文楽

2024年喝采尽くし

いろいろあった2024年。特筆したいのは幸運にも蒸せかえる新宿で、勘三郎やニナガワさんが求め続けたテント芝居「おちょこの傘もつメリー・ポピンズ」(中村勘九郎ら)、そして桜満開の季節に、日本最古の芝居小屋「こんぴら歌舞伎」(市川幸四郎ら)を体験できたこと。「場」全体の魅力という、舞台の原点に触れた気がした。
一方で世界の不穏を背景に、ウクライナとロシア出身の音楽家が力を合わせた新国立劇場オペラ「エフゲニ・オネーギン」のチャレンジに拍手。それぞれの手法で戦争や核の罪をえぐる野田秀樹「正三角形」、岩松了「峠の我が家」、ケラリーノ・サンドラヴィッチ「骨と軽蔑」、上村聡史「白衛軍」が胸に迫った。

歌舞伎は現役黄金コンビ・ニザタマによる歌舞伎座「於染久松」は別格として、急きょ駆けつけた市川團子の「ヤマトタケル」に、團子自身の人間ドラマが重なって圧倒された。その延長線で格好良かったのは、演劇で藤原竜也の「中村仲蔵」。團子同様、仲蔵と藤原の存在が見事にシンクロし、舞台に魅せられた者の宿命をひしひしと。

そのほか演劇では「う蝕」の横山拓也、木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」の杉原邦生という気鋭のセンスに、次代への期待が膨らんだ。リアルならではの演出としては、白井晃「メディスン」のドラムや、倉持裕「帰れない男」の層になったセットに、心がざわついた。
俳優だと「正三角形」の長澤まさみ、「峠の我が家」の仲野太賀、二階堂ふみ、「う蝕」の坂東龍汰が楽しみかな。

文楽は引き続き、東京での劇場が定まらずに気の毒。でも「阿古屋」で、桐竹勘十郎、吉田玉助、鶴澤寛太郎の顔合わせの三曲がパワーを見せつけたし、ジブリアニメの背景を使った「曾根崎心中」をひっさげて米国公演を成功させて、頼もしいぞ!

音楽では、加藤和彦の足跡を描いた秀逸なドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、「黒船来航50周年」と銘打った高中正義のコンサートに足を運べて、感慨深かった。もちろん肩の力が抜けた感じで上質だった久保田利伸や、エルトン・ジョン作曲のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(日本人キャスト)、クラシックでいつもニマニマしちゃう反田恭平&JNO、脇園彩のオールロッシーニのリサイタルも楽しかった~ 

このほか落語の柳家喬太郎、立川談春、講談の神田春陽は安定感。
2025年、社会も個人としても、舞台に浸れる有り難い環境が続くことを切に祈りつつ…

文楽「一谷嫩軍記」「壇浦兜軍記」

第229回文楽公演 第二部 2024年12月

12月の文楽は久々に東陽町から徒歩数分、街に溶け込む感じの江東区文化センターホール。第二部はなぜか重厚な時代物2階建てで、とりわけ人形、床とも充実の阿古屋を堪能する。前の方中央で9000円。休憩を挟んで3時間半たっぷり。

眼目の「壇浦兜軍記」阿古屋琴責めの段は、タイトロール竹本錣太夫らの掛け合いを竹澤宗助、鶴澤清志郎が支え、三曲は鶴澤寛太郎が胡弓まで自信たっぷりに。初めて聴いたのは2012年、一段と頼もしい。
そして人形は、極め付け桐竹勘十郎の遊君阿古屋が、八の字の出から艶やかで大拍手。特別な役だけに左の簑紫郎、足の勘昇も出遣いで、特に足遣いがのけぞるような姿勢で主遣いの動きをとらえる苦労がよくわかる。それを受ける情理兼ね備えた重忠の吉田玉助は、じっと座っている難しい役。演奏に耳をこらすさまなど微妙な変化があって、さすがだ。責められる阿古屋よりこっちが辛いと。コミカルな岩永の吉田玉勢も安定して大満足。

それに先立つ「一谷嫩軍記」は熊谷桜の段から。熊谷陣屋の段で豊竹呂勢太夫、鶴澤清治がスケール大きく盛り上げた一方、切の豊竹若太夫はスピード感十分なものの、ちょっと迫力不足。鶴澤清介の三味線が浮いちゃったかな。相模の吉田和生、藤の局の桐竹勘壽を相手に、直実の吉田玉志が健闘し、石屋弥陀六の吉田玉也、義経の吉田勘彌も堅実。

公演の後半は横浜で、一座の皆さんの苦労は続く。ロビーには吉田簑助さんの訃報も。悲しいけれど同時代だった幸せを噛みしめ、次の世代を応援するぞ!

Dsc_4263 Dsc_4264 Dsc_4270 Dsc_4272

 

 

 

文楽「伊達娘恋緋鹿子」「夏祭浪花鑑」

第五六回文楽鑑賞教室 Aプロ  2024年9月

放浪が続く文楽ご一行、今回は新国立劇場小劇場だ。演劇を観ることが多い会場で、かなりコンパクトなだけに、迫力がよく伝わる。演目もインパクトがあって楽しめた。前の方、中央のいい席で6000円。短い休憩を挟んで2時間強。

「伊達娘恋緋鹿子」 火の見櫓の段は、登場する人形が娘お七だけとコンパクト。見どころの櫓を登るシーンで、吉田玉翔が裏に回る工夫がよくわかって面白い。季節外れの降りしきる雪も派手。竹本碩太夫、鶴澤清馗ら三挺二枚の床は、発展途上かな。
続いて客席通路から吉田簑太郎が登場し、英語対応の映像も使って、人形の仕組みや演目を解説。テンポが良くて巧い。

休憩を挟んでお楽しみの「夏祭浪花鑑」。釣船三婦内の段はまず豊竹芳穂太夫、野澤錦糸が侠客の心意気を力強く。思い切りの良い徳兵衛女房お辰は吉田一輔、その心意気を受け止める釣船三婦は吉田勘市。アトは竹本聖太夫、鶴澤寛太郎。
セット転換があって、いよいよ長町浦の段。義平次の豊竹靖太夫、団七の竹本小住太夫の迫力ある掛合を、鶴澤藤蔵の三味線ががんがん盛り上げる。暗闇のなか、吉田玉助の団七九郎兵衛が我慢我慢から大立ち回りへ、ひときわスケールが大きく、観ていてちょっとのけぞるほど。入れ墨も露わな見得の連続、そして韋駄天の引っ込み。まさにはまり役だ。怪奇味のある三河屋義平次は吉田玉佳。高津宮夏祭の「ていさようさ」の高揚感が、何度観ても効果的で面白かった!

今回、スマホの字幕アプリのサービスが始まっていた。わかりやすい演目だし、プログラムに注釈付の床本が収録されていて不要だったけど、工夫していますね~

Dsc_3051 Dsc_3058

 

文楽「寿柱立万歳」「襲名披露口上」「和田合戦女舞鶴」「近頃河原の達引」

第228回文楽公演 Aプロ 2024年5月

THEATRE1010で2回目の文楽鑑賞。豊竹呂太夫改め11代目豊竹若太夫の襲名披露公演で、ロビーで記念撮影に応じてくれた。竹本座と並ぶ文楽の源流、豊竹座の祖という大名跡が57年ぶりに復活。祖父の10代目は豪放で「命がけの浄瑠璃」と讃えられ、初代国立劇場の開場記念で翁を語ったとか。喜寿の新11代目は地味めな印象だけど、若い頃は作家を目指したという知的な人物だと知りました。1月に咲太夫が鬼籍に入り、切場語りは3人とも無冠という世代交代期。せっかくのイベントだし、かけ声などもっと盛り上がってもいいなあ。前のほう中央の良い席で8000円。休憩3回でたっぷり4時間。

まず「寿柱立万歳」をコンパクトに。2017年の呂太夫襲名でもかかった賑やかな演目だ。簑太郎、文昇の三河万歳コンビが、「べっちゃらこ」「まっちゃらこ」と下世話に躍動する。咲寿太夫、亘太夫ら4丁3枚で。
短めの休憩のあと、口上。豊竹呂勢太夫が良い声で司会を務め、竹本錣太夫、竹澤團七、桐竹勘十郎が、先代の馬券の買い方だの、ブラジル公演でのビーチ通いだの、笑いをまじえて祝儀を述べる。後方に芳穂太夫、小住太夫らが神妙に。

休憩を挟んで、襲名披露の「和田合戦女舞鶴」から市川初陣の段を、渋く新・若太夫、清介で。初めて鑑賞したと思うけど、女武者の板額(初役の勘十郎)が愛児・市若丸(紋吉)を犠牲にしちゃう「先代萩」並みの悲劇で、こりゃ重いぞ~ 三味線にもっと切れがあるのが好みかな。
舞台は北条政子尼公(簑二郎)の館。なぜか謀反人の妻・網手(紋臣)と子・公暁丸(勘次郎)を匿っている。警護する板額は、将軍・実朝が差し向けた子供武者のひとり、初陣の市若丸を励ますものの、夫・与市(玉志)が結んだ兜の緒がほどけて、討ち死の暗示かと動揺する。伏線ですね。そこへ政子から、実は公暁丸は前将軍・頼家の遺児・善哉丸と知らされ、夫が市若丸を身代わりにするつもりなのだと悟る。
続く板額の葛藤。悲嘆なのに華麗な節回しが聴かせどころ。幼い市若丸の言葉に、「あの腹をや。腹を」と覚悟を決め、市若丸は逆臣の子だと芝居をうっちゃう。狙い通り、ショックを受けた市若丸は自害。板額、駆けつけた与市は、いまわのきわの愛児に真実を語り聞かせ、慟哭しつつ身代わりになった手柄を誉める。政子は善哉丸を出家させ、板額は市若丸の首を夫に渡す。あんまりだ~

再び休憩があって一転、明るい「近頃河原の達引」からまず堀川猿回しの段。住太夫や勘十郎、玉男で観てきた定番演目だ。前は迫力の織太夫、藤蔵、清公、切は錣太夫に安定の宗助、寛太郎。玉助の猿回し与次郎が、コミカルかつ正直者の愛すべきキャラクターで大活躍だ。
舞台は京・堀川、遊女おしゅん(清十郎)の貧しい実家。兄・与次郎と目の不自由な母(文司)は、戻された美しいおしゅん(清十郎)のところへ、指名手配中の若旦那・伝兵衛(一輔)がしのんできて心中するのでは、と警戒している。冒頭、母が指遣いを駆使して三味線を稽古したり(心中ものの「鳥辺山」)、帰宅した与次郎の猿2匹(勘介)が無心に動き回ったり、面白いシーンが続く。おしゅんは二人を安心させようと、伝兵衛への離縁状を書いてみせる。
その夜は師走十六夜の満月。おしゅんが門口に差した簪を目印に、案の定、伝兵衛が訪ねてきて、おしゅんがこっそり抜け出そうとする。気づいた与次郎と母がドタバタで笑わせた後、離縁状が書き置き(遺書)だったと判明。母は盲目、与次郎は無筆の哀しさが染みる。「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん」というクドキで、おしゅんの思いを悟る老母。兄もプロ根性をみせ、賑やかな猿回しで妹と恋人を送り出す。
セット転換があり、34年ぶりの上演という道行涙の編笠。三輪太夫、小住太夫、團七ら4丁3枚が聴かせる。猿回しを装い、夜道を歩くおしゅんと伝兵衛は洛東・聖護院の森にたどり着く。上演はここまでだけど、その後、心中寸前に伝兵衛は無罪放免、おしゅんと夫婦になるハッピーエンドだそうです。堪能しました~

Dsc_1642 Dsc_1643Dsc_1649

曾根崎心中

3月文楽入門公演 BUNRAKU 1st session  2024年3月

放浪中の国立劇場が文楽海外公演を目指すプロジェクトの一環、という公演。名作「曾根崎心中」大詰めの天神森の段を、桐竹勘十郎監修のもと、大道具のかわりにアニメーションの背景美術で。手がけたのは「となりのトトロ」や「もののけ姫」の男鹿和雄だ。予想以上に上品で深みがあり、人形も美しく引き立ち、官能の世界に引き込まれた。外国人が目立つ有楽町よみうりホール、中央のみやすい席で4500円。休憩無しの1時間。

このプロジェクトはクラファンで400人超、900万円の成果をあげていて、冒頭、紹介ビデオのエンドロールでドナー一覧が流れる。英語のイヤホンガイドは無料だし、なかなか頑張っています。
前半は入門講座「BUNRAKU 101」で、文楽好きでしられるいとうせいこう、技芸員から頼れる吉田玉助が登場。映像をまじえ、人形を操る仕組みや演目を解説。明るいトークで盛り上げる。
後半はいよいよ上演。橋を渡っていく道行きから、暗い森へ。アニメの人魂はちょっと可愛く、ラスト、暗転して二人にスポットライトがあたる演出はドラマチックだ。演奏陣は藤太夫、靖太夫、清志郎、寛太郎ら。下手側に上下二段でちょっと狭そうかな。人形陣は頭巾姿で、文楽の今後を牽引するに違いない玉助、簑紫郎コンビ。お茶目なカーテンコールはお手の物ですね。

天神森だけの上演だと初見ではわかりにくいとか、照明の角度とか、いろいろ課題はありそう。でも、チャレンジは貴重なこと。思えば2025年は日本が誇る劇聖、近松門左衛門没後300年の節目とのことで、いろんな意味でエポックメイキングになってほしいな。

Dsc_1378 Dsc_1383

文楽「2人三番叟」「仮名手本忠臣蔵」

第257回文楽公演 第一部  2024年2月

国立劇場閉場後の文楽本公演は、日本青年館ホールから。中央のいい席で7000円。立地がよく、客席もきれいだ。ロビーは狭め。名作と景事(舞踊)1本すつの3部制で、1部は2時間強。コンパクトで負担が少ないけど、ちょっと物足りない気もする。

幕開けは睦太夫・勝平ら4丁3枚で、賑やかに「二人三番叟」。紋吉、玉翔の人形は発展途上かな。
休憩後に「仮名手本忠臣蔵」から、悲劇的な五段目・六段目。小住太夫の山崎街道出合いの段から、希太夫・團七に藤之亮の胡弓が入る二つ玉の段へ。定九郎は簑紫郎。
身売りの段は織太夫・藤蔵で、テンポ良く音楽的に。おかるは紋臣、一文字屋才兵衛は簑一郎で安定感がある。
眼目の早野勘平腹切りの段は、呂太夫・清介でじっくりと。玉助が動きを押さえた勘平を、折り目正しく力演。驚き、疑念、怒りと、どんどん逆上していく与市兵衛女房の簑二郎とのやりとりに、緊迫感がある。

1月に咲太夫が亡くなり、切り場語りは3人になった文楽一座。頑張ってほしいです。ロビーでは能登半島地震の募金も。
Img_7767 Img_7769_20240625060701 Img_7774 Img_7779_20240625060801Img_7776 Img_7783 Img_7775_20240625060801

 

 

2023年喝采尽くし

2023年は遠出したエンタメが充実しました!
なんといっても11月のボローニャ歌劇場「ノルマ」。ドラマティックな歌唱と演奏、初のびわ湖ホールの素晴らしい景観と、脇園彩さんらが来てくれた懇親会まで、めちゃくちゃ楽しかった。
そして夏の内子座文楽。勘十郎、玉男、和生と人間国宝揃い踏みの鏡割りに始まり、座頭沢市に玉助で「壺坂観音霊験記」。書き割りが倒れちゃったりして、手作りの芝居小屋感も満喫した。
番外編で、反田恭平率いるJapan National Orchestoraの東大寺奉納公演も。大仏前の野外特設会場で、あいにくの土砂降りとなったけど、貴重な経験でした~

伝統芸能では残念ながら国立劇場が閉場となり、掉尾を飾る文楽は極め付け「菅原伝授」。藤太夫が舞台袖から「待てらう」と呼ばわり、偉丈夫・松王丸の玉助が登場して拍手。記念の公演での大役、めでたい限り。
歌舞伎は定番「妹背山婦女庭訓」の後半で菊之助、梅枝、米吉が並び、芝翫が未来への期待を語って感慨深かった。思いがけず隣に劇場の設計・監修に当たったかた(御年93歳!)が座られ、おしゃべりしちゃう思い出も。ほかに4月の歌舞伎座では、毎公演一世一代の感があるニザタマコンビの「切られ与三」を堪能。
落語はコロナ明けを実感した5月浅草の談春「お若伊之助」、小春志真打昇進披露で面倒をみる一之輔「加賀の千代」が印象的だった。講談は日本シリーズにやきもきしつつの春陽「清水次郎長伝」が面白かった。

世界で暗い話題が続くなか、演劇は戦争の大義を問うデイヴィッド・へイグ「My Boy Jack」を上村聡史が演出、重く響く名作だった。前川知大「人魂を届けに」はローンオフェンダーの絶望とそれを受け止める覚悟が鮮烈で、新たな代表作に。新鋭では加藤拓也「いつぞやは」が、亡き友への思いを淡々とスタイリッシュにつづり、橋本淳ら俳優陣も高水準だった。安定のこまつ座、NODA・MAP、阿佐ヶ谷スパイダース、岩松了さん、そして四半世紀ぶり三谷幸喜演出の「笑の大学」も。

コンサートは35周年エレカシの、不動のライブハウス感がさすがだった~ もちろんユーミン、ドリカムも満喫。
いろいろ先の見えない2024年だけど、どうかひとつでも多く、ワクワクの舞台に出会えますように!

文楽「源平布引滝」

第226回文楽公演「源平布引滝」 2023年12月

国立劇場が閉場してしまい、12月の中堅中心の本公演はTHEATRE1010で。北千住駅前の丸井の上で、結構入っており、常連さんに加えて「文楽は初めて」の声も。新しい観客を呼び込めるなら、ジプシーも悪くない。狭いながら盆もあったし。国立劇場と比べ座席の傾斜がある感じで、人形の首の角度などは難しいかもしれないけど。演目はおりしも先日旅した琵琶湖畔が舞台の、木曽義仲誕生秘話だ。人形は玉助が盤石、床は織太夫が引っ張る。中央あたりのいい席で6500円。休憩を挟み2時間半弱。

舞台は竹生島遊覧の段から。平清盛が権勢を振るう時代、源氏の重宝・正八幡の白旗を握りしめて、無謀にも琵琶湖を泳ぎわたる娘小まん(清五郎)と、その腕を切り落として湖に旗を流す平実盛(玉志)の謎の行動。人形だから可能だけど、何度観ても壮絶だなあ。床は小住太夫、團吾。

休憩後に九郎助住家の段。亡き木曽義賢の妻・葵御前(紋臣、木曽義仲の母)を匿う堅田の九郎助(文司)宅へ、敵の実盛と瀬尾十郎(玉助)が詮議にやってくる。葵の子として小まんの腕を持ち出され、瀬尾が「これ産んだか!」。実盛はまさかの「手孕伝説」を持ち出して九郎助・葵を救う(かいな)。
実盛ひとりになると、今は敵だけど、かつて仕えた源氏に寄せる思いを切々と吐露(実盛物語)。倅・太郎吉(玉彦)の呼びかけで小まんが一瞬息を吹き返す奇跡、白旗が掲げられる舞台の変化をへて、実は小まんの父だった瀬尾のあっと驚くモドリ。あげく太郎吉が義仲にとりててもらえるように、自ら首をかききっちゃう。またしても、人形だから出来る凄惨シーンだ。幕切れは、太郎吉が実盛に挑もうと綿繰車にまたがるのが可愛く、一方で、実盛は謡曲を引用したウタイガカリで、白髪を染めて義仲勢に討たれる最期を暗示する。時の流れを感じさせるドラマです。

床は後半の切場を、織太夫・藤蔵、芳穂太夫・錦糸に分けて。丁寧な語りを力強い三味線が牽引して好演。前半の笑いのところ、希太夫さんは正直イマイチで、拍手がおきなかったのは残念。人形は玉助さんがスケール大きく圧倒。玉志が終始うつむき加減で、馬にまたがるのもちょっと手間取ったのが気になったかな。
2011年に観たときは、床が今は亡きキング住太夫の笑いで拍手が起こり、実盛が玉女時代の玉男さん、瀬尾が勘十郎さん! 簑紫郎さんが太郎吉だったんですねえ… これからの飛躍に期待。

終演後は慣れない街ながら、充実の反省会でした~

Img_5959 Img_5962_20231216082901 Img_5964

 

 

文楽「三番叟」「菅原伝授手習鑑」

第225回文楽公演 第一部 第二部 2023年9月

初代国立劇場での掉尾を飾る文楽公演は、極め付け「菅原伝授」。お馴染みの演目だけど、50年ぶりの珍しい段もあって、変化に富んでいる。

第一部は三段目、様式美溢れる車曳の段から。京・吉田神社前で、主君の政変に巻き込まれた三つ子が再会する。梅王丸の小住太夫らや宗助が牽引し、中盤でお待ちかね松王丸が登場。藤太夫が上手の舞台袖から「待てらう」と大音声で呼ばわって床にあがる演出、初めて観ました! もちろん人形は玉助が、偉丈夫ぶりを見せつける。記念の公演での大役、めでたい限りだ。牛車を破壊しちゃう時平の超人ぶりもまた楽しい。梅王丸は玉佳、桜丸は勘彌、時平は玉志。
短い休憩後、佐太村に移って茶筅酒の段、喧嘩の段、訴訟の段は芳穂太夫、錦糸らが安定し、桜丸切腹の段で千歳太夫、富助が奮闘。白太夫の勘十郎が鎮魂の鉦まで、さすがのきめ細かさ。桜丸妻の八重ちゃんが可愛い!一輔、グレードアップしてます。
休憩を挟んで四段目、珍しい天拝山の段。筑紫に流された人間国宝・玉男の丞相が、安楽寺に詣でる。牛や飛び梅の天神伝説を語ったり、「梅は飛び…」と詠んだり、すっかりうらぶれた雰囲気なんだけど、刺客の自白で時平の謀反がわかると形相一変。憤怒の形相は、陰陽師かと見まごう気迫だ。特殊かしら「丞相」だそうです。ここから人形ならではのド派手でスピーディーな演出。なんと梅の枝で刺客の首をはね、バチバチ火花を吐き、天拝山に駆け上がる。一天にわかにかき曇り、激しい毛振りの果てに雷神に変貌しちゃう。人から御霊(ごりょう)への飛躍というファンタジー。藤太夫、清友も熱演でした~

いったんロビーへ出て第二部。「寿式三番叟」は劇場57年の感謝と再開場への前途祈念で豪華に。例によって咲太夫の代役に織太夫が入り、呂太夫、錣太夫、千歳太夫、燕三、藤蔵ら7丁7枚がずらり。人形は勘十郎の翁が神々しく、三番叟は玉勢、簑紫郎が躍動。簑紫郎さん、色気が増した感じ。
20分の休憩後、「菅原伝授」の後半を一気に。4段目の北嵯峨の段はなんと1972年以来、51年ぶりの上演。何をやらせても子供っぽい八重ちゃんがこんなところで、丞相の御台所を守って命を落としていたとは衝撃。
舞台は京の外れに移って寺入りの段、寺子屋の段を、渋い呂太夫、清介から気合いの呂勢太夫、清治という安定のリレーで。百姓親子のそれぞれの情愛が滑稽ななかにも温かいから、後半の松王丸の悲劇が際立つんだなあ。よだれくりは勘介。
そしていよいよ玉助さんが、渾身の演技! 重苦しい駕籠での登場、緊迫マックスの首実検から、女房千代の覚悟をへて、クライマックス「笑いましたか、でかしおりました」の泣き笑い。なんと悲しいことか。白装束のいろは送りで幕。源蔵は玉也、女房戸浪は勘壽、千代は簑二郎。
大団円、大内転変の段も51年ぶりだそうで、あれよあれよの展開です。異常気象で不穏な都。時平が参内した菅秀才の一行をとらえようとすると、家来は雷にうたれてイチコロ。時平も蛇が変じた桜丸夫妻の亡霊に襲われちゃう。菅原家復興となり、めでたしめでたし。いやー、正義の怨念はづくづく怖いぞ。小住太夫と寛太郎が迫力たっぷり、ここから50年後への伝承を意識した復刻演奏で、素晴らしい。72年は技芸員制度ができた年だそうで、いろいろ苦しいけど文楽の未来を感じさせる、いい幕切れでした!

ロビーで文楽仲間に何人か遭遇し、脱力系の「文楽年鑑」を購入。

Img_3611 Img_3620 Img_3618 Img_3621 Img_3633Img_3668Img_3669

 

・ 

内子座文楽

内子座文楽第24回公演 2023年8月

30年前に観光で訪れて以来、ずっと観劇したかった愛媛県内子町の内子座へ。暑い暑い夏の盛りに二日間だけの公演だ。コロナ休止をへて久々の開催、しかも行ってみたら、改修で向こう4年ほど休館するとのことで、絶妙のタイミングだった。木蝋で栄えた往時の風情を残す重要文化財の芝居小屋(1916年建造、1985年復元だそうです)で、道々にのぼりが立ち、小屋前での葡萄販売など、町をあげての手作りイベント感が楽しい。桟敷風の1F花道席で8000円。午前の部で休憩を挟んで2時間。

開幕前に小屋の前で、勘十郎、玉男、和生と人間国宝揃い踏みの、めでたい鏡割りを見物。地元酒六酒造の「京ひな」を頂き、盛り上がる。竹下景子さんも。中に入るとコンパクトなサイズで、舞台が近い! まずは藤太夫さんがYoutubeの宣伝もまじえて、明るく演目を解説。幕開けは希太夫らで「二人三番叟」。玉翔、簑太郎さんはこれからかな。

休憩の後、この日のメーンは過去23回の上演演目から再演リクエストが多かった演目だそうで、「壺坂観音霊験記」の沢市内より山の段。盲目の三味線弾きとよくできた妻、そしてびっくり観音さま登場のスペクタクル、文楽には珍しいハッピーエンドが気持ちいいからかな。人形は女房お里に勘十郎、座頭沢市に玉助と盤石。床は藤太夫・宗助から呂太夫・清介。
人形を遣うのはさすがに窮屈そうだし、クライマックスの山登りでセットが倒れかかり、慌てて黒衣が支えるハプニングも。それもまた芝居小屋っぽくていい。
パンフはインタビューや床本も収めた立派なもの。お馴染みわかりやすいイラストは、らつ子さん! 近くの綺麗な集会所、内子自治センターでお弁当を頂きました~

Img_2534Img_2619Img_2583Img_2553_20231123074201Img_2589Img_2602Img_2610_20231123074501

 

より以前の記事一覧