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物語なき、この世界。

COCOON PRODUCTION2021 「物語なき、この世界。」  2021年7月

三浦大輔作・演出による3年ぶりの新作は、だめ男2人のうだうだの日常。岡田将生の脱力系だめぶりが、見上げたものだ。シアターコクーン、前のほう下手端で1万1000円。休憩を挟み2時間45分。

欲望の街・歌舞伎町の一夜。売れない俳優・菅原裕一(岡田)と売れないミュージシャン・今井(峯田和伸)が喫煙所で出くわし、高校の同級生同士と気づいてなんとなく呑みに行く。おっさん(星田英利)とのふとした諍いから、同棲相手(内田理央が健闘)、バイトの後輩(柄本時生)、スナックのママ(寺島しのぶ)を巻き込んだ逃走劇になり…

登場人物は皆、徹頭徹尾さえない。人生の脇役であることを、どう納得するか。贅沢キャストの柄本や寺島(自ら大物女優発言)が唐突に「物語の欠如」について論じるのが、なんとも幼くてムズムズする。意図したわざとらしさなのだけど、全編作者の愚痴のよう。そして最もさえないおっさんにのみ、ドラマが訪れる。
峯田が道ばたに座り込んで、ギターで歌い出すのがさすがの説得力だ。ほか、風俗店店長に宮崎吐夢(大人計画)、ごく普通(!)の警官に米村亮太朗、パワフルな風俗嬢に日高ボブ美。

開幕前からゴジラロードのネオンが輝き、道ばたにゴミが散乱する猥雑満載のセット。居酒屋、風俗店、カラオケ、雨宿りのスナック、漫喫、夜明けのラーメン店…を、複数の箱を動かして転換していくのが巧い。美術は愛甲悦子。2019年「空ばかり見ていた」の人なんですね。

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リボルバー

リボルバー~誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?~  2021年7月

ゴッホが自殺に使ったとされる銃が1980万円で落札された、というニュースを土台に、死の謎解き、そしてゴーギャン、弟テオとの愛憎を描く。原田マハが上演を前提に小説を書いて自ら戯曲化、行定勲が演出。テーマは刺激的なんだけどテンポがどうもイマイチで、休憩含め2時間半強を長く感じたかな。ジャニーズファンが詰めかけた感じのパルコ劇場、中ほど下手端で1万2000円。

物語は現代パリと1887年が交錯。現代の研究者・高遠冴(北乃きい)とオークションハウス社長(相島一之)、スタッフ(細田善彦)の元に、少女クロエ(東野絢香)がゴッホを撃ったという錆だらけの銃を持ち込む。銃は本物か、クロエの祖母とは何者なのか? 一方、19世紀末。ゴッホ(安田章大)は浮世絵に触発され、テオ(大鶴佐助)の支援で創作に打ち込むが、全く評価されない。理想の工房を求めたアルルでもゴーギャン(池内博之)との共同生活が2カ月で破綻、奇行に走る。果たしてその死は自殺か他殺か、事故か?

「ピサロ」に続いて大鶴が抑制を効かせたいい存在感。天才を愛しつつも、常識サイドにいる者の苦しみ。結局、兄を追うように33歳の若さで亡くなるんですね。池内も強烈な自我を小細工無しに表現。彼もパリ画壇からは逃亡しちゃうんだもんなあ。
安田は終始、繊細な感じ。後遺症をかかえて偉いです。北乃が健気で、相島がいいまとめ役。「コンフィダント・絆」のシュフネッケルから、もう14年とは。

芸術の「値段」とか美術史上の革新とか、説明が多いせいかセットは抽象的。療養先から送りつけられ、テオが衝撃を受ける傑作「星月夜」を、あえて台詞で語るシーンにゾクッとした。ずっと舞台中央にあって時空を結ぶ銃や、絵画風ブレヒト幕などは美術・堀尾幸男のアイデアとか。ゴーギャンがわざわざ種を取り寄せ、マルキーズ諸島に咲くひまわりの、どこか禍々しい感じ(人のよう)が印象的だ。

チケットの高額転売には本人確認の対抗措置をしてたけど、効果はどうなんでしょうか…
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カルメン

カルメン 2021年7月

新国立劇場のシーズン締めくくりは、満足間違いなしのビゼー王道演目。ステファニー・ドゥストラック(フランスの長身メゾ)の貫禄のカルメン役者ぶりを堪能する。2019年「トゥーランドット」が衝撃だったアレックス・オリエの新演出が注目だったけど、現代日本への置き換えはさほど違和感がなかった。もともと戯曲が現代的だからかな。
表現力たっぷりの大野和士指揮、東京フィル。華やかな女性グループや若手を含め、賑わいが戻った感じが嬉しいオペラハウス、中央前の方の良い席で2万4750円。休憩30分をはさみ3時間。

ステファニーさまはパワー十分、「ハバネラ」こそタメ過ぎ?と思ったけど、魔性の女というより、自由と反骨を貫く明朗な女性像で、舞台を牽引する。ミニスカ、短パン、喧嘩や着替えの演技も堂々。くわえ煙草でギターをつま弾く姿、決まってるなあ。ドン・ホセ代役の切ない村上敏明(ジャンニ・スキッキで聴いた藤原歌劇団のテノール)、ミカエラのひたむき砂川涼子(同じく藤原のソプラノ、宮古島出身)が、それぞれ張りのある声で、存分に渡り合ってた。ワル仲間のダンカイロ町英和(バリトン)、フラスキータ森谷真理(ソプラノ、夜の女王をメトで歌ってる!)も目立ってましたね。
一方、エスカミーリョの太っちょアレクサンドル・ドゥハメル(バリトン)は「フランス最注目」というには弱かったかな。合唱は新国立劇場合唱団+びわ湖ホール声楽アンサンブル、TOKYO FM少年合唱団。

演出は冒頭から、鉄パイプの巨大セットが精神の牢獄を思わせる。カルメンはロックバンドのボーカル(エイミー・ワインハウスのイメージだとか)で、手持ちカメラでコンサートのステージ上や、警備にあたる警察官ドン・ホセを映し出す。怪しいライブハウス、ドラッグディーラーのアジトを経て、ラストは華やかなセレブが行き交うレッドカーペット。なぜかエスカミーリョだけ闘牛士姿だけど。カルメンが冒頭と同様、ホセに火を借りるシーン、洒落てるなあ。
ファンの群衆が終始、スマホカメラを構えているのが、スターの孤独を思わせました。プロダクションはびわ湖ホールでも上演。

今シーズン、新国立オペラの鑑賞は結局、10演目中3演目だけ。日本人キャストも高水準だけど、バランスが難しいのは否めない。来シーズンの完全復活を期待!
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講談「山中鹿之助 」「河内山宗俊」「復讐奇談安積沼 」

春陽党大会2021・夏  2021年7月

ちょっと久々の神田春陽さん。知人にも久々遭遇の神保町らくごカフェ、予約で2300円。

前座は神田伊織で「山中鹿之助」から「清水寺の見染」を勉強。後の山陰の麒麟児が修行中の若き日、京で公家のお姫様と出会う。端正、はきはき。
続いて神田春陽が登場すると、がらっと雰囲気が変わる。ワクチン話で笑わせてから、歌舞伎でもお馴染み天保六歌撰を解説して「河内山宗俊」の「丸利の強請」。悠々とした口調から、悪を悪とも思わない大者感が伝わってくる。

仲入り後はゲストの三遊亭天どん。3代目三遊亭圓丈の門下。初めて拝見したけど、ふにゃふにゃして不思議な雰囲気だ。張り扇、釈台をぎこちなく使い「今日は講談を聞けたから満足」「真景累ヶ淵とかやるけど、名前忘れちゃうんだよね」(六代目三遊亭圓生の孫弟子!)と脱力のマクラから、夏らしく?経営不振のお化け屋敷の新作。リニューアル担当がお化け役を相手に、「昭和の会社あるある」を繰り出して笑わせる。
最後は再び春陽さん。昨秋に神田明神のイベントで、児玉竜一早大教授の「デジタル妖怪引幕」解説とともに読んだエピソードを語り、コハダだけに回転寿司話で笑わせてから、本日の眼目「復讐奇談安積沼(あさかのぬま)」の「木幡小平次」。これは怖かった! 北斎「百物語」にも登場する幽霊役者の小平次が、旦那の二代目団十郎をしくじって旅回りに出ているところ、女房の密通相手の悪党兄弟に郡山・安積沼へ突き落とされて落命。「本物」の幽霊となって江戸に舞い戻る。山東京伝の原作を「桜姫」の大南北が歌舞伎化、映画や小説にもなってるんですねえ。殺しシーンの陰惨さもさることながら、いとも軽く殺すことにしちゃう悪党たちの刹那感が凄まじい。ゾクゾクしました~

母と暮らせば

こまつ座第137回公演 母と暮らせば  2021年7月

井上ひさし原案、2015年の山田洋次映画をベースにした、畑澤聖悟の戯曲を栗山民也が演出。富田靖子のお母さん伸子が可愛そうで可愛そうで、泣けた。でもラストには、なけなしの勇気がわく。改修後の新宿東口・紀伊國屋ホール中ほどで6600円。休憩無しの2時間。

1948年(昭和23年)8月、長崎市郊外、助産婦の伸子が独り暮らす一軒家のワンセット。階段に、原爆で死んだ息子・浩二(松下洸平)がぼおっと現れる。素朴なちゃぶ台を挟んでの母子の思い出話は、コミカルでとても自然。絶品おにぎりのこと、やはり助産婦だった祖母への尊敬。
やがて残された恋人の縁談、医科大生だった浩二の最期、なぜ伸子が今、休業中なのか等々、原爆の傷跡の過酷さが語られていく。控えめなライティングが、息子が愛した海の町の夕焼けを思わせるうち、やがて心が穏やかになってくる展開がしみる。

息子の姿は幻かもしれないけど、塩水の「しょっぱ!」が、忘れてはならない大切なことを胸に残す。富田が実にいい年の取り方をしている。長身の松下も、優しい印象だ。2018年初演。

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森 フォレ

森 フォレ   2021年7月

ワジディ・ムワワド「約束の血」4部作の第3弾を藤井慎太郎訳、「斬られの仙太」に続く上村聡史演出で。8世代140年にわたる女性への暴力の記憶、そして暴力ゆえに大切な人と別れざるを得ないことの残酷さを突きつける、知的な舞台だ。人間関係が複雑だし、休憩2回で3時間半強の長丁場。確かな台詞術とスタイリッシュな演出で、緊張感が途切れないのが驚異的だ。人物関係図を熱心に読んじゃう芝居好きが集まった感じの世田谷パブリックシアター、上手寄り前の方で8500円。

2010年のモントリオール。20歳のルー(瀧本美織が健闘)のところへ、フランスの古生物学者ダグラス(成河が抑えめで切なく)が訪ねてくる。亡くなった母エメ(文学座の栗田桃子)の脳に出現した骨と一致するという、ダッハウ強制収容所の遺骨を携えて。いったい何を思い、エメは命がけでルーを産んだのか。二人はそのルーツをさかのぼる旅に出る。
「戦争の世紀」が個人の人生を、いかに破壊してきたかが、フランスを軸に容赦なく描かれていく。大勢の登場人物がぶつけ続ける、激しい怒りが切ない。
特に19世紀末、ベルギー・アルデンヌの森深くに隠れ住んだアルベール(岡本健一)一家の運命が凄惨だ。ドロドロ過ぎてギリシャ悲劇のよう。背景には、国民皆兵への道を開いた普仏戦争が陰を落としている。一家が隠棲したのは、ドイツ帝国に加担したストラスブールの鉄道王ケレール(大鷹明良)の血筋ゆえだからだ。

時代を超えて繰り返される「あなたを見捨てない」「約束する」というキーワードは、決して守られることがない約束の無残を印象づける。なかでも酒浸りの人生を送ってきた祖母リュス(麻実れい)がルーに打ち明ける、母への思慕の辛いこと! 待ち続けても、ついに迎えに来なかった幻の母リュディヴィーヌ(文学座の松岡依都美)。そのリュディヴィーヌもまた一次大戦時、アルデンヌの森からひとり助け出された孤児だった…

パンク風ファッションでキレまくるピュアな瀧本、終始なだめ役の成河が、メアドの意味とか時にコミカルなやりとりで、重いストーリーを達者に牽引。ほか9人が複数役を見事に演じ分けて圧巻だ。森の双子エレーヌとエドガーなどに岡本玲、小柳友、その弟エドモンなどに亀田佳明(文学座)、終盤のキーとなるレジスタンスのサラなどに前田亜希。
舞台は少し傾いた木目の円盤で、年輪=積み重なった年月を思わせる(美術は長田佳代子)。せいぜいテーブルと椅子ぐらいのセットから、カナダの雄大な河やら、動物の鳴き声だけが響く深夜の森やらを表現。また、時代と場所が異なる登場人物が同時に舞台にたたずんで、記憶をつないでいく演出が、非常に緻密で、見る者の理解を助ける。

ルーとダグラスの旅は辛いんだけど、大詰めで明かされるリュディヴィーヌの真実に、少しの希望がともって温かい。二次大戦時の仏トロワでレジスタンスに身を投じ、男女を超え、命をつなぐため自らを犠牲にする、その強い思い。ルーの真っ赤なコート、そして冒頭・厳寒モントリオールの雪に対応する、真っ赤な花吹雪が鮮やかだ。

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夜への長い旅路

COCOON PRODUCTIPN2021/DISCOVER WORLD THEATRE vol.10  夜への長い旅路  2021年7月

20世紀アメリカ演劇を代表するユージン・オニールの自伝的戯曲を、2019年「罪と罰」が濃密だったフィリップ・ブリーンが演出。過去にとらわれ、終始かみ合わない一家の姿が、実にやりきれない。
特に、可愛くも崩れゆく大竹しのぶの存在感が際立ち、幕切れはもはやルチアのよう。ブリーンとのコンビを観るのは2015年「地獄のオルフェウス」以来でした。お馴染み木内宏昌の翻訳・台本。シアターコクーンの中ほど下手端で1万1500円。休憩を挟み3時間半。

1912年8月のある長い一日、北アイルランド系タイローン一家の別荘のワンセット。舞台上空を覆う謎の霧が、抑圧と孤独を思わせて効果的だ。美術・衣装のマックス・ジョーンズ、独創的だなあ。取り戻せない若き日を象徴するピアノと、幻想的な照明もいい。シーンを遮る霧笛の、なんと不穏なことか。

母メアリー(大竹)はかつて幼い息子を死なせた罪悪感にとらわれ、モルヒネ中毒に。俳優の父ジェイムズ(池田成志)はコンプレックスを抱え、必要な出費をケチる一方で土地投機にのめり込んでいる。兄ジェイミー(大倉忠義)は俳優としてぱっとせず、放蕩のすえ酒浸り。そして弟エドマンド(初舞台の杉野遙亮)は肺結核に冒され、静かに絶望している。いったい何を間違ったのか。難易度の高い台詞劇を、俳優陣がそれぞれ繊細に表現。

オニールは1916年に劇作家デビューして、20年に初のピュリッツァー賞、36年にノーベル賞を受賞。そんな成功の影で、30代に相次ぎ父母と兄を亡くした。41年に執筆した本作について「死後25年たって出版、ただし上演はしない」と言い残したのは、赤裸々過ぎる悲痛ゆえか。1953年に65歳で死去したのち、遺族が刊行を許可して56年に初演が実現、オニールに4度目のピュリッツァー賞をもたらしたとのこと。うーん、重かった。

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フェイクスピア

NODA・MAP第24回公演 フェイクスピア

野田秀樹作・演出の衰えないパワーに、また、見事にやられました。途中、キーワードに気づいて「あっ」て身構えたけど、受け身を取り切れないまま大詰めの感動へ。この持っていかれたは「逆鱗」以来かも。東京芸術劇場プレイハウスの中ほどで1万2000円。休憩なし2時間強が濃密だ。

恐山の万年見習いイタコ・アタイ(白石加代子)のところへ、楽(たの、橋爪功)とmono(高橋一生)が口寄せを頼みに訪れ、アタイそっちのけでシェイクスピア4大悲劇のパロディをしゃべりまくる。おたおたするアタイを先輩イタコのオタコ姐さん(村岡希美)、伝説のイタコ(前田敦子が溌剌)が叱咤するうち、何故か終始小さい鉄の「箱」を抱えているmonoの夢のなかに、箱を追うアブラハム(リズミカルな川平慈英)やら三日坊主(大倉孝二降板で井原剛志)やら、星の王子様(こちらも前田敦子がファンタジック)やらが入り乱れる。ついにはフィクションの王様シェイクスピアと、息子でラッパーのフェイクスピア(野田秀樹が2役)まで登場、ドタバタと笑いを繰り広げる。
実は、楽は自殺願望に苦しみ、幼いとき死に別れた父に会おうとしていた。父=monoはいったい息子に何を言い残したかったのか? そこからドタバタのなかに周到に散りばめられてきたイメージの数々が一気に収束して、衝撃のラストへなだれ込む。

民主主義の危機だの資本主義の終焉だの、浮き上がった「言ったが勝ち」の言葉が、SNSの海に漂う。その実、見たくないリアルは「フェイク」で片付けちゃう。でもかつて大きな悲劇のただ中に、圧倒的なリアル=言葉が確かにあった。突きつけられる刃が鋭い。

のっけからアンサンブルの実力に、まず圧倒される。巨木になったり鳥になったり、美しく、激しく、すべての情景を描ききる動き(振付は井手茂太)。そしてもちろん、高橋のしなやかさと橋爪の存在感が素晴らしい。飄々としていながら、終盤、静かに見つめ合うシーンの切なさたるや。
堀尾幸男の美術は、舞台を横切るカーテンでスピーディーに人物や場面を入れ替える。キャスター付き椅子の効果が独創的。そして後方の、なだらかな頂きに満ちる哀愁。
泣きながら、でも、背筋が伸びる舞台。生身の人の声の力強さを実感する。最初と最後の、白石の挨拶がチャーミングでした。橋爪とともに79歳!なんですねえ。
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