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消失

KERA CROSS 第六弾「消失」  2025年1月

ケラリーノ・サンドロヴィッチの2004年初演作を、2022年にケラ作「室温」も観た河原雅彦が演出。代名詞であるシリアス・コメディ=重喜劇の決定版とのことで、緻密な笑いとSF的スケール感のあとで、「ずっと後悔して生きる」ことの残酷さが、ずしんと心に残る。藤井隆のリズム感と繊細さが突出して、さらに上手くなったような… 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAの前のほう中央で9800円。休憩を挟んで3時間強はちょっと長かったけど。

兄弟が暮らす家のワンセット。チャズ(藤井)は無邪気で病弱な弟スタン(入野自由)を何くれと世話していて、微笑ましい。一途なスタンに戸惑いながら惹かれていくスワンレイク(ぽっちゃり佐藤仁美)、口は悪いけどスタンを気にかける偽医者ドーネン(「我が家」の坪倉由幸)、2階の部屋を借りに来るネハムキン(「大人計画」の猫背椿)をまじえ、どこか奇妙なやりとりに笑ううち、後半、ガス点検にきた曰くありげなジャック(岡本圭人)が、兄弟のグロテスクな秘密に迫り…

セットにクリスマスツリーと月があって海外の絵本のようだけど、すべての壁が歪み、ダクトがにょきにょき突き出て不穏が漂う(美術はBOKETA)。大きな戦争があったとかで、そういえば水道水はひどく不味いし、ドーネンはやたら転ぶし、まともじゃない。強烈なのはネハムキンの夫が置き去りにされた衛星が、今も空に輝いているというイメージの救いの無さ。やがて大晦日の祝祭の花火は、過酷な爆撃音に転じていく。人はトラウマに蓋をして生きても、そこから逃れられはしないのか。

「ガラパコスパコス」とか「おとこたち」とか、達者な脇でときに過剰なイメージもある藤井が、矛盾と動揺だらけの難役を繊細に。なにしろ初演は大倉孝二だものなあ。一方、「管理人」など突き抜けきれない感じもあった入野は、ピュアな造形で健闘。ラストシーンまで、ダークな舞台に一点の明かりを灯すようだ。ジャック役は初演の八嶋智人を観たかったかも。
ドーネンの息子の名前がひとり日本人の安二郎だとか、ケラさんリスペクトの小ネタがいろいろ。

ロビーには赤堀雅秋さん、駒木根隆介さんの姿も。
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SIX

SIX 来日版 2025年1月

2017年にケンブリッジ大の学生が初演したというミュージカルの、来日キャスト版に足を運んだ。全編、地下アイドルのライブ風で、シンプルなセットにキャッチーな楽曲とキラキラ衣装。しかも初体験のシングアロング回で、会場全体わーわー、ヒューヒュー盛り上がって、休憩無しの80分があっという間だった。オーディエンスは女性が圧倒的、リピーターが多いのか皆さん英語詞をよく覚えていた! EX THATER ROPPONGIの中段いい席で1万4000円。主催は梅田芸術劇場・フジテレビジョン。

シェイクスピア劇やオペラ、映画でお馴染み、暴君ヘンリー八世の6人の妻たちが、何故か現代のガールズグループを結成。センターを争って悲惨な身の上を語るうち、王=パートナーに振り回されない、自身の価値に目覚めていく。歴史知識を土台に、そのステレオタイプな理解をちゃかすメッセージ性がある。2022年トニー賞でオリジナル楽曲賞などを受賞。

とにかくコミカルでテンポがよく、キャスト6人がノンストップで歌って踊る。歴史的な離婚に怒る「No Way」のキャサリン・オブ・アラゴン役・太っちょミリー・ウィロウズや、マッチングアプリの肖像と違うと拒絶されちゃった「Get Down」のアナ・オブ・クレーヴス役・アフリカ系ハンナ・ヴィクトリア、恋愛遍歴に傷ついてきた「All You Wanna Do」のキャサリン・ハワード役・長身のリジー・エメリーがそれぞれ個性的。
王が贈ったという「グリーン・スリーブス」を織り込んだ「Don't Lose Ur Head」のアン・ブーリン役・エリン・サマーヘイズがキュートで、地味でも変らない愛を歌いあげる「Heart of Stone」のジェーン・シーモア役・リバティ・ストッター、ラストを知的に締める「I Don't Need Your Love」のキャサリン・パー役・イジー・フォームバイ=ジャクソンが、達者なバラードを披露。

「サビを3回も歌ったし」と自慢したり、最後は「あと5分」「あと3分」と持ち時間を気にしながら、それぞれのソロのマッシュアップ「Megasix」を畳みかけたり。ビヨンセらポップアイコンの知識があったら、もっとパロディを楽しめたかな。多様性を意識しているとかで、バンドは女官の設定でした~

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ドードーが落下する

た組「ドードーが落下する」  2025年1月

観劇初めで加藤拓也の作・演出作品。2022年初演で岸田国士戯曲賞を受賞した戯曲の再演だが、大幅に書き直したという。精神を病んでいく主人公という、社会において弱い側から見たあれこれがリアルでヒリヒリするものの、どこか空気が澄んで、温かささえ漂うのが、この作家の希有なところ。
果たして弱い者に価値はないのだろうか。シーンに登場しない俳優がずっとセット周辺で見守っていて、時に後方の壁の上部からストンと向こうへ姿を消すのが印象的だ。社会的立場は様々でも、誰もが抱える弱さを思わせる。緊張感が漂うKAAT神奈川芸術劇場、中段で5300円。休憩無しの約2時間。

冒頭、お笑い芸人・夏目(平原テツ)が精神を病んで入院しており、いかにしてここに至ったかを振り返る構成。一向に売れないけれど、相方(金子岳憲)や芸人仲間は独特のセンスを面白がっていた。だからこそ、奇矯さと病状が渾然としてしまう。観る側には行き着く先の辛さがわかっているから、ボケにも笑えなくて息苦しい。
芸人同士のジェラシーや焦燥、不器用な恋、ひたすら不快なバイト先、妻との軋轢、閉塞感、そして着実に追い込まれていく夏目。もっと早く、誰かがどうにかできたのだろうか。

元ハイバイの平原が、ぬうぼうと、こだわりの強い造形で強烈な存在感を示す。アイドル的存在の大江ちゃんを演じる秋乃ゆにが、終盤、夏目の部屋を訪ねるシーンで見せる透明感がいい。 プロデューサー・信也の秋元龍太朗、先輩・鯖江の今井隆文が安定。

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歌舞伎「彦山権現誓助剣」

国立劇場新春歌舞伎公演 通し狂言「彦山権現誓助剣」  2025年1月

浅草と並んで初春気分が横溢する音羽屋一座の歌舞伎へ。初台の新国立劇場での開催となって2年目。初日は開演前に獅子舞付き! 舞台から降りてお客さんの頭を噛み、ご祝儀をもらう厄払いも。振る舞い酒など劇場全体が正月仕様だった国立劇場に比べると、だいぶ大人しいけれど、やっぱりウキウキする。
本編は明るい義太夫狂言で、こどもたちまで俳優各世代が集い、客席も巻き込んで大家族新年会の趣きだ。いよいよ菊五郎襲名を控える尾上菊之助はもちろん、敵役の坂東彦三郎らが安定。襲名間もない中村時蔵は美しく、コミカルな味もいける。終盤ではずらり並んだ次々代を担う御曹司たちがとにかく可愛くて、菊五郎じいじは目尻を下げっぱなし。めでたいなあ。花道が短くL字になっているのはびっくりの中劇場、前の方の上手寄りで1万4000円。休憩2回で4時間半。

演目は恒例の通しで 「彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」。2009年に吉右衛門、2020年に仁左衛門で「毛谷村」を観た朗らかな作品を、発端から大詰めまでたっぷりと。秀吉の九州攻めを背景にした、痛快な仇討ちもので、なんといっても腕っ節が強く気が優しい六助のキャラが魅力的だ。天明6(1786)年に文楽で初演、妹背山以来のヒットとなったとか。
発端で新たに彦山権現山中の場が加わった。舞台は豊前・豊後・筑前にまたがる、のどかな霊山。八重垣流指南の吉岡一味斎(中村又五郎)が、親孝行で、侍が仕留めた鳥を逃がしちゃう六助(菊之助)の人柄を認め、剣術の奥義を授ける。
序幕の郡家場外の場は原作に無く、江戸時代中村座の台帳をもとに復活したそうです。周防の国、時は端午の節句。御前試合の負けを恨んだ京極内匠(彦三郎)が、一味斎を銃で闇討ちするシーンを見せる。続く一味斎屋敷の場で、娘・お園(時蔵)が一味斎の妻・お幸(上村吉弥)に、酔態を装う「シの字尽くし」で父の死を知らせる悲嘆。覚悟を試す上使・衣川弥三左衛門(河原崎権十郎)の槍を見事に留め、仇討ちのお墨付きを得る。女武道も、懐の深い上使も格好良いぞ。

短い休憩を挟んで二幕目は、舞台が暗くなり、光秀最期の地にちなむ小栗栖(おぐるす)瓢箪棚の場。変化に富んで面白い。まず惣嫁(そうか、上方の夜鷹)たちの軽妙さから一転して、忠臣・友平(中村萬太郎)が妹・お菊の最期を語って、無念の切腹。そして蛙が鳴くなか、内匠が怪しい父・光秀の亡霊(又五郎)から小田春永の名剣・蛙丸を授かるスペクタクル。さらには仇と知ったお園がなんと鎖鎌で打ちかかり、派手な立ち回りに。瓢箪がばらばら落ちたり、不安定な棚の上で渡り合ったり、ついには装置が崩れて時蔵がごろごろ!

長めの休憩のあとは、お馴染みの三幕目。杉坂墓所の場で六助が、微塵弾正と変名した内匠に八百長を約束。また偶然、内匠一味に追われる幼いお菊の子・弥三松(八の字眉が可愛く、8歳だけど達者な秀之介・歌昇の次男)を預かる。続く六助住家の場は上手に椿、下手に梅で清々しい。弾正に眉間を割られてもへいこらしてやり、懸命に玩具で弥三松をあやす六助、人が良すぎます。虚無僧姿で現れたお園が切々と苦難を語るクドキ、女武道としおらしさのミックスを生き生きと。後半、弾正の悪事を知った六助が怒りのあまり、庭石を踏んでめり込ませちゃって拍手~
大詰・久吉本陣の場は、ぱあっと視界が開けてお楽しみ。知勇兼備の大将・久吉(菊五郎)が、坂東楽善、萬太郎、市村竹松らを従えて堂々サポート。一行が本懐を遂げる。若武者(坂東亀三郎・彦三郎の長男、菊五郎襲名を控える尾上丑之助、背が伸びた尾上眞秀、中村梅枝、中村種太郎・歌昇の長男)が居並んで、お正月の手ぬぐいをまき、渡り台詞できまり、背景には朝日が輝く。これぞ大団円でした~

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浅草歌舞伎「春調娘七種」「絵本太功記」「棒しばり」

新春浅草歌舞伎 第2部 2025年1月

初芝居は若手の初々しさが嬉しい浅草公会堂へ。今年は10年ぶり、顔ぶれを20代に一新して、中村橋之助が座頭のチームに。昨年の熱気は隼人人気だったんだなあ、と振り返りつつ、愛嬌で突出する鷹之資、なかなかの曲者・左近をはじめ成長が楽しみになって満足。1F中ほど上手寄りで9500円。休憩2回で3時間半。

年始ご挨拶はきびきび中村鷹之資で、当日券で花道脇狙いの女性に手ぬぐいをプレゼント。橋之助が演目の見どころを短く解説してから、お正月らしく長唄舞踊「春調娘七種(はるのしらべむすめななくさ)」。曽我物の舞踊で最古だそうです。富士と紅白の梅がぱあっと華やか。
頼朝の家臣・工藤祐経を狙う五郎(尾上左近)、十郎(中村玉太郎)と、愛する義経が頼朝に追われている静御前(中村鶴松)という設定だ。仇討ちにはやる兄弟が「丹前振り」「相撲振り」から鼓の「打囃し」。七草を織り込んだ詞章にのって、静御前が「七草の合方」で千穐楽々万歳と祈り、七草をたたく。最近、個人的に注目している左近が、小柄ながらもまずまずの武者ぶり。鶴松はもはや余裕ですね。

休憩を挟んで、1部と役柄を入れ替えての連続上演が話題の時代物「絵本太功記」から、追い詰められる武智光秀一家がひたすら悲しい尼ヶ崎閑居の場、通称「太十」。2016年に文楽で観たけど、意外に歌舞伎では初でした。
本能寺の変から八日目。前半は初陣に向かう息子・十次郎(鶴松)を巡り、女3世代がそれぞれ愁嘆をたっぷりと。許嫁の初菊(左近)は泣く泣く鎧櫃を準備して三々九度。母・皐月(中村歌女之丞)、妻・操(中村莟玉)は討ち死に覚悟だけど、謀反の死に恥を避けたくて、と打ち明ける。悲痛。左近が舞踊から打って変わって、絵に描いたようなお姫様。ちょっと声が低いかな。ちらっと登場する長身の旅僧・実は真柴久吉の市川染五郎が、さすがノーブル。莟玉は派手な顔立ちが目立つなあ。
竹本が交代して後半は、蛙が鳴くなか、光秀(橋之助)が竹藪から登場、久吉と間違えてこともあろうに皐月を刺しちゃう。えーっ。皐月が苦しい息の下から謀反を責め、瀕死で戻った十次郎は敗北を報告。2人の死に、さすがの光秀も大泣きだ。と思ったら、陣太鼓の音でセットが転換。光秀は松の木に登って追手を見極め、最後のひと暴れを期すけれど、そこはお約束、颯爽と武将姿に転じた久吉、駆けつけた佐藤正清(鷹之資)と後日の決戦を約束して派手やかに幕となる。橋之助はスケールが大きくて頼もしいけど、さすがに光秀らしい凄みはまだまだ。ガンバレ!

休憩後にお目当ての松羽目物「棒しばり」。勘三郎・三津五郎コンビの名演を映像で観たけれど、こちらも舞台では初。岡村柿紅作、五世杵屋巳太郎作曲で大正5(1916)年市村座初演の長唄舞踊で、狂言のわかりやすい笑い、高度な技量で文句なく浮き立つ。
お話はシンプル。酒好きの使用人に手を焼く大名(橋之助)が一計を案じ、次郎冠者(鷹之資)が「夜の棒」を披露する隙に手を縛り、笑っている太郎冠者(染五郎)も後ろ手にいましめて外出。2人は不自由なのに凝りもせず酒蔵に忍び込み、協力してまんまと呑んじゃう。酔っ払って上機嫌で踊っているところへ、大名が戻って大騒ぎ。
なんといっても鷹之資が、ユーモラスできびきびしていて抜群。大名相手に棒を振り回したり、器用に汐汲みを踊ったり、扇子を左手から右手に投げ渡したり、喝采です。頭大きめのバランスも、古風な演目にぴったりだ。対する染五郎はすらっとしているけど、よく稽古している感じだし、橋之助も堂々としていて歌舞伎らしい。面白かったです!

ここからまた十年かけて、スターが育っていくんだなあ。空いてきた浅草寺にお参りして、穏やかなお正月を満喫。

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2024年喝采尽くし

いろいろあった2024年。特筆したいのは幸運にも蒸せかえる新宿で、勘三郎やニナガワさんが求め続けたテント芝居「おちょこの傘もつメリー・ポピンズ」(中村勘九郎ら)、そして桜満開の季節に、日本最古の芝居小屋「こんぴら歌舞伎」(市川幸四郎ら)を体験できたこと。「場」全体の魅力という、舞台の原点に触れた気がした。
一方で世界の不穏を背景に、ウクライナとロシア出身の音楽家が力を合わせた新国立劇場オペラ「エフゲニ・オネーギン」のチャレンジに拍手。それぞれの手法で戦争や核の罪をえぐる野田秀樹「正三角形」、岩松了「峠の我が家」、ケラリーノ・サンドラヴィッチ「骨と軽蔑」、上村聡史「白衛軍」が胸に迫った。

歌舞伎は現役黄金コンビ・ニザタマによる歌舞伎座「於染久松」は別格として、急きょ駆けつけた市川團子の「ヤマトタケル」に、團子自身の人間ドラマが重なって圧倒された。その延長線で格好良かったのは、演劇で藤原竜也の「中村仲蔵」。團子同様、仲蔵と藤原の存在が見事にシンクロし、舞台に魅せられた者の宿命をひしひしと。

そのほか演劇では「う蝕」の横山拓也、木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」の杉原邦生という気鋭のセンスに、次代への期待が膨らんだ。リアルならではの演出としては、白井晃「メディスン」のドラムや、倉持裕「帰れない男」の層になったセットに、心がざわついた。
俳優だと「正三角形」の長澤まさみ、「峠の我が家」の仲野太賀、二階堂ふみ、「う蝕」の坂東龍汰が楽しみかな。

文楽は引き続き、東京での劇場が定まらずに気の毒。でも「阿古屋」で、桐竹勘十郎、吉田玉助、鶴澤寛太郎の顔合わせの三曲がパワーを見せつけたし、ジブリアニメの背景を使った「曾根崎心中」をひっさげて米国公演を成功させて、頼もしいぞ!

音楽では、加藤和彦の足跡を描いた秀逸なドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、「黒船来航50周年」と銘打った高中正義のコンサートに足を運べて、感慨深かった。もちろん肩の力が抜けた感じで上質だった久保田利伸や、エルトン・ジョン作曲のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(日本人キャスト)、クラシックでいつもニマニマしちゃう反田恭平&JNO、脇園彩のオールロッシーニのリサイタルも楽しかった~ 

このほか落語の柳家喬太郎、立川談春、講談の神田春陽は安定感。
2025年、社会も個人としても、舞台に浸れる有り難い環境が続くことを切に祈りつつ…

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