オペラ

METライブビューイング「ロメオとジュリエット」

METライブビューイング2016-17第5作「ロメオとジュリエット」  2017年2月

いわずとしれたシェイクスピア劇を、「ファウスト」のシャルル・グノーがオペラ化、パリ万博に合わせて1967年に初演した作品とのこと。実力容姿兼ね備えたタイトロール2人が甘い恋を存分に。ただ曲調は、まったりした印象だったかな。聴衆のブラボーが多い1月21日上演。割と空席がある東劇中央あたり、休憩1回で3時間15分。

NYで観劇できて、素晴らしかった2015年「真珠採り」と同じ、指揮ジャナンドレア・ノセダ、ジュリエットにドイツ出身のコロラトゥーラ・ソプラノの女王、ディアナ・ダムラウという安定コンビだ。ダムラウは1幕「私は夢に生きたい」から技巧ばりばり、後半で強い女性に変貌してからは迫力も十分。インタビューで「ヴィオレッタ(椿姫)ごめんなさい、こっちの方が好き」と語ってましたね。対するロメオも美形ヴィットーリオ・グリゴーロ(イタリアのテノール)で、2幕「昇れ、太陽よ」などが甘美かつ繊細。幕切れ「愛の2重唱」まで、相性のいい2人が舞台を支配する。
主役に焦点が絞られ、脇はあまり目立たない演目だけど、マキューシオのエリオット・マドール(METオーディション出身、カナダのバリトン)に色気があって楽しみだ。ローラン神父のミハイル・ペトレンコ(ロシアのバス)はこのロマンチックな内容には存在感があり過ぎかも。ほかにズボン役・小姓ステファーノにヴィルジニー・ヴェレーズ(メゾ)。

「王様と私」のトニー賞受賞者、バートレット・シャーによる新演出は、18世紀半ばの設定だそうで、暗い広場のワンセットを照明などで転換していく。巨大な1枚布が広いベッドから結婚式のドレスへ転換していく手法がお洒落だ。
動きが激しく、ダムラウは駆けまわるし、グリゴーロも壁によじ登ったり。衣装は古風で美しい。それでもやや平板な印象が否めなかったのは、たまたま蜷川幸雄や藤田貴大の鮮烈な演劇で観てきたストーリーだからかなあ。カーテンコールでグリゴーロがダムラウをお姫様抱っこして、盛り上がってました~

司会は2010年ロイヤルオペラ来日公演の「椿姫」で、なんと代役の代役でピンチを救った可愛いアイリーン・ペレス。活躍してるんですねえ。懐かしいな。

METライブビューイング「ナブッコ」

METライブビューイング2016-17第4作「ナブッコ」  2017年2月

昨年まで40年以上音楽監督を務めたジェイムズ・レヴァイン指揮、盟友プラシド・ドミンゴのタイトロール・バビロニア王というレジェンド共演で、ヴェルディの出世作を聴く。特製車椅子に乗ったレヴァインは痛々しいし、聖書の「バビロンの捕囚」に基づく異教徒否定のストーリーは、トランプ政権下ではむしろ皮肉だけれど、丁寧なオケと歌手、分厚い合唱は文句なく美しい。1月7日の上演。いつもの新宿ピカデリーで3600円。休憩1回を挟み3時間。

スペイン出身、「3大テノール」で知られるドミンゴは、現在はバリトン。生の響きはわからないものの、スクリーンで聴く限り、声は甘いし、階段を登ったり、うつ伏せで4幕ソロをこなしたり、苦悩の演技がたっぷり。76歳とはとても信じられません!
聴衆も熱狂。もちろん合唱も随所で大活躍し、特に3幕「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」は胸に染み入り、嬉しいアンコールがありました~

ほかの歌手陣は、若手ながら高水準。ナブッコと対立する姉娘アビガイッレのリュドミラ・モナスティルスカが、期待通り堂々の迫力。2015年ロイヤル・オペラ来日でレディマクベスを聴いた、ウクライナ生まれのダイナミックソプラノですね。高音の張りあげ方は、やっぱり気になるけど。また征服されたヘブライ人を励ます祭司長ザッカーリアのディミトリ・ベロセルスキー(こちらもウクライナのバス)も、表情が豊か。14年にローマ歌劇場来日のヴェルディ2作で、強い印象を残した人です。
この2人と比べると弱いながら、イェルサレム側についちゃう妹娘フェネーナのジェイミー・バートン(METオーディション出身のジョージア生まれの太っちょメゾ)と、その恋人イズマエーレ役、ラッセル・トーマス(マイアミ出身の黒人テノール)も破綻がない。

オーストラリアのエライジャ・モシンスキーによる定番演出は、ファンタジーながら、アイーダを思わせる時代物らしい荘厳さ。岩山のような巨大神殿を回り舞台に載せ、合唱を立体的に配置。王たちのキラキラ衣装が美しい。舞台裏の小規模オケ、バンダの様子も見られた。

特典映像は歌手インタビューのほか、ゲルブ総裁の司会でレヴァイン、ドミンゴ座談会も。歌い続ける秘訣は「声を節約すること」、といった話。予告では次回「ロメオとジュリエット」(ダムラウが楽しみ!)の指揮者ノセダらに加え、次々回「ルサルカ」の主演クリスティーヌ・オポライスらも登場。昨シーズンに続いて、美形オポライス押しが目立ちます。

METライブビューイング「トリスタンとイゾルデ」 

METライブビューイング2016-17第1作「トリスタンとイゾルデ」  2016年11月

リンカーンセンター移設50周年のシーズン開幕は、意外にも重厚難解なワーグナー。指揮は大物、今年9月の来日で聴いたベルリンフィル芸術監督サイモン・ラトルだ。先日のウィーン歌劇場で感嘆したばかりのニーナ・ステンメ(スウェーデンのソプラノ)が、強靭に舞台を牽引する。年配男性が目立つ新宿ピカデリーで5100円。休憩2回を挟み5時間強。

運命の愛と死の物語。アイルランド王女イゾルデ(ステンメ)は戦勝国コーンウォールのマルケ王(お馴染みドレスデン生まれのバス、ルネ・パーペ)に嫁ぐことになったが、その道中、付き添いの騎士トリスタン(シドニー生まれのヘルデン・テノール、スチュアート・スケルトン)と恋に落ちちゃう。やがて2人の密会が露見し、トリスタンは重傷を負い、故郷の城で落命。駆けつけたイゾルデも後を追う。

オペラに足しげく通い始めて、まだ2年目の2007年秋、ベルリン歌劇場の来日で観たのが懐かしい。動きの無い演出に困惑しつつも、オケの迫力を堪能した記憶がある。
今回も精妙な前奏曲や、2幕の官能の2重唱、そしてラスト、イゾルデの絶唱「愛の死」などインパクトは十分だ。1幕の媚薬を象徴するハープや、3幕のイングリッシュ・ホルン「嘆きの調べ」も印象的。
なんといっても歌手がいずれも超人技だ。ステンメは貫禄があって、ひときわ誇り高い造形。春にラトル指揮でトリスタンを歌ったばかりというスケルトンは、太っちょだけど表現は繊細だ。タイトロールの声がともに柔らかくて、バランスがいい。この2人は媚薬を飲まなくても、すでに惹かれあっており、しかも宿命的に死に引き寄せられていく流れが、よくわかる。
2007年にもマルケ王だった堂々たるパーペはもちろん、そのほかの脇も安定。侍女ブランゲーネのエカテリーナ・グバノヴァは、2009年スカラ座「アイーダ」のアムネリスなどで聴いた、モスクワ出身のメゾ。気品があり、2幕「見張りの歌」が美しい。従者クルヴェナールのエフゲニー・ニキティン(ロシアのバス)も誠実に3幕を支える。

演出はポーランド出身、映画監督でもあるマリウシュ・トレリンスキ。設定を現代に移して、暗い舞台に映像を多用。大波に揺れる軍艦や、トリスタンの原風景らしい父の死を繰り返し見せる。はかない命を象徴するようなライターの火や、舞台上のカメラ映像との組み合わせ、少年時代のトリスタン登場など仕掛けが多く、やや消化不良か。セットは1幕は3階建ての軍艦内部、2幕はドラム缶が並ぶ倉庫、3幕は比較的シンプルにトリスタンの寝室。

案内役はイゾルデも得意とする貫禄のデボラ・ヴォイト。開幕恒例のゲルブ総裁やラトル、主要キャストに加えて、イングリッシュ・ホルン奏者のP・ディアスにインタビューしてました。

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ワルキューレ

ウィーン国立歌劇場2016年日本公演「ワルキューレ」  2016年11月

9回の日本公演で初という、ウィーン歌劇場によるワーグナー「ニーベルングの指輪」第1夜を、スペシャリストのアダム・フィッシャー指揮で。深みのあるオケ、表情豊かな歌唱で、心揺さぶる舞台となった。大入りの東京文化会館、1階下手寄りで6万1000円。休憩2回で約5時間の長丁場も全く辛くない。

「ワルキューレ」は2009年に新国立劇場のキッチュなキース・ウォーナー演出、また2011年にMETライブビューイングで大仕掛けのルパージュ演出を観て以来。情報量の多かった過去2回に比べセットがシンプルな分、高水準揃いの歌の力、壮大な楽曲がダイレクトに響いた。あまりに人間的な、神々の矛盾と苦悩。

なんといっても堂々たるヴォータンのトマス・コニエチュニー(ポーランドのバスバリトン)が、強靭から繊細まで、振り幅大きい表現力を発揮。権力欲も、浮気癖もと欠点だらけの王様だけど、世界を変えるのは自分にはない強い意思と愛であり、それを若い世代に託したいと切望している。特に終盤、逆らった愛娘ブリュンヒルデを許せずに眠らせちゃった後、丁寧に白い布をかけてやるシーンの切なさ。まるで花嫁衣裳のようだ。眼帯はなくメークで表現。
対峙するブリュンヒルデのニーナ・シュテンメ(スウェーデンのソプラノ)も、長丁場をものともせず、ひたむきさを存分に。聡明で、父の真意を理解するからこその反抗なのだ。キラキラ鎧が綺麗。
前半は英雄ジークムントのクリストファー・ヴェントリス(イギリスのテノール)が伸びやかで、妹ジークリンデのベテラン、ペトラ・ラング(ドイツのソプラノ)はちょっと弱いかと思ったけど、しり上がりに。長髪・長身フンディングのアイン・アンガー(エストニアのバス)が低い声を響きわたらせ、孔雀コートのフリッカ、ミヒャエラ・シュースター(ドイツのメゾ)も気高くて、カーテンコールで大きな拍手を浴びていた。

端正な演出は「アリアドネ」と同じスヴェン=エリック・ベヒトルフ。照明を落とし、1幕の装置は中央のトネリコの木とテーブル・椅子、2幕では森に白い石が点在するぐらい。謎の金の頭は人の愚かさを、狼の死骸は野性を表すのか。馬9頭の像を並べた3幕に工夫があって、「ワルキューレの騎行」は高揚感を抑制。戦乙女たちは尚武というより、兵士を邪険にしちゃって、闘いの不毛を思わせる。フィナーレはプロジェクションマッピングで広い舞台全体が激しい炎に包まれました。

ロビーにはボータの追悼パネルや、椿姫などの衣装の展示。財界人らの姿も。

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ナクソス島のアリアドネ

ウィーン国立劇場2016年日本公演「ナクソス島のアリアドネ」  2016年10月

4年ぶりの来日公演。1939年生まれ「ドイツ正統派」マレク・ヤノフスキで、後期ロマン派のリヒャルト・シュトラウスを聴く。コミカルな楽屋落ちストーリーと甘美な音楽は木に竹を接ぐようだけど、超絶技巧と迫力の歌唱で納得させちゃう。ステファン・グールドをはじめ歌手一人ひとりが高水準で、36人の小規模オケながら聴きごたえ十分だ。これが伝統の力か。東京文化会館大ホール、4F上手寄りのD席で32000円。30分の休憩を挟み3時間弱。

前半、バックステージものの「プロローグ」は背の高い窓がある広間。ウィーンの成金が屋敷でのオペラ上演を発注するが、同時に下世話なコンメディア・デッラルテ(即興劇)を上演しろと無茶を言い出し、若い作曲家(ズボン役ですらりと端正なメゾ、ステファニー・ハウツィール)が憤慨する。
鏡台が並ぶ楽屋に転換して、作曲家とプリマドンナ(伸びやかなソプラノ、グン=ブリット・バークミン)、テノール(新国立でお馴染みアメリカのテノール、グールド)、喜劇一座のコケティッシュな女優ツェルビネッタ(ソプラノ、ダニエラ・ファリー)、舞踊教師(テノール、ノルベルト・エルンスト)らがドタバタを繰り広げる。

後半の「オペラ」は劇中劇のギリシャ悲劇。広間にシャンデリアが輝き、後方の階段に招待客たちが座る。足の折れたグランドピアノ3台で表す荒れた島で、アリアドネ(バークミン)が恋人に見捨てられて死を望むが、訪れたバッカス(グールド)と恋に落ち、希望を見出す。
このパートは、リングばりの妖精3人(ロス出身の華やか黒人ソプラノ、ローレン・ミシェルら)が舞台回しを務め、ラスト20分はうねるような2重唱が聴衆を圧倒する。特に9月に急逝したヨハン・ボータの代役、グールドが期待通りに、輝かしい声でガンガン飛ばして舞台を制圧。まさにヘルデンテノールだ。第一声の迫力で、執事がぶっ飛ぶ小ネタも。
この合間に場違いな喜劇が挟まり、膨らんだ赤いスカートのツェルビネッタが「恋の相手なんて移り変わるものよ」とアリアドネを励ます。こちらのパートはフィガロのようで、作曲家が演じるピアノに乗せ、ファリーの超絶コロラトゥーラが冴えまくる。不安定な足場でも笑みを絶やさない。なんという技巧。派手な衣装の一座の男性陣とバレエダンサーも、キックボードや傘を使って大騒ぎだ。ラストは異質なはずのツェルビネッタと作曲家が両想いになってハッピーエンド。

「ばらの騎士」で成功した文豪ホフマンスタールとのコンビ作で、1916年に大幅改訂したもの。前半のオペレッタ風から、ワーグナー風、モールァルト風までてんこ盛り。上流階級が楽しんできたオペラのパロディなのか。でも実力派が揃えば優美に聴かせちゃう。
スタイリッシュな演出はスヴェン=エリック・ベヒトルフ。2012年ザルツブルク音楽祭でのプロダクションをベースに、設定を作曲当時の1910年代とし、メーンキャストの背後で無粋な屋敷の主人がやたら酒をあおったり、観客がひとりずつ灯りを持ったり、仕掛けもたっぷり。大人っぽかったです。

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マリインスキー・オペラ「エフゲニー・オネーギン」

マリインスキー・オペラ「エフゲニー・オネーギン」  2016年10月

秋晴れの上野公園。2012年のコンサート形式から4年ぶりに、マリインスキー歌劇場の来日公演に足を運んだ。指揮はもちろん芸術総監督ワレリー・ゲルギエフで、チャイコフスキーの甘美なメロディーをたっぷりと。東京文化会館大ホール、下手寄り中段のA席で3万6700円。休憩2回を挟み3時間40分。

1879年の初演キャストはモスクワ音楽院の学生だったという逸話もあって、今回の歌手陣はマリインスキー劇場付属アカデミーの若手が中心。安定してたけど、パワー不足、オーラ不足は否めない。もちろんライブビューングで観た2013年のメトオープング、ネトレプコ+クヴィエチェン+ベチャワと比べちゃ酷だけど…

1幕ではタチヤーナ(大人っぽいマリア・バヤンキナ、ソプラノ)の「手紙の場」に超期待していただけに、ちょっと物足りない。「もしもこの世に家庭の幸せを求めるなら」のオネーギン(けっこう渋いアレクセイ・マルコフ、バリトン)と、2幕「我が青春の輝ける日々よ」のレンスキー(小柄なエフゲニー・アフメドフ、テノール)はまあまあ。
3幕「恋とは年齢を問わぬもの」のグレーミン公爵(エドワルド・ツァンガ、バスバリトン)で盛り上がり、タチアーナとオネーギンの2重唱「オネーギン様、私はあの時若かった」では深めの声がシーンとマッチして、大拍手となりました。

アレクセイ・ステパニュクの新演出はとても洒落ていて、1幕は舞台横いっぱいの低い階段に、5000個のリンゴを転がし、田舎風情や人物の若さを表現。セットは天井から吊るしたブランコなど最小限に抑え、背景に映した雲や月、朝焼けが雄大だ。1場ごとに左右と上から閉まる幕で、舞台の一部にズームインするような面白い効果を出す。
3幕ペテルブルグの宮殿舞踏会でのポロネーズは、あえてバレエを封印。高い窓とネバ川河畔のシルエットを背景に、青のグラデーションと金の豪華衣装をまとった貴族たちが、悠然と歩くだけで、現実離れした雰囲気を醸す。大詰め2重唱はあえて幕前で歌い、ラストにぱあっと幕が開いて、広い精神の荒野にオネーギンが1人取り残される。鮮やかでした。

客席には財界人の姿が。熱心なブラボーも。

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METライブビューイング「連隊の娘」

METライブビューイング アンコール2016 「連隊の娘」  2016年9月

夏のアンコール上演で、ドニゼッティの明るい旋律に彩られたフランス風喜劇を楽しむ。イタリア出身マルコ・アルミリアートの指揮で、ファン・ディエゴ・フローレスのハイC連発と、歌う女優ナタリー・デセイの技巧が激突。2008年4月26日の上演だ。休憩を挟み3時間弱。東劇で3100円。

物語は素朴で、やや単調なほど。ナポレオン戦争当時のチロル地方に住む農民トニオ(フローレス)は、両親と生き別れフランス軍で育てられた美少女マリー(デセイ)と恋に落ちる。シュルピス軍曹(アレッサンドロ・コルベリ、バス)らに結婚を認めてもらいたい一心で入隊。ところがマリーはベルケンフィールト侯爵夫人(達者なメゾ、フェリシティ・パルマー)の姪とわかり、パリの大邸宅へ連れていかれる。
後半、マリーがしとやかにしつけられ、あわや貴族と結婚、というタイミングで、立派に昇進したトニオと連隊が乗り込んでくる。実はマリーは実の娘、という秘密を暴露された公爵夫人は、2人の真の幸せを願って結婚を許し、ハッピーエンドに。

やはりフローレスの輝く声、突き抜け感が圧巻だ。「友よ、きょうは何と楽しい日」はアンコールこそなかったものの、9回のハイCを軽々聞かせ、拍手が止まらない。デセイはもちろん巧いけど、前半の男の子のような服装や、無邪気なアイドルらしさはイマイチだったかな~
ローレン・ペリーの演出は1幕は美しい山岳、1幕は重厚な屋敷で正統派でした。

ローエングリン

ローエングリン  2016年5月

ワーグナー中期のロマンオペラ。長身金髪のスターテノール、クラウス・フロリアン・フォークトがタイトロールを務め、期待通りの類まれな柔らかい美声で舞台を制圧。白鳥とともに飛来する騎士というファンタジーを、誠実かつ爽やかに体現する。フォークトさまは2013年にリサイタルを聴いたけど、やっぱり大舞台がいいですねえ。
指揮はもちろん飯守泰次郎芸術監督。東フィル。新国立劇場オペラハウスの、1Fやや後ろ寄り中央で2万4300円。なんと40分もの休憩2回を挟み、約5時間の長丁場だけど、演出もお洒落でちっとも飽きなかった。

時は9世紀ごろ、今のベルギー、オランダにまたがるブラバント公国。ワーグナーらしい精妙な弦の前奏曲に続き、1幕ではハインリヒ王(ザクセン大公、アンドレアス・バウアー、明晰で格好いいバス)が徴兵に訪れるが、ブラバントは内紛勃発中。テルラムント伯(ユルゲン・リン、ベテランのバリトン)がエルザ姫(マヌエラ・ウール、率直な美形ソプラノ)を弟殺しで告発しちゃう。そこへ颯爽と謎の騎士、実はローエングリン(フォークト)が、宙づりで天上から登場。しかも少年合唱団かと見紛うよう透明なソロ! 伯を倒し、姫と結婚することになる。
2幕は暗く不吉な調子で始まり、伯と、その妻で異教徒のオルトルート(ペトラ・ラング、ホントに悪そうな芯の強いメゾ)が共謀。エルザはまんまとオルトルートに焚き付けられ、騎士の正体に疑念を抱く。
そして3幕。トライアングルなどがリズミカルな前奏曲から、明るい結婚行進曲へ。幸せなはずなのに、エルザは禁をおかして騎士を問い詰めてしまい、2人の関係は破綻する。無条件の愛という困難…。ローエングリンは王と群集の前で、聖杯騎士団の一員という正体を明かしてエルザのもとを去る。長いソロ「グラール語り」の美しいこと! しかもエルザを抱きしめちゃうし。ふわ~ 後には帰還した幼い弟が寂しくひとり残される。

今作は2011年秋にバイエルン国立歌劇場の引っ越し公演で聴いたけど、巨漢ヨハン・ボータだったから全く別物の印象。フォークト以外も、ドイツ出身で固めた主要キャストはバウアーはじめ高水準。ウールがちょっと弱いかと思ったけど、大事なところは決めていた。
日本人キャストも王の伝令、萩原潤(丸顔のバリトン)が朗々。1幕ごとに、クライマックス並みに盛り上がる分厚い合唱が素晴らしい。オケは管がよれたりして、ちょっと不安定だったかな。

プロダクションはミュンヘン生まれ、マティアス・フォン・シュテークマンの演出で、2012年以来の再演。後方一面に発光パネルを敷き詰め、淡い色と抽象的な模様で場面を表現していて、お洒落だ。モダンな衣装も王は青、姫と騎士は白→黒、伯夫妻は赤とわかりやすい。
セットはシンプルかつ象徴的で、ダイナミック。騎士は宝塚ばりに羽を背負ってゴンドラで斜めに降りてくるし、2幕でエルザをからめとる巨大な円錐形の檻や、同じくワイヤーのベール、3幕で舞台中央から王と大勢の群集がせり上がってくる等々、迫力満点だ。合唱の動きも美しい。いやー、堪能しました。

飯守さん、カーテンコールではちょっとお疲れのようだったけど、来シーズンもリング2作が予定されているし、期待してます!

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METライブビューイング「ロベルト・デヴェリュー」

METライブビューイング2015-16第9作「ロベルト・デヴェリュー」  2016年5月

ドニゼッティのチューダー朝女王3部作のラストを、METが初演。女王エリザベッタ(エリザベス1世)役は、意外に初めて聴くサンドラ・ラドヴァノフスキー(イリノイ出身の芸域の広いソプラノ)だ。METライブビューイングでは2011年に「アンナ・ボレーナ」をネトレプコで、13年に「マリア・ストゥアルダ」をディドナートで観ており、前2作ほどの華は感じなかったものの、ラドヴァノフスキーは技術も演技も迫力満点。名演「真珠採り」コンビを含む、豪華キャストの激突も聴きごたえがある。「マリア・ストゥアルダ」に続いてマウリツィオ・ベニーニ指揮、デイヴィット・マクヴィカー演出で、上演日は4月16日。東劇、休憩1回で3時間。

お話は身も蓋もない、嫉妬の末の破滅談。息苦しい絶対王政の時代を背景に、1幕で老女王エリザベッタの寵臣ロベルト・デヴェリュー(甘く哀愁あるマシュー・ポレンザーニ)は、勝手にアイルランドと和睦したかどで、議会から反逆罪に問われている。ロベルトは政略結婚してしまった恋人サラ(美しいラトビアのメゾ、エリーナ・ガランチャ)とまだ想い合っているものの、なんとか諦めて、秘めた愛の証に指輪と、サラが刺繍した青いスカーフを交換する。
続く2幕で、このスカーフが発端となり、友人ロベルトを弁護しようと奮闘していたサラの夫・ノッティンガム公爵(お馴染み苦悩するポーランドのバリトン、マリウシュ・クヴィエチェン)が、妻の裏切りに気づいて激怒。また、したたかな君主のはずのエリザベットも嫉妬にかられて、ロベルトの死刑判決に署名しちゃう。
休憩後の3幕はそれぞれが対決した後、ようやくサラが指輪をもって駆けつけるが、時すでに遅くロベルトは処刑。エリザベットは絶望と孤独に満ちた長いソロの後、投げ出すようにスコットランド王への王位継承を宣言する。

処刑台の露となったアンナ・ボレーナの宿命の娘であり、従妹マリアを死に追いやった冷徹な為政者エリザベッタが、幕切れでは人間臭さをみせ、カツラを脱いで老いをさらす。しかもロベルトはかつての恋人の義理の息子であり、王位を譲ったスコットランド王はマリアの息子というから、つくづく皮肉な運命だ。

幕間のインタビューで「ベルカントは退屈でしょ」といったコメントも飛び出してたけど、どうして十分にドラマティック。襞襟の衣装、パールや宝石など、あくまで古風で豪華な歴史劇だが、大人数の軍勢が出てくるわけではなく、4人の醜いエゴの衝突にフォーカス。ぐいぐい押しまくる音楽のうねりによって、生身の人間の愚かさ、哀しさが聴く者に迫ってくる。特にラドヴァノフスキーは「9割は怒っている役」と笑いながら、大変なエネルギーを発揮。声の重さと技巧を見事に両立させてました。

演出は暗く、重厚。劇中劇のスタイルで、周囲で合唱が観客の貴族たちを演じ、ずっと悲劇を見守っているほか、冒頭でエリザベッタの葬儀を示す。カーテンコールでは合唱にも挨拶する周到ぶりだ。解説はヴォイトで、いつもの余裕たっぷりの主要キャストらへのインタビューが楽しい。

10周年だった今シーズンのライブビューイングを振り返ると、10作中4作を鑑賞。昨年末にNYで、ついにリアル鑑賞も実現し、ぐっと臨場感が増しました!
来シーズンのラインナップを見ると、どうやら次世代のスターに焦点が移る感じ。リンカーンセンター50周年という節目の年にあたり、しかもMETの象徴・レヴァイン音楽監督引退というニュースも飛び込んで、またまた話題が多そうです~

アンドレア・シェニエ

アンドレア・シェニエ  2016年4月

九州で震災、関東は強い風と、落ち着かない状況だったけど、予定通り新国立劇場へ。実力派の歌手陣に、モダンで知的な演出が相まって感動を呼ぶ舞台だった。ネトレプココンサートを振った若手ヤデル・ビニャミーニ指揮、東フィル。幅広いオペラファンが集まった感じの、オペラハウス中央のいい席で2万1384円。休憩1回を挟み2時間半。

馴染みが薄かったけど、プッチーニと同時期にヴェリズモ・オペラを担ったウンベルト・ジョルダーノの1896年初演作。フランス革命の激動を背景に、実在の詩人シェニエの愛と死を描く。主要人物3人それぞれのアリアで、感情が高ぶり、ガーンと高音を張る展開がドラマチック。3人が歴史に翻弄されつつ、大人びていくさまも見応えがある。

1幕は革命勃発のころ。伯爵家の宴会に招かれたシェニエ(ウルグアイのテノール、カルロ・ヴェントレ)は、即興詩「ある日、青空を遥か遠く眺め」で愛の崇高さを説いて、令嬢マッダレーナ(ウルグアイのソプラノ、マリア・ホセシーリ)の心を奪い、同時に貴族たちの傲慢を非難する。
2幕からはジャコバン派が台頭し、どんどん不穏になっていく。伯爵家の使用人ジェラール(イタリアのバリトン、ヴィットリオ・ヴィテッリ)は革命派幹部にのし上がり、職権で恋しいマッダレーナを探索。マッダレーナはシェニエを頼り、2人は愛を誓いあう。
ジェラールはシェニエを裏切り者として起訴するものの、「祖国の敵だと?」で自責の念を吐露。マッダレーナに「死んだ母を」で真情を訴えられ、ついにシェニエの助命を決意する。裁判ではシェニエが「そう、私は兵士だった」で堂々と無実を主張するが、一方的に死刑判決が下ってしまう。
監獄でシェニエが辞世の詩「5月のある美しい一日のように」を詠じ、ともに死を覚悟したマッダレーナとの2重唱「きみのそばにいると」で、誇り高く愛を宣言して幕となる。格好いいなあ。

2013年「アイーダ」で聴いたタイトロールのヴェントレが、輝かしい声で押しまくって見事だ。ヴィテッリも深い声で、聴かせどころをきめて拍手。ホセシーリは少し絶叫ぎみのところもあったけれど、子供っぽさから終幕の崇高へと、変化に説得力がある。弦のソロや、差し挟まった「ラ・マルセイエーズ」などが印象的。脇役も生き生きしていて、シェニエの友人ルーシェに上江隼人(バリトン)、怪しい密偵に松浦健(テノール)、マッダレーナを助ける小間使いベルシに清水華澄(メゾ)ら。

2005、2010年に続く再々演で、演出・美術・照明はフランスのフィリッピ・アルロー。不安定で断頭台につながる斜めの線を多用し、革命の熱狂と残酷を容赦なく描きだす。現代のテロを思わせるほどだ。セットや衣装はシンプルな白にまとめ、建物や空などの映像を投影する手法。小太鼓にのって増殖するギロチンや、銃声と重なる花火が不気味で、複雑な回り舞台と陰影の濃いライティングが迫力満点。幕切れでは民衆がみな倒れるなか、子役のシルエットが未来を予感させてました。

客席には赤川次郎さんの姿も。

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