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ガラスの動物園

ガラスの動物園  2021年12月

2021年の観劇納めは、テネシー・ウイリアムズの1944年初演の出世作を、ちょっと古風な小田島雄志訳で。「森 フォレ」の力業が光った上村聡史の演出は一転して、シンプル、丁寧で余白が多い。トムの岡田将生が、姉を救えなかった後悔を繊細に表現して秀逸だ。シアタークリエ、中ほど下手寄りで1万1000円。休憩を挟み2時間半。

全体はトムの追憶であり、どこかセンチメンタルだ。冒頭のモノローグが「ゲルニカ」など政治情勢と大恐慌、戦争の足音を端的に相対化する。
本編は1930年代のセントルイス、アパートの一室。南部の上流気分が抜けない母アマンダ(麻実れい)が、ひどく内気な姉ローラ(倉科カナ)をなんとか結婚させようとし、トムは同僚ジム(さいたまネクスト・シアター出身の堅山隼太)を夕食に招くが、それは残酷な一夜となり…

なに不自由ない結婚とか、詩人になるとか、まあ、思い通りにならない人生、なかでも父の不在が全編に影を落とす。なにせチェストにどんと、ポートレートが飾ってあるのだもの。身勝手な奴なのに、憎んではいない。
麻美がフリフリの黄色いドレスなどで、頑張れば頑張るほど滑稽な母を存在感たっぷりに。岡田との呼吸がよく、ときに笑いが起きる巧さ。ひとり一貫して我慢の演技の倉科が、思いのほか強靱だ。角の折れたガラスのユニコーンが「これで普通の馬になれた」というときの、なけなしの勇気。ラストに一つひとつ吹き消す蝋燭の、静かで決定的な喪失。ひとつ階段を上がった感じかも。

ともすれば息が詰まりそうな設定だけど、向かいのダンスホールから聞こえるジャズがいいアクセントに。パンフレットの小田島恒志の、父を想うエッセーが味わい深い。

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