森 フォレ
森 フォレ 2021年7月
ワジディ・ムワワド「約束の血」4部作の第3弾を藤井慎太郎訳、「斬られの仙太」に続く上村聡史演出で。8世代140年にわたる女性への暴力の記憶、そして暴力ゆえに大切な人と別れざるを得ないことの残酷さを突きつける、知的な舞台だ。人間関係が複雑だし、休憩2回で3時間半強の長丁場。確かな台詞術とスタイリッシュな演出で、緊張感が途切れないのが驚異的だ。人物関係図を熱心に読んじゃう芝居好きが集まった感じの世田谷パブリックシアター、上手寄り前の方で8500円。
2010年のモントリオール。20歳のルー(瀧本美織が健闘)のところへ、フランスの古生物学者ダグラス(成河が抑えめで切なく)が訪ねてくる。亡くなった母エメ(文学座の栗田桃子)の脳に出現した骨と一致するという、ダッハウ強制収容所の遺骨を携えて。いったい何を思い、エメは命がけでルーを産んだのか。二人はそのルーツをさかのぼる旅に出る。
「戦争の世紀」が個人の人生を、いかに破壊してきたかが、フランスを軸に容赦なく描かれていく。大勢の登場人物がぶつけ続ける、激しい怒りが切ない。
特に19世紀末、ベルギー・アルデンヌの森深くに隠れ住んだアルベール(岡本健一)一家の運命が凄惨だ。ドロドロ過ぎてギリシャ悲劇のよう。背景には、国民皆兵への道を開いた普仏戦争が陰を落としている。一家が隠棲したのは、ドイツ帝国に加担したストラスブールの鉄道王ケレール(大鷹明良)の血筋ゆえだからだ。
時代を超えて繰り返される「あなたを見捨てない」「約束する」というキーワードは、決して守られることがない約束の無残を印象づける。なかでも酒浸りの人生を送ってきた祖母リュス(麻実れい)がルーに打ち明ける、母への思慕の辛いこと! 待ち続けても、ついに迎えに来なかった幻の母リュディヴィーヌ(文学座の松岡依都美)。そのリュディヴィーヌもまた一次大戦時、アルデンヌの森からひとり助け出された孤児だった…
パンク風ファッションでキレまくるピュアな瀧本、終始なだめ役の成河が、メアドの意味とか時にコミカルなやりとりで、重いストーリーを達者に牽引。ほか9人が複数役を見事に演じ分けて圧巻だ。森の双子エレーヌとエドガーなどに岡本玲、小柳友、その弟エドモンなどに亀田佳明(文学座)、終盤のキーとなるレジスタンスのサラなどに前田亜希。
舞台は少し傾いた木目の円盤で、年輪=積み重なった年月を思わせる(美術は長田佳代子)。せいぜいテーブルと椅子ぐらいのセットから、カナダの雄大な河やら、動物の鳴き声だけが響く深夜の森やらを表現。また、時代と場所が異なる登場人物が同時に舞台にたたずんで、記憶をつないでいく演出が、非常に緻密で、見る者の理解を助ける。
ルーとダグラスの旅は辛いんだけど、大詰めで明かされるリュディヴィーヌの真実に、少しの希望がともって温かい。二次大戦時の仏トロワでレジスタンスに身を投じ、男女を超え、命をつなぐため自らを犠牲にする、その強い思い。ルーの真っ赤なコート、そして冒頭・厳寒モントリオールの雪に対応する、真っ赤な花吹雪が鮮やかだ。
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