« JNO東大寺奉納公演 | トップページ | 落語「小言幸兵衛」「加賀の千代」「品川心中」 »

My Boy Jack

My Boy Jack   2023年10月

国民的作家として戦意発揚に邁進し、愛する息子を失ったラドヤード・キプリング。思いを吐露した詩「My Boy Jack」をテーマにした、デイヴィッド・へイグの1997年初演作を、上村聡史が抑制をきかせて演出。単純に割り切れない「大義」の構図、引き裂かれる個人の存在が、どうしようもなく今と重なってしまって息苦しい。いったいどうすればよかったのか、何を支えに生きていくのか。小田島則子訳。紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAの中段下手寄りで9800円。休憩を挟んで3時間。

冒頭のセットは、端正なキプリング家の居間。近づく第一次大戦が色濃く影を落とす。英領インドに生まれ、その体験をベースにした「ジャングルブック」等で誰もが知る父ラドヤード(眞島秀和)は、英国作家初のノーベル文学賞を得た押しもおされもしない名士だ。ドイツの脅威と戦争協力を世間に強く訴え、息子ジョン(前田旺志郎)を極度の近視にもかかわらず、コネを使ってアイルランド近衛連隊に押し込む。ジョンの入隊検査のあたりまでは、鼻眼鏡のエピソードなどでまだ軽妙だ。
そこから舞台は一転、将校ジョンが出征した西部戦線の悲惨へ。どろどろの塹壕戦、毒ガスによる殲滅の恐怖、心身ともに追い詰められていく名もなき末端の兵士たち。2018年に観た森新太郎演出「銀杯」を思い出さずにいられない。

終盤でキプリング邸に戻ると、ラドヤードと妻キャリー(倉科カナ)は完全に関係が破綻しているのに2年間、連隊の記録執筆に名を借りて、ともに行方不明のジャックの消息を尋ね続けている。ついに残酷な事実を突きつける、兵士ボウ(文学座の佐川和正)の証言シーンが圧巻だ。そして指の間からこぼれ落ちていく愛、国家と家族の悲劇。これは明日の私たちなのか… 寒々と空疎なラストで、背景いっぱいに書かれていた詩の、果てない「風と潮」がじわじわと胸に染みる。これは「熊谷陣屋」なのか。(美術は乗峯雅寛)。

いつもながら細身なんだけど、凜と芯の強い倉科に存在感がある。いい女優さんだなあ。戦争の傷ゆえに激しく錯乱する、上村チーム常連の佐川が印象深い。当時イギリス支配下だったアイルランドが、自治獲得を期待して入隊志願を奨励、一方で独立勢力はドイツにも接触していた。訛りで表現するアイルランドの純朴さ、理不尽な戦場で、それでも上官を助けられなかったことを悔いる壮絶な告白。重いです。
ヘイグはこの戯曲を2007年に映像化、ダニエル・ラドクリフがジョンを演じたとか。前田は昨年の「夜の女たち」から一転、父の抑圧から逃れたい葛藤や戦場での誠実さを表現して、はまっていた。終始暗い物語で、姉エルシーを演じて溌剌とした夏子がいいアクセント。

Img_4725

« JNO東大寺奉納公演 | トップページ | 落語「小言幸兵衛」「加賀の千代」「品川心中」 »

演劇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« JNO東大寺奉納公演 | トップページ | 落語「小言幸兵衛」「加賀の千代」「品川心中」 »