オペラ

2024年喝采尽くし

いろいろあった2024年。特筆したいのは幸運にも蒸せかえる新宿で、勘三郎やニナガワさんが求め続けたテント芝居「おちょこの傘もつメリー・ポピンズ」(中村勘九郎ら)、そして桜満開の季節に、日本最古の芝居小屋「こんぴら歌舞伎」(市川幸四郎ら)を体験できたこと。「場」全体の魅力という、舞台の原点に触れた気がした。
一方で世界の不穏を背景に、ウクライナとロシア出身の音楽家が力を合わせた新国立劇場オペラ「エフゲニ・オネーギン」のチャレンジに拍手。それぞれの手法で戦争や核の罪をえぐる野田秀樹「正三角形」、岩松了「峠の我が家」、ケラリーノ・サンドラヴィッチ「骨と軽蔑」、上村聡史「白衛軍」が胸に迫った。

歌舞伎は現役黄金コンビ・ニザタマによる歌舞伎座「於染久松」は別格として、急きょ駆けつけた市川團子の「ヤマトタケル」に、團子自身の人間ドラマが重なって圧倒された。その延長線で格好良かったのは、演劇で藤原竜也の「中村仲蔵」。團子同様、仲蔵と藤原の存在が見事にシンクロし、舞台に魅せられた者の宿命をひしひしと。

そのほか演劇では「う蝕」の横山拓也、木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」の杉原邦生という気鋭のセンスに、次代への期待が膨らんだ。リアルならではの演出としては、白井晃「メディスン」のドラムや、倉持裕「帰れない男」の層になったセットに、心がざわついた。
俳優だと「正三角形」の長澤まさみ、「峠の我が家」の仲野太賀、二階堂ふみ、「う蝕」の坂東龍汰が楽しみかな。

文楽は引き続き、東京での劇場が定まらずに気の毒。でも「阿古屋」で、桐竹勘十郎、吉田玉助、鶴澤寛太郎の顔合わせの三曲がパワーを見せつけたし、ジブリアニメの背景を使った「曾根崎心中」をひっさげて米国公演を成功させて、頼もしいぞ!

音楽では、加藤和彦の足跡を描いた秀逸なドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、「黒船来航50周年」と銘打った高中正義のコンサートに足を運べて、感慨深かった。もちろん肩の力が抜けた感じで上質だった久保田利伸や、エルトン・ジョン作曲のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(日本人キャスト)、クラシックでいつもニマニマしちゃう反田恭平&JNO、脇園彩のオールロッシーニのリサイタルも楽しかった~ 

このほか落語の柳家喬太郎、立川談春、講談の神田春陽は安定感。
2025年、社会も個人としても、舞台に浸れる有り難い環境が続くことを切に祈りつつ…

魔笛

魔笛  2024年12月 

2018年以来5年ぶりに、南アの現代美術家ウィリアム・ケントリッジ演出のプロダクション。大野和士芸術監督の就任第一作だったんですねえ。ドイツ語圏で最も上演回数が多いオペラだそうで、とにかくキャッチーなモーツアルトに浸る。チェコのトマーシュ・ネトピル指揮、東京フィルハーモニー交響楽団が軽快に。お子さんも目立つ新国立劇場オペラハウス、中段上手寄りで31000円(解説会、プログラム込み)。休憩1回で3時間。

メルヘンらしく、温かくおもちゃ箱のようなビジュアルが楽しい。ケントリッジが得意だという「動くドローイング」=木炭のスケッチのアニメーションや、バロック劇場風だまし絵の背景画が古風な味わいで、夜の女王の登場シーンの、舞台いっぱいにきらめく星にうっとり。設定は写真が流行した19世紀末のヴィクトリア朝時代とのこと。

歌手陣ではザラストロのマテウス・フランサ(ブラジル出身のバス)が重厚で存在感たっぷり。出番は少ないけれど、パパゲーナの種谷典子(ソプラノ)がコミカルな老女からキュートな恋人に変身して、目立っていた。王子タミーノのパヴォル・ブレスリック(スロバキアのテノール)に、パミーナのお馴染み九嶋香奈枝(ソプラノ)が互角に渡り合う。夜の女王は、やっぱりベテランの安井陽子(ソプラノ)。初めてこの役を聴いたのは15年前! 2幕で調子をあげていたかな。パパゲーノの駒田敏章(バリトン)はシリアスが持ち味だそうで、コミカ(喜劇役)は気の毒だったかも。

開演前に解説をきく。初演はフランス革命(1789年)から間もない1791年、ウイーンの城壁の外、庶民の劇場アウフ・デア・ヴィーデン。現代ではピンとこないけれど、悲劇、喜劇、ジングシュピール(民謡風)からバッハ(武士の賛美歌)まで要素てんこ盛り、セリフ入りのわかりやすさは、あらゆる社会階層を意識した画期的な試みだったそうです。また出だしの「3度繰り返す和音」はじめ、散りばめられたフリーメーソンのイメージは英知、市民社会の勝利を意味すると。このプロダクションでも黒板、定規や目のビジュアルを盛り込んでいた。ふむふむ。
ホワイエもクリスマスムード。

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夢遊病の女

夢遊病の女 2024年10月

新国立劇場2024/2025シーズンの開幕、しかもロッシーニ、ドニゼッティと並ぶ歌唱第一ベルカントの巨匠、ベッリーニを初上演とあって、解説付き鑑賞会に足を運んだ。7月に代役を引き受けたクラウディア・ムスキオ(イタリアのソプラノ)ら歌手陣が高水準で、オケも演出もバランスがよく、大満足。メランコリックで長い旋律、美しいレガートを堪能した~ 厳しいので知られるイタリアオペラの名匠マウリツィオ・ベニーニが指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。休憩を挟んで3時間。中央やや上手寄りで29700円。

序曲はなく、のっけから舞台裏の合唱で引き込む。本作で合唱は終始、伴奏というより村人=世間を表現し、アリアと交互に場面を進めていく役割です。スイスを象徴するホルンが鳴り、小さな村はアミーナ(ムスキオ)とエルヴィーノ(イタリアのテノール、アントニーノ・シラグーザ)の結婚に湧いている。アミーナの大アリア「優しいお友達、今日は最高の日」、エルヴィーノとの無伴奏二重唱「僕はそよ風にも嫉妬する」が美しい。新領主ロドルフォ(バスの妻屋秀和)が身分を隠して訪れ、投宿した部屋にアミーナが迷い込む。ロドルフォは夢遊病と気づいて部屋を出るけれど、見つけた村人たちには病気の知識がなく、不実だと非難、エルヴィーノも動揺して結婚取りやめを宣言しちゃう。
2幕はエルヴィーノが元恋人のリーザ(ソプラノの伊藤晴)との結婚式へ向かうところへ、ロドルフォがアミーナの潔白を説く。村人たちも加わりワイワイ騒ぐなか、なんと高い水車小屋の屋根に夢遊状態のアミーナが現れる。同じ正気でないとはいえ、狂乱の場とは違ってリリカルなアリア「ああ、そんなに早く萎れるなんて」をたっぷりと。そのひたむきな愛に、エルヴィーノは疑いをとく。

初演の主役コンビが、広い音域のジュディッタ・パスタ、近代テノールの祖ジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニだったため、その技量を前提に難曲になったとか。特にアミーナの大アリアはベルカント・ソプラノの極北だそうだけど、1995年生まれとまだ20代のムスキオが、柔らかく伸びのある声、素晴らしい技巧で圧倒。見た目も美しく、これからが楽しみ~ もちろん60才のシラグーザも、聞く人を幸せにする明るさが衰え知らず。妻屋は余裕たっぷりのモテ役(実はアミーナの父?)がはまり、1幕「この心地よい場所には来たことがある」などを聴かせ、入浴シーンでは笑いも。アミーナの養母テレーザの谷口睦美(メゾ)は、マエストロ・ベニーニに「これまで共演した中でベストのテレーザ」と言われたそうです。凄い!

テアトロ・レアル、バルセロナ・リセウ大劇場、パレルモ・マッシモ劇場との共同制作。バルセロナの演劇一家に育ったバルバラ・リュックの演出は、幕開けの見事なモダンダンサーたちが、劇中でもアミーナの周囲で踊るユニークなもの。閉鎖的な村で育った貧しい孤児アミーナの抑圧、不安を視覚で強調していて、面白い。東京に先立つマドリード初演ではラストもショッキングだったけれど、今回は曲の印象を優先する指揮者の提案で修正したようです。

終演後の懇親会はいつもながら大盛り上がり。ムスキオは気さくで、ラストの高所での歌唱について「腰に命綱があって怖くない」とケロリ。一方、シラクーザは30年以上一線で活躍する秘訣を「レパートリーを守ること」、なんと来年「ラ・ボエーム」のロドルフォデビューだそうで「ようやくその時が来た」と。これぞ一流。
情報センターではベッリーニの自筆譜ファクシミリ(肉筆模写)、朽ちた梁を歩く演技で一世を風靡したジェニー・リンドの肖像など、貴重な展示がありました。

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コジ・ファン・トゥッテ

コジ・ファン・トゥッテ  2024年6月

2023/24シーズンも残り2作。いわずとしれたモーツアルトの、その名も「女はみんなこんなもの」という恋愛喜劇だ。荒唐無稽、女性を教育するという現代からしたら違和感満載のストーリーを、軽快なアンサンブル17曲でねじ伏せちゃう。2008年ウィーン国立歌劇場の来日(ムーティ指揮+フリットリ!)がとても良かった印象が強い。ちなみにムーティーが無人島に持って行くオペラは、コジとファルスタッフだとか。
「キャンピング・コジ」と話題だった、このダミアーノ・ミキエレットの2011年初演版を観るのは初めて。大胆な現代への読み替えが成立するのは、それだけ浮気が普遍的テーマということか。人はしょうもなくて愚かだけど、「wise men find peace」、意地を張らずに現世の幸せを選ぶ。歌手が揃い、立体的でスピーディーな廻り舞台や、本水をばしゃばしゃする空想シーンなどがはまっていて、楽しめた。飯森範親指揮、東フィル。老若男女よく入った新国立劇場オペラハウス、中段の見やすいS席で、解説会・プログラム込み28000円。

舞台は18世紀ナポリから、現代のキャンプ場に。哲学者ならぬオーナーのアルフォンソ(ナポリ出身のバスバリトン、フィリッポ・モラーチェ)が、宿泊客のグリエルモ(我らが国際派バリトンの大西宇宙)とフェッランド(スペイン出身、プエルトリコ育ちのテノール、ホエル・プリスト)に「女は浮気するもんだ」と説き、自分の恋人たちは違うと反発する2人にゲームを持ち掛ける。出征すると偽って、アルバニア人ならぬ遊び人のバイク野郎に変装して現れ、互いの恋人である姉妹フィオルッディリージ(イタリアのソプラノ、セレーナ・ガンベローニ)とドラベッラ(ボローニャ出身のメゾ、ダニエラ・ピーニ)を口説く「パートナー交換」だ。姉妹は恋人を思いつつも、スープレット(小間使い)ならぬ従業員デスピーナ(ソプラノの九嶋香苗枝)にもけしかけられて、結局なびいちゃう。偽りの結婚式となったところで、男性陣が正体を明かして大騒ぎになるけれど、結局、元の鞘におさまる。
モリエールの影響を受けたストーリーは、失恋した歌手の妹と結婚したモーツァルトの体験を映しているのでは、とか、本作の成功以降、サリエリがモーツァルトを敵視するようになったという伝説とか、逸話が多い作品なんですねえ。

フィガロみたいなヒット曲は無いんだけど、クライマックスの二重唱はじめ、登場人物6人のシンメトリーな対比が緻密で楽しい。歌手も粒揃いで、イタリアを代表するベルカントソプラノというガンベローニは、品があって伸びやか。プリストも格好良くてロマンティストらしさがあり、徐々に調子を上げ、大西は迫力たっぷり、演技も頑張っていた。応援したい!

帰ってからバレンボイム指揮・デーリエ演出の2002年ベルリン国立歌劇場のヒッピー風や、2020年ザルツブルク音楽祭のモノトーン演出などを録画で聴き比べ。
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エウゲニ・オネーギン

エウゲニ・オネーギン 2024年2月

プーシキン原作、チャイコフスキー作曲「オネーギン」で、流麗な音の世界に酔う。リアル鑑賞は2016年、ゲルギエフ指揮のマリインスキー以来。そして今回は、溌剌とした指揮者ヴァレンティン・ウリューピン、タイトロールのユーリ・ユルチュク(バリトン)らがなんとウクライナ出身、ヒロイン・タチヤーナのエカテリーナ・シウリーナ(ソプラノ)ら主要キャストはロシア出身! 盤石の日本人キャスト、東京交響楽団とで作り上げた画期的な舞台で、感慨深い。いまここにある平和。満員の新国立劇場オペラハウス、中段上手寄りのいい席で31000円(解説会、プログラム込み)。休憩1回で3時間強。

若く長身のウリューピンの指揮が、繊細かつ活気があって、弦楽器が甘く切なく、ここぞというところでクラリネットやホルンが際立つ。お馴染みの舞踏会は、タチアーナ家は軍楽隊のワルツ、ポロネーズで素朴に、ペテルブルクで大使を迎えた公爵家ではポロネーズ、エコセーズで都会的。
歌手はそれぞれにアリアを存分に聴かせる。まず目立ったのはライバル・レンスキーのヴィクトル・アンティペンコ(テノール)。声量がピカイチで、2幕オネーギンとの決闘前の「どこへ行ってしまったのだろう」が伸びやか。もう1人のライバル、グレーミン公爵のアレクサンドル・ツィムバリュク(バス)も美声で、3幕でちょこっと出てきて「恋に年齢は関係ない」をたっぷりと。得な役だなあ。対するユルチュクはちょっと押され気味だったけど、個人的にはそこがキャラに合っていて、長身イケメンでもあり、3幕「間違いなく僕は恋をしている」など、説得力があった。
女声陣はなんといってもシウリーナがリリカルで、お馴染み1幕の長大な「手紙の場」や、がらりと貴婦人になった幕切れオネーギンとの二重唱「幸せはすぐそばにあったのに」を表情豊かに歌いきり、妹オリガ役アンナ・ゴリチョーワ(メゾ)の深い声と、いい対照だ。母ラーリナの郷家暁子(メゾ)ら日本人も大活躍。

ドミトリー・ベルトマンの演出は古典的な装置だけど凝っていて、2019年オープニングの初演映像と比べても面白かった。ご一緒したオペラ仲間が「ふぞろいの林檎たちだね」とおっしゃっていた通り、すれ違う男女4人の愚かさ、皮肉屋オネーギンが最も未熟という青春の皮肉が、くっきり伝わる。ロシアと言えばジャムとばかり冒頭、タチヤーナ家に所狭しと自家製ジャムの壺が並び、舞踏会シーンで激昂したレンスキーをなだめようと、オリガが空しくジャムを差し出しちゃったり、決闘シーンで自棄になったオネーギンが、ろくにレンスキーを見もせずに発砲したり。
新国立劇場合唱団が相変わらずのクオリティなうえ、振付も達者にこなす。舞踏会の客全員でオネーギンを一瞥するところとか、ダンサー顔負けの表現力だ。

鑑賞前に加藤浩子さんの解説を伺い、終演後は立会人ザレツキー役のヴィタリ・ユシュマノフさん、郷家さん、さらにご主人で格好良いバスバリトンの河野鉄平さんをお迎えして懇親会も。充実していました!

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2023年喝采尽くし

2023年は遠出したエンタメが充実しました!
なんといっても11月のボローニャ歌劇場「ノルマ」。ドラマティックな歌唱と演奏、初のびわ湖ホールの素晴らしい景観と、脇園彩さんらが来てくれた懇親会まで、めちゃくちゃ楽しかった。
そして夏の内子座文楽。勘十郎、玉男、和生と人間国宝揃い踏みの鏡割りに始まり、座頭沢市に玉助で「壺坂観音霊験記」。書き割りが倒れちゃったりして、手作りの芝居小屋感も満喫した。
番外編で、反田恭平率いるJapan National Orchestoraの東大寺奉納公演も。大仏前の野外特設会場で、あいにくの土砂降りとなったけど、貴重な経験でした~

伝統芸能では残念ながら国立劇場が閉場となり、掉尾を飾る文楽は極め付け「菅原伝授」。藤太夫が舞台袖から「待てらう」と呼ばわり、偉丈夫・松王丸の玉助が登場して拍手。記念の公演での大役、めでたい限り。
歌舞伎は定番「妹背山婦女庭訓」の後半で菊之助、梅枝、米吉が並び、芝翫が未来への期待を語って感慨深かった。思いがけず隣に劇場の設計・監修に当たったかた(御年93歳!)が座られ、おしゃべりしちゃう思い出も。ほかに4月の歌舞伎座では、毎公演一世一代の感があるニザタマコンビの「切られ与三」を堪能。
落語はコロナ明けを実感した5月浅草の談春「お若伊之助」、小春志真打昇進披露で面倒をみる一之輔「加賀の千代」が印象的だった。講談は日本シリーズにやきもきしつつの春陽「清水次郎長伝」が面白かった。

世界で暗い話題が続くなか、演劇は戦争の大義を問うデイヴィッド・へイグ「My Boy Jack」を上村聡史が演出、重く響く名作だった。前川知大「人魂を届けに」はローンオフェンダーの絶望とそれを受け止める覚悟が鮮烈で、新たな代表作に。新鋭では加藤拓也「いつぞやは」が、亡き友への思いを淡々とスタイリッシュにつづり、橋本淳ら俳優陣も高水準だった。安定のこまつ座、NODA・MAP、阿佐ヶ谷スパイダース、岩松了さん、そして四半世紀ぶり三谷幸喜演出の「笑の大学」も。

コンサートは35周年エレカシの、不動のライブハウス感がさすがだった~ もちろんユーミン、ドリカムも満喫。
いろいろ先の見えない2024年だけど、どうかひとつでも多く、ワクワクの舞台に出会えますように!

デッドマン・ウォーキング

METライブビューイング2023-24 デッドマン・ウォーキング 2023年12月

METライブビューイング新シーズンの幕開けは、なんと1995年ティム・ロビンス監督の映画で知られるノンフィクションだ。ジェイク・ヘギーによる2000年のオペラ化作品をMET初演で。2月の「めぐりあう時間たち」がよかったので足を運んだら期待以上、感動の名作でした。
粗野な死刑囚としっかり者の修道女に芽生える深い愛情を、映画音楽のような美しく分厚い響き、時にブルース調の切ないアリアで描く。米国を代表するメゾ、ジョイス・ディドナートが素晴らしく、幕切れのつぶやくような賛美歌「主はわたしたちを集めて」が染みた~ 音楽監督ヤニック・ネゼ=セガン指揮。10月21日の上演で、休憩を挟んで3時間半。椅子が新しくなった東劇で3700円。

舞台は1980年代の南部。シスター・ヘレンは文通するルイジアナ州立刑務所(アンゴラ)の死刑囚ジョセフ(ロサンゼルス出身のバスバリトン、ライアン・マキニー)と面会し、恩赦嘆願から刑執行まで支えていく。
イヴォ・ヴァン・ホーヴェの演出は、前奏曲中の映像で犯行を見せるもの。明示しないもののジョセフの犯行を前提に、自らの罪への恐怖、認め悔いることで得られる心の平穏に焦点を絞っていて、効果的だ。シスターが思わず車を飛ばしちゃって、背後のスクリーンにパトカーの映像が写り、シームレスに警官が現れるシーンが面白く、笑いを誘う。ローレンス・オリヴィエ賞やトニー賞を得たオランダ出身の才人とか。
ベッドやデスクなど装置はシンプル。全体に抽象的で、「真実があなたを自由にする」というテーマと主演ふたりの愛をくっきりと。深夜、教会で苦悩するヘレン、刑務所で腕立てするジョセフが交互に歌うシーンの映像も巧い。大詰め執行のシーンだけがやけに具体的で、ショッキングだったけど。なにせ関係者に公開されてるんだもの。ここは端的に、死刑制度への疑問を提示したのかな。

ディドナートがてきぱきしたおばちゃんから、弱々しさまで表現して、とにかく圧巻。簡素なグレーのワンピースに、すっぴんみたいだし! 対するマッチョなマキニーも大健闘。映画版のショーン・ペンが色っぽく、そりゃスーザン・サランドン惚れるよね、となっちゃうのと比べ、むしろ無骨でとっつきにくい印象なのが説得的だった。
初演でシスターを演じたというベテランメゾ、スーザン・グラハムがジョセフの母で登場して、存在感を発揮。貧しく愚かだけど、切実だ。ライブビューイングでずっと華やかな案内役だったのが信じられません。仲間のシスター・ローズ役、黒人ソプラノのラトニア・ムーアに愛嬌があり、被害者の父オーウェンのロッド・ギルフリー(バリトン)も、揺れる心理を表現していい声。

今季のライブビューイングは本作に続き、「マルコムX」、メキシコオペラと現代物3連発で、新しいファンを開拓する姿勢がくっきり。ゲルブ総裁、すっかりオネエで大人気ネゼ=セガンも、インタビューで今日的テーマを取り上げる意義を強調していた。ひるがえって歌舞伎はアニメ原作やCGのケレン全盛で、それも悪くないけれど、こんな深く大人っぽい表現にも挑戦してほしいものです。
お楽しみ特典映像で、NY州シンシン刑務所での特別公演のドキュメンタリーが流れたのにはびっくり。米国恐るべし。案内役はリアノン・ギデンズ。知らなかったけどフォーク・カントリー歌手で、今年、イスラム系奴隷の生涯を描いたオペラ「オマール」を共作してピュリッツァー賞を得た才媛なんですねえ。

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ノルマ

ボローニャ歌劇場「ノルマ」  2023年11月

実に2011年以来で聴く、ボローニャ歌劇場の来日公演で、気になっていたびわ湖ホール行きが実現。ホワイエから一望できる琵琶湖が素晴らしく、開幕前から気分が盛り上がる。作品はリアルでは初めての、ベッリーニの代表作「ノルマ」。東京公演の評判通り、ベテラン、フォブリツィオ・マリア・カルミナーティのドラマティックな指揮と、主役3人の高水準の歌唱で大満足。大ホールの通路に面した、やや下手寄りで2万9000円。休憩を挟んで3時間。

古代ガリアを舞台に、ドルイド人たちを指導する巫女ノルマ(イタリアのソプラノ、フランチェスカ・ドット)、支配者ローマの総督ポッリオーネ(メキシコのベテランテノール、ラモン・ヴァルガス)、ノルマに仕えるアダルジーザ(気鋭のメゾ脇園彩)の命がけの三角関係。ドットが許されない愛の苦悩と嫉妬、民族の誇りなど、振り幅が大きく音の高低もあるタイトロールを堂々と。木管が高貴な「清らかな女神」から、大詰め告白シーンの長音まで隙なし。
そして、はからずも恋のライバルとなりつつ、ノルマを慕う脇園が、一歩もひかない歌唱に、長身と日本人離れした演技力で実に頼もしい。NYメトのライブビューイングではディドナートが歌った役だものなあ。特に2幕の、声質の違う女性同士の友情の重唱が、聴き応えたっぷり。そんな二人を振り回しちゃうヴァルガスも、ベルカントらしくて安定。

歌手出身のステファニア・ボンファデッリの演出は、ノルマが戦闘服姿という読み替え版。布による転換など、セットが極めてシンプルなのは、予算制約を感じさせるとはいえ、演劇としては悪くない。ただ冒頭から、祈りの森のはずが枯れ木が並び、ゲリラを思わせる殺戮シーンもあって、ショッキング。連日、ウクライナに加えガザ情勢のニュースに触れているだけに辛すぎて、ちょっとオペラに没入できなかったのは否めない。
思えば、もともと設定がオーストリア支配下の北イタリアに重なり、2幕の合唱「戦いだ、戦いだ」はリソルジメント(統一運動)の時代、実はヴェルディ「行け我が思いよ、黄金の翼に乗って」より愛唱されたとか。うーん。

大好きな加藤浩子さんが企画する鑑賞会で、事前に解説を伺い、また終演後の懇親会には、なんとカルミナーティさん、ヴァルガスさん、脇園さんがサプライズゲストで登場。特に脇園さんはプログラムで「世界でいちばん勉強した自信がある」と語っていた通り、しっかり者で、しかも大変気さくで、魅力的なかたでした~ 世界に誇るメゾ、間違いなし。楽しかったです!

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「修道女アンジェリカ」「子どもと魔法」

修道女アンジェリカ/子どもと魔法  2023年10月

新国立劇場オペラの2023/24シーズン幕開けは、プッチーニとラヴェルのダブルビル。「母と子」のテーマは通じる2作だけれど、作風はまるで違う。開幕にしては知名度が低く地味な演目かな、と思ったけど、変化に富んでいて楽しめた。沼尻竜典指揮の東京フィルハーモニー交響楽団が端正で、演出はお馴染み、お洒落な粟國淳。よく入った1Fセンターの、とても良い席で2万6730円。休憩を挟んで2時間半。

「修道女アンジェリカ」はモノトーンの静謐なセットで、鐘の音が印象的。閉鎖的で単調な修道院暮らしのなか、アンジェリカ(イタリアのソプラノ、キアーラ・イゾットン)のところへ、初めての来客がある。叔母の公爵夫人(フランス在住のメゾ、齊藤純子)が、妹の結婚が決まったので遺産を放棄せよ、と言いに来たのだ。7年前に未婚で出産し、家名を汚したことを責められても、アンジェリカは大人しくしているが、その息子は2年前に死んだと告げられて、ついに絶叫。ひとりになると絶望して毒をあおっちゃう。土壇場で自殺は大罪だと気がつき、合唱のなか、聖母マリアに慈悲を乞いながら息絶える。
マリアと息子が現れる奇跡をあえて明示せず、いまわのきわにアンジェリカがみる幻影とする悲しさ。公爵夫人が冷酷なようでいて、立ち去りがたさを見せるなど、それぞれの女性の葛藤を繊細に描く。プッチーニの晩年、「ジャンニ・スキッキ」などと並んで1918年にメトロポリタン歌劇場で初演された三部作のひとつで、宗教を題材にしつつ母の悲痛がリアルに迫ってくる。
大柄のイゾットンが出色。アリア「母もなしに」など圧倒的な声量でドラマチックに舞台を牽引し、大きい拍手を浴びてました。昨年、メトロポリタン歌劇場デビューも果たしたそうです。

「子どもと魔法」は一転、カラフルでキッチュなファンタジー。お母さん(齊藤純子)に小言を言われたやんちゃな男の子(フランスの若手ソプラノ、クロエ・ブリオ)が、周囲のものに当たり散らし、不思議が起きて反撃されちゃう。椅子や柱時計、お茶期器、暖炉の火、本の中のお姫様、算数、猫たち…。でも子どもが庭に出て、けがをしたリスを手当てする優しさをみせると、動物たちが家に連れ帰ってくれ、子どもが「ママ!」と呼んで幕となる。
曲は繰り返しのリズム感に加えて、モダンなラグタイム風、シャンソン風、さらにはオペラのパロディーと賑やかだ。東洋の茶器の歌詞では「ハラキリ、セッシュー」も飛び出しちゃう。1925年初演で評判をとったけど、その後のパリ公演では賛否両論だったとか。
映像を駆使した演出で、小柄なブリオが終始躍動し、チャーミング。河野鉄平(バスバリトン)や青地英幸(テノール)、三浦理恵(ソプラノ)らが、面白いかぶり物で次々登場し、齊藤はシルエットと声だけだけど、こちらでも存在感がありました。

客席には高校生らしい団体も。ホワイエには飯守泰次郎、ステファン・グールド追悼のパネルが。ワーグナーではずいぶん楽しませて頂きました…

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トスカ

2023年日本公演 ローマ歌劇場 プッチーニ「トスカ」  2023年9月

4年ぶりローマ歌劇場の引っ越し公演で、ご当地を舞台とし、ご当地で初演された定番「トスカ」。ドラマティックなプッチーニの名作を、音楽監督ミケーレ・マリオッティの明晰な指揮で。現代の世界最高峰とも言われるスター、ソニア・ヨンチョヴァとヴィットリオ・グリゴーロが歌いまくって、大満足。劇場らしいイタリアオペラというべきか。東京文化会館大ホール、上手端、前の方で贅沢に5万2000円。休憩2回を挟み3時間弱を長く感じない。

演出・美術は生誕100年で15年ぶりの復活という、ゼッフィレリのもので、スケール大きい正統派。巨大な聖母像があるバロック調の聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会、天井から肖像画が下がる重厚な警視総監室、そして剣を鞘に収めようとする大天使聖ミカエル像が見上げるばかりの聖アンジェロ城と、すべてが格好良い。古風な衣装、そして人数たっぷりの「デ・デウム」!
主役2人がまた文句なしで、オペラでは日本デビューとなったブルガリアのヨンチェヴァが、子供っぽい我が儘ぶり、プリマの華とプライド、ピュアな信仰心まで、複雑なタイトロールを美しく造形。お待ちかね「歌に生き、愛に生き」は、歌い出しからぐっとひきつける。難しいスカルピア殺しでの、こんなところにナイフが、といった心の揺れも迫真だ。
対するマリオ・カヴァラドッシのテノール、グリゴーロは、ちとやり過ぎとも言われつつ、冒頭の「妙なる調和」から終盤の「星は光ぬ」まで、生粋のローマっ子らしく、輝かしい声で熱く押しまくる。スカルピア男爵、ロシア出身のバリトン、ロマン・ブルデンコは威厳がある一方で、この役にしてはちょっと上品だったかな。なにせもしかしたらオペラ史上最大の嫌らしい役だものね。

カーテンコールではグリゴーロが客席から花束をもらったり、前評判通りのはじけまくり~ 幕間に経営者、国際政治学者やエコノミストの知人と、たくさんお話できて、楽しかったです!

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