天保十二年のシェイクスピア
絢爛豪華 祝祭音楽劇 天保十二年のシェイクスピア 2020年2月
井上ひさしが「天保水滸伝」風抗争劇に、シェイクスピア全37作を織り込んだ国産ミュージカルの奇作。気鋭の藤田俊太郎演出で、お下劣で暴力に満ちたアナーキー世界を、稀代の悪役・高橋一生や語り手・木場勝己らがパワフルに見せる。ブルースやボサノバが洒落ててお下劣を押し切る音楽は、宮川彬良。浦井健治ファンが目立つ日生劇場、上手寄りで1万3500円。休憩を挟んで3時間半は長かった気もするけど。
舞台は下総の宿場町。渡世人・十兵衛(辻萬長)は長女お文(宝塚の樹里咲穂)、次女お里(ネクストシアター出身の土井ケイト)に家督を分け与える(リア王)。お文は義弟・九郎治(阿部裕)、お里は用心棒・幕兵衛(章平)をそそのかして、父と夫を手にかける(ハムレット、マクベス、オセロー)。無宿者・三世次(高橋)は老婆(梅沢昌代)のお告げで野望を抱き、幕兵衛一家に潜り込む(マクベス、リチャード三世、ジュリアスシーザー)。
お文の息子・王次(「浮気もの、汝の名は女」から着流しがあくまで爽やかな浦井)が村に戻って仇討ちを決意するが、敵対する三女お光(唯月ふうか)と恋に落ちちゃう(ハムレット、ロミジュリ)。とんでもない侠客。そこへ村の桶屋(木内健人)と花魁浮舟(熊谷彩春)の悲恋(ロミジュリ)、代官(新川将人)と妻(お光と双子で唯月が早変わり、間違いの喜劇)も絡んで、どんどんグチャグチャに。人々の愚かな所業を、存在感たっぷりの木場が、ずっと舞台に立って冷徹に見守る。
期待通り、高橋の色気が突出。のっけの「三世次のブルース」、そして「ことば・ことば・ことば」が醒めてて、妖しさ全開。ラストは鏡に映った自らの醜さに打ちのめされ、死者たちに取り囲まれて、知盛よろしくセットの上段から消える。大詰めには、巨大な鏡で客席を映し、人間の業を突きつける蜷川流の演出。鮮烈なんだけど、今回は新型コロナのせいで、マスク姿が並ぶのが異様だった… 美術は松井るみ、振付は新海絵理子&花柳寿楽。衣装はいのうえひでのり風の派手さでしたね。
初演は1974年、今回は蜷川幸雄のリバイバルから15年ぶりの上演とか。to be or nat to beの訳を次々繰り出したり、言葉遊びなどがしつこいほどなんだけど、井上ひさしの膨大な知識とリズム感、なにより「教養」シェイクスピアに対する果敢な挑戦が横溢してた。