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ゲルニカ

ゲルニカ  2020年9月

スペイン観光で観たピカソの巨大絵画が忘れられない、1937年4月のゲルニカ爆撃。その不条理を、気鋭の長田育恵作、栗山民也演出で。今も続く大国の身勝手、民族差別の罪深さを、スタイリッシュかつ重厚な演出で叩きつける。PARCO劇場、後ろの方で9800円。休憩を挟み3時間弱。

バスクの聖木が立つゲルニカ。スペイン内戦は、左派共和国軍側にソ連が、右派フランコ将軍側にヒットラーのドイツが介入し、代理戦争の様相に。この過酷な時代、元領主の娘サラ(上白石萌歌が大健闘)は出生の秘密を知って家出し、同じ差別の影を背負う青年イグナシオ(暗さが合っている中山優馬)と恋に落ちる。そして運命の、定期市でにぎわう月曜日が訪れる…
ゲルニカから始まった都市無差別爆撃は、戦意喪失のため、軍事目標でなく庶民を犠牲にする作戦であり、この延長線上に広島・長崎もある。しかも大国の介入は、支配を望む両派それぞれ、自ら呼び込んだものなのだ。なんという人間存在の愚かさ。

移民排斥(猫が悲惨)や外国特派員まで盛り込んだ戯曲は、とにかく情報量が多く理屈っぽい。しかし発案者である栗山の演出は強靭だ。なんといっても空爆シーン。舞台いっぱいの赤い幕と、フラッシュバックのような絵画の断片が、シンプルだけに迫力があって夢に出てきそう。中盤の十字の照明も、精神をからめとる因習の呪縛を思わせて印象的。要所に挟まるフラメンコのような歌と足踏みが、土臭さを醸す。美術は二村周作、照明は服部基。

突然奪われてしまう一人ひとりの人生の重みを、サラが象徴する。母(キムラ緑子がさすがの迫力)や神父(谷田歩)の歪んだ愛憎から逃れるため恵まれた生活を捨て、しかも愛した人は残酷な密命を帯びているという悲劇に直面しつつも、健気に自分の足で歩こうとする。上白石が持ち前の透明感で、まっすぐに舞台を牽引。
特派員クリフ(勝地涼)とレイチェル(早霧せいな)の論争は、盛り込み過ぎの感がある。しかし報道の無力に打ちひしがれつつ、現実を世界に伝える姿に一筋の光が指す。世界はどうしようもなく変わらないけれど、できるのはまず関心を持つこと。すれっからしの勝地が期待通りの存在感を発揮。
ほかに左派の青年に玉置玲央、元料理人に東京乾電池の谷川昭一朗、サラの実母に石村みから。

20200926-050

 

 

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