ヘンリー八世
彩の国シェイクスピア/シリーズ第35弾 ヘンリー八世 2020年2月
シリーズの演出を、蜷川幸雄から吉田鋼太郎が引き継いで3作目。大航海時代の堂々たるイングランド王・阿部寛を軸に、取り巻く人物の転落を描く、シェイクスピア最後の戯曲だ。戦闘などスペクタクルがないせいか、上演機会が少ないらしいけど、不遇に直面した人間のあがきがなんともリアルで、現代に通じる面白さ。シェイクスピアってホント普遍的! 笑いを散りばめた演出にもテンポがあって飽きなかった。彩の国さいたま芸術劇場大ホール、中段で9500円。休憩を挟んで3時間半。
ヘンリー8世といえば6度も結婚した女好きで、離婚したさにローマ・カトリック本山と決別、英国国教会を作っちゃった元祖「離脱」。オペラ「アンナ・ボレーナ」とか映画「ブーリン家の姉妹」のイメージです。冒頭のベッドシーンでそのあたりを象徴させつつ、王は苦悩の表情を浮かべる。
のっけから阿部の王様らしさ、隠しようのない誠実さが求心力を発揮して、目を引く。晩餐会で出会ったアン(可愛い山谷花純)を一瞬で見初めるあたりは身勝手だけど、決して傲岸不遜な人物には描いていない。ルネッサンス末期に強大な神聖ローマ帝国(ハプスブルグ家)や宿敵フランスとの駆け引きに心を砕き、国内が安定するよう男子の世継ぎを求め続けた。王様って孤独だよね~
とはいえ振り回される周囲はたまりません。王に取り入って我が世の春を謳歌する枢機卿ウルジー(吉田)の一派と、良識的なバッキンガム公爵(長身が映える谷田歩)・ノーフォーク公爵(聞きやすい河内大和)らがセット左右の階段に別れて、激しく対立。シンメトリーなセットがわかりやすい(美術は吉田演出の常連・秋山光洋)。まずバッキンガムがウルジーの策謀で処刑されちゃう。
そのウルジーも、陰でキャサリンとの離婚裁判を潰そうとしたことなどが発覚、王から切り捨てられ、失意のうちに没する。高慢、金満から一転、身ぐるみはがれて(実際、財産を没収されたんですね)延々と嘆き叫ぶシーンは、吉田の独壇場だ。愚かな人間の本性の、滑稽さと哀しさ。ウルジーの秘書兼恋人クロムウェルの鈴木彰紀(さいたまネクスト・シアター1期生)もなかなかの曲者ぶり。
いちばん可愛そうなのは王妃キャサリン。王の間違いをただそうとするほど、知的で真心があったのに、罪を着せられ寂しく死んでいく。宮本裕子が上品で、誇り高くて出色。ベテランだけど、発見でした~
すったもんだで結婚したアンは結局、女の子を出産。王も受け入れ、観客に配られた小旗を振って祝う。華やかな祝祭感のなか、ウルジーに代わって実力者となった若き聖職者トマス・クランマー(後のカンタベリー大司教、金子大地)が、この赤ん坊が栄光のエリザベス1世となることを予言して幕。さんざん男子のこだわった挙げ句の、歴史の皮肉。「おっさんずラブ」のモンスター新人・マロでブレークした金子は、初舞台でたどたどしかったけど、得な役でしたね。
左右に十字架を頂くアーチ、後方にオルガンのパイプを並べてシンプルかつ重厚。パイプ前にサミエルが陣取り、自作の「割り箸ピアノ」を奏でる。米国出身のミュージシャンで、前作「ヘンリー五世」上演時に劇場のアトリウムで演奏していて、吉田にスカウトされたそうです。幻想的だったりリズミカルだったり面白い。衣装(西原梨恵)もスタイリッシュで、王の白、王妃の青、枢機卿の赤などメーンの人物は豪華で印象的、ほかの人物はモノトーンを基調に現代的という組み合わせ。遊びも工夫してた。冒頭、貴族が仏フランソワ1世との会談(金襴の陣)を話題にするとき、首脳会談の報道写真風の絵を掲げ、似顔で横田栄司を登場させちゃうとか。
ところで本作、初演は諸説あるらしいけれど、1613年の上演中にグローブ座が全焼、という記録があるそうです。当のエリザベス1世没後からそう何年もたっていないのだから、今で言えば大正あたりの皇室物語という感覚か。生々しいはずだ。1628年には当時のバッキンガム公が観劇し、バッキンガム公処刑のシーンで席を立ち、その2カ月後に暗殺された、なんて逸話も。
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