白衛軍
白衛軍 The White Guard 2024年12月
キーウ生まれ、旧ソ連の反体制作家、ミハイル・ブルガーコフによる1926年の自伝的戯曲「トゥルビン家の日々」を、2010年に英ナショナルシアター(アンドリュー・アプトン台本)が英訳・上演した「白衛軍」。今回は次期芸術監督の上村聡史演出、小田島創志翻訳の日本初演だ。いまに至るまで回り続ける争いの虚しさ、翻弄される個人の悲劇が胸に迫り、設定は違うけれど2022年「レオポルトシュタット」を思わせる。新国立劇場中劇場のやや後ろ下手寄りで7480円。休憩を挟んで3時間強。
1918年から19年の凍てつくキーウ。崩れゆく旧ロシア帝国軍(白衛軍)一家の運命を描く。ウクライナ独立を掲げるウクライナ人民軍(ペトリューラ軍)、ロシア革命を主導した赤軍(ボリシェビキ)との三つ巴の闘いを強いられ、頼みのドイツ軍には見捨てられ、ドイツの支援を受けたウクライナ傀儡政権のコサック首長(ゲトマン軍)はドイツに逃亡してしまう。圧倒的な疎外。
戦争の描写は容赦ない。前線で露わになる人間の粗暴、迫りくる砲火や凍傷の恐怖がリアル。トゥルビン家の兄で、武装解除を決断する砲兵大佐アレクセイ(元文学座の大場泰正)の、「いったい誰と闘ってきたのか」という吐露が重く、だからこそ「家に帰れ」の一言が切実だ。
危機にあって、ささやかな日常から離れられない人間存在のおかしみがまた、チェーホフを思わせて効果的。心優しいエレーナ(前田亜季)と兄弟、親戚、親しい軍人らはトゥルビン家の居間に集まり、酒を飲んだり歌ったり。恋模様やコミカルなやりとりもある。戦闘に巻き込まれた律儀な学監(大鷹明良)は、ひとり弔いの蝋燭を置く。
端正な大場、前田を核に、俳優19人が分厚い。若手ではトゥルビン家の末っ子で士官候補生ニコライの村井良大、いとこで学生ラリオンの池岡亮介がみずみずしく、斜に構えた砲兵二等大尉ヴィクトルの石橋徹郎(文学座)、本業はオペラ歌手の槍騎兵隊中尉レオニードを演じた上山竜治が、いい曲者ぶり。
お馴染み乗峯雅寛の美術がダイナミックだ。劇場の深い奥行きを生かし、暗闇からセットが前方に迫ってくるさまは、抗いようのない歴史のうねりを感じさせた。
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