脇園彩メゾソプラノ・リサイタル 2024年3月
昨秋の「ノルマ」が見事だった脇園彩の、メゾらしいオールロッシーニのリサイタルへ。しかも代表作「セビリアの理髪師」など喜劇ではなく正歌劇(悲劇)を選び、ロールデビューの準備など、明確な意図を感じさせる知的なプログラムだ。リズミカルな歌曲は、名声と恋に彩られた作曲家の人生を掘り下げている感じかな。
後半ちょっと疲れた箇所もあったけど、まっすぐ響く芯の強い声と驚異的なアジリタ、長身で姉御っぽい魅力を堪能。まさに充実期に巡り会う幸運を思う。ピアノはコレペティトールとして著名劇場に関わり、著名歌手からの信頼も厚いというミケーレ・デリーア。紀尾井ホールの前のほう、中央の良い席で6000円。休憩を挟んで二時間。
幕開きはナポリ時代のオペラ「湖上の美人」から聡明なヒロイン、エレナ登場のアリア。2015年METで極め付けディドナートを聴いた夢心地が蘇る。ロッシーニが恋人イザベラ・コルブランを前提に書いたとか。脇園さん、はまり役です。
同時期の歌曲を挟み、オペラ「イングランドの女王エリザベッタ」冒頭の女王のアリアで技巧が炸裂。10月にパレルモのマッシモ劇場でロールデューするそうで、練り込み中ですね。ちなみにこのオペラの序曲は「セビリアの理髪師」序曲に転用されているとか。ロッシーニがオペラ引退後のパリ時代、私的サロンのために書いた「音楽の夜会」の楽しい歌曲のあと、前半ラスト「湖上の美人」のフィナーレは、2オクターブを超える音域とジェットコースターのような超絶技巧を堂々と。聴衆いやがおうにも盛り上がる。
休憩を挟んで後半は、珍しい歌劇「ビアンカとフェリエーロ」からズボン役の将軍ファッリエーロの凱旋のアリア。こちらは夏に、生地ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでロールデビューを予定しているとのことで、またまた技巧満載。そして息つく暇なく「オテッロ」のデズデモーナの長大なアリアを、叙情たっぷりに。オペラ歌手だなあ。
いったんピアノソロとなり、ロッシーニが晩年、パリの自宅サロンなどで披露した小品集から。よく知られたオペラの旋律がオムニバスになっていて、題名を言いながら弾くスタイルが楽しい。大詰めはナポリ時代に戻って、歌劇「マホメット2世」から敵将への愛と祖国ベネツィア領ネグロポンテに対する義務に引き裂かれるヒロイン、アンナのアリア。オペラ終盤の高ぶる感情を、三連音で切々と。ラストは再び「ビアンカとファッリエーロ」から、クライマックスで死を覚悟したファッリエーロのアリア。めまぐるしい音の動きをドラマチックに聴かせました~
オペラは暗譜、歌曲は譜面台を置くスタイルでした。
これだけでも十分だけど、そこは脇園さん、アンコールもたっぷり。お待ちかね喜劇から定番「セビリアの理髪師」からロジーナのアリア、そして同時期の「イタリアのトルコ人」からヒロイン、ヒィオリッラ(ソプラノ!)のアリア。そして20世紀初頭の米国で、オペレッタやミュージカルでも活躍したハーバートを1曲。サービス精神あふれるエンタテナーぶりに感服しました。
ロッシーニは誕生日が1792年の2月29日。プログラムには「昨日は58回目の誕生日だった」と洒落た紹介も。ロビーでは同僚やエンタメ仲間と会いしました。
以下セットリストです。
・歌劇『湖上の美人』より「おお暁の光よ」
”O mattutini albori” from La donna del lago
・「ひどい女」 Beltà crudele
・「吟遊詩人」 Il Trovatore
・歌劇『イングランドの女王エリザベッタ』より「私の心にどれほど喜ばしいことか」
”Quant'è grato all'alma mia” from Elisabetta Regina d'Inghilterra
・「約束」 La promessa
・「誘い」 L'invito
・歌劇『湖上の美人』より「胸の想いは満ち溢れ」
”Tanti affetti in tal momento” from La donna del lago
・歌劇『ビアンカとファッリエーロ』より「アドリアのために剣を取るなら」
”Se per l'Adria il ferro strinsi” from Bianca e Falliero
・歌劇『オテッロ』より「柳の歌〜祈り」
”Canzone del salice〜Preghiera” from Otello
・『老いの過ち』第9巻より 「我が最期の旅のための行進曲と思い出」 (ピアノソロ)
“Marche et Réminiscences pour mon dernier voyage” from Péchés de vieillesse
・歌劇『マホメット2世』より「神よこの危機のさなかに」
“Giusto ciel in tal periglio” from Maometto II
・歌劇『ビアンカとファッリエーロ』より「お前は知らぬ、どんなにひどい打撃を」
“Tu non sai qual colpo atroce” from Bianca e Falliero
【Encore】
・歌劇『セビリアの理髪師』より「今の歌声は」
“Una voce poco fa” from Il Barbiere di Siviglia
・歌劇『イタリアのトルコ人』より「これより馬鹿げたことはないわ」
“Non si dà follia maggiore” from Il Turco in Italia
・V.ハーバート:Art is calling for me