オペラ

METライブビューイング「ばらの騎士」

METライブビューイング2016-2017第10作「ばらの騎士」  2017年6月

シーズンの締めくくりは、ゲルブ総裁がオープニングで登場するリヒャルト・シュトラウスの甘美な「ばらの騎士」だ。当代一流の顔合わせ、女王ルネ・フレミング(ソプラノ)の元帥夫人と、エリーナ・ガランチャ(ラトヴィアのメゾ)の美青年オクタヴィアンが、それぞれ役からの卒業を宣言。時の移り変わりの残酷さ、というテーマと見事にシンクロし、大人っぽく、感動的だった。上演日は5月13日、ドイツオペラの達人セバスティアン・ヴァイグレが手堅い指揮。東劇中ほどで3600円、休憩2回で4時間半。

フレミングは1幕終盤のモノローグなど、成熟と諦観を示す「銀色の声」がさすがの安定感。なにしろ出てきただけで大拍手、カーテンコールは上方の客席から紙吹雪が舞う人気ぶりです。オペラからの引退も言われているようですが、詳細は不明。 個人的にはクール・ビューティー、ガランチャの色気が半端なかったなあ。青年ぽさ、女装の演技も目が離せない。
2人と比べると素朴だけど、ゾフィーのエリン・モリー(研修生出身、ソルトレイクシティのソプラノ)が、透明なコロラトゥーラと、現代的な人物造形で健闘。オクタヴィアンとひとめで恋に落ちるシーンには引き込まれた。元帥夫人が身を引く、ラストの3重唱も存分に。オックス男爵のギュンター・グロイスベック(オーストリアのバス)は単なる道化ではなく、複雑な没落の焦りや新興成金への敵対心を滲ませる。

新制作は「ファルスタッフ」を観たことがあるカナダのロバート・カーセンが演出。舞台を20世紀初頭、ハプスブルク帝国末期に設定し、赤や金を多用してゴージャスながら、2幕では砲台や兵士で1次大戦前の不穏を強調。婚礼のダンサーは優美だけど。さらに3幕は娼館の下世話さをあけすけに表現して、びっくり。階級対立に加えて、ラストは帝国の崩壊を暗示する。凝ってるなあ。

1幕でちょっと出てくる歌手役は、ごちそうのスター・テナー、「真珠とり」で聴いたマシュー・ポレンザーニで、舞台裏の案内役も担当。主要キャストやカーセンとの親密さを感じさせるインタビューのほか、カツラ、美術担当の紹介がありました。
今シーズンは半分の5作を鑑賞。来シーズンの予告では、なんとネトレプコ、フローレス、カウフマンが不在。一方でディドナート、オポライス、ヨンチェーヴァやグリゴーロあたりにスポットが当たり、こちらも時の移ろいを感じさせる。ラドヴァノフスキーの「ノルマ」、オポライスとグリゴーロの「トスカ」、K・オハラの「コジ・ファン・トウッテ」が注目かな。ヨンチェヴァ、ベチャワでヴェルディの珍しい演目「ルイザ・ミラー」も興味あり。

ルチア

ルチア  2017年3月

新国立劇場2016/2017シーズンの注目作、ガエターノ・ドニゼッティの19世紀ロマン主義「ルチア」新制作に足を運んだ。美しい旋律、新国立初登場の粒ぞろいの歌手たちと秀逸な演出で、完成度の高さに満足。指揮はミラノ出身のジャンパオロ・ビザンティで、エネルギッシュだ。東フィル。よく入ったオペラパレスの上手寄りで2万4300円。休憩2回で3時間強と、テンポがいい。

物語はスコットランド版ロミジュリで、家の対立ゆえに恋を引き裂かれたルチアが、政略結婚した新郎を殺し、狂乱のうちに命を落とす。2012年に「歌う女優」ナタリー・デセイのコンサート形式で聴いた感動を、鮮明に覚えている演目だ。
今回も歌手が高水準で、波動がダイレクトに伝わってくる。ライブならではの経験。ピカイチは兄エンリーコのアルトゥール・ルチンスキー(ワルシャワ生まれのバリトン)かな。冒頭の「お前は残酷で」から朗々とした声で、2幕フィナーレの6重唱では内面の苦悩を表現。
タイトロールの美形オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(サンクト出身のソプラノ)も、METなどで活躍中とあって、ハイDの高音や、「狂乱の場」などの超絶コロラトゥーラを存分に聴かせつつ、繊細。りりしい乗馬服姿からの着替えシーンは、ドキドキさせる。恋人エドガルドのイスマエル・ジョルディ(スペインのテノール)は声が甘く、大詰めのゆったりした「祖先の墓よ」で泣かせる。ほかに災難な結婚相手アルトゥーロに小原啓楼(テノール)、教育係ライモンドにお馴染み妻屋秀和(バス)、お付きのアリーサに小林由佳(メゾ)。

モンテカルロ歌劇場と共同制作のプロダクションが、また詩情豊かで美しい。モナコ生まれの歌劇場総裁ジャン=ルイ・グリンダが演出しており、色彩を抑えて、人間ドラマと対峙する厳しい自然を強調。岸壁で砕ける波や鳥影をプロジェクションマッピングで表現し、全くわざとらしくない。横からの照明の効果で陰影が濃く、人物はまるでレンブラントの絵画のようだ。
抑制の効いたトーンだけに、狂乱の場でルチアが新郎の首を、なんと歌舞伎ばりに槍に刺して出てきちゃうシーンが、実に衝撃的。花嫁のベールは黒だし。奏者サシャ・レッケルトがグラスハーモニカを発展させたというヴェロフォンが、神秘的な音色を添える。ほかにもルチアの心象風景の岩山が登場したり、ラストではエドガルドがルチアの遺体を抱いて断崖を登ったりと、ドラマティックな仕掛けがたっぷり。素晴らしかった~

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METライブビューイング「ルサルカ」

METライブビューイング2016-17第6作「ルサルカ」  2017年3月

2014年にやはりライブビューイングで、ロマンチックなルネ・フレミング版を鑑賞したドヴォルザークの妖精オペラを、新制作で。サー・マーク・エルダー指揮。タイトロール、クリスティーヌ・オポライス(ラトヴィアのソプラノ)の鋭い眼光のせいか、前回とは違って人間が抱える業が印象的な、大人のファンタジーになっていて驚く。2月25日上演。東劇のやや後方、休憩2回を挟み4時間。

ハープが際立つ、流麗で親しみやすい旋律に加えて、切れ目ない朗唱や妖精3人娘など、ワーグナー風なんだなあ、と認識。じっくり聴くと、互いにうわべの美しさに惹かれて、内面をぶつけ合わないままこじれてしまう、愚かな男女の物語に思える。
色が美しいステージをオポライスが制圧。1幕の名アリア「月に寄せる歌」こそ幻想的だけど、全般に声が強い。3幕重唱「口づけして安らぎを」で、王子に死のキスを与えるあたり、堂々たるファムファタールです。なにしろ男のコートを羽織って去っていくんだものなあ。対する王子ブランドン・ジョヴァノヴィッチ(米国の若手テノール)は柔らかく、ルサルカの冷淡さに1週間で飽きちゃったり、情けなさ満載だ。
外国の王女はワーグナー歌いのカタリーナ・ダライマン(スウェーデンのソプラノ)。2幕でさんざん王子に迫ったのに、さっと身を翻すプライドの高さがいい。カエル手の父は、安定のエリック・オーウェンズ(フィラデルフィア生まれのバスバリトン)。魔法使いイェジババのジェイミー・バートン(ジョージア出身のメゾ)が「ナブッコ」の妹姫から一転、いい弾けっぷりだ。スペードの女王風の、癖の強い役を楽しんでいる感じで、カーテンコールの拍手も多かった。

見ごたえのある演出は、2011年に「ルチア」を観たメアリー・ジマーマン。なにより場面ごとの色使いが、湖は暗い青と緑、視界が開ける平原は黄、城は強烈な赤とオレンジ、破滅の森はモノトーンと鮮やかだ。バートンが引き連れる半人のモンスターたちや、城に現れたオーウェンズの背景に降り注ぐ水、森に浮かぶ月などは童話風。一方で、城でのオポライスの着替えシーンから仮面群舞に至るあたりは、非常に官能的で目を見張らされる。

案内役はお馴染みポレンザーニ。特典映像でゲルブ総裁自ら、METリンカーンセンター移転50周年記念ドキュメンタリーを紹介していて、往年のスター、レオンタイン・プライスの快活なインタビューが、ちょっと観ただけでも感動的でした~

METライブビューイング「ロメオとジュリエット」

METライブビューイング2016-17第5作「ロメオとジュリエット」  2017年2月

いわずとしれたシェイクスピア劇を、「ファウスト」のシャルル・グノーがオペラ化、パリ万博に合わせて1967年に初演した作品とのこと。実力容姿兼ね備えたタイトロール2人が甘い恋を存分に。ただ曲調は、まったりした印象だったかな。聴衆のブラボーが多い1月21日上演。割と空席がある東劇中央あたり、休憩1回で3時間15分。

NYで観劇できて、素晴らしかった2015年「真珠採り」と同じ、指揮ジャナンドレア・ノセダ、ジュリエットにドイツ出身のコロラトゥーラ・ソプラノの女王、ディアナ・ダムラウという安定コンビだ。ダムラウは1幕「私は夢に生きたい」から技巧ばりばり、後半で強い女性に変貌してからは迫力も十分。インタビューで「ヴィオレッタ(椿姫)ごめんなさい、こっちの方が好き」と語ってましたね。対するロメオも美形ヴィットーリオ・グリゴーロ(イタリアのテノール)で、2幕「昇れ、太陽よ」などが甘美かつ繊細。幕切れ「愛の2重唱」まで、相性のいい2人が舞台を支配する。
主役に焦点が絞られ、脇はあまり目立たない演目だけど、マキューシオのエリオット・マドール(METオーディション出身、カナダのバリトン)に色気があって楽しみだ。ローラン神父のミハイル・ペトレンコ(ロシアのバス)はこのロマンチックな内容には存在感があり過ぎかも。ほかにズボン役・小姓ステファーノにヴィルジニー・ヴェレーズ(メゾ)。

「王様と私」のトニー賞受賞者、バートレット・シャーによる新演出は、18世紀半ばの設定だそうで、暗い広場のワンセットを照明などで転換していく。巨大な1枚布が広いベッドから結婚式のドレスへ転換していく手法がお洒落だ。
動きが激しく、ダムラウは駆けまわるし、グリゴーロも壁によじ登ったり。衣装は古風で美しい。それでもやや平板な印象が否めなかったのは、たまたま蜷川幸雄や藤田貴大の鮮烈な演劇で観てきたストーリーだからかなあ。カーテンコールでグリゴーロがダムラウをお姫様抱っこして、盛り上がってました~

司会は2010年ロイヤルオペラ来日公演の「椿姫」で、なんと代役の代役でピンチを救った可愛いアイリーン・ペレス。活躍してるんですねえ。懐かしいな。

METライブビューイング「ナブッコ」

METライブビューイング2016-17第4作「ナブッコ」  2017年2月

昨年まで40年以上音楽監督を務めたジェイムズ・レヴァイン指揮、盟友プラシド・ドミンゴのタイトロール・バビロニア王というレジェンド共演で、ヴェルディの出世作を聴く。特製車椅子に乗ったレヴァインは痛々しいし、聖書の「バビロンの捕囚」に基づく異教徒否定のストーリーは、トランプ政権下ではむしろ皮肉だけれど、丁寧なオケと歌手、分厚い合唱は文句なく美しい。1月7日の上演。いつもの新宿ピカデリーで3600円。休憩1回を挟み3時間。

スペイン出身、「3大テノール」で知られるドミンゴは、現在はバリトン。生の響きはわからないものの、スクリーンで聴く限り、声は甘いし、階段を登ったり、うつ伏せで4幕ソロをこなしたり、苦悩の演技がたっぷり。76歳とはとても信じられません!
聴衆も熱狂。もちろん合唱も随所で大活躍し、特に3幕「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」は胸に染み入り、嬉しいアンコールがありました~

ほかの歌手陣は、若手ながら高水準。ナブッコと対立する姉娘アビガイッレのリュドミラ・モナスティルスカが、期待通り堂々の迫力。2015年ロイヤル・オペラ来日でレディマクベスを聴いた、ウクライナ生まれのダイナミックソプラノですね。高音の張りあげ方は、やっぱり気になるけど。また征服されたヘブライ人を励ます祭司長ザッカーリアのディミトリ・ベロセルスキー(こちらもウクライナのバス)も、表情が豊か。14年にローマ歌劇場来日のヴェルディ2作で、強い印象を残した人です。
この2人と比べると弱いながら、イェルサレム側についちゃう妹娘フェネーナのジェイミー・バートン(METオーディション出身のジョージア生まれの太っちょメゾ)と、その恋人イズマエーレ役、ラッセル・トーマス(マイアミ出身の黒人テノール)も破綻がない。

オーストラリアのエライジャ・モシンスキーによる定番演出は、ファンタジーながら、アイーダを思わせる時代物らしい荘厳さ。岩山のような巨大神殿を回り舞台に載せ、合唱を立体的に配置。王たちのキラキラ衣装が美しい。舞台裏の小規模オケ、バンダの様子も見られた。

特典映像は歌手インタビューのほか、ゲルブ総裁の司会でレヴァイン、ドミンゴ座談会も。歌い続ける秘訣は「声を節約すること」、といった話。予告では次回「ロメオとジュリエット」(ダムラウが楽しみ!)の指揮者ノセダらに加え、次々回「ルサルカ」の主演クリスティーヌ・オポライスらも登場。昨シーズンに続いて、美形オポライス押しが目立ちます。

METライブビューイング「トリスタンとイゾルデ」 

METライブビューイング2016-17第1作「トリスタンとイゾルデ」  2016年11月

リンカーンセンター移設50周年のシーズン開幕は、意外にも重厚難解なワーグナー。指揮は大物、今年9月の来日で聴いたベルリンフィル芸術監督サイモン・ラトルだ。先日のウィーン歌劇場で感嘆したばかりのニーナ・ステンメ(スウェーデンのソプラノ)が、強靭に舞台を牽引する。年配男性が目立つ新宿ピカデリーで5100円。休憩2回を挟み5時間強。

運命の愛と死の物語。アイルランド王女イゾルデ(ステンメ)は戦勝国コーンウォールのマルケ王(お馴染みドレスデン生まれのバス、ルネ・パーペ)に嫁ぐことになったが、その道中、付き添いの騎士トリスタン(シドニー生まれのヘルデン・テノール、スチュアート・スケルトン)と恋に落ちちゃう。やがて2人の密会が露見し、トリスタンは重傷を負い、故郷の城で落命。駆けつけたイゾルデも後を追う。

オペラに足しげく通い始めて、まだ2年目の2007年秋、ベルリン歌劇場の来日で観たのが懐かしい。動きの無い演出に困惑しつつも、オケの迫力を堪能した記憶がある。
今回も精妙な前奏曲や、2幕の官能の2重唱、そしてラスト、イゾルデの絶唱「愛の死」などインパクトは十分だ。1幕の媚薬を象徴するハープや、3幕のイングリッシュ・ホルン「嘆きの調べ」も印象的。
なんといっても歌手がいずれも超人技だ。ステンメは貫禄があって、ひときわ誇り高い造形。春にラトル指揮でトリスタンを歌ったばかりというスケルトンは、太っちょだけど表現は繊細だ。タイトロールの声がともに柔らかくて、バランスがいい。この2人は媚薬を飲まなくても、すでに惹かれあっており、しかも宿命的に死に引き寄せられていく流れが、よくわかる。
2007年にもマルケ王だった堂々たるパーペはもちろん、そのほかの脇も安定。侍女ブランゲーネのエカテリーナ・グバノヴァは、2009年スカラ座「アイーダ」のアムネリスなどで聴いた、モスクワ出身のメゾ。気品があり、2幕「見張りの歌」が美しい。従者クルヴェナールのエフゲニー・ニキティン(ロシアのバス)も誠実に3幕を支える。

演出はポーランド出身、映画監督でもあるマリウシュ・トレリンスキ。設定を現代に移して、暗い舞台に映像を多用。大波に揺れる軍艦や、トリスタンの原風景らしい父の死を繰り返し見せる。はかない命を象徴するようなライターの火や、舞台上のカメラ映像との組み合わせ、少年時代のトリスタン登場など仕掛けが多く、やや消化不良か。セットは1幕は3階建ての軍艦内部、2幕はドラム缶が並ぶ倉庫、3幕は比較的シンプルにトリスタンの寝室。

案内役はイゾルデも得意とする貫禄のデボラ・ヴォイト。開幕恒例のゲルブ総裁やラトル、主要キャストに加えて、イングリッシュ・ホルン奏者のP・ディアスにインタビューしてました。

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ワルキューレ

ウィーン国立歌劇場2016年日本公演「ワルキューレ」  2016年11月

9回の日本公演で初という、ウィーン歌劇場によるワーグナー「ニーベルングの指輪」第1夜を、スペシャリストのアダム・フィッシャー指揮で。深みのあるオケ、表情豊かな歌唱で、心揺さぶる舞台となった。大入りの東京文化会館、1階下手寄りで6万1000円。休憩2回で約5時間の長丁場も全く辛くない。

「ワルキューレ」は2009年に新国立劇場のキッチュなキース・ウォーナー演出、また2011年にMETライブビューイングで大仕掛けのルパージュ演出を観て以来。情報量の多かった過去2回に比べセットがシンプルな分、高水準揃いの歌の力、壮大な楽曲がダイレクトに響いた。あまりに人間的な、神々の矛盾と苦悩。

なんといっても堂々たるヴォータンのトマス・コニエチュニー(ポーランドのバスバリトン)が、強靭から繊細まで、振り幅大きい表現力を発揮。権力欲も、浮気癖もと欠点だらけの王様だけど、世界を変えるのは自分にはない強い意思と愛であり、それを若い世代に託したいと切望している。特に終盤、逆らった愛娘ブリュンヒルデを許せずに眠らせちゃった後、丁寧に白い布をかけてやるシーンの切なさ。まるで花嫁衣裳のようだ。眼帯はなくメークで表現。
対峙するブリュンヒルデのニーナ・シュテンメ(スウェーデンのソプラノ)も、長丁場をものともせず、ひたむきさを存分に。聡明で、父の真意を理解するからこその反抗なのだ。キラキラ鎧が綺麗。
前半は英雄ジークムントのクリストファー・ヴェントリス(イギリスのテノール)が伸びやかで、妹ジークリンデのベテラン、ペトラ・ラング(ドイツのソプラノ)はちょっと弱いかと思ったけど、しり上がりに。長髪・長身フンディングのアイン・アンガー(エストニアのバス)が低い声を響きわたらせ、孔雀コートのフリッカ、ミヒャエラ・シュースター(ドイツのメゾ)も気高くて、カーテンコールで大きな拍手を浴びていた。

端正な演出は「アリアドネ」と同じスヴェン=エリック・ベヒトルフ。照明を落とし、1幕の装置は中央のトネリコの木とテーブル・椅子、2幕では森に白い石が点在するぐらい。謎の金の頭は人の愚かさを、狼の死骸は野性を表すのか。馬9頭の像を並べた3幕に工夫があって、「ワルキューレの騎行」は高揚感を抑制。戦乙女たちは尚武というより、兵士を邪険にしちゃって、闘いの不毛を思わせる。フィナーレはプロジェクションマッピングで広い舞台全体が激しい炎に包まれました。

ロビーにはボータの追悼パネルや、椿姫などの衣装の展示。財界人らの姿も。

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ナクソス島のアリアドネ

ウィーン国立劇場2016年日本公演「ナクソス島のアリアドネ」  2016年10月

4年ぶりの来日公演。1939年生まれ「ドイツ正統派」マレク・ヤノフスキで、後期ロマン派のリヒャルト・シュトラウスを聴く。コミカルな楽屋落ちストーリーと甘美な音楽は木に竹を接ぐようだけど、超絶技巧と迫力の歌唱で納得させちゃう。ステファン・グールドをはじめ歌手一人ひとりが高水準で、36人の小規模オケながら聴きごたえ十分だ。これが伝統の力か。東京文化会館大ホール、4F上手寄りのD席で32000円。30分の休憩を挟み3時間弱。

前半、バックステージものの「プロローグ」は背の高い窓がある広間。ウィーンの成金が屋敷でのオペラ上演を発注するが、同時に下世話なコンメディア・デッラルテ(即興劇)を上演しろと無茶を言い出し、若い作曲家(ズボン役ですらりと端正なメゾ、ステファニー・ハウツィール)が憤慨する。
鏡台が並ぶ楽屋に転換して、作曲家とプリマドンナ(伸びやかなソプラノ、グン=ブリット・バークミン)、テノール(新国立でお馴染みアメリカのテノール、グールド)、喜劇一座のコケティッシュな女優ツェルビネッタ(ソプラノ、ダニエラ・ファリー)、舞踊教師(テノール、ノルベルト・エルンスト)らがドタバタを繰り広げる。

後半の「オペラ」は劇中劇のギリシャ悲劇。広間にシャンデリアが輝き、後方の階段に招待客たちが座る。足の折れたグランドピアノ3台で表す荒れた島で、アリアドネ(バークミン)が恋人に見捨てられて死を望むが、訪れたバッカス(グールド)と恋に落ち、希望を見出す。
このパートは、リングばりの妖精3人(ロス出身の華やか黒人ソプラノ、ローレン・ミシェルら)が舞台回しを務め、ラスト20分はうねるような2重唱が聴衆を圧倒する。特に9月に急逝したヨハン・ボータの代役、グールドが期待通りに、輝かしい声でガンガン飛ばして舞台を制圧。まさにヘルデンテノールだ。第一声の迫力で、執事がぶっ飛ぶ小ネタも。
この合間に場違いな喜劇が挟まり、膨らんだ赤いスカートのツェルビネッタが「恋の相手なんて移り変わるものよ」とアリアドネを励ます。こちらのパートはフィガロのようで、作曲家が演じるピアノに乗せ、ファリーの超絶コロラトゥーラが冴えまくる。不安定な足場でも笑みを絶やさない。なんという技巧。派手な衣装の一座の男性陣とバレエダンサーも、キックボードや傘を使って大騒ぎだ。ラストは異質なはずのツェルビネッタと作曲家が両想いになってハッピーエンド。

「ばらの騎士」で成功した文豪ホフマンスタールとのコンビ作で、1916年に大幅改訂したもの。前半のオペレッタ風から、ワーグナー風、モールァルト風までてんこ盛り。上流階級が楽しんできたオペラのパロディなのか。でも実力派が揃えば優美に聴かせちゃう。
スタイリッシュな演出はスヴェン=エリック・ベヒトルフ。2012年ザルツブルク音楽祭でのプロダクションをベースに、設定を作曲当時の1910年代とし、メーンキャストの背後で無粋な屋敷の主人がやたら酒をあおったり、観客がひとりずつ灯りを持ったり、仕掛けもたっぷり。大人っぽかったです。

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マリインスキー・オペラ「エフゲニー・オネーギン」

マリインスキー・オペラ「エフゲニー・オネーギン」  2016年10月

秋晴れの上野公園。2012年のコンサート形式から4年ぶりに、マリインスキー歌劇場の来日公演に足を運んだ。指揮はもちろん芸術総監督ワレリー・ゲルギエフで、チャイコフスキーの甘美なメロディーをたっぷりと。東京文化会館大ホール、下手寄り中段のA席で3万6700円。休憩2回を挟み3時間40分。

1879年の初演キャストはモスクワ音楽院の学生だったという逸話もあって、今回の歌手陣はマリインスキー劇場付属アカデミーの若手が中心。安定してたけど、パワー不足、オーラ不足は否めない。もちろんライブビューングで観た2013年のメトオープング、ネトレプコ+クヴィエチェン+ベチャワと比べちゃ酷だけど…

1幕ではタチヤーナ(大人っぽいマリア・バヤンキナ、ソプラノ)の「手紙の場」に超期待していただけに、ちょっと物足りない。「もしもこの世に家庭の幸せを求めるなら」のオネーギン(けっこう渋いアレクセイ・マルコフ、バリトン)と、2幕「我が青春の輝ける日々よ」のレンスキー(小柄なエフゲニー・アフメドフ、テノール)はまあまあ。
3幕「恋とは年齢を問わぬもの」のグレーミン公爵(エドワルド・ツァンガ、バスバリトン)で盛り上がり、タチアーナとオネーギンの2重唱「オネーギン様、私はあの時若かった」では深めの声がシーンとマッチして、大拍手となりました。

アレクセイ・ステパニュクの新演出はとても洒落ていて、1幕は舞台横いっぱいの低い階段に、5000個のリンゴを転がし、田舎風情や人物の若さを表現。セットは天井から吊るしたブランコなど最小限に抑え、背景に映した雲や月、朝焼けが雄大だ。1場ごとに左右と上から閉まる幕で、舞台の一部にズームインするような面白い効果を出す。
3幕ペテルブルグの宮殿舞踏会でのポロネーズは、あえてバレエを封印。高い窓とネバ川河畔のシルエットを背景に、青のグラデーションと金の豪華衣装をまとった貴族たちが、悠然と歩くだけで、現実離れした雰囲気を醸す。大詰め2重唱はあえて幕前で歌い、ラストにぱあっと幕が開いて、広い精神の荒野にオネーギンが1人取り残される。鮮やかでした。

客席には財界人の姿が。熱心なブラボーも。

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METライブビューイング「連隊の娘」

METライブビューイング アンコール2016 「連隊の娘」  2016年9月

夏のアンコール上演で、ドニゼッティの明るい旋律に彩られたフランス風喜劇を楽しむ。イタリア出身マルコ・アルミリアートの指揮で、ファン・ディエゴ・フローレスのハイC連発と、歌う女優ナタリー・デセイの技巧が激突。2008年4月26日の上演だ。休憩を挟み3時間弱。東劇で3100円。

物語は素朴で、やや単調なほど。ナポレオン戦争当時のチロル地方に住む農民トニオ(フローレス)は、両親と生き別れフランス軍で育てられた美少女マリー(デセイ)と恋に落ちる。シュルピス軍曹(アレッサンドロ・コルベリ、バス)らに結婚を認めてもらいたい一心で入隊。ところがマリーはベルケンフィールト侯爵夫人(達者なメゾ、フェリシティ・パルマー)の姪とわかり、パリの大邸宅へ連れていかれる。
後半、マリーがしとやかにしつけられ、あわや貴族と結婚、というタイミングで、立派に昇進したトニオと連隊が乗り込んでくる。実はマリーは実の娘、という秘密を暴露された公爵夫人は、2人の真の幸せを願って結婚を許し、ハッピーエンドに。

やはりフローレスの輝く声、突き抜け感が圧巻だ。「友よ、きょうは何と楽しい日」はアンコールこそなかったものの、9回のハイCを軽々聞かせ、拍手が止まらない。デセイはもちろん巧いけど、前半の男の子のような服装や、無邪気なアイドルらしさはイマイチだったかな~
ローレン・ペリーの演出は1幕は美しい山岳、1幕は重厚な屋敷で正統派でした。

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