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鎌塚氏、舞い散る

M&Oplaysプロデュース「鎌塚氏、舞い散る」  2019年11月

作・演出倉持裕のコメディ「完璧なる執事・鎌塚アカシ」シリーズも、もう第5弾。いつも通り、安心して楽しめる笑いとともに、今回はどんなにピュアに望んでも、手の届かないものがあるという、大人のもの悲しさが色濃かった。本多劇場の上手寄りで7000円。休憩無しの2時間強。
今回、鎌塚(三宅弘城)は北三条公爵家の未亡人マヤコ(大空ゆうひ)に仕えて、雪山の別荘にいる。パーティー続きのため、鎌塚は旧知の女中で、密かに思いを寄せる上見ケシキ(ともさかりえ)に助っ人を頼む。やってきたケシキさんはなんと婚約中。そしてマヤコも長年の恋心を胸に秘めていた…
主演2人のじれったいすれ違いに、お馴染み悪党だけど憎めない堂田男爵夫妻(片桐仁、広岡由里子)、その従者でケシキの婚約者ヨウセイ(小柳友)、堂田家をクビになった宇佐スミキチ(玉置孝匡)、若い女中ミア(岡本あずさ)がからんで、ドタバタを繰り広げる。
いつもながら三宅の抜群のリズム感、ともさかの気品が素晴らしい。それにしても久々の再会なのに、笑わせようと死んだフリするっていう登場シーン、おかし過ぎです。チープな雪山のセットや、突然の三宅&大空のデュエットも爆笑。ド派手な衣装の広岡、ひがみっぽい玉置の暴れっぷりも伸び伸びしてます。美術は中根聡子。

 

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ドクター・ホフマンのサナトリウム

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~」  2019年11月

カフカファンを自任するケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出による、めくるめく脳内迷宮を楽しむ。「カフカ第4の長編小説が存在した」という架空の設定で、原稿でひと稼ぎしようとする男が不条理な小説世界、さらにはカフカが生きた過去に迷い込んじゃう。
タフな戯曲だと思うけど、オシャレな演出と、大好きな多部未華子はじめ豪華キャストの確かな演技で、余韻が深い。演劇好きが集まった感じのKAATホール、2階で9500円。休憩を挟んで3時間半。

晩年のフランツ・カフカと交流があった老女(麻実れい)がもっていた遺稿を、孫息子(渡辺いっけい)が見つけて出版社に買い取らせようと奔走。ひとクセある友人(大倉孝二)とともに、なぜかカフカが療養していた1920年代のサナトリウムにタイムスリップする。その小説のなかでは、うら若い女性(多部)が婚約者(瀬戸康史)戦死の知らせを受け、真偽を確かめようと戦地に向かう。

物語はとても入り組んでいる。けれどストーリーを追うというより、登場人物の美しい身のこなしなどからにじむ、生きることの不穏や孤独を味わう舞台だ。お馴染みプロジェクションマッピングと、シンプルな椅子などを動かしながら展開していく、精緻な構成に引き込まれる。ケラさんらしい、登場人物のパンダメークが虚構感を強める。映像は上田大樹、美術は松井るみ、小野寺修二が振付という、鉄壁の布陣です。
多部の健気さが際立ち、渡辺のこすっからさも説得力がある。もちろん、脇を固める犬山イヌコ、村川絵梨、緒川たまきらも安定。瀬戸がなんだか渋くなってきて、いいなあ。バイオリンなどの楽団が、演奏しながら演技にもからむスタイル。

実際にはプラハ生まれのユダヤ人カフカは、作家としては無名のまま40歳で病死。長編は3作とも未完で、没後に友人の編集者が発表したそうです。それがいまや、ジョイス、プルーストらと並び20世紀を代表する作家と言われていて、確かに物語にしてみたくなる存在だな。
プログラムがまた凝っていた。「フェイク」がテーマだけに、プログラムは見開きごとに袋とじになっていて、虚と実が交錯する作り。うなります。

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カリギュラ

カリギュラ  2019年11月

アルベール・カミュの不条理劇を、岩切正一郎訳、栗山民也演出で。哲学的なセリフの洪水に圧倒されるけど、タイトロールの菅田将暉が不可解な衝動を繊細、みずみずしく演じていて、刺激的だ。相変わらず手応えのある仕事ぶりだなあ。
コアな演劇好きと菅田ファンが相半ばした感じの新国立劇場中劇場、後ろのほうで1万800円。後半は知人と交代して2階で鑑賞した。休憩を挟んで2時間半強が、緊張感をはらんで長くない。ホリプロ主催。
ローマ帝国三代皇帝カリギュラ(菅田)の物語。情婦だった妹の死をきっかけに人格が崩壊、元老院の貴族らから気まぐれに財産を没収し、拷問で命を奪ったり、妻を公営売春宿に送ったりし始める。無償の愛を捧げる妾セゾニア(秋山奈津子)や奴隷出身の忠臣エリコン(谷田歩)、父を殺されつつもカリギュラを憎みきれない詩人シピオン(高杉真宙)とも心を通わすことなく、珍妙な仮装で乱痴気騒ぎ。ついに冷徹な臣下ケレア(美形の橋本淳、「キネマと恋人」のスター俳優)らに討たれる。
戯曲の執筆スタートは1930年代、初演は1945年9月のパリで、パリ解放から1年というタイミングだ。カリギュラが繰り出す言説は難解で、正直、理解は追いつかない。しかしその理不尽さは絶望、横暴というより、為政者が戦争の破滅へと突き進む、どこかで見た状況を思わせる。元老院の面々がつぶやく「道理」の虚しさに、背筋が冷たくなる。
なんといっても菅田の、中性的で子供っぽい姿形とリズム感が秀逸。後半冒頭、上方からなんとチュチュ姿で降りてきても、グロテスクでなく、愛らしいほど。貫禄の秋山、谷田ともいいバランスだ。橋本も健闘してました。
セットは左右に刀のような柱が並ぶ、抽象的なもの(美術は二村周作)。後方の鮮烈な赤い裂け目にカリギュラのシルエットが浮かぶなど、照明(勝柴次朗)もスタイリッシュだ。ひび割れた床の前方がアクリル板になっていて、下から照明で照らしたり、カリギュラが覗き込む鏡になったり。ラストでカリギュラ的なものは終わらない、というメッセージとともに、倒れた王の顔だけがライトに浮かびあがり、戦慄。
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ドン・パスクワーレ

ドン・パスクワーレ  2019年11月

新国立劇場のオペラは、残念ながら幕開け「エウゲニ・オネーギン」が台風で休演となり、今シーズン初の鑑賞。新国立初登場の演目で、大人っぽいコメディだ。ドニゼッティの甘く気品ある旋律と、一流歌手たちの古風で華麗なベルカントの競演で、明るい気分になりました! 新国初登場、ベルガモ生まれのコッラード・ロヴァーリス指揮、東京フィル。中央あたりのいい席で24300円。休憩を挟んで約2時間半。
ドン・パスクワーレといえば2010年にMETライブビューイングで、ネトレプコのはじけっぷりに大笑いした演目。最近でもダイジェスト映像に名場面として登場してますね。今回のノリーナ、当初予定のダニエル・ドゥ・ニースが降板しちゃったんだけど、代わった「ライジングスター」(大野和士芸術監督)ハスミック・トロシャン(アルメニア生まれのソプラノ)はとてもよかった~ 1幕「騎士はその眼差しに」など、超絶ハイトーンやアジリタなど技巧十分、しかも美形。賢さと快活さが備わってました。
対する男声陣2人は、ベテランで芸達者。タイトロールのロベルト・スカンディウッツィ(イタリアのバス)はお髭など貫禄十分で、滑稽になり過ぎず、医師マラテスタのビアジョ・ピッツーティ(イタリア・サレルモ出身のバリトン)も余裕たっぷり、格好良く仕掛け人を楽しんでいる感じ。大騒ぎの3幕「お嬢さん、そんなに急いでどこへお出かけ」や、早口が軽やかな「静かに、今すぐに」で実力を発揮してました。甥エルネストのマキシム・ミロノフ(ロシアのテノール)はちょっと弱かったけど、あなた任せなこの役には合ってたかな。
お話は伝統的な、身も蓋もないオペラ・ブッファだ。金持ち老人は自分が勧める縁談に見向きもしない甥に意地悪して、主治医(甥の親友)の妹(実は甥の恋人)との年の差婚に浮かれちゃう。これがとんだ罠で、散々に懲らしめられる。
イタリアの気鋭ステファノ・ヴィツィオーリの演出は、1994年スカラ座初演の名プロダクションとのことで、フランス第一帝政スタイルの衣装など伝統的ながら、シンプルで非常に洗練された印象だ。ドン・パスクワーレ邸は美術品や書物が並ぶ。演目の初演1843年はウィーン体制の崩壊寸前。ローマで台頭したブルジョワジーの、経済力を重んじる生真面目さがにじむ。だからこそタイトロールがただの笑いものにならず、余韻が膨らむんですね。ノリーナが乗り込んでからの混乱シーンでは、宝石、ドレスや台所のご馳走など惜しげなく小道具を散りばめ、使用人たちの動きもふんだんで楽しい。面白かったです!
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終わりのない

終わりのない  2019年11月

前川知大の脚本・演出による、大風呂敷ど真ん中のSF。量子論やらAIを超える直感やら、旬のテーマで左脳が刺激されるだけではない。「今ここから、よりよく生きる」という、力強いメッセージが胸に残る。世田谷パブリックシアター中央あたりで7500円、休憩なしの2時間。世田谷文化財団とエッチビイ(劇団イキウメの制作部)主催。
高3で引きこもりの悠理(山田裕貴)は、プロダイバーの父(仲村トオル)、物理学者の母(村岡希美)、幼馴染の春喜(大窪人衛)、りさ(清水葉月)とキャンプにやってくる。湖で溺れかけ、目覚めるとなんと32世紀、地球を捨てた人類(安井順平、盛隆二ら)とAI(浜田信也)が、住処を求めて旅する宇宙船の中。さらに人類(森下創)が原始人に囲まれ、なんとか生きのびている惑星へ。果たして悠理は、21世紀に帰りつけるのか。
悠理はまあ、さえない奴だ。両親や友人に対するコンプレックス、かつて恋人・杏(奈緒)を深く傷つけたことへの後悔にとらわれている。けれど時空を超えて「ありえたかもしれない平行世界」を体験。どんなにさえなくても、かけがえのない「今」を希求するようになる。「俺を救えるのは俺だけ」。大きな人類の物語であり、同時にひとりの青年の成長談でもある。ちょっと消化不良のところは、再演で磨かれていくのかな。
山田は少し暗くて、頼りない造形で健闘してました。暑苦しい仲村、知性と愛情で受け止める村岡がいいバランスだ。清水も伸び伸びし、もちろん、劇団の面々は超安定。全体に抑制気味ながら、AIなのに徐々に人間らしくなっちゃう浜田が特にはまってた。
戯曲は意外にも、紀元前8世紀に英雄がたどる故郷への苦難の旅を描いたホメロス「オデュッセイア」に着想を得ている。プログラムによると、「オデュッセイア」を題材に、人間の意識の目覚めを読み解いた米心理学者ジュリアン・ジェインズの著作「神々の沈黙」をヒントにしたとか。いろいろ研究してます。個人的には今さらながら、トロイ戦争やオレスティアとの繋がりを確認。ギリシャ悲劇は苦手意識が抜けないけど、「リング」などファンタジーやゲームに通じる物語の原型があるなあ、と再認識しました~

終演後、新しいビルが続々で、変わりゆく渋谷の街を散歩しました。

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