心中天の網島
まつもと市民芸術館プロデュース 木ノ下歌舞伎「心中天の網島」アクセシビリティ版 2026年8月
旗揚げ20周年を迎えた大好きな木ノ下歌舞伎。文楽で3回ほど観た近松の名作を、木ノ下裕一監修・補綴、元FUKAIPRODUCE羽衣の糸井幸之介が演出・作詞・音楽を手がけるミュージカル仕立てで。笑いと軽快な音楽とともに、紙屋治兵衛(日髙啓介)・紀伊國屋小春(2001年生まれの湯川ひな)の未熟さ、決してロマンチックではない死の無様さ、だからこそ普遍的、いつでも誰にでもありそうな人の愚かさをクリアに描く佳作だ。
糸井は1977年生まれ、2019年の「摂州合邦辻」も秀逸だった。「天の網島」は9年ぶりの再々演だそうで、今回は字幕や音声ガイドなど鑑賞サポートがあり、その点でもいろいろ興味深かった。木ノ下さん、チャレンジしているなあ。いっぱいの吉祥寺シアター、中段やや下手寄りで5000円。休憩無しの2時間。
開幕前に木ノ下が舞台上を歩きながら、セットの構造などを丁寧に説明。劇中では左右のモニターに台詞だけでなく、「ソフトロック、柔らかく歪んだエレキギターの音色」など糸井による曲調の解説まで投影される。キャストのひとりとして手話通訳の田中結夏が、立ち位置を変えながら違和感なく演技。古典なのであえて古い手話を使ったりしたとか。ミュージカル「SIX」などを担当した舞台手話通訳の専門家なんですねえ。こういう工夫がどう受け止めれるのか興味があったけど、始まったらすっかり劇に引き込まれちゃった。
物語はお馴染みの心中もの。これまでは賢い妻おさん(2022年「だからビリーは東京で」で観た伊東沙保)と不倫相手・小春の、憎いはずなのに互いを思いやる行動、なけなしの女の意地が見どころと思っていた。本作はそれもあるけれど、おさんが出ていって出口を失った治兵衛と小春の道行が、歌とダンスのパワーもあって、破滅しかないのに子供っぽくふざけていて、なんだか切なかった。だからこそ心中シーンの激しい川音が、容赦なくて恐ろしい。
いつもながら江戸と現代の混在が効果的。網の目模様のシンプルなセットで、衣装などは現代的なんだけど、ここぞという見せ場ではセリフが古風な浄瑠璃に転じ、バイオリンを使って太夫と三味線が語って、ドラマチックだ。俳優陣は赤い衣装を羽織ってコロスを兼ねる。水の都・大坂を歩く橋づくしのくだりでは視界が飛躍し、ベニス、サンフランシスコ、現代のレインボーブリッジとか出てきちゃって、今に通じる物語性が際立つ。しっかり者のおさんが封建時代とはいえ、父の命令で別れさせられちゃうのがモヤモヤしてたけど、ラストシーンでちょっと納得。
出演陣はみな達者。伊東が毅然とし、湯川は可憐でイメージ通り。おさんの母と河庄女将の西田夏奈子が、歌もバイオリンもこなして存在感たっぷり。思えば「合邦辻」の母おとくもよかったな。ベテラン大鷹明良がおさんの父・五左衛門と恋敵・太兵衛でさすがの巧さ。ほかに治兵衛の兄・粉屋孫右衛門で安定の武居卓、丁稚で緒方壮哉。

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