« 2025年8月 | トップページ | 2025年10月 »

談春「宮戸川」「棒鱈」「百川」

「白談春・黒談春」立川談春独演会  2025年9月

18年ぶりの企画で「黒」は落語通、「白」は初心者を狙ったとのこと。あまり意識せず、知人を誘って日程が合った2日目の「白」を聴く。もうすぐ還暦の談春が、自家薬籠中の演目をさらっと。聴衆も含め、肩の力が抜けてきた感じで楽しめた。意外にも談春さん2年ぶりという浅草公会堂、前のほう上手寄りで4500円。仲入を挟んで2時間。

いつも通り前座無しで、まず「宮戸川」。押しの強いお花ちゃん、早合点の叔父さんとファンキーなお婆さんで爆笑。続いて何度も聴いている「棒鱈」。田舎侍の12カ月の唄が大らかで、気持ちよく笑わせる。
仲入を挟んで、こちらもお馴染みの「百川」。滑り出しは江戸っ子が田舎者を揶揄する演目の連続かなと、ちょっと気になったけれど、百兵衛さんの訛り、それをどんどん誤解する河岸の若いもんの粗忽さが愛すべき滑稽さ。あきれながらも、ズレをまるっと笑いで包んじゃう。落語っていいなあ。会場全体で記念撮影して、終演となりました~

知人と賑やかな浅草をぶらぶらし、噺に登場する通りを江戸古地図で見せてもらいつつ楽しく打ち上げ。

Pxl_20250928_052311755mp 20250928_1936322 Pxl_20250928_082414750Pxl_20250928_051242778mp Pxl_20250928_092657660mp Pxl_20250928_083649399

講談「星野勘左衛門再仕官」「荒大名の茶の湯」「御神酒徳利」

東池袋の噺小屋 長月の独り看板 神田春陽  2025年9月

大好きな春陽さんの独り看板シリーズも7年目とのこと。任侠ものも怪談もいいけど、今回はちょっと趣向を変えて落語ネタ。爆笑につぐ爆笑で、明るい一夜となりました。あうるすぽっと、前の方の良い席で3900円。仲入を挟んで2時間。

前講で弟子の神田ようかんが「星野勘左衛門再仕官」を明朗に。「三十三間堂誉の通し矢」で知られる尾張藩弓役の若き日。
春陽は2015年以来の「荒大名の茶の湯」でパワー全開。「茶の湯」「荒茶」のタイトルで志の輔らの落語でも聴いたけど、元は講談とのこと。秀吉亡き後、家康軍師の本多佐渡守が恩顧の7大名を味方につけようと茶の湯に招く…という軍談だけど、この1編は無骨な7人の見よう見まねが、笑えるやらバッチイやら。いつもの歯切れ良い語り口で抱腹絶倒。

このシリーズは助演も楽しみで、仲入後はヴォードヴィリアンの上の助空五郎が登場。初めて聴くけど、ダービーハットでウクレレをつまびき、ジャス、ボサノバ、かと思えばタップを踏む。さらさらと力が抜けていて、ちくりと反骨もあり、洒脱でいい。1978年髙山生まれだそうです。
そして春陽の後半は「御神酒徳利(おみきどっくり)」。六代目三遊亭圓生が上方の五代目金原亭馬生に習った噺だそうで、春陽は三遊亭歌奴に教わったとのこと。日本橋馬喰町の旅籠屋の番頭・善六が大掃除の日、家宝の御神酒徳利を、盗まれては大変と台所の水瓶に隠したところ、すっかり失念して大騒ぎに。妻の機転で生涯3度の「そろばん占い」で見つけた、と言いつくろって窮地を脱する。ところがこれを知った鴻池の支配人から占いを懇願される羽目に。断り切れず大坂に向かう途中の神奈川宿でも… 善六がなんとか逃げちゃおうとするさまが可笑しく、解決策が転がり込んでくるラッキーが小気味よく、親孝行な女中を思いやる優しさもあって爽快。教わった落語は30分ほどだったのに、1時間近く熱演したというのは後日談でした~
Pxl_20250927_082957801mp Pxl_20250927_112127871

最後のドン・キホーテ

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「最後のドン・キホーテ  THE LAST REMAKE of Don Quixote」  2025年9月

商業演劇40年周年というケラリーノ・サンドロヴィッチの作・演出は、期待を裏切らない新作だ。小劇団の芝居で急きょドン・キホーテ役を頼まれたクリンクル73歳が、キホーテになりきって放浪の旅に出ちゃう。その世界はなにやら不穏で、時空が歪んでいて…
現実と妄想が交錯するメタ構造、そして権威をひっくり返す奔放なカーニバル性。17世紀初頭の出版から累計5億部、意外にも聖書に次いで読まれているという小説のリメークだ。ケラさんといえばチェーホフやカフカ、別役実などのアレンジを観てきたけれど、ドン・キホーテって最もぴったりの題材かも。
遠く爆撃音が響く同時代性に加え、テンポ良くシュールな笑いが連続して、休憩を挟んで4時間近くをさして長く感じない。なによりクリンクル役の大倉孝二が、持ち前のチャーミングさを発揮して舞台を牽引する。なんて素敵な俳優なんだろう。ちなみに、くちゃくちゃっと台詞が怪しくなったり、歌の歌詞が飛んだりが繰り返されるんだけど、これ、大倉のイメージだなあ。
そんなナンセンスとファンタジーの果てに、どんなに専横をきわめても、最後は誰しもただ死んでいくだけ、というリアルに不意を突かれる。切ない余韻。いっぱいのKAAT大ホール、前のほうで1万円。

いつもながらキャストは豪華で、群像劇の趣だ。クリンクルを追う演出家に安井順平、相棒の俳優に菅原永二、女優に「無駄な抵抗」などの清水葉月、常連客の少年に木ノ下歌舞伎で観た須賀健太、探偵に武谷公雄。一方、放浪先でかいがいしくクリンクルを世話する看護師(ドルシネア姫)に咲妃みゆ、怪しい医師に音尾琢真、共謀する牧師に山西惇、ピュアな果物屋に「ジャジー・ボーイズ」などの矢崎広。そして犬山イヌコが演劇プロデューサーやクリンクル家の乳母、緒川たまきがあっけらかんとした劇場の売り子、高橋惠子が自伝まで書いている恐ろしげなテロ犯やクリンクルのクールな妻を演じて、いずれも盤石です。とんでもファンタジーをねじ伏せる実力。
元宝塚娘役の咲妃は初めて観たけど、まっすぐな声、立ち姿が凜としていい。いきなり歌いだしても説得力があるし。また安井が公演中止の窮地に追い込まれているのに、クリンクルの幸せな妄想に感化される常識人を存分に演じて魅力的。何かとデニーロを持ち出すマイペースな菅原とのコンビが、いいバランスだ。須賀健太に不思議な存在感があり、70歳の高橋は思い切りがよくて、さすがの貫禄。

巨大シーリングファンから下がる幕が回転して、手前の紗幕とともに大規模に映像を展開(美術は松井るみ、映像は上田大樹)。緻密なステージング(小野寺修二)と生バンド(音楽とトランペットの鈴木光介ら)の高揚感もお馴染みだけど、こうした大がかりな仕掛けは今回が集大成で、しばらくは封印するとか。ちょっと残念な一方で、新機軸も楽しみだな。
いつも凝っているプログラムは今回、小さい判型でなんと500ページ近い。ケラはインタビューで「演劇だと、大事なこと/大事じゃないこと、意味のあるもの/意味の無いものを等価に混在させることができる」と語る。確信あるごちゃ混ぜ感、いい言葉だ。
Pxl_20250923_041203007 Pxl_20250923_041145734

歌舞伎「菅原伝授手習鑑」

秀山祭九月大歌舞伎 昼の部Aプロ 2025年9月

凄い舞台に出くわしてしまった。言わずと知れた丸本の三大名作、通し狂言「菅原伝授手習鑑」。吉右衛門ゆかりだと夜の「寺子屋」なんだろうけど、ここは御年81歳、15代目片岡仁左衛門の極め付け菅丞相を、と歌舞伎座へ。
まあ2010年、2015年にも観たしな、と思っていたら、ひときわ神々しく、そして幕切れの花道の引っ込みで頬にまさかの涙。歌舞伎役者が泣くのはあくまで演技、といった聞きかじりを超越した名優の存在感。花道すぐ脇、下手側のいい席だったこともあって圧倒されました~ ほかのキャストもオールスターで、舞台ならでは一期一会の感動を味わう。1万8000円、休憩2回で4時間半。

明るく長閑な「加茂堤」で中村歌昇の桜丸、妻・八重の坂東新悟が笑わせたあと、休憩を挟んで「筆法伝授」。学問所の場で御簾があがり、しずしずと仁左衛門が登場。Bプロでは菅丞相を演じている松本幸四郎が、「伝授は伝授、勘当は勘当」で畏れ、嘆く。悲運を悟って源蔵を巻き込むまいとする菅丞相。まさに伝授を目撃する思い。
門外の場で中村橋之助の梅王丸がきびきびと一子・菅秀才(中村秀之介)を救いだす。御台所・園生の前に心優しい中村雀右衛門、源蔵妻・戸浪に中村時蔵、敵側の三善清行にきびきび坂東亀蔵。源蔵を邪魔する下世話な希世の市村橘太郎が、コミカルでいいアクセントだ。

長めの休憩のあと、いよいよ「道明寺」。丞相暗殺を企む偽の迎えに、人形が身代わりとなるシーンで、仁左衛門は瞬きしないどころか、全く足下を見ずに段を降りていく。どれだけ鍛錬し続けているのか。生身の俳優が見せる奇跡。そして本物の迎えがきて養女・苅屋姫(尾上左近)との別れでは、目を合わさずに肚(はら)で哀切を表現、としつつ静かに涙。知人によると初日から涙だったそうです。
苅屋姫は浅はかにも斎世親王と駆け落ちし、菅丞相左遷を招いたことで自らを責めている。すでに姉・立田の前(安定の片岡孝太郎)はこともあろうに敵側となった夫・宿禰太郎(尾上松緑)の手にかかり、この先も菅丞相ひとりのためにいくつもの死が待つ運命を思わずにいられない。
弱冠19歳の左近がなかなかの姫さまぶりをみせ、父の松緑は憎々しいけど、出てくると歌舞伎らしさが増す感じ。三婆に数えられる気丈な伯母・覚寿の中村魁春は意外にも初役だそうで、歌右衛門も演じていないとか。化粧は年配のほうが合っているかな。奴宅内の中村芝翫がコミカルにひと息つかせ、判官代輝国の尾上菊五郎はあくまでりりしく。さらに敵側・土師兵衛に中村歌六と贅沢でした。

Pxl_20250915_013228425

 

« 2025年8月 | トップページ | 2025年10月 »