文楽

文楽「芦屋道満大内鑑」「義経千本桜」

第231回文楽公演 第1部・第2部 2025年5月

今回の文楽東京公演は北千住で、狐つながりの1部・2部を続けて鑑賞。大阪万博イベントの関係で、人間国宝に加えて3月に日本芸術院会員になった桐竹勘十郎さんが、なんと2部の知盛、3部の俊寛を遣う大活躍。そのせいか満席で拍手も多く、大盛り上がりだ。観客同士で挨拶し合う姿が目立ち、文楽好きが集まっている印象。半日たっぷりは、さすがに疲れたけれど。THEATRE1010の、いずれも中段中央あたりのいい席で9000円。

1部は初代竹田出雲による1734年初演の「芦屋道満大内鑑」。朱雀帝の時代(900年代)、信太(しのだ、和泉市葛の葉町)の白狐が陰陽師・安倍晴明を産んだという「信太妻伝説」を描く。「子別れ」は2020年12月に観たけれど、今回は1984年に先代の鶴澤燕三が復曲した前段もたっぷりで、変化に富んでいた。休憩25分を挟んで3時間半。
まず加茂館の段が出るので、陰陽の秘書「金烏玉兎(きんうぎょくと)集」を奪い合う安倍保名(やすな)と芦屋道満の対立という物語の軸がわかる。床は豊竹靖太夫・鶴澤燕二郎がはきはきと。道満サイドの悪者・加茂の後室(堂々と吉田玉助)が秘書を盗んだうえ、継娘の榊の前(桐竹紋臣)と恋人・保名(端正な豊松清十郎)を陥れる。濡れ衣を晴らそうと、なんと榊の前が自害しちゃって、保名が我を失う悲劇。重苦しさから幕切れで一転、アクションになってびっくり! 悪事が露見し、保名の奴(家来)与勘平(吉田玉佳)が後室を成敗する。ド派手です。
続く保名物狂いの段は竹本織太夫、鶴澤藤蔵が朗々。出だし「恋よ恋、我中空になすな恋」の能に寄せた音楽性に、品格が漂う。清元「保名」の原曲だそうです。信田の杜をさまよう保名は、榊の前そっくりの妹、葛の葉姫(桐竹紋秀)と出会って惹かれ合う。芦屋サイドの石川悪右衛門(吉田蓑太郎)にいたぶられるものの、ふたりして阿倍野に落ちのびていく。保名が狩りから逃れた白狐(吉田勘彌)を助けるくだりに躍動感がある。

休憩後、眼目の葛の葉子別れの段は竹本千歳太夫、豊澤富助で迫力たっぷり。あれから6年、阿倍野で保名と機織りをする女房葛の葉(勘彌)、5歳の息子安倍童子(小柄な吉田玉延)がひっそり暮らす家へ、保名サイドの信田庄司(吉田玉輝)夫妻、娘・葛の葉姫が訪ねてくる。えっ、葛の葉が二人いる!と観客もおたつく面白さ。「…、か」と狐言葉を使っていた女房が、正体は白狐だと明かして白毛に変じ、我が子に別れを告げる哀しさ。障子に一首「恋しくば」が現われる展開が鮮やかだ。この狐を母にもつ童子こそ、後の阿倍晴明というわけで、虫を殺して遊んでいる設定がちょっと不気味。
幕切れはまた派手になる信田森二人奴の段。豊竹希太夫・鶴澤清友以下5丁5枚で賑やかに。葛の葉姫をつけ回す悪右衛門を与勘平が追い払うが、今度はそっくりの勘平が二人いる!となり、ひとりは狐の野干平(吉田玉勢)だとわかる。ふたりが肌脱ぎになって仁王さながら、駕籠を高々と持ち上げるアクションや、顔を見合わせ「おらがわれか」「われがおらか」とリズミカルにやりとりするのが痛快。左手が必要になり、3人遣いが考案されたシーンだそうです。泉州・葛葉稲荷の縁起、と語って幕となりました。

2部はお馴染み、3大狂言の「義経千本桜」。勘十郎さんがこの公演では1日だけ登場、しかも得意の狐ではなく碇知盛を演じて存在感を発揮する。10分の休憩2回を挟んで2時間半。
伏見稲荷の段で置いてけぼりの静御前(吉田簑二郎)と佐藤忠信実は源九郎狐(玉助がきめ細かく)が描かれ、短い休憩のあと渡海屋・大物浦の段へ。竹本小住太夫・鶴澤清志郎に説得力があり、豊竹芳穂太夫・野澤錦糸を挟んで、切は渋く竹本錣太夫・竹澤宗助。勘十郎さんがラスト、入水シーンを思い切りよく。男前で勇猛、それでいて切なく哀しく、白糸縅の鎧で自らを亡霊とするしかない宿命の人。義経に吉田玉志、弁慶に珍しく吉田簑紫郎、語りが長い女房おりう実は典侍局は吉田和生。
休憩があって〆は華やかに道行初音旅。悲壮感満載の大物浦から、舞台一面ぱあっと満開の桜に転じるのが爽快だ。豊竹呂勢太夫・鶴澤清治ら5丁5枚がリズムよく、鮮やかにホールを満たす。玉助さんが狐から忠信への裃を含めた早替わり、さらには静が後ろ向きに投げた扇をキャッチする「山越え」の見せ場を見事に。充実していました!

4月に勘十郎さんの孫の桐竹勘吉が技芸員となり、長男の簑太郎と3代揃い踏みでめでたい限り。ロビーには大阪の文楽劇場のお菓子も。
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文楽「妹背山婦女庭訓」

第230回文楽公演 第二部 2025年2月

今回の文楽公演は地下鉄後楽園駅直結の文京シビックホール。吉田和生文化功労者顕彰記念の通し狂言「妹背山婦女庭訓」で、十三鐘の悲劇を描く二部に足を運んだ。1999年からほぼ完全版が復活しているそうで、2019年以来の鑑賞。玉助が遣う、抑制の効いた芝六を堪能する。大ホールは立派だけど、クラシック向きで残響にちょっと違和感があったかな。前のほう中央で9000円。休憩1回で約2時間。

物語は導入の猿沢池の段で、入鹿謀反の報を受け、藤原淡海(簑紫郎が端正に)が盲目の天智帝(ねむりの源太、勘壽)を連れだす。休憩を挟み、鹿殺しの段で漁師・芝六と長男・三作(玉彦)が藤原鎌足の役に立とうと、爪の黒い牝鹿を射ちゃう。メリヤスの黙劇風で、緊張感がある。
ここから貧しい芝六の住居での、コミカルな展開に。小住太夫・清丈、芳穂太夫・錦糸のリレーが歯切れ良い。まず掛乞の段は官女たちの珍妙な服装、集金に来たコメ屋が団扇であおいで渡した書き出し(請求書)を、大納言(ファニーな端役)が和歌と思って読み上げる。万才の段ではぼろ家を御殿と偽り、芝六親子が雅楽代わりにべれべれ万才を披露。お囃子は望月太明蔵社中。

そしていよいよ芝六忠義の段へ。千歳太夫・富助がいつも通りの熱演だ。三作が父をかばい、鹿殺しの罪で興福寺の役人に引き立てられていく。明け六つに向けて緊迫感が高まるなか、芝六は天皇への忠心を証明しようと、なんと弟・杉松を手にかけちゃって、女房お雛(清十郎)の嘆くこと嘆くこと。いやはや。そこへ威風堂々、すべてを操る鎌足(孔明、玉也)が登場して怒濤の展開に。三作があわや石子詰めの刑というところで、土中から神鏡が発見されて助命され、戻ってくる。その鏡の威徳で、帝の目も見えるように。杉松を葬る十三鐘の悲しい由来とともに、入鹿討伐への決意がみなぎる幕切れでした~

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2024年喝采尽くし

いろいろあった2024年。特筆したいのは幸運にも蒸せかえる新宿で、勘三郎やニナガワさんが求め続けたテント芝居「おちょこの傘もつメリー・ポピンズ」(中村勘九郎ら)、そして桜満開の季節に、日本最古の芝居小屋「こんぴら歌舞伎」(市川幸四郎ら)を体験できたこと。「場」全体の魅力という、舞台の原点に触れた気がした。
一方で世界の不穏を背景に、ウクライナとロシア出身の音楽家が力を合わせた新国立劇場オペラ「エフゲニ・オネーギン」のチャレンジに拍手。それぞれの手法で戦争や核の罪をえぐる野田秀樹「正三角形」、岩松了「峠の我が家」、ケラリーノ・サンドラヴィッチ「骨と軽蔑」、上村聡史「白衛軍」が胸に迫った。

歌舞伎は現役黄金コンビ・ニザタマによる歌舞伎座「於染久松」は別格として、急きょ駆けつけた市川團子の「ヤマトタケル」に、團子自身の人間ドラマが重なって圧倒された。その延長線で格好良かったのは、演劇で藤原竜也の「中村仲蔵」。團子同様、仲蔵と藤原の存在が見事にシンクロし、舞台に魅せられた者の宿命をひしひしと。

そのほか演劇では「う蝕」の横山拓也、木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」の杉原邦生という気鋭のセンスに、次代への期待が膨らんだ。リアルならではの演出としては、白井晃「メディスン」のドラムや、倉持裕「帰れない男」の層になったセットに、心がざわついた。
俳優だと「正三角形」の長澤まさみ、「峠の我が家」の仲野太賀、二階堂ふみ、「う蝕」の坂東龍汰が楽しみかな。

文楽は引き続き、東京での劇場が定まらずに気の毒。でも「阿古屋」で、桐竹勘十郎、吉田玉助、鶴澤寛太郎の顔合わせの三曲がパワーを見せつけたし、ジブリアニメの背景を使った「曾根崎心中」をひっさげて米国公演を成功させて、頼もしいぞ!

音楽では、加藤和彦の足跡を描いた秀逸なドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、「黒船来航50周年」と銘打った高中正義のコンサートに足を運べて、感慨深かった。もちろん肩の力が抜けた感じで上質だった久保田利伸や、エルトン・ジョン作曲のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(日本人キャスト)、クラシックでいつもニマニマしちゃう反田恭平&JNO、脇園彩のオールロッシーニのリサイタルも楽しかった~ 

このほか落語の柳家喬太郎、立川談春、講談の神田春陽は安定感。
2025年、社会も個人としても、舞台に浸れる有り難い環境が続くことを切に祈りつつ…

文楽「一谷嫩軍記」「壇浦兜軍記」

第229回文楽公演 第二部 2024年12月

12月の文楽は久々に東陽町から徒歩数分、街に溶け込む感じの江東区文化センターホール。第二部はなぜか重厚な時代物2階建てで、とりわけ人形、床とも充実の阿古屋を堪能する。前の方中央で9000円。休憩を挟んで3時間半たっぷり。

眼目の「壇浦兜軍記」阿古屋琴責めの段は、タイトロール竹本錣太夫らの掛け合いを竹澤宗助、鶴澤清志郎が支え、三曲は鶴澤寛太郎が胡弓まで自信たっぷりに。初めて聴いたのは2012年、一段と頼もしい。
そして人形は、極め付け桐竹勘十郎の遊君阿古屋が、八の字の出から艶やかで大拍手。特別な役だけに左の簑紫郎、足の勘昇も出遣いで、特に足遣いがのけぞるような姿勢で主遣いの動きをとらえる苦労がよくわかる。それを受ける情理兼ね備えた重忠の吉田玉助は、じっと座っている難しい役。演奏に耳をこらすさまなど微妙な変化があって、さすがだ。責められる阿古屋よりこっちが辛いと。コミカルな岩永の吉田玉勢も安定して大満足。

それに先立つ「一谷嫩軍記」は熊谷桜の段から。熊谷陣屋の段で豊竹呂勢太夫、鶴澤清治がスケール大きく盛り上げた一方、切の豊竹若太夫はスピード感十分なものの、ちょっと迫力不足。鶴澤清介の三味線が浮いちゃったかな。相模の吉田和生、藤の局の桐竹勘壽を相手に、直実の吉田玉志が健闘し、石屋弥陀六の吉田玉也、義経の吉田勘彌も堅実。

公演の後半は横浜で、一座の皆さんの苦労は続く。ロビーには吉田簑助さんの訃報も。悲しいけれど同時代だった幸せを噛みしめ、次の世代を応援するぞ!

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文楽「伊達娘恋緋鹿子」「夏祭浪花鑑」

第五六回文楽鑑賞教室 Aプロ  2024年9月

放浪が続く文楽ご一行、今回は新国立劇場小劇場だ。演劇を観ることが多い会場で、かなりコンパクトなだけに、迫力がよく伝わる。演目もインパクトがあって楽しめた。前の方、中央のいい席で6000円。短い休憩を挟んで2時間強。

「伊達娘恋緋鹿子」 火の見櫓の段は、登場する人形が娘お七だけとコンパクト。見どころの櫓を登るシーンで、吉田玉翔が裏に回る工夫がよくわかって面白い。季節外れの降りしきる雪も派手。竹本碩太夫、鶴澤清馗ら三挺二枚の床は、発展途上かな。
続いて客席通路から吉田簑太郎が登場し、英語対応の映像も使って、人形の仕組みや演目を解説。テンポが良くて巧い。

休憩を挟んでお楽しみの「夏祭浪花鑑」。釣船三婦内の段はまず豊竹芳穂太夫、野澤錦糸が侠客の心意気を力強く。思い切りの良い徳兵衛女房お辰は吉田一輔、その心意気を受け止める釣船三婦は吉田勘市。アトは竹本聖太夫、鶴澤寛太郎。
セット転換があって、いよいよ長町浦の段。義平次の豊竹靖太夫、団七の竹本小住太夫の迫力ある掛合を、鶴澤藤蔵の三味線ががんがん盛り上げる。暗闇のなか、吉田玉助の団七九郎兵衛が我慢我慢から大立ち回りへ、ひときわスケールが大きく、観ていてちょっとのけぞるほど。入れ墨も露わな見得の連続、そして韋駄天の引っ込み。まさにはまり役だ。怪奇味のある三河屋義平次は吉田玉佳。高津宮夏祭の「ていさようさ」の高揚感が、何度観ても効果的で面白かった!

今回、スマホの字幕アプリのサービスが始まっていた。わかりやすい演目だし、プログラムに注釈付の床本が収録されていて不要だったけど、工夫していますね~

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文楽「寿柱立万歳」「襲名披露口上」「和田合戦女舞鶴」「近頃河原の達引」

第228回文楽公演 Aプロ 2024年5月

THEATRE1010で2回目の文楽鑑賞。豊竹呂太夫改め11代目豊竹若太夫の襲名披露公演で、ロビーで記念撮影に応じてくれた。竹本座と並ぶ文楽の源流、豊竹座の祖という大名跡が57年ぶりに復活。祖父の10代目は豪放で「命がけの浄瑠璃」と讃えられ、初代国立劇場の開場記念で翁を語ったとか。喜寿の新11代目は地味めな印象だけど、若い頃は作家を目指したという知的な人物だと知りました。1月に咲太夫が鬼籍に入り、切場語りは3人とも無冠という世代交代期。せっかくのイベントだし、かけ声などもっと盛り上がってもいいなあ。前のほう中央の良い席で8000円。休憩3回でたっぷり4時間。

まず「寿柱立万歳」をコンパクトに。2017年の呂太夫襲名でもかかった賑やかな演目だ。簑太郎、文昇の三河万歳コンビが、「べっちゃらこ」「まっちゃらこ」と下世話に躍動する。咲寿太夫、亘太夫ら4丁3枚で。
短めの休憩のあと、口上。豊竹呂勢太夫が良い声で司会を務め、竹本錣太夫、竹澤團七、桐竹勘十郎が、先代の馬券の買い方だの、ブラジル公演でのビーチ通いだの、笑いをまじえて祝儀を述べる。後方に芳穂太夫、小住太夫らが神妙に。

休憩を挟んで、襲名披露の「和田合戦女舞鶴」から市川初陣の段を、渋く新・若太夫、清介で。初めて鑑賞したと思うけど、女武者の板額(初役の勘十郎)が愛児・市若丸(紋吉)を犠牲にしちゃう「先代萩」並みの悲劇で、こりゃ重いぞ~ 三味線にもっと切れがあるのが好みかな。
舞台は北条政子尼公(簑二郎)の館。なぜか謀反人の妻・網手(紋臣)と子・公暁丸(勘次郎)を匿っている。警護する板額は、将軍・実朝が差し向けた子供武者のひとり、初陣の市若丸を励ますものの、夫・与市(玉志)が結んだ兜の緒がほどけて、討ち死の暗示かと動揺する。伏線ですね。そこへ政子から、実は公暁丸は前将軍・頼家の遺児・善哉丸と知らされ、夫が市若丸を身代わりにするつもりなのだと悟る。
続く板額の葛藤。悲嘆なのに華麗な節回しが聴かせどころ。幼い市若丸の言葉に、「あの腹をや。腹を」と覚悟を決め、市若丸は逆臣の子だと芝居をうっちゃう。狙い通り、ショックを受けた市若丸は自害。板額、駆けつけた与市は、いまわのきわの愛児に真実を語り聞かせ、慟哭しつつ身代わりになった手柄を誉める。政子は善哉丸を出家させ、板額は市若丸の首を夫に渡す。あんまりだ~

再び休憩があって一転、明るい「近頃河原の達引」からまず堀川猿回しの段。住太夫や勘十郎、玉男で観てきた定番演目だ。前は迫力の織太夫、藤蔵、清公、切は錣太夫に安定の宗助、寛太郎。玉助の猿回し与次郎が、コミカルかつ正直者の愛すべきキャラクターで大活躍だ。
舞台は京・堀川、遊女おしゅん(清十郎)の貧しい実家。兄・与次郎と目の不自由な母(文司)は、戻された美しいおしゅん(清十郎)のところへ、指名手配中の若旦那・伝兵衛(一輔)がしのんできて心中するのでは、と警戒している。冒頭、母が指遣いを駆使して三味線を稽古したり(心中ものの「鳥辺山」)、帰宅した与次郎の猿2匹(勘介)が無心に動き回ったり、面白いシーンが続く。おしゅんは二人を安心させようと、伝兵衛への離縁状を書いてみせる。
その夜は師走十六夜の満月。おしゅんが門口に差した簪を目印に、案の定、伝兵衛が訪ねてきて、おしゅんがこっそり抜け出そうとする。気づいた与次郎と母がドタバタで笑わせた後、離縁状が書き置き(遺書)だったと判明。母は盲目、与次郎は無筆の哀しさが染みる。「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん」というクドキで、おしゅんの思いを悟る老母。兄もプロ根性をみせ、賑やかな猿回しで妹と恋人を送り出す。
セット転換があり、34年ぶりの上演という道行涙の編笠。三輪太夫、小住太夫、團七ら4丁3枚が聴かせる。猿回しを装い、夜道を歩くおしゅんと伝兵衛は洛東・聖護院の森にたどり着く。上演はここまでだけど、その後、心中寸前に伝兵衛は無罪放免、おしゅんと夫婦になるハッピーエンドだそうです。堪能しました~

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曾根崎心中

3月文楽入門公演 BUNRAKU 1st session  2024年3月

放浪中の国立劇場が文楽海外公演を目指すプロジェクトの一環、という公演。名作「曾根崎心中」大詰めの天神森の段を、桐竹勘十郎監修のもと、大道具のかわりにアニメーションの背景美術で。手がけたのは「となりのトトロ」や「もののけ姫」の男鹿和雄だ。予想以上に上品で深みがあり、人形も美しく引き立ち、官能の世界に引き込まれた。外国人が目立つ有楽町よみうりホール、中央のみやすい席で4500円。休憩無しの1時間。

このプロジェクトはクラファンで400人超、900万円の成果をあげていて、冒頭、紹介ビデオのエンドロールでドナー一覧が流れる。英語のイヤホンガイドは無料だし、なかなか頑張っています。
前半は入門講座「BUNRAKU 101」で、文楽好きでしられるいとうせいこう、技芸員から頼れる吉田玉助が登場。映像をまじえ、人形を操る仕組みや演目を解説。明るいトークで盛り上げる。
後半はいよいよ上演。橋を渡っていく道行きから、暗い森へ。アニメの人魂はちょっと可愛く、ラスト、暗転して二人にスポットライトがあたる演出はドラマチックだ。演奏陣は藤太夫、靖太夫、清志郎、寛太郎ら。下手側に上下二段でちょっと狭そうかな。人形陣は頭巾姿で、文楽の今後を牽引するに違いない玉助、簑紫郎コンビ。お茶目なカーテンコールはお手の物ですね。

天神森だけの上演だと初見ではわかりにくいとか、照明の角度とか、いろいろ課題はありそう。でも、チャレンジは貴重なこと。思えば2025年は日本が誇る劇聖、近松門左衛門没後300年の節目とのことで、いろんな意味でエポックメイキングになってほしいな。

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文楽「2人三番叟」「仮名手本忠臣蔵」

第257回文楽公演 第一部  2024年2月

国立劇場閉場後の文楽本公演は、日本青年館ホールから。中央のいい席で7000円。立地がよく、客席もきれいだ。ロビーは狭め。名作と景事(舞踊)1本すつの3部制で、1部は2時間強。コンパクトで負担が少ないけど、ちょっと物足りない気もする。

幕開けは睦太夫・勝平ら4丁3枚で、賑やかに「二人三番叟」。紋吉、玉翔の人形は発展途上かな。
休憩後に「仮名手本忠臣蔵」から、悲劇的な五段目・六段目。小住太夫の山崎街道出合いの段から、希太夫・團七に藤之亮の胡弓が入る二つ玉の段へ。定九郎は簑紫郎。
身売りの段は織太夫・藤蔵で、テンポ良く音楽的に。おかるは紋臣、一文字屋才兵衛は簑一郎で安定感がある。
眼目の早野勘平腹切りの段は、呂太夫・清介でじっくりと。玉助が動きを押さえた勘平を、折り目正しく力演。驚き、疑念、怒りと、どんどん逆上していく与市兵衛女房の簑二郎とのやりとりに、緊迫感がある。

1月に咲太夫が亡くなり、切り場語りは3人になった文楽一座。頑張ってほしいです。ロビーでは能登半島地震の募金も。
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2023年喝采尽くし

2023年は遠出したエンタメが充実しました!
なんといっても11月のボローニャ歌劇場「ノルマ」。ドラマティックな歌唱と演奏、初のびわ湖ホールの素晴らしい景観と、脇園彩さんらが来てくれた懇親会まで、めちゃくちゃ楽しかった。
そして夏の内子座文楽。勘十郎、玉男、和生と人間国宝揃い踏みの鏡割りに始まり、座頭沢市に玉助で「壺坂観音霊験記」。書き割りが倒れちゃったりして、手作りの芝居小屋感も満喫した。
番外編で、反田恭平率いるJapan National Orchestoraの東大寺奉納公演も。大仏前の野外特設会場で、あいにくの土砂降りとなったけど、貴重な経験でした~

伝統芸能では残念ながら国立劇場が閉場となり、掉尾を飾る文楽は極め付け「菅原伝授」。藤太夫が舞台袖から「待てらう」と呼ばわり、偉丈夫・松王丸の玉助が登場して拍手。記念の公演での大役、めでたい限り。
歌舞伎は定番「妹背山婦女庭訓」の後半で菊之助、梅枝、米吉が並び、芝翫が未来への期待を語って感慨深かった。思いがけず隣に劇場の設計・監修に当たったかた(御年93歳!)が座られ、おしゃべりしちゃう思い出も。ほかに4月の歌舞伎座では、毎公演一世一代の感があるニザタマコンビの「切られ与三」を堪能。
落語はコロナ明けを実感した5月浅草の談春「お若伊之助」、小春志真打昇進披露で面倒をみる一之輔「加賀の千代」が印象的だった。講談は日本シリーズにやきもきしつつの春陽「清水次郎長伝」が面白かった。

世界で暗い話題が続くなか、演劇は戦争の大義を問うデイヴィッド・へイグ「My Boy Jack」を上村聡史が演出、重く響く名作だった。前川知大「人魂を届けに」はローンオフェンダーの絶望とそれを受け止める覚悟が鮮烈で、新たな代表作に。新鋭では加藤拓也「いつぞやは」が、亡き友への思いを淡々とスタイリッシュにつづり、橋本淳ら俳優陣も高水準だった。安定のこまつ座、NODA・MAP、阿佐ヶ谷スパイダース、岩松了さん、そして四半世紀ぶり三谷幸喜演出の「笑の大学」も。

コンサートは35周年エレカシの、不動のライブハウス感がさすがだった~ もちろんユーミン、ドリカムも満喫。
いろいろ先の見えない2024年だけど、どうかひとつでも多く、ワクワクの舞台に出会えますように!

文楽「源平布引滝」

第226回文楽公演「源平布引滝」 2023年12月

国立劇場が閉場してしまい、12月の中堅中心の本公演はTHEATRE1010で。北千住駅前の丸井の上で、結構入っており、常連さんに加えて「文楽は初めて」の声も。新しい観客を呼び込めるなら、ジプシーも悪くない。狭いながら盆もあったし。国立劇場と比べ座席の傾斜がある感じで、人形の首の角度などは難しいかもしれないけど。演目はおりしも先日旅した琵琶湖畔が舞台の、木曽義仲誕生秘話だ。人形は玉助が盤石、床は織太夫が引っ張る。中央あたりのいい席で6500円。休憩を挟み2時間半弱。

舞台は竹生島遊覧の段から。平清盛が権勢を振るう時代、源氏の重宝・正八幡の白旗を握りしめて、無謀にも琵琶湖を泳ぎわたる娘小まん(清五郎)と、その腕を切り落として湖に旗を流す平実盛(玉志)の謎の行動。人形だから可能だけど、何度観ても壮絶だなあ。床は小住太夫、團吾。

休憩後に九郎助住家の段。亡き木曽義賢の妻・葵御前(紋臣、木曽義仲の母)を匿う堅田の九郎助(文司)宅へ、敵の実盛と瀬尾十郎(玉助)が詮議にやってくる。葵の子として小まんの腕を持ち出され、瀬尾が「これ産んだか!」。実盛はまさかの「手孕伝説」を持ち出して九郎助・葵を救う(かいな)。
実盛ひとりになると、今は敵だけど、かつて仕えた源氏に寄せる思いを切々と吐露(実盛物語)。倅・太郎吉(玉彦)の呼びかけで小まんが一瞬息を吹き返す奇跡、白旗が掲げられる舞台の変化をへて、実は小まんの父だった瀬尾のあっと驚くモドリ。あげく太郎吉が義仲にとりててもらえるように、自ら首をかききっちゃう。またしても、人形だから出来る凄惨シーンだ。幕切れは、太郎吉が実盛に挑もうと綿繰車にまたがるのが可愛く、一方で、実盛は謡曲を引用したウタイガカリで、白髪を染めて義仲勢に討たれる最期を暗示する。時の流れを感じさせるドラマです。

床は後半の切場を、織太夫・藤蔵、芳穂太夫・錦糸に分けて。丁寧な語りを力強い三味線が牽引して好演。前半の笑いのところ、希太夫さんは正直イマイチで、拍手がおきなかったのは残念。人形は玉助さんがスケール大きく圧倒。玉志が終始うつむき加減で、馬にまたがるのもちょっと手間取ったのが気になったかな。
2011年に観たときは、床が今は亡きキング住太夫の笑いで拍手が起こり、実盛が玉女時代の玉男さん、瀬尾が勘十郎さん! 簑紫郎さんが太郎吉だったんですねえ… これからの飛躍に期待。

終演後は慣れない街ながら、充実の反省会でした~

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