人魂を届けに
イキウメ「人魂を届けに」 2023年6月
前川知大作・演出による劇団の2年ぶり新作。お馴染み摩訶不思議な設定だけど、いつになく静謐な手触りに引き込まれた。「関数ドミノ」「散歩する侵略者」などのSF的論理やストーリー性とは違って、精神の欠損とそれを受け止める覚悟の貴重さが、しみじみと胸に迫って普遍的だ。新たな代表作の誕生を観たのかな。
シアタートラムは熱心なファンが多いのか、霧と鳥の声のなか、静まりかえって開演を待つ集中ぶり。開演前からすでに森の奥です。下手寄り中段で6000円。休憩無しの2時間。
舞台はどこか森の奥深くの簡素な一軒家。1台の古びたストーブ以外は、便利な生活や世間から孤絶していて、ママと呼ばれる山鳥(篠井英介)が、ぼろぼろに傷ついた「森に迷う者」たちと自給自足の暮らしを送る。そこに刑務官・八雲(安井順平)が、死刑囚だった山鳥の息子の「魂」を携えて訪れ…
迷う者たちが語るエピソードは、世間を騒がすローンオフェンダーを連想させる。事件が起きてはじめて私たちは、深い闇に落ち込んだ人物の、孤独と絶望を知る。なぜ周囲の誰も止められなかったのか。
闇のありようは人それぞれだ。理不尽な公文書改ざんやら、優秀な息子の失踪をきっかけにした夫婦の亀裂やら。山鳥は答えを示すでも、治療するでもない。ただ受け入れ、聴きいるだけ。そんな無造作の有り難さを、散乱する不揃いな毛布が象徴するよう。
届けたはずの魂に、実は導かれてきた八雲は、すべての辛さを吐き出した末に、人々の「落下」に対峙する「キャッチャー」の意志を示す。彼はもう迷う者ではない。一筋の希望。
エピソードの再現を畳みかけていく緻密な構成に、ますます磨きがかかった感じ。照明の変化が鮮やかで、笑いもそこここに。八雲が気になって仕方ない鶏鍋の美味しさとか、魂をこともあろうに煮ちゃおうとか。
劇団陣は相変わらず緻密。安定感抜群の安井と並んで、「迷う者」浜田信也が、自在に八雲の妻に変じたりして見事だ。ますます磨きがかかったかな。最近、ドラマのゲストでもよく観るようになりましたね。同じく「迷う者」大窪人衛の声が緊張を作り出す。森下創は今回、不気味さを抑制。普通人の盛隆二は、ひとり異質な公安警察役に回って、テロリスト養成を追及しつつ、ちょっとコメディタッチも。
そしてゲストの篠井がさすがの巧さ、突出した存在感で舞台を牽引する。男女どちらともつかない怪しさが効果的。もうひとりのゲスト、藤原季節も健闘してました。
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