« 2022年10月 | トップページ | 2022年12月 »

しびれ雲

KERA・MAP #010「しびれ雲」  2022年11月

ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出。名作「キネマと恋人」と同じ牧歌的な「梟島」を舞台に、小津映画を思わせるしみじみ群像劇が胸にしみる。本多劇場のやや後方、下手寄りで8500円。相変わらずの豪華キャストで、休憩を挟んで3時間半。

時は昭和10年ごろ。夫を亡くし健気に生きる姉・波子(緒川たまき)を軸に、見守る家族(父・石住昭彦、兄夫婦の三上市朗・安澤千草、ゲイの息子・森準人)、夫の旧友たち(やぶ医者の松尾諭、ケーキ屋の三宅弘城、バー経営の尾方宣久)、気持ちがすれ違う妹夫婦(気の強いともさかりえと萩原聖人)と工場仲間(菅原永二がいい味)らの、ささやかな片思いや老親の衰えをめぐる戸惑いが、笑いをまじえつつノスタルジックに展開。迷い込んだ記憶喪失の青年フジオ(井上芳雄)が、次第に町に溶け込み、庶民の暮らしに小さな希望を灯す。

緒川が相変わらずの透明感で、独特の方言を操りつつ舞台を牽引。井上も何とも品が良くて、終盤の歌がご馳走だ。役者は皆、達者。なかでも菅原の妹・清水葉月が井上に失恋するシーンが、なんとも切なくて良かったなあ。

Img_6519

管理人

管理人/THE CARETAKER 2022年11月

ノーベル文学賞の鬼才ハロルド・ピンターの1960年初演作を、小川絵梨子演出で。転がり込んできた男、イッセー尾形が兄弟をかき回す。日常を侵食する何か正体不明のものの怖さをひりひりと。これが「ピンタレスク」なのか。小田島創志訳。紀伊國屋ホールのやや後方、下手寄りで9300円。休憩無しの1時間半強。

ロンドンの廃墟のような一室(美術は小倉奈穂)。きちんとした身なりのアストン(入野自由)が帰ってくると、宿無し老人デーヴィス(尾形)が着いてきて居座っちゃう。翌朝、実は部屋に住んでいた弟ミック(木村達成)が、壮大なリフォームの夢を語り始める… 

実はどちらも常軌を逸している兄弟、卑屈なようでしたたかに2人を天秤に掛ける老人とが、噛み合わない会話を繰り広げる。曲者・尾形に、切ない入野(千と千尋のハク!)、目力のある木村がなかなか達者に渡り合ってた。
ロビーでは芝居好きの知人夫妻に遭遇しました~

Img_6269_20221231191001 Img_6273 Img_6281_20221231191001

 

 

 

ボリス・ゴドゥノフ

新国立劇場開場25周年記念公演 ボリス・ゴドゥノフ  2022年11月

プーシキンの原作をもとに、ムソルグスキーが17世紀ロシアの王位簒奪を描いたオペラ。ポーランド国立歌劇場との共同制作なんだけど、4月のワルシャワ世界初演は情勢にかんがみ中止、東京公演もタイトロールはじめロシアの歌手4人が軒並み来日を中止した、いわく満載の上演だ。クラシック界の反ロシア機運をふまえ、事前のトークイベントでは亀山郁夫名古屋外国語大学長が「勇気ある試み」と評していた。
そういう事情よりなにより、足を運んでみると、映画も手がけるポーランドのマリウシュ・トレリンスキの演出がなんとも陰惨で、現実と重なって拍手をためらうほどの衝撃。なにしろ冒頭から防護服の軍隊を登場させ、暴虐ぶりを容赦なく描いていく。人はかくも残酷だというリアル。勇気ある大野和士芸術監督の指揮、東京都交響楽団。新国立劇場オペラパレスのかなり前の方、中央のいい席で2万4750円。休憩2回を挟み3時間半。

ゴドゥノフ(ギド・イェンティンスが抑えめに、ドイツのバス)は16世紀末「動乱時代(スムータ)」の皇帝で、幼い皇子をなきものにして摂政から成り上がった。その忌まわしい過去に心を蝕まれ、娘クセニア(お馴染み九嶋香奈枝、ソプラノ)らのいたわりも届かない。対立する高僧ピーメン(ゴデルジ・ジャネリーゼが堂々と、ジョージアのバス)の策謀で、隣国ポーランドに王統を僭称する修道士グリゴリー(工藤和真が憎たらしく健闘、テノール)が現れ、大衆をあおってついにゴドゥノフを葬る。

救いのない憎悪の連鎖が重い。障害をもつ息子フョードル(舞台裏でメゾの小泉詠子)と聖愚者(同じくテノールの清水徹太郎)が、弱くピュアな存在としてゴドゥノフと対峙する。ともに舞台上は、ポーランドの女優ユスティナ・ヴァシレフスカが黙役で熱演。民族音楽や東方教会の聖歌の要素、分厚い合唱など聴きどころも多いそうだけど、正直、あまり気が回らなかったな。美術は四角い箱やカメラも使用。
ホワイエでオペラ好きの知人夫妻と遭遇。ショックを分かち合いました~

Img_6211

 

 

夏の砂の上

夏の砂の上  2022年11月

松田正隆(マレビトの会代表)の1999年の戯曲を、栗山民也が演出。一貫して無抵抗な男の、どこへも向かわない暮らしを淡々と。田中圭がはまり役だ。世田谷パブリックシアター、やや後方で8500円。休憩無し2時間。

長崎にあるごく平凡な民家の居間のワンセット(美術は二村周作)、ある夏のできごと。治(田中)は造船所の倒産で失業。かつて息子を4才でなくしていて、妻・恵子(西田尚美)とは別居状態だ。コンビニ弁当をひとり食べる姿がわびしい。そこへ妹・阿佐子(松岡依都美)が強引に、娘・優子(山田杏奈)を預けていく…

断水という理不尽なエピソードが、散々な治の境遇を象徴する。気のいい同僚の陣野(尾上寛之がいい味)が妻の恋人とわかっても、どうにもならない。だからこそ突然日常に入り込んだ優子のみずみずしさが、眩しく映る。2人で土砂降りの雨をたらいに貯めるシーンは、ひととき希望を感じさせる、いいシーンだ。もっとも現実は甘くない。行くなと叫べるくらいなら、こうなっていない、ということか。

山田が初舞台とは思えない存在感で、楽しみだ。キムタクのドラマでボクシング部員だった子ですね~ 出番は少ないけど、身勝手で欺されやすい阿佐子の造形も見事。照明の変化が美しかった。

Img_6139

團十郎襲名披露大歌舞「祝成田櫓賑」「外郎売」「勧進帳」

市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿襲名披露 十一月吉例顔見世大歌舞 八代目市川新之助初舞台  2022年11月

大名跡復活を祝う公演の、昼の部に足を運んだ。お着物が目立つ大入のロビーの華やぎ、まがりなりにも復活した大向こう、そして座席でお弁当をつつくのも楽しい。新團十郎に対して多々批判はきくものの、これでなくちゃと思える華があるのは確か。9歳の新之助が初舞台で、達者な長台詞をきかせるのも語り草になりそう。歌舞伎座中央のいい席で2万3000円。休憩2回をはさみ3時間半。

「祝成田櫓賑(いわうなりたこびきのにぎわい)」は常磐津による「芝居前」と呼ばれる祝祭の舞踊。成田山新勝寺の東京別院である深川不動尊で鳶の者、手古舞(萬太郎、種之助、鷹之資、莟玉ら)がきびきび「雀踊り」を披露。鳶頭と芸者(鴈治郎、錦之助、孝太郎、梅枝)が加わって、兄貴分(梅玉)と恋仲の芸者(時蔵)がしっとり馴れ初めを語り、ひょっとこやおかめの賑やかな舞踊。そこへ町役人(寿猿)と若い者が兄貴分を呼びに来る。御年92歳の寿猿さんに拍手!
木挽町芝居前に変わって瓦版売の言立ての後、芝居茶屋の者(楽善、福助!、錦吾ら)が居並ぶなか鳶の者が軽快に獅子舞。そこへ男伊達、女伊達、すなわち侠客たち(権十郎、右團次、廣松ら)が花道にすらりと並び、祝儀のツラネが気分を盛り上げる。そろって手締めとなりました。

休憩にお弁当をすませ、お楽しみ大薩摩連中の「外郎売」。新之助がタイトロールを務める。柱に役者の看板がかかる古風な荒事味、言葉による悪霊鎮めは江戸歌舞伎ならでは。2009年に病から復活した十二代目で観たのが懐かしい。
とにかく工藤祐経で、御大・菊五郎が問答無用の大物感を示す。大磯の郭での休憩シーンで、居並ぶお馴染み鎌倉関係者(左團次、雀右衛門ら)、傾城(魁春、孝太郎、児太郎ら)も豪華メンバーだ。そこへ外郎売が現れて、故事来歴や効能を言い立てる。体は小さいけれど堂々としていて、不安を感じさせないのが凄い。さらに蘇我五郎の正体を明かしての「対面」、工藤が絵図を与える度量を示して拍手。

休憩の後はいよいよ長唄連中の「勧進帳」。襲名では2018年南座の幸四郎が、いっぱいいっぱいの弁慶で印象的だったけど、今回は富樫に回って誠実、果敢に。対する新團十郎はとにかくきびきびと格好が良く、心配されがちな発声もスケール感があっていい。お酒が入ってからの稚気は抜群で、ラスト幕外での感謝の礼と飛び六方まで、独特のオーラを放ちます。義経の猿之助はちょっと曲者感がでちゃうものの、この3人の世代が中核なんだなあ、と感慨深い。義経一行には巳之助、染五郎、左近(松緑の長男)、市蔵。後見で75歳、成田屋最古参の齊入がしっかり支えるのも、ちょっと涙ものでした。

襲名ならではといえば、なんと村上隆の祝い幕が素晴らしかった。巨大な三升の長素襖はじめ、所狭しと成田屋家の芸のヒーローたちが躍動し、鮮やかな色彩、そして目力が大迫力。三池崇史の依頼だったとか。めでたい焼きも復活して、楽しかったです!

Img_5987 Img_5986 Img_5992 Img_5998 Img_6014 Img_6020 Img_6032 Img_6037 Img_6126 Img_6125

 

イヌの仇討

こまつ座第144回公演 イヌの仇討  2022年11月

井上ひさしの2002年初演作を、座敷童子の東憲司演出で。忠臣蔵討ち入りの日、明け方の2時間を吉良上野介の視点で描き、通説を相対化する井上戯曲らしい。立場が変われば何が見えてくるのか、価値観の分断が目立つ現代にも響く。紀伊國屋ホール、中段下手寄りで8000円。休憩を挟んで2時間半。

台所脇の暗い味噌蔵のワンセットに、殿様・上野介(大谷亮介が知的に)、側室お吟(宝塚出身の彩吹真央)、お家大事の女中頭お三(三田和代)、近習らがひしめいている。まずもって追い詰められた状況。しかも綱吉から拝領した大切な「お犬様」、お犬様付女中!まで。
偵察に出入りする茶坊主(演劇集団円の石原由宇)から大石の思惑を推し量り、うっかり盗みに入った砥石小僧(座敷童子の原口健太郎)から世論の傾きを知る仕掛けが巧い。
上野介は藩主にあそこまでさせちゃった大石の怠慢を責めてたけれど、やがて益の乏しい討ち入りの本質を喝破。では、何も悪いことをしていない自分が、どう社会にインパクトを残すべきか? 「忠臣蔵」の真の悪役は誰か、この美談を成立させたのは実は上野介ではないか。裏の裏は表、のような解釈が思考を誘う。

大谷がさすがの安定感。終盤で石原の自己犠牲、吉良家の側の忠義がちょっと意表をついて泣かせる。お犬様はなかなか存在感があるぬいぐるみで、重要な笑いを担ってた。ちなみに義士たち(たかお鷹ら)は声の出演。それで成り立つ忠臣蔵の存在が、今更ながら偉大かも。美術は石井強司、音楽は宇野誠一郎。

Img_5960

« 2022年10月 | トップページ | 2022年12月 »