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歌舞伎「末広がり」「時今也桔梗旗揚」「御浜御殿綱豊卿」

七月大歌舞伎 昼の部Aプロ 2026年7月

また素晴らしい舞台を拝見しました。片岡仁左衛門が46年演じてきた綱豊卿で、情を踏まえつつ、一段高い視座で秩序を目指す大人物を存分に。この上品さ、格好良さ。松本幸四郎も初の大役・光秀、仁左衛門に相対する助右衛門と、大奮闘で頼もしい。歌舞伎座、なんと1階3列ほぼ中央のいい席で2万円。休憩2回を挟んでたっぷり4時間半。今観ることができて、歌舞伎友達に感謝感謝。

幕開けは狂言を題材にしたおおらかな松羽目もの「末広がり」。太郎冠者(中村隼人)が末広がりを扇のことと知らず、古傘を買い、しかも酔っ払って戻ってくる。大名(市川染五郎)が怒るので、機嫌をとろうと「傘をさすなら春日山」、続いて小舞を舞う。つられて大名も踊り出しちゃって、扇尽くしの連れ舞い、さらには大神楽の曲芸が飛び出し、楽しい1幕だ。染五郎は上品、隼人もはつらつ。後見は高麗屋の松本幸蔵と錦之助一門の中村隼之助。

休憩を挟んで鶴屋南北作「時今也桔梗旗揚」から本能寺馬盥の場、愛宕山連歌の場。2012年に決定版の中村吉右衛門、2016年にも尾上松緑の光秀で観た演目だ。今回は幸四郎が丁寧に、高麗屋、播磨屋の当たり役を継承する。満座のなかで妻・皐月(重厚な中村扇雀)の切髪を突きつけられる衝撃、ひとりになって無言のうちに謀反を決意する悲壮。大詰めでは闇に浮かぶ白装束の不気味さから一転、挙兵へと刀をかかげた見得で拍手。幸四郎さんの持ち味としては天下を狙う反逆者というより、いい人キャラだと思うけど、だからこそ説得力がある。
光秀を追い詰めるキーマン春永(信長)は尾上松也。おりしもタイミングがシンクロした大河ドラマ「豊臣兄弟」では、かつて弟の裏切りにあった信長のトラウマを描いていたけど、この日はひたすらパワハラ上司だ。それにしては憎々しさがちょっと軽めだったかな。大詰めで光秀に従う四王天但馬守がご馳走の市川團十郎で、出てきただけで舞台がぱあっと錦絵になるのがさすが。ほかに光秀妹・桔梗に中村米吉、森蘭丸に染五郎、光秀家臣・安田作兵衛に中村錦之助。けっこう目立つ力丸は研修出身で、扇雀門下の中村かなめ、腰元に中村梅乃さんを発見。

休憩のあと「元禄忠臣蔵」から「御浜御殿綱豊卿」。セリフ劇で、南北のあとだと地味かな、と思ったら大間違い。初めて観たけど、緻密な心理戦で全くだれない。真山青果作、昭和初期の1940年初演の新歌舞伎で、まず戯曲の綱豊の造形が、複雑でスケールが大きくて魅力的だ。のちに6代将軍家宣になる人物で、知的かつ洒脱。心情としては浅野家再興を願いながらも、道義を重視し、先代となる将軍綱吉と側用人柳沢吉保による裁断の誤りをただそうとする。そんな人物を仁左衛門が風格たっぷり、クリアに演じて素晴らしい。
第1幕・御浜御殿松の茶屋は現在の浜離宮での「お浜遊び」で、お伊勢参りに分したおいぬ某(中村陽喜、獅童の長男で9歳)が、綱豊にご報謝をねだって可愛い。
第2幕は御浜御殿綱豊卿御座の間から。アドバイザーの新井勘解由(白石、中村歌六がゆったりと)相手に綱豊が考えを明かす。正妻を通じて近衛関白家から浅野家再興の口添えを頼まれたけど、それより先に仇討ちを成就させたい… 将軍後継と警戒されるのが迷惑で、政治から距離をおく自分と、京都で放蕩している大石内蔵助の心理を重ねるくだりが、また深い。
続く御浜御殿入側お廊下で、招待客・上野介の顔を確かめようと、富森助右衛門(幸四郎)がもぐり込んでくる。隙見(見物)だけのつもりが、思いがけず綱豊に呼び出されちゃって、セットが御座の間に戻り、見どころの緊迫した台詞の応酬となる。綱豊はあの手この手で仇討ちする気があるのかを探ろうとし、助右衛門はとぼけながらも表情で訴える。幸四郎は不器用、一途なだけでなく、武士らしい気骨がにじんでいい。
大詰めは一転、非日常の空気となる御浜御殿能舞台の背面。ドラマチックで憎い演出だ。助右衛門が上野介を討ってしまおうと、槍を構えるところへ、煌びやかに鈴が鳴らして能装束の綱豊が登場。立ち回りの末、闇討ちでなく立派な討ち入りを、と諭して、端然と舞台へ向かう。身分の低い相手も水平に見つつ、威厳を示す。仁左衛門さん、所作も視線も美しい!しかも設定が能「望月」。シテ友房が主君の仇を討つため、仇に酒を飲ませ獅子の舞で油断させるシーンなんですねえ。
御祐筆・江島の片岡孝太郎が安定。助右衛門の妹で、綱豊の寵愛を受ける中臈お喜世(後の将軍家継の生母)の中村莟玉が、相変わらずの可愛さでした~ 

Bプロの綱豊卿は松也・隼人。ロビーには福地桜痴ゆかりの品の展示も。
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