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赤鬼

赤鬼 2020年7月

野田秀樹が1996年初演の代表的戯曲を自ら演出、1700人以上の応募者からオーディションで選んだという育成プロジェクト「東京演劇道場」の道場生らによる上演だ。スタイリッシュな演出、そして若い俳優陣の懸命さゆえだろう、2014年に観た中屋敷法仁演出版と比べても、人間存在の悲しさ、残酷さが際立った印象。東京芸術劇場シアターイースト、整理番号方式の1席おきの自由席で5000円。休憩なし90分。

小さい正方形の舞台スペースを客席が囲む仕立て。通路の方までビニールシートで覆った「ディスタンス」の現実が、時節柄とはいえ「異物」がテーマとなる本作と共鳴して、開演前から心がザワザワ。わずかな道具、スターのいないキャストだからこそ、「理解しようとしないことの罪」が鋭く刺さる。四半世紀をへた戯曲の普遍性、言葉の力を痛感。

妹がいったん九死に一生を得たのに、なぜ自ら死を選んだのかを、兄が回想していく物語。人物はシンプルな白い衣装、異物の鬼だけが赤い飾りを付け、道具は揺れる丸テーブルなど(美術・衣装はなんと日比野克彦)。アンサンブルの組体操のような動きだけで、激しい嵐や波から共同体の裁判までを、自在に表現する。洞窟の壁画など、狭い空間に広がるイマジネーション。これぞ演劇、さすが野田さんです。

メーンキャスト4人は上演日によって4組あり、この日はAチーム。これが良かった。ミズカネはシェイクスピア史劇などでお馴染み、声に力がある河内大和(唯一、道場生以外)。嘘ばかりつきながら、共同体の息苦しさとは無縁の「海の向こう」を夢見つづける姿で、切なさと愛嬌を表現。兄とんびの木山廉彬は、無垢という難しい役どころを、時に笑わせながら飄々とテンポよく。鬼の森田真和はセリフが言葉にならない難役だけど、声が高くて、おばさんのような小鬼のような独特の存在感。関西をホームグラウンドに、木ノ下歌舞伎などに出ている役者さんなんですねえ。英語っぽいセリフ(I have a dreamなど)は演出によって違うようです。唯一鬼を理解する妹あの女は、透明感がある夏子。

ピリピリする状況のなか、公共劇場の芸術監督として矢面に立つ野田さんの気迫もひしひしと。国際的評価が高い戯曲だけど、自身の演出は16年ぶりとか。当初は五輪シーズンの異文化コミュニケーションを意識して選んだそうです… 終わってロビーには野田さんのほか、木ノ下裕一さんらしき姿も。

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落語「高砂や」「夢の酒」「もう半分」「お見立て」「鰻の幇間」

三遊亭円楽プロデュース 落語大手町2020 2020年7月

読売新聞社、産経新聞社共催で、団体を超えて東西26人の人気噺家が集結、2会場・3日間昼夜8公演の落語会。うち土曜夜の「落語協会のホール落語」を聴く。安定した古典が続いて、寄席に来たようなゆったり気分だな。よみうり大手町ホール、席数を半分にした再販売の上手寄り中段で6000円。前座なし、中入りをはさんでトントンと2時間半。

いきなり柳家三三が登場。腰が痛い、噺家の仕事が減った、結婚式の司会は上手で同じ人に2度頼まれた、とお馴染みのマクラで「高砂や」。いちいち失礼な八五郎を隠居がいなす感じ、低音の謡いと高音の都々逸の使い分けとか、相変わらず巧いです。
続いて入船亭扇遊で「夢の酒」。9代目扇橋のお弟子さんで、古今亭志ん輔と仲がいいベテラン。聴くのは2006年以来。ちょっと2枚目で、色っぽいところをサラッと聴かせます。
その志ん輔が「もう半分」。噺家さんも演目も初です。飄々と、新宿でコロナだと10万円もらえるってどうよ、などとブツブツ。志ん朝の弟子で「おかあさんといっしょ」に15年も出ていた、というけど、この日は圓朝作の怪談で、とても子供向けに話してた人とは思えない怖さ。お話は千住大橋の「注ぎ酒屋」の常連、野菜行商のみすぼらしい爺さんは、五勺ずつちびちび注文するのが楽しみ。主人が忘れ物の風呂敷包みを開けるとなんと50両。慌てて戻った爺さんは、娘が吉原に身売りして作ってくれたカネだと訴えるが、悪い女房がそんな包みはなかった、と追い返してしまう。爺さんの身投げシーンは端折って数年後、主人夫婦はそのカネで店を広げ、子供も授かるが、その子に爺さんが乗り移って… 間の多いゆっくりした古風な口調。爺さんの酒好きぶりは可愛らしかったけど、全体に凄みたっぷりでした!

中入り後はがらっと明るく、林家たい平。ご高齢が多い笑点はリモートが難しい、昼の部の昇太はじめ落語芸術協会は軽い、などと軽快に笑わせておいて「お見立て」。2014年にも聴いた演目。テンポが良くて、ちょっと大人っぽくて良かった。
トリはお楽しみ、もう出てきただけで嬉しい柳家権太楼さん。「鰻の幇間」は一之輔が配信でやってましたね。おたいこという特殊な生き様の突き抜け感が、軽いなかにも渋みが滲んで、この人らしい。可笑しかったです!

検温と消毒液はもうお約束。感染予防で演目の張り出しはなく、twitterで配信。オンラインは各公演2000円で1週間視聴できる方式でした。

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殺意 ストリップショウ

殺意 ストリップショウ  2020年7月

1950年発表、三好十郎の一筋縄でいかない「詩劇」を、栗山民也が演出。膨大なセリフで、思想や知識人の欺瞞、人間の本性の滑稽さをえぐり出す物語は、コロナ禍のどうしようもない迷走と響き合って辛辣だ。
それでいて決して観念的でなく、休憩なし2時間を飽きさせない。1987年生まれの鈴木杏が一人芝居を演じきり、類まれなピュアさを発揮して圧巻。シアタートラムの上手サイド、1席おきの配置で6000円。

高級ナイトクラブのワンセットで、最後のステージを終えたダンサア美沙が、客に身の上話を語っていく。いわく2・26事件の直後、九州から上京。病床の兄が尊敬する「進歩的思想家」山田教授の家で手伝いをしながら、夜学に通い、また劇団で女優を務める。ところが日本が戦争に突入すると、教授は一転して軍国主義に迎合。美沙はなお教授を信じて軍需工場で働き、思いを寄せた教授の弟は出征、戦死してしまう。
そして戦後、ダンサア兼娼婦に身を落とした美沙は、再び左翼に転じて指導者然としている教授に遭遇し、あまりの裏切りに強い殺意を抱く。しかし懐剣を握ってつけ狙ううちに、その恥ずべき秘密を知ることになり…

三好戯曲体験は、長塚圭史演出の2011年「浮標」2013年「冒した者」に続き3回目。相変わらず長くて深いけれど、今回は杏ちゃんの個性にすっかり引き込まれた。
ずっと露出の多いステージ衣装姿で、特に後半、赤毛のかつらを投げ捨ててからは床を這いずり、暗い憎悪とエグいセリフが満載になる。それなのに色気というより健康的で、むしろ子供っぽいほど。だから人の下劣さ、愚かさを見極めて笑い飛ばすラストが、何の救いもないんだけど妙に清々しい印象を残す。普遍的な怒りと無常感。2018年「修道女たち」でも感じた才能が、一段と進化してます。ますます楽しみだなあ。

セットは後方に大きな古い鏡、前方に一人がけソファが一つ。美術はお馴染み二村周作。舞台ならではのリアルな感興に浸りました~

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ボーイズ・イン・ザ・バンド

ボーイズ・イン・ザ・バンド~真夜中のパーティー~ 2020年7月

なんと5カ月ぶりで舞台に足を運ぶ。シアターコクーンは半券に連絡先を書いて自分で箱に投入したり、飲食禁止だったり、前方にフェースシールドが配られたり、と厳戒態勢で、かなり緊張しました~ 1席おき、前の方正面の再販売で1万2000円。休憩なしの2時間。

エリア・カザンの助手も務めたマート・クローリーの1968年の戯曲を、2018年上演のブロードウェイ版(トニー賞獲得)で。上演台本・演出はお洒落な白井晃だ。
ゲイの告白を正面から描き、初演当時センセーショナルだったというストーリーは、今となっては現代史をみる印象。しかし自分の恥ずかしいコンプレックスを正視できず、それでも大切な人に受け入れてほしいと懸命にもがく、男たちの群像は古びていない。LGBTに加えて米国で改めてクローズアップされている人種差別や、格差、宗教、薬物依存、普遍的な親との葛藤も描かれる。愛する人に愛してると告げられない、切なさと可愛らしさ。

ステージはニューヨーク、アッパーイーストサイドにある、マイケル(安田顕)のアパートのワンセットだ。ゲイ仲間の誕生パーティーを開き、妖しいダンスで盛り上がっているところへ、ストレートの旧友アラン(大谷亮平)が現れ、ゲイへの嫌悪を口にして場は険悪に。そこへズケズケものを言う主役のハロルド(鈴木浩介)が到着、マイケルはよりによって、最も愛する人に電話をかけるという残酷な告白ゲームを始めてしまう。

地味なキャストだけど、安田、鈴木、浅利陽介の巧さが際立つ。安田はハリウッドの虚飾に疲れ、周りを傷つけ自分も傷つきながら真実を求める脚本家を熱演。鈴木も皮肉屋で自意識過剰のジューイッシュがはまり、浅利はオネエのエモリーを達者な身振りで演じ、存在感を発揮する。
ほかのキャストもそれぞれ見せ場があった。妻子もあって常識人ぽい教師ハンクに凛々しい川久保拓司、その同棲相手で浮気症のラリーに、宝塚スターみたいな声の太田基裕、心優しい黒人バーナードにカーリーヘアの渡部豪太、おバカな男娼カウボーイに富田健太郎。そして物静かな読書家ドナルドの馬場徹が、ラストにがっしりした体躯で包容力を示す。つかこうへい最後の愛弟子だそうです。

セットは1FがLDK、2Fが寝室とバスルームになっていて(美術は松井るみ)、演出も緻密で立体感があって、目が離せない。ハロルドがいつもポケットに入れている櫛とか。役者はほとんど出ずっぱりで、手前で誰かが会話している間、誰かが下手のバーカウンターや奥のキッチンで声を出さずに会話してたり、上手の階段で耳をすませていたり。
ラストで後方に浮かぶ、摩天楼の夜景が美しい。開演直前までと終演直後は、換気のためバックドアを開放してましたね。

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講談「天保六花撰」「牡丹燈籠」

春陽党大会 2020年7月

本当に久々のエンタメで、そろりと神田春陽さんの講談独演会へ。席少なめの神保町らくごカフェで。2300円。
前座は田辺凌天で、「寛永宮本武蔵伝ーー吉岡治太夫」。京に道場を開いた達人・吉岡治太夫の門弟、商家の清十郎が、ひょんなことから別の道場で勝負して卑劣な目に遭い、治太夫が乗り込んでいく。田辺凌鶴のお弟子さん、リズムがまだまだかな。
師匠が登場して、期待通り反骨の前フリから、予告していた「天保六花撰ーー丸利の強請」。神田橋で出会った暗闇の丑松に金を無心された河内山宗俊が、日本橋・丸屋利兵衛の店で煙草入れを誂えたいと言って、珊瑚樹の緒締めをくすねたうえ、疑いをかけられたと凄んで、まんまと100両をせしめちゃう。やっぱりピカレスクは痛快。

仲入り後は塩原庭村(杵屋三七郎)で、長唄と三味線。さらさらとお座敷遊びの雰囲気だ。季節感豊かで、いい。
後半の師匠は、季節の定番「牡丹燈籠ーーお札はがし」。萩原新三郎が白翁堂勇斎からお露は幽霊だと知らされ、お札で幽霊封じをするものの、隣の伴蔵・お峰夫婦が…というくだりですね。安定。


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