文楽「芦屋道満大内鑑」「義経千本桜」
第231回文楽公演 第1部・第2部 2025年5月
今回の文楽東京公演は北千住で、狐つながりの1部・2部を続けて鑑賞。大阪万博イベントの関係で、人間国宝に加えて3月に日本芸術院会員になった桐竹勘十郎さんが、なんと2部の知盛、3部の俊寛を遣う大活躍。そのせいか満席で拍手も多く、大盛り上がりだ。観客同士で挨拶し合う姿が目立ち、文楽好きが集まっている印象。半日たっぷりは、さすがに疲れたけれど。THEATRE1010の、いずれも中段中央あたりのいい席で9000円。
1部は初代竹田出雲による1734年初演の「芦屋道満大内鑑」。朱雀帝の時代(900年代)、信太(しのだ、和泉市葛の葉町)の白狐が陰陽師・安倍晴明を産んだという「信太妻伝説」を描く。「子別れ」は2020年12月に観たけれど、今回は1984年に先代の鶴澤燕三が復曲した前段もたっぷりで、変化に富んでいた。休憩25分を挟んで3時間半。
まず加茂館の段が出るので、陰陽の秘書「金烏玉兎(きんうぎょくと)集」を奪い合う安倍保名(やすな)と芦屋道満の対立という物語の軸がわかる。床は豊竹靖太夫・鶴澤燕二郎がはきはきと。道満サイドの悪者・加茂の後室(堂々と吉田玉助)が秘書を盗んだうえ、継娘の榊の前(桐竹紋臣)と恋人・保名(端正な豊松清十郎)を陥れる。濡れ衣を晴らそうと、なんと榊の前が自害しちゃって、保名が我を失う悲劇。重苦しさから幕切れで一転、アクションになってびっくり! 悪事が露見し、保名の奴(家来)与勘平(吉田玉佳)が後室を成敗する。ド派手です。
続く保名物狂いの段は竹本織太夫、鶴澤藤蔵が朗々。出だし「恋よ恋、我中空になすな恋」の能に寄せた音楽性に、品格が漂う。清元「保名」の原曲だそうです。信田の杜をさまよう保名は、榊の前そっくりの妹、葛の葉姫(桐竹紋秀)と出会って惹かれ合う。芦屋サイドの石川悪右衛門(吉田蓑太郎)にいたぶられるものの、ふたりして阿倍野に落ちのびていく。保名が狩りから逃れた白狐(吉田勘彌)を助けるくだりに躍動感がある。
休憩後、眼目の葛の葉子別れの段は竹本千歳太夫、豊澤富助で迫力たっぷり。あれから6年、阿倍野で保名と機織りをする女房葛の葉(勘彌)、5歳の息子安倍童子(小柄な吉田玉延)がひっそり暮らす家へ、保名サイドの信田庄司(吉田玉輝)夫妻、娘・葛の葉姫が訪ねてくる。えっ、葛の葉が二人いる!と観客もおたつく面白さ。「…、か」と狐言葉を使っていた女房が、正体は白狐だと明かして白毛に変じ、我が子に別れを告げる哀しさ。障子に一首「恋しくば」が現われる展開が鮮やかだ。この狐を母にもつ童子こそ、後の阿倍晴明というわけで、虫を殺して遊んでいる設定がちょっと不気味。
幕切れはまた派手になる信田森二人奴の段。豊竹希太夫・鶴澤清友以下5丁5枚で賑やかに。葛の葉姫をつけ回す悪右衛門を与勘平が追い払うが、今度はそっくりの勘平が二人いる!となり、ひとりは狐の野干平(吉田玉勢)だとわかる。ふたりが肌脱ぎになって仁王さながら、駕籠を高々と持ち上げるアクションや、顔を見合わせ「おらがわれか」「われがおらか」とリズミカルにやりとりするのが痛快。左手が必要になり、3人遣いが考案されたシーンだそうです。泉州・葛葉稲荷の縁起、と語って幕となりました。
2部はお馴染み、3大狂言の「義経千本桜」。勘十郎さんがこの公演では1日だけ登場、しかも得意の狐ではなく碇知盛を演じて存在感を発揮する。10分の休憩2回を挟んで2時間半。
伏見稲荷の段で置いてけぼりの静御前(吉田簑二郎)と佐藤忠信実は源九郎狐(玉助がきめ細かく)が描かれ、短い休憩のあと渡海屋・大物浦の段へ。竹本小住太夫・鶴澤清志郎に説得力があり、豊竹芳穂太夫・野澤錦糸を挟んで、切は渋く竹本錣太夫・竹澤宗助。勘十郎さんがラスト、入水シーンを思い切りよく。男前で勇猛、それでいて切なく哀しく、白糸縅の鎧で自らを亡霊とするしかない宿命の人。義経に吉田玉志、弁慶に珍しく吉田簑紫郎、語りが長い女房おりう実は典侍局は吉田和生。
休憩があって〆は華やかに道行初音旅。悲壮感満載の大物浦から、舞台一面ぱあっと満開の桜に転じるのが爽快だ。豊竹呂勢太夫・鶴澤清治ら5丁5枚がリズムよく、鮮やかにホールを満たす。玉助さんが狐から忠信への裃を含めた早替わり、さらには静が後ろ向きに投げた扇をキャッチする「山越え」の見せ場を見事に。充実していました!
4月に勘十郎さんの孫の桐竹勘吉が技芸員となり、長男の簑太郎と3代揃い踏みでめでたい限り。ロビーには大阪の文楽劇場のお菓子も。