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世界は笑う

COCOON PRODUCTION 2022+CUBE 25th PRESENTS 2022  世界は笑う  2022年8月

ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出。父がジャズマンで、幼いころ家にコメディアンらが出入りしていたというケラが、昭和30年代の無頼な喜劇人を描く群像劇だ。セピア色の空気、正解のない「笑い」を追い求める人々の哀切が胸に迫り、ラストにかすかな希望がともる佳作。キャストは3本上演できるくらい、全員主役級の豪華さ。そのなかで、お人好し瀬戸康史にさりげなく情感があって、成長しているなあ。席が後方だったし、休憩を挟んで4時間弱の長尺に身構えていたけど、全く飽きなかった。Bunkamuraシアターコクーンで1万1000円。

戦争の傷跡が残る新宿。作家志望の米田彦造(瀬戸)が、落ち目の劇団・三角座にもぐり込むところから、物語が始まる。地方興行先の旅館で、ヒロポンに追い詰められていく助造(千葉雄大)と、ニヒルな看板俳優・多々見鰯(大倉孝二が抜群の求心力。2役も)が、才人の苦衷を語り合うシーンが何とも切ない。女優ネジ子(犬山イヌコ)が往年の名コンビ、山屋トーキー(ラサール石井)を幻視するシーンもロマンチック。そして従軍した夫を待ち続けた健気な初子(松行泰子)の運命は、それだけで一編の映画のよう。

ハチャメチャなスターのエピソードが、人物造形を裏打ちする。病気で人生の不条理を思い知った鰯は渥美清が、落ちぶれた青木単一(温水洋一)は戦前戦後の軽演劇スター清水金一がモデル。センスがあるのに受けない助造には、フランキー堺らにアイデアを提供したという泉和助を、さらに山師プロデューサー(石井)には日本テレビの井原高忠を投影しているとか。ほかにも井上ひさしとかビードたけしとか、連想が広がります。

手練れ俳優陣のなかでもラサール石井が、しょぼくれたベテラン俳優とイケイケプロデューサーの2役で説得力を発揮。やさぐれた役者の勝地涼や山内圭哉、不味いラーメン屋のマギーらが、さすがのリズム感だ。興行主・銀粉蝶、座長夫妻の山西惇、伊勢志摩が老境の哀愁を醸し、野心満々の緒川たまきがお洒落。ほかに助造につくすダンサーで伊藤沙莉。いやー、お腹いっぱいです。
映像はお馴染み上田大樹、三日月や花火、色づかいが美しい美術は「イモンドの勝負」などのBOKETA。上演前に流れてたのはテレビ黎明期のCMソング。よくこんな音源があったなあ。
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LA LA LAND Live in Concert : A Celebration of Hollywood

LA LA LAND Live in Concert : A Celebration of Hollywood ハリウッド版ラ・ラ・ランド ザ・ステージ 2022年8月

大スクリーンで映画全編を観ながら、オーケストラとジャズバンドによるサウンドトラックの生演奏を聴くというイベント。冒頭、高速道路の「Another Day of Sun」から、高揚感が素晴らしい。東京国際フォーラム・ホールAの中ほどで1万2500円。休憩を挟んで2時間半。

作曲家ジャスティン・ハーウィッツと、演奏を担当したピアノのランディ・カーバーが来日。合唱やダンス、花火の演出も。
映画は文句なく名作で、存分に楽しめた。一方で、歌手がいないのとマイクを使うためか、コンサートとして物足りないのは否めない。アンコールの「City of Stars」のジャズバンド演奏が盛り上がりました~

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ハイゼンベルク

HEISENBERG(ハイゼンベルク)  2022年8月

「FORTUNE」などのサイモン・スティーブンスの秀逸な二人芝居を、小田島創志訳、初見の古川貴義(箱庭円舞曲)演出で。終始突拍子なく失礼な女、ジョージー42歳と、振り回される男、アレックス75歳。コミカルでテンポのいい会話から、後悔と虚しさだらけの人生を、それでも心楽しく生きていく思いがたちのぼって、じんわり。芝居好きが集まった感じの中野ザ・ポケットで8800円、休憩無しの90分。製作はconSept。

ロンドンの駅でベンチに座るアレックス(平田満)に、ジョージー(小島聖)が後ろから近づき、唐突にキスするところから、2人のやりとりが始まる。ジョージーがアレックスの営む肉屋に押しかけてきて、デートする羽目になって… ジョージーの容赦ない突っ込みにたじろぎつつ、惹かれていくアレックス。
「君を愛し始めているみたいで、そうなって欲しくない。俺はそうなって欲しくない。絶対そうなってはいけない。だからそうならないようにしているんだよ、今、今こうやって。俺はもう行くぞ」「ここあなたの家なんだけど」「分かってる」。ごく当然で選択肢などないはずだった、長く冷え冷えとした孤独に差し込む、一筋の、けれど決定的な光。

ジョージーが打ち明けていく家族のことは、なんだか虚実判然としない。大人だから、カネの話も出てくるし、先の約束なんてもちろんない。けれど、とうとうニュージャージーに行き着いて2人が踊る、ぎこちないダンスの切なさ。「もしも、もう1週間一緒にいて、って私が頼んだら、一緒にいてくれる?」
タイトルはドイツの物理学者ハイゼンベルクの「不確定性原理」にちなむ。二つの離れた粒子の運動量や相関関係を、正確に測り決定することはできないそうで、本作ではこんなものと決めつけていた人間性も、いつだって変わりうるという、静かで強いメッセージにつながる。実は体調のせいで、ところどころちょっと眠かったんだけど、戯曲を読んで納得。

小島が膨大な台詞をものともせず、生き生きと魅力的で、危うくて、いい。対する平田は冴えなさ加減、絶妙の間がさすがだ。セットは簡素で、暗転のたび俳優2人が袖で着替え、ベンチなどを出し入れする。美術はお馴染み乗峯雅寛。
交互登板のはずだった、もう一組の演出家・キャストがコロナで中止となり、貴重な上演でした。帰りに中野駅周辺をぶらぶら。

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落語「転失気」「浜野矩随」「二階ぞめき」「三枚起請」「初天神」「鰻屋」「稲葉さんの大冒険」「普段の袴」「星野屋」

特撰落語会  2022年8月

 夏恒例・杉並公会堂で豪華メンバーの落語会。1日3公演のうち2部、3部を続けて聴いて、ちょい疲れた。よく入った大ホール、それぞれ中ほど前寄りで2部4500円、2人会の3部は3800円。各2時間。

15時開演の2部はまず市馬門下、二つ目の柳亭市寿で「転失気」を手堅く。春風亭小朝は時事の肩すかしでくすぐり、三平ネタを振ってから「浜野矩随(のりゆき)」。彫金の名人の息子が、死を覚悟して開眼する感動物語。数年前に聴いた講談バージョンは本来の、お母さんが亡くなっちゃう悲劇だったけど、この日は助かるハッピーエンド版でした。程よく肩の力が抜けた感じ。
仲入後は柳家花緑さん。ベテランに挟まれて、といいつつ安定感抜群「二階ぞめき」。この可愛さが好き。トリは桂文珍で、思えばコロナ初期の50周年独演会以来と感慨深い。前が二人とも親子にからむ話でと振りつつ、全く方向違い、郭噺の「三枚起請」をさらさらと。相変わらずのオフビート感、人を食った感じがいい味だ。

食事のあと19時開演の3部は、開口一番が桃月庵あられ。白酒の弟子の前座で、柳家ツートップの会に2年続けて呼ばれて有り難い、たぶん家が近いからと笑わせ、元気に「初天神」。そして柳家三三の1席目は「鰻屋」。にょろにょろ親指を演じながら「こんな大きいホールで何やってんだか」と愚痴っちゃって、初天神の凧揚げいじりもあって愉快。続いてびっくりの見台をすえて柳家喬太郎。膝が痛くて、あぐらだからだそうです。噺家さんは辛いよね~ 噺は初めて聴く「稲葉さんの大冒険」。堅物の稲葉さんが駅前でうっかり色っぽいティッシュを受け取ってしまい、よせばいいのに公園に埋めようとする。そこへ犬を散歩する老人が通りかかり、思い込み激しく大暴走。釣りの餌だの、植木の土だのを押しつけ、果ては松の木を…。凧揚げと鰻をいじり、「見台置いて穴掘っても見えないよね」「大丈夫、2席目は古典やるから」、枝雀さんオマージュまで飛び出して、とても膝が痛いとは思えない大熱演に爆笑! 三遊亭円丈が1969年に師匠のさん喬さんに書いた噺なんですね。古びないな。
仲入後は喬太郎2席目。擬人化した西武鉄道が東武鉄道を見下す得意の前振りで、どうなることかと思ってたら、予告通り強引に古典にもちこんで「普段の袴」。楽々といいテンポ。大トリは再び三三が上手に受け止めて、「星野屋」。高座では初めて聴いたかな。水茶屋のお花が馴染みの星野屋の旦那と心中しかけるものの、そんな気はさらさら無く、旦那が吾妻橋から飛び込むと、しれっと帰ってきちゃう。そこへ2人を引き合わせた重吉が、旦那が化けて出たと飛び込んでくる。お花が尼になると髪を切ったら、旦那が戻ってきて、お花の了見を試す芝居だったと明かす。お花はおあいにく様、それは「かもじ」だと悪態をつき、おっかさんまで出てきて… 戯曲「スルース」ばりの二転三転の欺しあい、三枚起請同様どっちもどっちの浅ましさが古典らしい。嫌な噺も軽やかなのが、さすがです。お花は実在の人物で、歌舞伎「加賀鳶」に登場するとか。いやー、充実してました~

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