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連鎖街のひとびと

こまつ座40周年第148回公演 連鎖街のひとびと  2023年11月

2023年3作目の井上ひさし、2000年初演作を鵜山仁が演出し、22年ぶりの上演だ。敗戦直後の満州が舞台ときいて、身構えていた。状況はもちろん絶望的なんだけど、8月の「闇に咲く花」の冷厳とは違って、喜劇作家のなけなしのパワーがひしひしと。紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA、前の方上手端で8800円。休憩を挟んで3時間。

昭和20年8月末、ソ連軍政下にある旧満州国大連。繁華な「連鎖街」にある今西ホテルの半地下の倉庫で、新劇作家の塩見(髙橋和也)と大衆演劇作家の片倉(千葉哲也)が頭を抱えている。通訳将校歓迎会で30分の演劇の上演を命じられ、しくじればシベリア送り。滑り出しは、真に迫る「書けない苦しみ」、誤魔化しに次ぐ誤魔化しが笑いを誘う。
ヒロインのハルビン・ジェニイ(いかにも宝塚の霧矢大夢)が、元俳優で査閲官の市川(文学座の曲者・石橋徹郎)にからまれ、それを目撃した恋人の作曲家・一彦(ミュージカルの西川大貴)が浮気と誤解しちゃう。演劇どころでなくなるあたりは、随分まったりしているな~と思っていたら、そのドタバタが後半、あれよあれよと劇作のエンジンとなっていく展開が痛快だ。大嘘を成立させるプロの仕事。

だけど井上ひさしだから、それでは終わらない。皆で稽古に熱が入るところへ、発注した当の市議会議員・今西(文学座の鍛冶直人)が上演のキャンセルとともに、日本政府の残酷な通告をもたらす。異国に取り残されてしまった舞台人たちが、たとえ明日は知れなくとも、今日することとは。
理想国家・満州の崩壊、集合体としての国家のあんまりな無責任、頼みの綱を絶たれた普通の人々の呆然。彼らを待ち受ける辛苦を思えばこそ、力一杯の「高田馬場」の自己肯定感に、切なさと愛おしさが溢れる。

「チェーホフは立ち聞きだけ」等々小ネタを散りばめつつ、流儀の違いを超えていく文学青年・髙橋(初演で一彦役だったんですねえ)とやさぐれ千葉がいい呼吸だ。花組芝居の加納幸和が中国人ボーイ長を怪演。朴勝哲がピアノを弾き、西川のバラライカも。大連、いつか行ってみたいなあ。

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ジャイアンツ

阿佐ヶ谷スパイダース「ジャイアンツ」  2023年11月

作・演出長塚圭史の新作は、小劇場、劇団ならではの親密さで、ひとりの父の、息子に対する取り返しのつかない悔恨をしみじみと。このところザラザラする観劇が続いたせいか、脈絡のない幻想と脱力系の笑い、そして少しの希望が染みた~ 初めての本多劇場グループ新宿シアタートップス、後ろの方で6500円。休憩無しの2時間。 

私(中山祐一朗)が久々にばったり、あいつ(長男の岳志、ダブルキャストでこの日は大久保祥太郎)と会うところから物語が始まる。部屋までついて行って嫁(智順)とも会うが、翌日訪れると、そこには別人が住んでいる。「あなた、目玉をなくしましたね?」と話しかけてくる謎の目玉探偵(伊達暁、長塚と緑秘書の李千鶴)。お、2011年「荒野に立つ」以来だな。
あいつは頼りなくて、商売をしたり悪い仲間と付き合ったりし、やがてごみ収集の仕事にたどり着く。私はずっと息子を気にしているのに、なかなか会わず、心は隔たったまま。注文が噛み合わない喫茶店とか、なぜか平服で行ってしまったあいつの葬儀とか、現実なのか、ありえたかもしれないだけなのか、さだかでない記憶の断片。

ケイトウ(超常現象?)なんて、訳の分からない要素もあって、独りよがりになりそうなのに、その筋道立っていない感じに引き込まれる。実は家族への思いって、そうそう筋道立っていないのだから。終盤の、ポケットいっぱいのドングリのちっぽけな幸福感が、胸に残る。

中山祐一朗がそれなりに地位があって、ちょっとモテて、今は年老いてしまった父を、淡々と演じて切ない。東さんの中村まことは全く冴えないんだけど、実の父より父らしい包容力を絶妙に醸す。かき回し役は、近所のタワマンが気になってしかたない隣の大島さんの村岡希美、スプラトゥーン中毒の隣の遠藤さんの富岡晃一郎。テンポ良くナンセンスな笑いを振りまいて、素晴らしい。おばちゃんが下品にならない村岡さん、好きだなあ。

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ねじまき鳥クロニクル

ねじまき鳥クロニクル  2023年11月

村上春樹が地下鉄サリン事件の時期に発表した長編は、壮絶な暴力、人間性の暗部を描いて衝撃だった。そのエポックメイキングな原作を、いままさに暴力のただなかにあるイスラエルのインバル・ピント&アミール・クリガーが演出。なんとも複雑な思いがする舞台です。
2013年に観た「100万回生きたねこ」のピントらしく、コンテンポラリーダンスで描く不思議世界は、スタイリッシュだけどダークで不穏。ソファの背や壁の隙間から、ヒトがわらわらとわいてきて、終始ぞわぞわする。先日の「無駄な抵抗」に続いて、負の感情が圧倒的で、個人的にはちょっとノリきれなかったかな。
2020年にコロナで中止となった公演のキャスト・スタッフが集結。クリガーの脚本をベースに「マームとジプシー」の藤田貴大が脚本・作詞を担い、時にコミカルな音楽は「あまちゃん」の大友良英。東京芸術劇場プレイハウス、前の方下手寄りで1万1800円。休憩を挟んで3時間。

成河が掌に火をつけてみせて、全編を暗示する「痛み」を語って、幕が開く。失業中の岡田トオル(成河と渡辺大知)はいなくなった飼い猫を探して、近所の空き家に迷い込み、不登校の少女・笠原メイ(門脇麦)と出会って「ねじまき鳥さん」と呼ばれる。妻クミコ(お馴染みマームの成田亜佑美)から、傲慢な兄・綿谷ノボル(ミュージカルの大貫勇輔)に猫探しを相談したと聞いて反発しながらも、ノボルに紹介された霊能者・加納マルタ・クレタ(宝塚の音くり寿)に会ってお告げを受けたり、間宮元中尉(吹越満)から旧満州モンゴル国境での陰惨な体験を告白されたりするうち、なぜかクミコが忽然と姿を消してしまう。黒幕はノボルなのか?
トオルは手がかりを求めて、空き家の涸れ井戸(深層心理?)に降り、異世界のホテルにたどり着く。そこで赤坂ナツメグ(銀粉蝶)・シナモン(松岡広大)から満州の動物園での惨状を聞き、妖艶な電話の女(クミコのもう一つの顔?)と会う。次々に奇妙な人物が投げかける謎の言葉が、過去からずっと、この世界に存在する理不尽な暴力、その象徴であるノボルを指し示す。ついにトオルはバッドを握り、ノボルとの対決へ…

ノボルとクミコの心が隔たると、二人の間のテーブルが伸びちゃったり、鏡に映る渡辺を成河が演じたり、印象的な仕掛けが満載だ。なかでも吹越が暗闇で逆さ吊りになったまま、淡々と告白を続ける身体能力に圧倒される。一方、終盤のポストカードのシーンで、金髪が伸びてアラベスク模様になっている麦ちゃんが可愛くて、ちょっとホッとする。このピュアさは貴重だなあ。
トオルを2人で演じ分ける意図はちょっとわかりにくかったけど、なにかにつけ受動的なトオルが渡辺で、闘いを決意するもう一つのトオルが成河なのかな。大詰めで成河が、とるにたらない平凡な日常を守るため、歪んだ世界のねじを巻き続けることを語って、さすがの存在感だ。渡辺は歌も含めて、ずいぶん成長している感じ。あと、いつもながら成田の声が素敵。

ロビーに知人の学者に遭遇。外はすっかり秋空。

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無駄な抵抗

無駄な抵抗   2023年11月

前川知大作・演出の新作は、踏みつけにされた者の苦悩と、立ち上がる決意を力強く描く。池谷のぶえ、松雪泰子の女優対決が素晴らしい。いつもの思考を刺激するSFではなく、個人が抱えるマイナスの感情がストレートに前面に出ていて、正直かなり辛かったけど。前川さん、作風を変えつつあるのかな… 演劇好きが集まった感じの世田谷パブリックシアター、前のほう上手端で8500円。休憩無しの2時間。

お馴染み土岐研一の美術は、古代劇場を思わせる石造り風、半円形の階段。なぜか電車が止まらなくなった駅前の広場という設定が、理不尽な運命を象徴する。
歯科医の芽衣(池谷)は級友だった桜(松雪)のカウンセリングを受け、かつての桜の予言に縛られて生きてきたと告白。徐々に父母や兄(盛隆二)との歪んだ関係、町の実力者で、入院中も探偵・佐久間(安井順平)を雇ってまで芽依を監視する伯父・吾郎の非道が明らかになり…
2019年「終わりのない」に続いて、今回はギリシャ悲劇「オイディプス王」に着想を得ている。ベタなドロドロ話が、様々な告発が続く現代の物語としてむしろ直裁過ぎて、観ていて息苦しかった。

傷を隠して地味に生きてきたけど、芯の強い池谷と、華やかでずけずけ踏み込みながら、凜として優しさもある松雪。二人の対照的なキャラ、緊迫したやりとりは素晴らしい。文句なしに巧いです。また、佐久間と組んで真相に近づいていく吾郎の孫を演じる穂志もえかが、細身で溌剌としていて、いい。初舞台で、海外ドラマにも出演しているとか。楽しみな女優さんが、また一人。
芽依をお得意とする運命のホスト渡邊圭祐(今年の「アンナ・カレーニナ」の恋人役ですね)、同じ施設出身の清水葉月(2022年「しびれ雲」もよかった)が、切なさと希望を表現して印象的。若い二人を見守る警備員の森下創、止らない電車に怒るカフェ店長の大窪人衛という劇団勢が、盤石な演技で状況を膨らます。そしてなんといっても、広場をウロウロするだけで「何もしない」大道芸人・浜田信也がさすがの存在感。

ホワイエには前川さんと、「終わりのない」の山田裕貴らしき姿も。

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ノルマ

ボローニャ歌劇場「ノルマ」  2023年11月

実に2011年以来で聴く、ボローニャ歌劇場の来日公演で、気になっていたびわ湖ホール行きが実現。ホワイエから一望できる琵琶湖が素晴らしく、開幕前から気分が盛り上がる。作品はリアルでは初めての、ベッリーニの代表作「ノルマ」。東京公演の評判通り、ベテラン、フォブリツィオ・マリア・カルミナーティのドラマティックな指揮と、主役3人の高水準の歌唱で大満足。大ホールの通路に面した、やや下手寄りで2万9000円。休憩を挟んで3時間。

古代ガリアを舞台に、ドルイド人たちを指導する巫女ノルマ(イタリアのソプラノ、フランチェスカ・ドット)、支配者ローマの総督ポッリオーネ(メキシコのベテランテノール、ラモン・ヴァルガス)、ノルマに仕えるアダルジーザ(気鋭のメゾ脇園彩)の命がけの三角関係。ドットが許されない愛の苦悩と嫉妬、民族の誇りなど、振り幅が大きく音の高低もあるタイトロールを堂々と。木管が高貴な「清らかな女神」から、大詰め告白シーンの長音まで隙なし。
そして、はからずも恋のライバルとなりつつ、ノルマを慕う脇園が、一歩もひかない歌唱に、長身と日本人離れした演技力で実に頼もしい。NYメトのライブビューイングではディドナートが歌った役だものなあ。特に2幕の、声質の違う女性同士の友情の重唱が、聴き応えたっぷり。そんな二人を振り回しちゃうヴァルガスも、ベルカントらしくて安定。

歌手出身のステファニア・ボンファデッリの演出は、ノルマが戦闘服姿という読み替え版。布による転換など、セットが極めてシンプルなのは、予算制約を感じさせるとはいえ、演劇としては悪くない。ただ冒頭から、祈りの森のはずが枯れ木が並び、ゲリラを思わせる殺戮シーンもあって、ショッキング。連日、ウクライナに加えガザ情勢のニュースに触れているだけに辛すぎて、ちょっとオペラに没入できなかったのは否めない。
思えば、もともと設定がオーストリア支配下の北イタリアに重なり、2幕の合唱「戦いだ、戦いだ」はリソルジメント(統一運動)の時代、実はヴェルディ「行け我が思いよ、黄金の翼に乗って」より愛唱されたとか。うーん。

大好きな加藤浩子さんが企画する鑑賞会で、事前に解説を伺い、また終演後の懇親会には、なんとカルミナーティさん、ヴァルガスさん、脇園さんがサプライズゲストで登場。特に脇園さんはプログラムで「世界でいちばん勉強した自信がある」と語っていた通り、しっかり者で、しかも大変気さくで、魅力的なかたでした~ 世界に誇るメゾ、間違いなし。楽しかったです!

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講談「清水次郎長伝」

春陽党大会  2023年11月

古本まつりの片付け中の神保町で、恒例の「春陽党大会」。神田春陽は一段と啖呵に凄みが増した感じで頼もしい。助演にお馴染みの活辯師、坂本頼光を迎えて充実。神保町らくごカフェで2300円。中入りを挟んで2時間。

まず昨年入門の神田ようかんが、6月にも聴いた「島田虎之助」を爽やかに。剣の達人ら人物を凜と語るようになるのが楽しみ。
続いて春陽さん、日本シリーズのタイガースが気になって仕方ないながらも、浪曲の師匠のことなどを語りつつ、「清水次郎長伝」からお民の度胸。森の石松の短気で人の良い造形がたまりません。お話は金比羅参りで旧知の親分から香典百両を預かった石松が、遠州・都鳥の吉兵衛の一家に立ち寄り、カネを貸してしまう。この吉兵衛がとんでもない奴で…

中入り後は高座にスクリーンをしつらえて頼光さん。今夜は毒は控えめに、戦前のアニメ「空の桃太郎」(桃太郎一行が燃料を補給しつつ、戦闘機で南極へ)、モノクロの「弥次喜多岡崎猫退治」(大山でぶ子嬢と着ぐるみの猫が傑作)を調子よく。トンデモの展開に苦笑しつつ、こんな映画、どこから探してくるのかと感心しちゃう。客席でカンカラ三線の岡大介をお見かけしたな、と思ったら2曲唱って盛り上げてくれました~ 正蔵の内輪に加わり、昨年末から落語協会準会員なんですねえ。
春陽の後半は怒濤の展開。都鳥にだまされ、町はずれの閻魔堂で十人がかりで襲われた石松が、なんとか幼なじみ・小松村の七五郎の家へ転がり込む。都鳥が追ってくると聞いた七五郎は石松をかくまい、女房・お民に逃げるよう言い付けるが、「一緒に斬られたところでお前と心中したと思えば嬉しいものだ」とお民。格好良い! 現れた追っ手に夫婦して「石は来ていない」「疑うんなら家中、探してみな。出てこなければ黙っちゃいない」とすごんで、見事に追い返す。その後、石松はどうしてもひとりで浜松に行くと言って出発し…というところで、タイガース接戦の行方にやきもきしつつ、和やかにお開きになりました。

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