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銀杯

The Silver Tassie 銀杯  2018年11月

ショーン・オケイシーの1829年ロンドン初演作を、シンガポール研修帰りの森新太郎が演出。戯曲も演出も複雑で、まだ上演2日目のせいか全体にこなれない印象だったかな。翻訳・訳詞は脚本家フジノサツコ。ジャニーズファンいっぱいの世田谷パブリックシアター、中段上手端で7800円。休憩を挟んで3時間弱。
第一次大戦(1914~18年)中のダブリン。軍の休暇で帰郷したフットボールのスター、ハリー・ヒーガン(中山優馬)は銀杯(優勝カップ)を得てもてはやされたのもつかの間、友人バーニー(ミュージカルの矢田悠祐)、暴れ者テディ(お馴染み横田栄司)らと前線へ戻る。そして残酷にも半身不随となって復員、戦場で自分を助けたバーニーに恋人ジェシー(モデル出身、足がきれいな安田聖愛)を奪われて絶望していく。
とにかく仕掛けがてんこ盛りの舞台だ。まず全編歌がたっぷり。太鼓が勇ましいスコットランド民謡、ウクレレの切ない黒人霊歌、ダンスホールの能天気ワルツ「波濤を越えて」… さらに黒ハットのハリーの父(山本亨)とその仲間(青山勝)が、無駄話で狂言回しを務め、井上ひさしを思わせる。
場面といえば、1幕はダブリン庶民の貧しくもたくましい日常、4幕は浮き立つダンスパーティー。2幕フランスの悪夢のような戦地、3幕の兵士がただ番号で呼ばれる白い病室との落差が凄い。特に2幕の毒ガス漂う塹壕シーンは、観念的なセリフを、等身大の3頭身人形で不気味に表現。下手には骸骨(土屋佑壱)がしゃがみ込み、崩れた修道院や砲台が絶望を深める。
鋭い対比は、戦争を賛美したのに、手のひらをかえす民衆の罪を際立たせる。とはいえ2幕が強烈過ぎて正直、焦点が絞りにくい印象。さらにステージは斜めの額縁で不安定だ。美術は伊藤雅子(「謎の変奏曲」など)、衣装・人形デザインは西原梨恵(「テロ」など)、音楽は国広和毅(「ヘッダ・ガブラー」など)。
若手は健闘だけど、戯曲のパワーに押され気味かな。ワキながら、信仰を振りかざして若者を戦争に送り、ちゃっかり外科医(土屋が2役)と恋仲になるスージーの浦浜アリサは、浮世離れしていてハマってた。本音を吐露するハリーの母・ベテラン三田和代、テディの妻・長野里美も安定。
ところで戯曲にもストーリーがある。なんとノーベル賞詩人イェイツの反対で、故国アイルランドでの初演がかなわなかったという。いわく「オケイシーは戦争に行っていないのに」とか。
プログラムの小関隆・京大教授の解説によると、英国の一部だったアイルランドでは「自治」獲得を期待して志願を奨励し、20万人超が従軍。しかし大戦中の1916年に「独立」を目指すイースター蜂起が英国の激しい弾圧にあい、一転して帰還兵は目を背けたい存在となってしまう。この戯曲では、暮らしの安寧のために息子や夫を送り出す女たちも描いていて、辛すぎたのか。その後の南北対立、テロの応酬をへて、いま本国でどういう意味をもつのか。相変わらずアイルランドは一筋縄ではいかないなあ。

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