« 2025年2月 | トップページ | 2025年4月 »

やなぎにツバメは

シス・カンパニー公演「やなぎにツバメは」  2025年3月

2024年「う蝕」が強烈だった横山拓也の新作を、2022年「ピローマン」などの寺十(じつなし)吾演出で。大竹しのぶはじめシスカンならではの豪華キャストが、ごく普通の人生の閉じ方、ありふれた老いと孤独の心のひだをカラッと描く。笑いたっぷり、軽妙で緻密な会話劇、しかも手練れ揃いの6人でテンポが抜群だ。完成度が高いなあ。いっぱいの紀伊國屋ホール、上手寄り前の方で8000円。休憩無しの1時間半強。

美栄子(大竹)が母つばめの自宅葬を終えたところ。苦労した介護も一区切りだ。つばめが営んだスナックの常連で、葬儀屋の洋輝(段田安則)、内装デザインの祐美(木野花)を20年来の親友と呼び、グループリビングを夢見る。そこへ看護師の娘・花恋(松岡茉優)と料理人で洋輝の息子・修斗(林遣都)の婚約、独立話に、別れた夫で設計士・賢吾(浅野和之)がからみ、それぞれの切実な思いが交錯して右往左往…

大竹がさすがの存在感。パートのおばさんのくたびれ感も、愛人として生きたつばめへの愛憎も、切なく可愛いらしい恋心も自由自在だ。大事なことに気づかないふりの優しくも無責任な段田、悪気はないけど終始マイペースの木野はもちろん、愛情も寛容さもあるのに追い出されちゃってトホホの浅野が実にいい味。林の一生懸命なだけに間が悪い可笑しさが絶妙で、そんな恋人を叱咤し続ける松岡は、大竹を応援するまっすぐなキャラが気持ちいい。けっこういい脇かも。

ワンセットの美栄子宅リビングは、一角につばめのスナックを再現したという設定で、回想の昭和シーンが挟まる。終盤、ツバメの巣で雛がかえる明るさ、大竹の歌に拍手! 繰り返される古い歌謡曲「胸の振り子」はなんとサトウハチロー詞・服部良一曲で1947年発表、石原裕次郎らがカバーしているとか。確かにいい曲だし、よく見つけてきたものです。美術の平山正太郎は松井るみのアシスタントだったんですねえ。
Pxl_20250329_073509339

北斎とジャポニズムコンサート

北斎とジャポニズムコンサート  2025年3月

文化財のデジタル保存を手がけるNTTアートテクノロジーが主催、北斎作品の高精細画像を背景に、ジャポニズムに影響を受けたクラシックを聴くという企画に参加してみた。英国からオンライン登壇の藤倉大さんと案内役の演出家・宮城聰さんの、うちとけた対談が面白かった~ 藤倉さんは北斎の生涯をテーマに新作オペラを作曲中とか。はて、どんな作品になるのか。角田綱亮指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。家族連れが目立ち和やかなオーチャードホール、2階前のほう。無料。休憩を挟んで2時間。

以前、浮世絵のレクチャーで、印象派の画家のみならず音楽にも影響を与えた、ドビュッシーがパリの仕事部屋の壁にご存知「神奈川沖浪裏」を飾っていた、と聞いてなんだか嬉しくなった。第一部ではやはり「浪裏」に着想を得た、ラヴェルの「洋上の小舟」で、翻弄される舟に身を任せる。ピアノ曲集「鏡」の第3曲をオケ版で。続くLEOの「箏協奏曲」は抽象的で難しかったけど。
休憩を挟んで同時代のビゼー「カルメン」前奏曲、そして無敵の「ハバネラ」を清水華澄が余裕たっぷりに。トークを挟んで吉田珠代が加わり、プッチーニ「蝶々夫人」から花の二重唱「桜の枝をゆすぶって」、お馴染み「ある晴れた日に」。〆は作曲家本人の希望で、楽譜初版の表紙に「浪裏」をデザインしたことで有名な真打ドビュッシーの交響曲「海」から「風と海の対話」でした。

ロビーには高精細データによるレプリカなど。

Pxl_20250328_090535445 Pxl_20250328_095204867 Pxl_20250328_085947298

一中節「唐崎心中」「道成寺」

一中節演奏会  2025年3月

いつも勉強になる古曲、一中節のホール演奏会へ。落ち着いた雰囲気の紀尾井小ホール、自由席で6000円。休憩を挟んで2時間ほど。

前半は「唐崎心中」を了中さんの聴きやすい浄瑠璃、一中さんの三味線で。まず一中さんがいつものようにユーモアをまじえつつ解説。近江八景とは江戸初期に近衛家当主が中国の瀟湘八景にならって発案したそうだけど、本作は元禄年間の少し後、遊女小稲と稲野屋半兵衛が唐崎の松のほとりで心中した事件が題材で、舞台となった近江八景を織り込んだのが特徴だ。八景といえば時代はくだって文政年間、5世一中の三味線方で一中節中興の祖ともいわれる菅野序遊が「吉原八景」を作曲、これが常磐津「廓八景」に受け継がれた。庶民に浸透し、芥川龍之介が書簡に「恋路の八景」を書いていて、その詞章が見事に三味線にのるのだと。なるほど~
改めて聴いてみると、広重の浮世絵で観る当時の姿や、一昨年秋に訪れた折の雨模様の湖が目に浮かんで美しい。大詰め「たましいもぬけから崎の ひとつ松にぞ着にける」と、雨風を受けた2人の放心したさまが印象的。

続いて後半の「道成寺」に先立ち、了中さんの明朗な解説。今回はプログラムに、了中さんの現代語意訳が併記されていてわかりやすい。道成寺といえば能の大曲で、さまざまな音曲になっている。明治期の都派では冒頭の住職と能力のやりとりから、シンプルながらほぼ忠実に能の流れをたどる。白拍子の舞の「月落ち鳥啼いて霜雪天に 満ち潮程なく此の寺の 江火の漁火」は漢詩「楓橋夜泊(ふうきょうやはく)」の引用で、孤独と鐘の音を連想させ、クライマックスの僧の祈りの「恒沙(ごうしゃ)の龍王」は、ガンジスの砂から転じて無数の龍王たちへの呼びかけだと。昔の人は教養があったんだなあ。
休憩を挟んでその「道成寺」を了中さんの浄瑠璃、一中さんの三味線に、楽中さんの上調子で。中盤「花の外には松ばかり」で三味線と掛け声の乱拍子から緊張感がぐんぐん高まり、白拍子の舞の「鐘尽くし」から鐘入り、祈りとダイナミック。蛇体がついに「猛火となりて失せにけり」と、自らの炎で消えちゃう圧巻の幕切れ。鮮やかで哀しい名作に、聴衆がふうっと溜息をついて幕となりました。

客席には常連の経済人や、なんと雀右衛門さんの姿も。

Pxl_20250310_092913499 Pxl_20250310_230455209mp

« 2025年2月 | トップページ | 2025年4月 »