ファウスト
英国ロイヤル・オペラ2019日本公演「ファウスト」 2019年9月
2015年以来のロイヤル来日は、グノーによる流麗な旋律ながら、人の醜さを突きつけるビターな演目だ。期待のグリゴーロら歌手の存在感を満喫すると同時に、やっぱり就任17年というアントニオ・パッパーノ指揮、オケの安定感が抜群だったかな。財界人が目立つ東京文化会館大ホール、上手寄りウイングの観やすい席で5万2000円。休憩1回を挟み3時間半強。
タイトロールは昨年のリサイタルが楽しかったヴィットリオ・グリゴーロ(イタリアのテノール)。「この清らかな住まい」など、高音が期待通りに軽々と張りがある。加えてよぼよぼから若返るシーン、情熱的な告白など、きびきびと大げさな演技が目を引く。
メフィストフェレスは2008年のウィーン、前回2015年のロイヤルでドン・ジョバンニを聴いたイルデブランド・ダルカンジェロ(イタリアのバリトン)。対照的に、太い声と長身の威圧感、野性的でちょっとコミカルなのがいい。石像のふりしてて動き出しちゃうし。
一瞬でファウストと恋に落ちるものの捨てられ、兄に責められて狂気に至る散々なマルグリートは、初来日のレイチェル・ウィリス=ソレンセン(米国出身のソプラノ)。当初予定のヨンチェヴァが「レパートリーから外した」と降板しちゃったのは残念だったけど、技巧を駆使した「宝石の歌」などで可憐さ、生真面目さを表現。METでフィガロの伯爵夫人を演じてるし、30代だけどデンマーク人と結婚して子供もいるとか。ファウストとの決闘に倒れる兄ヴァランタン、ステファン・デグー(バリトン)も伸びやか。「武器を捨てよう」など合唱も活躍。
演出がクセモノ。手掛けたのはMETの女王3部作などでお馴染み、デイヴィッド・マクヴィカーだ。特に後半、エグいバレエで人間の暗部を見せつける。初演時の1870年代パリという設定で、第2帝政末期の退廃が色濃い。マルグリートはなんと実在したキャバレー「地獄」のウェイトレスで、寂しい裏通りに暮らす。メフィストフェレスの手下たちは妖しい蜘蛛ダンスで、民衆にお札をばらまく「金の子牛の歌」ではキリスト像が倒れちゃうし、カンカンガールと学生が淫らにたわむれる。
ファウストは後悔に苛まれて、こともあろうに薬物に走っちゃうし、ついに錯乱するワルプルギスの夜のバレエは、メフィストフェレスがティアラで女装し、妊婦や傷だらけのヴァランタンも登場して、目をそむけたくなるほどグロテスク。だからこそ、舞台下手にそびえるパイプオルガンの壮麗(スーツ姿の天使がマルグリートを見下ろす)や、幕切れ迫力の3重唱とマルグリートの救済が印象的でした。
カーテンコールは暗い物語から一転、グリゴーロがおおはしゃぎ。もっと幕を上げたそうで、微笑ましかった~
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