レオポルトシュタット
新国立劇場開場25周年記念公演 レオポルトシュタット 2022年10月
巨匠トム・ストッパードが2020年、83歳にして自らのルーツに向き合い、ローレンス・オリヴィエ賞を受けた重厚な叙事詩を、小川絵里子が演出。19世紀末、ウィーンに住んでいたユダヤ人一家の4世代にわたる軌跡を描き、蹂躙される者の悲劇を描く。登場人物が30人近くにものぼって、観る方もたぶん演じる方も難度が高いんだけど、今の状況に通じる強靱なメッセージと、回り舞台を使ったテンポのいい演出で、休憩無し2時間半が長くない。広田敦郎訳。新国立劇場中劇場の中ほどで7920円。
冒頭は改宗してエスタブリッシュとなった当主ヘルマン・メルツ(ジャニーズの浜中文一)、カトリックの妻グレートル(元宝塚の音月桂)はじめ、一族が集う過越の祭。文化都市ウィーンと一族の成功を象徴する。しかし時代は1次大戦敗戦後の暗転をへて、運命の1938年になだれ込む。一族を呑み込む言われない迫害の過酷。そしてすっかり状況が変わった2次大戦後の1955年へ…
今では歴史なんだけど、登場人物たちは先の見えないその時その時を精一杯生きているのだ。大詰め、ヘルマンの妹の孫にあたり、英国人となった青年レオ(八頭司悠友=やとうじ・ゆうすけ、おそらく作家の投影)が廃屋と化した同じ居間で、ついに過去と対峙するシーンが胸に迫る。決して忘れてはならないこと。
レオポルトシュタットとはユダヤ人居住区の名称だそうで、肖像画が世代をつなぐキーになるのは、名作映画にもなったクリムト「黄金のアデーレ」と重なる。改宗やユダヤ国家構想、フロイト、マーラーらが登場する会話が刺激的だ。
俳優人はみな健闘で、ささやかだけど重い、個人の心情を描き出す。家族に壁を感じる非ユダヤの妻、大切にアルバムをめくっていた母(那須佐代子)が悲しい。オペラの一幕のような不倫相手のフリッツと、迫害側の残酷な市民という2役を演じる木村了に、曲者の存在感があり、同じ人間による理不尽に呆然とする数学者(土屋佑壱)、米国に渡って家族を救えず、深い悔恨を抱えるローザ(瀬戸カトリーヌ)らに陰影がある。
全編に冷静な俯瞰の視点が感じられ、戯曲と演出の知性が光る。舞台を巡っていく8本の柱が重々しい。美術は乗峯雅寛。
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