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狐花

八月納涼歌舞伎 第三部 2024年8月

真夏の一夜を怖い歌舞伎で、としゃれ込んで話題の新作「狐花(きつねばな)葉不見冥府路行(はもみずにあのゆおのみちゆき)」。京極夏彦初の書き下ろし脚本、今井豊茂演出・補綴。凄惨な事件の連鎖、怪異を生むのは観る者の心理で、怖いのは生きている人間のほう、という主題はわかる一方、全体に説明が多くて、まったりとした運び。舞台一面、毒々しい曼珠沙華は印象的だけど、ケレンなど歌舞伎らしさはなし。ここは演劇的な感興が欲しい。こうしてみると南北、黙阿弥の凄さがわかるような。歌舞伎座中ほどの花道手前で1万6000円。休憩を挟んで3時間強。

時代は江戸末期、百鬼夜行シリーズの憑き物落とし(陰陽師)中禅寺秋彦の曾祖父、中禪寺洲齋(じゅうさい、松本幸四郎)が探偵役だ。一幕目は発端で、25年前の神職・信田家への押し込み・放火と美人の奥方・美冬(市川笑三郎)の拉致シーン。そして曼珠沙華が闇に浮かぶ荼枳尼天(だきにてん、貴狐天皇)の荒れ社前で、清明紋の洲齋と狐面の男(中村七之助)が問答をかわす。んー、抽象的。
そして公共事業で財をなした、いかにも悪者の作事奉行・上月監物(中村勘九郎)の屋敷。曼珠沙華柄の小袖の男の出現に、家臣・的場佐平次(市川染五郎)と辰巳屋(片岡亀蔵)、近江屋(市川猿弥)が、かつての悪事の露見を恐れている。並行して、奥女中・お葉(七之助が2役)と近江屋の娘(坂東新悟)、辰巳屋の娘(扇雀の息子、中村虎之介)は、結託して殺したはずの浮気男・萩之介の亡霊におびえている。すると案の定、辰巳屋と近江屋に萩之介が現れ、錯乱した娘たちがそれぞれ父を殺めちゃう。いやはや。

お弁当休憩を挟んで、二幕目はさらに悲惨です。冒頭と同じ社前で、中禪寺がなんとか狐面の男を止めようとするシーンがあり、上月家へ。的場の依頼で一連の事件を探っていた中禪寺は、萩之介がお葉に化けて娘たちを操り、何らかの復讐をした、次の狙いは上月家だと指摘。監物は慌てず、警護のため娘・雪乃(米吉)を屋敷内の牢に入れる。
そこへ萩乃介登場。この牢は25年前、監物が辰巳屋らと美冬を閉じ込めた因縁の場所、自分は失意の美冬が産んだ雪乃の双子の兄で、放下師や陰間茶屋に売られてきて…と語り、共に監物への復讐を決意。とんでもないと的場が2人を討ったところへ、監物が到着して、いきなり不忠者!と的場を斬り捨てちゃう。あれれ。駆けつけた中禪寺は瀕死の萩之介に、実は兄だと明かして悲しみに暮れる…
後日、監物を訪ねた中禪寺は25年前の押し込みについて、美冬だけでなく信田家の隠し財産を手に入れて成り上がった、しかし生き残ったあなたはなんと孤独なことか、と告げて…

ロングヘアの幸四郎はちょっと斜に構えた感じが、すべてを心得ている憑き物落としらしく、最近めっきり線が太くなった染五郎も安定。年増っぽい新悟と、趣里を思わせる風貌の虎之介のびっくりの身勝手さ、対照的に辰巳屋番頭・中村橋之助の切なさがいい。勘九郎は悪の権化に徹していたけど、スケール感はもうひとつか。
私は観ていないんだけど、納涼でよくかかったコメディ弥次喜多シリーズは杉原邦生、戸部和久、猿之助と脚本・演出が充実してたんですねえ。舞台って難しい。幸四郎さんは名だたる芝居好きで、よくわかっているはず。足を運びやすい遅い時間の上演、空席があったのは天候のせいでしょう。ガンバレ。

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