« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »

カスパー

カスパー  2023年3月

ノーベル文学賞作家、ペーター・ハントケの戯曲を、ロイヤルバレエ出身のウィル・タケットが演出。言葉による人間性の形成を、徹底して観念的に描く。「鎌倉殿の13人」の寛一郎が、初舞台のタイトロールで奮闘するものの、私にはちょっと難解過ぎたかな~ 池田信雄翻訳。東京芸術劇場シアターイーストの、なんと最前列で9500円。休憩無しの1時間15分。

カスパーは実際に19世紀初頭、ニュルンベルクの広場に忽然と現れ、早世した謎の少年がモデル。幽閉されていたらしく当初は言葉を話さず、歩くこともままならないが、プロンプターという謎の男たち(首藤康之、下総源太朗、萩原亮介)から大量の言葉を浴びて、重苦しい社会に組み込まれていく。無垢からカリスマへの変貌。
ワキはタケット演出「ピサロ」のメンバーが中心で、緊張感を維持。大駱駝艦のダンサーが雄弁に感情を表現する。

ハントケって名作「ベルリン・天使の詩」の脚本家だけど、オーストリア出身で父は進駐ドイツ軍、母が自死、またユーゴ紛争時の「親セルビア的」論陣で批判を浴びるなど、スリリングな作家なんですねえ…

Img_9102

おとこたち

PARCO劇場開場50周年記念シリーズ ミュージカル「おとこたち」  2023年3月

2014年に観た岩井秀人の佳作を、なんと自らミュージカルに仕立てて演出。歌謡曲やラップなど、耳馴染みのいい音楽は前野健太。失敗だらけの半生、横暴な父の存在など、お馴染み岩井節の身も蓋もない喜悲劇が果たしてミュージカルとして成立するのか、正直疑問だったんだけど、10年近くをへて、リフレイン「いつかは一人ぼっちになるらしい」に実感があり、一層シニカルだ。だからこそ、今回加わった歌とリズム、ふんだんな笑いがいいバランスを醸して、ダメがダメなりに生きていく愛おしさが胸に染みる。
大原櫻子、吉原光夫ら出演陣が粒ぞろいだ。プログラムで岩井がこの2人の2018年の秀作「ファン・ホーム」を観て、半径5メートルのミュージカルを発想したと語っていて、納得しちゃう。布やテープを使った演出も緻密。反応がいいPARCO劇場、前のほう上手寄りで1万1000円。休憩20分を挟んで2時間半。

老人が混濁する意識の中で、学生時代からの友人同士4人の、思い通りにならなかった60年をたどる。エピソードはほぼ初演通りの感じ。ユースケ・サンタマリアが自然体の前説から続けて、ぬるっと芝居に入り、心優しいクレーム対応の山田を切なく演じる。やり手営業マン・鈴木の吉原と、生活力もないのに不倫を続ける森田の橋本さとしが、しょうもない人生を圧巻の歌唱力で歌い上げちゃう。なにしろジャン・バルジャンだもんなあ。そして転落していくアイドル・津川の藤井隆が、鈴木を追い詰めていく息子役も兼ねて、飛び道具的な力量を見せつける。
森田の不倫相手・純子の大原が、期待通りの可憐さで際立つ。ソロ「自転車」の透明感は出色! 思えば初演は安藤聖だったんですねえ。森田の妻・良子の川上友里(はえぎわ)も存在感がある。

円盤が立体的に重なりスロープをなすセットに、雑然と椅子などを散らし、時の流れ、入れ替わり立ち替わりのシーンをうまく見せる(美術は秋山光洋)。ポールにかかる布や斜めのテーブル、また謎のテロップ状のテープが規制線に転じたりして、日常の歪みを表現。後方でミュージシャンの種石幸也、佐山こうたが演奏。 

Img_9094 Img_9098_20230402080901

エレファントカシマシ

エレファントカシマシ 35th ANNIVERSARY TOUR 2023 YES. I. DO  2023年3月

1986年に中高の友人で結成し、88年デビュー。その記念日当日、なんと初のアリーナツアーに参戦できた。ときに不機嫌に叩きつける、ストレートなバンドらしさを満喫する。
初体験の有明アリーナはほぼ満席。ひとり客も家族連れも楽しみ方は自由、という雰囲気だ。中央通路に面した上手端で9900円。たっぷり3時間弱。

グッズ販売控えめ、「今日が35周年って3日前ぐらいに知って…忘れてて」などとMCは少なめ、演出も桜乱舞くらい。ギターをとり替えつつ、アカペラやアコースティックをまじえてどんどん歌い、どんどん演奏する。3部構成で短い休憩が挟まっていて、どんなに会場が大きくても、空気はライブハウスだ。
宮本浩次といえば、やたら髪をくしゃくしゃしてた人、最近はこのうえなく上手に昭和アイドルをカバーする人。でも芯は変わらず、熱いビートで文学的歌詞を響かせるロッカーであり、キーボードの蔦谷好位置らを含めて盤石のバンドなんだ~と納得!
特に「できたとき、すごい嬉しくて」からの「彼女は買い物の帰り道」とか、伸びやかなボーカルが最高の「ズレてる方がいい」、そして「35年やってきてよかったぜー」発言が染みました~
以下セットリストです。

1部:
1、Sky is blue
2、ドビッシャー男
3、悲しみの果て
4、デーデ
5、星の砂
6、珍奇男
7、昔の侍
8、奴隷天国
2部:
9、新しい季節へキミと
10、旅
11、彼女は買い物の帰り道
12、リッスントゥザミュージック
13、風に吹かれて アコースティックバージョン
14、翳りゆく部屋
15、ハナウタ~遠い昔からの物語~
16、今宵の月のように
17、RAINBOW
18、朝
19、悪魔メフィスト
3部:
20、風と共に
21、桜の花、舞い上がる道を
22、笑顔の未来へ
23、so many people
24、ズレてる方がいい
25、俺たちの明日
26、yes. I. do
27、ファイティングマン
アンコール:
28、待つ男 

Img_9024 Img_9033 Img_9052 Img_9056

アンナ・カレーニナ

COCOON PRODUCTION2023 DISCOVER WORLD THEATRE vol.13  アンナ・カレーニナ  2023年3月

文豪トルストイの長編を、「罪と罰」「夜への長い旅路」がよかった英国のフィリップ・ブリーンによる上演台本・演出で。豪華キャストのなかで、なんといってもタイトロールの宮沢りえが、際だってよく通る声で舞台を制圧。19世紀後半、帝政ロシア社交界の華の生きづらさを、気品とカリスマ性をもって体現する。艶やかな紫ドレスと赤いバッグの登場シーンや、血まみれのルチア風、どこまでいくのか宮沢りえ。
お話の骨格はさすがに古風だし、休憩を挟んで4時間弱はちょっと長かったけれど… よく入ったシアターコクーン、中央あたりで1万1000円。翻訳はお馴染み木内宏昌。

アンナの求心力が圧巻とはいえ、多様な群像劇。特にアンナに失恋したリョーヴィン(トルストイの分身とも、浅香航大が伸び伸び)とキティ(コメディセンスある土居志央梨、「広島ジャンゴ」では無言だったもんなあ)の夫妻の存在が出色だ。笑っちゃう痴話喧嘩、そして雄大な大地ポクロフスコエに生きる、不器用でつつましい希望。
一方、とことん俗っぽいアンナの兄スティーヴァ(梶原善)と、妥協し続けるキティの姉ドリー(長身の大空ゆうひ)夫妻が、現実を突きつける。浅ましくてイライラするけど、やっていくしかないのだ。
労働運動に肩入れするリョーヴィンの兄ニコライ(菅原永二)、「人生です、奥さま」とつぶやく農民(片岡正二郎、ドラマ「エルルピス」の死刑囚!自由劇場出身なんですね)が印象的。実はいい人っぽいアンナの夫カレーニンは小日向文世、運命の恋に落ちるヴロンスキーは渡邊圭祐。

セットは木馬やマトリョーショカが散らかる子供部屋で、具象の小道具だからこそ抽象的。頭上に重苦しい金の檻が浮かんでいて、ダイナミックかつお洒落だ(美術はマックス・ジョーンズ)。アンナの息子セリョージャ(石田莉子)が舞台端で、象徴的な汽車なんかで遊びつつ、すべてを見ている、という演出がシニカル。物言わぬ花売りの老婆は死の誘惑か。ロシア語「死」の字幕、有名な「幸せな家族はどこも同じように幸せで、不幸な家族はそれぞれの不幸を抱えてる」も。意図的だろうけど、「クリミアをロシア化するという崇高な使命のために」という台詞にドキリとする。
俳優陣がコロスで出入りし、ノイズも表現するヴァイオリンやアコーディオンなどが秀逸。ミュージシャンはバンダで演技にも参加してました。

Img_8478

Music Dialogue「モーツァルト弦楽五重奏曲第5番」「ブラームス弦楽録重奏曲第2番」

Music Dialogue ディスカバリー・シリーズ2022-2023 vol.3  2023年3月

対話を通じて室内楽を楽しみ、若手音楽家を応援する一般社団法人Music Dialogueの演奏会に、足を運んでみた。ヴィオラの大山平一郎芸術監督が指導し、事前にリハーサル初日が拝聴できて、聴衆も支援者ら少人数。解釈を合わせ表現を練っていく過程、なにより演奏家の息づかいが近しく感じられて、とても面白かった。

まず公開リハーサルで中目黒GTプラザホールへ。2000円、休憩を挟んで2時間強。
モーツァルト晩年の弦楽五重奏曲第5番ニ長調、冒頭のチェロが印象的な第一楽章から。ベートーベン以前の繊細な強弱や、「コク」のある音を丁寧に。第4楽章はロッシーニのオペラっぽく、第一ヴァイオリンが躍動。最後に第3楽章のメヌエットで踊る。第一ヴァイオリンは篠原悠那が可愛く伸び伸びと、第2が長身で落ち着いた感じの枝並千花、もうひとりのヴィオラが初対面だというちょっとやんちゃっぽい山本周、全体を締めるチェロは真面目そうな矢部優典。
背後のスクリーンで、ブラームスで加わるチェロの加藤文枝と、ライターの小室敬幸がリアルタイムで、大山氏のコメントなどを解説。聴衆もsli.doで書き込める仕組みに工夫がある。終了後の短い座談会で大山氏の暖かい人柄に触れ、桐朋学園では舞踊の講義があったといったお話も。

わずか3日後、築地本願寺2Fの講堂で本番。4000円、休憩を挟んで2時間強。格(ごう)天井や奥の扉(開演前にお坊さんが開けたら仏像が!)、掛け軸と洋風照明や重厚なカーテンの取り合わせが独特の雰囲気です。小さいステージをぐるり取り囲むスタイルで、貴族の館もかくや、という親密さが嬉しい。
まずリハーサルで聴いたモーツァルト、2曲目はブラームス弦楽録重奏曲第2番ト長調。雄大で恋人アガーテにまつわる音型で知られる第1楽章から、ロマ風の第2楽章をへて、軽やか、穏やかな終幕へ。ステージが近いので、かつて聴いた小澤国際室内楽アカデミー奥志賀などに比べ、格段に奏者の運動量、表現の迫力が感じられて楽しめた。終了後にまた座談会。合わせることの難しさと楽しみ。頑張ってほしいです!

Dsc_0636_20230312093501 Dsc_0639-1

 

« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »