能「安達原 白頭」
新宿御苑森の薪能 2019年10月
野外の薪能が好きなんだけど、あいにくの雨。昼過ぎに会場が新宿文化センター大ホールに会場が変更になった。おまけに前半の狂言は間に合わず、能「安達原」だけ鑑賞。それでも緩急ある演目を楽しんだ。中段上手寄りで8500円。
歌舞伎では、猿之助による昭和の傑作舞踊劇「黒塚」を2回観たことがある。今回は同じ鬼婆伝説に基づく謡曲で、観世流では「安達原」、さらに「白頭」の小書がつくと、前シテが老女の面で霊性を帯び、鬼女も白髪になって全体に位が重くなるのだそうです。
お話は熊野の山伏・東光坊祐慶一行(森常好、舘田善博)が陸奥国安達原(福島県の安達太良山麓)で行き暮れ、人里離れた老婆(いい声の観世銕之丞)の庵(作り物)で宿を借りる。婆は問われるまま、枠桛輪(わくかせわ、糸車)を繰り、糸尽くしの唄にのせて浮世の業を嘆く。月の光が目に浮かぶような、しみじみとした詩情。やがて夜が更け、婆は留守中に閨を覗くなと言いおいて、山へ薪を取りに行く。
間狂言となり、後方に控えていた能力(のうりき、寺男、深田博治)が登場。これが面白くて、見るなと言われれば見たくなると、止める祐慶と駆け引き。ついに閨を覗いて、夥しい死骸を目にする。
さては鬼女であったかと、一行が慌てて逃げ出そうとするところへ、婆が般若の面で正体を表し、襲いかかる。山伏の数珠が激しくリズミカルに鳴って、迫力満点。鬼女は怖ろしいというよりも、鬼と生まれた悔しさ、正体を知られた深い哀しみが横溢し、ついに姿を消す。見応えたっぷりでした。