オペラ

ノルマ

ボローニャ歌劇場「ノルマ」  2023年11月

実に2011年以来で聴く、ボローニャ歌劇場の来日公演で、気になっていたびわ湖ホール行きが実現。ホワイエから一望できる琵琶湖が素晴らしく、開幕前から気分が盛り上がる。作品はリアルでは初めての、ベッリーニの代表作「ノルマ」。東京公演の評判通り、ベテラン、フォブリツィオ・マリア・カルミナーティのドラマティックな指揮と、主役3人の高水準の歌唱で大満足。大ホールの通路に面した、やや下手寄りで2万9000円。休憩を挟んで3時間。

古代ガリアを舞台に、ドルイド人たちを指導する巫女ノルマ(イタリアのソプラノ、フランチェスカ・ドット)、支配者ローマの総督ポッリオーネ(メキシコのベテランテノール、ラモン・ヴァルガス)、ノルマに仕えるアダルジーザ(気鋭のメゾ脇園彩)の命がけの三角関係。ドットが許されない愛の苦悩と嫉妬、民族の誇りなど、振り幅が大きく音の高低もあるタイトロールを堂々と。木管が高貴な「清らかな女神」から、大詰め告白シーンの長音まで隙なし。
そして、はからずも恋のライバルとなりつつ、ノルマを慕う脇園が、一歩もひかない歌唱に、長身と日本人離れした演技力で実に頼もしい。NYメトのライブビューイングではディドナートが歌った役だものなあ。特に2幕の、声質の違う女性同士の友情の重唱が、聴き応えたっぷり。そんな二人を振り回しちゃうヴァルガスも、ベルカントらしくて安定。

歌手出身のステファニア・ボンファデッリの演出は、ノルマが戦闘服姿という読み替え版。布による転換など、セットが極めてシンプルなのは、予算制約を感じさせるとはいえ、演劇としては悪くない。ただ冒頭から、祈りの森のはずが枯れ木が並び、ゲリラを思わせる殺戮シーンもあって、ショッキング。連日、ウクライナに加えガザ情勢のニュースに触れているだけに辛すぎて、ちょっとオペラに没入できなかったのは否めない。
思えば、もともと設定がオーストリア支配下の北イタリアに重なり、2幕の合唱「戦いだ、戦いだ」はリソルジメント(統一運動)の時代、実はヴェルディ「行け我が思いよ、黄金の翼に乗って」より愛唱されたとか。うーん。

大好きな加藤浩子さんが企画する鑑賞会で、事前に解説を伺い、また終演後の懇親会には、なんとカルミナーティさん、ヴァルガスさん、脇園さんがサプライズゲストで登場。特に脇園さんはプログラムで「世界でいちばん勉強した自信がある」と語っていた通り、しっかり者で、しかも大変気さくで、魅力的なかたでした~ 世界に誇るメゾ、間違いなし。楽しかったです!

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「修道女アンジェリカ」「子どもと魔法」

修道女アンジェリカ/子どもと魔法  2023年10月

新国立劇場オペラの2023/24シーズン幕開けは、プッチーニとラヴェルのダブルビル。「母と子」のテーマは通じる2作だけれど、作風はまるで違う。開幕にしては知名度が低く地味な演目かな、と思ったけど、変化に富んでいて楽しめた。沼尻竜典指揮の東京フィルハーモニー交響楽団が端正で、演出はお馴染み、お洒落な粟國淳。よく入った1Fセンターの、とても良い席で2万6730円。休憩を挟んで2時間半。

「修道女アンジェリカ」はモノトーンの静謐なセットで、鐘の音が印象的。閉鎖的で単調な修道院暮らしのなか、アンジェリカ(イタリアのソプラノ、キアーラ・イゾットン)のところへ、初めての来客がある。叔母の公爵夫人(フランス在住のメゾ、齊藤純子)が、妹の結婚が決まったので遺産を放棄せよ、と言いに来たのだ。7年前に未婚で出産し、家名を汚したことを責められても、アンジェリカは大人しくしているが、その息子は2年前に死んだと告げられて、ついに絶叫。ひとりになると絶望して毒をあおっちゃう。土壇場で自殺は大罪だと気がつき、合唱のなか、聖母マリアに慈悲を乞いながら息絶える。
マリアと息子が現れる奇跡をあえて明示せず、いまわのきわにアンジェリカがみる幻影とする悲しさ。公爵夫人が冷酷なようでいて、立ち去りがたさを見せるなど、それぞれの女性の葛藤を繊細に描く。プッチーニの晩年、「ジャンニ・スキッキ」などと並んで1918年にメトロポリタン歌劇場で初演された三部作のひとつで、宗教を題材にしつつ母の悲痛がリアルに迫ってくる。
大柄のイゾットンが出色。アリア「母もなしに」など圧倒的な声量でドラマチックに舞台を牽引し、大きい拍手を浴びてました。昨年、メトロポリタン歌劇場デビューも果たしたそうです。

「子どもと魔法」は一転、カラフルでキッチュなファンタジー。お母さん(齊藤純子)に小言を言われたやんちゃな男の子(フランスの若手ソプラノ、クロエ・ブリオ)が、周囲のものに当たり散らし、不思議が起きて反撃されちゃう。椅子や柱時計、お茶期器、暖炉の火、本の中のお姫様、算数、猫たち…。でも子どもが庭に出て、けがをしたリスを手当てする優しさをみせると、動物たちが家に連れ帰ってくれ、子どもが「ママ!」と呼んで幕となる。
曲は繰り返しのリズム感に加えて、モダンなラグタイム風、シャンソン風、さらにはオペラのパロディーと賑やかだ。東洋の茶器の歌詞では「ハラキリ、セッシュー」も飛び出しちゃう。1925年初演で評判をとったけど、その後のパリ公演では賛否両論だったとか。
映像を駆使した演出で、小柄なブリオが終始躍動し、チャーミング。河野鉄平(バスバリトン)や青地英幸(テノール)、三浦理恵(ソプラノ)らが、面白いかぶり物で次々登場し、齊藤はシルエットと声だけだけど、こちらでも存在感がありました。

客席には高校生らしい団体も。ホワイエには飯守泰次郎、ステファン・グールド追悼のパネルが。ワーグナーではずいぶん楽しませて頂きました…

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トスカ

2023年日本公演 ローマ歌劇場 プッチーニ「トスカ」  2023年9月

4年ぶりローマ歌劇場の引っ越し公演で、ご当地を舞台とし、ご当地で初演された定番「トスカ」。ドラマティックなプッチーニの名作を、音楽監督ミケーレ・マリオッティの明晰な指揮で。現代の世界最高峰とも言われるスター、ソニア・ヨンチョヴァとヴィットリオ・グリゴーロが歌いまくって、大満足。劇場らしいイタリアオペラというべきか。東京文化会館大ホール、上手端、前の方で贅沢に5万2000円。休憩2回を挟み3時間弱を長く感じない。

演出・美術は生誕100年で15年ぶりの復活という、ゼッフィレリのもので、スケール大きい正統派。巨大な聖母像があるバロック調の聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会、天井から肖像画が下がる重厚な警視総監室、そして剣を鞘に収めようとする大天使聖ミカエル像が見上げるばかりの聖アンジェロ城と、すべてが格好良い。古風な衣装、そして人数たっぷりの「デ・デウム」!
主役2人がまた文句なしで、オペラでは日本デビューとなったブルガリアのヨンチェヴァが、子供っぽい我が儘ぶり、プリマの華とプライド、ピュアな信仰心まで、複雑なタイトロールを美しく造形。お待ちかね「歌に生き、愛に生き」は、歌い出しからぐっとひきつける。難しいスカルピア殺しでの、こんなところにナイフが、といった心の揺れも迫真だ。
対するマリオ・カヴァラドッシのテノール、グリゴーロは、ちとやり過ぎとも言われつつ、冒頭の「妙なる調和」から終盤の「星は光ぬ」まで、生粋のローマっ子らしく、輝かしい声で熱く押しまくる。スカルピア男爵、ロシア出身のバリトン、ロマン・ブルデンコは威厳がある一方で、この役にしてはちょっと上品だったかな。なにせもしかしたらオペラ史上最大の嫌らしい役だものね。

カーテンコールではグリゴーロが客席から花束をもらったり、前評判通りのはじけまくり~ 幕間に経営者、国際政治学者やエコノミストの知人と、たくさんお話できて、楽しかったです!

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リゴレット

リゴレット 2023年6月

いわずとしれたヴェルディの傑作を、充実のキャスト、スタイリッシュな演出で。新国立劇場オペラハウス、前の方のいい席で、事前解説会・パンフレットを含め2万8000円。休憩1回を挟み2時間半。

タイトロールのロベツオ・フロンターリ(バリトン)がベテランらしく、2幕「悪魔め、鬼め」などで複雑な恨み、後悔を知的に歌い、娘ジルダのハスミック・トロシャン(アルメニアのソプラノ)が1幕「慕わしいお名前」などがなかなか可憐で、技巧もたっぷり。なんといっても今回は、最低男マントヴァ公爵のイヴァン・アヨン・リヴァス(ペルーのテノール)が、小柄だけど若々しくて愛嬌があり、伸びやかな声で、これからを期待させた。スパラフチーレのお馴染み妻屋秀和さん(バス)が安定し、3幕の多彩な重唱も楽しめた。マッダレーナは清水華澄。
指揮マウリツィオ・ベニーニは躍動感があって、後半の盛り上がりも十分。ただ、歌手とのバランスが今ひとつだったかな。東京フィルハーモニー交響楽団。

今回は新国10年ぶりの新制作で、スペインのエミリオ・サージ演出版。全体に伝統的ながら、一部の衣装はモダン。中央の四角く傾斜のあるステージで、華やかな饗宴を繰り広げる。上手に奥から細い廊下を重ねて、その上を貴族たちが闊歩し、一段低い周囲に群衆、といった高低差が面白い。照明が暗すぎるという声もあったけど、改めて権力者への批判や虐げられた者の悲憤をオペラに取り入れたドラマ性が際だった。スパラフチーレと妹を恋人関係に設定して、大人っぽさも。

終演後に懇親会があり、サプライズゲストをまじえて、とっても贅沢な一日。めちゃ楽しかったです!

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タンホイザー

タンホイザー  2023年2月

ワーグナーが楽劇に踏み出した1845年初演の人気作を、お馴染みヘルデンテノールのステファン・グールドが、昨夏のバイロイトでも歌ったというタイトロールで聴かせる。指揮はブエノスアイレス出身の若手アレホ・ペレス、オケは東京交響楽団。新国立劇場オペラパレスの前のほう、プログラムや解説会とセットで2万8000円。休憩2回を挟んで4時間強。

1幕、禁断のヴェーヌスベルクはオケがちょっとまったりした感じだったけど、ヴェーヌスのエグレ・シドラウスカイテ(リトアニアのメゾ)が甘美。2幕は舞台がテューリンゲンに転じて、エリーザベトのサビーナ・ツヴィラク(スロヴェニアのソプラノ)による殿堂のアリアから、テンションがアップし、合唱「大行進曲」でスペクタクルになだれ込む。
3幕が圧巻で、エリーザベトの祈りに始まり、ヴォルフラムのデイヴィッド・スタウト(イギリスのバリトン)がハープを従え、夕星の歌を朗々と。そしてお待ちかね、タンホイザーの複雑長大なローマ語り。あれよあれよと奇蹟のフィナーレとなりました~

伝説上のタンホイザーは、型破りな作曲家自身を投影しているのに対し、真面目なヴォルフラムのほうは実在した有名なミンネゼンガー(騎士歌人)なんですねえ。ベーヌスがビーナス、すなわちキリスト教以前の存在なのに対し、テューリンゲンのヴァルトブルク城が実在の世界遺産で、ルターの宗教改革ゆかりだとか、背景を習うとより面白い。

歌手は「リング」などで聴いてきたグールドはじめ、粒ぞろい。なかでも余裕たっぷりのスタウトが印象的だった。もうけ役の牧童で新国立劇場合唱団メンバーのソプラノ、前川依子が拍手を浴びてました。プロダクションは2007年初演のハンス・ペーター・レーマンの演出で、4度目の上演、私が観るのは3回目。透明な柱が美しくて好きな演出だけど、そろそろ新演出も、という感じかな。

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METライブビューイング「めぐりあう時間たち」

METライブビューイング2022-23 めぐりあう時間たち  2023年2月

マイケル・カニンガムの小説で1999年ピュリッツァー賞、映画版で2002年にアカデミー主演女優賞を獲得した原作を、ケヴィン・プッツがオペラ化。しかもルネ・フレミング(ソプラノ)、ケリー・オハラ(ソプラノ)、ジョイス・ディドナート(メゾ)の三大歌姫が競演とあってワクワク。
「ダロウェイ夫人」をモチーフに80年の時をへて、3人の女性それぞれの転機となった一日が重なる。視覚的な同時進行の妙と、響きあう音楽が物語を雄弁に表現し、ラストの三重唱に思わず涙。音楽監督ヤニック・ネゼ=セガンが指揮、グレッグ・ピアスが台本を書き、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー「となりのトトロ」をヒットさせたフェリム・マクダーモットが演出と、なにからなにまで刺激的だ。2022年12月10日の上演。新宿ピカデリーで3700円。休憩1回を挟み3時間20分。

登場するのは、1923年イギリスに生きる不安定な作家ヴァージニア・ウルフ(ディドナート、映画版はニコール・キッドマン)、1949年ロサンゼルスで「ダロウェイ夫人」を読む平凡な主婦ローラ・ブラウン(オハラ、映画版はジュリアン・ムーア)、そして1999年ニューヨークでエイズの元恋人を世話するジャーナリスト、クラリッサ・ヴォーン(はまり役のフレミング、映画版はなんとメリル・ストリープ)。それぞれに行き詰まりを感じ、許されない恋心と死の誘惑を思い、それでも生きていくことを歌い上げる。

音楽は場所と時代に合わせて、時にジャズ調だったり多彩。歌手が期待通り聴かせる。特に大詰めのオハラの真に迫る表情は、さすがミュージカル女優。ほかにクラリッサのパートナーにきびきびしたキャスリーン・キム(韓国系米国人のソプラノ)、元恋人に艶っぽい声のカイル・ケテルセン(米国のバスバリトン)。

花束いっぱいの生花店やキッチンが色鮮やか。ディドナートの周りの手紙を書く女性たち、そしてマンハッタンの雑踏などのアンサンブルの見せ方も美しい。
案内役の女優クリスティーン・バランスキーがゲルブ総裁らにインタビュー。

2022喝采づくし

いろいろあった2022年。エンタメを振り返ると、やっぱり特筆すべきはコンサートで、ドームを巨大ディスコに変えたブルーノ・マーズ、そして年末のピアノ一台の矢野顕子。全く違うジャンルだけど、どちらもライブのグルーブを存分に味わいました。

そしてようやく実現した、團十郎襲名の「助六」。いろいろ批判はあっても、この人ならではの祝祭感が嬉しかった。ほかに歌舞伎では「碇知盛」の菊之助、梅枝が頼もしく感じられ、初代国立劇場さよなら公演がスタートした文楽「奥州安達原」は玉男、勘十郎、玉助らが揃って充実してた。

オペラは新国立劇場で意欲作が多く、なかでもバロック初体験のグルック「オルフェオとエウリディーチェ」の、音楽、演出両方の端正さが忘れがたい。ともに読み替え演出のドビュッシー「ペレアスとメリザンド」、ヘンデル「ジュリオ・チェーザレ」も洒落ていた。問題作「ボリス・ゴドゥノフ」は衝撃すぎたけど… クラシックの来日ではエリーナ・ガランチャの「カルメン」が格好良かった。

演劇は野田秀樹「パンドラの鐘」、トム・ストッパード「レオポルトシュタット」が、それぞれ今の国際情勢に通じるメッセージ性で突出していた。井上ひさし「紙屋町さくらホテル」やケラ「世界は笑う」の「表現すること」への情熱や、ともに2人芝居だった温かい「ハイゼンブルク」と不条理をねじ伏せる「建築家とアッシリア皇帝」、そして相変わらずひりつく会話劇の岩松了「クランク・イン!」などが心に残った。

語り芸のほうでは期せずして、喬太郎と三三で「品川心中」を聴き比べ。どちらも高水準。一之輔の脱力も引き続きいい。講談の春陽「津山の鬼吹雪」も聴きごたえがあった。

これからも、のんびりエンタメを楽しめる日々でありますよう。

ボリス・ゴドゥノフ

新国立劇場開場25周年記念公演 ボリス・ゴドゥノフ  2022年11月

プーシキンの原作をもとに、ムソルグスキーが17世紀ロシアの王位簒奪を描いたオペラ。ポーランド国立歌劇場との共同制作なんだけど、4月のワルシャワ世界初演は情勢にかんがみ中止、東京公演もタイトロールはじめロシアの歌手4人が軒並み来日を中止した、いわく満載の上演だ。クラシック界の反ロシア機運をふまえ、事前のトークイベントでは亀山郁夫名古屋外国語大学長が「勇気ある試み」と評していた。
そういう事情よりなにより、足を運んでみると、映画も手がけるポーランドのマリウシュ・トレリンスキの演出がなんとも陰惨で、現実と重なって拍手をためらうほどの衝撃。なにしろ冒頭から防護服の軍隊を登場させ、暴虐ぶりを容赦なく描いていく。人はかくも残酷だというリアル。勇気ある大野和士芸術監督の指揮、東京都交響楽団。新国立劇場オペラパレスのかなり前の方、中央のいい席で2万4750円。休憩2回を挟み3時間半。

ゴドゥノフ(ギド・イェンティンスが抑えめに、ドイツのバス)は16世紀末「動乱時代(スムータ)」の皇帝で、幼い皇子をなきものにして摂政から成り上がった。その忌まわしい過去に心を蝕まれ、娘クセニア(お馴染み九嶋香奈枝、ソプラノ)らのいたわりも届かない。対立する高僧ピーメン(ゴデルジ・ジャネリーゼが堂々と、ジョージアのバス)の策謀で、隣国ポーランドに王統を僭称する修道士グリゴリー(工藤和真が憎たらしく健闘、テノール)が現れ、大衆をあおってついにゴドゥノフを葬る。

救いのない憎悪の連鎖が重い。障害をもつ息子フョードル(舞台裏でメゾの小泉詠子)と聖愚者(同じくテノールの清水徹太郎)が、弱くピュアな存在としてゴドゥノフと対峙する。ともに舞台上は、ポーランドの女優ユスティナ・ヴァシレフスカが黙役で熱演。民族音楽や東方教会の聖歌の要素、分厚い合唱など聴きどころも多いそうだけど、正直、あまり気が回らなかったな。美術は四角い箱やカメラも使用。
ホワイエでオペラ好きの知人夫妻と遭遇。ショックを分かち合いました~

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ジュリオ・チェーザレ

ジュリオ・チェーザレ  2022年10月

5月のグルックに続き、バロックオペラに挑戦。1724年初演、ヘンデルの史劇「ジュリオ・チェーザレ」で、歌の競演を堪能する。2020年の公演直前にコロナで急遽中止になった作品を、ほぼ当初の布陣で実現した。25周年を迎える新国立劇場オペラハウスでも、ヘンデルを取り上げるのは初めてとのこと。バロックのスペシャリストといわれるイギリスのリナルド・アレッサンドリーニ指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。賑わいの戻った中段下手寄り、休憩2回を挟み4時間半。

時は紀元前、チェーザレ(カエサル、ノルウェーの名メゾ、マリアンネ・ベアーテ・キーランド)が政敵ポンペーオを追ってエジプトにやってくる。王トロメーオ(カウンターテナーの藤木大地)と家臣アキッラ(ヴィタリ・ユシュマノフ、ロシア出身で日本で活動するバリトン)はチェーザレと結ぼうと、ポンペーオの首を差し出すが、油断できない。王と対立する姉クレオパトラ(森谷真理、ソプラノ)が侍女リディアに扮してチェーザレに接近、2人は恋に落ちる。
やがてクレオパトラが挙兵し、捕らわれるが、死んだと思われたチェーザレが奇蹟の救出。アッキラも寝返って、トロメーオがポンペーオの妻コルネーリア(加納悦子,メゾ)に言い寄るところへ、遺児セスト(金子美香、メゾ)が攻め入り見事復讐を果たす。

バロックは楽譜にリフレインや空白が多く、退屈と思われていたけど、近年研究が進み、指揮者と歌手の綿密な設計で作曲当時の即興、装飾を復元し、人気が出てきたとか。壮麗な序曲からとろける旋律、女声中心の突き抜け感が心地よい。
森谷は二幕の「瞳よ、愛の矢よ」や三幕「我が運命に涙を流し」に高揚感がある。作曲当時カストラートが演じたパートで、メゾやカウンターテナーが活躍するのも面白かった。

またバロックはストーリーがシンプルだけに演出の余地があるそうで、今回は2011年オペラ座のロラン・ペリーの演出。2014年「ホフマン物語」などで観ている人。本作はカイロの美術館のバックヤードという設定で、現代の博物館員がうろうろしたり、所蔵品の絵画、彫刻を効果的に使ったり、窓からピラミッドが見えたりと軽妙で楽しい。特に有名な、絨毯にくるまったクレオパトラがカエサルの前に姿を現す場面の絵画がお洒落。英雄はクレオパトラの美というより、その度胸の良さに惚れたんじゃないかしら。

音楽評論家・加藤浩子さん主宰の鑑賞会に参加し、いろいろ伺えたのが良かった~ 脇筋であるコルネーリア母子の復讐談の背景には、作曲当時の英国国王派(ドイツ人のジョージ1世)とジャコバイト派(亡命中のジェームズ2世)の対立があるそうで、興味津々でした。

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ペレアスとメリザンド

ペレアスとメリザンド  2022年7月

大野和士芸術監督4シーズン目の締めくくりは、現代的な音階・和声によるドビュッシー唯一のオペラ(1902年初演)を、精密な大野指揮の新制作で。うねる旋律は陰鬱なんだけど、高水準の歌手陣と、英国の鬼才ケイティ・ミッチェルのエグい演出で、休憩30分を挟んだ3時間半、緊張が途切れなかった。東京フィルハーモニー交響楽団。新国立劇場オペラハウス、前のほう上手寄りで2万4750円。

戯曲はベルギー象徴主義のメーテルリンク。童話の「青い鳥」とはイメージが全く違い、閉鎖的な城で繰り広げられる不倫と死という息苦しい物語だ。初老の皇太子ゴロー(フランスのバリトン、ロラン・ナウリ)は、森で美女メリザンド(現代曲で知られるフランスのソプラノ、カレン・ヴルシュ)を拾い、老王アルケル(お馴染みバスの妻屋秀和)、息子イニョルド(ソプラノの九嶋香奈枝)らと暮らし始める。しかし彼女は弟ペレアス(スイスの新世代テノール、ベルナール・リヒター)と不倫、怒りにかられたゴローは二人を殺してしまう。

今回は2016年初演(仏エクサンプロヴァンス音楽祭)のプロダクションで、曲が始まる前に、結婚式直後にまどろむ新婦がホテルでひとり見る悪夢、という斬新な設定を明示する。夢ならではの非現実的な展開が、まず面白い。黒いボードで前面を区切って場面を転換すると、寝室に巨大な樹木が出現。人物が逆回転やスローモーションで動き、クローゼットから出入りしたり、いきなり食卓の上を歩いたり、メリザンドが自らの分身(黙役で安藤愛恵)を眺めていたり。
繰り返される血や赤バラが死を、また水底へ、あるいは馬、塔からの「落下」が、破滅をイメージさせて不穏だ。運命的な泉のシーンは朽ちかけた室内プールだし、天井に届く鉄螺旋の非常階段も不安が色濃い。
表現はあけすけだ。ゴローはとんでもないDV夫、アルケルも年甲斐ない俗物で、ペレアスとのラブシーンは髪の表現が生々し過ぎ。だからこそメリザンドが人として尊重されていないのだな、と思えてくる。出自が謎なのは周囲が無関心だから、大詰めで皆が目隠しして通り過ぎるのはメリザンドを見ていないからかも。ラスト、夢から覚めた新婦の決断の、現代性が際立つ。まあ、チャレンジングで好みは分かれるだろうけど。

難役のヴルシュがボーイソプラノのような、柔らかく浮遊感のある美声で終始圧倒する。ほとんど舞台上にいて、どんどん着替えつつの繊細・大胆な演技に瞠目。対するナウリがまた評判通りの深い歌唱で、説得力抜群だ。リヒターは気弱な造形。母ジュヌヴィエーヴは急遽代役の田村由貴絵(二期会のメゾ)でした。

飲食はロビーで販売し、屋外に持って行くスタイル。先輩や知人夫妻にお会いしました。
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