浄瑠璃

義太夫「鎌倉三代記」「伊勢音頭恋寝刃」「妹背山婦女庭訓」

女流義太夫演奏会7月公演 2024年7月

お知り合いになった竹本越孝(こしこう)さんのご案内で、初の女流義太夫。いずれも文楽や歌舞伎でお馴染みの演目で、聴きやすい。三味線の抑揚がイマイチな気がしたけれど、太夫はなかなかの迫力。熱心なかけ声もかかるティアラこうとう小ホール、全席自由の中央あたりで4000円。休憩を挟んで2時間。

名優の当たり役と題したシリーズで、今回は六代目中村歌右衛門の姫、遊女、仲居、娘をとりあげる。まず演博招聘研究員の鈴木英一さんが、下手に登場して解説。なんと常磐津和英太夫として、このあと歌舞伎座に駆けつけて「裏表太閤記」(私も観たばかり!)に出演する、歌右衛門の思い出といえば舞台の裏に寝そべって悠々と煙草をふかしていた、火気厳禁だったけど…などなど、芸や演目の解説というより、漫談風で楽しい。
本編はまず「鎌倉三代記」三浦別れの段を、越孝さんと鶴澤駒治(鶴澤清介の預かり弟子)で。父の敵である三浦之助を慕い、その出陣を引き留める「三姫」のひとり・時姫、そして息子に会うまいとする病身の母を切々と。盛り上がりました~

仲入を挟んで「伊勢音頭恋寝刃」油屋の段を渋く竹本土佐子(豊竹嶋太夫門人)、鶴澤三寿々(さんすず)で。遊女・お紺は恋しい福岡貢のため、別れを切り出す。その真意を知らずに激怒する貢を、遣り手の万野がいたぶる。登場人物が多くて難しいけれど、お馴染み万野の意地悪さなどを存分に。
ラストは大曲「妹背山婦女庭訓」金殿の段を、ベテラン竹本綾之助(嶋太夫門人)、鶴澤津賀花(つがはな、鶴澤燕三に師事)で。何度聴いても可哀想過ぎる、お三輪がいじめられちゃうくだり。綾之助さんの体調がいまいちだったのか、ちょっと省略してました。

女流義太夫って明治期には、寄席に出てアイドル的な人気を博し、志賀直哉や高浜虚子もファンだったんですねえ。

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一中節「辰巳の四季」「お夏笠物狂」「小町少将道行」「唐崎心中」「小春髪結之段」

初世都一中没後300年記念 一中節演奏会 2024年2月

江戸三味線音楽の源流(古曲)、一中節のホール演奏会に初参加。初世一中は琴の八橋検校や竹本義太夫、近松、芭蕉、尾形光琳と同時代に生きた教養人だそうで、いろんな文化とのつながりが興味深い。都一中、了中以外の出演は女性で、演技はなくお辞儀も軽く、粛々と進むのがちょっと不思議。お弟子さんたちが集まった感じの紀尾井小ホール、自由席で5000円。休憩を挟んで2時間。

まず了中さんの明朗な解説があり、原点の「辰巳の四季」から。浄瑠璃は渋く一中。「春霞たなびきにけり久方の」と、いにしえの紀貫之の和歌に始まり、京の辰巳(南東)にある宇治の景観、「吸いつけ煙草、雲をふき」など住民の暮らしぶりを語る。終盤、一上がりになって「おさまる国こそ久しけれ」と結ぶ。スケールが大きいなあ。
いったん幕が降りて「お夏笠物狂」。浄瑠璃は一みき、一翠。箱入り娘お夏と手代清十郎の許されない恋ですね。文楽では1962年に「五十年忌歌念仏」笠物狂の段(舞踊)のみ復活されたそうで、2012年に聴いたことがある。義太夫と違って一中節では、古典文学全集にある近松の原文のまま、初世の曲を今も演奏しているそうです。「むかひ通るハ清十郎じゃないかいの 笠がよく似た菅の小笠が」「小舟つくりておなつをのせて 花の清十郎に櫓をおさしょへ」。誤って同僚を殺め、逃亡した清十郎を追って、町をさまようお夏。愚かさが哀れです。
一転、雅びになって「小町少将道行」。いい声の了中の浄瑠璃を、一中の三味線が支える。絶世の美女・小野小町に恋した深草少将が、百夜(ももよ)通いの九十九日目に力尽きで亡くなっちゃうという、世阿弥が能「卒塔婆小町」で描いた物語。「千載集」で和歌を確立した藤原俊成の幽玄体にも通じる、音の消えたあとの空白を楽しんでほしいと。高度過ぎ~

休憩の後、一中さん登場。装束は京都明福寺に残る初世の絵姿に似せてみた、浄瑠璃と三味線の丁々発止は、俵屋宗達の金銀泥の鶴の上に、本阿弥光悦が和歌を「散らし書き」した重文「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」のようなもの、YOASOBIは母音が聴きやすく古典に通じる…と相変わらず縦横無尽です。そして「小いな半兵衛唐崎心中」。浄瑠璃は静岡在住で保存会員(重文の構成員ですね)の一桜で、70代と思えない重厚さがさすが。三味線は一中がリードし、邦楽一家で清元・長唄の名取でもある一志朗と。昨秋に旅行した琵琶湖畔の近江八景を織り込んでいて、流麗。漱石「三四郎」にも登場する曲なんですねえ。
ラストは「小春髪結之段」。浄瑠璃は一すみ(イサム・ノグチやクラシックの細川俊夫と交流があり、チェロのヨーヨー・マと共演したこともある琴奏者、川村京子さん)、三味線はもちろん一中。名作「心中天の網島」の一場面で、近松が初世のために書き下ろしたのでは、とのこと。文楽では3回観ていて、「時雨の炬燵」で身をひく妻おさんが印象的な演目だけど、このシーンは遊女・小春が主人公。毎日髪を結っているお綱が、無言のうちに紙屋治兵衛と心中する決意を察して、それとなく諭す。「かならずあんじてくだんすな」と、色っぽくも緊張感が漂う。

知人がデザインしているプログラムの、詞章の文字が素敵。「シンポジオン」シリーズで会うかたがた、金融界大物ご夫妻の姿も。

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一中節「姫が瀧四季の山めぐり」「道行三度笠」

第九回都了中の会  2024年1月

 一中節都派家元、都了中の会に初参加。伸びやかな浄瑠璃、都一中の優雅な中棹三味線、そして楽しい解説を堪能する。加賀料理の赤坂浅田で、座敷に一部座椅子、椅子を置いての80人ほど参加の演奏会。終演後の会食を含め2万円。
能の山姥ものをベースにした「姫が瀧四季の山めぐり」は、没後300年という初世都一中の詞章、先代一中(11世)の作曲。都で山姥を題材に舞っていた遊女が、善光寺詣の山中で日が暮れ、女に宿を貸してもらうと、それが本物の山姥で… 山の四季と、めぐりめぐっていく生死の表現が美しい。
休憩の後は「道行三度笠」。ご存じ近松門左衛門「冥途の飛脚」から、死罪を覚悟した梅川・忠兵衛が新口村へと落ちていくくだりで、初世の弟子の都半中、のちの宮古路豊後掾(みやこじ・ぶんごのじょう)の作曲。郭の相合炬燵といったたとえの色っぽさと、藤井寺、富田林から竹内峠へ、追い詰められた嘆きが交錯する。三度笠って渡世人のイメージだけど、江戸・京都・大阪を月3で回る三度飛脚がかぶっていたんですねえ。

一中節は江戸浄瑠璃の源流で、京の僧侶だった初世が還俗して、座敷芸として始めたもの。歌舞伎舞台に進出して人気を博し、稽古事となって江戸で大流行した。落語にも登場します。弟子の宮古路豊後掾が独立して豊後節を興し、宮古路文字太夫が常磐津節を、さらに一派の宮古路加賀太夫が新内節を、清元延寿太夫が清元節を興したというから、まさに音曲のルーツ。豊後掾はあまりに扇情的な芸風で吉宗に弾圧されたとか、髻を高く結う「文金風」を流行らせたファッションリーダーだったとか、逸話も豊富だ。
お父上の一中さんの博覧強記には驚くけど、了中さんもなかなかどうして。「私はアメリカ合衆国大統領の資質を完璧に備えている。第1に抜群の記憶力、第2に、えーと何だっけ」とレーガンお得意のつかみネタから、一中節と演目を解説。言霊がもたらす幸せをうたった柿本人麻呂「しきしまの大和の国は 言霊の 幸(さき)わう国ぞ ま幸(さき)くありこそ」を引用したり、大倉喜八郎から贈られた見台を紹介したり。飛鳥から江戸、明治まで、なにせ邦楽の世界は深いです!

演奏会で歌舞伎・文楽友達とおしゃべりし、地下の掘りごたつ式の座敷に移って、希望者15人ほどの食事会も。充実してました~

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一中節「松羽衣」「姫が瀧四季の山めぐり」

一中節「松羽衣」「姫が瀧四季の山めぐり」の会  2016年11月

縁あって重要無形文化財、一中節を聴きに。当代12世一中さんと尾上墨雪さんによる会だ。すがすがしい国立能楽堂能舞台の上手寄り正面、前のほうで5000円。休憩をはさんで1時間強。

まず謡曲にちなみ、5世作曲による「松羽衣」。女性陣の一桜、一光、一菊が並んで浄瑠璃、三味線は一中さん、楽中、勝中。三保の松原の天女は可憐にお嬢さんの尾上紫、漁師伯龍が墨雪さん。
休憩後は11世復曲の「姫が瀧四季の山めぐり―山姥―」。墨雪さんが四季折々自然とたわむれ、徐々に年老いていく女を舞う。息子さんの了中さんが浄瑠璃。一中節は三味線と浄瑠璃、両方手掛けるとか。扇面は朝倉摂。シンプルな舞台に、一本確かな筋が通っていて、伝統芸能のベースの一つを観る思いです。

一中節は中棹で優雅。京都発祥、江戸で大流行し、常磐津など三味線音楽の源流となったそうだ。当代は歌舞伎座の常磐津立三味線(主席奏者)も経験。また墨雪さんは6代目菊五郎が創立した日本舞踊・尾上流の先代家元とあって、客席には大物の女優さん、綺麗どころや経済人の姿も。出口ではお二人がお客さんをお見送り。華やかですねえ。

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