三人吉三廓初買
東京芸術劇場Presents 木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」 2024年9月
河竹黙阿弥の人気演目を木ノ下裕一監修・補綴、杉原邦生演出で9年ぶりに再々演。あえてだだっ広くした舞台を、若いアウトローたちが力の限り疾走、命がけの虚無感が鮮烈だ。
原作全編をよく研究していると思われ、初演時の幕末の動乱や安政地震、コレラパンデミックの理不尽が背景にあると聞けば、2018年「勧進帳」の驚きとはまた違った、現代に通じる魅力が伝わってくる。よく入った東京芸術劇場プレイハウス、なんと最前列の下手寄りで9500円。休憩2回を挟み3幕27場、たっぷり5時間半!
三人吉三といえば、繰り返し上演される大川端庚申塚の場の様式美。私は2010年に大顔合わせ(先代團十郎、吉右衛門、菊五郎)で観たこともある。でも本来この三人は、20歳そこそこの未熟者なのだ。
脇役たちを加えた群像劇でもあるんですね。2019年歌舞伎座の通し狂言(松緑、愛之助、松也)、 2014年串田和美版(勘九郎、松也、七之助)のNEWシネマ歌舞伎で、手代十三郎&夜鷹おとせの悲劇は観たけれど、あくまでダイジェスト版「三人吉三巴白浪(ともえのしらなみ)」。今回はそれに先立つこと30年、安政7年(1860年)のオリジナル版「三人吉三廓初買(くるわのはつがい)」に基づいて、道具屋文里&花魁一重の廓の恋や、謎のチャリ場・地獄正月斎日の場までもれなく上演する。長くなるわけです。
主筋は、かつて悪党の土左衛門伝吉(川平慈英)が安森家から盗んだ脇差・庚申丸を手に入れようと、釜屋武兵衛(黒眼鏡が怪しい田中佑弥)が用意した百両が、手から手へ変転していく物語。百両というカネに、伝吉の息子・和尚吉三(革ジャンでいきがる田中俊介)、安森家の御曹司・お坊吉三(キャップが可愛い須賀健太)、旅芸人の女形・お嬢吉三(坂口涼太郎)、さらには伝吉の娘おとせ(深沢萌華)や十三郎(小日向星一)らが翻弄される。
あげくお坊は伝吉を、和尚はおとせらを手にかけちゃって、とにかく因果な運命。けれど八百屋お七をなぞった大詰、雪が降りしきる本郷火の見櫓の場は、一気に破滅になだれ込んでいっそ爽快だ。
そんな吉三たちが愚かにも格好いいのに比べると、初めて観る脇筋の廓グループは地味め。文里(ネクタイ姿の眞島秀和)はお坊の妹・一重(藤野涼子)に入れあげて惨めに没落。でも妙に誠実で、女房おしづ(緒川たまき)は迷いなく支え続ける。健気さは袖萩ばり。だから伝吉やお坊が文里に百両を届けて助けようと、無茶をする主筋につながるというわけ。
筋に関係ない二幕冒頭の地獄の場も不思議。息抜きなんだろうけど、唐突にド派手な閻魔大王や地蔵がバトルし、紫式部まで登場する。紫式部は嘘八百で読者を夢中にさせ地獄に墜ちたと言われ、「源氏供養」の習慣があって能作品にもなっているとか。知らなかった! 人気戯作者の黙阿弥にとっても他人事でなかったのかな。
若い俳優陣が朗々と七五調の渡り台詞をこなし、長い階段を一気に駆け下りたり運動量も多くて、大奮闘だ。特に須賀は、リズム感と高い身体能力で突出。席のすぐ横の通路から、舞台に跳ね上がっちゃうし、童顔がやんちゃで愛嬌もある。兄貴分である和尚・田中はギリギリ感に切なさが溢れ、お嬢・坂口の倒錯した曲者ぶりも秀逸。
個人的に発見だったのは一重の藤野。可愛いだけでなく、強い口調に武家の娘の意地を感じさせて、存在感がある。大河ドラマで渋沢栄一の妹役だったんですねえ。伝吉の川平も意外に貫禄。ほかに端正な廓の主人に武谷公雄、花魁仲間に顔立ちが派手な高山のえみ、おしづ弟に大柄の山口航太ら。
可動式鉄筋でシンプルかつスタイリッシュな美術は金井勇一郎、音楽は☆Taku Takahashi、現代と古典ないまぜのお洒落な衣装はAntos Rafalと、2022年「パンドラの鐘」のスタッフが集結。立師は中村橋吾さん! ラップや「蛍の光」はイマイチだったかな。堪能しました〜
グッズでは特製おみくじ付のTSUMIKIの大判焼きを販売。幕間や終演後はロビーに木ノ下裕一さん、杉原邦生さんの姿も。