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ウェンディ&ピーターパン

DISCOVER WORLD THEATRE vol.11 ウェンディ&ピーターパン 2021年8月

童話の世界そのものの、キラキラ美しいファンタジーにほっこり。20世紀初頭のバリーの原作を、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが親子プログラムに翻案。黒木華がみずみずしく演じるウェンディをメーンに、おさな子の死という深い喪失感を、精一杯生きることで受け止めていく、家族の再生の物語にしていて、大人もジンとさせる。
エラ・ヒクソン作、目黒条翻訳、「民衆の敵」のジョナサン・マンビィ演出。ジャニーズファンでいっぱいのBunkamuraオーチャードホール、上手前の方で1万2500円。休憩を挟み3時間弱。

1908年、ロンドンのダーリング家。雷鳴とともにピーター(中島裕翔)が飛来し、病弱の末っ子トム(原作には登場しないそうです。下川恭平)を連れ去る。それから1年後、気の強いウェンディと弟たち(平埜生成、前原滉)は、再び現れたピーターと「ロスト・ボーイズ」が住むというネバーランドへ、トムを探す冒険に出る。
ネバーランドではウェンディ、ピーター、太っちょでふわふわピンクの妖精ティンク(富田望生)が可愛いラブコメを繰り広げ、凜々しいタイガー・リリー(山崎紘菜)をまじえた海賊フック(堤真一)、手下スミー(玉置孝匡)らと大立ち回りを演じる。

「影」チームが群舞やアシストで活躍し、フライングもたっぷり。でもアクションより、温かいラストが印象的かも。子供たちが家に帰って、冒険は一夜の夢だと知った後、アル中気味だった父(2役の堤)と仕事に踏み出す母(石田ひかり)が互いを認め、危機を乗り越える。
「永遠の少年」って実は、残された者が泣き止んだとき、星空からネバーランドに降り立って、幸せに暮すのです。女の子だって団結できる、というメッセージは今やちょっと古い感じだけど。

12歳設定の黒木、そして石田に安定感があり、堤の大仰な海賊が楽しそう。中島はさすがの透明感で、クセのある平埜とへにゃ顔の前原に期待がもてる。メルヘンらしい美術・衣装はコリン・リッチモンド。客席を覆う星空が美しい。映像はまたまた上田大樹。

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砂の女

ケムリ研究室no.2「砂の女」  2021年8月

息詰まる観劇体験。あまりに有名な安部公房の原作を、ケラリーノ・サンドロヴィッチの上演台本・演出で。いやー、とにかく圧倒的な閉塞感、徒労感で、観ていてリアルに息苦しくなる。休憩を挟んで3時間弱が長かったー。男性客が目立つシアター・トラム、下手うしろの方で8800円。

趣味の昆虫採集で寒村にやってきた教師(仲村トオル)が、砂丘の底のあばら屋に女(緒川たまき)とふたり、閉じ込められる。三方を覆い、うごめく黒布と卓越したプロジェクションマッピングが描き出す、積もり続ける砂がまず怖い(映像は上田大樹・大鹿奈穂、美術は加藤ちか)。
ただサラサラと無機質で、暴力的な砂。「砂かき」を続けるだけの、先の見えない感じが、世界の、そして自分の現在とシンクロしちゃう。不条理が現実になった今。コロナにしても、アフガン情勢にしても。
希望という名のカラスは手をすり抜け、男は目鼻のない人形のように、人間性を失っていく。男が喉の渇きのあまり焼酎をがぶ飲みするシーンではホント、やめてー、余計喉渇くよー、と叫びたかった~

イライラするほど無知で、官能的な緒川が新境地かも。諦念とふてぶてしさが同居。もんぺ姿で、ずうっと作り笑いをしながら男をからめとっちゃう。そんな終始変わらない緒川に対して、仲村が上から目線で説教したり、妙に幼く脳天気だったり、めっきりくたびれたりと、熱演だ。
もっとも喜劇の要素は忘れていない。別役実風「電信柱」のある交番のシーンが、数少ない息抜きで、巡査同士のかみ合わない会話が可笑しい。いつまでたっても男の捜索にはつながらないけど。巡査や同僚教師、黒子ならぬ「砂子」など、複数役にオクイシュージ、武谷公雄、ナイロンの吉増裕士と廣川三憲。妻役は声とシルエットで町田マリー。

照明(関口裕二)の変化が効果的で、色っぽいシーンをお洒落に見せる振付は、お馴染み小野寺修二。舞台上手の上のほうで音楽の上野洋子が、いろんな楽器と野太い声で生演奏するのが、ちょっとレトロで斬新でした。ケラ&緒川夫妻のユニット公演第2弾、攻めてます。

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加賀見山再岩藤

八月花形大歌舞伎 第一部 加賀見山再(ごにちの)岩藤  2021年8月

幸四郎や勘九郎が軸の花形公演で、第一部は澤瀉屋の一座。黙阿弥作、猿翁が練り上げた4時間の人気作を、石川耕士が 「岩藤怪異篇」として、休憩を挟み2時間に圧縮した。
猿之助の6役早替り&宙乗りと、ケレンを詰め込んでテンポが良い。コロナ感染から復帰2日目のせいか、「黒塚」とかと比べると淡泊だったけど。歌舞伎座前のほう、やや上手寄りのいい席で1万5000円。

浅葱幕が振り落とされると序幕、華やかな大乗寺花見の場から、早替りの連打を楽しむ。殿様・多賀大領(猿之助)は側室・小柳の方(笑也)に夢中で、忠臣・安田帯刀(男女蔵)の進言を退けるし、御台・梅の方(猿之助)には会いもしない。一方、いかにも国崩しの黒幕・望月弾正(猿之助)が、忠臣サイドの又助(きびきびと己之助)をたぶらかす。悪役・蟹江兄弟の亀鶴と鷹之資、特に鷹之資の声が通って気持ちいい。
浅野川川端の場で、欺された又助が、駕籠の梅の方を殺しちゃう悲劇。舞台がぐっと暗くなり、八丁畷馬捨場へ。お家の奥を取り仕切る中老尾上(雀右衛門)が、かつての仇・岩藤の菩提を弔っていると、あら不思議。土手に散らばった白骨が集まって、岩藤の亡霊(猿之助)となり、復讐を宣言する。「骨寄せ」ですね。猿之助がさすがの怪しさで、ムーンウォークみたいな動きも大受け。雀右衛門さんは、召使い時代の黄八丈姿でも上品です。
弾正らがからんで重宝・朝日の弥陀の尊像を取り合う「だんまり」があり、いったん幕がひかれて、なんとスッポンから登場の大薩摩に拍手。一転、明るい花の山の場で、在りし日の局姿になった岩藤の亡霊が、客席を見渡し、上手から下手へ悠々と宙乗り。スターだなあ。

休憩後の二幕目は、多賀家奥殿草履打ちの場。尾上(局姿だと貫禄)が、病に伏せる殿様の妹・花園姫(男女蔵長男の男寅がなかなか可憐)を励ましていると、弾正が来訪。すると館全体が鳴動して荒れ果てた様子に変じ、弾正に乗り移った岩藤(途中から女性の声になる工夫)が現れて、尾上を草履で散々に打ちすえちゃう。怖いよー。尾上は取り戻した尊像でなんとか撃退する。
続く大詰・下館茶室の場でお約束、あれよあれよの展開に。又助が梅の方殺害の責任をとって切腹。その最後の言葉で、実は生き別れた妹と判明した柳の方は、弾正の悪事に荷担してきたことを悔い、健気にも弾正と差し違える。
下館奥庭の場で、改心した大領から鬼子母神の尊像を突きつけられると、岩藤の霊もあっけなく骸骨に戻って、バラバラに崩れ落ちる。悪者は退治され、尾上、元気になった花園姫、局浦風(笑三郎)、帯刀、重宝を取り戻した忠臣・求女(門之助)が勢揃いして、大団円となりました。局でちょこっと登場の寿猿さん、なんと91歳に拍手。最後は全員でご挨拶。
登場人物が多くて、正直追いつけないところもあったけど、盛りだくさんの趣向をエンジョイしました~ 初日から猿之助休演で、代打ちした己之助も好評でしたね。偉い!
売店でまた大島紬のマスクを調達しました~

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落語「黄金の大黒」「代書や」「締め込み」「ふだんの袴」「船徳」「素人鰻」「七段目」

市馬落語集 お盆特別公演 2021年8月

国立劇場のなんと大劇場で、豪華メンバーの落語会。ちょっと見づらい中央あたりで5500円。短い休憩と中入りを挟んで、たっぷり4時間堪能しました。オフィスエムズ。

第一部は「三宅坂 令和噺競(れいわのはなしくらべ)~九代目春風亭柳枝襲名祝~」と銘打ち、まず市馬一門の二ツ目・柳亭市童で、長屋の面々が楽しい「黄金の大黒」。桃月庵白酒が空気を変え、「代書や」。権太楼さんで聞いたことがある噺。履歴書を書いてもらいに来る男のトンチンカンさが、飄々とした味わいにぴったりで可笑しい。ちらほら噺家ネタも挟まり、続いて登場の柳亭市馬が、白酒は意外と毒をはくなどと語りつつ、「締め込み」。いつもながら正攻法で気持ちいいです。
10分の中入りがあり、春風亭一之輔が、柳枝とはいとこ関係(師匠の春風亭正朝と自分の師匠の一朝が、柳朝門下の兄弟弟子)と、正朝さんの思い出などを語り、安定の「ふだんの袴」。いつもながら、いたずらっ子みたいな表情が愛らしい。エールを受けて春風亭柳枝が、夏らしい「船徳」を行儀良く。3月に正太郎から真打ち昇進だったんですね。

20分休憩のあと、第二部は「久方振(ひさかたぶり)長講二人会」として、まず柳家三三。長講ってことだけど、押しててもう持ち時間が10分ぐらい…と笑わせつつ、「素人鰻」をテンポ良く。初めて聴いた噺。明治になって武士が鰻屋を開業、頼りの「神田川の金」は腕は良いが酒癖が悪く、ついに店に現れず、主人自ら鰻をさばく羽目に… 指で表すにょろにょろ鰻がリアル!
お楽しみとして三味線の太田その、柳沢きょうによる端唄「上げ汐」を風流に。そしてトリは市馬さんが再び登場。お囃子連中は奥ゆかしいので御簾内でと解説し、大劇場にぴったりの「七段目」!名調子に下座、ツケも入り、ジャラジャラジャラと舞台が目に浮かびます。古典はいいなあ。面白かったです!

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春陽「海賊退治」「河村瑞賢」「長唄 勧進帳」「四谷怪談」

噺小屋in池袋 葉月の独り看板 夜の部 2021年8月

昼の部に続いて、夜の部は三回目の神田春陽さん。けっこう集まったシアターウエスト、昼にもまして前の方中央のいい席で3100円。定刻前から盛り上がってたっぷり3時間。

なんとオープニングアクトに、お馴染みカンカラ三味線の岡大介。40過ぎと思えない朗らかさがいい。酒場の窮地を嘆き、五輪やコロナ対策を皮肉りつつ、三波春夫「大東京音頭」、原点「スーダラ節」、自作の酒呑み歌などを伸び伸びと。本も出版とのこと、何よりです。
続いて前座は神田鯉花(りか)。松鯉さんのお弟子、ちょっと不思議ちゃんの雰囲気。おもむろに眼鏡をとって笹野名槍(めいそう)伝から「海賊退治」。興福寺発祥で山縣有朋も習得した宝蔵院流槍術の達人、若き笹野権三郎が船上で大立ち回りを繰り広げる。何が何やら。
いよいよ春陽さん登場。ワクチンはあっという間、などと愉快なマクラから、今日の四谷怪談はお岩さんが出てこない、前半は怖くないけど夏の話でと「河村瑞賢」。無一文で江戸に出て、車引の親方のところへ転がり込み、なんとお盆のお供え物を引き取って漬物などにして儲けちゃう。ゆったり上方言葉の大物感、文句言いつつ面倒をみる車引の人情、暑い夏の風情がいい。「法華以外は南無阿弥陀仏で」というくだりが偶然、昼の部とつながる面白さも。のちに材木商、廻船で成功した豪商で、大阪の治水工事・安治川(中之島の下流ですね)を指揮した人だそうです。

中入り後、幕が上がると杵屋浅吉。長髪でちょっとサーファー風、訥々とした口調ながら、明晰な解説を交えつつ長唄「勧進帳」ダイジェストを。歌舞伎舞台が目に浮かんで面白かった。佐門会家元七代目杵屋佐吉の長男、母方の祖父が木村功さんなんですねえ。なんてハイレベルなゲスト!
ラストに春陽さんが再登場。浅吉さんが入り口のテロ対策にひっかからなくて良かった、いつもの夏なら「キジバス」で怪談を口演する、お祓いに行って夫婦喧嘩を聞かされ…と笑わせ、歌舞伎の南北作「東海道四谷怪談」は当時の事件を複数取り入れていて、長屋の舞台は雑司ヶ谷、講談バージョンは元ネタのひとつ「四谷雑談集」に近い、と解説し、眼目の四谷怪談から発端の「於岩様誕生」へ。
田宮又左衛門の一人娘おつなは、病気のために醜く婿のなり手がいない。ある寒い日、なんと父が奉公人・伝助を「娘の部屋は暖かいぞ」とけしかけ、叔父のところへ身を寄せて所帯をもつ。なんだかコメディだな…と油断してたら、後半は凄く怖くなる。気のいい伝助が、トンデモ武士が発作的にひき起こした金貸し夫妻の殺しに巻き込まれ…と、お岩さん誕生につながる因果を語る。病気による差別とか、天井から…とか、実に陰惨で、春陽さん、凄みあり過ぎです。怪談はいつも、怖いのは幽霊なんかじゃなく人間なんだよね。ぶるぶるっ。
いやー、盛りだくさんでした!

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正蔵「権兵衛狸」「おせつ徳三郎」

噺小屋in池袋 葉月の独り看板 昼の部 2021年8月

断続的な雨のなか、楽しみな「正蔵ダークサイド」へ。じっくりと、いい感じの枯れ具合だ。オリパラ警戒中の東京芸術劇場シアターウエスト、前の方真ん中のいい席で、お得な3700円。中入りを挟み1時間半。

開口一番は林家はな平で、来年真打ち昇進とのめでたい報告があり、福岡市出身、名所は太宰府くらいだけど食べ物は美味しい、珍しい九州弁の噺を、と前置きして「権兵衛狸」。髪結の権兵衛が悪戯狸をつかまえ、こらしめに頭の毛を剃ると、懲りずに現れて「ひげもあたって」。適度なお国言葉と民話みたいなほのぼの感がいい。村人の酒盛り、水車小屋の思い出、「ごーんべ」という呼び声、祥月命日だから殺生はやめておく… おおらかだなあ。けっこういろんな師匠が手がけているようです。
続いて正蔵さんが、白い着物で登場。弟子の昇進を喜んでから、「おせつ徳三郎」前編の「花見小僧」。初めて聴いたけど、幕末の初代春風亭柳枝作で、圓生、志ん生、小さん、志ん朝、円楽もかけている大作なんですねえ。前編の口演は珍しいそうです。
日本橋の大店のお嬢様おせつが無茶な理由で縁談を断るので、旦那が番頭に相談すると、なんと手代の徳三郎といい仲とのこと。丁稚の定吉を呼んで、ばあやの手引きでなれ初めになったらしい、向島の花見の様子を問いただす。ここまではお馴染みの滑稽噺ですね。勘の悪い旦那と、手練れの番頭の噛み合わなさ、定吉の、子供なんだけどご褒美欲しさにしゃべっちゃう狡い感じとか、お手のもの。

中入りで着物を着替え、眼目の後編「刀屋」へ。暇を出された徳三郎、ばあやから「悪いようにはしない」と言われていたのに、おせつがどこぞの若旦那と祝言をあげると知る。カアッとなっちゃう表情の変化が見事!
ただ、今回のダークサイドはここまで、人情噺に。徳三郎が夫婦ともたたき斬ってやると、日本橋村松町の刀剣商に飛び込むと、尋常で無いと察した主人が、うまく相手をしながら事情を聞きだし、そんなことより成り上がって見返せ、と諭す。ふりかかった面倒を、なんとかおさめてやろうとする、お年寄りの懐の深さ。まあ夕飯でも一緒に、ばあさん、鮭を焼いて、というあたり、味わいあるなあ。
結局、おせつが祝言を逃げ出し、ふたりで法華(日蓮宗)の「なんみょうほうれん…」を唱えて橋から飛び込むものの、場所が木場だけに「お材木」で助かるというオチ。いい噺です。今回がネタおろしでした、との挨拶で幕。また聴きたいなあ。
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