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ラビット・ホール

PARCO劇場開場50周年記念シリーズ「ラビット・ホール」  2023年4月

デヴィッド・リンゼイ=アベアーによる2006年初演、ピュリッツァー賞受賞の精緻な会話劇を、「ミネオラ・ツインズ」などの俊英・藤田俊太郎が演出。翻訳は小田島創志。不幸な事故で子供をなくした母の、知的なだけにいやます苦しさを、宮澤エマがはまり役で。
「時間が解決する」としかいいようのない、ヒリつく堂々巡り。正直、休憩を挟んで2時間半をちょっと長く感じる。けれど普遍的な人生の理不尽さを丁寧に描いていて、心に響く。終盤、決して癒えない心にかすかな希望が灯るシーンの照明が鮮やか。PARCO劇場の前の方やや下手寄りの良い席で1万1000円。

セットはニューヨーク郊外、裕福なコーベット夫妻の自宅。中央に横向きの階段、1Fにキッチンとリビング、2Fに子供部屋を配し、とてもお洒落だ。4歳のひとり息子は8カ月前、自宅前で交通事故にあって亡くなっており、冒頭、天井がせり上がって階段をゆっくり落ちてくるゴム毬が、深い悲嘆を効果的に印象づける(美術は松井るみ)。
若い母ベッカ(宮澤)はなんとか悲劇を乗り越えていこうとする周囲にいらつき、セラピーを拒否したり、家を売ろうとしたり。夫ハウイー(成河)、母ナット(シルビア・グラブ)、妹イジー(さいたまネクスト・シアターの土井ケイト)と口論を繰り返す。でもハウイーだって、夜中にこっそり子供のビデオを観たり、セラピーで女性に近づいちゃったり、正気じゃいられないのだ。
ぎこちないオープンハウスの日、こともあろうに加害者となってしまった高校生ジェイソン(ダブルキャストで、この日は山崎光)が訪ねてきて、ありえたかもしれないパラレルワールドについて語りだし…
タイトルは「抜け出すのが難しい困難」を表すとのこと。アリスのファンタジーも連想させるけど、人はファンタジーどころじゃないこの世界で、生きていくしかないのだ。いちばん側にいる人の手をとって。

俳優陣はテッパンの演技。なんといっても宮澤の、ヒステリックぎりぎり、生真面目な造形に説得力があって、戯曲を読み込んでいる感じ。成河は持ち前のパワーを封印した受けの演技で、さすがの技量だ。藤田とも親しいそうだし、よく考えているなあ。そして母、妹がまた、重い舞台に笑いももちこんで、巧い。ケネディ家の噂が好きで、信仰を押しつけちゃったりする俗っぽいグラブ、姉と対照的に、酒場で喧嘩したりして終始ファンキーな土井。特にテンポよく、ずけずけ喋る土井は要注目かも。山崎もなかなか雰囲気があった。
本上演は英語圏経験があるキャストが多く、翻訳家、演出家と台詞ひとつひとつ、かなり議論したとか。会話の自然さはその成果か。翻訳劇では画期的なのかも。戯曲はニコール・キッドマン主演で映画化もされているんですねえ。佳作。

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きらめく星座

こまつ座40周年第146回公演「きらめく星座」  2023年4月

井上ひさしの昭和庶民伝三部作の一つを、安定の栗山民也演出で。開戦前夜、庶民は否応なく時代のうねりに巻き込まれてしまう。それでもなけなしの勇気をふるって、「人間の広告文(コピー)」をうたい上げる逞しさ、これからの苦闘を予感させる幕切れの切なさ。紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAの前の方いい席で8800円。休憩を挟んで3時間強。

舞台は昭和15年、東京浅草にあるレコード店「オデオン堂」だ。全編を彩る「青空」「一杯のコーヒーから」といった昭和歌謡が底抜けに明るいだけに、冒頭から暗闇でうごめく防毒マスクの人物などとの落差がくっきり。
父(久保酎吉)、母(松岡依都美)ら一家はみな音楽好き。貴重な卵1個で盛り上がっちゃう楽しさがある。しかし砲兵の長男(村井良大)が訓練中に逃走し、周囲の冷たい目から逃れようと、長女(瀬戸さおり)はあえて傷病兵(粟野史浩)との結婚を選ぶ。人間らしさが失われていく理不尽さに、幻肢痛を抱える粟野、そして村井を追う憲兵(木村靖司)も苦悩する。間借りするコピーライター(大鷹明良)の、「人間は奇跡」という叫びが重い。

松岡が舞台を牽引し、歌も素晴らしい。2020年の上演で、紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞しているんですねえ。美術は石井強司。

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四月大歌舞伎「与話情浮名横櫛」「連獅子」

鳳凰祭四月大歌舞伎 夜の部 2023年4月

歌舞伎座新開場十周年と銘打った公演。毎公演一世一代の感がある、貴重な40年来のニザタマコンビ「切られ与三」に、初歌舞伎座の知人夫妻と足を運ぶ。2022年に延期となり、なんと今回は直前の3日間、御年79歳の人間国宝・片岡仁左衛門が体調不良で中止しただけに、登場シーンから盛り上がりがひとしお。お着物、外人さん、アーティストっぽいかた等々で賑わう1F中央前の方、良い席で1万8000円。休憩2回で3時間半。

眼目の「与話情浮名横櫛」は木更津海岸見染の場から。お江戸育ちのお富・坂東玉三郎の貫禄、そして与三郎・仁左衛門の軽やかな若旦那ぶりが盤石だ。2015年に観た市川海老蔵(当時)は、ちょっと無理してたもんなあ。
ニザ様、「やっとお上からお許しがでて」と客席に降りて(コロナ禍以来初らしい)、ぐるりと歩いちゃって大拍手。実子に跡取りを譲ろうと、わざと放蕩している気の良さがにじむ。そして運命の出会い! じっと無言で見つめ合ってからの練り上げられた流れ、タマ様の「いい景色だねえ」がまさに、と思える。潮干狩りの浮き立つ空気や、幇間(市村橘太郎)、鳶頭(代役で坂東亀蔵がきびきび)のいかにもな造形も楽しい。
一転暗くなって、上演は珍しいという赤間源左衛門別荘の場。やや身も蓋もない展開ながら、シルエットになった二人の年齢を感じさせない色っぽさ。この場を出してドラマとして盛り上げようという心意気が感じられる。
休憩を挟んでいよいよ源氏店の場。タマ様の粋な落ち着きぶり、対するニザ様のほうは、タカリのくせに育ちの良さがのぞく拗ねた感じがさすが。音楽的なセリフ回しが見事だ。なんでも細い足を、コンプレックスからトレードマークにしようと思った演目とか。滑稽な藤八(片岡松之助)がいいバランスだ。
左團次さん休演で多左衛門に回った河原崎権十郎も、大店の番頭にはまっていて立派。チンピラ蝙蝠安の片岡市蔵はちょっと卑屈過ぎたかな。

長めの休憩の後、本興行では初という尾上松緑、左近親子の「連獅子」。これがなかなかの見物でした。17歳左近ちゃんの必死さ、指先にこめた力。松緑の家族というと、どうしても複雑な心情を連想しちゃうんだけど、そんなことは関係ないラストの毛振りパワー! 客席も途切れなく拍手を送ってた。そういえば2018年、当時13歳のいっぱいいっぱいの染五郎にも感動したなあ。
加えて間狂言「宗論」の権十郎、板東亀蔵にメリハリと品があって大満足。杵屋勝四郎以下の長唄陣、笛や太鼓も何故かイケメン揃いでした。

大向こうがようやっと全面解禁となり、十周年記念緞帳の東山魁夷「夜明けの潮」の青緑も爽やか。地下を含め、お土産もいろいろ新調されていて、芝居見物を満喫しました~

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