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最後のドン・キホーテ

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「最後のドン・キホーテ  THE LAST REMAKE of Don Quixote」  2025年9月

商業演劇40年周年というケラリーノ・サンドロヴィッチの作・演出は、期待を裏切らない新作だ。小劇団の芝居で急きょドン・キホーテ役を頼まれたクリンクル73歳が、キホーテになりきって放浪の旅に出ちゃう。その世界はなにやら不穏で、時空が歪んでいて…
現実と妄想が交錯するメタ構造、そして権威をひっくり返す奔放なカーニバル性。17世紀初頭の出版から累計5億部、意外にも聖書に次いで読まれているという小説のリメークだ。ケラさんといえばチェーホフやカフカ、別役実などのアレンジを観てきたけれど、ドン・キホーテって最もぴったりの題材かも。
遠く爆撃音が響く同時代性に加え、テンポ良くシュールな笑いが連続して、休憩を挟んで4時間近くをさして長く感じない。なによりクリンクル役の大倉孝二が、持ち前のチャーミングさを発揮して舞台を牽引する。なんて素敵な俳優なんだろう。ちなみに、くちゃくちゃっと台詞が怪しくなったり、歌の歌詞が飛んだりが繰り返されるんだけど、これ、大倉のイメージだなあ。
そんなナンセンスとファンタジーの果てに、どんなに専横をきわめても、最後は誰しもただ死んでいくだけ、というリアルに不意を突かれる。切ない余韻。いっぱいのKAAT大ホール、前のほうで1万円。

いつもながらキャストは豪華で、群像劇の趣だ。クリンクルを追う演出家に安井順平、相棒の俳優に菅原永二、女優に「無駄な抵抗」などの清水葉月、常連客の少年に木ノ下歌舞伎で観た須賀健太、探偵に武谷公雄。一方、放浪先でかいがいしくクリンクルを世話する看護師(ドルシネア姫)に咲妃みゆ、怪しい医師に音尾琢真、共謀する牧師に山西惇、ピュアな果物屋に「ジャジー・ボーイズ」などの矢崎広。そして犬山イヌコが演劇プロデューサーやクリンクル家の乳母、緒川たまきがあっけらかんとした劇場の売り子、高橋惠子が自伝まで書いている恐ろしげなテロ犯やクリンクルのクールな妻を演じて、いずれも盤石です。とんでもファンタジーをねじ伏せる実力。
元宝塚娘役の咲妃は初めて観たけど、まっすぐな声、立ち姿が凜としていい。いきなり歌いだしても説得力があるし。また安井が公演中止の窮地に追い込まれているのに、クリンクルの幸せな妄想に感化される常識人を存分に演じて魅力的。何かとデニーロを持ち出すマイペースな菅原とのコンビが、いいバランスだ。須賀健太に不思議な存在感があり、70歳の高橋は思い切りがよくて、さすがの貫禄。

巨大シーリングファンから下がる幕が回転して、手前の紗幕とともに大規模に映像を展開(美術は松井るみ、映像は上田大樹)。緻密なステージング(小野寺修二)と生バンド(音楽とトランペットの鈴木光介ら)の高揚感もお馴染みだけど、こうした大がかりな仕掛けは今回が集大成で、しばらくは封印するとか。ちょっと残念な一方で、新機軸も楽しみだな。
いつも凝っているプログラムは今回、小さい判型でなんと500ページ近い。ケラはインタビューで「演劇だと、大事なこと/大事じゃないこと、意味のあるもの/意味の無いものを等価に混在させることができる」と語る。確信あるごちゃ混ぜ感、いい言葉だ。
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