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日本人のへそ

こまつ座第135回公演 日本人のへそ  2021年3月

震災から10年の春に、井上ひさしが1969年、テアトル・エコーに書き下ろしたミュージカル喜劇を、栗山民也が演出。作家の演劇デビュー作であり、昭和・浅草の香りとベタなLGBTギャグが満載だ。お下劣なんだけど、歌と踊りが楽しく、社会への怒りもちらり。小池栄子がすらっとして格好いいなあ。音楽は宇野誠一郎。紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAの、やや上手寄りで1万円。休憩を挟んで3時間。

教授(山西惇)の指導とピアノ伴奏(朴勝哲)で、素人たちが吃音矯正劇を演じるという、突飛な設定。言葉こそ人間、という導入が、いかにも井上ひさしです。
1幕はこの劇中劇として、登場人物ヘレン天津(小池)の半生を描く。貧しい岩手から集団就職で上京、職を転々としストリッパー、ヤクザの情婦へ。踊り子さんたちの労働争議とか、不幸を笑いのめす猥雑なエネルギーがみなぎる。
と思ったら2幕目は、矯正劇を上演していた邸宅で殺人事件が発生し、患者と指導者、恋人関係が二転三転。なんともふざけた展開だ。敗戦で天皇がいきなり人間になっちゃっても変わることのない、ヤクザ、右翼、政治家という支配構造への皮肉。

小池が凛として、思い切りよく舞台を牽引。カーテンコールでは千秋楽とあって、感極まった様子でした。コロナ対策も大変だったのかな。
山西の胡散臭さが抜群で、駅名の長台詞に拍手。井上芳雄、朝海ひかる(宝塚出身)も複数役を達者に。ほかに久保酎吉、土屋佑壱、前田一世ら。美術は妹尾河童なんですねえ。

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ほんとうのハウンド警部

シス・カンパニー公演 ほんとうのハウンド警部  2021年3月

くせ者トム・ストッパードの戯曲を、小川絵梨子が鋭角に演出。生田斗真、吉原光夫ら豪華俳優陣が、取り澄ましていても心はさもしい知識人、そして演劇ファンをも笑いのめす。翻訳は徐賀世子。Bunkamuraシアターコクーン、市松座席の中央、いい席で1万2000円。休憩無し1時間15分。

冒頭、客席が映っているミラーが払われると、舞台奥に本当に客席があり(美術は伊藤雅子)、評論家のムーン(生田)とバードブート(吉原)が座る。前方のシンプルなセットで演じられるのは、いわば「マルドゥーン荘園殺人事件」だ。
霧で孤立した館に、女主人シンシア(峯村リエ)と友人フェリシティ(趣里)、怪しい青年サイモン(鈴木浩介)、車椅子の義弟マグナス少佐(山崎一)の四角関係が渦巻き、謎の死体が出現。家政婦ドラッジ夫人(池谷のぶえ)がすべてを目撃し、名探偵ハウンド警部(山崎)が乗り込んでくる… コロナ禍で中断するまで68年ものロングランを記録した、アガサ・クリスティの戯曲「ねずみとり」がモチーフとかで、のっけからの説明ゼリフやら、いちいちフルネームでの非難やら、ベタな演技でたっぷり笑わせる。
もちろんそれだけで終わるわけもなく、休憩に入ると観劇していた2人はもったいぶった言説を弄して、今観た舞台を分析。ところが内心、ムーンは先輩評論家に対するどす黒い劣等感、バードブートは女優たちへの職権乱用満載の欲望でいっぱいだ。劇が再開すると、2人はあれよあれよと繰り返すシーンに巻き込まれてしまい、容赦なく俗物ぶりが暴かれていく。

テンポのいい虚実の混濁が見事。執筆当時、作家は30歳そこそこというから、恐ろしいひねくれぶりだ。アクロバティックな展開を、隙のないやり取りで見せる。この日は配信もあり、カーテンコールでは生田が挨拶。死体役の気の毒な手塚祐介も並んでました。

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歌舞伎「熊谷陣屋」「直侍」

三月大歌舞伎 第二部  2021年3月

二月に続いてベテランの至芸を堪能。休憩を挟んで2演目3時間で、久々にたっぷり感も味わう。感染対策中の歌舞伎座、前の方中央のいい席で1万5000円。

まず「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」。昨夏の再会場から90分は1幕最長だそうです。2012年団十郎の名演のほか吉右衛門、芝翫、幸四郎と観てきて、今回は歌舞伎座で16年ぶりとなる仁左衛門。独特の品があって細やかで、殺伐とした戦場の武将というより、義経(錦之助が堂々)の大局を踏まえた「理」を慕い、「正解」を選ぶ智将の印象。だからこそ犠牲にした「情」の痛手が大きく、深い虚しさから栄光を捨てるということか。
相模(孝太郎)に首を直接手渡すシーンに、美しい桜たる息子に対する夫婦の思いが、また去り際、義経から首を見せて声をかけられ恐れ入るシーンに、虚しさを共有する主従の思いが垣間見える。花道の「十六年は一昔」のあと、幕がひかれて三味線が登場。遠い戦場の音に一瞬放心、身も世もなく泣き崩れて、トボトボと去っていく。哀しいなあ。
孝太郎は声が太く、役に合っている。衣装は熊谷、相模とも金糸が多くきらびやか、扇も金と赤が鮮やかで、一つひとつの見得がまさに錦絵だ。藤の方に門之助、弥陀六に安定の歌六、堤軍次に坂東亀蔵。昨年末の南座、コロナで仁左衛門さんらを代打ちした面々でもあります。

休憩の後はがらっと世話に転じて「雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)直侍」。こちらは2017年以来2度目に観る菊五郎。初役から36年だそうで、隙なしだ。下駄にくっつく雪に凍える風情がある。蕎麦の注文とかの端切れの良さ、はらりと傘を開く格好良さとか、火鉢をまたいじゃう愛嬌とか、小悪党の粋がいちいち嬉しい。飄々とした按摩の東蔵もますます絶品だなあ。暗闇の丑松は團蔵。
後半、大口屋寮のシーンでは余所事浄瑠璃の清元「忍遭春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)」にのり、三千歳(貫禄の時蔵)とのやりとりに、さらさらと艶がある。満足。

幸四郎が鬼平映画に主演の発表があり、ちょうど第三部で吉右衛門と共演中なんて話題もある公演でした。

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藪原検校

PARCO劇場オープニング・シリーズ「藪原検校」 2021年3月

井上ひさしの初期問題作(1973年初演)を、1982年生まれの杉原邦生が切れ味鋭く演出。乾いた渋谷の路地裏から、踏みつけられる者の怒り、切なさが鮮やかに立ち上がる秀作だ。休憩を挟んで3時間強が全くだれない。ジャニーズと猿之助ファンが目立つPARCO劇場、中央前の方の絶好の席で1万3000円。

江戸中期の塩釜に生まれた盲人・杉の市(市川猿之助)は、持ち前の語り芸や借金取り立ての才覚に加え、極悪非道な色仕掛けと殺人、カネの力で出世の階段を駆け上るものの、得意の絶頂で悪事が露見し、無残に処刑される。
2012年に栗山民也&野村萬斎で観たときは、陰惨さが息苦しかった記憶があるけど、今回はヒップホップ落書の現代風セット(美術は「二度目の夏」などの田中敏恵)がお洒落。張り巡らせたポリスラインが観る者に危うさ、不自由さを強いて巧妙だ。音楽の益田トッシュ(クドカンと仕事してる人なんですね)が舞台上手でロックを演奏し、疾走感、ときに高揚感さえ醸して心地いい。

猿之助が圧巻の歌舞伎パワーと愛嬌で、舞台を牽引する。さすがだなあ。早物語などの語りはもちろん、所作がいちいち決まるし、誤って手にかけてしまった母への思慕が鮮烈だ。「ホームグラウンドは歌舞伎座」と軽口もまじえつつ、キンキラ紫素絹&白袴が似合います(衣装は西原梨恵)。18世勘三郎や古田新太も演じた役なんですねえ。
対する三宅健は、前半の複数役では不安定に見えたけど、大詰め、盲人学者で聖人君子然とした塙保己市役に存在感があった。杉の市への共感、そして松平定信(みのすけ)との対論がクリアで、いい場面。杉の市の刑こそが、世間の側に残酷さを突きつけるという逆説。差別される側の暗い情念と「祭り」の圧力の恐ろしさは決して古びていない。

運命の女・お市の松雪泰子はエログロも上品で、猿之助に対して割と控えめ。繰り返し殺されちゃうのは、実は母の幻影なのかな。佐久間検校などに高橋洋(「クレシダ」など)、刀研ぎ師などに佐藤誓(「キネマと恋人」など)、「子守唄」が悲しい母などに宮地雅子と安定。語り手の川平慈英は「江戸見物」のリズム感など、なかなか達者でした。
ホワイエでひょろっと茶髪の杉原さんのほか、なんと三谷幸喜さん、ケラさん&緒川たまきさんと遭遇。注目されてる上演なんだなあ。隼人さんも来ていたらしいです。

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