« 2023年5月 | トップページ | 2023年7月 »

狂言「清水」能「野宮」

第十七回日経能楽鑑賞会  2023年6月

名人と評判の「観世流の京都所司代」片山九郎右衛門はじめ、豪華メンバーの鑑賞会。国立能楽堂、脇正面の中段下手端で7000円。人気で席は隅っこだったけど、ラストの橋がかりでシテが立ち止まった場所がすぐ目の前で、なんか緊張した! 休憩を挟んで2時間40分。

まず狂言で「清水(しみず)」。茶会を開く主(野村萬斎)から水汲みを命じられた太郎冠者(野村万作)は面倒くさがり、泉に鬼が出て手桶を投げつけてしまったと嘘をつく。ところが主が自分で大事な手桶を取りに、泉に行くというので、あわてて鬼になりすまして脅すんだけど、太郎冠者を誉めちゃったものだから、話がややこしくなり… 万作さんは今月ついに92才! いつもながら上品で、何よりです。

休憩を挟んで鬘(かずら)物の大曲「野宮(ののみや)」。後見がしずしずと前方に、黒木の鳥居と小柴垣の作り物をしつらえると、舞台は晩秋九月七日の嵯峨野に。
ワキの旅僧(宝生欣哉)が、伊勢に下向する皇女が忌み籠もりした旧跡を参ると、前シテ・里の女(九郎右衛門)が現れて、榊を手向ける。いわく、今日は光源氏を諦めて籠もった六条御息所を、最後に源氏が賢木(さかき)をもって訪ねた日だと語る。前半は座っての掛け合いで動きがなく、当然ながら衣装も地味だけど、それだけに寂寥感が深い。

短めの間狂言で、里人(石田幸雄)が、その女は御息所の霊だと指摘。僧が回向すると、牛車に乗ったていで後シテ・御息所の霊が登場。一転、金箔が豪華な絽の着物で、実に美しい。賀茂祭の「車争い」で、正妻・葵の上一行に邪険にされた屈辱と妄執を吐露した後、月光のもと源氏を思って静かに舞う。
金春禅竹作とされる人気曲だとか。ヒロインの造形は、生き霊にまでなっちゃうジェラシーの人というより、高貴な大人の女性。未熟な源氏を見切りながらも、なお気持ちが揺れてしまうのが切ない。
ラスト近く、鳥居にしがみついて結界の外にちょっとだけ足を出す振りについては、解釈が分かれるらしい。今回は、いまだ魂が慰められていない、という思いだそうで、なんとも苦しいシーンだなあ。橋がかりで立ち止まったときの圧が凄かったのも、むべなるかな。
ほかにも、うら寂しい風景、源氏物語の和歌をまじえた教養あふれる対話、地謡に出てくる「火焼屋(ひたきや)」から「火宅の門」につながる秘めた熱情など、堪能しました~

Dsc_0871 Dsc_0873

 

講談「島田虎之助」「浅妻船」「江島屋騒動」

噺小屋in池袋 水無月の独り看板 神田春陽 2023年6月

恒例の神田春陽さんの会へ。ドスのきいた実力派として、1972年から続くNHK講談大会にも出演し、余裕が増している感じ。熱心なファンが集まった感じの東京芸術劇場シアターウエスト、上手寄り前の方で3300円。中入りを挟んで2時間弱。

まず昨年入門したというお弟子の神田ようかんが、爽やかに「島田虎之助」。時は天保、島田が豊前から江戸に出てきて「幕末の剣聖」男谷(おたに)信友に入門する。小太り柔和な男谷を最初、たいしたことないと思ったのは浅はかで、実は底知れない腕なのに、誰にでも三本に一本は花を持たせる流儀だったという逸話だ。
続いて春陽さんで「浅妻船」。十年前くらいに2回、聴いたことがある。紀伊国屋文左衛門のおお座敷で、文人墨客が屛風を描くエピソードを絵奇妙に。風刺絵で三宅島へ流された絵師・英一蝶と、俳諧師・宝井其角の干物の友情エピソードでジンとさせる。安定感。

仲入後のゲストは中西レモンで「お七寺入り」。着物に安っぽいサングラス、丁寧な物言い。ひょうひょうと人を食った感じが怪しすぎ。「江州音頭」というを初めて聴きました。祭文が大衆化した近江発祥の大道芸で、河内音頭の兄貴分、浪曲の源流だそうです。ゆったりと扇子を構え、鈴とあがささんの太鼓のリズムにのって七七調。独特だなあ。
そして春陽さんが登場し、怪談の前に江州音頭は明るすぎるなあといいつつ、正直な商売をすべき、と圓朝作「江島屋騒動」。下総国・大貫村(香取郡)のお里に名主の息子と縁談がもちあがり、日がないので芝日影町(新橋)・江島屋で古着を求める。これがとんでもない「イカモノ」で、雨に濡れてズタズタになったため、笑われて婚礼も取りやめ、お里は片袖を残して利根川に身を投げる。
やがて江島屋の番頭・金兵衛が集金の途中、藤ヶ谷新田(柏市)で雪に見舞われ、一軒のあばら屋を頼ると、目の不自由な老婆が端切れを火鉢にくべており(怖い)、イカモノのせいで娘を亡くした怨念を語る。金兵衛が店に戻ると女将、小僧が相次いで亡くなり、土蔵に娘の幽霊が出て(怖い)、ついに主人の治右衛門は失明、土蔵の出火で店も失い… 陰惨です。正直が大事。

Dsc_0862Dsc_0867

松任谷由実「The Journey」

50th Anniversary 松任谷由実コンサートツアー The Journey  2023年6月

1年ぶりのユーミンは、デビュー50周年のドームツアー! 9回目の抽選まで粘った甲斐あって、まさに50年分のアイデアを惜しみなく詰め込んだ超豪華ショーでしたぁ。一編のファンタジーを読むような物語性と、心躍るお洒落さ。これでもかと繰り出すギミックとシルクドゥソレイユ品質のアクロバットによる高揚感。さらに美しい照明やプロジェクションマッピングで広大なアリーナを包み込む。
もちろん楽曲、そしてユーミンの存在感は唯一無二。なんとスペシャルでダブルアンコールも! ちょっと年配の夫婦連れが目立つ東京有明アリーナ、直前の分配でわかった席は3F中段でかなり遠かったけど、大満足の9900円。2時間強。

なんといってもアリーナ中央、斜めにどーんと巨大海賊船を置いた360°セットが度肝を抜く。1席ずつにソニーの無線制御ペンライト「フリフラ」を配布。いや~、これだけ大規模で、年末まで全国54公演というだけで驚愕です。
セットリストは渋い曲も含めて、人生という長い航海を描いた感じ。ユーミンはまずブルーの海賊ジャケットで登場。キッチュな衣装はアナスイ!「リフレインが叫んでる」あたりの惜しみない火焔照射?で、3Fまで熱くななっちゃう。
中盤は色っぽいレースのドレスにチェンジ。円形ステージをぐるりと紗幕で囲み、揺れるカーテンや木々を投影した「TYPHOON」、名曲「青いエアメイル」がしっとりと美しく、「Delphine」あたりでは照明や凝ったフリフラでアリーナ全体を埋め尽くし、海の中にいるよう。
そして銀の海賊ジャケットに着替えた「LOVE WARS」からは怒濤の展開で、本編終了。ラスト、様々な困難がある時代、おそらく見送ることも多くなってきたユーミンが、絆とか愛とかではなく「人の知性を信じたい」と語るメッセージが強烈でした~
アンコールはヒッピー風のデニムスタイルで。歌もラップも楽器もこなすメンバー達は、昨年「深海の街」ツアーとほぼ共通。ユーミンをぐるりと囲んでのメンバー紹介も爽やかだった。

ツアーパンフレットとTシャツそれぞれ3500円を購入。帰って分厚いパンフを読んだら、デビュー以来のツアーを巡る正隆さん、歴代マネジャーの貴重証言がぎっしり。伊集院静との運命的な出会い、人脈が「Ka」にまでつながっていく「シャングリラ」…。ここまでやってきたから、揺るがないんだなあ。つくづく凄いことです。

以下セットリストです。
1.心のまま
2.WANDERERS
3.リフレインが叫んでる
4.ただわけもなく
5.満月のフォーチュン
6.TYPHOON
7.青いエアメイル購入
8.紅雀購入
9.あの日にかえりたい
10.さまよいの果て波は寄せる
11.セイレーン
12.Blue Planet
13.Delphine
14.LOVE WARS
15.Now Is On
16.星空の誘惑
17.埠頭を渡る風
18.真夏の夜の夢
19.航海日誌
アンコール #1:
20.守ってあげたい
21.やさしさに包まれたなら
22.心のまま(キーボード)~春よ、来い
アンコール #2:
23.瞳を閉じて

Img_0763 Img_0805 Img_0811_20230618195901

カモメよ、そこから銀座は見えるか?

カモメよ、そこから銀座は見えるか? 2023年6月

岩松了作・演出の新作は、年の瀬の銀座を舞台に、「思い違い」の哀しさをいつになく幻想的に。尽きない人間存在というものへの疑問。朝ドラコンビが主演のせいか、若い女性客らが開幕前から行列する本多劇場、良い席で8000円。休憩無しの2時間弱。 

広告会社勤めの兄アキオ(井之脇海)は、スキャンダルの裁判準備で弁護士・田宮(岩松了)の事務所に出入りしている。裁判への協力を申し出てきた葉子(松雪泰子)は、実は亡くなった父のかつての愛人であり、アキオも惹かれてしまう。一方、兄にお弁当を届けに来る妹イズミ(黒島結菜)は、銀座の街角をふらつく青年とみ(青木柚)と言葉を交わすようになる。果たして父は悪人だったのか、葉子の思惑は、そして、とみの正体は…

少し前に話題になった広告会社の事件がベースのようだけれど、そこは本筋ではない。人それぞれが理解する「本当」の曖昧さ、どうしようもない隔たりを語っていて、観る者を幻惑する。愛があるゆえの切なさ。
セット全体が、目に見えるうわべの裏に何かが隠れていそうな、もどかしい作りになっているのが、いつにも増して秀逸だ。下手のビル群は、紗幕に映像を投影していて、現実感が薄い。一方、上手の法律事務所があるビルは、外階段を頻繁に登場人物が登り下りするんだけど、半ばが壁で隠されちゃっていて、その背後で何かが進行していく。これは新しい仕掛けかも。
もう、どこまでが現実で、どこからが登場人物の幻想なのか。人物の手から手へ移っていく小道具ハンカチの「わからなさ」もあいまって、イライラしつつ引き込まれます。

俳優陣は健気な黒島(赤いワンピースが可愛い)、実直な井之脇が、期待通り健闘し、観念的なセリフをよくこなす。咀嚼力というか、伝えるパワーはこれからに期待、かな。もちろん松雪と岩松さんが出てくると求心力抜群で、本来の主演ふたりが食われちゃった感じもある。松雪さんは出てくるだけで怪しいもんなあ。謎の若者の青木と、連れの櫻井健人に透明感、浮遊感があって発見だった。

Img_0741 Img_0743_20230722102001

人魂を届けに

イキウメ「人魂を届けに」 2023年6月

前川知大作・演出による劇団の2年ぶり新作。お馴染み摩訶不思議な設定だけど、いつになく静謐な手触りに引き込まれた。「関数ドミノ」「散歩する侵略者」などのSF的論理やストーリー性とは違って、精神の欠損とそれを受け止める覚悟の貴重さが、しみじみと胸に迫って普遍的だ。新たな代表作の誕生を観たのかな。
シアタートラムは熱心なファンが多いのか、霧と鳥の声のなか、静まりかえって開演を待つ集中ぶり。開演前からすでに森の奥です。下手寄り中段で6000円。休憩無しの2時間。

舞台はどこか森の奥深くの簡素な一軒家。1台の古びたストーブ以外は、便利な生活や世間から孤絶していて、ママと呼ばれる山鳥(篠井英介)が、ぼろぼろに傷ついた「森に迷う者」たちと自給自足の暮らしを送る。そこに刑務官・八雲(安井順平)が、死刑囚だった山鳥の息子の「魂」を携えて訪れ…

迷う者たちが語るエピソードは、世間を騒がすローンオフェンダーを連想させる。事件が起きてはじめて私たちは、深い闇に落ち込んだ人物の、孤独と絶望を知る。なぜ周囲の誰も止められなかったのか。
闇のありようは人それぞれだ。理不尽な公文書改ざんやら、優秀な息子の失踪をきっかけにした夫婦の亀裂やら。山鳥は答えを示すでも、治療するでもない。ただ受け入れ、聴きいるだけ。そんな無造作の有り難さを、散乱する不揃いな毛布が象徴するよう。
届けたはずの魂に、実は導かれてきた八雲は、すべての辛さを吐き出した末に、人々の「落下」に対峙する「キャッチャー」の意志を示す。彼はもう迷う者ではない。一筋の希望。

エピソードの再現を畳みかけていく緻密な構成に、ますます磨きがかかった感じ。照明の変化が鮮やかで、笑いもそこここに。八雲が気になって仕方ない鶏鍋の美味しさとか、魂をこともあろうに煮ちゃおうとか。
劇団陣は相変わらず緻密。安定感抜群の安井と並んで、「迷う者」浜田信也が、自在に八雲の妻に変じたりして見事だ。ますます磨きがかかったかな。最近、ドラマのゲストでもよく観るようになりましたね。同じく「迷う者」大窪人衛の声が緊張を作り出す。森下創は今回、不気味さを抑制。普通人の盛隆二は、ひとり異質な公安警察役に回って、テロリスト養成を追及しつつ、ちょっとコメディタッチも。
そしてゲストの篠井がさすがの巧さ、突出した存在感で舞台を牽引する。男女どちらともつかない怪しさが効果的。もうひとりのゲスト、藤原季節も健闘してました。

Img_0704

ART

ART  2023年6月

2020年に中止を余儀なくされた舞台。同じキャスト・スタッフが再集結したリベンジ上演に足を運んだ。「大人はかく、たたかえり」などのヤスミナ・レザによる1994年初演、1998年トニー賞受賞作を、小川絵梨子が演出。
フランスっぽさ満載の皮肉な大人のコメディで、これ以上ない手練れの俳優3人が、馬鹿馬鹿しい価値観の衝突を存分に演じて笑わせます。岩切正一郎訳。世田谷パブリックシアター、中央前の方の良い席で1万500円。休憩無しの1時間半。企画・製作はインプレッション(正川寛)。

医師セルジュ(小日向文世)が念願の現代美術を入手し、15年来の友人マルク(イッセー尾形)に自慢したら、「ただの白い絵。大枚はたくなんて信じられない」と全否定。らちがあかないので、もう1人の友人イヴァン(大泉洋)に意見を求めるけど、どっちつかずで…
知的で裕福なセルジュは、実はもったいぶった虚栄心の塊だとか、辛辣な物言いが愉快な自由人マルクは、みようによっては独善的で鼻持ちならないとか。ひとたび見方を変えれば、長い人間関係がいくらでもぎくしゃくし得る。気の良いイヴァンは結婚を控え、なんとかことを納めようとするけど、我慢できず子供みたいに憤懣をぶちまけるし。
挙げ句、互いの家族のこととか、言っちゃいけない言葉も飛び出しちゃって、おいおい、どうするんだよ、と思っていたら、マルクの驚きの行動で再生の光が差す。好きな人には変わらずにいてほしい。だけど誰だって、いつまでも同じじゃいられない。同じじゃないことを楽しんだほうが、きっと人生は豊かだ。

膨大で緻密なセリフを、3人が言い立てて、時に拍手も起きる見事な演技。欠点をさらけ出しつつ下品に陥らず、観客に向かって独白で本音をもらしたり、含羞をはらむ造形が憎めません。それにしても、大の男同士が仲良くして、一緒に映画に行ったりする、という設定、ものもいわずにオリーブをぽりぽり囓るとか、今更ながらフランスの知識人って面白いなあ。
後方のパネルを入れ替えて、個性が異なるそれぞれの自宅を見せるセットがお洒落。美術は小倉奈穂。
Img_0676 Img_0683

 

 

 

リゴレット

リゴレット 2023年6月

いわずとしれたヴェルディの傑作を、充実のキャスト、スタイリッシュな演出で。新国立劇場オペラハウス、前の方のいい席で、事前解説会・パンフレットを含め2万8000円。休憩1回を挟み2時間半。

タイトロールのロベツオ・フロンターリ(バリトン)がベテランらしく、2幕「悪魔め、鬼め」などで複雑な恨み、後悔を知的に歌い、娘ジルダのハスミック・トロシャン(アルメニアのソプラノ)が1幕「慕わしいお名前」などがなかなか可憐で、技巧もたっぷり。なんといっても今回は、最低男マントヴァ公爵のイヴァン・アヨン・リヴァス(ペルーのテノール)が、小柄だけど若々しくて愛嬌があり、伸びやかな声で、これからを期待させた。スパラフチーレのお馴染み妻屋秀和さん(バス)が安定し、3幕の多彩な重唱も楽しめた。マッダレーナは清水華澄。
指揮マウリツィオ・ベニーニは躍動感があって、後半の盛り上がりも十分。ただ、歌手とのバランスが今ひとつだったかな。東京フィルハーモニー交響楽団。

今回は新国10年ぶりの新制作で、スペインのエミリオ・サージ演出版。全体に伝統的ながら、一部の衣装はモダン。中央の四角く傾斜のあるステージで、華やかな饗宴を繰り広げる。上手に奥から細い廊下を重ねて、その上を貴族たちが闊歩し、一段低い周囲に群衆、といった高低差が面白い。照明が暗すぎるという声もあったけど、改めて権力者への批判や虐げられた者の悲憤をオペラに取り入れたドラマ性が際だった。スパラフチーレと妹を恋人関係に設定して、大人っぽさも。

終演後に懇親会があり、サプライズゲストをまじえて、とっても贅沢な一日。めちゃ楽しかったです!

Img_0624 Img_0633

 

« 2023年5月 | トップページ | 2023年7月 »