文楽

文楽「寿柱立万歳」「まちの灯」

Bunraku Summer Festival  2026年7月

チャールズ・チャップリン監督・主演の名画「City Lights」(1931)を新作文楽に、と聞き、なんだか面白そうと大阪へ。幕末に舞台を移し、大坂特有の可笑しみと哀感を背景に、「本当に見えているということ」の意味をしみじみと描く。

喜劇だけれど、はみ出した場所から世間を眺め、批判するチャップリン節。そのクールさが、思うに任せない人生、愚かな庶民を容赦なく描く近松などと、どこか響きあう。アクロバティックな人形の動き、音楽劇特有のリズムも生かしていて、脚本・演出の大野和之(日本チャップリン協会会長)はじめスタッフ、キャストのチャレンジ精神に、脱帽するしかない。広々した大阪文楽劇場、中央の良い席で6000円。短めの休憩2回で2時間半。

幕開けは、これまで2度ほど見ているめでたい「寿柱立万歳」。豊竹睦太夫、竹澤團七以下5丁5枚で。三河万歳は吉田玉誉と玉翔がキビキビと。先日、とある会で声に出してみた「ソレ万歳楽でお悦びだ、アハハハ」が明るい。

休憩後はお楽しみ「まちの灯」、茶屋町大仏開眼供養のドタバタから。山高帽、どた靴の放浪紳士は「近頃河原達引」の猿回しキャラを取り入れ、風来坊の与次郎に。新作の首(かしら)「チャーリー」はお馴染みのちょび髭と、眉が下がる仕掛けが楽しい。
前半の床は豊竹希太夫、亘太夫、鶴澤清公、燕二郎が活躍する。与次郎(桐竹勘十郎)は天神橋で盲目の花売り、お花(吉田勘彌)に一目惚れ。泥酔状態で親しくなった道修町大文字屋の主人、吉田勘右衛門(吉田簑二郎)からカネを手に入れ、お花を助ける。橋から眺める水の都の夜景に風情があり、人形監修も務めた勘十郎が表情豊かだ。

休憩を挟んで後半の床は、補綴を務めた豊竹若太夫、作曲の鶴澤友之助。映画のボクシングシーンは法善寺の掛け相撲に移して、与次郎は巨体の横綱、太目山(吉田玉勢)にやっつけられる。勘十郎が存分に躍動。再び酔った勘右衛門が大金をくれて、なんとかお花に届けるものの、番頭藤八(吉田玉助がワルを小気味よく)に横取りされかけ、盗っ人として捕まっちゃう。

大詰は雰囲気が一転、明るい明治の世となり、お花の目も完治。運命の再会シーンの「今やっと、今やっと見えるようになりました」が染みる。友之助は両親がクラシック、ジャズの音楽家で自身、エレキベース、フラメンコギター、コントラバスを弾いていただけに、チャップリン作曲の洋楽をうまくアレンジしていて、感動が盛り上がりました~

ロビーには来日したチャップリンの四男ユージーンさん。資料室の展示ではスターウォーズのグローグー人形も。幅広いです。
Pxl_20260719_081526365 Pxl_20260719_081447639 Pxl_20260719_081503995 Pxl_20260719_081617532 Pxl_20260719_082457953

 

文楽「二人禿」「生写朝顔話」

文楽令和8年5月公演 第一部・第二部  2026年5月

文楽5月公演は北千住THEATRE1010で。「生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)」は2017年、2021年以来3度目。1部、2部の通しでチャリ場「笑い薬」も入り、桐竹勘十郎の萩の祐仙、吉田玉助の立花桂庵の滑稽コンビが躍動して楽しい。前のほう、やや下手と中央でそれぞれ9000円。1部が休憩2回、2部が休憩1回でともに3時間強は、さすがに疲れたけど。

うららかな春の島原遊郭を舞台にした「二人禿」で幕開け。「朝顔話」は広島の大内家のお家騒動を背景に、悲恋の宮城阿曽次郎(吉田和生)と深雪(吉田勘彌)が「君の名は」に通じるすれ違いを繰り返す。ジェットコースターのように翻弄されるからこそ、深雪の一途さが際だつドラマだ。
片岡仁左衛門ゆかりという真葛が原茶店の段で、かき回し役となる怪しい医者の祐仙、桂庵が登場してわかりやすい。偽の惚れ薬を巡るどたばたで笑わせる。桂庵のかしらが「鼻うごき」なのも面白い。続く岡崎隠れ家の段は、家屋セットの上手が往来。通常と反対の「逆勝手」で、山科閑居のパロディとか。こういうリテラシーが古典を楽しくするんだなあ。
明石浦船別れの段で三度目のすれ違い。深雪がかつて宇治川で受け取った金の扇を、阿曽次郎へ投げ返すスペクタクルを、豊竹呂勢太夫、鶴澤清治が盛り上げる。床の裃に波模様をあしらっているのがお洒落だ。弓之助屋敷の段は豊竹靖太夫、鶴澤清志郎が、死を覚悟した深雪のクドキと出奔をしっかりと。

後半、薬売りの段の軽妙な豊竹希太夫、鶴澤清馗が聴きやすく、浜松小屋の段で盲目となった深雪=朝顔の悲哀と、乳母浅香(吉田簑二郎)の自己犠牲を、竹本織太夫・鶴澤燕三→竹本小住太夫・鶴澤清丈が丁寧に。
期待の島田宿笑い薬の段は竹本千歳太夫、豊澤富助が力演。勘十郎が器用に茶をたて、笑い転げて苦しむさまをたっぷりと。宿屋の段のすれ違いをへて、大井川の段でダイナミックに幕となりました。
終演後は文楽仲間と恒例、玉助夫妻を囲む食事会。有り難うございました~
Pxl_20260523_013824106 Pxl_20260523_123601332mp

文楽「絵本太功記」「勧進帳」

第232回文楽公演 2部・3部 2026年2月

今回の文楽東京公演は、春節気分の横浜、初のKAAT神奈川芸術劇場第ホール。短いながらも花道をしつらえて、還暦を迎えた吉田玉助、渾身の弁慶を堪能する。それに先立ち、人形の人間国宝3人が揃い踏みの尼ヶ崎と豪華な1日。2部は休憩1回3時間で9000円。3部は休憩無し1時間強で5000円。

まず2部は苦悩し続ける武智光秀(明智光秀)をドキュメンタリー風に描く、通し狂言「絵本太功記」の後半。文楽で2回、歌舞伎で1回観ているけれど、首都圏では約20年振りのという瓜献上の段もついて面白い。
本能寺の変から4日たった六月六日妙心寺の段から。奥は竹本織太夫、鶴澤燕三。ちょっと癖が出てきたかな。主君を討った光秀(吉田玉男)を許せない老母さつき(吉田和生)が、風呂敷包みひとつで家出しちゃうのを、家臣が家財道具をかつぎ、慌てて追いかけるのが可笑しい。光秀は切腹を覚悟するが、家臣の四王天田島頭(吉田玉佳)と息子十次郎(吉田玉勢)にとめられる。
日本芸術院会員が発表になったばかりの玉男さん、衝立に太い筆で時世の句「順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元(順逆二門無し 大道心源に徹す 五十五年の夢 覚め来たって一元に帰す=従うのも逆らうのも人として行くべき道かどうかだ。生涯は夢と悟り、全ては根本に帰る)」を書いたり、参内のため烏帽子に改めて馬にまたがったりして立派。いつもの勢いは今ひとつだったかも。

休憩を挟んで六月九日瓜献上の段。明るい大物浦の光景に詩情が漂う。中国大返し途中の真柴久吉(豊臣秀吉、映画出演も果たした桐竹勘十郎)に、百姓に化けた田島頭が近寄るものの見破られる。
そして妙見講(日蓮宗の集まり)が賑やかなさつきの侘び住まいに、登場人物が集結する六月十日夕顔棚の段。豊竹希太夫、竹澤團七が聴きやすい。続いて同じ日、眼目の尼ヶ崎の段、通称太十(たいじゅう)へ。前半、ゆったりした豊竹呂勢太夫、迫力の鶴澤清治がおおいに盛り上げる。切の豊竹若太夫、鶴澤清介は渋いんだけど、迫力不足がいかにも残念。物語は光秀が西行もどき(僧に化けた)の久吉を竹槍で襲うが、さつきが身代わりになっちゃう悲劇。初陣だった凜々しい十次郎も瀕死の手負いで、さしもの光秀も大落シ。豊竹座系東風特有の豪快な旋律とのこと。大詰めはセットが一転して、広大な海と松をバックに、両雄が京都山崎・天王山での決戦を期して幕。

客席入れ替えがあって3部は文楽名作入門と銘打ち、お楽しみ「勧進帳」。重苦しい2部とうってかわって、まず爽やかな松羽目に救われる。床は竹本錣太夫、豊竹藤太夫、竹本小住太夫、鶴澤藤蔵、鶴澤清志郎らずらり7丁7枚が並んで、客席から感嘆の声。スマホで詞章を眺めなつつ、音楽劇を楽しむ。
人形はなんといっても2014、2020年に玉男で観た弁慶がいよいよ玉助に。2022年、大阪での玉助を見逃していて初めてだ。特別に出遣いの左は2部から大活躍の玉勢、足は後半が吉田玉路。義経に端正な吉田簑紫郎、冒頭に名乗りがある富樫は吉田玉志。歌舞伎から移した名場面が、二杯道具(背景の転換)を含めてトントンと進み、終盤の太棹大合奏が迫力だ。ラスト、花道に合わせて行きつ戻りつ、たっぷりの飛び六方に大拍手でした~
Pxl_20260221_051526713mp Pxl_20260221_051656032mp Pxl_20260221_053522648 Pxl_20260221_084927228 7b31fecbed9149179df691f782ffc923597f968c

 

2025年喝采づくし

2025年も素晴らしいライブパフォーマンスにたくさん出会えました。
なかでも頭抜けて凄いものを観た!聴いた!と圧倒されたのは、期せずして対照的なふたつ。クラシックの20代ふたり、クラウス・マケラ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団+アレクサンドル・カントロフ。そして御年81歳、「菅原伝授手習鑑」の15代目片岡仁左衛門による菅丞相。いや~、圧巻でした。

ジャンル別の演劇では、重厚なワジディ・ムワワド作・上村聡史演出「みんな鳥になって」の現代性、岩松了のスタイリッシュな「私を探さないで」での河合優実、蓬莱竜太「おどる夫婦」でのダンスが印象的だった。節目にもいろいろ立ち会えて、本公演に区切りをつけたイキウメ「ずれる」、大がかりな仕掛けは集大成としたケラリーノ・サンドロヴィッチ「最後のドン・キホーテ」、郷愁に終わらなかった東京サンシャインボーイズ復活公演「蒙古が襲来」がそれぞれ持ち味を発揮。ミュージカルでは閉場となる帝国劇場の「レ・ミゼラブル」ファイナルウイークも。
これからが楽しみなのは横山拓也「はぐらかしたり、もてなしたり」、加藤拓也「ここが海」。翻訳ものでは熊林弘高演出の古典的喜劇「陽気な幽霊」、サイモン・スティーブンス作・上村聡史演出の不穏過ぎる「スリー・キングダムズ」もよかった。

古典ではなんと言っても歌舞伎が、映画「国宝」で盛り上がって幸福な1年でしたね。ニザ様以外にも大イベント八代目尾上菊五郎・六代目菊之助襲名披露の極付「弁天娘」、南座に遠征した中村壱太郎「お染の五役」、次世代で鷹之資・染五郎の「棒しばり」や尾上右近の「春興鏡獅子」に拍手。中村莟玉、2026年に辰之助襲名を控える尾上左近も目立っていて期待大です。
文楽は人間国宝に加えてめでたく日本芸術院会員となった桐竹勘十郎が碇知盛、玉助が源九郎狐を遣った「義経千本桜」が素晴らしく、歌舞伎、テレビドラマでもフル回転した三谷幸喜の「人形ぎらい」も楽しかった。引き続き1年を通して、浄瑠璃の都一中さんにいろいろ教えて頂きました。
そして落語はさん喬「雪の瀬川」の粋と鮮やかさ、喬太郎「お若伊之助」の語り力。白談春はさすがに還暦目前で肩の力が抜けてきたかな。講談の春陽は落語から移した「御神酒徳利」にチャレンジ。どんどん格好良くなるなあ。

クラシックに目を転じると、オペラで加藤浩子さんのほろ酔いトークイベント立ち上げを手伝った、記念すべき年となりました。関係者の素顔、いろんな裏話を聴くのと並行して、舞台では「セビリアの理髪師」で世界のメゾ脇園彩、「ラ・ボエーム」でルチアーノ・ガンチを堪能。コンサートではマケラのほかにも、83歳リッカルド・ムーティ指揮・東京春祭オーケストラの圧倒的なイタリア魂に引き込まれ、リサイタルでリセット・オロペサ、”キング・オブ・ハイC” ハビエル・カマレナも聴けて満足。

ポップスではずっと聴きたかったファンクのCory Wongが文句なしに楽しく、星野源は奇跡的に6年ぶりツアー、追加公演最終日に行けて感動。貴重なサービス精神満載のサザンオールスターズ、Official髭男ismの爽快なスタジアム、相変わらずノリノリのEARTH WIND&FIRE+NILE RODGERS&CHICも充実していた。
ほかにもいろいろ、とても書き切れません。さあ、2026年も元気に定番、新機軸を楽しむぞ~

文楽「万才」「国性爺合戦」

第五七回文楽鑑賞教室 2025年12月

演劇でお馴染みの東京芸術劇場プレイハウスで、文楽鑑賞教室のBプロ午前の部へ。2023年2月以来の「国性爺合戦」は前回と同じ吉田玉助が苦悩する名将・甘輝を遣って、スケールが大きい。中央あたりのいい席で6000円。国立劇場閉場以降のジプシー公演では、落ち着いた雰囲気や見やすさ、声の響きなどかなり快適だった。短い休憩を挟んで3時間弱。

幕開けは2回観ている景事「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」から「万才(まんざい)」。初春の京都、門付のきりっとした太夫とコミカルな才蔵がうららかに舞う。竹本南都太夫、小住太夫、竹澤團吾、鶴澤寛太郎ら5丁4枚に望月太明蔵社中の囃子が賑やか。人形は桐竹紋吉、吉田文哉。続く解説は豊竹亘太夫が、鶴澤清公と語り分けなどを説明。
眼目の「国性爺合戦」は言わずと知れた近松の冒険活劇だ。やんちゃヒーロー和藤内(吉田玉佳)は鄭成功がモデルで、日本人の母をもち清に抵抗し台湾に渡り…となかなか微妙な演目だけれど、そこはエンタメということで。楼門の段の豊竹芳穂太夫・鶴澤清志郎に親子の情があり、以前よりかなり聴きやすくなった印象。甘輝館の段は安定の豊竹呂勢太夫・鶴澤藤蔵コンビだ。
人形はまさかの自己犠牲合戦しちゃう錦祥女(吉田簑紫郎が美しく)、老一官妻(吉田簑二郎)も健闘。どうしても陰鬱になるけれど、ラストで手を結ぶことにした和藤内と甘輝が、衣装を改めて登場するとスカっとする。10㌔ほどもあるという人形での演技、つくづく重労働だなあ。
それにしても国立劇場。2029年度末としていた再開場が「33年度を目指す」と見直されちゃって、とにかく一日でも早く、と願わずにいられない。

Pxl_20251213_014105845 Pxl_20251213_044826455mp

人形ぎらい

PARCO PURODUCE 2025 三谷文楽「人形ぎらい」 2025年8月

2012年「其礼成心中」以来、13年ぶりの三谷幸喜作・演出の文楽新作に足を運んだ。吉田一輔が監修を、鶴澤清介が作曲を担いつつ出演。舞台が終わり、楽屋の廊下に力なく並ぶあの人形たちが、夜になると喋りだし、悩み、嫉妬し、あろうことか逃走までしちゃうドタバタファンタジーだ。そうそう、生きているとしか思えないものね。そんな人形と、黒衣に徹した人形遣いの「共犯」ぶりが楽しい。
よく入ったPARCO劇場の、なんと最前列中央あたりで1万1000円。休憩無しの1時間40分。

冒頭は「鑓の権左重帷子(やりのごんざかさねのかたびら)」の数寄屋の段。仇役を演じる人形の陀羅助(一輔)は、艶っぽい人妻・老女形(玉翔)を慕い、相手役の鑓の名手・美貌の源太(玉佳)に嫉妬している。ところが大事な顔を鼠にかじられ、絶望した源太が舞台を放り出して出奔。陀羅助は連れ戻そうと下女・お福(桐竹紋秀)と劇場を飛び出して、大阪の街へ…

文楽人形には80種類ほどの首(かしら)があり、年齢や役柄で固定している。だから陀羅助は演目が違ってもずっと仇役、主役はない。そんなの損だ、「ルッキズムやないか!」と作者・近松門左衛門(吉田玉勢)に食ってかかっちゃて爆笑。俳優のニンというものの残酷さ。当て書きを得意とする三谷さんならではの発想かも。ちなみにタイトルはピュアな主人公が俗世間に背を向けるモリエール「人間ぎらい」にちなんでいるとか。

終盤の暴走シーンでは無茶なアクションも自由自在、人形ならではの大スペクタクルに。人形が左遣いに耳打ちしたり、舞台上に人形を置き去りにしたり、ありえない演出も満載でニマニマしちゃう。
床は上手、下手の上方をスライドするかたちで、竹本千歳太夫、豊竹呂勢太夫ら、鶴澤清介、清志郎、清丈らが、慣れないカタカナなどと格闘する。美術は堀尾幸男、首が引き立つ暗めの照明は服部基と盤石。

プログラムには、普段明らかにされない左遣い、足遣いの配役も掲載。そんなこんなで、舞台上のすべてに寄せる作者の愛情がにじむ本作。三谷さん、今年も大活躍です。「国宝」効果の歌舞伎ほどじゃないけれど、文楽への関心がひろがるといいな。

Pxl_20250817_063703635 Pxl_20250817_065323473mp

文楽「芦屋道満大内鑑」「義経千本桜」

第231回文楽公演 第1部・第2部 2025年5月

今回の文楽東京公演は北千住で、狐つながりの1部・2部を続けて鑑賞。大阪万博イベントの関係で、人間国宝に加えて3月に日本芸術院会員になった桐竹勘十郎さんが、なんと2部の知盛、3部の俊寛を遣う大活躍。そのせいか満席で拍手も多く、大盛り上がりだ。観客同士で挨拶し合う姿が目立ち、文楽好きが集まっている印象。半日たっぷりは、さすがに疲れたけれど。THEATRE1010の、いずれも中段中央あたりのいい席で9000円。

1部は初代竹田出雲による1734年初演の「芦屋道満大内鑑」。朱雀帝の時代(900年代)、信太(しのだ、和泉市葛の葉町)の白狐が陰陽師・安倍晴明を産んだという「信太妻伝説」を描く。「子別れ」は2020年12月に観たけれど、今回は1984年に先代の鶴澤燕三が復曲した前段もたっぷりで、変化に富んでいた。休憩25分を挟んで3時間半。
まず加茂館の段が出るので、陰陽の秘書「金烏玉兎(きんうぎょくと)集」を奪い合う安倍保名(やすな)と芦屋道満の対立という物語の軸がわかる。床は豊竹靖太夫・鶴澤燕二郎がはきはきと。道満サイドの悪者・加茂の後室(堂々と吉田玉助)が秘書を盗んだうえ、継娘の榊の前(桐竹紋臣)と恋人・保名(端正な豊松清十郎)を陥れる。濡れ衣を晴らそうと、なんと榊の前が自害しちゃって、保名が我を失う悲劇。重苦しさから幕切れで一転、アクションになってびっくり! 悪事が露見し、保名の奴(家来)与勘平(吉田玉佳)が後室を成敗する。ド派手です。
続く保名物狂いの段は竹本織太夫、鶴澤藤蔵が朗々。出だし「恋よ恋、我中空になすな恋」の能に寄せた音楽性に、品格が漂う。清元「保名」の原曲だそうです。信田の杜をさまよう保名は、榊の前そっくりの妹、葛の葉姫(桐竹紋秀)と出会って惹かれ合う。芦屋サイドの石川悪右衛門(吉田蓑太郎)にいたぶられるものの、ふたりして阿倍野に落ちのびていく。保名が狩りから逃れた白狐(吉田勘彌)を助けるくだりに躍動感がある。

休憩後、眼目の葛の葉子別れの段は竹本千歳太夫、豊澤富助で迫力たっぷり。あれから6年、阿倍野で保名と機織りをする女房葛の葉(勘彌)、5歳の息子安倍童子(小柄な吉田玉延)がひっそり暮らす家へ、保名サイドの信田庄司(吉田玉輝)夫妻、娘・葛の葉姫が訪ねてくる。えっ、葛の葉が二人いる!と観客もおたつく面白さ。「…、か」と狐言葉を使っていた女房が、正体は白狐だと明かして白毛に変じ、我が子に別れを告げる哀しさ。障子に一首「恋しくば」が現われる展開が鮮やかだ。この狐を母にもつ童子こそ、後の阿倍晴明というわけで、虫を殺して遊んでいる設定がちょっと不気味。
幕切れはまた派手になる信田森二人奴の段。豊竹希太夫・鶴澤清友以下5丁5枚で賑やかに。葛の葉姫をつけ回す悪右衛門を与勘平が追い払うが、今度はそっくりの勘平が二人いる!となり、ひとりは狐の野干平(吉田玉勢)だとわかる。ふたりが肌脱ぎになって仁王さながら、駕籠を高々と持ち上げるアクションや、顔を見合わせ「おらがわれか」「われがおらか」とリズミカルにやりとりするのが痛快。左手が必要になり、3人遣いが考案されたシーンだそうです。泉州・葛葉稲荷の縁起、と語って幕となりました。

2部はお馴染み、3大狂言の「義経千本桜」。勘十郎さんがこの公演では1日だけ登場、しかも得意の狐ではなく碇知盛を演じて存在感を発揮する。10分の休憩2回を挟んで2時間半。
伏見稲荷の段で置いてけぼりの静御前(吉田簑二郎)と佐藤忠信実は源九郎狐(玉助がきめ細かく)が描かれ、短い休憩のあと渡海屋・大物浦の段へ。竹本小住太夫・鶴澤清志郎に説得力があり、豊竹芳穂太夫・野澤錦糸を挟んで、切は渋く竹本錣太夫・竹澤宗助。勘十郎さんがラスト、入水シーンを思い切りよく。男前で勇猛、それでいて切なく哀しく、白糸縅の鎧で自らを亡霊とするしかない宿命の人。義経に吉田玉志、弁慶に珍しく吉田簑紫郎、語りが長い女房おりう実は典侍局は吉田和生。
休憩があって〆は華やかに道行初音旅。悲壮感満載の大物浦から、舞台一面ぱあっと満開の桜に転じるのが爽快だ。豊竹呂勢太夫・鶴澤清治ら5丁5枚がリズムよく、鮮やかにホールを満たす。玉助さんが狐から忠信への裃を含めた早替わり、さらには静が後ろ向きに投げた扇をキャッチする「山越え」の見せ場を見事に。充実していました!

4月に勘十郎さんの孫の桐竹勘吉が技芸員となり、長男の簑太郎と3代揃い踏みでめでたい限り。ロビーには大阪の文楽劇場のお菓子も。
Pxl_20250510_055838594 Pxl_20250510_034437079

 

文楽「妹背山婦女庭訓」

第230回文楽公演 第二部 2025年2月

今回の文楽公演は地下鉄後楽園駅直結の文京シビックホール。吉田和生文化功労者顕彰記念の通し狂言「妹背山婦女庭訓」で、十三鐘の悲劇を描く二部に足を運んだ。1999年からほぼ完全版が復活しているそうで、2019年以来の鑑賞。玉助が遣う、抑制の効いた芝六を堪能する。大ホールは立派だけど、クラシック向きで残響にちょっと違和感があったかな。前のほう中央で9000円。休憩1回で約2時間。

物語は導入の猿沢池の段で、入鹿謀反の報を受け、藤原淡海(簑紫郎が端正に)が盲目の天智帝(ねむりの源太、勘壽)を連れだす。休憩を挟み、鹿殺しの段で漁師・芝六と長男・三作(玉彦)が藤原鎌足の役に立とうと、爪の黒い牝鹿を射ちゃう。メリヤスの黙劇風で、緊張感がある。
ここから貧しい芝六の住居での、コミカルな展開に。小住太夫・清丈、芳穂太夫・錦糸のリレーが歯切れ良い。まず掛乞の段は官女たちの珍妙な服装、集金に来たコメ屋が団扇であおいで渡した書き出し(請求書)を、大納言(ファニーな端役)が和歌と思って読み上げる。万才の段ではぼろ家を御殿と偽り、芝六親子が雅楽代わりにべれべれ万才を披露。お囃子は望月太明蔵社中。

そしていよいよ芝六忠義の段へ。千歳太夫・富助がいつも通りの熱演だ。三作が父をかばい、鹿殺しの罪で興福寺の役人に引き立てられていく。明け六つに向けて緊迫感が高まるなか、芝六は天皇への忠心を証明しようと、なんと弟・杉松を手にかけちゃって、女房お雛(清十郎)の嘆くこと嘆くこと。いやはや。そこへ威風堂々、すべてを操る鎌足(孔明、玉也)が登場して怒濤の展開に。三作があわや石子詰めの刑というところで、土中から神鏡が発見されて助命され、戻ってくる。その鏡の威徳で、帝の目も見えるように。杉松を葬る十三鐘の悲しい由来とともに、入鹿討伐への決意がみなぎる幕切れでした~

Pxl_20250222_051322544 Pxl_20250222_051337910mp

 

2024年喝采尽くし

いろいろあった2024年。特筆したいのは幸運にも蒸せかえる新宿で、勘三郎やニナガワさんが求め続けたテント芝居「おちょこの傘もつメリー・ポピンズ」(中村勘九郎ら)、そして桜満開の季節に、日本最古の芝居小屋「こんぴら歌舞伎」(市川幸四郎ら)を体験できたこと。「場」全体の魅力という、舞台の原点に触れた気がした。
一方で世界の不穏を背景に、ウクライナとロシア出身の音楽家が力を合わせた新国立劇場オペラ「エフゲニ・オネーギン」のチャレンジに拍手。それぞれの手法で戦争や核の罪をえぐる野田秀樹「正三角形」、岩松了「峠の我が家」、ケラリーノ・サンドラヴィッチ「骨と軽蔑」、上村聡史「白衛軍」が胸に迫った。

歌舞伎は現役黄金コンビ・ニザタマによる歌舞伎座「於染久松」は別格として、急きょ駆けつけた市川團子の「ヤマトタケル」に、團子自身の人間ドラマが重なって圧倒された。その延長線で格好良かったのは、演劇で藤原竜也の「中村仲蔵」。團子同様、仲蔵と藤原の存在が見事にシンクロし、舞台に魅せられた者の宿命をひしひしと。

そのほか演劇では「う蝕」の横山拓也、木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」の杉原邦生という気鋭のセンスに、次代への期待が膨らんだ。リアルならではの演出としては、白井晃「メディスン」のドラムや、倉持裕「帰れない男」の層になったセットに、心がざわついた。
俳優だと「正三角形」の長澤まさみ、「峠の我が家」の仲野太賀、二階堂ふみ、「う蝕」の坂東龍汰が楽しみかな。

文楽は引き続き、東京での劇場が定まらずに気の毒。でも「阿古屋」で、桐竹勘十郎、吉田玉助、鶴澤寛太郎の顔合わせの三曲がパワーを見せつけたし、ジブリアニメの背景を使った「曾根崎心中」をひっさげて米国公演を成功させて、頼もしいぞ!

音楽では、加藤和彦の足跡を描いた秀逸なドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、「黒船来航50周年」と銘打った高中正義のコンサートに足を運べて、感慨深かった。もちろん肩の力が抜けた感じで上質だった久保田利伸や、エルトン・ジョン作曲のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(日本人キャスト)、クラシックでいつもニマニマしちゃう反田恭平&JNO、脇園彩のオールロッシーニのリサイタルも楽しかった~ 

このほか落語の柳家喬太郎、立川談春、講談の神田春陽は安定感。
2025年、社会も個人としても、舞台に浸れる有り難い環境が続くことを切に祈りつつ…

文楽「一谷嫩軍記」「壇浦兜軍記」

第229回文楽公演 第二部 2024年12月

12月の文楽は久々に東陽町から徒歩数分、街に溶け込む感じの江東区文化センターホール。第二部はなぜか重厚な時代物2階建てで、とりわけ人形、床とも充実の阿古屋を堪能する。前の方中央で9000円。休憩を挟んで3時間半たっぷり。

眼目の「壇浦兜軍記」阿古屋琴責めの段は、タイトロール竹本錣太夫らの掛け合いを竹澤宗助、鶴澤清志郎が支え、三曲は鶴澤寛太郎が胡弓まで自信たっぷりに。初めて聴いたのは2012年、一段と頼もしい。
そして人形は、極め付け桐竹勘十郎の遊君阿古屋が、八の字の出から艶やかで大拍手。特別な役だけに左の簑紫郎、足の勘昇も出遣いで、特に足遣いがのけぞるような姿勢で主遣いの動きをとらえる苦労がよくわかる。それを受ける情理兼ね備えた重忠の吉田玉助は、じっと座っている難しい役。演奏に耳をこらすさまなど微妙な変化があって、さすがだ。責められる阿古屋よりこっちが辛いと。コミカルな岩永の吉田玉勢も安定して大満足。

それに先立つ「一谷嫩軍記」は熊谷桜の段から。熊谷陣屋の段で豊竹呂勢太夫、鶴澤清治がスケール大きく盛り上げた一方、切の豊竹若太夫はスピード感十分なものの、ちょっと迫力不足。鶴澤清介の三味線が浮いちゃったかな。相模の吉田和生、藤の局の桐竹勘壽を相手に、直実の吉田玉志が健闘し、石屋弥陀六の吉田玉也、義経の吉田勘彌も堅実。

公演の後半は横浜で、一座の皆さんの苦労は続く。ロビーには吉田簑助さんの訃報も。悲しいけれど同時代だった幸せを噛みしめ、次の世代を応援するぞ!

Dsc_4263 Dsc_4264 Dsc_4270 Dsc_4272

 

 

 

より以前の記事一覧