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あやなすひびき

あやなすひびき~いとしい時~ 2023年7月

ちょっと久々の、中尾幸世さんの朗読の会。変わらず柔らかい声が素敵。今回はクロマティックハーモニカでイギリス在住の小林史真さん、ピアノで渡部優美さんとのコラボレーションだ。教会みたいな雰囲気の、東長崎から徒歩数分の尾上邸音楽堂が満席です。2500円。短い休憩を挟んでたっぷり2時間近く。

まずハーモニカとピアノで、夏らしい「浜辺の歌」、弾む感じが楽しい「肥後手まり歌によるカプリッチョ(狂想曲)」。ここからスペイン系の雰囲気になり、馴染みの薄いヒナステラ作曲「アルゼンチン舞曲」から「年老いた羊飼いの踊り」。不協和音が多くて、リズムが強い。
いったんゆったりと中尾さんの朗読となり、スペインのノーベル賞詩人ホアン・ラモン・ヒメネスがロバとの交流を描いた「プラテーロと私」から「スズメ」。鳥つながりで、渡部さんが愛鳥を悼んで作曲したという「My little bird」。前半ラストはアイルランド出身でハーモニカ曲も多いという、ジェイムズ・ムーディーの「トレド~スペイン幻想曲」。情熱的なスペイン舞曲風のラプソディに始まり、カデンツァを挟んで、スケールの大きいボレロで盛り上がる。ハーモニカってパワフルなんだなあ。

短い休憩のあと、後半はアイルランドのオスカー・ワイルドによる「幸福の王子」の朗読。小林さんの作曲で、場面に合わせて多彩な楽器で、多彩な音を繰り広げるのが面白い。ういういしい音大生の森照覚さん、そしてなんと今井康博さんがパーカッションで参加。小林さん、今井さんは翻訳も手がけたとか。児童文学だけど、自己犠牲の王子より、旅立たないスズメの思いが切ないなあ。爽やかな午後でした。

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兎、波を走る

NODA・MAP第26回公演「兎、波を走る」 2023年7月

作・演出野田秀樹の新作。演劇にしかできない表現を追求し続ける野田の、たゆまぬ挑戦に引き込まれる。様々な装置、仕掛けを駆使しつつも、人が目の前で動いて、語ってこそ伝わるイメージが、なんと豊かなことか。
忘れてしまうこと、仮想の世界に逃げ込むことの罪を語っていたように思うけど、そこはちょっと難しかったかな。まばゆい才能が集結したキャストで、補助席を含め満席、当日券には長い行列ができていた東京芸術劇場プレイハウス。やや後方上手寄りで1万2000円。休憩無しの2時間。

大枠は「桜の園」。元女優ヤネフスマヤ(秋山菜津子)は所有する遊園地が経営不振で、開発業者シャイロック・ホームズ(大鶴佐助)に閉園を迫られ、最後に思い出の「アリス」を上演したいと希望。チェーホフもどきの第一の作家?(大倉孝二)、ブレヒトもどきの第二の作家?(野田秀樹)が戯曲執筆を競う。
そこから物語はアリスを軸にした方向へと大きく膨らんで、母(松たか子)が脱兎(髙橋一生)とともに、迷子のアリス(多部未華子)を探し求める大冒険になっていく。いずれも子供がいなくなるピーターパンやピノキオのエピソードをチラチラさせつつ、どんどんつながっていく連想に幻惑されていると、東急半ズボン教官(山崎一)が支配する穴蔵に迷い込んだあたりから、俄然、兎の驚きの正体がわかっていき…

終盤で戯曲を書いているのは、AIらしい第三の作家?(山崎の2役)になっちゃって、秋山はチェーホフの名台詞(先人を超えられないという作家の自虐も?)を語って、悠々とメタバースへと去って行く。先端テクノロジーはいやおうなく、リアルを乗っ取ってしまう。でも、穴蔵で露わになった現実は、仮想世界へ逃避することを許さない。今も終わっていない悲劇を、決して無かったことにはできないのだから。
…という印象だったんだけど、圧倒的名作「フェイクスピア」と比べると正直、ずしんと胸に響く衝撃は少なめ。どうも、肝心の脱兎の正体に到達するあたりで、アナグラムとか過去のニュース映像とか、さすがに情報量が多過ぎてついていけなかった感じ。まあ、そんな消化不良を含めて楽しいのだけれど。野田さんは色とりどりで変幻自在な万華鏡だものね。

装置やアンサンブルを組み合わせた表現は、いつにも増して緻密で洗練されていた。後方の黒壁にするする拡大縮小する出入り口とか、合わせ鏡と紗幕と巨大な時計による奥行きのスケール感。きらきら銀の輪っかは自在に、落ちていく穴や螺旋階段へと変じ、動く板に映像を投影して、人物がいるのかいないのか、曖昧な感じにしちゃったり。
特にアンサンブルがキーワード「ドキドキ」をつぶやきながら、繰り返し舞台を横切るシーンが秀逸だったなあ。恐れ、覚醒、そして鼓動で感じる遠い肉親の叫び。刺さります。お馴染み美術は堀尾幸男、振付は井手茂太。そして映像は、なんとケラさん常連の上田大樹がNODA・MAP初参加です。秀逸。

そんな様々な仕掛けが生きるのは、高水準の俳優あってこそ。なんといっても松が、並外れた演劇的運動神経で舞台を制圧する。幕切れの母の哀切たるや。まあ、求心力強すぎの飛び道具とも言えるけど。もちろん髙橋も負けてません。序盤からごろごろごろごろ転げ落ち、大詰めの長い告白で持ち前の声の力を見せつける。そして多部の透明感! 出てきただけでアリスに見える、希有な女優さんだ。もったいない贅沢出演陣の中で、しっかり笑いをとる大倉の貪欲さも見上げたもの。
ほかにも面白いポイントがいっぱいあった気がするけど、書ききれない舞台でした~

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落語「手紙無筆」「夏の医者」「野ざらし」「夫婦に乾杯」「五目講釈」

特撰落語会 柳家喬太郎・柳家三三 二人会 2023年7月

安定感抜群、人気の二人会。夏恒例の杉並公会堂、中央前の方の良い席で3800円とお得。珍しく11:30にスタート、三部制のせいかトントンと進み、中入りを挟んで2時間。

前座は金原亭駒平が爽やかに「手紙無筆」。きっちりしている。元小劇場の俳優で、2018年に金原亭世之介に入門。世之介の師匠は金原亭馬生で、志ん生の息子さんなんですねえ。
続いて三三さん登場。鬢が白くなって貫禄がついた感じ。いつもどおり前の話をいじりながら、ゆったりと「夏の医者」。農夫が倒れ、息子が急いで山向こうの医者を迎えに行く。「チシャ(レタス)」あたりだろうと山を越える途中、うわばみに飲まれ、下剤をまいて脱出。薬箱を忘れて取りに戻るが… ちょっとお下劣な空想談はお手の物だ。
続いて1年前同様、正座が難しいと見台を置いて喬太郎。膝の負担を軽くするためか、痩せた感じでパワーはいまいちな気がしたけど、鈴本とかいろんな企画の落語会とか、変わらずスケジュールぎっしりの様子。今日も高円寺で出演してきた、朝から落語なんてやるもんじゃない、と笑わせつつ、サイサイ節も軽快に「野ざらし」。師匠さん喬さん、兼好さんで聴いたことがある噺。巧い。

仲入後、再び喬太郎。さっきマクラで、落ち「新町の幇間、ああ馬の骨か」の「太鼓は馬の皮で」を仕込み忘れた、皆さん、貴重な経験ですよ、と告白。爆笑を誘ってから「夫婦に乾杯」。2013年以来の噺だ。古臭い設定だけど、仲の良い夫婦が可愛らしく、会話が擬音になっちゃうのはやっぱり面白い。
最後は三三で、「五目講釈」。こっちは2012年以来ですね。お馴染み居候の若旦那の脳天気な造形と、いろんな有名演目がごちゃごちゃになり、擬音までまざっちゃうリズミカルな言い立てが、余裕たっぷりで爽快。充実。

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