« 2020年8月 | トップページ | 2020年10月 »

あなたの目

シス・カンパニー公演 あなたの目  2020年9月

「アマデウス」のピーター・シェーファーの、なんと1962年初演の戯曲を、寺十吾の上演台本・演出で。夫婦の機微に心温まる、小粋な大人のコメディだ。俳優3人が実に達者で期待通り。新国立劇場小劇場の最前列下手寄りで6500円。休憩無しの1時間半。

一流会計士チャールズ(野間口徹)の事務所に、謎の白いコートの男(八嶋智人)が現れる。彼は妻の浮気調査を依頼した探偵ジュリアン。そこへ突然、当の若い妻ベリンダ(小林聡美)が訪ねてくる。暇を持て余してひとりロンドンを歩き回るベリンダと、尾行するジュリアンが何故か心を通わせている、とわかって、チャールズは大混乱…。

原題はThe Public Eye。権威主義の夫と、ヒッピー気質が抜けない妻の喧嘩は、当事者にとっては深刻で抜き差しならないけど、第三者の探偵から見れば互いの愛情ゆえ。夫は妻の美術などをみる感性を認めているのだから、素直になって、同じ方向を見ればいい。邦題を「あなた」として、見る側の観客を巻き込む。

チャールズの事務所のワンセット(美術は堀尾幸男)を、小柄でおせっかいな八嶋が縦横無尽に動き回って痛快だ。ポケットのマカロンをむしゃむしゃかじり、カバンからヨーグルトの瓶を取り出して平らげ、もう笑いが止まりません。才気光る小林もぴったり。18歳でウエイトレスをしていて、というには落ち着いているのは否めないけど。「第三の男」のキャロル・リードによる映画化「フォロー・ミー」(72年)では、ミア・ファローが演じたんですねえ。もちろん、野間口のコメディセンスも盤石。スノッブなはずが後半、どんどん崩れていくのが可笑しい。
冒頭でジュリアンの「正体」を明かしちゃうのは、ト書きなのか独自演出か。もしかしたらラストでもいいかな… 無性にロンドンに行きたくなる一作。

感染対策では市松模様の座席の背に、連絡先の紙を貼って申告させるスタイルでした。
20200927-003 20200927-006

 

 

ゲルニカ

ゲルニカ  2020年9月

スペイン観光で観たピカソの巨大絵画が忘れられない、1937年4月のゲルニカ爆撃。その不条理を、気鋭の長田育恵作、栗山民也演出で。今も続く大国の身勝手、民族差別の罪深さを、スタイリッシュかつ重厚な演出で叩きつける。PARCO劇場、後ろの方で9800円。休憩を挟み3時間弱。

バスクの聖木が立つゲルニカ。スペイン内戦は、左派共和国軍側にソ連が、右派フランコ将軍側にヒットラーのドイツが介入し、代理戦争の様相に。この過酷な時代、元領主の娘サラ(上白石萌歌が大健闘)は出生の秘密を知って家出し、同じ差別の影を背負う青年イグナシオ(暗さが合っている中山優馬)と恋に落ちる。そして運命の、定期市でにぎわう月曜日が訪れる…
ゲルニカから始まった都市無差別爆撃は、戦意喪失のため、軍事目標でなく庶民を犠牲にする作戦であり、この延長線上に広島・長崎もある。しかも大国の介入は、支配を望む両派それぞれ、自ら呼び込んだものなのだ。なんという人間存在の愚かさ。

移民排斥(猫が悲惨)や外国特派員まで盛り込んだ戯曲は、とにかく情報量が多く理屈っぽい。しかし発案者である栗山の演出は強靭だ。なんといっても空爆シーン。舞台いっぱいの赤い幕と、フラッシュバックのような絵画の断片が、シンプルだけに迫力があって夢に出てきそう。中盤の十字の照明も、精神をからめとる因習の呪縛を思わせて印象的。要所に挟まるフラメンコのような歌と足踏みが、土臭さを醸す。美術は二村周作、照明は服部基。

突然奪われてしまう一人ひとりの人生の重みを、サラが象徴する。母(キムラ緑子がさすがの迫力)や神父(谷田歩)の歪んだ愛憎から逃れるため恵まれた生活を捨て、しかも愛した人は残酷な密命を帯びているという悲劇に直面しつつも、健気に自分の足で歩こうとする。上白石が持ち前の透明感で、まっすぐに舞台を牽引。
特派員クリフ(勝地涼)とレイチェル(早霧せいな)の論争は、盛り込み過ぎの感がある。しかし報道の無力に打ちひしがれつつ、現実を世界に伝える姿に一筋の光が指す。世界はどうしようもなく変わらないけれど、できるのはまず関心を持つこと。すれっからしの勝地が期待通りの存在感を発揮。
ほかに左派の青年に玉置玲央、元料理人に東京乾電池の谷川昭一朗、サラの実母に石村みから。

20200926-050

 

 

ベイジルタウンの女神

ケムリ研究室no.1 ベイジルタウンの女神  2020年9月

作・演出のケラリーノ・サンドロヴィッチとパートナー緒川たまきによる、新ユニット旗揚げ公演に足を運んだ。年月をへた女同士の、心の交流が味わい深い大人のおとぎ話。お洒落で笑いたっぷりのハッピーエンドに、震災直後の「鎌塚氏」も思い出してしみじみする。世田谷パブリックシアター、当日席がわかるスタイルで、2Fやや上手寄りで1万2000円。贅沢キャストそれぞれの個性を丁寧に生かし、休憩を挟んで3時間半といつもの長尺を飽きさせない。

不動産複合企業の跡取りで辣腕のマーガレット(緒川たまき)は、貧民街ベイジルタウンの再開発を狙い、新興経営者タチアナ(高田聖子)と賭けをして、その貧民街に無一文で乗り込む。ネジが緩んだ住民たちとの、「王様と乞食」的ベタなドタバタを繰り広げつつも、乱暴だけど人の良い王様(仲村トオル)、そんな兄をしっかり支える妹ハム(水野美紀)らの人情に馴染んでいく。ところが実は経営の右腕で婚約者のハットン(山内圭哉)が悪計をめぐらせていて…

お馴染み小野寺修二(振付)、上田大樹(映像)、BOKETA(美術)が情報量ぎっしりの戯曲を美しく、テンポよく見せる。アンサンブルが持つボードに、プロジェクションマッピングで絵の具が滴ったり…と鮮やかだ。
登場人物はキャラがいちいち愛らしい。お嬢様で浮世離れしてるけど、芯の通った緒川が端正に物語を牽引。かつて小間使いだった高田と、甘酸っぱい日々を振り返る会話は舞台に時の奥行きを与え、「百年の秘密」を思わせる名シーンだ。幼い記憶は美化されているかもしれないけど、分かち合う者たちだけの宝物。
もう一方の主役は、はちゃめちゃ悪漢コンビだ。双子を演じ分ける曲者・山内、常に何かを思い違いしてる弁護士の菅原永二が、問答無用の笑いのセンスを存分に発揮する。口下手のかっぱらいヤング松下洸平と、健気なボランティアのスージー吉岡里帆のラブコメが、いいアクセント。このほかマーガレットの執事にMONOの尾方宣久、タチアナの秘書に花組芝居の植本純米、貧民に温水洋一、犬山イヌコ!

いつもながら分厚いパンフが、また充実してる。対談で松尾スズキ、俳優陣の紹介コメントで木ノ下裕一、前川知大、小栗旬、土田英生、北村有起哉、山西惇、古田新太、いのうえひでのり… 演劇界のリーダーのひとりとしてコロナ禍を乗り越えていく手腕、さすがです。

20200922-007

ボクの穴、彼の穴。

ボクの穴、彼の穴。  2020年9月

イタリアのデビッド・カリ&フランスのセルジュ・ブロック(イラスト)原作の絵本を2008年に松尾スズキが翻訳、はえぎわ主宰のノゾエ征爾が翻案・脚本・演出を手がけた舞台版の再演だ。見えない者同士が相手を恐れ、憎む。その負のスパイラルを乗り越えていくのは、相手も同じ人間かもしれない、と思い描くイマジネーションの力だ。コロナという敵や、大国間の軋轢が大小様々な分断を生んでいる今だからこそ、メッセージが重く響く。感染対策も板についてきた東京芸術劇場プレイハウス、前の方で8000円。休憩無しの1時間20分。

いつ、どこともしれない殺伐とした戦闘の跡。2つの穴にひとりずつ、敵同士の兵士(宮沢氷魚、大鶴佐助)が取り残され、相手の出方を伺っている。延々と続くそれぞれのモノローグ。殺さなければ殺されるという緊迫と、飢餓の恐怖から、やがて互いの境遇に思いがいたり…
3人めの主役は、田中馨の音楽か。ひりひりと閉塞する物語に、軽快さと広がり、若者の明日への予感を加える。星野源のSAKEROCKのベーシストだったんですねえ。大きな布を吊るして、穴を表現するシンプルな美術は乗峯雅寛。幕切れの天井から振るボトルに、自ら動いて初めて開ける、コミュニケーションの希望がにじむ。
小柄でインドア派という役回りの大鶴に、愛嬌と切なさがあって秀逸。雨のシャワーシーンの開放感など、笑いの表現も細やかだ。これに比べると、長身で学級委員タイプという宮沢はどうも平板だけれど、客席にファンが多くて健闘。ともに26歳だそうです。だいぶ年齢は違うけど、田中圭と浅利陽介とかの配役でも、観てみたいかな。
20200921-007

 

文楽「壺坂観音霊験記」

文楽令和2年 第四部 文楽入門  2020年9月

2月以来、本当に久々の文楽公演。初日の後半と、鑑賞するはずだった2日目がスタッフの発熱ということで急遽休演になるハプニングがあったものの、別の日に振り替えてもらって無事、第四部の文楽入門に足を運んだ。ブランクを乗り越え、伝統の継承を祈る気持ち。
国立劇場小劇場は市松模様の客席はもちろん、太夫が語る床の近くの席はすべて販売対象外。ソーシャルディスタンスの目印が足袋のイラストで可愛い。床本もついた簡単なパンフを無料配布していた。前のほう、上手寄りの席で4500円。1時間。

冒頭に亘太夫の淀みない解説があり、「壺坂観音霊験記」。西国三十三所六番札所の壷阪寺(奈良県高取町)が舞台で、初演は明治12年。初めて見るけど、登場するのはほぼ夫婦だけとシンプルながら、文楽には珍しくハッピーエンドでスカッとする。沢市の地唄、本堂でのご詠歌と、音楽が変化に富んでいて飽きさせないし、幕切れに人形が全身で弾けさす喜びに、舞台再開の思いも重なって爽快だ。
床は前「沢市内」が聴きやすい靖太夫、錦糸がきびきび。後「山の段」は宗助の豊かな三味線にのせて、錣大夫が情感をこめる。ツレは燕二郎。
座頭沢市(玉助)は病気の引け目から、毎日明け方に家を抜け出す妻お里(清十郎)の浮気を疑う。実は夫の眼が治るよう、観音様に通っていたと明かされるものの、それほど祈願しても治らないなら、と沢市の落胆は深まる。屈折していじけた心情が、なんだか現代的だなあ。「三つ違いの兄様と…」の有名なお里の嘆きで、幼馴染とそのまま結婚したお里のごくごく限定された日常、だからこその素朴な思いを切々と表現。三味線や針仕事の、細かい人形の動きも絶妙だ。
セットが変わって夜の山道。お里に励まされて寺を訪れた沢市は、ひとりこもって祈願する、とお里を帰す。ところが祈願どころか、自分がいないほうがお里のため、と谷に身を投げちゃう。胸騒ぎに、慌てて引き返してきたお里も、残された杖、沢市の亡骸を見つけて後を追う。すると雲間から光が差し、岩陰から眩しいキンキラ観音さま(勘介)が登場、感心な二人の寿命を伸ばす、と宣言するびっくりの展開。夜明けの鐘とともに、夫婦は息を吹き返し、なんと眼も治って喜び合う。

大ヒットして、浪曲にもなった演目なんですねえ。別の部では呂勢太夫が療養から1年ぶりに復帰。休演した咲太夫も後半、出演したそうで、まずは一安心です。黒衣ちゃんマスクがお茶目で、思わず購入。
20200914-002 20200914-010 20200914-009 20200914-015 20200914-008


歌舞伎「色彩間苅豆 かさね」「双蝶々曲輪日記 引窓」

九月大歌舞伎  2020年9月

感染対策で一幕もの4部制となった歌舞伎座の2カ月目。演目の面白さに配役がぴたりはまり、いよいよ幹部俳優も登場して、楽しかった。2階下手の最前列で各部8000円。

まず第二部で清元の舞踊「かさね」を1時間。木下川(鬼怒川)のほとり、怪しい雨の夜。ダメ人間与右衛門(幸四郎)が、追ってきた不義の相手である腰元かさね(猿之助)から、心中を迫られる。そこに何故か髑髏と卒塔婆、鎌が流れてきて、かさねの顔が恐ろしく変貌。
実はかさねは、与右衛門がかつて手にかけた男の娘とわかる。背景の暗幕が払われて月が出ると、因果の恐ろしさに我を失った与右衛門がかさねを襲い、激しい立ち回りに。ついに倒れたかさねの上に、月が隠れて人魂が現れ、その呪いから与右衛門は逃れることができない。
おどろおどろしい設定ながらアクションが派手。猿之助が海老反りなど、得意のケレンを存分に披露してノリノリだ。幸四郎は身勝手な色男がはまっている。菰などを使って決まる姿が、最近たくさん観た浮世絵そっくりの雰囲気で、2人のコンビネーションもいい。伝承ですねえ。振付は宗家・藤間勘十郎。

いったん劇場を出て、銀座を散歩しお茶してから第三部、秀山ゆかりの狂言を銘打った「引窓」を1時間強。文楽で観ているけど、歌舞伎では意外に初めての演目だ。
9月15日の放生会の前夜、京都石清水八幡近くにある民家。贔屓客のため心ならずも人を殺めた相撲取り・長五郎(吉右衛門)が、実母お幸(東蔵)に暇乞いにやってくる。念願かなって亡父と同じ代官に出世した、なさぬ仲の息子・南与兵衛(菊之助)が、皮肉にも初仕事として夜の間、長五郎の詮議を任されちゃう。遊女だった嫁のお早(雀右衛門)もからみ、互いを思いやる義理と人情が哀しい。 
義父から役を継承した菊之助が、色気があって格好いい。吉右衛門さんは足が辛そうだったけど、立派な体格で力士らしく、また無邪気な感じ
が実に上手。ベテラン東蔵もさすがの説得力で、控えめな雀右衛門さんといいバランスだ。
手水鉢や引き窓の小道具を使って、冴え冴えとした秋の月を思わせて風情がある。路銀を投げつけてホクロがとれちゃう可笑しみ、幕切れの爽やかさに相まって、丸本らしい、いい舞台でした。

20200913-006 20200913-022 20200913-023

 

十二人の怒れる男

COCOON PRODUCTIPN2020 DISCOVER WORLD THEATRE vol9  十二人の怒れる男  2020年9月

「死と乙女」のリンゼイ・ポズナーがロンドンから遠隔演出、徐賀世子訳。米国の現状を思わせる、差別の醜さが際立つ舞台だ。休憩なし、充実の2時間。
少年は有罪か無罪か、お馴染みレジナルド・ローズ作の緊迫した討論劇だけに、リアルならではの空間の共有が有難い。連絡先の事前登録など、慎重な感染対策が続くシアターコクーンで1万800円。客席の前の方から長机の陪審員室をしつらえ、舞台側にも客席を作ってステージを挟むかたち。通常の袖の通路を通って、舞台側上手寄りに座るのは新鮮だ。シンプルな美術・衣装はピーター・マッキントッシュ。

「十二人の…」と言えばシドニー・ルメットの映画では陪審員8番(ヘンリー・フォンダ)の正義が痛快であり、2009年の蜷川版では3番(西岡徳馬)の父としての哀愁に胸を打たれた。
今回は、ただただ怒鳴り散らす不愉快な10番(円の吉見一豊)が、偏見の醜さを体現して印象的。終盤、ほかの11人が自分の心の中を見せつけられる思いに、背を向けて息を詰めるシーンが鮮烈だ。演出やタイミングによって、これほど変わる。演劇は生き物なんだなあ。

俳優陣はみな達者。特に説得力抜群の8番の堤真一、こだわりの強い3番の山崎一、論理的で格好いい4番の石丸幹二あたりは、後ろ向きでもセリフが明晰だ。スラム育ちの過酷を語る5番の少路勇介、チャラい広告マン12番の溝端淳平が個性を発揮。ヤンキー7番で舞台2度めの永山絢斗も頑張ってた。ほかに三上市朗、梶原善らが常識人として安定。
元は1954年のテレビドラマだから当然なんだけど、全員男性でジャケット着用。その違和感も一興ですね。演出は時差のため、日本時間の夜間、カメラ3台で中継したとか。この情熱が貴重。

20200912-009 20200912-014

夏織のカミヒトエNight Vol.2

夏織のカミヒトエNight Vol.2

歌の先生、今角夏織がピアノの菊池麻由と組んだライブの2回目。南青山マンダラからの無観客ライブ配信を、TIGETで視聴した。コメント入れながらの盛り上がりも面白い。2500円で1週間のアーカイブ付き。19:30から休憩を挟んで1時間半。

前半はお馴染みの着物姿で、可愛らしいモー娘。からスタート。鍵盤ハーモニカ、縦笛などをまじえつつ、お茶目な定番オリジナルのほか、みんなのうた「ヘンなABC」からの「グリーングリーン」が感動。そして「地球儀に乗って」。
後半は鮮やかなグリーンのドレスにおめしかえ! ヅカファン麻由さん選曲のエリザベートの超高音から「つばさ」。オリジナルを挟んで、まさかの「ラ・マンチャの男」を熱唱… セットリスト意外過ぎです。モー娘。「泡沫サタデーナイト!」のコール&レスポンス練習で、コメントがおおいに盛りあがり、バラード「Hello world」からしっとり「ピアノ」。良かったです!

 

« 2020年8月 | トップページ | 2020年10月 »