ブラッケン・ムーア
ブラッケン・ムーア~荒地の亡霊~ 2019年8月
ギリシャ生まれ、ロンドンで活躍するアレクシ・ケイ・キャンベルによる精緻な戯曲を、「民衆の敵」の広田敦郎が翻訳、「オレスティア」の上村聡史が演出。ゴシックホラーと思わせておいて、時代に取り残される男の悲哀が鮮烈に浮かび上がる、お洒落で知的な舞台だ。女性客が目立つシアタークリエの前の方、上手端で9500円。休憩を挟んで2時間半。
1937年、英ヨークシャー州にある重厚な邸宅のワンセット。主人のハロルド(益岡徹)は世襲の裕福な炭鉱主だが、10年前、幼い一人息子エドガーを荒野の廃坑で亡くし、妻エリザベス(木村多江)はすっかり引きこもっている。夫妻を励まそうと、気のいい旧友のエイブリー夫妻(相島一之、峯村リエ)が久々に訪ねてくるものの、深夜、同行した息子テレンス(岡田将生)になんと親友だったエドガーの霊が憑依。屋敷は混乱の極みに…
のっけから、保守的で傲慢な資本家ハロルドと、左派の理想を語る芸術家テレンスが激しく衝突。岡田の端正ながら、底意地の悪そうな個性が効果的だ。
対する益岡が、さすがに巧い! 若者にも妻にも、家父長的な価値観を強要しちゃう。そしておそらく亡くなった息子に対しても。労働運動から女性の自立、LGBTまで様々な新しい価値観、一次大戦後に始まる欧州の凋落、さらには迫りくる石炭産業の凋落を、ひしひしと感じてはいるのだ。終盤にはエドガーの真実を知って、自分の無力、人生の空疎に打ちのめされる。しかしだからこそ、今さら生き方を転換することは、どうしてもできない。なんという悲哀。
複雑な益岡との対比で、木村の変身ぶりがまた鮮やか。息子の死にとらわれた、定番の薄幸で暗いキャラと思いきや、意外にも潔くてスカッとする。そういう思ってもみない価値観と価値観、感情と感情を結びつけ、ケミストリーをひき起こすのが、岡田のような芸術家の存在する意味だ、と、演劇愛まで語っちゃうヒネリには驚きました。キャンベルは映画「黄金のアデーレ」の脚本家なんですね。感動して、NYでテーマになったクリムト「ウーマン・イン・ゴールド」を観に行っちゃったもんなあ。なあるほど。
相島、峯村がもちろん安定し、愛らしい女中の前田亜季(「プラトーノフ」、勘九郎の義妹)も健闘。炭鉱社員と医師の2役で立川三貴。
日比谷ミッドタウンでは、1年後の五輪を盛り上げるイベント中で、にぎやかでした~