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曾根崎心中

3月文楽入門公演 BUNRAKU 1st session  2024年3月

放浪中の国立劇場が文楽海外公演を目指すプロジェクトの一環、という公演。名作「曾根崎心中」大詰めの天神森の段を、桐竹勘十郎監修のもと、大道具のかわりにアニメーションの背景美術で。手がけたのは「となりのトトロ」や「もののけ姫」の男鹿和雄だ。予想以上に上品で深みがあり、人形も美しく引き立ち、官能の世界に引き込まれた。外国人が目立つ有楽町よみうりホール、中央のみやすい席で4500円。休憩無しの1時間。

このプロジェクトはクラファンで400人超、900万円の成果をあげていて、冒頭、紹介ビデオのエンドロールでドナー一覧が流れる。英語のイヤホンガイドは無料だし、なかなか頑張っています。
前半は入門講座「BUNRAKU 101」で、文楽好きでしられるいとうせいこう、技芸員から頼れる吉田玉助が登場。映像をまじえ、人形を操る仕組みや演目を解説。明るいトークで盛り上げる。
後半はいよいよ上演。橋を渡っていく道行きから、暗い森へ。アニメの人魂はちょっと可愛く、ラスト、暗転して二人にスポットライトがあたる演出はドラマチックだ。演奏陣は藤太夫、靖太夫、清志郎、寛太郎ら。下手側に上下二段でちょっと狭そうかな。人形陣は頭巾姿で、文楽の今後を牽引するに違いない玉助、簑紫郎コンビ。お茶目なカーテンコールはお手の物ですね。

天神森だけの上演だと初見ではわかりにくいとか、照明の角度とか、いろいろ課題はありそう。でも、チャレンジは貴重なこと。思えば2025年は日本が誇る劇聖、近松門左衛門没後300年の節目とのことで、いろんな意味でエポックメイキングになってほしいな。

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リア王

PARCO PRODUCE2024 リア王  2024年3月

昨夏も「桜の園」を観たショーン・ホームズの、予想を裏切らない先鋭的な演出で、今度はシェイクスピア。4大悲劇に数えられ、2019年に英ナショナル・シアターのライブ映像で観て、あまりの救いのなさに唖然とした演目だ。分断と戦争が現実となってしまった今となっては、裏切る側の怨念、それに気づかない側の罪深さが、普遍的で重い。散りばめられたブラックな笑いもまた、暗澹を救えない。
段田安則、浅野和之はじめ豪華キャストが期待通り安定の演技。松岡和子訳。東京芸術劇場プレイハウスの前のほう、上手寄りで1万1000円。休憩を挟んで3時間強。

ポール・ウィルスの美術・衣装は現代風で、前半が白、後半が黒、幕切れがまた白を基調とし、コントラストが鮮やかだ。だだっ広い空間に無味乾燥なコピー機やウオーターサーバー、パイプ椅子が点在し、冷え冷えとした空疎が全体を支配する。前半は後方が紙になっていて、人物がベリッと破って退場したりし、後半でははるか上方の蛍光灯が点滅し、雷鳴など不安を表現。

タイトロールの段田は横暴・尊大、だけど子供っぽくて孤独な、オーナー経営者然とした造形がくっきり。重臣・グロスター伯爵の浅野に期待以上の存在感があって、有能な番頭を思わせ、後半の後悔が余計に切ない。そのグロスターを手ひどく陥れる庶子エドマンド・玉置玲央が、差別を抱えた負の鮮烈さで突出。我慢ならずにリアをたたき出しちゃう娘・江口のりこと田畑智子は、揃いのピンクのワンピースなんか着ちゃって、残酷なのにどこか愛嬌が漂う。
浮浪者トムを装って、なんとか父グロスターを救おうとするエドガーの小池徹平は、持ち前の透明感を発揮して、エドマンドといいバランスだ。リアを支え続けるケント伯爵・高橋克実が男前。脇も充実していて、執事オズワルド・前原滉の気の毒な振り回され振り、太っちょ道化の平田敦子のなけなしの励ましに存在感があった。ほかに上白石萌歌、入野自由、盛隆二。

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ヤマトタケル

スーパー歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内 ヤマトタケル 2024年3月

立師・市川猿四郎さんのワークショップに触発されて、澤瀉屋渾身の舞台へ。戯曲の含蓄、ダイナミックなエンタメ性、そしてあっぱれ市川團子自身のドラマも重なって、有名なラストの宙乗り飛翔シーンにぐっときた。休憩2回を挟み4時間強の大作だけど、たるみは無い。新橋演舞場、前のほう正面のいい席で1万6500円。

1995年の祖父・猿翁と、2012年の伯父・猿之助襲名・團子初舞台の映像を、ざっと予習してからの観劇。映像でも十分面白かったけど、リアルだから伝わってくるものが、さらに大きい。
演目はいわずとしれた記紀の日本武尊伝説をベースに、哲学者・梅原猛が書き下ろして1986年に初演、本公演で上演1000回を迎えた。主役のタケルは第12代景行天皇の皇子というから、実在したとすれば4世紀ごろか。誤って双子の兄を殺して父に疎まれ、過酷な熊襲、さらには蝦夷の平定を命じられる。超人的な戦果をあげるも、切望した大和への帰還を目前にして、滋賀・伊吹山で倒れてしまう。
単なる英雄譚ではない。私たちが生きる現在は古代からの地続きであり、鉄とコメ=先進性に対する反発や、進んでいるがゆえの傲慢が身を滅ぼすというメッセージは、普遍的だ。それでも革新へと突き進まずにはいられない、亡き猿翁の強烈な自負も横溢。ちょうど読んでいる古代史小説にも連想がつながって、深い。

演出は隈取りや附け、早替り、ぶっかえりなど歌舞伎の妙味がたっぷりだ。加えて1幕熊襲の国での、二階建てセットで樽をぶんぶん投げちゃうアクロバットや、2幕焼津の、京劇にヒントを得たという旗を使った火の表現がスペクタクル。宝塚もびっくりのキンキラ衣装にはうっとり。装置は朝倉摂、耳に残る曲は長沢勝俊、浄瑠璃は鶴澤清治だったんですねえ。

キャストはなんといっても、タイトロールの市川團子に引き込まれた。いま二十才、未熟だからこそのエネルギーと、まっすぐに父を求めて報われない切なさが義経を思わせる。ボロボロになっていく最期に至っては、アメリカンニューシネマのよう。相棒タケヒコの中村福之助と手下ヘタルベの歌之助兄弟、そしてヒロイン兄橘姫・弟橘姫の中村米吉も、若さが伸びやかだ。もちろん叔母・倭姫の市川笑三郎、熊襲兄タケルの市川猿弥ら脇は盤石。市川中車の帝は、宿縁を乗り越えて息子を支える経緯を思わずにはいらない、凄い役です。老大臣・市川寿猿はなんと93歳、初演以来38年全公演に出演してきたとか。そして猿四郎さんは蝦夷・相模の国造ヤイレポでした。

團子の猿之助襲名が楽しみになりました~

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ボイラーマン

赤堀雅秋プロデュース「ボイラーマン」 2024年3月

作・演出の赤堀雅秋が新境地。いつものスナックでのウダウダはなく、どこか住宅地の街角を行き交う一夜の人間模様がお洒落だ。登場人物みな欠点だらけなのはお馴染みだけど、幸せになりたい気持ちが切々と胸に迫る。田中哲司はもちろん、最近評判で観たかった安達祐実がいい存在感。芝居好きが集まった感じの本多劇場、2列目の中央いい席で8500円。休憩無しの2時間。

凍てつく冬、古いマンションを挟むY字路と石段のワンセット(舞台装置は池田ともゆき)。ずっと甲州街道に出る道を探している「ボイラー関係」の中年男(田中)が、すれ違う人々に翻弄される。
喪服の女(安達)と落としたイヤリングを探してやり、連れの喪服の男(曲者・水澤紳吾)に疲れた感じを見てとって、煙草を差し出すシーンとか、近頃のボヤ騒ぎにキリキリしている孤独な中年女(村岡希美)を、キャバ嬢の若い女(乃木坂46の樋口日奈)、入れあげている若くもない男(薬丸翔)らと散乱したゴミ袋を拾ってなだめちゃうシーンがクール。
何故か電話ボックスに立てこもる老人(でんでん)を隣人の小柄な女(小柄な井上向日葵)が救いにくるけど、実は女のほうが救われているとか、都会の寄る辺なさもくっきり。淡々とした一夜に、遠くの派手な火事が挟まるのが効果的だ。声が大きくてやる気のない警官に赤堀。

俳優陣はみな安定の演技。なかでも村岡の、嫌な感じと愛嬌のバランスが絶妙だ。好きだなあ。樋口の自然な伸びやかさは発見かも。
180ページのパンフに戯曲を収録していて大サービスです。

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骨と軽蔑

KERACROSS5 骨と軽蔑  2024年3月

作・演出ケラリーノ・サンドラヴィッチの新作を、宮沢りえ、鈴木杏、小池栄子と主役級がずらりの豪華キャストで。心にのしかかる内戦の爆撃音を背景に、チェーホフ風の、あくまで小さな個人同士の口げんかを描く。コミカルなファンタジーでいて、会話劇の底に絶えない対立の本質、壊れゆく世界を思わせ、周到だ。なんとかゲットした満席のシアタークリエ、中段で1万2500円。休憩を挟んでたっぷり3時間。

舞台はどこか外国、東西に分かれた内戦のさなか。男はみな戦闘に駆り出されている状況だけど、軍需で潤う屋敷はどこか他人事で、作家で夫の失踪に心を傷める姉マーゴ(宮沢りえ)、年の割に子供っぽい妹ドミー(鈴木杏)、アル中の母グルカ(峯村リエ)、ひょうひょうとした古参家政婦ネネ(犬山イヌコ)が暮らす。当主の父は寝たきりで登場せず、世話するのはもっぱら我が物顔の秘書兼愛人ソフィー(水川あさみ)だ。

実はずっと夫からマーゴに手紙が届いているんだけど、思いを寄せていたドミーが隠してしまい、マーゴは気づかないまま。「好きになったのは私が先だったのに」というドミーの心のよじれが切ない。そして雨の夜、熱烈なファンのナッツ・ブラウニー(小池栄子)が訪ねてきて、寂しいマーゴと心を通わせるものの、敏腕編集者ミロンガ(堀内敬子)が登場して打ち合わせを始めると、ナッツは疎外感を抱く…
父の死、家業の行き詰まり、マーゴの受賞、二転三転する手紙の真実。女たちの関係はじわじわ歪んでいく。悲劇を暗示する幕切れが鮮やか。

可愛い衣装をまとった手練れの女優7人が、それぞれの欠落と相互依存を演じて見事。小池は奇妙な訛りと勢いで存分に笑わせつつ、いいようのない孤独を表現して存在感を発揮。宮沢の持ち前の凜とした感じと、鈴木のいじらしさが冴え、その落差が効果的だ。狂言回しの犬山、自棄っぱち峯村、きびきびした堀内も期待通り。このキャストと渡り合った水川が、終盤の変わり身の早さをあっけらかんと見せて、なかなかよかった。

洋風建築のワンセット(美術は秋山光洋)と映像(上田大樹)が、いつもながらお洒落。庭と室内が混在しちゃうギャグや回転する納屋、イライラさせる虫など、舞台ならではの不条理感がケラワールドで、たまりません。

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脇園彩リサイタル

脇園彩メゾソプラノ・リサイタル 2024年3月

昨秋の「ノルマ」が見事だった脇園彩の、メゾらしいオールロッシーニのリサイタルへ。しかも代表作「セビリアの理髪師」など喜劇ではなく正歌劇(悲劇)を選び、ロールデビューの準備など、明確な意図を感じさせる知的なプログラムだ。リズミカルな歌曲は、名声と恋に彩られた作曲家の人生を掘り下げている感じかな。
後半ちょっと疲れた箇所もあったけど、まっすぐ響く芯の強い声と驚異的なアジリタ、長身で姉御っぽい魅力を堪能。まさに充実期に巡り会う幸運を思う。ピアノはコレペティトールとして著名劇場に関わり、著名歌手からの信頼も厚いというミケーレ・デリーア。紀尾井ホールの前のほう、中央の良い席で6000円。休憩を挟んで二時間。

幕開きはナポリ時代のオペラ「湖上の美人」から聡明なヒロイン、エレナ登場のアリア。2015年METで極め付けディドナートを聴いた夢心地が蘇る。ロッシーニが恋人イザベラ・コルブランを前提に書いたとか。脇園さん、はまり役です。
同時期の歌曲を挟み、オペラ「イングランドの女王エリザベッタ」冒頭の女王のアリアで技巧が炸裂。10月にパレルモのマッシモ劇場でロールデューするそうで、練り込み中ですね。ちなみにこのオペラの序曲は「セビリアの理髪師」序曲に転用されているとか。ロッシーニがオペラ引退後のパリ時代、私的サロンのために書いた「音楽の夜会」の楽しい歌曲のあと、前半ラスト「湖上の美人」のフィナーレは、2オクターブを超える音域とジェットコースターのような超絶技巧を堂々と。聴衆いやがおうにも盛り上がる。

休憩を挟んで後半は、珍しい歌劇「ビアンカとフェリエーロ」からズボン役の将軍ファッリエーロの凱旋のアリア。こちらは夏に、生地ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでロールデビューを予定しているとのことで、またまた技巧満載。そして息つく暇なく「オテッロ」のデズデモーナの長大なアリアを、叙情たっぷりに。オペラ歌手だなあ。
いったんピアノソロとなり、ロッシーニが晩年、パリの自宅サロンなどで披露した小品集から。よく知られたオペラの旋律がオムニバスになっていて、題名を言いながら弾くスタイルが楽しい。大詰めはナポリ時代に戻って、歌劇「マホメット2世」から敵将への愛と祖国ベネツィア領ネグロポンテに対する義務に引き裂かれるヒロイン、アンナのアリア。オペラ終盤の高ぶる感情を、三連音で切々と。ラストは再び「ビアンカとファッリエーロ」から、クライマックスで死を覚悟したファッリエーロのアリア。めまぐるしい音の動きをドラマチックに聴かせました~
オペラは暗譜、歌曲は譜面台を置くスタイルでした。

これだけでも十分だけど、そこは脇園さん、アンコールもたっぷり。お待ちかね喜劇から定番「セビリアの理髪師」からロジーナのアリア、そして同時期の「イタリアのトルコ人」からヒロイン、ヒィオリッラ(ソプラノ!)のアリア。そして20世紀初頭の米国で、オペレッタやミュージカルでも活躍したハーバートを1曲。サービス精神あふれるエンタテナーぶりに感服しました。

ロッシーニは誕生日が1792年の2月29日。プログラムには「昨日は58回目の誕生日だった」と洒落た紹介も。ロビーでは同僚やエンタメ仲間と会いしました。
以下セットリストです。

・歌劇『湖上の美人』より「おお暁の光よ」
  ”O mattutini albori” from La donna del lago
・「ひどい女」 Beltà crudele
・「吟遊詩人」 Il Trovatore
・歌劇『イングランドの女王エリザベッタ』より「私の心にどれほど喜ばしいことか」
  ”Quant'è grato all'alma mia” from Elisabetta Regina d'Inghilterra
・「約束」 La promessa
・「誘い」 L'invito
・歌劇『湖上の美人』より「胸の想いは満ち溢れ」
  ”Tanti affetti in tal momento” from La donna del lago
・歌劇『ビアンカとファッリエーロ』より「アドリアのために剣を取るなら」
  ”Se per l'Adria il ferro strinsi” from Bianca e Falliero
・歌劇『オテッロ』より「柳の歌〜祈り」
  ”Canzone del salice〜Preghiera” from Otello
・『老いの過ち』第9巻より 「我が最期の旅のための行進曲と思い出」 (ピアノソロ)
  “Marche et Réminiscences pour mon dernier voyage” from Péchés de vieillesse
・歌劇『マホメット2世』より「神よこの危機のさなかに」
  “Giusto ciel in tal periglio” from Maometto II
・歌劇『ビアンカとファッリエーロ』より「お前は知らぬ、どんなにひどい打撃を」
  “Tu non sai qual colpo atroce” from Bianca e Falliero
【Encore】
・歌劇『セビリアの理髪師』より「今の歌声は」
  “Una voce poco fa” from Il Barbiere di Siviglia
・歌劇『イタリアのトルコ人』より「これより馬鹿げたことはないわ」
  “Non si dà follia maggiore” from Il Turco in Italia
・V.ハーバート:Art is calling for me

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