンチャ(ラトヴィア生まれのソプラノ)が、3幕「祈り」など柔らかい声と気品ある佇まいで舞台を牽引。対するタイトロールのトルステン・ケール(ドイツのヘルデンテノール)は太っちょだけど、大詰めの「ローマ語り」で圧巻の迫力を披露。
対照的に長身細身の親友ヴォルフラム、ローマン・トレーケル(ドイツのバリトン)は抑制がきき、「夕星の歌」の哀愁が際立つ。色気過剰なヴェーヌスのアレクサンドラ・ペーターザマー(ドイツのメゾ)、領主ヘルマンの人気者・妻屋秀和(バス)が安定し、ほかに小柄な牧童の吉原圭子(2017年のジークフリートで小鳥役だったソプラノ)、騎士ピーテロルフの萩原潤(2016年のローエングリンで伝令だったバリトン)が声がよく通って目立ってた。

物語は中世チューリンゲンを舞台に、騎士タンホイザーの彷徨と救済を描く。酔わせる序曲とともに、せり上がる巨大アクリル柱と照明に引き込まれる。続く1幕「バッカナール」のバレエは、背景に投影される映像も印象的。禁断の地ヴェーヌスベルクに「居続け」していたタンホイザーがマリアと叫んだ途端、照明が爽やかなヴァルトブルクに転じ、親友ヴォルフラムのとりなしで宮廷に復帰がかなう。
2幕で両思いの姫エリーザベトと再会するものの、壮大な「入場の合唱」、そしてハープが活躍する歌合戦で、ヴェーヌスを讃えちゃって非難轟々。エリーザベトが命を救うが、ローマへと贖罪の旅に出る羽目に。
3幕は「恩寵の動機」(ドレスデン・アーメン)が厳粛さを盛り上げる。結局、タンホイザーは教皇の許しを得られず、絶望して戻るが、一転、エリーザベトの自己犠牲で救済へと至る。「罪と罰」と違って命は果てちゃうけど。巡礼たちの合唱と、奇跡の杖に集まっていく動きが美しく、宗教を理解してなくても、問答無用で感動が押し寄せる。まさに音楽の力を堪能しました~

ホワイエにはインスタ用のパネルが登場。工夫しているなあ。来シーズンのラインナップが発表になって、バロックとか楽しみです。加藤浩子さんの姿をお見かけしました。

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METライブビューイング「サムソンとデリラ」

METライブビューイング2018-19第2作「サムソンとデリラ」 2018年11月

ネゼ=セガンが音楽監督に就任したシーズン。組曲「動物の謝肉祭(瀕死の白鳥など)」で知られるサン=サーンスの、1877年初演作を聴く。ワーグナーに影響を受けたという重層的なドラマを、エリーナ・ガランチャ(ラトヴィア出身のメゾ)&ロベルト・アラーニャ(イタリアのテノール)の黄金コンビが見事に。特に濃密な2幕が素晴らしい。指揮はイギリスのベテラン、マーク・エルダー。休憩2回を挟み3時間半。東劇で3600円。
お話は旧約聖書「士師記」のガザの英雄サムソンの物語。支配者ペリシテ人に反撃するが、ソレクの谷で美女デリラの誘惑に負け、怪力の秘密を明かしてしまう。捕らわれるものの、捨て身の祈りでペリシテ人とダゴンの神殿を道連れにする。
とにかく美形ガランチャが最強だ。宗教色の強い戯曲を、リアルで命がけの恋愛ドラマにしちゃう。デリラはサムソンを真実愛しており、民族や信仰から奪い返すという解釈。2幕の名アリア「あなたの声に心は開く」が、後半はサムソンも加わってとろけるよう。ハープとクラリネットが美メロだし、妖艶な緑のネグリジェだし。1幕はビヨンセばりに大階段から登場し、3幕でもサムソンへの思いを伺わせる視線の演技に説得力があった。
もちろんアラーニャも安定の二枚目。ヘブライの長老、ディミトリ・ベルセルスキー(ウクライナのバス)が深い声。敵役の大祭司はロラン・ナウリ(フランスのバスバリトン、デセイの旦那さんらしい)で幕間インタビューがお茶目だった。
全体にはスペクタクルの間に緊迫の心理劇が挟まっており、1幕ヘブライ民衆のチャント風合唱から3幕「勝利のバッカナール(酒宴の踊り)」のバレエまで、要素詰め込みすぎ。トニー賞受賞者ダルコ・トレズニヤックの新演出は、エキゾチックなアーチやレース模様の壁、ゴージャスな原色キラキラ衣装で歌手を盛り上げていた。ラストは巨大神を崩すのではなく、強い照明で視界から消す工夫。紗幕の手形がよくわからなかったけど。
案内役はスーザン・グラハムで、ガランチャと「メゾはズボンが多いからね~」と意気投合して面白かった。

魔笛

魔笛  2018年10月

新国立劇場2018/2019シーズン開幕公演は、大野和士芸術監督就任第一作で、モーツァルトの軽快ファンタジー。話題の南ア出身・現代芸術家ウィリアム・ケントリッジの演出は、黒板に手書きしたようなスケッチや製図のプロジェクションマッピングが全編を彩る。世界各地で評判だそうです。
このプロダクションのスカラ座公演を手がけたローラント・ベーアが指揮し、東京フィルで。歌手は海外若手と日本人の組み合わせで、まあまあかな。財界人も目立つオペラハウス通路前中央のいい席で2万4300円。休憩を挟み3時間。
歌手陣はパパゲーノのアンドレ・シュエン(ザルツブルク音楽祭出身の長身バリトン)が明るく、パパゲーナの九嶋香奈枝(昨年のジークフリートなどでお馴染みのソプラノ)と芝居心ある二重唱などを聴かせる。ザラストロのサヴァ・ヴェミッチ(セルビアのバス)は祈りのアリアなどが雄弁だ。女声ではパミーナの林正子(フランス在住のソプラノ)が健闘し、ビジュアルも可愛らしい。
主役タミーノのスティーヴ・ダヴィスリムはマレーシア生まれ、オーストラリア育ちのテノール。愛嬌があるけど、この日はちょっと迫力不足だったかな。夜の女王は2009年にもこの役を聴いた安井陽子が、3月のホフマン物語に続いて超高温のコロラトゥーラを披露。
演出は温かい絵本のような味わいながら、理性の勝利を印象づける。世俗的な快楽主義と、試練に身を投じる啓蒙主義が交錯する作品を、さらに複雑に。耳馴染みのある明るい音楽に、安心してちゃいけない、という感じでした。

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マノン・レスコー

ローマ歌劇場2018年日本公演「マノン・レスコー」  2018年9月

巨匠ムーティが率いた2014年以来の来日で、最終日に足を運んだ。ソフィア・コッポラ演出「椿姫」が話題だったけれど、キアラ・ムーティ演出の「マノン・レスコー」を選択。オケのバランスがいまいちに感じたものの、プッチーニの甘い旋律と高水準の歌手、色彩を抑えた上品な演出を堪能した。指揮はトリノ出身のベテラン、ドナート・レンツェッティ。東京文化会館大ホール、やや上手寄りのS席で5万4000円。30分の休憩2回を挟み3時間半弱。
演目は2015年の新国立劇場、2016年のMETライブビューイングで聴いた、愚かな男女の転落の悲劇。お目当て、タイトロールのクリスティーネ・オポライス(メトでお馴染みのラトビアのソプラノ)はきめ細かな表現力があり、スラリとした美形だ。大人っぽく影がある分、問答無用のファム・ファタール要素は少なめで、宝石に拘泥した挙句、流刑地に送られちゃう虚無が前面に出る。2幕で兄に、自ら捨てたデ・グリューの消息を尋ねる「この柔らかなレースに包まれても」、幕切れの「ひとり寂しく捨てられて」などを繊細に、徐々に深く聴かせた。
対する騎士デ・グリューのグレゴリー・クンデ(イリノイ出身のベテランテノール)は太っちょながら張りのある声で、一途な男を造形して舞台を引き締めた。1幕でマノンに一目惚れする「見たこともない美しき人」などで大いに拍手を浴びてました。ほかに兄レスコーにアレッサンドロ・ルオンゴ(ピサ生まれのバリトン)、マノンを愛人にする財務大臣ジェロンテにマウリツィオ・ムラーロ(バス)、デ・グリューの友人エドモンドにアレッサンドロ・リベラトーレ(ローマのテノール)ら。
演出はとてもお洒落だ。フランス革命前夜の18世紀後半という時代設定に忠実に、貴族の館のマドリガル(歌曲)演奏シーンなど、古風な衣装とセットを使用。同時に全幕を通して、奥に向かって緩やかに高くなる床で、ラストを予感させる砂漠を表現。それは荒れ果てたマノンの精神にも見える。2幕でマノンが、オルゴール人形よろしく無機質に回る姿で、富を得ても感情のない暮らしを象徴するのも巧い。衣装などをシーンによって、白やブルーで統一した色使いに品があり、冒頭で人手で開けるたっぷりとした幕や、照明も効果的。宿屋2Fに立つマノンの横顔、浮かび上がる群衆、船着き場の深い陰影…
客席には多数の財界人、エコノミストの姿も。

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イル・トロヴァトーレ

バーリ歌劇場「イル・トロヴァトーレ」  2018年6月

イタリア政府が出資する13歌劇場のひとつという、南イタリア・バーリの初来日公演で、ヴェルディ節にひたる。歌手、演出とも素朴な印象でした。お目当てフリットリが残念ながら気管支炎で降板、診断書が掲示されていてびっくり。
年配夫妻が目立つ東京文化会館大ホールの中段上手寄りで2万9000円。休憩1回で3時間。主催はコンサート・ドアーズ。
指揮は2017年の新国立劇場「ルチア」がよかった、音楽監督ジャンパオロ・ビサンティ。日本ヴェルディ協会のトークショーではバリトンの魅力を語っていて、知的だった人です。ベルカントを大事にした、抑えめの印象。
そのバリトンで、敵役ルーナ伯爵のアルベルト・ガザーレが威風堂々、2幕「君の微笑みの」で拍手を浴びるなど、舞台を牽引する。ジプシーの母・アズチェーナのミリヤーナ・ニコリッチ(セビリアのメゾ)が目立っていた。魔女のイメージを覆す長身、揺れるようなクセのある声。矛盾が多い役だと思うけど、息子と山に帰りたい、と願う4幕マンリーコとの2重唱が哀切で、呪われているのはアズチェーナ本人だと思えた。
吟遊詩人マンリーコのフランチェスコ・メーリ(テノール)は高音にハリがあり、3幕「ああ、愛しいわが恋人」がリリックで喝采。代役の女官レオノーラ、スヴェトラ・ヴァシレヴァ(ブルガリアのソプラノ)は技巧を駆使するものの、持ち味が暗め。4幕「この世に私の愛ほど」あたり、追い詰められてからが良かったかな。
全体にオーラが薄めだったのは、ニューヨーク生まれジョセフ・フランコニ・リーの演出のせいかも。なにしろセットが書き割りと赤い紗幕だけなんだもの。バレエもちょっと拍子抜け。照明は効果的でした~ 客席に加藤浩子さんがいらしてた。

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フィデリオ

2017/2018シーズンオペラ 開場20周年記念特別公演 フィデリオ  2018年6月

芸術監督4年の集大成で飯守泰次郎がタクトを振り、ワーグナーのひ孫、バイロイト音楽祭総監督のカタリーナ・ワーグナーが演出した話題の新制作。ラストの衝撃的かつ皮肉などんでん返しに、しばらく聴衆のざわめきがおさまらない、新国立劇場としては異例の展開だ。これがムジークテアター(音楽劇)というものか。
飯守リングを並走しきったステファン・グールド(アメリカのテノール)はじめ、歌手は高水準で、いろんな意味で鮮烈な舞台でした~ オケは東京交響楽団。男性客が目立つ新国立劇場オペラハウス、中央のいい席で2万4300円。休憩1回で3時間弱。
べーとーえ「レオノーレ」序曲第3番
「レオノーレ」序曲第3番
ベートーベン唯一のオペラ「フィデリオ」は、政敵に夫フロレスタン(グールド)を不当投獄された妻レオノーレ(ドイツのソプラノリカルダ・メルベート)が、男装して看守フィデリオと名乗り、決死の救出に向かうという、力強い愛と自由の物語だ。個人的には2008年ウィーン国立歌劇場の来日、小澤征爾指揮で聴き、2幕2場前の壮大な「レオノーレ序曲第三番」に喝采した記憶がある。
ところが今回は、序曲を聴くどころじゃない。なにしろ演奏の間、刑務所長ドン・ピツァロ(新国立初登場の長身のバリトン)が再会を果たした夫妻を刺し、地下牢の入り口をブロックで封鎖しちゃうシーンが展開するのだもの。やられました~
歌手陣ではなんといってもグールド。2幕で「神よ、ここはなんと暗いのか」を歌い始めると、その朗々ぶりで一気に次元が切り替わる。1幕では歌わないのに、ずっと地下牢にいて、壁にレオノーレの絵を描いていたし、幕切れは夫婦で霊的な存在になっての絶唱。フィデリオに一目惚れするマルツェリーネの石橋栄実(大阪音楽大教授のソプラノ)も、高音がよく響いて可憐で、存在感があった。看守長ロッコにお馴染み妻屋秀和(バス)、囚人1に片寄純也(二期会のテノール)。
セットはプロセニアム(開口部)いっぱいを使った、2階建て(1部3階建て)の監獄で、さらにセット全体がせり上がって、下層に地下牢が現れる大掛かりなもの。それぞれの場所に立つ歌手は歌いにくいだろうなあ。無機質なセメントと青銅に、マルツェリーネの周囲だけが明るい。肖像画にスポットがあたったり、踊るマルツェリーネの人影が地下牢に投影するなど、照明が登場人物の屈託を表現して巧い。光と闇を強調するのは「新バイロイト様式」だそうです。
ドラマトゥルクのダニエル・ウェーバー(バイロイト制作部長)、美術のマルク・レーラーらカタリーナ組なのかな。
入り口前に売店が充実し、ロビーには飯守監督の軌跡をたどるパネル。2014年開幕の大作「パルジファル」、洒落た演出の「イェヌーファ」、フォークトさまの「ローエングリン」… お疲れ様でした! 尾崎元規理事長の姿も。

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