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帰れない男

M&Oplaysプロデュース 帰れない男~慰留と斡旋の攻防~  2024年4月

倉持裕作・演出の昭和初期の陰影と企みに満ちた舞台。決して本音を言わない人たち、見えているようで見えていないヒリヒリ感を、巧妙なセットと雰囲気抜群の俳優陣で味わう。凝っているけど難解ではない。倉持さん、芸風広いなあ。本多劇場中央の特等席で8000円はお得。2時間強。

和風の屋敷のワンセット。作家の野坂(林遣人)は、馬車の事故から助けた瑞枝(藤間爽子)の自宅に招かれ、何故かそのまま居続けちゃう。主人の実業家・山室(山崎一)も野坂のファンだといい、徐々に惹かれ合う様子の野坂と若い妻・瑞枝を咎めるでもなく…

屋敷が広く複雑過ぎて、帰り方がわからない、という不思議な感覚が、まず面白い。そこで繰り広げられる、濃密で謎めいた人間関係。
セットが奥に向かって4層になっていて、手前が廊下(上手に階段)、その先に野坂がいる客間、さらにその先に中庭、一番奥の障子に夜ごと、宴席の人影が映る。観客はすべて見通せるけど、間に壁や障子があって登場人物には見えていない、という設定がわかってくると、いちいち裏がありげな会話と重なってクラクラする(美術は中根聡子)。

こじれ感なら当代随一の林と、暗いながら軽妙さを失わない山崎が秀逸。野坂は妻に裏切られ、山室は先妻の急死に傷ついていて、どこか仮の世界に生きている。そんな二人の間を漂う藤間の透明感がまた素晴らしく、魔性の女というより、カフェーの女の未熟さと凜とした着物姿が際立つ。さすが初世藤間紫の孫。
笑いもふんだんで、特に時々訪ねてきてずけずけ言う野坂の友人・西城の柄本時生が、絶妙のアクセント。帰ったと思ったらまだウロウロしていたり、あるはずの壁を踏み越えちゃったり。岩松作品でもお馴染み、小太りの新名基浩と、佐藤直子(円)の使用人コンビが、意図しているのかいないのか、トンチンカンを飄々と。巧いなあ。
季節の移ろいとともに降りしきる雨、激しい風、そして雪が美しい。ラストはちょっとベタだったけど。客席には光石研さんの姿も。

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山崎拓郎「ハンガリー幻想曲」など

PLANTA Salon concert vol.5    2024年4月

友人の事務所兼ご自宅でのミニコンサートで、山崎拓郎さんのクラシックギターを聴く。初夏の風と、すぐ目の前で鳴るふくよかな音色が心地よい。ロンドン・トリニティー音楽院などで学んだかたで、ギターは珍しい松と杉の3枚はぎ。美味しいサンドイッチと飲み物付きの休憩を挟んで、1時間半。3000円。
前半はお馴染みの映画音楽で、独自のアレンジもしていて親しみやすい。難解な印象がある武満徹が年300本も観る映画ファンだったとは。「他人の顔」は安部公房原作、勅使河原宏監督で武満徹もちらっと出演したとか。「波の盆」は沖縄が舞台の倉本聰脚本、実相寺昭雄監督のドラマで、南国らしい音色。
後半は19世紀前半「ギターのベートーベン」ソル、同時代でロッシーニ風のジュリアーニから。室内楽の印象。20世紀の「暁の鐘」はトレモロが美しく、いかにもギターという感じ。ブローウェルはジュリアードで学んだキューバの作曲家だそうです。最後は19世紀に戻って、プレスブルク(現ブラチスラヴァ)生まれ、ロマン主義のメルツ。華やか。以下セットリストです。

デボラのテーマ(E.マリコーネ)~「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」
禁じられた遊び(A.ルビラ)~「禁じられた遊び」
ひまわり(H.マンシーニ)~「ひまわり」
カヴァティーナ(S.マイヤーズ)~「ディア・ハンター」
虹の彼方に(H.アーレン)~「オズの魔法使い」
ワルツ(武満徹)~「他人の顔」
波の盆(武満徹)~「波の盆」
アンダンテ・ラルゴop5-5(F.ソル)
スペインのフォリアによる変奏曲(M.ジュリアーニ)
暁の鐘(E.S.デ.ラ.マーサ)
11月のある日(L.ブローウェル)
ハンガリー幻想曲(J.K.メルツ)

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夢の泪

こまつ座第149回公演「夢の泪」  2024年4月

井上ひさし「東京裁判三部作」の2003年初演作を、定番の栗山民也演出で。庶民の戦争責任を鋭く問う「重喜劇」が、今だからこそ強いメッセージを放つ。紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAの、前のほう下手寄りで8800円。休憩を挟んで3時間。

敗戦翌年の春、新橋の弁護士事務所。セット後方の紗幕に空いた焼け焦げの穴が、焦土と化した東京を象徴する(美術は長田佳代子)。菊治(ラサール石井)は浮気癖があり、優秀な妻の秋子(秋山菜津子)に見放されかかってオロオロしている。そんな折、秋子がなんと東京裁判で、松岡洋右の弁護人補佐に指名される。いったいどこで日本は道を誤ったのか、自らの手で明らかにしなければならない。強い使命感で臨む苦労と、その挫折が、救いようのない曖昧さを突きつける。
一方、歌の所有権争いを持ち込む占領軍将校クラブの歌手、ナンシー(ヨーロッパ企画の藤谷理子)とチェリー(板垣桃子)は実は被爆者。娘・永子(「ガラパコスパコス」などの瀬戸さおり)が思いを寄せる若い組長代理・片岡(前田旺志郎)は朝鮮人、米軍法務大尉のビル小笠原(「レオポルトシュタット」などの土屋佑壱)は日系人と、それぞれにいわば見捨てられた存在であり、しかもその問題は今も解決していない。終盤、ナンシーらの「桜の歌」の真実がわかったとき、一庶民の無念と望郷が観る者の心を震わす。

テーマは重いんだけど、歌と笑いもふんだん。石井が金勘定に忙しい俗物・菊治の造形をくっきりと描き、対する秋山はいつもながら凜と。歌の巧い瀬戸、前田のコンビに透明感があり、藤谷らはがちゃがちゃと賑やかで、いいリズムだ。事務所を手伝うベテラン竹上の久保酎吉と、夜学生・田中の粕谷吉洋が安定感を発揮、土屋の米国人っぽさが巧かった。ピアノはお馴染み朴勝哲。

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カラカラ天気と五人の紳士

シス・カンパニー公演 カラカラ天気と五人の紳士  2024年4月

別役実の1992年初演作を、30歳の加藤拓也が演出。加藤演出の不条理劇と言えば、2021年の安部公房「友達」がものすごく怖かったけど、今回はほがらかな印象だ。豪華俳優陣がシュールな設定、何も成し遂げない虚しさをテンポ良く演じる。よく入ったシアタートラム、後ろの方で1万円。休憩無しの1時間強。

ビジネスマン風の男たち5人が、棺桶を担いでやってくる。仕切り屋の紳士3(小手伸也)が懸賞のハズレ(不正解)1等賞でもらったものだ。これを使うには誰かが死なないと、と気弱な紳士4(野間口徹)に白羽の矢を立て、調子を合わす紳士1(藤井隆)、2(溝端淳平)、5(堤真一)と、よってたかって柱に登らせたり、感電させようとしたり。そこへ女1(高田聖子)、2(新感線の中谷さとみ)が登場、大荷物を広げて整理し始める。どうやら懸賞のアタリ(正解)1等賞で、青酸カリを手に入れたと…

セットはなぜかリアルな地下鉄の駅(松井るみ)。しかし一向に車両はやってこず、アナウンスもない。ベンチに浮浪者の女(徳高真奈美)が座り込んで、ときどき不穏な音でヴィオラを鳴らすだけ。
ずっと死を巡る会話でざらざらするものの、噛み合わなさが軽妙なので、笑いの多い時間が続く。終盤になって「カラカラ天気続きで喉が渇いていて」といったセリフがあって、急に、戦争か核汚染から逃げているシェルターなのか、と思え、背筋がゾクッとした。そう考えると、女性二人が決然と駅を出て、破滅へ突き進んじゃうのに対し、男たちの右往左往するばかりで外界と向き合わず、こともあろうに女性が遺していった荷物を物色したりするさまが、何とも寒々しい余韻を残す。
俳優陣は人物の背景も互いの関係性も白紙のまま、ポンポンと会話を進めて巧い。特に堤の煮えきらなさに説得力がある。

プログラムに、べつやくれいが寄せた文章で、父・別役実が新聞掲載のエッセイに「娘が二人いる」と嘘を書いていたエピソードが。いや~、不条理劇の巨星恐るべし。

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「於染久松色読売」「神田祭」「四季」

四月大歌舞伎 夜の部 2024年4月

花道外側のいい席で、当代随一、半世紀をへても衰えないニザタマの熟練の色気を堪能する。よく入った歌舞伎座、絶好の花道すぐ外の席で1万8000円。休憩を挟んで3時間。

演目2本は21年2月に観た組み合わせの再演で、まず「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」から「土手のお六・鬼門の喜兵衛」。南北ならではの陰惨な設定、悪党の所業だけど、華のある愛嬌に衰えはなく、素晴らしい。
導入の柳島妙見の場の舞台は北斎も信仰したという深川の法性寺、通称妙見堂。手代がフグを食べに行くチャリ場だ。舞台が回って暗~い小梅莨屋の段で、ご両人登場。伝法な玉三郎の「悪婆」お六、仁左衛門の喜兵衛にけだるい凄みがある。髪結の亀吉は成駒屋次男の中村福之助が手堅く。
続く瓦町油屋の場は浅草の質屋の店先。2人は行き倒れをネタに主人の太郎七(坂東家の長男、彦三郎)を脅すけど、居合わせた山家屋清兵衛(端正な錦之助)にやり込められちゃう。籠をかついで花道をすごすご引き上げる幕切れの、照れ隠しのおかしみで沸かせる。

休憩後の舞踊「神田祭」は一転して華やか。いなせな鳶頭の仁左衛門、艶やかな芸者の玉三郎がいちゃいちゃするだけなんだけど、若々しく粋な風情に客席がぐっと浮き立つ。投げ節から木遣りへ、下手に陣取る清元連中が若返った感じ。筆頭の清美太夫は1980年生まれ、声に張りがあっていい。観ておいてよかった!

短い休憩を挟み、舞踊「四季」で締め。歌人で大正三美人と言われた九條武子のオムニバスだ。ぱあっと明るい「春 紙雛」は豪華に菊之助、愛之助コンビに萬太郎、種之助らが加わり、人形ぶりをまじえて可愛く。「夏 魂まつり」は大文字焼と竹本を背景に、茶屋の亭主の芝翫、舞妓の児太郎、橋之助、歌之助らが京都の夏をみせる。玉三郎の直後だと児太郎はまだまだかなあ。「秋 砧」は照明を落とし、孝太郎が帰らぬ夫への情念をじっくりと。ラストはぱっと派手なアクションになって「冬 木枯」。松緑と坂東亀蔵がコミカルなみみずくに扮し、木の葉が人に変じた廣松、福之助、鷹之資、男寅、莟玉、玉太郎が躍動、彦三郎の長男の亀三郎と音羽屋の眞秀があどけなく。松緑の長男、左近が中央でお人形のようで、目を引いた。

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「松竹梅湯島掛額」「教草吉原雀」

第三十七回四国こんぴら歌舞伎大芝居  2024年4月

昨年の内子座に続く遠征で、日本最古の芝居小屋に足を運ぶ。令和の大改修(耐震補強)、コロナ禍をへた5年ぶりの開催だ。折しも桜が満開で、祝祭感あふれる素晴らしいシチュエーションを満喫。幸四郎、壱太郎ものっていたのでは。2階前のほうで1万6000円。休憩を挟んで2時間強。

ツアーのお土産で地元のお菓子等を受け取り、まず「松竹梅湯島掛額」。2009年に吉右衛門、福助!で観た演目。前半の吉祥院お土砂の場は馬鹿馬鹿しいコメディで、駒込が舞台。源平の時代設定だけど当然、江戸にしか見えない。「天神お七」からグニャグニャへ、お七(壱太郎)を助ける紅屋長兵衛=紅長の幸四郎が柔らかくチャリを演じて、なかなかの安定感だ。お七が片思いする吉三郎に染五郎、その若党の十内に亀鶴と、若々しく。母おたけの雀右衛門、お七を探しに来る釜屋武兵衛の鴈治郎が舞台を締める。上方特有の花道付け根の「空井戸」も活躍。
後半の四ツ木戸火の見櫓の場は一転、竹本となり、壱太郎オンステージで人形振り。客席上が平成の大修復で復活した格子状の「ブドウ棚」になっていて、一面に雪が降り注ぐのが美しい。小屋全体が夢世界だ。

休憩後は華やかに、長唄舞踊「教草吉原雀」。柔らかい半太夫節、哀しげな大津投げ節、流行の小唄を取り入れている。吉原雀は遊郭の事情通のこと。鳥売りの雀右衛門と鴈治郎が放生会の謂れに始まり、「その手で深みへ浜千鳥、通い慣れたる土手八丁」と「鳥尽くし」にのせて客の様子、花魁道中、「そうした黄菊と白菊の、同じ勤めのその中に」と「花尽くし」にのせて間夫との痴話喧嘩などを生き生きと見せる。鳥刺しの幸四郎が加わって賑やかな手踊りの後、ぶっ返りとなり、雀の精と鷹狩りの武士の正体をあらわし、派手に立廻りで幕。楽しかったです!

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