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鎌塚氏、羽を伸ばす

M&Oplays プロデュース「鎌塚氏、羽を伸ばす」  2022年7月

倉持裕作・演出のコメディシリーズ第6弾。融通の利かない完璧なる執事・鎌塚アカシ(三宅弘城)が休暇を申しつけられ、乗り込んだ寝台特急アルビオンで謎解きに挑む。本多劇場の中央あたりで7500円。休憩無しの2時間を、ニコニコ過ごせて幸せ。

冒頭、鎌塚さんがまさかの短パン姿で、まず爆笑。かつて(第4弾)仕えた綾小路チタル(二階堂ふみ)と遭遇し、従者リョウスケ(櫻井海音)の殺人容疑を晴らそうと探偵に乗り出す。胡散臭い詐欺師(マキタスポーツ)、鉄道オタクの公爵夫人(西田尚美)、その従者で永遠のライバル・宇佐スミキチ(玉置孝匡)が入り乱れて大騒動。

リズム感のある三宅、お馴染みベタな玉置、シリーズ初登場の西田、マキタがさすがの安定ぶり。二階堂は立ち姿がすらりと美しく、お約束「オリビアを聴きながら」も堂々と。失恋が健気です。初舞台という櫻井(ミスチル櫻井さんの長男ですね)は長身、写真でみるより凜々しい印象で、まあまあ健闘。
食堂車やコンパートメントを滑らかに転換し、列車には欠かせない屋根の上でのアクションも盛り込んだ美術は、中根聡子。次作は上見ケシキさんに復活してほしいなあ。

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ペレアスとメリザンド

ペレアスとメリザンド  2022年7月

大野和士芸術監督4シーズン目の締めくくりは、現代的な音階・和声によるドビュッシー唯一のオペラ(1902年初演)を、精密な大野指揮の新制作で。うねる旋律は陰鬱なんだけど、高水準の歌手陣と、英国の鬼才ケイティ・ミッチェルのエグい演出で、休憩30分を挟んだ3時間半、緊張が途切れなかった。東京フィルハーモニー交響楽団。新国立劇場オペラハウス、前のほう上手寄りで2万4750円。

戯曲はベルギー象徴主義のメーテルリンク。童話の「青い鳥」とはイメージが全く違い、閉鎖的な城で繰り広げられる不倫と死という息苦しい物語だ。初老の皇太子ゴロー(フランスのバリトン、ロラン・ナウリ)は、森で美女メリザンド(現代曲で知られるフランスのソプラノ、カレン・ヴルシュ)を拾い、老王アルケル(お馴染みバスの妻屋秀和)、息子イニョルド(ソプラノの九嶋香奈枝)らと暮らし始める。しかし彼女は弟ペレアス(スイスの新世代テノール、ベルナール・リヒター)と不倫、怒りにかられたゴローは二人を殺してしまう。

今回は2016年初演(仏エクサンプロヴァンス音楽祭)のプロダクションで、曲が始まる前に、結婚式直後にまどろむ新婦がホテルでひとり見る悪夢、という斬新な設定を明示する。夢ならではの非現実的な展開が、まず面白い。黒いボードで前面を区切って場面を転換すると、寝室に巨大な樹木が出現。人物が逆回転やスローモーションで動き、クローゼットから出入りしたり、いきなり食卓の上を歩いたり、メリザンドが自らの分身(黙役で安藤愛恵)を眺めていたり。
繰り返される血や赤バラが死を、また水底へ、あるいは馬、塔からの「落下」が、破滅をイメージさせて不穏だ。運命的な泉のシーンは朽ちかけた室内プールだし、天井に届く鉄螺旋の非常階段も不安が色濃い。
表現はあけすけだ。ゴローはとんでもないDV夫、アルケルも年甲斐ない俗物で、ペレアスとのラブシーンは髪の表現が生々し過ぎ。だからこそメリザンドが人として尊重されていないのだな、と思えてくる。出自が謎なのは周囲が無関心だから、大詰めで皆が目隠しして通り過ぎるのはメリザンドを見ていないからかも。ラスト、夢から覚めた新婦の決断の、現代性が際立つ。まあ、チャレンジングで好みは分かれるだろうけど。

難役のヴルシュがボーイソプラノのような、柔らかく浮遊感のある美声で終始圧倒する。ほとんど舞台上にいて、どんどん着替えつつの繊細・大胆な演技に瞠目。対するナウリがまた評判通りの深い歌唱で、説得力抜群だ。リヒターは気弱な造形。母ジュヌヴィエーヴは急遽代役の田村由貴絵(二期会のメゾ)でした。

飲食はロビーで販売し、屋外に持って行くスタイル。先輩や知人夫妻にお会いしました。
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紙屋町さくらホテル

こまつ座第142回公演 紙屋町さくらホテル  2022年7月

井上ひさしの1997年、新国立劇場こけら落とし初演作を、再演を重ねてきた鵜山仁の演出で。演劇賛歌と、深い劇構造に引き込まれた。千葉哲也がスケール大きい演技も素晴らしい。紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAの、中段下手寄りで8000円。休憩を挟んで3時間強がちっとも長くない。

昭和20年5月の広島、紙屋町ホテルのワンセット。新劇の名優・丸山定夫(髙橋和也)と元宝塚スター園井恵子(文学座の松岡依都美)が移動演劇さくら隊として宿泊し、オーナーで日系二世の神宮淳子(七瀬なつみ)、従姉妹の正子(内田慈)、泊まっている言語学者・大島(白幡大介)、ピアノがうまい玲子(神崎亜子)ら素人を使い、急ごしらえで「無法松の一生」の1シーンを上演しようとする。そこへ淳子を見張る特高刑事・戸倉(文学座出身の松角洋平)、天皇の密使で海軍大将・長谷川(たかお鷹)、長谷川を見張る陸軍中佐・針生(千葉哲也)が紛れ込んで…

「宝石」たる生身の俳優への愛情、方言に対する愛着がまず文句なく楽しい。歌あり踊りあり、戸倉が思わず演技にのめり込んじゃったり、園井が宝塚の演技パターンを実演したり、笑いもたっぷりだ。観ているほうは、この3カ月後の運命を知っているから、淳子が強制収容に怯えつつ、精一杯舞台を務めようとする姿に涙する。「すみれの花咲く頃」がこれほど染みるとは。
もう一つの軸として、ともに正体を隠している長谷川、針生がまさに、終始演技しているという二重構造、発言にいちいち裏のある感じがスリリングだ。幕開けとラストに戦後、巣鴨プリズンで二人が再会するシーンがあり、深い悔恨、戦争責任とは何か、生き残った者が何をすべきかを考えさせる。井上戯曲、重いです。

たかおが毅然として、さすが味わい深いのはもちろん、長身で無骨な松角がなかなかの切なさだ。女性陣はみな伸び伸び。初演の顔ぶれは森光子や大滝秀治だったんですねえ。
ロビーでは「残したいこまつ座作品」の投票も。

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室温

室温~夜の音楽~  2022年7月

ケラリーノ・サンドロヴィッチの2001年初演・鶴屋南北戯曲賞受賞のホラーコメディを、河原雅彦が演出。暑い夏の一日に繰り広げられる破滅の物語で、予想通り後味は悪い。在日ファンクが音楽を担当し、浜野謙太がオフビートな演技とジェームス・ブラウン風のパフォーマンスで、伸び伸びしていた。女性客がやけによく笑う世田谷パブリックシアター、前の方上手寄りで9500円。休憩を挟み2時間半。

昭和な電信柱に囲まれた洋館のワンセット(美術は石原敬)に、ベテランホラー作家・海老沢(堀部圭亮)と不機嫌な娘キオリ(ミュージカルの平野綾)が暮らしている。警官(「我が家」の坪倉由幸)、海老沢ファンだという女性(長井短)、タクシー運転手(浜田)と、訳ありな人々がやってきて、終始噛み合わないやりとりで笑わせるところへ、亡くなったはずの近隣の老人(伊藤ヨタロウ)が現れたりして、日常が歪んでいく。この日は12年前、凄惨な事件の犠牲になった双子の娘サオリの命日であり、なんと犯人のひとり間宮(古川雄輝)が刑期を終えて訪ねてきて…

ケラ+河原らしく、作家も警官も運転手もどんどんメチャメチャになっていく。暗くて暴力的で、ある意味いかにもな展開。坪倉の群を抜く怪しさに比べると、古川がまっすぐ過ぎかな。長井は殊勝な登場からの振幅が、なかなか見事。平野は綺麗だけど、絶叫がやや辛かった。
ミュージカル風にセット上方でバンドが生演奏し、紗幕を駆使しつつ、劇世界と繋いでいくところが巧い。カーテンコールで平野もパワフルな歌を披露して、ラストはお祭り気分に。関西テレビ放送・サンライズプロモーション東京が主催。

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M.バタフライ

M.バタフライ 2022年7月

デイヴィット・ヘンリー・ファンの1988年トニー賞受賞作を、吉田美枝翻訳、劇団チョコレートケーキの日澤雄介演出で。内野聖陽オンステージで、倒錯と下卑た笑いに圧倒的演技力を発揮。もっとも観念的な台詞や、中国のとらえ方がさすがに古く感じられ、休憩を挟んで3時間半を長く感じた。ジャニーズファンでいっぱいの新国立劇場小劇場、下手寄りやや後ろで1万500円。

黒く斜めに重なった階段に、椅子が散乱する抽象的なセット(美術は山本貴愛)。機密漏洩で投獄された元外交官ルネ(内田)が全編、回想もしくは自らの幻想を、観客に語りかける。ルネは1960年代に赴任した北京で、京劇の女形ソン・リリン(岡本圭人)と愛人関係になり、重要機密であるベトナムの戦況を漏らしてしまう。帰国後もふたりの関係は続き、ついに破滅へ。
ルネは身勝手にも、ソンを蝶々夫人=聡明で慎み深い「完璧な女」と思い込む。しかし後半、ソンは舞台上でスーツに着替え、法廷にたつ。ルネの機密を中国当局に流した罪とともに、白人のアジア人に対する、また男性の女性に対する支配構造の欺瞞を、鋭く告発する。さらにルネに衝撃的な正体をみせつけて…

1983年に露見した実在のスキャンダル、シー・ペイ・プー事件がモデルで、時代背景としてインドシナ半島でのフランス敗北や中国の文革、学生運動とフランス五月革命等が登場。しかし物語は激動の現代史というより、ルネの思考に焦点を絞っている。信じがたくも20年にわたり、ソンを女性と思い込んでいた、あるいは思い込みたがっていた、それは固定観念なのか、プライドや劣等感なのか。いずれにせよ、あまりに卑小で痛々しい。

舞台2作目の岡本は難役に挑んで立派だけど、さすがに妖しさ不足かな。怒ってばかりのルネの妻、朝海ひかるが意外に凜々しい。ほかにルネの上司に三上市朗、回想で何かとルネをそそのかす友人にナイロンのみのすけ、ハチャメチャな浮気相手にヨーロッパ企画の藤谷理子と安定感がある。制作は梅田芸術劇場。

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