ペレアスとメリザンド 2022年7月
大野和士芸術監督4シーズン目の締めくくりは、現代的な音階・和声によるドビュッシー唯一のオペラ(1902年初演)を、精密な大野指揮の新制作で。うねる旋律は陰鬱なんだけど、高水準の歌手陣と、英国の鬼才ケイティ・ミッチェルのエグい演出で、休憩30分を挟んだ3時間半、緊張が途切れなかった。東京フィルハーモニー交響楽団。新国立劇場オペラハウス、前のほう上手寄りで2万4750円。
戯曲はベルギー象徴主義のメーテルリンク。童話の「青い鳥」とはイメージが全く違い、閉鎖的な城で繰り広げられる不倫と死という息苦しい物語だ。初老の皇太子ゴロー(フランスのバリトン、ロラン・ナウリ)は、森で美女メリザンド(現代曲で知られるフランスのソプラノ、カレン・ヴルシュ)を拾い、老王アルケル(お馴染みバスの妻屋秀和)、息子イニョルド(ソプラノの九嶋香奈枝)らと暮らし始める。しかし彼女は弟ペレアス(スイスの新世代テノール、ベルナール・リヒター)と不倫、怒りにかられたゴローは二人を殺してしまう。
今回は2016年初演(仏エクサンプロヴァンス音楽祭)のプロダクションで、曲が始まる前に、結婚式直後にまどろむ新婦がホテルでひとり見る悪夢、という斬新な設定を明示する。夢ならではの非現実的な展開が、まず面白い。黒いボードで前面を区切って場面を転換すると、寝室に巨大な樹木が出現。人物が逆回転やスローモーションで動き、クローゼットから出入りしたり、いきなり食卓の上を歩いたり、メリザンドが自らの分身(黙役で安藤愛恵)を眺めていたり。
繰り返される血や赤バラが死を、また水底へ、あるいは馬、塔からの「落下」が、破滅をイメージさせて不穏だ。運命的な泉のシーンは朽ちかけた室内プールだし、天井に届く鉄螺旋の非常階段も不安が色濃い。
表現はあけすけだ。ゴローはとんでもないDV夫、アルケルも年甲斐ない俗物で、ペレアスとのラブシーンは髪の表現が生々し過ぎ。だからこそメリザンドが人として尊重されていないのだな、と思えてくる。出自が謎なのは周囲が無関心だから、大詰めで皆が目隠しして通り過ぎるのはメリザンドを見ていないからかも。ラスト、夢から覚めた新婦の決断の、現代性が際立つ。まあ、チャレンジングで好みは分かれるだろうけど。
難役のヴルシュがボーイソプラノのような、柔らかく浮遊感のある美声で終始圧倒する。ほとんど舞台上にいて、どんどん着替えつつの繊細・大胆な演技に瞠目。対するナウリがまた評判通りの深い歌唱で、説得力抜群だ。リヒターは気弱な造形。母ジュヌヴィエーヴは急遽代役の田村由貴絵(二期会のメゾ)でした。
飲食はロビーで販売し、屋外に持って行くスタイル。先輩や知人夫妻にお会いしました。