オペラ

2025年喝采づくし

2025年も素晴らしいライブパフォーマンスにたくさん出会えました。
なかでも頭抜けて凄いものを観た!聴いた!と圧倒されたのは、ふたつ。クラシックの20代ふたり、クラウス・マケラ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団+アレクサンドル・カントロフ。そして御年81歳、「菅原伝授手習鑑」の15代目片岡仁左衛門による菅丞相。圧巻。

ジャンル別の演劇では、重厚なワジディ・ムワワド作・上村聡史演出「みんな鳥になって」、岩松了のスタイリッシュな「私を探さないで」での河合優実、蓬莱竜太「おどる夫婦」でのダンス。節目では本公演に区切りをつけたイキウメ「ずれる」、大がかりな仕掛けは集大成としたケラリーノ・サンドロヴィッチ「最後のドン・キホーテ」、郷愁に終わらない東京サンシャインボーイズ復活公演「蒙古が襲来」がそれぞれ持ち味を発揮。ミュージカルで閉場となる帝国劇場「レ・ミゼラブル」のファイナルウイークも。
これから楽しみなのは横山拓也「はぐらかしたり、もてなしたり」、加藤拓也「ここが海」。翻訳ものでは熊林弘高演出の古典的喜劇「陽気な幽霊」、サイモン・スティーブンス作・上村聡史演出の不穏過ぎる「スリー・キングダムズ」。

古典では歌舞伎が映画「国宝」で盛り上がった幸福な年でした。ニザ様以外にも大イベント八代目尾上菊五郎・六代目菊之助襲名披露の「弁天娘」、南座に遠征した中村壱太郎「お染の五役」、次世代で鷹之資・染五郎の「棒しばり」や尾上右近の「春興鏡獅子」。中村莟玉、2026年に辰之助襲名を控える尾上左近も目立っていて期待大。
文楽は人間国宝に加えて日本芸術院会員となった桐竹勘十郎が碇知盛、玉助が源九郎狐を遣った「義経千本桜」が大拍手で、歌舞伎、テレビでもフル回転の三谷幸喜「人形ぎらい」も。引き続き1年を通して、浄瑠璃の一中節が勉強になった。
落語はさん喬「雪の瀬川」の粋さ鮮やかさ、喬太郎「お若伊之助」の語り力。白談春はさすがに還暦目前で肩の力が抜けてきたかな。講談の春陽は落語から移した「御神酒徳利」にチャレンジ。どんどん格好良くなるなあ。

クラシックに目を転じると、オペラのほろ酔いイベント立ち上げを手伝った記念すべき年となりました。関係者の素顔、いろんな裏話と合わせて舞台では「セビリアの理髪師」で世界のメゾ・脇園彩、「ラ・ボエーム」でルチアーノ・ガンチを堪能。コンサートではマケラのほかにも、83歳リッカルド・ムーティ指揮・東京春祭オーケストラの圧倒的なイタリア魂に引き込まれ、リサイタルでリセット・オロペサ、”キング・オブ・ハイC” ハビエル・カマレナも聴けて満足。

ポップスではずっと聴きたかったファンクのCory Wongが文句なしに楽しく、星野源の6年ぶりツアー追加公演最終日に感動。貴重なサザンオールスターズ 、Official髭男ismのスタジアム、のりのりEARTH WIND&FIRE+NILE RODGERS&CHICも充実。
とても書き切れないよー。さあ2026年も元気に定番、新機軸を楽しむぞ~

オルフェオとエウリディーチェ

オルフェオとエウリディーチェ  2025年12月

2022年の初バロックオペラ体験で、勅使河原三郎演出に感動したグルック。再演を加藤浩子さんの鑑賞会で。登場人物3人、休憩1回で2時間とコンパクトななかに、音とダンスと花の美が詰まっている。今回は園田隆一郎がタクトをとり、より深化した印象。東フィル。新国立劇場オペラハウス、ちょっと前寄り下手側で、解説・プログラム込み2万8000円。

歌手陣は亡き妻エウリディーチェの新星ベネデッタ・トーレ(イタリアのソプラノ)が、一途に夫に呼びかける三幕「なんて残酷な瞬間、ひどい運命」など、ニンフらしく瑞々しくて良い。なんとか妻を冥界から復活させようとするオルフェオは、初演のカストラートからサラ・ミンガルド(イタリアのアルト)になって柔らかく、まとまりがある。現在、真のアルトは数少ないそうで、終幕近い「エウリディーチェを失って」(悲しいけどハ長調)はオケと息が合ってドラマチック。夫婦を救う愛の神アモーレは躍進中の杉山由紀(メゾ)が魅力的に。そういえばソロが女声だけのオペラは初めてかも。
舞台上で黒子に徹する合唱は一幕「エウリディーチェよ、あなたの美しい霊魂が」から賛美歌を思わせる美しさ。1762年初演の本作は啓蒙思想を背景に、装飾的なアリアを抑えてドラマに比重を置いた「改革オペラ」で、オケも大活躍だ。園田さんがSNSで「オケ付きレチタティーヴォが多い。公演前に必ず楽屋で全てのレチタティーヴォを真剣に口ずさんでからピットに向かう」と書いてました。凄いな。

元ネタのギリシャ神話は、現存する世界最古のオペラの題材になったほどポピュラーで、19世紀にはオッフェンバックがパロディ「地獄のオルフェ(天国と地獄)」を書いている。本作では依頼主マリア・テレジアの意をくんでハッピーエンドにアレンジ。のちに娘マリー・アントワネットの招きでパリ版も書いており、二幕の冒頭や「精霊の踊り」など舞曲が多いのはフランス流とのこと。なるほど。
踊りといえば初演同様、アーティスティックコラボレーター佐東利穂子率いるモダンダンスが盤石だ(ダンサーはウクライナ、オーストリア、スペイン出身)。勅使河原演出としては改めて、シーンを表わす花の表現も秀逸で、一幕の墓碑、二幕の暗い地獄の洞窟、その後の白い野原、ドレスの飾りなど溜息が出る。勅使河原さん、再演では珍しくずっと稽古場で演技をつけたそうで、カテコにも登場。キリッとした立ち姿が際だってました。

終演後は園田さんを囲む懇親会へ。10月のイベントに続いて最後まで付き合ってくださり、ますますファンになっちゃう。帰宅後、加藤さんに教わったパリ・オペラ座ピナ・バウシュ演出版を配信でちらっと。歌手とダンサーが文楽よろしく、ふたり1組でそれぞれのキャラクターを表現するのが面白い。もちろん振付、ダンサーは高水準。ヘンゲルブロック指揮。オペラはつくづく贅沢な総合芸術で、いろんな発想が可能。それだけに実現するハードルの高さを思うと、鑑賞できるのは幸せだなあ。
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ラ・ボエーム

ラ・ボエーム  2025年10月

新国立劇場2025/2026シーズンの幕開けは、鉄板プッチーニ。とろけるような美しい旋律で、気持ちよく泣く。明朗テノールのルチアーノ・ガンチ(ローマ出身)はじめ、歌手は粒ぞろいで息もピッタリ。7月にお話を聴いた粟國淳さんのプロダクションも、なんと上演8回目という大定番で、私が観るのは2020年コロナ直前以来。照明の変化などが端正で、わちゃわちゃする若者の微笑ましさと、悲恋のドラマが際立つ。
指揮はイタリアオペラを知り尽くしたと言われるパオロ・オルミがじっくりと。オケは東フィル。オペラハウスの下手中段で、解説会・プログラム込み28000円。1幕ほぼ30分とテンポよく、休憩2回で3時間。

詩人ロドルフォのガンチは期待通り、まさに今が旬。第一声からガツンとハリがあり、甘く輝かしく、コロンとした体型とあいまって、これぞテノールだ。2026年も来日予定がありそうで楽しみ。対するグリゼット(お針子)ミミのマリーナ・コスタ=ジャクソン(ラスベガス出身)はドラマティックな歌声、派手な顔だちで存在感がある。注目のソプラノで、3姉妹みなオペラ歌手とか。親友の画家マルチェッロはマッシモ・カヴァレッティ(ルッカ出身のバリトン)。大柄&髭、安定感抜群で演技もきめ細かい。2013年スカラ座引っ越し公演のファルスタッフで、フォードを演じた人なんですねえ。その恋人ムゼッタの伊藤晴(いとう・はれ、「夢遊病の女」で聴いた藤原歌劇団のソプラノ)も堂々、2幕ははすっぱに弾けて、4幕は優しくしっとり。
哲学者コッリーネは痩身アンドレア・ペレグリーニ(パルマのバス)で、「古い外套よ」が泣けた~ ほかにいずれもバリトンで、音楽家ショナールは駒田敏章、大家ベノアは志村文彦、パトロンの議員アルチンドロは晴雅彦。新国の合唱団と世田谷ジュニア合唱団が2幕に活躍し、指導は冨平恭平。

それにしても1896年初演、19世紀パリの青春物語は不朽の名作だと再確認。貧しくても夢がある若者たちの未熟さ、仲の良さと、別れの悲しみのコントラストにもっていかれる。トランペットが印象的な「カフェ・モミュス」などの動機や、名アリア「冷たい手を」「私の名はミミ」「私が街を歩くと」の旋律がそこここに。
そして演出が曲の魅力を存分に引き出す。イブのカルチェラタンの賑わいでは、粟国さんが「機械仕掛けより味わいがある」と言っていたように人力でセットを移動。アンフェール関門に降りしきる雪は、オケもしんしんと凍えそう。余談だけど後ろの席に初オペラらしい学生たちがいて、1・2幕後は「予想の3倍の長さだ」と音を上げかかっていたのが、ラストには「面白かった」と。よかったよかった。

また今回、事前にグリゼットの解説があり、勉強になった。いわく地方出身で独り暮らしする若い女性労働者全般を指し、やがてキャバレーの踊り子にもなった、1905年初演「メリー・ウィドウ」には貴族の奥方たちがキャバレー「マキシム」でグリゼットに扮して騒ぐシーンがある、その源氏名はドドとかジュジュとか同じ音を重ねる習慣があった、と。それでミミなんだ!と今更ながら納得。プッチーニとほぼ同時代のルノワールは母、妻がお針子で、よくグリゼットを描き、プルーストが「ルノワールの女性たち」と呼んだ、代表作「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」は当時の風俗を描いていて、ボヘミアンやグリゼットが集まる2幕に通じる、とも。なるほどー

カーテンコールではガンチがまさかの動画自撮り! お楽しみ終演後の懇親会は、なんとマエストロと主要キャストが勢揃いで、びっくり。皆さん仲がよさそうで、しゃべって呑んで食べて、めちゃくちゃ楽しかったです~

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セビリアの理髪師

セビリアの理髪師  2025年6月

2023年びわ湖ホール「ノルマ」、2024年のリサイタルが素晴らしかった世界のメゾ脇園彩さん目当てで、加藤浩子さん主催の「セビリアの理髪師」観劇会に参加。ロッシーニの名作(1816年ローマ初演)なのに、意外にもリアル鑑賞は初めての演目だ。伸び伸びした脇園さんはもちろん、超絶技巧満載の大アリアやドタバタ喜劇を堪能する。まさに音の快楽。指揮はベルガモ生まれのコッラード・ロヴァーリス、東フィル。平日午後でも盛況の新国立劇場オペラハウス、前寄りやや下手で28000円(解説会・プログラム代込み)。30分の休憩1回で3時間強。

若き大貴族アルマヴィーヴァ伯爵(米国の小柄な黒人テノール、ローレンス・ブラウンリー)と、後見人バルトロ(イタリアのバリトン、ジュリオ・マストロトータロ)宅で籠の鳥になっているロジーナ(脇園)。ふたりの恋路を助けようと理髪師フィガロ(イタリアのバリトン、ロベルト・カンディア)が活躍する。伯爵は身分を隠して学生リンドーロと名乗っており、しかもバルトロ宅に入り込もうと仕官や音楽教師に変装して大混乱だ。変装はイタリアの伝統的な民衆劇でお決まりの展開で、傲慢な老人(バルトロ)、利発な若い女性(ロジーナ)というキャラも定番、「ロッシーニは歌舞伎」という事前解説に納得。

長身の脇園さんは2幕「激しく燃え上がる恋心=歌の稽古のアリア」など、積極的でチャーミングなロジーナを表現して期待以上だ。バレエダンサーみたいに足を上げちゃう演技まで。ほか歌手はみなさん粒揃いで、カンディアが1幕「俺は街の何でも屋」からノリノリ、早口もこなす。俗物の音楽教師ドン・バジリオのバス妻屋秀和はもちろん安定。ブラウンリーは序盤は抑えめだったけれど、どんどん調子を上げ、2幕大詰めの10分もの大アリア「もう、やめるのだ」で大拍手に。伯爵役がこのアリア(初演のマヌエル・ガルシアの技量を生かしたもの)を歌えるかが上演のポイントとなり、省略しないか問い合わせもあるとのこと。「歌合戦」ロッシーニの醍醐味ですね。
全編の軽快さは、ベルカントを得意とするマエストロ・ロヴァーリスの腕もありそう。白髪・知的なおじさまで、終演後の懇親会ではオケの編成で弦楽器を少なめにしたと。管が際立ってリズミカルだった印象。カーテンコールではクラリネットのアレッサンドロ・ベヴェラリとも握手してました~

原作は1775年初演、ボーマルシェの戯曲で、フランス革命(1789~1799年)前夜、機知と才覚で大貴族を助けるフィガロが人気を博したとか。今回のウイーン生まれヨーゼフ・E・ケップリンガーの演出は2005年制作で、実に6回目の上演。時代を18世紀から、戯曲と同じ革命前ということで1960年代フランコ独裁政権下のスペインに移している。2階建てバルトロ宅のワンセットで、伯爵がちゃっかりもぐり込んでロジーナといちゃつくとか、下世話なシーンが各部屋で同時進行し、照明や家具もカラフルで楽しい。バルトロ家の女中ベルタ(メゾの加納悦子)はなんと娼館経営という設定。

懇親会では搭乗までのわずかな時間に、脇園さんが顔を出してくれ、出演していないバリトン大西宇宙さんも飛び入り友情参加してマエストロと話し込んだりして、盛り上がりました!

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フィデリオ

METライブビューイング2024-25 フィデリオ 2025年4月

久々のMETライブビューイングをオペラ好き仲間の鑑賞会で。シーズン第5作はライブビューイング初登場のベートーヴェン「フィデリオ」だ。2008年に小澤征爾指揮、デボラ・ヴォイド主演のウィーン国立歌劇場の来日で、また2018年に新国立劇場20周年記念公演のカタリーナ・ワーグナーによる衝撃演出で観た、いろいろと印象深い演目。新国は飯守泰次郎指揮、フロレスタンはその後、急死しちゃったステファン・グールドだったなあ。
そして今回、豪華な歌手陣と合唱、ベートーヴェンらしい勧善懲悪と成長のドラマを満喫する。ヘルシンキ出身で現代音楽も得意なスザンナ・マルッキ指揮。東劇の中央あたり、20人以上の団体割引で3200円。休憩を挟んで3時間。

全編がこれぞベートーヴェン、歌手も交響楽の一部という印象で、ロマン派の香り。1幕ラストの合唱「おお、なんという喜び」、そしてフィナーレの大合唱「万歳、この日この時」の高揚感は、20年後の第九の先駆けといえそう。同時に「魔笛」に影響を受けた「教養小説」であり、セリフで進行する軽快な歌芝居でもある。
フランス革命の16年後に初演しており、激動の時代に無実の者の救出という正義のテーマは、切実だったのだろう。これがベートーヴェンの唯一のオペラになったのは、娯楽作品に興味がなかったからとかで、不道徳なものは書けない、「フィガロの結婚」は嫌いと言っていたらしい。英雄的なレオノーレは理想の女性なのかな。

なんといってもお目当てのレオノーレ役、リーゼ・ダーヴィトセン(ノルウェー出身のソプラノ)が期待通りだった。注目のドラマティックソプラノで、身長188㌢、アスリートのような骨格。声量と強さがあり、かつ柔らかくて朗らか。1幕「悪者よ、どこへ急ぐのか~来たれ、希望よ」など高音の輝き、ドスの効いた野太さがいい。なんと双子を妊娠中で、梯子を登ったりしてびっくり。この公演後に産休に入り、復帰後は「トリスタンとイゾルデ」が決まっているとか。
相手役フロレスタンの新星デイヴィッド・バット・フィリップはイギリスのリリック・テノール。2幕、いきなり高音で至難の「おお、ここはなんと暗いのだ!」を聴かせ、繊細さも併せ持つ。リーゼとロンドンの同演目で共演していて、息もぴったり。
リアリストの看守ロッコはお馴染みドレスデン生まれの名バス、ルネ・パーペ。声は衰えたかもしれないけど、墓掘りに迷いを見せる二重唱など、人間味のある演技がさすがだ。悪役ドン・ピツァロのトーマス・コニスチュニー(ポーランド出身のバス・バリトン)も今が全盛期の演技派で、メリハリある美声で1幕「ああ、今こそチャンスだ!」など屈折を表現していた。ほかに若いカップルで瑞々しいイン・ファン、マグヌス・ディートリヒ。

プロダクションは2000年制作、ドイツのユルゲン・フリム(1941-2023)演出版で、メトでは5回目の再演。時代を20世紀前半、フランコ独裁政権時代のスペインにして、ファシズムの恐怖を身近に現出させる。とはいえ読み替えのわかりにくさはなく、舞台を縦横いっぱいに活用し、何層の積み重なる監獄、地下牢への高い梯子がダイナミック。大詰めで監獄の壁が上がって広がる青い空が美しい。

そして印象的だったのは、挨拶した総裁19年目のピーター・ゲルブの静かな怒りと覚悟。政治的な理由での拘束や解放といった本作のテーマについて「、「まさに今の世界が必要としている作品。そういう意味で完璧」と言い切っていた。

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ドン・ジョヴァンニ

鈴木優人&バッハコレギウム・ジャパン「ドン・ジョバンニ」 2025年2月

指揮者・鈴木優人率いるバッハコレギウム・ジャパンを初めて鑑賞。ORCHARD PRODUCEのオーツアルト・オペラシリーズ第2弾で、大定番「ドン・ジョバンニ」のキャッチーな音楽を、客席1200に古楽器オケという、初演時代を思わせる環境で楽しむ。歌手陣が実力十分で華があり、贅沢な杉本博司の美術は端正で満足。めぐろパーシモンホール大ホール、2階前のほう中央で2万5000円。休憩を挟んで3時間半。

ラスト地獄落ちにつながる「18世紀にしては異様に劇的」な序曲と、衝撃的な騎士長殺しでスタート。構成は古典派らしく、主要人物それぞれにキャラクターに合った名アリアがあって盛り上がる。二幕の色っぽい晩餐シーンではお約束「フィガロ」の名曲(初演のプラハ聴衆へのサービス)が流れ、軽妙に笑いを誘う。

歌手ではタイトロールのスター、クリストフ・フィラー(オーストリアのバスバリトン)とレポレッロ平野和(2012年に新国立で同役を聴いたバスバリトン)が、声も演技も表情豊か。コメディセンスも抜群で姿もすらっとしていて、いいコンビだ。主人公を取り巻く3人の女性のひとり、騎士長の娘ドンナ・アンナは人気プリマドンナ森麻季(ソプラノ)で、特に2幕「むごい女ですって」など弱音までを繊細に。美形だし、50代とは思えません。ドン・オターヴィオの山本耕平(テノール)も、張りのある美声で格好良くて、目立っていた。
長身の騎士長ディングル・ヤンデル(英国出身のバスバリトン)はまさに地獄の底から響くようで迫力。バロックで知られるという太っちょカリーナ・ゴーヴァン(カナダ出身のソプラノ)が複雑なドンナ・エルヴィラ役で安定。小悪魔ツェルリーナにコロラトゥーラ・ソプラノ高橋維(ゆい)、その恋人マゼットにアイドルみたいな加耒(かく)徹(バリトン)。なんと平野、ゴーヴァン以外は初役だったそうで、みなさん水準が高いなあ。

2階席でオケがよく見えたのも面白かった。40数人規模で、中央にマエストロと辛川太一のチェンバロ2台。楽器はバルブ機能のピストンが無かったり、テオルポ(洋梨のようなマンドリン)が登場したり。音量が小さめなだけでなく、音程も通常より低いそうです。
事前の解説で、ジョバンニのアリアが心情より行動だということ、悔い改めない設定なのは当時、教会の権威が落ちていたこと、またフランス革命前夜を映して、1幕の宴会シーンでは皆が「自由万歳」と叫び、舞踏会では貴族のメヌエット、市民のコントルダンス、農民のドイツ舞曲が違和感なく同時進行すること…などを聞き、ロマン派へのブリッジという作品の位置づけに納得。

そして杉本によるセットは、法隆寺風エンタシスの柱4本とテーブルぐらいでシンプル。with G.B.Piraneseと銘打ち、モーツアルトと同時代18世紀の画家・建築家ピラネージが、古代ローマの遺跡を再現した細密版画を、巨大画像で背景に使用していてお洒落だった。メインビジュアルは16世紀に天正使節団が歓待されたローマ近郊・ヴィラファルネーゼの階段室を写した杉本作品とかで、時代を超えた日本と西欧の邂逅がテーマとか。
演出は飯塚励生。照影は客電を含めて微妙に変化、ときに歌手が客席バルコニーや通路で歌い、舞踏会でオケがぞろぞろ舞台上に移動するのも面白かった。

開幕前には1954年ザルツブルク音楽祭のフルトヴェングラー指揮を観ながら解説を伺い、終演後の懇親会で歌手の皆さんと交流しました!

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2024年喝采尽くし

いろいろあった2024年。特筆したいのは幸運にも蒸せかえる新宿で、勘三郎やニナガワさんが求め続けたテント芝居「おちょこの傘もつメリー・ポピンズ」(中村勘九郎ら)、そして桜満開の季節に、日本最古の芝居小屋「こんぴら歌舞伎」(市川幸四郎ら)を体験できたこと。「場」全体の魅力という、舞台の原点に触れた気がした。
一方で世界の不穏を背景に、ウクライナとロシア出身の音楽家が力を合わせた新国立劇場オペラ「エフゲニ・オネーギン」のチャレンジに拍手。それぞれの手法で戦争や核の罪をえぐる野田秀樹「正三角形」、岩松了「峠の我が家」、ケラリーノ・サンドラヴィッチ「骨と軽蔑」、上村聡史「白衛軍」が胸に迫った。

歌舞伎は現役黄金コンビ・ニザタマによる歌舞伎座「於染久松」は別格として、急きょ駆けつけた市川團子の「ヤマトタケル」に、團子自身の人間ドラマが重なって圧倒された。その延長線で格好良かったのは、演劇で藤原竜也の「中村仲蔵」。團子同様、仲蔵と藤原の存在が見事にシンクロし、舞台に魅せられた者の宿命をひしひしと。

そのほか演劇では「う蝕」の横山拓也、木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」の杉原邦生という気鋭のセンスに、次代への期待が膨らんだ。リアルならではの演出としては、白井晃「メディスン」のドラムや、倉持裕「帰れない男」の層になったセットに、心がざわついた。
俳優だと「正三角形」の長澤まさみ、「峠の我が家」の仲野太賀、二階堂ふみ、「う蝕」の坂東龍汰が楽しみかな。

文楽は引き続き、東京での劇場が定まらずに気の毒。でも「阿古屋」で、桐竹勘十郎、吉田玉助、鶴澤寛太郎の顔合わせの三曲がパワーを見せつけたし、ジブリアニメの背景を使った「曾根崎心中」をひっさげて米国公演を成功させて、頼もしいぞ!

音楽では、加藤和彦の足跡を描いた秀逸なドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、「黒船来航50周年」と銘打った高中正義のコンサートに足を運べて、感慨深かった。もちろん肩の力が抜けた感じで上質だった久保田利伸や、エルトン・ジョン作曲のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(日本人キャスト)、クラシックでいつもニマニマしちゃう反田恭平&JNO、脇園彩のオールロッシーニのリサイタルも楽しかった~ 

このほか落語の柳家喬太郎、立川談春、講談の神田春陽は安定感。
2025年、社会も個人としても、舞台に浸れる有り難い環境が続くことを切に祈りつつ…

魔笛

魔笛  2024年12月 

2018年以来5年ぶりに、南アの現代美術家ウィリアム・ケントリッジ演出のプロダクション。大野和士芸術監督の就任第一作だったんですねえ。ドイツ語圏で最も上演回数が多いオペラだそうで、とにかくキャッチーなモーツアルトに浸る。チェコのトマーシュ・ネトピル指揮、東京フィルハーモニー交響楽団が軽快に。お子さんも目立つ新国立劇場オペラハウス、中段上手寄りで31000円(解説会、プログラム込み)。休憩1回で3時間。

メルヘンらしく、温かくおもちゃ箱のようなビジュアルが楽しい。ケントリッジが得意だという「動くドローイング」=木炭のスケッチのアニメーションや、バロック劇場風だまし絵の背景画が古風な味わいで、夜の女王の登場シーンの、舞台いっぱいにきらめく星にうっとり。設定は写真が流行した19世紀末のヴィクトリア朝時代とのこと。

歌手陣ではザラストロのマテウス・フランサ(ブラジル出身のバス)が重厚で存在感たっぷり。出番は少ないけれど、パパゲーナの種谷典子(ソプラノ)がコミカルな老女からキュートな恋人に変身して、目立っていた。王子タミーノのパヴォル・ブレスリック(スロバキアのテノール)に、パミーナのお馴染み九嶋香奈枝(ソプラノ)が互角に渡り合う。夜の女王は、やっぱりベテランの安井陽子(ソプラノ)。初めてこの役を聴いたのは15年前! 2幕で調子をあげていたかな。パパゲーノの駒田敏章(バリトン)はシリアスが持ち味だそうで、コミカ(喜劇役)は気の毒だったかも。

開演前に解説をきく。初演はフランス革命(1789年)から間もない1791年、ウイーンの城壁の外、庶民の劇場アウフ・デア・ヴィーデン。現代ではピンとこないけれど、悲劇、喜劇、ジングシュピール(民謡風)からバッハ(武士の賛美歌)まで要素てんこ盛り、セリフ入りのわかりやすさは、あらゆる社会階層を意識した画期的な試みだったそうです。また出だしの「3度繰り返す和音」はじめ、散りばめられたフリーメーソンのイメージは英知、市民社会の勝利を意味すると。このプロダクションでも黒板、定規や目のビジュアルを盛り込んでいた。ふむふむ。
ホワイエもクリスマスムード。

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夢遊病の女

夢遊病の女 2024年10月

新国立劇場2024/2025シーズンの開幕、しかもロッシーニ、ドニゼッティと並ぶ歌唱第一ベルカントの巨匠、ベッリーニを初上演とあって、解説付き鑑賞会に足を運んだ。7月に代役を引き受けたクラウディア・ムスキオ(イタリアのソプラノ)ら歌手陣が高水準で、オケも演出もバランスがよく、大満足。メランコリックで長い旋律、美しいレガートを堪能した~ 厳しいので知られるイタリアオペラの名匠マウリツィオ・ベニーニが指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。休憩を挟んで3時間。中央やや上手寄りで29700円。

序曲はなく、のっけから舞台裏の合唱で引き込む。本作で合唱は終始、伴奏というより村人=世間を表現し、アリアと交互に場面を進めていく役割です。スイスを象徴するホルンが鳴り、小さな村はアミーナ(ムスキオ)とエルヴィーノ(イタリアのテノール、アントニーノ・シラグーザ)の結婚に湧いている。アミーナの大アリア「優しいお友達、今日は最高の日」、エルヴィーノとの無伴奏二重唱「僕はそよ風にも嫉妬する」が美しい。新領主ロドルフォ(バスの妻屋秀和)が身分を隠して訪れ、投宿した部屋にアミーナが迷い込む。ロドルフォは夢遊病と気づいて部屋を出るけれど、見つけた村人たちには病気の知識がなく、不実だと非難、エルヴィーノも動揺して結婚取りやめを宣言しちゃう。
2幕はエルヴィーノが元恋人のリーザ(ソプラノの伊藤晴)との結婚式へ向かうところへ、ロドルフォがアミーナの潔白を説く。村人たちも加わりワイワイ騒ぐなか、なんと高い水車小屋の屋根に夢遊状態のアミーナが現れる。同じ正気でないとはいえ、狂乱の場とは違ってリリカルなアリア「ああ、そんなに早く萎れるなんて」をたっぷりと。そのひたむきな愛に、エルヴィーノは疑いをとく。

初演の主役コンビが、広い音域のジュディッタ・パスタ、近代テノールの祖ジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニだったため、その技量を前提に難曲になったとか。特にアミーナの大アリアはベルカント・ソプラノの極北だそうだけど、1995年生まれとまだ20代のムスキオが、柔らかく伸びのある声、素晴らしい技巧で圧倒。見た目も美しく、これからが楽しみ~ もちろん60才のシラグーザも、聞く人を幸せにする明るさが衰え知らず。妻屋は余裕たっぷりのモテ役(実はアミーナの父?)がはまり、1幕「この心地よい場所には来たことがある」などを聴かせ、入浴シーンでは笑いも。アミーナの養母テレーザの谷口睦美(メゾ)は、マエストロ・ベニーニに「これまで共演した中でベストのテレーザ」と言われたそうです。凄い!

テアトロ・レアル、バルセロナ・リセウ大劇場、パレルモ・マッシモ劇場との共同制作。バルセロナの演劇一家に育ったバルバラ・リュックの演出は、幕開けの見事なモダンダンサーたちが、劇中でもアミーナの周囲で踊るユニークなもの。閉鎖的な村で育った貧しい孤児アミーナの抑圧、不安を視覚で強調していて、面白い。東京に先立つマドリード初演ではラストもショッキングだったけれど、今回は曲の印象を優先する指揮者の提案で修正したようです。

終演後の懇親会はいつもながら大盛り上がり。ムスキオは気さくで、ラストの高所での歌唱について「腰に命綱があって怖くない」とケロリ。一方、シラクーザは30年以上一線で活躍する秘訣を「レパートリーを守ること」、なんと来年「ラ・ボエーム」のロドルフォデビューだそうで「ようやくその時が来た」と。これぞ一流。
情報センターではベッリーニの自筆譜ファクシミリ(肉筆模写)、朽ちた梁を歩く演技で一世を風靡したジェニー・リンドの肖像など、貴重な展示がありました。

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コジ・ファン・トゥッテ

コジ・ファン・トゥッテ  2024年6月

2023/24シーズンも残り2作。いわずとしれたモーツアルトの、その名も「女はみんなこんなもの」という恋愛喜劇だ。荒唐無稽、女性を教育するという現代からしたら違和感満載のストーリーを、軽快なアンサンブル17曲でねじ伏せちゃう。2008年ウィーン国立歌劇場の来日(ムーティ指揮+フリットリ!)がとても良かった印象が強い。ちなみにムーティーが無人島に持って行くオペラは、コジとファルスタッフだとか。
「キャンピング・コジ」と話題だった、このダミアーノ・ミキエレットの2011年初演版を観るのは初めて。大胆な現代への読み替えが成立するのは、それだけ浮気が普遍的テーマということか。人はしょうもなくて愚かだけど、「wise men find peace」、意地を張らずに現世の幸せを選ぶ。歌手が揃い、立体的でスピーディーな廻り舞台や、本水をばしゃばしゃする空想シーンなどがはまっていて、楽しめた。飯森範親指揮、東フィル。老若男女よく入った新国立劇場オペラハウス、中段の見やすいS席で、解説会・プログラム込み28000円。

舞台は18世紀ナポリから、現代のキャンプ場に。哲学者ならぬオーナーのアルフォンソ(ナポリ出身のバスバリトン、フィリッポ・モラーチェ)が、宿泊客のグリエルモ(我らが国際派バリトンの大西宇宙)とフェッランド(スペイン出身、プエルトリコ育ちのテノール、ホエル・プリスト)に「女は浮気するもんだ」と説き、自分の恋人たちは違うと反発する2人にゲームを持ち掛ける。出征すると偽って、アルバニア人ならぬ遊び人のバイク野郎に変装して現れ、互いの恋人である姉妹フィオルッディリージ(イタリアのソプラノ、セレーナ・ガンベローニ)とドラベッラ(ボローニャ出身のメゾ、ダニエラ・ピーニ)を口説く「パートナー交換」だ。姉妹は恋人を思いつつも、スープレット(小間使い)ならぬ従業員デスピーナ(ソプラノの九嶋香苗枝)にもけしかけられて、結局なびいちゃう。偽りの結婚式となったところで、男性陣が正体を明かして大騒ぎになるけれど、結局、元の鞘におさまる。
モリエールの影響を受けたストーリーは、失恋した歌手の妹と結婚したモーツァルトの体験を映しているのでは、とか、本作の成功以降、サリエリがモーツァルトを敵視するようになったという伝説とか、逸話が多い作品なんですねえ。

フィガロみたいなヒット曲は無いんだけど、クライマックスの二重唱はじめ、登場人物6人のシンメトリーな対比が緻密で楽しい。歌手も粒揃いで、イタリアを代表するベルカントソプラノというガンベローニは、品があって伸びやか。プリストも格好良くてロマンティストらしさがあり、徐々に調子を上げ、大西は迫力たっぷり、演技も頑張っていた。応援したい!

帰ってからバレンボイム指揮・デーリエ演出の2002年ベルリン国立歌劇場のヒッピー風や、2020年ザルツブルク音楽祭のモノトーン演出などを録画で聴き比べ。
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