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天保十二年のシェイクスピア

絢爛豪華 祝祭音楽劇 天保十二年のシェイクスピア 2024年12月

2024年のエンタメ納めは思いがけず機会があり、井上ひさし作のシェイクスピアパロディを4年ぶりに再見。2020年に観たあとコロナで中断しており、ほぼ同じプロダクションでのリベンジ公演だ。いまや中核の藤田俊太郎がダイナミックに演出。シェイクスピア全37作を織り込んだ(はずの)アクロバティックな戯曲をそう追わない分、生演奏もする宮川彬良の音楽の軽妙さを楽しめたかな。「賭場のボサノバ」など言葉遊びを生かしていて、洒落てるなあと改めて。日生劇場の、全体が見えるものの手すりが視界に入る2Fの上手寄り。休憩を挟んで3時間半。

設定は天保年間、下総の宿場での姉妹、その連れ合いや無宿者、代官ら入り乱れての抗争劇。教養としての劇聖を笑いのめしつつ、時代も洋の東西も問わない愚かで悲しい人間存在への愛着が感じられる。
俳優陣では舞台回しを務める百姓の隊長、木場雅己が相変わらず強力な存在感。三世次(リチャード三世)が前回の髙橋一生から浦井健治に、王子(ハムレット)が浦井から大貫勇輔(ねじまき鳥クロニクルの兄・綿谷ノボル)に替わって禍々しさはダウン。バレエ風ターンは上手だけど。亡くなった辻萬長の十兵衛(リア王)は中村梅雀が受け継ぎ、安定感がありました~

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モンスター

モンスター  2024年12月

年も押し詰まって、うっかり、凄まじい舞台を観てしまった。英ダンカン・マクミランが2005年に書いた「モンスター」を日本初演。歪んだ存在、歪み行く存在のどん詰まり感を、演出・美術の杉原邦生が音と光で容赦なく畳みかけてショッキング。高田曜子訳。演劇好きが集まった感じの新国立劇場小劇場、前のほうで9800円。休憩を挟んで2時間半。意欲的な企画製作は、阿佐ヶ谷スパイダースが母体のゴーチ・ブラザーズだ。

補助教員に転職したてのトム(風間俊介)は、反社会的でクラスから隔離されたダリル(松岡広大)を担当。1対1で向き合うがコミュニケーションは成り立たず、責任転嫁ばかりの少年の祖母リタ(那須佐代子)とも噛み合わなくて、ひとり追い詰められていく。恋人ジョディ(笠松はる)の妊娠を機に結婚するものの…
荒廃した家族の孤立、残虐な情報を溢れさすメディア、あこぎなビジネスへの悔恨、専門家と呼ばれる人々の頼りなさ、連鎖する育児放棄の予感… これでもかという社会の病理。冒頭で赤いパーカのダリルが客席通路を歩いてきて舞台に上がり、ラストの墓地からはトムが客席に降りて捌けていく。これは誰の隣りにもあって、決して異常なことではない。

上演中ずっと何か音が鳴っていて、観る者をじわじわ苛立たせる演出が凄い。ときに激しい照明、そして場面転換で机の上のものを乱暴に払い落とすのも、いちいちドキリとする。流行のイマーシブとかプロジェクションマッピングとかが無くても、気持ちを引きずり回され、それだけに、物語の救いのなさがずっしり重くて、後を引く。演劇って凄い。

松岡広大が緊張感ある膨大なセリフを繰り出し、少年の粗暴、焦燥を繊細に表現して圧巻。2020年「迷子の時間」のガルシア、2023年「ねじまき鳥クロニクル」のシナモンと、たまたまかもしれないけど謎めいた役に挑んでいる印象で、ますます楽しみだ。
ロビーには松尾スズキさんの姿も。

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高中正義TAKANAKA SUPER LIVE 2024黒船来航50周年

TAKANAKA SUPER LIVE 2024黒船来航50周年 2024年12月

ドキュメンタリー映画「トノバン」をきっかけに、高中正義のライブに足を運んだ。9月からのツアーはサディスティック・ミカ・バンドが英米で評価を得た2ndアルバム「黒船」から50年。黒船3部作に始まり、爽やかに歌い上げるギター、時にラテンぽく、疾走するリズムがひたすら心地よい。開演前、ステージのギターに見入る往年のギター小僧を中心に、盛況のZepp Haneda。フラットな1Fの、割と前のほう下手寄りで9900円。常連ファンにまじり、かけ声あげて踊って、幸せな2時間。

入場前にタオルとポストカード付パンフレットを購入、ワンドリンク600円で缶ビールなどをもらうスタイル。高中は鮮やかなブルーのペリー風サテン衣装で登場。1953年生まれの71歳だけど、似合います。上手・下手で1曲ずつ座っただけで、ガンガン弾く。バックは斉藤ノヴ(per)、岡沢章(b)、宮崎まさひろ(dr)、井上薫(key)、柴田敏孝(key)、コーラスがAMAZONS(大滝裕子・吉川智子・斉藤久美)とシンプル。
ちょこっとボコーダーを使ったり、チープな吹き戻しや飛ぶおもちゃ、光るピックで遊んだり、子供のようにどや顔なのがいちいち可笑しい。舞台前方に出るとタオルであおいでもらっていたし。
短いMCではホテルで朝食を食べていて外国語で話しかけられた、初めて父の故郷に行った上海のコンサートでは、イントロから反応があって嬉しかった、ライブは聴衆との相互作用だと。アンコールでは井上さんがショルダーキーボードで、アマゾンズはおもちゃのギターで前に出て、盛り上がった~

2025年3月にはなんとロサンゼルス公演、その直前の横浜公演のタイトルは「黒船出航」! 加藤和彦、つのだ☆ひろ、高橋幸宏、後藤次利、ゆかりの人物に広げると泉谷しげる、キャロル、坂本龍一、ユーミン、小田和正、財津和夫…と凄すぎるミカ・バンドの歴史を思えば感慨深い。
以下セットリストです。

1、黒船嘉永6年6月2日
2,黒船嘉永6年6月3日
3,黒船嘉永6年6月4日
4,BLUE CURACAO
5,SWEET AGNES
6,OH! TENGO SUERTE
7,TOKYO REGGIE
8,ALONE
9,哀愁のヨーロッパ
10,HOLD ON
11, THE PARTY'S JUST BEGUN
12,SHAKE IT
13,渚・モデラート
14,A FAIR WIND
15,DISCO "B”
16,SAUDADE
17,FINGER DANCIN'
18,TAJ MAHAL
19,THUNDER STORM
20,READY TO FLY
En
21, タイムマシンにおねがい
22, BLUE LAGOON

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魔笛

魔笛  2024年12月 

2018年以来5年ぶりに、南アの現代美術家ウィリアム・ケントリッジ演出のプロダクション。大野和士芸術監督の就任第一作だったんですねえ。ドイツ語圏で最も上演回数が多いオペラだそうで、とにかくキャッチーなモーツアルトに浸る。チェコのトマーシュ・ネトピル指揮、東京フィルハーモニー交響楽団が軽快に。お子さんも目立つ新国立劇場オペラハウス、中段上手寄りで31000円(解説会、プログラム込み)。休憩1回で3時間。

メルヘンらしく、温かくおもちゃ箱のようなビジュアルが楽しい。ケントリッジが得意だという「動くドローイング」=木炭のスケッチのアニメーションや、バロック劇場風だまし絵の背景画が古風な味わいで、夜の女王の登場シーンの、舞台いっぱいにきらめく星にうっとり。設定は写真が流行した19世紀末のヴィクトリア朝時代とのこと。

歌手陣ではザラストロのマテウス・フランサ(ブラジル出身のバス)が重厚で存在感たっぷり。出番は少ないけれど、パパゲーナの種谷典子(ソプラノ)がコミカルな老女からキュートな恋人に変身して、目立っていた。王子タミーノのパヴォル・ブレスリック(スロバキアのテノール)に、パミーナのお馴染み九嶋香奈枝(ソプラノ)が互角に渡り合う。夜の女王は、やっぱりベテランの安井陽子(ソプラノ)。初めてこの役を聴いたのは15年前! 2幕で調子をあげていたかな。パパゲーノの駒田敏章(バリトン)はシリアスが持ち味だそうで、コミカ(喜劇役)は気の毒だったかも。

開演前に解説をきく。初演はフランス革命(1789年)から間もない1791年、ウイーンの城壁の外、庶民の劇場アウフ・デア・ヴィーデン。現代ではピンとこないけれど、悲劇、喜劇、ジングシュピール(民謡風)からバッハ(武士の賛美歌)まで要素てんこ盛り、セリフ入りのわかりやすさは、あらゆる社会階層を意識した画期的な試みだったそうです。また出だしの「3度繰り返す和音」はじめ、散りばめられたフリーメーソンのイメージは英知、市民社会の勝利を意味すると。このプロダクションでも黒板、定規や目のビジュアルを盛り込んでいた。ふむふむ。
ホワイエもクリスマスムード。

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暗闇音楽会・笹沼樹チェロコンサート

暗闇音楽会・笹沼樹チェロコンサート Cello in the Dark   2024年12月

視覚障害者の案内で、完全な暗闇を体験する「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。今回は若手室内楽演奏家を支援するMusic Dialogueが協力し、暗闇でチェロを聴くという希有なイベントだ。竹芝にあるダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」で5000円。安渕聖司アクサ生命社長がバックアップ。

スタッフの先導で7、8人が前の人の肩に手を置き、真っ暗な空間を恐る恐る進んで、手探りで席に着く。気鋭のチェロソリスト、笹沼樹は30分前から待機していたそうだけど、どこに座っているのか、見当もつかない。目からの情報がない分、弦と指の擦れる音などがくっきり。Cassado:Cello Suite、Bach:Cello Suite BWV1007、Casals:El Cant dels Ocells etc.. 帰りはドアを細く開けて目を慣らし、明るいロビーでまた演奏してくれました~ 大山平一郎・Music Dialogue音楽監督も聴衆として登場。温かい雰囲気でした~ 長身の笹沼さん、30歳だそうで、これからの活躍も楽しみです。

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白衛軍

白衛軍 The White Guard  2024年12月

キーウ生まれ、旧ソ連の反体制作家、ミハイル・ブルガーコフによる1926年の自伝的戯曲「トゥルビン家の日々」を、2010年に英ナショナルシアター(アンドリュー・アプトン台本)が英訳・上演した「白衛軍」。今回は次期芸術監督の上村聡史演出、小田島創志翻訳の日本初演だ。いまに至るまで回り続ける争いの虚しさ、翻弄される個人の悲劇が胸に迫り、設定は違うけれど2022年「レオポルトシュタット」を思わせる。新国立劇場中劇場のやや後ろ下手寄りで7480円。休憩を挟んで3時間強。

1918年から19年の凍てつくキーウ。崩れゆく旧ロシア帝国軍(白衛軍)一家の運命を描く。ウクライナ独立を掲げるウクライナ人民軍(ペトリューラ軍)、ロシア革命を主導した赤軍(ボリシェビキ)との三つ巴の闘いを強いられ、頼みのドイツ軍には見捨てられ、ドイツの支援を受けたウクライナ傀儡政権のコサック首長(ゲトマン軍)はドイツに逃亡してしまう。圧倒的な疎外。
戦争の描写は容赦ない。前線で露わになる人間の粗暴、迫りくる砲火や凍傷の恐怖がリアル。トゥルビン家の兄で、武装解除を決断する砲兵大佐アレクセイ(元文学座の大場泰正)の、「いったい誰と闘ってきたのか」という吐露が重く、だからこそ「家に帰れ」の一言が切実だ。
危機にあって、ささやかな日常から離れられない人間存在のおかしみがまた、チェーホフを思わせて効果的。心優しいエレーナ(前田亜季)と兄弟、親戚、親しい軍人らはトゥルビン家の居間に集まり、酒を飲んだり歌ったり。恋模様やコミカルなやりとりもある。戦闘に巻き込まれた律儀な学監(大鷹明良)は、ひとり弔いの蝋燭を置く。

端正な大場、前田を核に、俳優19人が分厚い。若手ではトゥルビン家の末っ子で士官候補生ニコライの村井良大、いとこで学生ラリオンの池岡亮介がみずみずしく、斜に構えた砲兵二等大尉ヴィクトルの石橋徹郎(文学座)、本業はオペラ歌手の槍騎兵隊中尉レオニードを演じた上山竜治が、いい曲者ぶり。
お馴染み乗峯雅寛の美術がダイナミックだ。劇場の深い奥行きを生かし、暗闇からセットが前方に迫ってくるさまは、抗いようのない歴史のうねりを感じさせた。

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文楽「一谷嫩軍記」「壇浦兜軍記」

第229回文楽公演 第二部 2024年12月

12月の文楽は久々に東陽町から徒歩数分、街に溶け込む感じの江東区文化センターホール。第二部はなぜか重厚な時代物2階建てで、とりわけ人形、床とも充実の阿古屋を堪能する。前の方中央で9000円。休憩を挟んで3時間半たっぷり。

眼目の「壇浦兜軍記」阿古屋琴責めの段は、タイトロール竹本錣太夫らの掛け合いを竹澤宗助、鶴澤清志郎が支え、三曲は鶴澤寛太郎が胡弓まで自信たっぷりに。初めて聴いたのは2012年、一段と頼もしい。
そして人形は、極め付け桐竹勘十郎の遊君阿古屋が、八の字の出から艶やかで大拍手。特別な役だけに左の簑紫郎、足の勘昇も出遣いで、特に足遣いがのけぞるような姿勢で主遣いの動きをとらえる苦労がよくわかる。それを受ける情理兼ね備えた重忠の吉田玉助は、じっと座っている難しい役。演奏に耳をこらすさまなど微妙な変化があって、さすがだ。責められる阿古屋よりこっちが辛いと。コミカルな岩永の吉田玉勢も安定して大満足。

それに先立つ「一谷嫩軍記」は熊谷桜の段から。熊谷陣屋の段で豊竹呂勢太夫、鶴澤清治がスケール大きく盛り上げた一方、切の豊竹若太夫はスピード感十分なものの、ちょっと迫力不足。鶴澤清介の三味線が浮いちゃったかな。相模の吉田和生、藤の局の桐竹勘壽を相手に、直実の吉田玉志が健闘し、石屋弥陀六の吉田玉也、義経の吉田勘彌も堅実。

公演の後半は横浜で、一座の皆さんの苦労は続く。ロビーには吉田簑助さんの訃報も。悲しいけれど同時代だった幸せを噛みしめ、次の世代を応援するぞ!

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