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桜姫東文章 上の巻

四月大歌舞伎 第三部 桜姫東文章・上の巻  2021年4月

鬼才・四世鶴屋南北のおどろおどろしい因果話を、36年ぶりで話題のニザタマで。現代劇アレンジでは2度観ている演目だけど、本家歌舞伎は初だ。ただごとでない退廃と妖しさ、初演時はどんなに衝撃だったろう。美しい人間国宝2人が、70年代の伝説に挑む心意気。時代の節目を目撃する思いです。歌舞伎座前の方中央のいい席で1万5000円。緊急事態発令で少し繰り上げスタート、休憩を挟んで2時間15分。

発端「江ノ島稚児ヶ淵の場」は暗くて幻想的。僧侶清玄(仁左衛門)は白菊丸(玉三郎)と心中をはかって生き残り、香箱が残される。
序幕第一場「新清水の場」は一転、舞台いっぱい極彩色の「花見」。17年後の長谷寺で、出家を望む吉田家息女・桜姫(玉三郎)の手から香箱の蓋が現れ、紫衣装の清玄阿闍梨は白菊丸の生まれ変わりと、因果におののく。
そこから悪党・釣鐘権助(仁左衛門)に替わっての、とりすました聖から色気たっぷり俗への落差が見事。悪五郎(鴈治郎が体型、声ともべりべりと規格外)の手下の権助は、吉田家から重宝・都鳥の一巻を強奪したばかりか、立ち聞きした端女を平然と切り捨てる。仁左衛門さん、2月の喜兵衛に続いて若いです! 姫の弟・松若の千之助が、なかなか凛々しくて嬉しい。
そしていよいよ第二場「桜谷草庵の場」。実は桜姫は、自分を襲った賊を忘れられず、密かに子まで産んでいた。その権助と再会し、楚々としたお嬢さまがいきなり誘惑しだすシーンが、びっくりの濃厚さ。役者だなあ。顔も知らずに彫り物で気づいて、お揃いのタトゥーを披露しちゃう飛躍も凄まじい。僧残月(歌六)と局長浦(我當の門人・上村吉弥)が超下世話なワルを発揮、桜姫と巻き込まれた清玄が不義の罪を負う。

休憩を挟んで二幕目「稲瀬川の場」では晒し者になった清玄が、数珠を切って桜姫に迫るものの拒まれちゃう。高貴な僧が押し隠していた妄執の、なんと深いことか。あげく悪五郎一派と争って川に落ち、姫の片袖と赤ん坊を抱いて花道を彷徨っていく。
続く「三囲の場」では薄暗い雨の夜。鳥居・石段の前で、ともに落ちぶれた清玄と桜姫がすれ違う。破れ傘に書かれた恋歌がなんともわびしかった。

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斬られの仙太

人を思うちから其の壱 斬られの仙太  2021年4月

三好十郎の1934年初演作を、「ブラッケン・ムーア」などの気鋭・上村聡史が、知的かつ鮮烈に演出した秀作だ。シンプルな空間で、伊達暁(阿佐ヶ谷スパイダース)はじめフルオーディションの俳優陣が、高い熱量と身体能力を発揮。身勝手な「革命」の虚しさを観るものに突きつけて、休憩2回を挟み4時間半もの長尺を飽きさせない。男性や年配客も目立つ新国立劇場小劇場、かなり前の上手寄りで7700円。

江戸末期、真壁(茨城県)の水呑百姓・仙太郎(伊達)は、お上に田畑を奪われて凄腕の渡世人となり、孤児の面倒をみる健気なお妙(清楚で芯のある浅野令子)を助けようと、賭場荒らしをはたらく。エエジャナイカの喧騒が、暗い情熱を象徴。
筑波山中の立ち回りで加多源次郎(きりっと小泉将臣)に見込まれ、水戸天狗党に加勢するが、陰惨な路線対立から恩ある親分・甚伍左(貫禄の青山勝)らにまで刃を向けることに。果ては敗走した越前で、武士でないゆえに無残に切り捨てられ…

舞台は小道具を排した無機質なモノクロで、傾斜のかなりきつい開帳場。役者は不安定な足場に立って、膨大、ときに難解なセリフをぶつけ合い、大衆劇よろしく激しい立ち回りを繰り広げる(殺陣は渥美博)。過酷さが、観るものに緊張感を強いて効果的だ。
手前の堀では、斬られた人物が転がり落ちたり、可愛い子供の人形が飛び出したり(美術は「迷子の時間」などの乗峯雅寛)。80余人の登場人物を16人でこなすためか、黒衣を多用したのもスピーディーで巧い。ショスタコーヴィッチの楽曲が、オペラのようなスケールで悲壮感を醸す(音楽は国広和毅)。

そして20年後の明治期、一転して低い位置に爽やかな緑の水田が開けるさまが、人が暮らすべき「本当の地面」を思わせて、目に染みる。初演時に「転向文学」とされた問題作とあって、長州との論争あたりは重要なんだろうけど、そこは消化不良かな。オリジナル7時間を圧縮したせいか。それでも、繰り返される「上に立つ者」の欺瞞、切実な個の叫びは普遍的だ。

伊達の風貌に人斬りの色気があり、終始、低い姿勢から怒りをこめて世間をねめつけ、切迫したストーリーを牽引。幼馴染・段六の瀬口寛之が対照的に、変わらない農民のしぶとさを好演する。刹那的な渡世人・長五郎の佐藤祐基、色っぽい芸者・お蔦の陽月華、瓦版売りやら水戸浪士やらの原川浩明らも大活躍でした。

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白昼夢

M&Oplaysプロデュース「白日夢」  2021年4月

赤堀雅秋作・演出のよどんだ、しかし肯定感のある家族劇を、風間杜夫はじめ実力派キャストが濃密に表現。あからさまにコロナとは言わないけど、現在誰もが感じているやり場のない苛立ちが、ヒリヒリ胸に迫る。「空が青くて、バカにされてる気がして」… 男性客が目立つ本多劇場、最前列(1列目は空けてた)の上手寄りで7500円。休憩なしの1時間半。

清75歳(風間杜夫)と12年も引きこもっている次男・薫47歳(実年齢という荒川良々)が暮らす高橋家に、長男・治51歳(三宅弘城)、引きこもり支援団体の別府(赤堀)と石井27歳(吉岡里帆)が通ってくる。
床に落ちた錠剤を皆で懸命に探すとか、部屋から拾い物の他人の優勝カップがざくざく出てくるとか、なんともトホホな笑いが満載だ。ヘリコプターの轟音や、迷い込んだ虫がイライラを募らせていき、背後に人物それぞれのどん詰まりが、色濃く影を落とす。

清は怒鳴り散らしながらも病をひた隠し、常識人ぽい治も、実は仕事や妻との関係で行き詰まっていて、闇が深い。いかにも怪しげな別府は石井に邪心を抱き、その石井は他者への共感力が強すぎて痛々しい。それでも暗転のたび、四季は巡っていき、たいした説明もないまま、なんとか生き抜いていく。
設定も人物も格好悪くてぱっとしないなかで、宅配ピザと安物(たぶん)のワインを囲む束の間の団欒の明るさや、シェイクスピア「夏の夜の夢」を語る石井の躍動、そして近所の火災という非日常が、鮮烈に輝きを放つ。ぱっとしない人生に向けられた温かい視線、不確かだけど、そこに存在する希望が貴重。

風間の老けっぷりが見事だ。最後のほうなんか髪ぐしゃぐしゃで、ラストがなんとも切ない。吉岡の、可愛いのに野太い感じは発見かも。舞台に立つと、不思議なパワーがある女優さんだなあ。荒川がいつもながら圧倒的声量で存在感を見せつけ、静かに屈折する三宅とともに舞台を牽引。そして赤堀はじめ皆、他の役者がしゃべっているときの表情の変化とかが、微妙すぎて凄いです。階段がある平凡な一軒家DKLのワンセット(美術は田中敏恵)。

パンフレットにはケラさんも登場。赤堀との対談、キャストの座談会とも、やたら岩松さんに言及しているのが印象的でした~

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夜鳴きうぐいす/イオランタ

夜鳴きうぐいす/イオランタ  2021年4月

なんと1年2カ月ぶりのオペラは、初鑑賞のロシアオペラ2作を意欲的なダブルビルで。日本人キャストを敬遠してオペラから足が遠のいちゃってたけど、やっぱり生の分厚いオケと、歌声の振動は映像に代えがたい。特に「イオランタ」ヒロインの意志の力に感動。
安定感ある高関健指揮、東京フィル。スカラ座などで活躍するヤニス・コッコスが、パリからリモートで演出したとのこと。新国立劇場オペラハウス、前の方中央で2万4750円。休憩を挟んで3時間強。

後半がお楽しみ、チャイコフスキーの「イオランタ」。華やかな旋律が美しい。
15世紀の南仏の城では姫イオランタ(素晴らしい大隅智佳子、ソプラノ)が、生来の盲目を自覚せず、乳母(山下)らに囲まれて穏やかに暮らしている。異国の名医(日本を拠点にしているヴィタリ・ユシュマノフ、バリトン)は父王ルネ(安定の妻屋秀和、バス)に、姫が切望すれば治癒できると告げる。婚約者ロベルト公爵(井上大聞、バリトン)と友人ヴォデモン伯爵(内山信吾、テノール)が迷い込み、恋に落ちたヴォデモンは姫に光の素晴らしさを教える。父は激怒するものの、いよいよ治療を決断し、治らなければヴォデモンに責任をとらせると宣言。ロベルトが実は恋人がいると告白しちゃう笑いのあと、姫は恋人と自らの希望のため治療に耐えて、めでたく快癒。皆で喜びを歌い上げる。

以前、ライブビューイングのネトレプコ姫に感動した演目。チャイコフスキー節が魅惑的で、特に中盤、イオランタとヴォデモンの二重唱は、愛情とイオランタの自立心が同時に高まって、実に甘美だ。大隅の存在感、戸惑いから解き放たれていくエネルギーが抜群。内山の不調は残念だったけど。井上が短いながら、ハリのある高音を聞かせ、ラストの合唱も晴れやかで、大いに盛り上がった。
幻想的な装置で、上手奥に白い大階段を配置。姫が視覚に目覚めるシーンで、後方に雄大な自然の景観が展開して素晴らしい。終幕の希望は、照明で鮮やかに表現していた。

前半の「夜鳴きうぐいす」はイーゴリ・ストラヴィンスキーの曲が現代的なので、正直、苦手だったかな。アンデルセン「ナイチンゲール」が原作のメルヘンで、中国の皇帝(ずんぐり古川健一、バリトン)が日本人(!)が献上した機械の鳥を重用して死神にとりつかれるが、戻ってきた夜鳴きうぐいす(三宅理恵、ソプラノ)の優しい歌で快復する。
タイトロールの三宅が、ブランコに乗ったりして可憐。さえずりに模したコロラトゥーラを存分に披露する。うぐいすを宮殿に連れていく料理人は針生美智子(ソプラノ)、怪しい死神は山下牧子(メゾ)。冒頭とラストに登場する漁師の伊藤達人(テノール)が朗々としていい。
ステージは切り絵のような森の夜明けから、音楽が不協和音に満ちる王宮では、カラフルかつポップに転じて鮮やか。

カーテンコールでは下手にモニターを持ち出して、リモートで演出チームも登場。この公演を実現した苦労がしのばれました~

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