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闇に咲く花

こまつ座40周年第147回公演 闇に咲く花   2023年8月

白球と終戦の、そして、きな臭いニュースが続く8月に、井上ひさしの1987年初演作を栗山民也演出で。昭和庶民伝三部作の第二弾。「忘れやすい日本人」を告発する戯曲が、現代と呼応して重い。紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAの前の方で1万円。休憩を挟んで3時間。

1947年の夏。神田・愛敬稲荷神社の神主・牛木公麿(山西惇)は、明るい未亡人五人とお面をつくり、ヤミで食料を手に入れて、たくましく生き延びていた。そこへ戦死したはずの一人息子・健太郎(松下洸平)が帰ってくる。記憶を失って捕虜収容所にいたが、伝説のエース投手と呼ばれた野球がきっかけになって思い出したのだ。かつてバッテリーを組んでいた精神科医・稲垣(浅利陽介)とも再会し、プロの選手として再出発しようとした矢先に、恐ろしいC級戦犯の容疑がかかって、ショックのあまり捨て子だった幼児期に退行してしまう…

健太郎は辛い記憶と向き合い、それはなんとも理不尽な結末へと至る。それでも健太郎の「忘れちゃだめだ。忘れたふりはなおいけない」というストレートな言葉は、体制に順応しようとしていた公磨に、路傍の花として歩むべき道を示す。GHQの諏訪(田中茂弘)や、猿楽町交番の鈴木巡査(尾上寛之)の生き方も変えていく。
戦前のプロ野球選手など、昭和のノスタルジーをかきたて、笑いをまじえつつ、巻き込まれただけの庶民が責任を引き受けることを、強く訴える。大詰め、靖国神社や神田明神の太鼓が不吉に響くなか、謎のギター弾き加藤さん(水村直也)の奏でる音色が観る者に響く。

松下が野球少年らしいまっすぐさ、戦争による傷を描いて、存在感を示す。2021年「母と暮らせば」も良かったけど、ぐんと成長している感じ。もちろん山西、浅利、未亡人たちは盤石。ラストで一発逆転の尾上がコミカルに、いい味を出していた。

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内子座文楽

内子座文楽第24回公演 2023年8月

30年前に観光で訪れて以来、ずっと観劇したかった愛媛県内子町の内子座へ。暑い暑い夏の盛りに二日間だけの公演だ。コロナ休止をへて久々の開催、しかも行ってみたら、改修で向こう4年ほど休館するとのことで、絶妙のタイミングだった。木蝋で栄えた往時の風情を残す重要文化財の芝居小屋(1916年建造、1985年復元だそうです)で、道々にのぼりが立ち、小屋前での葡萄販売など、町をあげての手作りイベント感が楽しい。桟敷風の1F花道席で8000円。午前の部で休憩を挟んで2時間。

開幕前に小屋の前で、勘十郎、玉男、和生と人間国宝揃い踏みの、めでたい鏡割りを見物。地元酒六酒造の「京ひな」を頂き、盛り上がる。竹下景子さんも。中に入るとコンパクトなサイズで、舞台が近い! まずは藤太夫さんがYoutubeの宣伝もまじえて、明るく演目を解説。幕開けは希太夫らで「二人三番叟」。玉翔、簑太郎さんはこれからかな。

休憩の後、この日のメーンは過去23回の上演演目から再演リクエストが多かった演目だそうで、「壺坂観音霊験記」の沢市内より山の段。盲目の三味線弾きとよくできた妻、そしてびっくり観音さま登場のスペクタクル、文楽には珍しいハッピーエンドが気持ちいいからかな。人形は女房お里に勘十郎、座頭沢市に玉助と盤石。床は藤太夫・宗助から呂太夫・清介。
人形を遣うのはさすがに窮屈そうだし、クライマックスの山登りでセットが倒れかかり、慌てて黒衣が支えるハプニングも。それもまた芝居小屋っぽくていい。
パンフはインタビューや床本も収めた立派なもの。お馴染みわかりやすいイラストは、らつ子さん! 近くの綺麗な集会所、内子自治センターでお弁当を頂きました~

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桜の園

PARCO劇場開場50周年記念シリーズ「桜の園」  2023年8月

わずか44歳で病没したチェーホフ最後の戯曲を、2020年「FORTUNE」を観たショーン・ホームズが斬新に演出。現代的道具立てで、崩壊を自覚しているのに「何もしない人々」を苦々しく、鮮明に描き出す。サイモン・スティーブンスの英語版を広田敦郎が翻訳。PARCO劇場前のほう中央のいい席で、1万1000円。

冒頭から後方にフェンス、電のこを抱えた男(柿喰う客の永島敬三)。ここは殺伐とした解体工事現場か。石棺を思わせるコンクリートの直方体が吊り上がると、ポリ袋の下からまるで亡霊のように、帝政末期のロシア、没落貴族の邸宅が現れる(美術はグレイス・スマート)。
サクランボの花咲く5月。女主人ラネーフスカヤ(原田美枝子)がパリから5年ぶりに領地に戻り、兄ガーエフ(松尾貴史)や養女ワーリャ(安藤玉恵)、近くの地主ビーシチク(市川しんぺー)らはスターのように出迎える。家計が破綻しかかっているのに、ラネーフスカヤは気前よく振る舞い続け、農奴から成り上がった商人ロバーヒン(八嶋智人)が先祖代々の桜の園を別荘地にすれば、苦境を乗り切れると説くのにも耳を貸さない。とうとう8月22日に、桜の園は競売にかかってビーシチクの手に渡ってしまう。そして冷え込み始めた秋。一家と使用人たちはそれぞれの新しい境遇へと、屋敷を後にしていく…

この戯曲を枠組みに使った野田秀樹の「兎、波を走る」を観たばかりとあって、チェーホフの普遍性を思わずにいられない。大勢の登場人物は誰もが思うに任せない苛立ちを抱えつつ、右往左往するばかり。
英グローブ座準芸術監督の演出は、コミカルで皮肉っぽい。特に舞踏会のシーン。よりによって運命の競売の日、人々は意味不明の派手なコスプレに身を包み、ビートの強いEDMで踊りまくっちゃう。やや冗長なだけに、虚無感が深い。長台詞でいきなり内ポケットからマイクを取り出したり。一方で郷愁といった要素は薄めで、休憩を挟んで3時間をやや長く感じる。

俳優陣は原田の可愛らしさが突出。惚れっぽくて傷ついていて、わがままだけど楽天的で憎めない。真っ赤なドレスもたおやかな、お嬢さまらしい64歳。対する八嶋がオーバーアクションぎみのヒリつく演技で、舞台を引っ張る。ラネーフスカヤへの憧れ、報われない切なさ。その八嶋に思いを寄せる安藤は、色気皆無のカーキのパンツスタイルで、しっかり者過ぎて損な役回りの悲哀がくっきり。その腰でずっとジャラジャラ音を立てている鍵束が、使用人を取り仕切る気概と、がんじがらめの義務感を思わせる。
唯一前向きに、自立を目指す娘アーニャの川島海荷が可愛く、運の悪い管理人エピホードフの前原滉が、ビニールプールに飛び込んだりして達者に笑いを担う。理想を説く家庭教師トロフィーモフの成河は、今回あまり、しどころがなかったかな。茫洋とした家庭教師シャルロッタの川上友里(劇団はえぎわ)が、水着になったりして意外な飛び道具ぶり。終始クールに人々を観察している、召使いヤーシャの堅山隼太(さいたまネクスト・シアター)がなかなかの存在感を示していた。ドタバタの合間に、過去に生きる松尾と老召使いフィールスの村井國夫のゆったりテンポが、上品でいい呼吸だ。

パンフレットの解説によると、戯曲の舞台はドンバス地方あたり。クリミア戦争敗戦からの社会変動や、コレラ禍が通奏低音になっているそうで、今にも通じる設定を思うと、一段と深い。客席には篠井英介さんの姿も。

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