みんな鳥になって
みんな鳥になって 2025年7月
1968年レバノン生まれのワジディ・ムワワド作、上村聡史演出という「約束の血」シリーズコンビの最新作に駆けつける。2017年初演で、これまでの寓話風と違い、イスラエルとパレスチナ、ユダヤとアラブを正面から描いている。2022年の企画スタート時には想定していなかった2023年のガザ侵攻をへた今、正直、受け止めきれない重量級の舞台だ。演劇がはらむ鋭い同時代性。世田谷パブリックシアターの中ほど、やや上手寄りで1万円。
ニューヨークの図書館で、ユダヤ系ドイツ人の学生エイタン(Hey!Say!JUMPの中島裕翔)が、アラブ系アメリカ人ワヒダ(岡本玲)と恋に落ちる。家族に紹介しようとするが、敬虔なユダヤ教徒の父ダヴィッド(岡本健一)が激しく拒絶。混乱したエイタンは、祖母レア(麻実れい)に自らのルーツを確認しようと、ワヒダを伴ってイスラエルに向かい、爆弾テロに巻き込まれて意識不明に…
若いふたりのロマンティックな出会いもつかの間、舞台がイスラエルに移ると、テロと地域封鎖で事態がどんどん緊迫していく。父、母ノラ(那須佐代子)とともに駆けつけた祖父エトガール(相島一之)がついに明かす、封印してきた家族の秘密。その衝撃を、この東京にぬくぬくと暮らしていて理解できるかといえば、とうてい理解はできない。
エトガールが繰り返す「丸く収まる」の重み、生死の境での「母国語」の意味。置き去りにされた赤ん坊を救うのではなく、なぜ盗むと表現するのか。アイデンテイティが崩壊したダヴィッドが、果たして最期に何を思うのか。
すべての発端だった1964年の第三次中東戦争、祖父母が引き裂かれることになる1982年、レバノンでイスラエル国防軍がパレスチナ難民を虐殺したサブラー・シャティーラ事件、聖書に登場する伝説の村ベール・ホッバ… 知らなすぎるよね。
大詰め、ペルシアの「両棲の鳥」伝説は詩的で美しいのだけれど、ストレートには希望を実感しにくい。カーテンコールで立ちあがるかわりに、モヤモヤしたまま、ゆっくり帰途につく。それでも、休憩を挟んで3時間半の長尺が無駄ではないと思える。
舞台は後方の四角い枠や机、椅子、ベッドなどでシンプルに構成。時に現在と過去が無理なく同時進行する。美術は長田佳代子。
俳優陣は強靱だ。乱暴な口調の麻実、振り幅激しい岡本健一、ホロコーストを生き抜き、いま切々と後悔を語る相島が期待通り盤石。旧東独で信じてきた共産主義の決壊を経験し、よりによって精神科医になった那須の、なんとか家族を守ろうとする絶叫が、ひときわ痛切に響く。
ワヒダを助けるイスラエルの女性兵士と、若き日のレア2役を演じるのは大柄の松岡依都美。文学座で、イキウメや井上ひさし、「森フォレ」を観ているけれど、今回存在感があった。「地面師たち」の尼僧だったんですねえ。岡本玲は冒頭がチャーミングなだけに、イスラエルに行ってからの変貌が印象的。長身の中島も大健闘。ほか看護師やラビ、若いエトガールなどの複数役で達者な伊達暁。
ちなみにパリではドイツ語、英語、アラビア語、ヘブライ語で上演したとか、2022年にはミュンヘン公演が中止に追い込まれたとか、世界の演劇は闘っています…
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