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リチャード二世

令和2年度文化庁芸術祭主催公演 リチャード二世 2020年10月

2009年から鵜山仁演出で上演してきた、シェイクスピア史劇「ヘンリアド」シリーズの最終作。私はシェイクスピアと言えばさいたまだったので、直近の「ヘンリー五世」からだけど、陰影の濃い重厚な表現と、対照的にあいも変わらず諍いを繰り返す人間の愚かさがずっしり。新国立劇場中劇場の後ろの方で8800円。休憩を挟んで3時間半と、長尺・地味なセリフ劇なのに、緊張感が途切れません。小田島雄志訳。

14世紀末のプランタジネット朝イングランド。リチャード二世(お馴染み岡本健一)は、百年戦争の宿敵フランスから王妃イザベラ(お馴染み中嶋朋子)を迎え、側近を重用して我が身の安定を図る。反発する諸侯のひとり、従兄弟のヘンリー・ボリングブルック(ヘンリー四世=ハル王子のお父さんですね、浦井健治)を国外追放し、失政のせいで財政難のなか、アイルランド遠征の費用を捻出しようと彼の財産まで没収しちゃう。怒り心頭のボリングブルックは遠征の留守に、ノーサンバランド伯(円の立川三貴)&ホットスパー(ジャニーズJr.の原嘉孝)親子らと挙兵し、庶民人気の後押しもあってリチャード二世を投獄、王位を奪う(ランカスター朝)。リチャード二世は幽閉先で、失意のうちに暗殺される。

荒野に一枚板のシンプルな舞台。自在に情景を作り出していくラインティングが、なんとも鮮やかだ。人物の立ち位置が諸侯の対立構造を明示。ホリゾントから人物が湧くように登場し、また板の周囲で成り行きを見つめる庶民が、冷徹とポピュリズムを印象づける。美術は乗峯雅寛、照明は服部基。

セリフがよく響く高水準の俳優陣を、岡本が確かな存在感で引っ張る。クセの強い声、色鮮やかな宝石で着飾っていても、どこか子供じみた振る舞いに、お坊ちゃま王の哀しさ、それを十分自覚している屈折をまざまざと。クーデター諸侯と対峙したときの、側近たちと広い舞台の下手隅っこに、せせこましくかたまっちゃって、要求されてもないのにいきなり退位を宣言しちゃう卑屈さが凄い! なんだか恰幅のいい浦井は受けの演技を平明に。
対立する二人の叔父で、中立を選ぶヨーク公の横田栄司は、意外に引いてる?と思いきや、後半で暴走する息子オーマール公(文学座、「タージマハルの衛兵」の亀田佳明)を救おうと、迫力の夫人(「女中たち」の那須佐代子)とともに奮闘。期待通りたっぷり笑わせて、長丁場にメリハリを与える。笑いといえば、冒頭で騎士たちが手袋を叩きつけ合うしつこさも可笑しい。
原が目ヂカラで予想外の曲者ぶりだ。圧倒的声量の立川はじめ、ウエストミンスター修道院長の勝部演之(円)、ボリングブルック派の浅野雅博、石橋徹郎らがさすがの安定感。

終盤で戦いが終わっても、私たち観客は、これが薔薇戦争につながっていくと知っている。シェイクスピア劇の見事な無常感と、このカンパニーだから表せる時の流れが圧巻。あしかけ12年で島次郎さん、中嶋しゅうさんが鬼籍に入られたシリーズの歩みも重なり、感慨深かった。

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